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■オープニング本文 (「‥‥嵌められたっ!」) 厳つい赤銅の肌をジャージに包んだ巨勢の前で、異議を口に出せる新入生は流石に居ない。憤懣やる方無さに臍を噛みつつ、一同静かに試練のルールを拝聴する。 「おーし、皆揃ってるな? 俺がこのクラスの担任になった興志宗末だ」 よろしくなと皆に見せる笑みは気さくで明るく。男子は話が分かる奴かと喜べば、女子の間でも既に好意的な囁きが広がっている模様。 「今日は教科書とか配って終わりだな。明日は大事な体力測定だ、親睦を深めるのは結構だがあんまり羽目とか外すなよ?」 にやりと笑って忠告する興志だが、クラス一同何のことやらと不思議顔。おいおい、危機感足りなさ過ぎだぞと表情を改めて声を潜めて告げたのは、この学園独特の体育授業カリキュラム。 「体力測定に持久走があるんだがな? クラス平均が基準タイムをクリアできるまで、体育の授業はずっと持久走だ。過去、一学期中ずっと走ってたクラスもあるってな」 そんな、と一斉に抗議の声が上がるが、文句があるなら巨勢先生に言って来いと言われれば黙るしかない。 「あんまり長引かせても精神衛生上良くないからな。一発で決めるくらいの覚悟で明日は頑張れ」 釈然としないながらも笑顔で語られれば、生徒もやる気が湧いてくる。よーしやるぜ、などと掛け声が沸いたりしつつ、ちょっとした一体感が生まれたりしていた。 その結果に違いないのだろうが、新入生のあるクラスがかなりの好タイムをマークしたらしいという話題が校内を駆け巡った。それを聞いて生暖かい目で見る先輩がいたりもしたのだが。クラス一同胸を撫で下ろし、迎えた体育の授業一回目。 「‥‥ほう。この時期でこのタイムとはな」 バインダーに閉じられた記録表を捲りながら、巨勢は感心したような声を上げる。それを聞いて有頂天になった一同は、次の一言で奈落の底に落とされた。 「では、この記録から一分縮めて貰おうか。聞いていると思うが、勿論クラス平均をな」 ※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
神凪瑞姫(ia5328)
20歳・女・シ
藍 舞(ia6207)
13歳・女・吟
雨水 夏樹(ia8404)
14歳・女・陰
ルーティア(ia8760)
16歳・女・陰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
草薙 玲(ia9629)
20歳・女・巫
ブローディア・F・H(ib0334)
26歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●初回終了 まだ心地良く感じる程度の疲労に少々ハイになりながら、クラスの皆が教室に戻り始めたその時。渡り廊下に元凶を見つけたルーティア(ia8760)は、その憤りを暴発させて飛び掛っていた。 「毎回持久走なんかやってられっか、こん?!」 だが途中まで出掛かった罵声は。同時に三本、急所目掛けて飛んできたチョークに意識を刈り取られて途切れてしまった。 六限の体育が終わった放課後。一年三組では緊急動議が提出され、クラス全員が召集・作戦会議が開かれることになった。 「ううぅ‥‥」 額を擦りながら、舌を噛んだらしく涙目で唸るしかないルーティアだったが、雨水 夏樹(ia8404)の貼った湿布と、草薙 玲(ia9629)の「痛いの痛いの飛んでけー」で漸く笑顔が戻る。クラスもほっと和むが、担任の背後には決して立つまいと心に刻んだとか何とか。 「さて、まずはうちの召集に応じてもらったこと、感謝だね。っと、議長したい人がいれば変わるけど」 笑顔で教室を見渡しながら、教壇に手を突いて藍 舞(ia6207)が声を掛ける。異議なしの声が上がれば、では僭越ながら、と一つ頷いてそのまま進行を受け持つ。 「じゃあ早速本題に入るけど、まずは確認。持久走のタイム、皆クリアするつもりだよね?」 一斉に上がった言葉こそばらばらだったが、クラス全員の気持ちは賛成で一致する。 「当たり前じゃないか! プールがお預けなんてありえない!」 これだけの逸材のスク水だぞ? と心底悔しがってみせるのは水鏡 絵梨乃(ia0191)。その様子に一部の女子だけでなく男子まで思わず顔を赤らめたりしているが。逆に同調して気炎を上げる者もいて、お互い話が分かると絆が芽生え始めたり。 「でもそうなると‥‥ やはり策が必要ですよね?」 先程のタイムトライアルの結果が出ましたと、結果を持ち帰って計算していた夏樹が少々言い難そうに挙手する。 「クラス平均で‥‥ あ、十秒も縮んでるじゃないですか!」 心配そうな顔で夏樹の手元を覗きこんだ和奏(ia8807)は、一転して嬉しそうな声を上げる。だがそれを聞いた面々は、喜ぶ者もいれば危機感を募らせるものもいる。 「やっぱりここは体を慣れさせるという意味でも、走り込みとか始めるべきかしら?」 受験で鈍ってるというのもあるでしょうし、とはブローディア・F・H(ib0334)。 「ごめん。放課後は用事があることが多くて、私はあまり残れないかも‥‥」 済まなそうに神凪瑞姫(ia5328)が告げれば、俺は部活に入ろうと思ってるとか私はバイトという声が次々上がる。 「なら、朝練か? 朝日を浴びて体を動かすと、朝飯も美味しいぞ?」 健康にも良いしな、と胸を張って告げるのはルーティア。 「そうね。いくら授業で走るからって、練習無しの本番だけじゃ結果は出し難いよね」 でもそれだけで足りるかな、と少々難しい顔で呟いた舞だったが。皆がそれを聞きとがめる前に、急に顔を輝かせて声を上げる。 「ね、週末に合宿張って基礎の確認をみっちりやらない? 儀弐先生にも来て貰ってさ!」 そもそも誰? と首を傾げる者もいる中、主に男子を中心にざわめきが広がる。その思い付きの再検討をざっと済ませた舞は、早速クラスの説得に移ったが。反対が無い所か、大多数の賛成を持ってあっさりと可決されたのだった。 ●最初の土曜日 意気揚々と集った一年三組の面々は午前中のノルマをこなし、岩清水片手に昼食前の穏やかな一時を過ごしていた。 「しかしまあ、うちの学校も大概いい加減よね」 バインダーに挟んだ資料をばさばさ捲りながら、誰にとも無く舞が呟けば。その言葉を聞いた者は、思わず苦笑を浮かべて顔を見合わせた。 当初の予定は、陸上部顧問でもある保健教諭を巻き込んでの合宿だった。面倒見が良いとの評判と、指導者としての力量。両方を当てにしての申し入れは、だが「陸上部が遠征のために週末は不在」といきなり暗礁に乗り上げてしまった。それでも合宿の必要性を認めてくれると、練習メニューから必要な機材の貸与と使い方、そして最大の問題である合宿責任者についても、宿直当番の先生に話を通すことまで助力してくれた。 「それでも巨勢先生が宿直だったから、許可も出たようなものですし」 と心配そうに呟くのはブローディア。羽目を外し過ぎたらどんな雷が落ちるか、想像するのも恐ろしい。 「ま、目的はあくまで持久走のタイム短縮、だからね。くれぐれもそれを忘れぬように!」 舞が皆を見回し釘を刺せば、白々しく目を逸らす者も何人かいたのだが。和奏がその仕草に思わず笑みを零せば、その他意の無い笑いは一同に広がっていった。 午前中は体を解すことに終始したが、午後は合宿本番。ハンディカメラを利用したフォームチェックは、最初こそ照れや意識のしすぎで上手く活用出来ずにいたが。瑞姫と夏樹がお互いの意見を取り入れ効果を出し始めると、他の皆も少しずつ真面目に取り組み始める。 「では皆さん、頑張りましょう!」 「が、頑張りましょう!」 そんな一行を応援するのは、チア服に着替えた玲と、ジャージ姿にポンポンだけ持ったブローディア。着替えた直後、気の毒なほど恥ずかしがる玲のフォローに入ったつもりが、何時の間にか応援する側にまわってしまったブローディアだったが。二人とも、始めてしまえば飛んだり跳ねたり、本当に楽しそうに応援を続けていたとか。 「あれが銭湯か! 大きい湯船良いな、良いな!」 「だからって泳ぐのは駄目よ。ま、今日は貸切みたいなものだったから良いか」 ルーティアと舞を先頭に、まずは女子が出掛け以上に和気藹々と帰ってきた。少し距離を置いて、男子一行。何やら天を仰いで鼻を押さえる者がちらほら混ざっているのを、夏樹たち夕食準備班は怪訝な顔で迎える。 「その‥‥何かありました?」 比較的冷静そうに見える和奏にこっそりと尋ねると、いえ、女湯がとても盛り上がっていまして、と良く分からない答えが返ってくる。 「丸聞こえだって‥‥ 分かってなかったんでしょうけどね」 夏樹が聞き返す前に、クラスの男子に口を塞がれる和奏。 「大丈夫、夏樹たちも仲間外れになんかしないから! あとでちゃんと銭湯行こうな!」 上機嫌で割り込んできた絵梨乃が、それ以上の追求を遮るように夏樹の背を押し食堂に向かう。 そして食堂は食堂で、入ってきた者を驚愕させる状況になっていた。 「何だ何だ! 何が起きたんだ?!」 夕食はごろごろ野菜多めのカレーと聞いていたルーティアは、大皿にこんもりと積まれたとんかつの山を見て嬉しそうに悲鳴を上げている。わらじのような大物がテーブルごとに、どう考えても人数より多い枚数鎮座している様は迫力が違う。そして止めとばかりに、キャベツが丸ごとドカンと入ったところが目を引く、温野菜のポトフが並ぶ。 「その、昼過ぎにキャベツだけ、先に差し入れがあったんです。言ってくれれば千切りにしたんですけど‥‥」 少々言い難そうに夏樹が答えるが、メニューや手間を考えれば責められる筋合いではないし、生よりは残さず食べきれそうな気がするというもの。 「ま、スポーツ選手は食事も大事だって言うしね。折角の好意、ありがたく頂きましょう」 ある意味戦闘と言って良い食事となったが、そこは得手不得手を分担して何とか全てを平らげる事が出来た一同。だが量が多いことには変わりなく、夜に予定していた座学はキャンセルとなり、腹ごなしの軽い練習になったとか。あ、勿論その後は、クラスほぼ全員で再度銭湯に行った模様です。 ●そして迎える決戦日 合宿の翌朝から始まった朝練も、お互い声を掛け合うことから始まった。近くの川原や学校近くの一本桜までといったコースを走ることも、ある程度体も慣れてくれば驚くほどに気持ち良いことに気付く。そして最初に固めたフォームは、見様見真似とは言え陸上部のエースが手本。それが馴染んで結果が出るまでに個人のばらつきはあったものの、逆にそれ故にクラスの記録はじりじりとだが毎回縮み続けていた。 それでもやはり、一分というハードルは思いの他高く。他のクラスがちらほら基準タイムをクリアする中、あと四秒というところまで詰めていたのだが。天儀学園は遂に来週、プール開きを迎える。 「ブローディアさん! 衣装間に合いましたよ!」 「えっと‥‥ 流石に授業中は無いわよね?」 朝一で早く着てみてくださいと玲に促されて更衣室へと向かうブローディアを、皆思わず目で追ってしまったが。ふと我に返ると意味も無く咳払いをしながら教壇へ視線を戻す一同。 「さてと。この一ヶ月、うちらは良くやった。でもここで基準タイムをクリアしてこそ、それを証明できるんだと思う!」 すっかりまとめ役になった舞が一同に声を掛ければ、緩んだ空気が引き締まる。続けて口を開きかけた瑞姫は、だが思うような言葉が出てこなくて沈黙してしまうが。前の席から夏樹が振り向き、力強く頷いてくれれば、萎みかけた意気も膨らむというもの。 (「この気持ちは分かってもらえないかもしれないけど‥‥ せめてクラスのために出来ることを」) 「そうそう、下を向いてると弱音が零れるわよ?」 顔を上げた瑞姫と目を合わせた舞が声を掛ければ、今度はそれに笑って頷くことができた瑞姫である。 「あ、念のために介抱の道具を出してもらうことって出来るでしょうか? そう、酸素とかもあると良いかも知れません」 保健室には無いでしょうか、陸上部の備品? と保健係と次いで陸上部の面々に尋ねるのは和奏。 「それじゃあ、六限は決戦、皆そのつもりで!」 だからって授業寝たりしてちゃ駄目だからね、という突っ込みには一気に緩んだ笑いが零れていた。 ユニフォームの御披露目こそ昼休みに済ませたが、六限開始前に恒例チア部の応援を挟み。クラス一同、思い思いに準備運動を始める。 「今日も可愛かったぞ、うんうん」 「にゃー!」 絵梨乃と玲のやりとりを皆表面上聞き流しながら体を解し終えれば、これも恒例となった円陣を組むために、スタート地点付近に集る一同。 「ボク達は早い! 皆、気合入れていくぞッ!」 「おうっ!」 絵梨乃の一喝に集中力を高めるものが多数であったが、余りのギャップに苦笑してしまう者もいれば、逆にそこに惚れ直して顔を赤らめるのも玲だけでは無かったり。何だかんだと軽口は絶えないが、心地良い緊張感が高まって行く感覚を、皆で感じ共有していた。 「よし、それではタイムを計るか。ほう、中々良い気合いじゃないか」 バインダーを捲りながら出てきた巨勢先生も、既に準備万端の状況を見て取れば余計なことは何も言わず。スタート地点でストップウォッチを構えて皆が集まるのを待つ。 「それでは、始め!」 厳かに、だが無造作に巨勢が開始を宣言すれば、クラス一同スタートラインを飛び出しトラックを駆け始めた。 先頭を走るのは、身体能力・気合い共に十分の絵梨乃。だがそれに続くのは、小柄ながらも最も成長著しいルーティアだった。当初は途中でのペースダウンが響いて中々記録に結びつかなかったのだが、仲間のアドバイスに肩の力が抜けた途端にペースが掴める様になったとか。 (「体は軽い‥‥ 行ける!」) ルーティアは二周を終えた所で、確かな手応えに気持ちを逸らせていた。だがそれを後ろから見ていた瑞姫は不安を感じて、舞と視線を交わす。 (「自分で気付かないくらいの気負いなんだろうけど‥‥」) だが隣を走る二人の間でさえ、視線以外に意思を通じさせる余裕は無い。舞も無理矢理頷き自分を納得させると、自分のペースの把握に努める。 その更に後ろ、運動部の男子を挟んで夏樹、玲、ブローディアを含む一団は、何とか目標とするペースを維持してタイムを縮め続けていたが。第二集団と、自分達の後ろに続く一団のペースが少々崩れていることに気付いてしまう。 (「前の集団が上げたペースに、少し焦ってしまったのかしら?」) だが勿論、気を抜けば簡単に自分のペースが崩れてしまう。やきもきしながらも、やはりここは耐えるしかない。 「自分たちが、四分を切れれば、‥‥皆‥‥楽になるん、ですよ、ね」 じりじりと離れる先頭集団に少しずつ焦る気持ちが空回りし始めるところに、息も絶え絶えといった和奏の口から言葉が零れる。 (「四分という、限りなく寄せるしかない壁を‥‥ ここで越える?」) 思わず見返した和奏の顔には、びっくりできる余力があるなら大丈夫、とでも言うような笑顔が、でも強がり見え見えに浮んでいれば。第二集団は再度、腹を括って覚悟を決める。 必死に歯を食いしばり、漸く四周目に入ろうという最後の集団の大外を、疾風と絶叫が駆け抜けた。 「ラストスパートいくぞー! 自分に続けぇぇ!」 「声掛ける相手、違うだろ!」 斬込隊よろしく、渾身の気合いと共に真っ先にスパートに飛び出したルーティア。思わずといった風に突っ込みを入れた絵梨乃もそれに続いている。そのスピードを落とさずぐんぐんと進む二人に、第二集団が更なる必死の形相で追い縋るところで皆我に返った。目の色が変わる一行だが、追いついた瑞姫が冷静な声を掛ける。 「まだ早い、あと半!」 ごほりと咳き込む瑞姫に続いて、舞がフォローする。 「後半周耐えてから。ここが勝負所だ、よ?」 トラックの半周向こうで次々とゴールを決めてばたりと倒れこむ先頭と第二集団に視線を釘付けにさせられながらも。自分達が力を注ぎ込む最後の一周に向かって意識と覚悟を集中させていった。 「おー、まさに死屍累々って感じだな、こりゃ」 半数以上が酸素吸入待ちの朦朧とした状態だったにもかかわらず、『全部お前のせいだろ』という心の叫びの大合唱が、皆確かに聞こえた気がした。 「先生。この状態でそのボケは、流石に危険だと思いますよ?」 半ば義務感から皆の気持ちを代弁する舞に、興志はからからと笑って続ける。 「荒治療だったのは認めるよ。だがこうでもしないと、このクラスは中々纏まらない気がしてよ?」 思わずといった風に、担任を顔を見つめてしまうクラス一同。 「この後も色々行事が控えている訳だが。これだけの団結力を見せられるクラスだ、良い思い出たくさん残せると思うぜ?」 な、なんだよ、そういうことは先に言えよ! などという言葉がちらほら呟かれる中。 (「ま、投資分はしっかり回収しねえとな。がっつり食って飲んだ分は、しっかり稼いでもらわねえとな」) まずは再来週の球技大会だな、と思わず口にしていた言葉を飲み込みかけたが。生徒は皆都合良く解釈しては、やってやるぜと息巻いている。 「‥‥あー、若いって良いな」 興志は一人頷くと。とりあえずがらがら押してきた台車から岩清水のボトルを取り出すと、教え子達に向かって放り投げ始めた。 |