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■オープニング本文 泰国、とある山岳部。木枯らし吹きすさぶ目の前の光景は、雪こそ無いものの見事な冬景色である。 「ある訳ないだろ、こんな有様で! 見ろ、どこも枯れ木に枯れ草ばっかりじゃねーか」 ざくざくと落ち葉を踏み歩く二つの足音が、山裾から登ってくる。 「誠意はまず見せることが肝心ですぞ?」 「モノが無きゃ、その証になんねーって話だろ!」 それまで我慢し続けていたのだろうが、相方の暢気でずれた物言いに遂に足が出る。鈍い音を立てた後それはごろごろと山道を転がり登っていくが、蹴りを入れた本人はその足を抱えて蹲ってしまった。 事の経緯は詰まらない事。村で用意していた祝いのための酒を、ある少年が調子にのって飲み干したことから始まった。甕の一つや二つ、と気の良い村人は笑い飛ばすのだが、醸造中のものを除いてさっぱり全部、しかも新年のこの時期、無病息災を願って少量酒に加える屠蘇散まで使い切ってしまったと聞けば開いた口が塞がらない。理由を聞けば「やっと飲める年になったんだ、とりあえず飲めるだけ飲んでみた」だの、「味が足りないので足してみた」だの、あまりの下らない理由に村の大人衆は頭を抱えるしかない。 「なんだよ、売れ残り処分してやっただけだろ? まあ、景気付けには中々良かったぜ」 沸点が急激に下がりそうになった場をぶち壊したのは、割って入ってきた鈍色の土偶だった。文字通り転がり込んできたそれは一人踏ん反り返っていた少年を弾き飛ばして場所を入れ替わると、それに気付かぬままおもむろに土下座を始める。 「申し訳ないでござる! 計名(けいな)殿に挑まれては逃げる訳にも行かず、もうそんな年であると思えば目出度さが込み上げ! この錫箕(すずみ)、ついつい調子に乗って全力で飲み過ぎ申した、いや面目無い!」 見事な謝りっぷりではあったが、全身から酒の匂いを発していてはあまり殊勝さを感じられない。 「痛ぇな、何しやが」 皆まで言わせず、転がっていた棒切れで少年の足を綺麗に払うと、同じように座らせ頭を地面に押し付けて続ける。 「これ、この通り。主も反省しておりますれば! もし何か所望とあらば何なりとお申し付けを」 はなせっ、と主とやらが脇でもがく中、深々と頭を下げる土偶を前に、顔を見合わせる村人たち。そこまで言うならと提案されたのは、屠蘇散の原料となる植物を探してきてくれというもの。とにかく喧しい二人(?)を村に置いておくよりは、と半ば駄目元で送り出されるという所だが、無駄にやる気を見せる土偶にそんな事情は通じない。 「なるほど、この絵と同じものを探して来れば良いのですな。蓬に似ておりますが、草というより木というか‥‥はて、微妙に見覚えがあるような?」 ああ、それは好都合、と送り出した後に呟く村人。 「なあ。この時期、葉は枯れてるって伝えたか?」 しばらく無言で顔を見合わせる一行だが、まあ丁度良い罰じゃないのか、と誰かが言い出すと。それもそうか、と乾いた笑いを浮かべて解散する一行だった。 「うむ、あれですな」 物々しく告げる土偶の目の前に、鮮やかな葉が茂みを作っている。 「なあ、錫箕。どう考えても怪しいだろ、あれ。周りと比べろよ」 「さてと、必要なのは根でしたな。どれどれ」 全く聞かずに引っこ抜いた土偶は、まじまじとそれを見つめてから主に突きつける。 「計名殿、これが鳥の形に見えますかな? 某にはどうも、目を閉じた人にしか見えぬのでござるが?」 計名がかくりと垂れていた顔を上げると、突きつけられた根っこと目が合う。それは計名が声を上げるより早く口らしきものを歪ませ、何かを叫ぶかのようにぱっくりと広げて見せた。 「どうされた、計名殿?!」 無言の根っこと見合ったまま数瞬、その後ばったりと仰向けに倒れる計名に、慌てて駆け寄る錫箕。放り出された根っこは森の奥へ紛れてしまったが、主の一大事と全く気にせず。目を回した計名を担ぐと、凄い勢いで山を駆け下りた錫箕であった。 「はあ。それはそれは‥‥大変でしたね?」 そうなのです、と腕を組み頷く土偶を前に、処遇に困る占い師。たまたま訪れた村で困ったことが起きたと聞いてみれば、詳しい事情を土偶に語られてしまった。 「昔の記憶で曖昧でござったが、どうやら植物型のアヤカシのようでござる。村の近くでもある故、退治を手伝って貰えぬであろうか?」 それは構いません、と頷く占い師は、主とやらの容態を尋ねる。 「うんうん唸って寝込んでいるでござる。しばらく放っておけば治るでござろう。‥‥ただ」 言葉を濁す土偶は、促されて歯切れ悪い言葉を発する。 「そこまで強いアヤカシではなかったと思うのでござる。普通の村人が引き抜いて、簡単に潰していたようで‥‥ いや、でも親方様達は近寄ろうとしていなかった気もするようなしないような?」 何やら要領を得ないが、とにかく人手は必要だと判断し、開拓者ギルドへの連絡を急ぐ占い師だった。 |
■参加者一覧
奈々月纏(ia0456)
17歳・女・志
氷(ia1083)
29歳・男・陰
ミル ユーリア(ia1088)
17歳・女・泰
天目 飛鳥(ia1211)
24歳・男・サ
鬼灯 仄(ia1257)
35歳・男・サ
春金(ia8595)
18歳・女・陰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●見舞いという名の顔合わせ 「どうもやー。ウチ、藤村ゆーねん。よろしく頼むわ〜?」 「これはご丁寧な挨拶痛み入る。某、錫箕というしがない土偶でござる」 藤村纏(ia0456)のにこやかな挨拶に、錫箕は両手を合わせて丁寧な名乗りを返す。 「握手いうんや。手ぇ出してぇな?」 差し出された手の意図が分からず纏の顔と手を何度か見比べていた錫箕だが、屈んで視線を合わせた纏が促すとおずおずと手を差し出す。それを取ってぶんぶんと手を振れば、なるほど、これが異文化交流というものですなとしみじみと呟く錫箕。 「あたしもあたしも! 錫箕と握手するー!」 一目見た瞬間からうずうずしていたそよぎ(ia9210)が、もう待ちきれないとばかりに土偶へ突撃する。可愛いのー硬いのーっとはしゃいでは、錫箕の頭やら胴体やらをぺたぺたと触っている。 「ふむ、もてもてだねぇ。スズキ君」 ふぁと欠伸をしながらも、氷(ia1083)はその様子を真面目に批評してみせる。 「確かに漁特料理(ぎょとくりょうり)にも人気があって引っ張りだこではありますが。この錫箕をそんな魚類と一緒にしてもらっては困りますな?」 雰囲気だけでにやりと笑ってみせる錫箕に、驚きの表情を隠せない春金(ia8595)。 「なんと! ‥‥ボケ突っ込みまでこなすとはの。土偶、恐るべしじゃ」 「驚くとこ、そこなの? ‥‥なんかとっても疲れそうだわ」 ふぅ、と溜め息を吐きながらも、思わず苦笑するミル ユーリア(ia1088)。 と、のっけから緩んでいた室内に力無い声が割り込む。 「お前ら何しに来たんだよ。漫才なら余所でやってくれ、頼むから」 寝床から頭を押さえながら起き上がった少年を見て、漸く用事を思い出した一行だった。 「お前が計名か? 聞いたぜ、村中の酒を飲み干したんだって?」 鬼灯 仄(ia1257)がくつくつと笑いながら、やるじゃないかと背中を叩く。迎え酒行っとくかと徳利を差し出すと、それは二日酔いの特効薬だろと呆れ顔で返す計名。 「その答えもどうかと思いますが‥‥ あれ、じゃあこれもあまり変わらないでしょうか?」 和奏(ia8807)は取り出した甘酒を見て考え込んでしまったが、その香りに引かれて興味を出した計名に渡してみる。一口飲んで気に入ったようだったが、それを悟られたのをばつが悪いと思ったのか、わざとぶっきらぼうに礼を言ってから八つ当たり気味に話を振る。 「つーか、いつまで騒いでんだ錫箕! ここの家は客人に茶の一つも振舞えないのかよ?!」 「これは失礼仕った! 直ちに直ちに!」 そよぎを纏わり付かせたまま、慌てて一礼して水場へ向う錫箕に、天目 飛鳥(ia1211)は感心した風に呟く。 「大した忠義心だな。年の若い主に仕えるとなれば、多少は屈託もあろうものだが」 いやすまん、含むところがある訳ではないのだと我に返って謝罪する飛鳥に、気にする風でなく手を振る計名。 「家族みたいなもんだからな、お互い遠慮がないってだけだ。‥‥ただなぁ、鈍い上に悪気の全く無いところが逆に始末に負えなくてよ」 その場に遅れてやってきた結夏を含め、一行は思わず首を傾げて顔を見合わせたが。計名は乾いた笑みを零すのみだった。 ●最初の遭遇 「‥‥ところで心当たりあるって話だけど、ちゃんと目的の場所に着くんでしょうね?」 迷ったりしたら承知しないかんね、というミルの念押しも何のその。本人は至って真面目に、だが傍から見るとのらりくらりと突っ込みをかわしながらも、意外とあっさりと最初の目的地に到着した。そして唐突にぽかりと開いたその広場には、どうやら話に聞いた通りの植物のようなモノが青々と生い茂っている。 「すごいわぁ、錫箕さん。なんか目印ゆーのあったんやろか?」 近道と称して道なき道を通っていたため、道行を少々不安に思っていた纏も感嘆の声を上げる。 「何、この辺りは親方様と共に駆け回った言わば庭のようなもの。道に迷うなど、天地がひっくり返ってもありえませぬ」 心持ち自慢げに、手に持った方天戟の柄で地面を突きながら答える錫箕。 「ただまあ、嫌な予感が当たってしまったのは残念でござる。絶叫草とは怨念が残る地に生えるものでしてな」 今でこそ静かな山ですが、それはそれは大きな戦いがあったのですよ‥‥、と遠くを見つめて語る様子は少々寂しげであるが。錫箕物知りなのーと纏わり付くそよぎ以外、標的を見つけた一行は誰も聞いていない。 「確かに見せて貰った絵に似ておるようじゃが、冬場にこれではアヤカシに違いなかろうて。ふむ、全部で二十株はあろうかの?」 ひのふのと目を閉じたまま指折り数える春金は、アヤカシの間近にふわりと浮かべた金魚の式を通して安全を確認する。数の多さは気になるが、特に動き出す素振りも見られない。 「さてと。わしとしては何をするにしても、まずは人が寄っただけでは動き出さないことを確認しておきたいのじゃ」 槍のようなもので埋まっている根っこを攻撃してみてはどうじゃろう、と春金が言えば。一同は一旦錫箕の持つ長物を見遣るが、それはそのまま素通りして申し合わせたように和奏の荷物に集る。 「え‥‥やるのですか?」 ふむふむ、とその提案に素直に賛成を示していた和奏はその視線に驚きはするが。なれば僭越ですがと、それ以上は深く考えずに余分な荷を降ろして準備を始める。 「んじゃ、あとよろしく」 ふぁ、と欠伸をして下がろうとする氷を引き止めるのはミル。 「次の偵察は氷さんの番。はい、回れ右」 一瞬口を開きかけた氷だったが、無言の一睨みに肩を竦める。しゃーない、と頭をばりばり掻きながらも、符に息を吹きかけると仔虎の式をあっさりと顕現させる。それを和奏の肩へと飛ばすとどかりとその場に座り込み、そのまま静かに目を閉じる。 「じゃあ、うちは焚き火の用意しとくわ〜」 途中拾ってきた薪を組み始める纏に、その他も思い思いに動き始めるが。いきなりぱたりと氷が仰向けに倒れる。 「なになに、どうしたの?!」 慌てて視線を前に向ければ、槍を構えながらも青々とした葉っぱをつんつんと突く和奏の姿。あれが引き金に?! と焦って振り返ってみれば、幸せそうに鼾を掻き始める氷の寝姿。 「‥‥紛らわしいにも程があるな」 呟く仄に、無言で頷く飛鳥。思わず鳩尾に踵を入れようと構えたミルの殺気に目を覚ました氷は、一瞬引きつった笑いを浮べ、そして今度こそ失神する。 「だから何なのよ! まだ何もやって」 顔を真っ赤にするミルの背後で、がくりと力尽き膝を付く気配。振り返れば、ひっくり返って痙攣する仔虎の式と、地面から顔を出した人型の根を槍で地面に縫いつけながらも、よろよろとこちらに歩いてくる和奏の姿。 「全く何なのよ!」 憤慨するミル以外は、何となく生暖かい表情を浮かべるしかない状況であった。 ●改めて作戦会議 「計名さんの言う通りでした。芽を見た瞬間、感じ取れる限りの感覚を突き抜ける衝撃が」 ぐっ、と呻いて体を強張らせる和奏。やはり横になっていた方が良いですよと結夏に勧められ、大人しく火の傍で膝枕を借りる。額に治癒符を貼られると少しは楽になったのか、荒かった呼吸もしばらくすると寝息に変わっていった。 「尊い犠牲を無駄にしないためにも、慎重に動いた方がよさそうじゃな」 ごくりと喉を鳴らして皆と視線を合わせる春金。「目と芽が合った瞬間」という一節に微笑ましいものを感じて緩んでいた己を、皆一様に引き締める。 「近寄るのは良くても、葉っぱ触るのは駄目みたいね。とすると縄を掛けて引っ張るっていうのはちょっと危険かしら」 ミルが思案して言えば、纏も残念そうに続ける。 「土ごと掘り起こすのも、あれだけ密集していると難しいやろか? 折角鍬とか借りてきたのになあ」 「‥‥確認しておきたいことがあるのだが」 考え込んでいた飛鳥が、組んでいた腕を解いて声を掛ける。 「錫箕は何度か絶叫草を見たことがあるようだが、その絶叫とやらは聞いたことがあるのだろうか?」 「残念ながら無いのでござる」 甲斐甲斐しく氷と和奏を看病するそよぎを手伝っていた錫箕は、一旦手を止めて答える。 「根が絶叫する様を見たことはあるでござるが。うむ、この惨状を見る限り、運が良かったと言うべきでござるな」 これも日頃の行いの賜物でござろう、と一人納得する錫箕。 「‥‥確かに、運だけで済むとは思えんな。試す価値はあるって所か?」 煙管を吹かしながら、仄は独り言ちる。なになに、なんやろ、と纏が皆の顔を窺う。 (「土偶には効果が無い‥‥ ということなのかしら?」) 何か釈然としないものを感じるミルだったが、皆に視線で問われてもはっきりと反対する理由は見つからない。まあこちらが気を抜かなければ大丈夫かと呟くと、一つ頷いて納得することにしたようだった。 「それでは行きますぞ、飛鳥殿?」 絶叫草に触れぬよう、慎重に屈みこむ錫箕が飛鳥の返事を待つ。頼む、と短い返事が飛鳥から返ると、錫箕は目の前のアヤカシを無造作に引き抜いて飛鳥の目の前に差し出す。それは裂帛の気合と共に珠刀の一撃を受け、叫び声を挙げる間も無く両断される。 「錫箕も飛鳥さんも、がんばれー!」 そよぎが傘を回して声援を送る中、仄が煙管を取り出しながら現れる。 「順調に進んでいるようだな。ま、村人に潰せるってんなら、目さえ合わさなければ大丈夫なんだろ」 警戒を解かないミルに向って、仄は煙草を詰めながら暢気に声を掛ける。 「それにあれだ。あんまり真剣に見てると思わず目が合っちまうってこともあるだろうよ」 気楽な調子で焚き火から手頃な燃え止しを取ろうとしゃがみ込んだ仄の耳に、素っ頓狂な錫箕の声が飛び込む。 「ややっ?!」 あん? と振り返る仄の目には、尻餅を付いてばたばたと手をもがいている錫箕と、空を見上げる飛鳥とミル。その視線の先には、弧を描いてこちらに飛んでくる、件のアヤカシ。 「ま、ね。絶対やると思ってたのよね」 ふっ、と溜め息を吐いたミルは次の瞬間軽やかその落下地点まで踏み込み。葉を棚引かせたアヤカシに対して、捻りの効いた回し蹴りを叩き込んだ。 「「「あ」」」 そして思いがけない展開にミルと仄、更に飛鳥の声が重なった。地面に叩きつけられたアヤカシは、その十分な角度と勢いにも関わらず、めり込みも跳ねもせずに地面を転がっていく。その先には未だもがき続ける錫箕の姿。 「な、何事でござ?!」 漸くうつ伏せになって手を突いた瞬間にアヤカシを顔面で受け止め、そのまま一緒に転がる錫箕は。事もあろうに、青々とした茂みの中を転げまわる。 「あー。‥‥なんだ」 柄にも無く、言葉を無くす仄。面をつけていた飛鳥の表情は分からなかったが、刀を返すその態度から覚悟を決めたのが分かった。先手必勝とばかりに飛鳥が飛び込んだ先では、次々に人面の根っこが顔を出し始める光景が広がっていた。 ●そして最後の目的地へ 「あはは‥‥ その、ごめんね?」 自力で歩いて戻ってきた飛鳥だったが、やはりそこまでが限界だったらしい。面を外した途端に崩れ落ちる所を、ミルが慌てて抱きとめる。そして手当てに掛けられる術と意識を取り戻そうと呼びかける声に、飛鳥の周りは一気に騒がしくなる。 「こりゃしばらく移動は無理だな。まあ焚き火に当たりながらのんびり回復を待つのも良いだろうよ」 火の番ついでに芋くらい焼いておこうかね、と仄は錫箕が用意していた荷物をあさり始める。 (「膝枕とはうらやましい限りだが‥‥ あれじゃぁな」) 三人と一体が完全に伸びている様を見て、気の毒にな、と呟くしかない仄であった。 「それは‥‥ 感覚が鋭い者ほど受ける衝撃が大きいということじゃろうか?」 説明を聞いて背筋が凍る思いをする春金。式による偵察を止められた理由にも合点がいったし、内心だらしないと思っていた評価も、こっそりとだがしっかり書き換えることにする。 「備えていれば抵抗も出来るが、不意を打たれた場合にはそうもいかないだろう」 飛鳥の言に、こくこくと頷く氷と和奏の表情は真剣だ。 「でも生える場所はそうそう無いし、勝手に動き回ることもないんでしょ?」 次で最後なんだよねー、とそよぎは隣を歩く錫箕に語りかける。その通りです、と答える錫箕は、まだ足元は覚束ないが覇気は取り戻したようだ。先の推測によればもっと浅手となるはずだが、大人数に囲まれてしばらく絶叫を浴びていたことを考えると、まだましな方かも知れない。 「今のところ三箇所ね。多いのか少ないのか、良く分からないけど」 回ったところには全て絶叫草が生えていたのだから、錫箕の案内は正確だった言うことだ。‥‥それがミルには、腑に落ちない一番の出来事で合ったりするのだが。 「うちは霧が深くて進めなかった場所が気になるんやけど。本当に大丈夫やろか」 反対側から錫箕の手を引く纏が尋ねると、それは村の者も心得ておりますから、と少々ずれた答えが返る。更に問おうとする纏だったが、それは先頭を歩く仄の言葉に遮られた。 「そら、そろそろ頂上だ。準備しとけよ」 視界が開けた先には、根回りが十メートルに達しようかという巨大な楠がそそり立っていた。そしてその脇には、小さく石を積み上げた墓らしきものが二つ。 「良かったでござる。万が一にも無いとは思えど、実際に確かめるとほっとしますな」 唐突な風景と何も無いという肩透かしに言葉を失う一行へ、錫箕は静かに語る。 「この木の下には親方様が埋まっておりましてな。こちらの墓は、計名殿の両親でござる。どちらも既に昔の話でござるが。‥‥今更でござるが、子の成長を見れぬのはどんな気持ちかと考えてしまいましてな」 恨まれても仕方が無いかも知れないでござる、とそこまで遠い目をして語っておいて我に返る錫箕。湿っぽい話になってしまいましたかな、ではこれで仕舞いでござると少々照れたように笑うと。おもむろに取り出した壷の中身を少しずつ木の根元と墓に掛けてから、一行にそれを差し出す。 「皆様も供養だと思って飲んでくださらぬか? 当家に残っていた最後の、当時の古酒でござる」 「良いのか、そんな大事なものを?」 そう問う飛鳥に、酒には空けるべき時期というものがあるでござると答える錫箕。 「何、計名殿の成人の報告も兼ねておりますからな。出来れば楽しい酒にしたいでござるよ」 そういうことなら、と手を出す一行は、その余りの香りとまろやかさに驚くばかり。 「錫箕の親方様って、どんな人なのー?」 「あ、それは自分も聞きたかったのですが‥‥」 「この辺りで『人中の計真、朋中の黒雷』と言えば無く子も黙る、知らぬ者はいない豪傑でしてな!」 ささやかな上に少々風が冷たい最中ではあったが。それは穏やかな笑いとやさしい時間に満ちた、豊かな古酒に似合いの酒宴であったという。 |