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■オープニング本文 泰国はとある街、入り口に近い厩舎前。 今日は預けていた龍を受け取り、開拓者ギルドの支部まで報告に行くことになっているのだが。結夏(ゆいか)はふと、何となく足を止めてしまう。 (「今日は雪も降りそうだし、早めに出た方が良いのだけど‥‥?」) 「きゃっ?!」 後ろから何かにぶつかられ、思わず声を上げてしまう。振り返れば尻餅をつく少年の他、曲がり角から三人の少年少女が追いつく所だった。 「大丈夫? 怪我は無い?」 慌てて手を貸し、服の裾を払ってあげようとするが少年は一人で出来ますと慌てて立ち上がる。怪我は無いようなので安心したが、肩から提げていた瓢箪は地面に転がり、詰められていた水が半分は零れてしまったよう。少年は瓢箪に飛びついて残りの量を確かめていたが、我に返って結夏に向って頭を下げる。 「あの、ぶつかってごめんなさい!」 周りの子らも一緒に謝ると、やはり揃って上目遣いで見上げてくる。 結夏は緩みそうになる表情を押さえると、しゃがんで目線を合わせる。謝罪は受け入れるつもりだが、その前に言っておく事がある。 「そうね、曲がり角からは飛び出さないこと。牛車が通ることもあるんだから、ちゃんと立ち止まって確認しないと駄目よ」 うん、と皆が行儀良く頷くのを見ると、笑みを浮かべて続ける。 「じゃあお姉さんからも。通りで立ち止まったら危ないわよね。今度からは気をつけるわ」 これは水を零してしまったお詫びに、と手持ちの瓢箪を渡す。 「甘酒よ。皆で分けてね」 わー、と子供達に笑顔が広がる。これ天儀の? と本当に嬉しそうに聞かれては、自然と笑みが浮ぶ。 「じゃあぼくからもお礼ね」 はい、と手渡されたのはまだ温かい甘栗だった。その子だけ腰から下げた大きな袋から一掴み差し出してくれたが、そんなに一杯は食べきれないわと二粒だけ分けてもらう。 「準備はしっかりしているみたいだけど、あまり遠くまでは行かないのよ?」 皆一様にお揃い鞄・瓢箪・腰に小袋と子供達にとっての完全装備なのだろう。 「大丈夫。この先の牧場でよーじんぼーをやとうことになってるんだ」 こら、と他の子らにこっそり小突かれて口を慌てて押さえたことには気付かない振りをして。 「日が暮れるまでには帰ってくるのよ?」 一応釘を刺しては見たが。緩んだ顔では迫力が無い以上、自分でもあまり効果は期待できそうに無いことは分かっていた。 子供達と別れた後。何故だか街が離れがたく、結局予定を変更して辻占いを出すことにした。数時間は大人しく客待ちをしてみたものの、冷え込む路地にはそもそも人通りが少なく、どう考えても客が訪れそうには無い。だからふと捲ってしまった札が何てことが無い札であったにも拘らず次の札を捲ってしまい、それが妙な暗示へと繋がって行くのに気付いてしまった。 (「気ままな旅人、小さく、調停を求め、幸運、偽り?」) 何時の間にか占いに没頭していた結夏を引き戻したのは、目の前で音を立てて崩れた牛車の荷物だった。 「あー。‥‥誰だよ、これこそ俺の運の塊だって言ったのは」 いや俺なんだけどさ、と御者台に乗る若者が肩を落として呟く。結夏の目の前に撒き散らされたのはつい最近見た小袋で、そこから豆が零れている。 「あの、これは何ですか?」 のろのろと牛車から降りる青年に尋ねると、自暴自棄な笑顔を浮かべながら力なく答えてくれる。 「天儀から持ち込んだ豆だよ。でも予定通りに荷が届かなくてほとんど売れ残り、どこが福の固まりだってね」 嫌な予感がするが、続けてその触れ込みを尋ねる結夏。 「あ? ああ、えーと。『内に溜まった鬼? いや邪気を綺麗に払って見せます。本場天儀から輸入の逸品!』ってとこだな」 ちなみに、売った相手を覚えてます? と続ける結夏の声は少々硬いが、そんなことには気付かず投げやりに答える青年。 「昨日買いに来たガキ共だけさ。まあ、良いとこ今日のお八つだろう、よ?」 何時の間にか間近に迫っていた結夏は、更に詰め寄って質問を続ける。 「この辺でアヤカシが出た、なんて話や噂はご存知ですか?」 「そ、そうさな。二、三箇所はすぐ出てくるけどな。全部聞きたいの、か?」 有無を言わさず聞き出した結夏は、素早く考えを巡らす。確かこの時間、天儀からの定期便が着く筈。何としても人手を確保してことに当たらなければ! 嫌な暗示が予感で済むことを願いつつ、飛空船の発着場目指して走り出した。 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
八重・桜(ia0656)
21歳・女・巫
鈴 (ia2835)
13歳・男・志
奏音(ia5213)
13歳・女・陰
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
周十(ia8748)
25歳・男・志
劫光(ia9510)
22歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●飛空船乗り場にて 先に降りた開拓者が見知った顔に呼び止められているのを見て、驚きながらも鈴木 透子(ia5664)はそちらに足を向けた。 「またガキの世話かよ、最近こんな仕事ばっかりだな」 話を聞く周十(ia8748)が面倒くさそうに溜め息を吐いて見せると。 「すれ違っただけの子供の為に、とはな」 並ぶ劫光(ia9510)も難しい顔をして相槌を打っている。だがどちらもその目は笑っており、お互いそれに気付いては思わず苦笑を浮かべてしまう。 「二人とも正直じゃないです。こういう時は恥ずかしがらなくても良いんですよ?」 したり顔で窘める八重・桜(ia0656)の言葉に結夏が一人目を白黒させている様子は、傍から見る限り和やかと言っても良い様子であるのだが。 「結夏さん、ご無沙汰しています。‥‥何かあったのですか?」 透子が問えば、丁寧な挨拶に釣られて頭を下げていた結夏が透子の手を掴んで勢い良く問い詰める。 「少しお時間ありませんか? いえ、是非作って欲しいのですけど!」 思わぬ成り行きに、まずは他の開拓者と結夏を見比べるしかない透子だった。 何とか人手を確保すると、一行は近くの詰め所に雪崩れ込む。そして寛いでいた作業員たちが呆気に取られている間に、有無を言わさず付近の地図を出させ最新のアヤカシ噂話を聞き出す。 「マスター、まだ情報は十分とはいえないよね?」 それらしい場所への大体の位置と距離は掴めたが、どんなアヤカシが出るかは不明のまま。そんな結果を踏まえた人妖・刻無は、主である真亡・雫(ia0432)に疑問というより確認に近い問いを投げていた。 「そうだね。アヤカシの情報は欲しいけど、これ以上は時間を掛けない方が良いだろうね」 雫は一応、街で情報集めますかと問うてみるが、皆揃って首を振る。 「詳しい地図が無いのも気になるが、それなりに大きな道があるようだ。道なりに進めば迷うこともなかろう」 寒い寒いと言いつつ、奏音(ia5213)の腕の中から口を出す猫又・クロ。的確な指摘に皆感心する中、人一倍びっくりした奏音は、だがすぐに「えらいえらい」と己の朋友を揉みくちゃに撫で回す。 「えと、では先程の分担通りに出発でしょうか? その、牧場も気になるのですけど」 遠慮がちに 鈴 (ia2835)が告げれば、ではあたしが、と透子が手を挙げる。 「俺も行こう。伝令が必要なら、駿龍を連れていた方が都合がよい」 桔梗(ia0439)が名乗り出た後、皆に異論が無いことを確認すると結夏が後を引き取る。 「では私は街の入り口で待機する事にします。夏麟も連れて行きますので、何か伝言がある場合はそれを目印にしてください」 呼ばれたと思った鬼火玉・火鈴がきょろきょろ見回し鈴を突くと、その愛らしさに思わず笑みが零れる。肩に力の入っていた一行を和ませた火鈴だったが、皆の笑い声に恥ずかしがって鈴の後ろに隠れてしまう様子が、更に皆の笑いを誘うのだった。 ●到着? ゆっくりと低空を飛んで来たが、三十分も飛ばないうちに小高い丘といった風情の目的地が見えてくる。だが周十と桜、二人の顔に浮んだ表情は険しい。 「こりゃ‥‥ 空から探すだけって訳にはいかねェな」 雪こそ無いが葉の茂る針葉樹は多く、上空から見える道筋は所々という有様である。 「二手に分かれた方が良さそうです。合図は龍の鳴き声に注意ということでどうです?」 桜の言に思わず考え込む周十。何か他のものを呼び寄せちまいそうだと思案しては見るものの、他に代用出来そうなものは無い。 「分かった、それで‥‥っておいっ!」 ぴたりと身を寄せた桜と駿龍は、わたくしはまず山頂に向かうですーという桜の一言と、自分の鳴き声を伝えるかのような染井吉野の咆哮のみを残して全速で遠ざかっていた。 「ったく‥‥ って、ぼーっとしてる場合じゃねェよな。こっちは麓から道なりだ」 ほれ、お前も美味い飯にしたいだろ、とごねる轟雷に声を掛け。まずは麓から調査を始める周十であった。 「本当にここを探すのか?」 「あたりまえ〜なの! てをぬいたら〜、ごはん〜ぬきですよ〜?」 目の前に広がる竹林と主である奏音を見比べ、溜め息を吐くクロ。途中で迷う杞憂など鼻で笑うほど、その竹林は高く広く、そしてどうやら殊の外深いらしい。 「じゃあ〜奏音は〜こっちをさがすから〜、クロは〜はんたいを〜みるんだよ〜?」 抱えていたクロを放すと、奏音は躊躇せずに竹林へと分け入る。そのまま見送ってしまいたい衝動に駆られるクロであったが、後のことを思うとどう考えても得策ではない。何度目かの溜め息をぐっと堪えると、後から来るはずの雫と刻無のために目印を刻んでから、奏音の後を追って竹林へと進んだ。 思わず絶句した鈴だったが、火鈴に突かれ我に返る。 「そ、そうだね。桔梗さんが来るまでに、少しでも探しておかないと」 木々が途切れた先には見上げるほどの岩壁が聳え立ち、その一面に大小様々な洞穴が口を開けていた。その数、ざっと見積もっても軽く数十を越えるほど。気を取り直して覗いてみれば奥行きが一メートルにも満たないへこみが殆どではあったが、人の背丈ほどの大きさを持つ洞窟も一つや二つでは無いようだ。 「そっか、まずは足跡とか探して数を絞れば‥‥ どうしたの、火鈴?」 慌てた様子で服を引っ張る様子に振り返ってみれば。そこには大人よりも遥かに大きな裸足の足跡が、ある洞窟に向かって続いていた。 「ついてない、所では無いな」 飛んできた距離や木々が途切れていることを考えると、そこに広がっているのは湖の筈であるのだが。生憎と湖面と思しき場所には一面の霧が立ち込めていた。瘴気の類では無さそうだが視界を完全に塞いており、何かを探すにはかなり厄介な状況である。 「こうも視界が悪くては式も使い辛いか‥‥ 笛も危険には違いないな。まずは飛んでみるしかあるまい」 十分に注意しろよ、と劫光が相棒に声を掛ければ、火太名は心得たとばかりに軽く体を揺する。 「よし、まずは湖を一周だ」 小舟で漕ぎ出すなんて事が無ければ良いんだが、と思わず心の内で呟いてしまったが。それを見越したように見つけた船着場に舟は無く、代わりに決して見たくなかった小さな靴跡に、思わず舌を打ってしまう劫光だった。 ●事情聴取 草の枯れた牧には人どころか家畜も見えず、厩舎からは長閑な山羊の鳴き声をしか聞こえてこない。牧場に辿り着いた桔梗と透子が見張り小屋へ駆け込むと、そこには甘酒の瓢箪を抱え込んだもふらさまが部屋の真ん中で幸せそうに眠りこけていた。 事の成り行きを簡単に想像してしまった桔梗は思わず天を仰いでしまうが、透子はずかずかと踏み込むと、もふらさまの耳をひっぱりながら大声で怒鳴りつける。 「駄目でしょう、小さい子が危ないことしようとしてたらちゃんと止めないとっっ!!」 もふっ、と飛び起きたもふらさまは状況を把握できずに辺りを見回すが、ひっぱられた耳に合わせて体の向きを変えれば、そこには凍るような眼差しの透子。時間は確かに惜しいのだが、お灸を据える必要ありと、しばしそのまま放置する桔梗であった。 「だから、ボクはちゃんと止めたんだもふ! 必殺の武器があっても数の暴力に勝つのは難しいって、理も尽くして説得したもふ!」 「結局行かせたら同じでしょう! いえ、ばらばらに行かせるなんて、もっと性質が悪いです!」 めっ!、と透子があまりに強く言うものだから押さえる側に回ってしまう桔梗だったが。それでもやはり、そのもふらさまに優しい声を掛ける気にはなれない。 「それで? 四人が行った先は分からない、のか?」 つい硬くなってしまう言葉に小さくなるもふらさまだが、大事なことだからと少々穏やかに言い直すと、眉間に皺を寄せてぽつりぽつりと話し出す。 「最初は魚釣りにしようって話だったもふ。でも竹竿が無いとか、だったら竹とんぼ作りたいとか言い始めて」 もふもふと頷きながら、次第に思い出してきたらしいその状況を語るもふらさま。 「けど段々雲行きが怪しくなってきて、竹薮が怖いのかとか、だったら洞窟の丸石取って来いとか何とか‥‥」 どうやら最初は結夏の杞憂通り、子供達は福豆を持って鬼退治に行くつもりだったらしい。その道案内兼用心棒としてもふらさまに声を掛けたのだが、子供たちの中で何やら意見の衝突があって喧嘩別れしてしまったとか。‥‥あまりに寒くて面倒くさくなったもふらさまが、子供達を適当に脅して煙に巻いてしまったに違いないと二人は思うが。それはとりあえず置いておくことにする。 「とにかく、まずは決めた通りの場所を探しにいくしかないと思います」 一人でも子供を捕まえて話を聞かない限り、進展は望めそうに無い。もふらさまへの説教はまだまだ足りない二人だったが、それは後回しにすることにして。まずは危機感を煽るばかりの新情報を抱えて、それぞれの捜索地点へ向かう桔梗と透子だった。 ●発見? 龍の咆哮らしき音を聞いて上空が見える位置に飛び出せば、周十の目の前に黒い毛皮が丁度飛び込んでくるところだった。 「やれば出来るじゃねェか。よし、いいぜ」 鞍に跨り機嫌よく首筋を叩いてやれば、轟雷は当たり前だとばかりににやりと笑って尻尾で周十の背中をどついて見せる。だが直ぐに表情を引き締めると軽やかに舞い上がり、先程の合図の元へと急ぐ。 「‥‥おいおい、ありゃまずいんじゃねェか?」 向かった先では既に戦闘が始まっていた。桜が矢を放ち、染井吉野が炎を吐く先には、凡そ数十体の小鬼の群れ。そしてその中央には、何やら飾り付けた籠のようなものを担ぐ二体の小鬼と、それら一軍の指揮を執る風情の赤鬼が一体。どうやら桜の牽制に、木陰に逃げ込めず崖を背にして立ち往生している格好らしい。 「桜、そのまま援護頼むぜ!」 それだけ見て取ると、声を掛けるなり急降下を始める周十と轟雷。 「ええ? 後から来て美味しいとこ持って行くつもりです?!」 思わず頬を膨らませた桜であったが、染井吉野に諭されるまでも無い。群れを岩場から逃さぬよう、そのまま牽制の矢を放ち続ける中、その名の如く轟雷が駆け抜ける。 「そら、潰しちまいなっ」 飛び降りる勢いのまま繰り出された轟雷の爪は一撃で赤鬼を粉砕し、そして地を蹴る間際に周十の斬撃が籠を担ぐ小鬼二匹を切り上げる。飛び上がった轟雷が姿勢を整える前に振り返った周十には、目にも留まらぬその二撃に右往左往する鬼達と、放り出された籠から零れる古びた武器の数々が転がるのが見えた。 「む、まずは一安心ってとこなんだが‥‥ 脅かされた落とし前は、きっちり付けておきてェところだよな?」 物騒な一言と笑みを桜に向けると、返事を待たずに鞍から飛び出し、蜻蛉を切って地に降り立つ。周十はそうしておいてゆっくり太刀を構えると、そのまま鬼達を威圧しながら歩を進める。 「ちょっと、無茶です! ‥‥って言う暇も無いのですよ」 心底呆れる桜に、轟雷も同意するかのように首を振ったようだったが。まずは小鬼を蹴散らし始めた周十の援護に回ることにしたようだった。 通り掛かった人から話を聞く間に、奏音とクロは先に進んでしまったらしい。雫と刻無は何時の間にかその一人と一匹を見失ってしまっていたが、目的地である竹林がかなり遠くから見えていた以上、心配はしていなかった。案の定、行く手が竹林にぶつかる場所にはしっかり目印が刻まれている。 「ここから入ったみたいだね」 生い茂る竹林に器用に刻まれた矢印を見て、思わず雫と刻無は顔を見合わせた。気難しそうなのに何かと丁寧に主をフォローする猫又の溜め息を思い出し、そんな場合ではないと分かっていても笑みをこぼしてしまう。だから唐突に上がった子供の悲鳴に竹が切り倒される音が続くと、気を引き締めながらも冷静に竹林に飛び込むことが出来た二人だった。 「こら子供! そっちではない!」 目の前に火の玉、そして後ろに喋る猫を目にした少年は、両方を避けて竹林の奥へと駆け出してしまった。わずかに傷つきながらも子供と鬼火の間に体を割り込ませたクロは、主への合図を兼ねて鎌鼬を放つ。その刃は周囲の竹ごと鬼火を撫で切り消滅させるが、浮ぶ鬼火は二つ三つと次々に増えていく。雫と刻無が飛び込んだのはそんな状況だったが、相対する前に鬼火の幾つかが、ぞぶりと何かに飲み込まれるように消えてしまった。 「ここは引き受ける。子供は奥だ、行ってくれるか?」 クロが言う傍から、増え続ける鬼火がその端から消えていく。その言葉に主への信頼を感じ取ると、やはり笑みを零しそうになる雫だったが、そこは咳払い一つで何とか収める。 「分かった、そうするよ。行こう、刻無」 心眼を澄まして方向に当たりを付けると、雫はちょこんとお辞儀する刻無を肩に乗せて少年を追った。 「誰か来たら、鳴いて教えて、な」 洞窟前の広場で相棒を諭す桔梗。こくりと頷こうとした風音は、だが続いて洞窟の奥から響いた地響きに思わずそちらを見やる。 「何事?」 桔梗も視線を向けると、目印のあった洞窟から鬼火玉が勢い良く転がり出てくるところだった。段差を忘れて転がった背から少年が投げ出されたが、風音が首を伸ばしてそれを受け取ることで事なきを得る。 「火鈴? どうした?」 あたふたと周りを見回した火鈴は少年が無事なことを確認すると、桔梗の問いには答えず洞窟に戻ろうとする。だが再び地面が揺れると同時に、またしても洞窟から何かが飛び出してきた。 「鈴!」 そのまま短い斜面を転がった鈴はすぐに二刀を構えて立ち上がりはするが、その体は酷い傷を負っており、がはりと吐いた息には血まで混じって入る。 「どうした、鈴?!」 「桔梗さん?! この戦力では無理です、撤退を!」 治癒の猶予が無いと判断した桔梗は鈴に駆け寄り肩を貸しながら、風音と火鈴に言い含める。 「風音はしばらく時間稼ぎを。決して接近せず、無理もしないこと。鈴は俺が抱える。だから火鈴は少年を背負ってくれ」 出来るな、と念だけ押すと鈴を背負い元来た道を走り出す桔梗。火鈴も風音から少年を受け取るとその後を追い、風音は一声低く重い咆哮を発しながらも軽やかに宙へ舞う。それに応えるような洞窟から響く地響きと雄叫びを聞きながらも、まずは距離を取る事に専念する桔梗だった。 「む、これが湖でしょうか?」 木々の代わりに霧が立ち込める場所を見つけて呟く透子。どうする、といった風に軽く鳴く蝉丸に声を掛けようとした矢先、湖面から天に向かって斬撃が走った。微かに覗いて見えたのは、小舟に炎龍、そして黒く小さな鳥のようなもの。 「今の見ましたね? 羽ばたきと斬撃符で霧を散らしてから援護です」 微妙に気を緩ませていた蝉丸だったが、目標が見つかったとあればあとは連れて帰るだけ。あからさまに張り切ると、湖面に飛び込む勢いで降下してから全力で急制動を掛け、目標付近の霧を見事に払う。そこに露わになるのは、小舟に飛び移った劫光とそれにしがみ付く少女、そして朋友の火太名がその周りを飛ぶ眼突鴉を牽制する姿。 「脅しは必要なさそうです」 残っていた二匹の眼突鴉へ斬撃符を飛ばしてあっさりと消滅させると。こちらに気付いた劫光に手を振りながら、蝉丸に湖面へ降りるように告げる透子だった。 ●集合 最後の一人は、近くの草原に花を摘みに行っていたらしい。無事に帰ってきたのを結夏が迎えたところで、他の子供達も開拓者に連れられて次々と戻って来る。欠ける事無く集った一行を向かえて結夏はほっと胸を撫で下ろすが、勿論そのまま解散という訳には行かない。 「ぼでぃーがーどを雇うのは良い発想です。でもだったら、どうして危ないと知ってて一人で行くんですか!」 まずは透子のお説教が始まった。年長者から見れば微笑ましい限りであるが、笑い話では済まない以上しかめっ面を崩さず皆で拝聴する。子供達は山頂以外にアヤカシがいたことは知らないようだったが、だからといって反論するなど思いも付かないようだった。特に洞窟に向かった少年は、大鬼に追い駆けられた事より鈴の怪我の方がよほど怖かったらしく、いつまでも泣き止まずにしきりとごめんなさいを繰り返すほど。 「さ、それじゃあ皆で仲直りです。それから助けてくれたお兄さんとお姉さん、それからそのお友達にもお礼を言いましょうです」 十分に反省したところを見計らって、桜が上手い具合に話の向きを変える。開拓者も朋友も、子供達にしてみれば中々近づき難い存在ではあったが。頭を撫でてあげると龍も表情が和むのが分かると、最後には皆嬉しそうにお礼を言って回っていた。 そうして場が和んだところで、子供達の夢を壊さないように、もう無茶をしないように。福豆の効用を「歳の数だけ食べて自分の中の悪い鬼を退治する豆だ」と伝えることにする。皆は勇気があるから臆病鬼はいないようだけど、と目線を合わせて頭を撫でてやりながら桔梗は続ける。 「この寒さ、だから。風邪の鬼は、追い払えると良いな」 「さて、あとは牧場のもふらさまです」 「元凶のまめやさんも〜おしおきが〜ひつようだとおもうのですよ〜」 透子と奏音は顔を見合わせ頷きあうと。今日はもう疲れたとごねる朋友を連れて、更なる説教の目標に向かっていった。 |