こっちの水も甘くないよ
マスター名:機月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/30 22:24



■オープニング本文

 事後処理が一段落して戻ってみれば、机にいくつか言付けが残っていた。
「じゅとう? のうか?」
 付箋に書かれた平仮名は、開拓者が良く腰に差している刀や舞を踊る麗人を思い浮かばせたが。調査書を捲れば、理穴の地方名産である「樹糖」に関する農家からの依頼ということらしい。楓や胡桃の木から作るらしいそれは、甘味の材料として知る人ぞ知る逸品とのこと。
「ふーん、木の根元に仕掛けた桶が荒らされている、と。‥‥ケモノの仕業ね」
 落し物が残っていることからアヤカシの類では無いとの判断だが、今は丁度年に数度の収穫期。緊急度は高いと締めくくられた結論に異議は無い。‥‥報酬が非常に少なく、合戦で忙しないこの状況で受けられるか心配であったが、兎に角早く依頼書を出しておくべきだろう。
「場所は理穴の‥‥ あれ、何か聞き覚えがあるような?」
 しばし宙を見つめ考え込んだ東湖(iz0073)は、嫌な予感に駆られて西渦(iz0072)の机に駆け寄る。保留中と書かれた書類箱から、まさに隣山の猟師からの報告という見出しの書類が出てくる。曰く「ケモノの水場を植物型アヤカシが占拠した模様。もうすぐ雪に閉ざされる現状、雪解けまで保留。大事にならない内に、ギルドからの討伐依頼推奨」
「姉さん‥‥」
 思わず大きな溜め息を吐いてしまう東湖だったが。まだ雪が残っている現状、まあ仕方ないかと自分を納得させる。それでも報酬については面倒な申請処理が済んでいることに驚きながら、先程の依頼と合わせて掲示するべく書類の作成に取り掛かった。


■参加者一覧
志野宮 鳴瀬(ia0009
20歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
桐(ia1102
14歳・男・巫
ハイドランジア(ia8642
21歳・女・弓
向井・奏(ia9817
18歳・女・シ
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
ラムセス(ib0417
10歳・男・吟
エルネストワ(ib0509
29歳・女・弓


■リプレイ本文

●敵情報告の収集?
 空からは冷たい雨がぱらついていた。一行にとっては生憎の空模様では合ったが、乾ききった森には恵みの雨に違いない。
「途中の沢も枯れていたでゴザルしな」
 あれではケモノにとっても死活問題でゴザル、と向井・奏(ia9817)は一人頷き納得するが。
「いいえ、だからと言って甘味! ‥‥いえ、農家さんの邪魔をして良いというものではありません!」
 思わず零れた本音をさらっと無かったことにしつつも、桐(ia1102)が真っ当な意見を述べる。それに相槌を打つのは、自分の背丈より大きい弓を携えたハイドランジア(ia8642)。
「でも動物はあまり傷付けたくないんだよね。悪いのはアヤカシなんだろうし‥‥」
 かと言って、この天気で見回りはちょっとつらいかなと苦笑いしてしまう。確かに春先の雨は冷たくまだまだ寒い。
「見えてきたようです。‥‥これは確かに、頭を抱える状況の様ですね」
 志野宮 鳴瀬(ia0009)が見上げる斜面には、ざっと三十を越える桶がそれぞれ木の根元に置かれていたが。そのほとんどは倒れており、その乾いた底を見せていた。それ自体は少々奇妙な光景で片付けることも出来そうではあったが。村を支える甘露が失われるとあれば、確かに惨状に違いない。
「思ったよりも広い‥‥ 予定よりも案山子の数は増やした方が良さそうでゴザル」
 少々先にも同じように桶が仕掛けられているのに気付いて奏が呟けば、鳴瀬も頷き言を継ぐ。
「鳴子も数を増やした方が良いでしょうね。戻ったら伝えておかないと」
 奏と鳴瀬が地形を考慮しながら相談を始める中。残る桐とハイドランジアは採集場の調査を始める。足跡から村人たちにも鹿や猪と見当は付いているのだが、もしもの新事実を逃しては解決には至らない。注意深く桶の周りの地面を調べ始めた二人であったが。早々に倒れずに済んだ桶をそれぞれ見つけてしまっては、思わず立ち止まってもう片方に視線を向ける。
「‥‥」
「‥‥」
 何となく無言で見詰め合ってしまった二人だったが、どちらからとも無く苦笑を浮かべて視線を切ると。特に躊躇無く桶に指を浸し、それを口に運んでみる二人であった。

「雪、デスカ?」
 村に残った一行は、各々準備を進めていた。猟師に話を聞いて水場の状況を検討するもの、そもそも水場までの位置を尋ねて地図を準備するもの。
 そんな中、ラムセス(ib0417)はアヤカシを誘き寄せるのに使えそうな物を探していたのだが。目に付いた老婆に話しかけようとした矢先に、「奇麗な雪」を取ってきてくれないかと頼まれてしまった。
(「件の水場は動物が避けているなら、キレイな雪が残っているかもデス?」)
 同じくロープを探していたエルネストワ(ib0509)がその話に加わる。
「どのくらいあれば良いのかしら。八人で行くから、一人桶一つ分くらいまでなら持って来れるわよ?」
 そんなには要らんのです、と老婆はころころ笑って答える。
「このお盆に一盛りで結構ですじゃ。その代わり、出来るだけ奇麗なのを持って来てくだされ」
 にこにこと笑う老婆を前に、思わず顔を見合わせてしまう二人だった。

「偵察お疲れ、だ。こちらも鳴子は少し多めに‥‥ どうした?」
 採集場から帰ってきた四人を迎え、それを労い首尾を告げようとした琥龍 蒼羅(ib0214)だったが。桐とハイドランジアの憮然とした表情に、深刻な事でも合ったのかと思わず声を潜めてしまう。
「その、期待はずれだったようでして」
 透き通った液体で満たされた桶を見せながら、鳴瀬も声を潜めて返す。不思議そうに一行を眺めた蒼羅も、唐突にその桶に指を突っ込んで口に運んでみては納得する。
「‥‥ふむ。ケモノはそんなに甘党では無いのだな」
 何となくその一言に毒気を抜かれてしまい、蒼羅を除く一行は顔を見合わせ思わず吹き出してしまう。
「さてと。それではそろそろ、アヤカシ退治に向かいましょうか?」
 まだ未練はあるようだが、それを吹っ切った笑顔で桐が告げて見せれば。他の仲間や必要な装備を整えるために、一旦村の集会場へ向かった。

「ここでござったか、風葉殿」
 村の奥まった小屋まで辿り着き、漸く主殿を見つけて安堵する奏。部屋の中央で火に当たりながら、奥で何やら作業中の村人と話をしていたところらしい。
「奏、戻ったの? じゃあそろそろ出発ね」
 また来るわ、と軽く奥に声を掛けると、躊躇無く小屋の入り口に向かう鴇ノ宮 風葉(ia0799)。
「? 何かの準備でもしていたでゴザルか?」
 奏が尋ねてみれば、まさかと心底驚いた風な返事。
「暖かいところで色々話を聞いてただけよ。まずは首尾良くアヤカシが片付けないとだけど‥‥」
 伸びをしながら小屋を出る風葉が、思い出したように奏を向いてにやりと笑う。
「ま、今回はアンタがいるし。アタシはそんなに心配はしてないのよね」
(「‥‥これだから風葉殿は心臓に悪いのでゴザル」)
 思わず驚いた顔を見せてしまいながらも、あまり気にせぬ様に先に行く風葉を見て。責任重大と少々気負いながらも、その緊張感を快く受け入れる奏だった。

●ふらふらと、くらくらと
「この香り‥‥」
 そろそろ森が途切れそうという所で、ぽつりとエルネストワが呟いた。少し前から漂い始めていた香りはほのかに甘くさわやかで、花か何かを連想させる。まだ雪の残る周囲の雰囲気にはどう考えても合わないのだが、不思議とそれは気にならなかった。
「そうね。甘ったるくて、逆に不快よね」
 だが風葉は全く逆の感想を、ぱたぱたと顔の前を手であおぎながら零す。
「何よ、文句ある?」
「あの‥‥ 上品な香り、だよね?」
 それを聞きとがめたハイドランジアが恐る恐る尋ねれば、これのどこが、と盛大に顔を顰める風葉。
「あれ、ここで止まらないのデス?」
 そろそろ索敵の準備を、とリュートを背から下ろしたラムセスが前を向けば。こちらに視線を向けながらも何のためらいも無く歩き続けるエルネストワにハイドランジア、そしてその先には、もう既に森を出ようとしている奏に蒼羅。
「ちょっと! 何をしてるんですか?!」
 ラムセスの不思議そうな声に慌てて桐が弓術士二人の肩を押さえるが、これも顔を向けるだけで歩みを止めようとはしない。
(「これは‥‥アヤカシに先手を取られましたか?!」)
 驚く鳴瀬が、だがすぐに気を取り直せば、残る一行もそれぞれが最善と思う行動に移る。桐は捕まえた二人を引き止めて解毒の術を施し始め、ラムセスは集めた精霊力を感覚の強化ではなく防御に回すための曲へと切り替える。鳴瀬も飛び出そうとする風葉を留めて、精霊に加護を願い始めた。
「もう、仕方ないわね!」
 じれったそうに杖を構えなおして祝詞が終わるのを待っていた風葉は、鳴瀬の祈りが届くと同時に、二人を追って広場に飛び出した。

「‥‥はて。怪しい物は何も無いでゴザルな?」
 歩みを止めずに辺りを見回した奏が隣を歩く蒼羅に声を掛けていた。広場の先には水場が見えるが、確かに気になる物は見えない。
(「森を抜ければ広場、その先に水場。話に聞いた通りだが‥‥」)
 何かがおかしいと口に出す前に、蒼羅に向かって奏ががくりと倒れこんできた。慌てて受け止めれば、その顔には柔らかな寝顔が浮んでいたのだが。蒼羅はそれをおかしいと思う前に、炎を纏わせた刃を抜き打ち、迫ってきた何かを断ち切っていた。
「奏!」
 後ろから呼ぶ声に目を覚まされた思いで辺りを見直せば。足元の雪化粧に驚くのも今更だが、その上を青々とした蔦が自分と自分に倒れこんでいる奏を取り巻いており。その幾つかは鎌首をもたげる蛇のように構え、まさに飛び掛ろうとさえしている様に思わず頭を抱えそうになる。
「ほら、すぐに次が来るわよ! 奏も、いつまでも寝てない!」
 奏の足に絡み付いていた蔦を発現させた炎であっさり灰に変えつつ、手に持った杖で奏を小突く。頭を狙ったそれは緊張感の無い頬を突いたが、そのこそばゆさに「うひゃあ」と奇声を上げて目を覚ます奏。
「ね、寝てなんか無いでゴザルよ、風葉殿?!」
「言い訳は後で聞くとして。後ろ狙ってる蔦共、何とかするわよ!」
 にやりと笑う風葉の表情に幾分安堵しながら。奏と蒼羅は後衛への壁となるべく、蔦に向けて刃を構えた。

「あれが本体という訳ね」
 池に浮ぶ鮮やかな薄紅の花を見据え、エルネストワは呟く。大輪の蓮を思わせるそれは一輪のみだが、直径およそ一メートルほど。水に浮く花や葉は微動だにしないのに水面が時折乱れるのは、広場を這い回る蔦が繋がっている証拠だろうか。そこまでの思考が言語に置き換わる前に、立て続けに二本三本と、エルネストワの矢がその花を射抜いていた。
「よし、ボクだって!」
 ハイドランジアが狙いを定めて放った矢は、だが唐突に跳ね上がった葉に遮られてしまう。その三枚までは貫き瘴気へと返していたが、さらに数を増やした葉は、まるで蕾の様に花を包み込んでいき、更に絞り込むようにその盾を厚くしてゆく。
「大丈夫。落ち着いて、機を狙ってください」
 隣を見れば、鳴瀬が癒しの風を送りながらもハイドランジアの目を見て頷く。
「そうです。こちらの攻撃は効いてますよ」
 念のためと前衛の二人に解毒の術を飛ばしつつ、桐もエルネストワに声を掛ける。弓術士二人はそのまま、水場の花に向かって意識を集中させてゆく。

 広場に茂る蔦とは、辛うじて均衡を保っていた。全力で対する蒼羅と奏は順調に撃退を続けてはいたが、唐突に雪の下から姿を現す蔦はその数を減らす素振りを見せない。
「やっぱりここは本体狙いよね! 生草だろうと水辺だろうと、所詮アヤカシ!」
 『劫火絢爛』に燃やせない訳は無いと、風葉はその信念を疑わずに意識を集中し始める。もはや固い蕾のようになったアヤカシ目掛けて一撃、二撃と炎を重ねて念じれば。耐えに耐えていた葉の盾も、遂には一斉に発火してまるで炎を花を咲かせるかのように捲れては焼かれていく。
「私が先に!」
 叫んだ時には、既にエルネストワから矢は放たれており、そして続け様にもう一本の矢が放たれる。二本の矢が覆っていた葉を蹴散らし、炎の向こうに薄紅の花弁を一瞬覗かせれば。ハイドランジアの放った朔月の如き一撃が、水面から飛び出した新たな葉ごと、見事にその花を貫いていた。
「‥‥」
 ハイドランジアの残心が解ける間も無く、広場中に広がった蔦はその動きをぴたりと止めて。皆が息を吐いて笑みを浮かべる頃には、くすぶりながら瘴気へ帰り始めていた。

●優しい香り?
 漂ってきた甘い香りに、皆一斉に警戒してしまったが。そこが村の入り口で、中から楽しそうな子供の笑い声が聞こえてくれば、何となく顔を見合わせ苦笑してしまう。
 歩を進めた一行は、広場で大鍋を火に掛ける老婆と、その周りに集る子供たちに出迎えられた。一行が真白な雪をお盆に抱えていることに気付くと、大歓声が上がって更に賑やかさを増す。
「無事に戻られたようで何よりですじゃ。もう少し掛かりますからな、良ければ火に当たっていてくだされ」
 ほれ、村長から御神酒を貰ってきてくれや、と年長の子に声を掛けつつ、老婆は火の回りに一行を促す。
「あの‥‥ お婆さん、これは?」
 桐が指差した大鍋には、濃い琥珀色の液体が煮詰められていた。もしかしてこれが? と思いつつも、先程運んだ桶の中身とは中々結びつかない。
「おや、作っているところは見たこと無かったですかね? これが樹糖ですじゃ」
 桶一杯をこれくらいまで煮詰めて漸くできるのですよ、と差し出されたのは小さな瓢箪。その甘い香りは先程の無念さをあっという間に期待へと変え。そして更に膨らませて行くのを、甘味好きの面々は隠せずにいた。

 黄金色の甘い御神酒を振舞われ、お八つにと焼き芋を頂きながら、そして夜間の見回りと案山子や鳴子の設置といった少々面倒な相談まで済ませつつ、結局結構な時間を待たされた一行だったが。ようやく出来たと瓢箪を抱えた老婆を笑顔で出迎えると、まずは小さな木のへらを渡された。
「あれ、何かに掛けて食べるのでは無いのデス?」
 ラムセスが首を傾げて尋ねるが、老婆はただ笑って何も答えない。そしておもむろに雪を盛ったお盆に向かうと、その上に樹糖を垂らし始めた。
「ええっ?」
 まさかカキ氷、と一行が驚く中。八つほどの小さな池が出来ると、今にも群がりそうな子供たちを軽く窘めてからそれを差し出す老婆。
「そろそろ良いじゃろうて。その木のへらで掬って、そうそう、水飴のように舐めてみてくだされ」
 木のへらに絡めたそれを、恐る恐るとそれを口に運んだ一行は。冷たく凍りかけた、だが口の中でほろりと溶けて行く、とても優しい甘さが口に広がった。微かな渋み、というより滋養の滲み出たコクと言えば良いのだろうか。まるで体の疲れをその芯から解いて行くように思える。
「おばば、次! ねえ次やってよ!」
 一行は子供たちがへらを持って群がるのを眺めつつ。暖かなその雰囲気と口の中の甘味に、ちょっと幸せな時間を過ごしたのだった。