雪中の双目
マスター名:けそけそ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/12/17 05:14



■オープニング本文

 ただでさえ薄い空気が極寒の冷気にさらされて、呼吸をする度に肺が悲鳴を上げている。それでも若者の足は止まらない。いや止める事はできない。
 頭に浮かぶのはあの血のように赤い小さな目が二つ。それが幾つも見えたと思ったら恐ろしい速さで近づいてきて腕に大きな傷が出来ていた。後の事は良くわからない。とにかく無我夢中で走って転んで、それでもまた起き上がって走った。既にどこに向かって走っているのかも怪しい。吹雪と降り積もった雪でどこからが地面でどこからが空なのかすらわからないような真っ白な世界。今日ほどこの慣れた雪景色が怖いと思った事は無い。
「最悪だよ、俺ここで死んじゃうのかな」
 寒さで全身の感覚など、随分前に無くなっていた。それでも背筋が凍るように冷たく感じるのは何故だろう?とにかく走って前に進まなければ、今度あの赤い目を見て無事でいられるとは到底思えない。一緒に居た村の者たちも何処へ行ったのか知れない。
 どちらにせよ、この吹雪だ。立ち止まっていれば寒さにやられておだぶつだろう。とにかく走らなくては、先に進まなければ‥‥。

 ここは山深い場所にあるさびれた寒村。それでもご先祖様が残してくれた土地を細々と耕して何とか生活をしている、そんなごくありふれた辺鄙な所だ。標高が高い分冬の訪れも早いし雪も良く降る。積もった雪が溶けてくれるのはまだ当分先の話だろう。
 そんな村に異変が起こったのはつい先日の事。長くて寒い冬を越す為の準備として、村の若者達が川に魚を採りに行った時の事だ。
 突然の吹雪と共に赤い目をした何者かに襲われたのだ。1人が襲われているうちに他の2人がほうほうの体で逃げ帰ってきたので事件が発覚したのだが、どうにも奇妙に思える点がいくつかある。
 まず、赤い目をした何者か。キツネかタヌキか、まあそれくらいの大きさだろうその目は爛々と赤く輝いて見えたがそれ以外の素性が良く判らない。普通その程度の動物は人に襲い掛かるのは稀だし、被害もそこまで大きくなるものでもない。ましてや、目だけ見えてその他の特徴が判らないのも確かにおかしい。1匹や2匹なら罠なりを仕掛けて何とか出来るかもしれないが、それなりの数も居るようだ。
 ここの所悪天候続きで冬の準備もままならないと言うのに、更に山に入れないなんて事になると年を越しても後が続かないだろう。
「若者衆の様子はどうじゃ?」
 囲炉裏の照らし出す赤い光に、深く刻まれた皺の陰が揺れている。
「何とか大丈夫でしょう、傷も浅いし落ち着いています。ただ‥‥」
「この天候じゃ、捜索には行かせられんのう」
「はい、せめて亡がらだけでも手厚く葬ってやれれば」
 夜の帳と共に冷たい沈黙が訪れる。ごうごうと吹き荒ぶ風が戸板を打ち付ける音だけが響いている。この小さな村に寄り添って生きて来れたのは、皆で協力しあってこその事。だが、今回の事件は村人達には荷が勝ちすぎていた。
「皆厳しいのは判っておる、じゃがワシらだけじゃどうにもならん」
 眉間の深い皺同様の深いため息がひとつ、そして。
「村の者らにはちと厳しい出費にはなるが、最近話に聞くギルドとかいう物に頼れんものじゃろうか」
 そうして、ギルドに入った連絡は何とか受理されたようだった。

「それがさぁ、汚ねぇったらねえのって。たまたま他の依頼の帰り道に支部に寄った時に見ちまったんだけどさ、美味い儲け話かと思ったら報酬は雀の涙だわで‥‥」
 神楽の都の盛り場で、小耳に挟んだそんな噂話が何となく気になって確認してみれば確かにそんな依頼だ。遠い山奥、雪中の行軍は楽に予想できるし、敵の正体も良く判らない。報酬もあまり期待できないだろう。いったい誰がそんな依頼を受けるのか?
 依頼の確認をしていた強面のサムライもまた、神楽の盛り場へ消えて行った。


■参加者一覧
奈々月纏(ia0456
17歳・女・志
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
那木 照日(ia0623
16歳・男・サ
奈々月琉央(ia1012
18歳・男・サ
陽胡 斎(ia4164
10歳・男・巫
仇湖・魚慈(ia4810
28歳・男・騎
倉城 紬(ia5229
20歳・女・巫
ペケ(ia5365
18歳・女・シ


■リプレイ本文

「しっかし、この雪ってのは厄介だな。思った以上に足を取られるし速度も上がらない、オマケに疲れる。しかも寒いと来たもんだ」
 そんなボヤキが琉央(ia1012)からこぼれるのも仕方の無い事だろう。何せ開拓者達が雪山登山を開始してから既に3日目になるのだ。
「確かに琉央殿の言う通りではあるが、村人達の様子を見ればこの程度ならば苦労の内には入らないだろう?」
 志藤 久遠(ia0597)は至極真面目な面持ちで進んでいる。彼女自身雪慣れないばかりかこんな寒い場所に来た経験すら無い。初日よりはマシになったとはいえ、その足取りはおぼつかない。
 しかし彼女の言にもあるように、開拓者到着の報を受けた村人の心底安堵した様子を直に目にした一同には、困難な行軍にも使命感が沸きこそすれ士気が落ちるような事は無かった。
「それでも、厳しい事は確かですね。私達が雪避けになってるとは言え、巫女のお二人は少々堪えるみたいですよ」
 仇湖・魚慈(ia4810)の視線の先には皆に囲まれながら雪に四苦八苦している陽胡 斎(ia4164)と倉城 紬(ia5229)の姿がある。志体の持ち主である開拓者とは言え、向き不向きはある。巫女である2人に体力を期待するのは酷というものだ。正に一心不乱に遅れないよう精一杯な様子だ。魚慈の言葉も聞こえているか怪しい。
 慣れない環境、容赦の無い自然の摂理、もがけばもがく程消耗する体力。確かにこれはこの村で生きて行くだけで途方も無い戦いになりそうだ。そんな場所にもしアヤカシが現れたとすれば、力の無い人達の絶望は如何ほどの物になるだろう?
「それにまた少し吹雪いて来たみたいです、適当な場所を見つけて休憩にしましょう」
「あ、魚慈さんそれならもう少し先に山小屋があるはずですからそこで休憩にしませんか」
 それまで難しい顔をして雪を蹴り分けていた紬の顔がぱっと明るくなる。
「お、お茶の時間やね。あったかいお茶で心底あったまろうか。もちろんあま〜いお茶請けもあるから安心しとき。それにしてもきみ良くそんな事知ってたなぁ」
 藤村纏(ia0456)が休憩と聞いてくるりと振り返る。
「はい、出発前に村でお世話をしていた時に色々聞いて置いたんです。お役に立てて良かったです」
「あの、もしかして‥‥小屋ってあれですか?」
 那木 照日(ia0623)が真っ白な雪景色のなかからチラリと覗く小屋を目聡く見つけておずおずとした声を出すが、仲間達の視線を受けて慌てて着物の袖で顔を隠してしまう。
「那木さんも怒られてる訳じゃないんだからあんまり縮こまらなくていいと思うよ?」
 ペケ(ia5365)の言う通りなのだろうが、一旦ついてしまった癖は早々に治るものでも無いのだろう。
小屋に入り誰とも無く出てくるため息は、果たして雪を避けられる安堵からかそれとも積み重なる疲労からなのだろうか‥‥。


 やがて囲炉裏に火が灯り、纏の振舞うお茶と菓子でひと心地着くと無性に誰かと話をしたくなるものだ。暖かな炎の橙色のお陰か、それとも外の吹雪が強くなっているのも影響しているのかもしれない。
「山の天候は変わりやすいとは本当なのですね、初めの内はアヤカシが吹雪を連れてくると考えていたのですがこうもコロコロと天候が変われては」
 久遠がずずっとお茶のおかわりを啜りながら切り出す。
「そんで、その所為で探索にも時間がかかる、っと」
 琉央がゴロンと寝転がり伸びをした。冷えて固まった体をほぐしているのだろう。3日の間に天候が変わり吹雪になるのは何回もあった。初めは吹雪の中の強行軍もしていたのだが、体力の消耗も酷い上に成果も上がらなかった為に吹雪とアヤカシの関連は薄いと結論せざるを得なかった。
 その後ろで村から借りてきたカンジキやら綿のたっぷり詰まった半纏やらを、紬が丁寧に広げて衣紋掛けに吊るして干している。人数分あるので結構な仕事量だが本人は至って楽しそうだ。
「そう言えば、藤村さんって良く琉央さんの防寒具の確認とか手伝ってるよね?私としてはその辺が気になるんだけどどうなのかにゃぁ〜」
「嫌やわぁからかわんといてペケさん。うちとしてはそんな話より斎くんのお洒落衣装の方が気になるわ。暖かそうやし」
「纏お姉さんもペケお姉さんもそんなに見つめないでください、照れてしまいます。以前ジルベリアが随分と寒いと聞き及んだものですから」
 もっとも、借り物ですし流石に1人分しか用意出来なかったと付け加えた辺りで見張りを兼ねて外で作業をしていた照日と魚慈が戻ってきた。戸が開くと同時にようやく暖まって来た室内に冷たい冷気が入り込んでくる。
「マフラーが‥‥しっとりしてしまいました」
「いやいや、こんな寒い中でまさか汗だくになるとは思っていませんでしたよ」
 纏の発案で小屋の前の雪を踏み固めていたのだ。少し長めの休憩になりそうだったので転ばぬ先の杖、という奴だ。
「悪いなぁ2人とも、発案者のうちが中でゆっくりしとって」
「鍛錬にもなりますし、お気になさらず」
 照日と魚慈はお茶を受け取り一息つく。それと同時にペケが音も無く立ち上がるとスッと外へ消えていった。

「おや?ペケ殿の姿が無いな。見張りの交代にでも行ったのか、それなら私も見張りに立ってくるとしようか」
 久遠が立ち上がり仕度を整えようとした所を紬が着物の裾を掴んでそっと止める。
「あの、恐らくですけどご不浄かと」
「ああ雉打ちだろうな」
「花を摘みに行くとも言いませんか?」
「この場合‥‥雪隠と言うのが風流では?」
 アヤカシを討つのに不浄も何も無いし、この雪の中で雉や咲いている花も無いだろう。それに風流とか言われても何の事だかさっぱり判らないが、取りあえず止められている事だけは何となく理解できた。だが次の瞬間、久遠の目に剣呑な光が灯る。
「纏殿、魚慈殿、申し訳ないが心眼で辺りの気配を探ってはくれないか。他の者も武器の準備をしてくれ、防寒具の準備をしている暇は無いかも知れないな」
 皆に指示を出しながら久遠も愛用の長槍「羅漢」の雪避けに掛けていた布を解いていく。言われるままに心を研ぎ澄ましている纏が久遠の言葉に同調する。対応の早さに違いが出てしまったのは経験の差という奴なのだろう。
「気配の数は4つや、思ったより小さな奴らかも知れへんね。こっちに向かってくる人の気配はペケさんやろうからまだ無事かな」
 纏の言葉を契機に紬や斎にも戦いの空気が伝わったようだ。開拓者達は沸かしていたお茶もそのままに、最低限の準備だけをして次々に外に飛び出していった。

 外の吹雪は更に酷いものになっている。吹き付ける雪や風に目を開けている事も難しい。開拓者達にとって幸運なのは小屋が風避けになってくれる事と事前に踏み固めてあった足場だろう。同時に開拓者達は大きく動けず防衛戦になる事も意味していたし、短期決戦に持ち込まないと寒さにやられてしまうかも知れない。
「あ、あ、アヤカシが出ました〜〜〜!!」
 10間程先にシノビの姿が見える。その先に合計8つの赤い目を従えてこちらへ向かってくる。
「もう、しつこいなぁっ!」
 ペケの体を中心に炎の壁が現れる。火遁の術、シノビの技の一つだ。それを合図とばかりに久遠と照日が間合いを詰めていく。
 アヤカシ達は炎を避け左右へ回り込むように走ってくる。右に2つ左に2つ。
「赤い目しか見えへんってのはホンマやりずらいなぁ」
 纏が懐から取り出した石を縄で繋いだ即席の投げ縄を取り出して投げつける。錘の石を中心に回転しながら飛ぶそれはアヤカシに命中はしたものの、そのまま雪面に落ちてしまう。
「村人の無念、晴らさせてもらうぜ!アヤカシども!!」
 気合で振り抜いた琉央のバトルアックスから轟音と共に衝撃波が走り抜け、アヤカシを掠めて雪面に大きな傷跡を残す。
(「確かに見えない敵を相手するのは厄介ですが何かを見落としている気がします」)
 超近接戦闘が自身の持ち味の魚慈が初手から踏み出せずに居たのは、小さな違和感からだった。知識や経験ではない直感が魚慈の出足を鈍らせていたのだ。
「誰だったか忘れたが、アヤカシの数は両手に余るって言ってなかったか?」
 風に乗って聞こえて来た琉央の言葉に魚慈が心を研ぎ澄ますのに時間は要らなかった。魚慈の心眼が4つの新たな気配を捉えるのと同時に小具足に精霊力による青い光が灯る。
「斎さん紬さん新手が4つ、左から来ます。気をつけてくださいっ」
 魚慈の言葉に呼応するかの様に吹雪の中から赤い瞳が4つ計2対飛び出してくる。俊敏な動きで幾つかの傷を作るも致命傷には至らない。青い精霊力の光が攻撃を僅かに逸らし受け流してくれたのだ。
「術師とは言え自分の身ひとつ位は守ってみせます」
 斎の伸ばした手に精霊力が集まり力へと変換されて行く。まるで祝詞を述べる様な厳かな響きのある言葉で歪みを命じると斎に迫り来る瞳の前の空間が音も立てずにぐにゃりと歪み突進を妨げる。
「魚慈さん大丈夫ですか?すぐに治療を」
 負傷した魚慈に駆け寄った紬がかざす手に淡い光が灯り暖かな光が魚慈の傷を塞いでいった。
「あかんなぁ分断されてもうたわ。それにこっちのが本命か」
 纏が対峙しているアヤカシは他より明らかに大きい。この群の首領といった辺りなのだろう。戦場に吹き荒ぶ風に、辺りの気温が更に下がった気がする。
 目の端に後衛陣の姿を捉えた久遠の気質が変化していく。精霊の護りを受けて長槍「羅漢」が淡い燐光を帯び始める。
「志の道が奥許し、その身に刻みなさい」
 久遠の振るう長槍が紅葉の様な燐光を軌道に残して赤い瞳の間に大きな穴を穿つ。そのまま槍を振るいアヤカシを投げ捨てる様に振り払うと、雪面にのめり込みアヤカシは動かなくなった。
 右手の珠刀「阿見」と左手の刀とを交差させてアヤカシの突進を組み受けた照日の目にはその光景は奇妙に映った。アヤカシが雪にのめり込んだ?よくよく注意して観察して見れば、この赤い瞳は正面から見れば2つだが時々1つしか見えない事がある。初めは吹雪の白さに紛れてしまったのかと思っていたが側面から見たら片方が隠れるのは道理なのではないだろうか?防御を主体として相手を見て反撃を行う照日ならではの観察と閃きだった。
「ペケ‥‥もう一度だけ火遁を仕掛けてもらって構いませんか」
 照日のつぶやきにも似たひと言に、親指を突き上げた拳だけで返事をしたペケの体に火柱が巻き起こる。炎は辺りをオレンジ色の光で満たした後、跡形も無く消え去った。ほんの刹那の出来事ではあったが確信を得るには十分な時間だ。
「炎に照らされた瞬間に‥‥アヤカシの体に影が映りました、このアヤカシは実体を持っている」
 十字組み受けで受け止めたアヤカシに追撃を放ちつつ、照日が普段より少しだけ大きな声を張り上げる。
「なるほどね、因幡の白兎って奴だ」
 ペケは何処から取り出したのか持っていた松明を足元に投げつけて固定していた。抜け目無く先ほどの火遁で火を点けた松明がぼんやりと辺りをオレンジの光に照らし出す。強風に吹かれて揺れる光は逆に色の明暗を強く意識させる。
 赤い目だけに注目していた時と違い、認識さえ出来ればぼんやりと輪郭が見える気がするから不思議なものだ。まるで騙し絵に突然気がついて、まるで別の絵が浮かび上がって見える気分だ。
「これなら赤い目に速さだけで対抗するよりはマシって奴かな?」
 イタズラでも見つかってしまった時の様に片目を瞑り久遠と照日に目配せをするペケには、赤い目のアヤカシは脅威には映っていなかった。

「本命やろうけど、デカイって事は当てやすいって事やんなぁ」
 纏が懐から取り出した投げ縄もこれが最後だが、今度は的が大きい上に距離も近い。雪上を滑る様に飛んだ投げ縄が恐らく足であろう場所に絡みつきアヤカシが前のめりに倒れこむ。とりあえずこれで少しは時間が稼げる筈だ。その間に巫女たちの援護に回れるだろう。振り返ると残り3匹のアヤカシに対して琉央と魚慈が良く守って居る所だった。
 だが、それも斎が傷を癒しつつやるのが何とかと言う体だ。
 確かに戦慣れた者達であれば、照日の言う様に戦場でのほんの些細な違いや隙を見抜いて生かす事も出来るのだろうがこればっかりは経験が物をいう。咄嗟に松明に火を入れたペケの機転もこちらまでは光は届いてくれそうにも無い。
 こちら側は少し分が悪いと言わざるを得ない。纏がそう結論しようとした所で姿が見えなかった紬の声が聞こえた。
「お茶、持って来ましたっ!」
 紬が持ってきたのはさっき入れかけで放置してしまったお茶だ。お茶っ葉を入れたままだったし冷めてしまっただろうから渋くて飲めた物では無いだろう。
「うし、それじゃその辺にぶちまけちまえぃ」
 琉央の威勢の良い掛け声に、紬が手に持った急須からお茶を辺りに振り撒いていき、白かった雪景色がまだらにほんのりとした薄緑に染まっていく。
「これで五分とはいきませんが、相手が見える様になりましたね」
 斎の言葉通り緑に染まった雪の上を通る獣型の真っ白なアヤカシがはっきり認識できる。姿が見えない、いや見えずらいからこそ脅威になり得たアヤカシだが、云わば緑色の結界に招き入れてしまった白く赤い目をした獣のアヤカシなど最早ただの獣同然だった。

 姿を暴き出した後の勝負は火を見るよりも明らかだった。幾人かは多少の手傷を負ったものの、それも斎や紬の巫術で完治するものでしかなかった。山小屋で十分に暖を取って体を温めている内に次第に吹雪も収まり、開拓者達は下山して村長に事の顛末を説明すると村人達の歓待とアヤカシからの解放の声が山の峰に木霊した。
 纏と紬が村の現状を見て報酬の話を切り出すと、村長は深い悲しみを湛えた表情で尚こう切り返した。
「これは我々の感謝の気持ち、そのものなんじゃ。確かに生活は苦しいが我々は誇りを持って先祖伝来の地で暮らしておる。我々の誇りにかけてどうか喜んで受け取って欲しい」
 そして受け取ったのは倅の遺品だけでなく、明日へ生きる為の希望も貰ったよ、と。
 アヤカシを退治した後、開拓者は犠牲になった若者の亡骸も探してみたが残念ながら発見に至る事は出来なかった。ただ、大きなアヤカシを倒した後にそのアヤカシの中から女物の櫛が1つだけ見つかったのだ。

 質素ながらも歓待の宴の夜を終え、山を降りてギルドへと向かう開拓者達。里へ降りてきてしまうと厳しかった寒さも嘘の様に緩み、どこか現実感の無いお伽話の様に感じてしまうが、村人達から受け取った誇りはしっかりと胸に刻み込まれていた。