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■オープニング本文 農村の朝は早い。 日が昇りきる前に済ませておきたい仕事は多いし、一仕事してからの方が朝飯も美味しい。 子供も例外なく、日の出と同時に叩き起こされては割り当てられたお手伝いをすることになる。 まだ小さな子供は村のご神体にお供えをしに行くくらいだが、年の頃10歳くらいの少年ともなると多少の力仕事が任せられる。 ちょうどそれくらいの子供が村の井戸につるべを放り込んでいる。 まだ眠そうに目を擦りながらの作業は、多少危なっかしいものの、何とか水を汲み上げては自前の桶に空けている。 それなりの量が脇にこぼれてしまうのはご愛嬌というところだろう。 そんな悪戦苦闘中の少年に、顔を真っ赤にした少し小さな男の子が駆け寄る。 「幸太兄ちゃん! 兄ちゃんの言ったとおりだ、すげえよ!」 「お前のすごいは大した‥‥ オレが何だって?」 幸太の眠そうな仕草や聞き返しも気にせず、男の子は捲くし立てる。 「兄ちゃんが言ってた『蝉神さま』だよ! 前に言ってたじゃんか、ずっと土の中からおいらたちを見てくれてる神様がいるって!」 そうだっけ? そんな事を言ったっけ、と記憶をひっくり返す幸太。 (「蝉の抜け殻を不思議がっていた弟に、何年も土の中で過ごして蝉になったんだって教えてやったっけ。村長のところにいるもふら様が生まれる前からずっと、土の中にいるんだと言ったら、ものすっごいびっくりした顔してたけど‥‥ その辺が混ざったか?」) まあ、あんまり問題ないか、と思い直した矢先、弟から聞き捨てならない言葉が聞こえた。 「功刀さまの根元に、こんなでっかい蝉の抜け殻みたいなのが動いてるんだ! あれが抜け殻になるんだろ? あんなにでかいんだから、神様だよな!」 両手で体の前にわっかを作って、興奮してしゃべる弟に「まさか‥‥」とは思いつつ、いつも馬鹿が付くほど正直な弟の笑顔に、逆に不安を感じてしまう幸太だった。 |
■参加者一覧
煙巻(ia0007)
22歳・男・陰
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
皇 輝夜(ia0506)
16歳・女・志
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
熊蔵醍醐(ia2422)
30歳・男・志
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
犬神 狛(ia2995)
26歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●旅路 街道を馬に乗って駆け抜ける一団がいる。旅には少々きつい日差しと湿気だが、気にならないくらい急いている様子。むしろ、馬上で勢いよく受ける風をありがたいと感じるくらいだろうか。 「少々準備に手間取ってしまいましたね」 空を仰ぎ見て、太陽の位置に不安げな様子を隠せないのは三笠 三四郎(ia0163)。 対してそんな不安を吹き飛ばすように、巨体を震わせ大声で笑うのは熊蔵醍醐(ia2422)だ。 「なぁに言ってやがる! 普通あんなに手際よく、馬なんて借り出せないぜぇ?」 理詰めの説得よりも、むしろ素直に頭を下げて見せた度量の深さに感心したらしい。器用に馬を寄せると、背中を勢い良く張ってみせる。涙が出るほど痛かったようだが、三四郎も照れ笑いが浮かべるくらいには落ち着いたようだ。 「そうだよ、三四郎! それに昼前には街を出られたんだし問題ないよ!」 続いたのは明るいだけでなく愛嬌がある水鏡 絵梨乃(ia0191)の声。 それに同意するのは硬質だが芯の通った、皇 輝夜(ia0506)の静かな一言。 「その通りだ。この分なら明るい内には着ける。けりを付けるには十分さ」 穏やかに、だが聞き捨てなら無い言葉を継ぐのは犬神 狛(ia2995)。 「蝉の幼虫というところ、些か気になるのだが‥‥ 何かになるのじゃろうかの?」 「蝗の神はいる聞いたことがある。蝉神とは子供の言といえ、油断は禁物だろうな」 視線で話を振られた煙巻(ia0007)は、思わず考え込みつつ、世の中は広いものだと嘯く。 何かに思い当たったのか、ふと顔を曇らせるのはルオウ(ia2445)。罰当たりなことをするな、と何度か怒鳴られたことを思い出す。 (「蝉かーよく捕まえたよなー! ‥‥化けて出たんじゃ、無きゃいいけど」) 見知った顔の力量を見誤ることは無いが、過信だけはするまいと気を引き締める。 「ま、何にせよ。風情のねえアヤカシなんざ、さっさと退治するに限るぜ」 すかさず酒々井 統真(ia0893)は檄を飛ばすのだった。 ●村の入り口にて 子供たちが駆け回っては笑い転げている、どこにでもある長閑な村だ。平時と違うのは、入り口で村の若者が開拓者を待ち受けていることぐらいだろうか。普段はいない遊び相手と、群がる子供たちの世話を嫌がりもせず焼いていたようだが、近づく一行に気付くとわずかに緊張した面持ちで歩み寄ってくる。 「お前ら、すっげえ蝉見たんだって?」 その青年の脇をすり抜けて、ルオウは戸惑い顔の子供たちの前にしゃがみこみ、笑顔を振りまく。最初はおっかなびっくりといった風情の子供たちも、すぐに打ち解けて賑やかなやり取りを始めている。 「こーんなでかいんだぜ!」 「もう屋根より高いとこまで登ってた!」 わいわい騒ぐ子供たちに、思わず顔を見合わせ、表情を緩める一行と村の若者。 「その、どうすべか。とりあえず一服して、それからにするかい?」 「気持ちはありがたいが、すぐに現場に」 青年の申し出に飛びつく輝夜を、まあまてと押さえる醍醐。 「とりあえず村長に挨拶して、こちらの策を話しておいた方が良いじゃろう。なあ、あんたもそう思うじゃろう?」 巨体よりもその大きな声に驚く青年は目を白黒させるが、親しげな笑顔に一寸噴出すと、はしゃぐ子供たちの一人に声をかける。 「幸太! 功刀さまの見張りの衆から一人、村長ん家まで来るように言ってきてけれ!」 返事をしようとしてちょっと迷った少年に、ルオウは言ってやる。 「良いぜ。お前が帰ってくるまで、こいつら見ててやるよ」 思わぬ申し出に目を丸くした幸太だが、良い笑顔でありがとうを言うと、勢い良く村の奥に向かって駆けて行った。 ●功刀さまで時を待つアヤカシ 村のものとはいえ御神木、十メートルほどに枝葉を茂らせた椚の木の、ちょうど中ほどに件のアヤカシはいた。 薄茶色の抜け殻に、少し白みがかった緑の体を留まらせて。 「やはりアヤカシとはいえ、蝉の幼虫は蝉の成虫になるものなのかのう?」 「‥‥あれ、蝉って言って良いのかよ」 狛のつぶやきに、げんなりしたように答えるルオウは正しい。 透き通る羽とそれが生える体はまさに蝉そのものだが。 その頭部は虫のそれとは異なり、上向いたくちばしのような、鋭いものが天を向いている。一週間かそこらで息絶えるよう生物のものではない、何かを捕食して生き続けるための武器だ。 「正しいんじゃないかな、蝉って。あれでしょ、羽化して半日ぐらいは経たないと飛び回れないって」 「確かにまだ軟らかそうだ。‥‥あまり触って確かめたいものではないが」 絵梨乃の指摘に、軽く頷いて同意する輝夜。お互い、多少顔が引きつっている気がするのは気のせいということにした。 「作戦には変更なしってことで良いか? なら、始めちまおうぜっ!」 統真の言葉に、皆一様におうっ、と一声あげて、準備を開始する。 村長宅で確認した状況と作戦は以下の通り。 場所は森の入り口からわずかに入ったところ。少し開けたその奥に、小さな祠と大きな椚が祀られている。広場は直径十メートルほど。そんなに広くは無いが、開拓者一行でアヤカシを囲むには十分な空間である。 朝から木を登り続けたアヤカシは、正午には今の位置で動きを止めたという。その後一時間ほどで羽化を終え、その場に留まり続けているのは今見た通り。この高さは厄介だが、ちゃんと予測してギルドで網を二組調達してきていた。まずは網で引き摺り下ろし、落ちたところを全員で囲むという作戦だ。飛び道具は御神木を傷つけかねないというところで意見は一致、村人も安心して彼らを送り出してくれている。 「幸太、ちゃんと子供たち見てるかな」 体をほぐす絵梨乃は村に続く小道をちらりと見て呟く。それに応えるのは、広場の中央で道具の点検を行っている三四郎と煙巻。 「あの子なら、心配いらないでしょう。ちゃんと役目は果たしてくれますよ」 「見張りの青年も森の入り口まで戻している。何かあっても問題無かろう」 網は二枚とも綻びなく、きちんと機能しそうだ。落下地点も目星を付けた所で広げやすいように網を纏める。二人から網を受け取った絵梨乃は、その片方を統真に向かって放る。 「こっちは準備完了よ。はい、統真の分」 「おう、あんがとよ」 ちょうど目測の確認が済んだのだろう。足場を引き受ける醍醐とルオウ、狛の三人は所定の位置に付き、網を受け取った統真は助走位置まで下がる。 「さてと。少し大掛かりだが、蝉狩りといこうかのう」 「ははっ、違いねえ! でも失敗は許されないから、慎重にな!」 狛の穏やかな気合に、軽口で返すルオウ。身長差を考慮して、手前から奥に向けて別々に二段の足場となる。二人はそれぞれ腰を落として準備する。 「よーし、俺様はここだな。こっちも準備万端じゃい!」 醍醐は腕を組んで仁王立ち、広場の中央には背を向け、アヤカシを睨み付ける。 「アヤカシに動きはない。‥‥生きてるのは確かだけど、どうも反応が小さいな」 輝夜は心眼で測ったアヤカシの動向を皆に告げる。不安が残らないといえば嘘になるが、動きが小さい今こそ好機には違いない。 絵梨乃が助走位置に付いたことを確認すると、軽く目を瞑り神経を集中する統真。巡回させる気が体に活力を与えることを確かめると、目を見開き気合を一喝する。 「よーし、まずは俺からだ。絵梨乃、遅れるなよ!」 体から立ち上る湯気をその場に残し、統真の体は弾ける。 軽やかに地面を跳ね、醍醐の肩で踏み切った瞬間、視線は既にアヤカシと同じ高さにある。 「よっと!」 醍醐が肩に軽い突っかかりを感じた瞬間、既にアヤカシに向かって網は放たれていた。 そしてその横からは。 「誰に言ってるのさ! ってわわ!」 絵梨乃が掛けた爪先が、見た目以上に強い力で押し上げられる。ルオウと狛が事前に篭めた『強力』の仕業だ。 だがそれに戸惑ったのは一瞬に満たない間のみ。飛び上がる前に難なく体勢を整えると、綺麗な跳躍でアヤカシに迫る。投げた網は見事にアヤカシにかかるが、絵梨乃の表情は曇る。 (「『強力』なんて必要ないって、はっきり言っておけばよかった!」) 手助けは本当にありがたいが、何もそこまで気合を入れなくても、と思わず体重を気にしてしまうのは乙女の性か。 「今です!」 「よっしゃ、引っ張れおらっ!」 まだ空中にある統真と絵梨乃、それに地面にいた三四郎と煙巻は網に飛びついてここぞとばかりに力を篭める。 ‥‥だが、予想に反して。 アヤカシは簡単に木から体を離すと、ぼとりと広場の中央に落ちた。 網に絡まっているせいか転がりもせず、ただそこに仰向けに佇む蝉のようなアヤカシ。 「え‥‥ と、特に反応に変わりない、が」 姿勢も変えずに手足を動かしもせず転がっているアヤカシについて、心眼で見たままの状況を報告する輝夜。 あまりに突拍子も無い展開に、一同揃って声が出ない。 「え、落ちて死んだ?」 「‥‥アヤカシが死んだんなら、瘴気の塊になって消えるだろうが」 武器も構えず近寄ろうとしたルオウに、軽く静止をかける統真。だがあまりの唐突さに、思わず浮かんだ不審を拭う事ができない。 「‥‥いまいち何をしたいのかよくわからんアヤカシ‥‥ では無いのか?」 煙巻も理性はアヤカシに違いないと認める一方で、もしかして単なる虫? という疑惑を拭えない。 だがやはり人知の外にあるモノとはそういうものなのかもしれない。 「! 来る、気をつけて!」 輝夜が気づいたときには、それは激しく動き出していた。 網に絡まったまま仰向けのまま、それは激しい羽ばたきで地面をすごい勢いで這い回る。薄い透明な羽とは思えない力を発揮して、縦横無尽に囲みの中をでたらめに動く。それは牛の体当たりにも匹敵するように思えるが、しかし当たらない以上効果は皆無。 「ルオウ!」 「おうよ! ‥‥喧嘩を売るなら、相手を良く見ろっっっ!」 当たると思った瞬間、勝手に向きを変えるアヤカシは、被害こそ無いが仕留めにくい。 ルオウが買い文句を咆哮に載せて放つと、一転してそれが突っ込んでくる。慌てず騒がず落ち着いて対応するのは、得物を構えた醍醐と狛だ。 「来ると分かってる相手なんざ、近づけさせるかよぉ!」 「蝉の端くれなら、精々これが似合いというところよな!」 醍醐が長槍で網ごと薙ぎ払って浮かせると、狛が手に持った桶の中身をぶちまける。蝉取りの定番、トリモチの大盤振る舞いだ。 「そこ!」 「ここで決めます!」 輝夜の赤く輝く太刀が、続いて三四郎の気合と遠心力の篭められた一撃が叩き込まれる。振り抜いた己の武器の手応えを、視線で確かめる二人。 しかし砕いたアヤカシの体には、まだ力が残っている。輝夜が注意の声を上げる間に、強烈な衝撃が駆け抜ける。間近にいた二人はもちろん、少し離れたところにいた狛まで体勢を崩す。 それは蝉の鳴き声だったのだろうか。 音という次元を超えた、強烈な張り手のような一撃は感覚まで混乱させる。 しかし残った仲間は見逃さない。殻の割れ目から何かが飛び出そうとするところ、絵梨乃の手から放たれた気の塊が逆方向に弾き出す。 「統真、そっち行った!」 「あいよ、任せな!」 統真は力なく浮き上がったその塊にすばやく摺り寄ると、体を巡る気を拳に集中させて叩き付ける。勢い良く地面に叩き付けられたそれは再び跳ね上がり、だが空中でぴたりと動きを止める。見慣れぬ縄状の何かが空中で絡み付いて動きを封じている。 「かかりやがったなこのド阿呆がっ!! 潰れちまいな!」 いつの間にか上空に現れた、鬼の首を思わせる巨岩が瞬時にそれを押しつぶす。今度は予想した通りの轟音が響き、土埃が視界を閉ざす。 予想以上に舞い上がったそれは、それでもすぐに収まった。そこに残るは、斬撃打撃でぼろぼろになった二組の網と、空中に解けるように消えていくアヤカシの残骸のみ。 「しまった、私としたことが。‥‥少し熱くなりすぎたな」 誰もがほっと胸を撫で下ろす中、こほんと咳払いをして何かを誤魔化すかのような煙巻。皆は一様に、それに釣られたように安堵の笑顔を浮かべた。 ●戦い終わって 村に戻ると見張りをしていた青年たちに子供たちは群がっていたが、戻ってきた一行を見ると残らずこちらに駆け寄ってきた。 「蝉神さま、飛んだ?」 「でっかい音聞こえたけど、大丈夫?」 「蝉の抜け殻、取れる? ねえ取れる?」 疲労困憊の青年たちが留める間も無く、子供たちから途切れの無い無邪気な問いが投げ続けられる。 「あ? アヤカシならぐえ」 正直に答えかけた醍醐は、後ろに流した髪を思いっきり引っ張られて仰け反る。 (「すまん。だが子供の夢を壊す必要は無い」) 醍醐を振り向かせた輝夜が、小声で突っ込みを入れる。涙目の醍醐に、肩をぽんぽんと叩いて慰めるのは、逆らうべきじゃないと視線で諭す狛。 「立派になって飛んでったぜ、蝉神さま! ここは良い子ばかりだから、他の村を見に行くってさ!」 そういうルオウに、さらに群がる子供たち。 「すげえ、蝉神さま、しゃべった!?」 「どんな声だった!」 「ねえ、抜け殻は! 抜け殻まだある?」 しゃがみこんだルオウは勢いに押されて倒れそうになる。 「声は聞こえなかったけど、心配ないって顔してたよ! 抜け殻はね、あれ抱いていないと安心して眠れないからって、蝉神さまが持ってっちゃった!」 絵梨乃のあっけらかんとした説明に、えええー、と一斉にあがる不満の声。 「そんながっかりするな。よし、兄ちゃんと蝉取りすっか? 蝉神さまでなくても楽しいぜ?」 まだ使えるトリモチ余ってたよな、とルオウに確認を取る統真。そうきたか、と楽しげな視線を交わす二人に、さらに目を輝かせた子供たちが詰め寄る。 「え、蝉って捕まえられるの?」 「捕まえてみたい!」 「おれもおれも!」 ほっとしたように、子供たちを眺める三四郎と煙巻。 「どうやら彼らを傷付けずに済みそうですね」 「ご苦労なことだ。まあ彼らも楽しんでいるようだ、任せて‥‥ ふむ、虫籠くらいは用意してやるか?」 日暮れまでは大して時間も無かったが、即席の大きな虫籠に一杯の蝉を子供たちに渡すことができたようだ。 満面の笑みを浮かべて大興奮の子供たちに、去り際とても満足させられた一行。 ‥‥でも村の親御さんたちは、数日間騒ぎ続けた蝉といい、興奮して中々寝付かない子供たちといい、苦笑いをするしかなかったとか。 |