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■オープニング本文 「やっぱりね、革命するには権力が必要だと思うの」 食卓を一緒に囲んでいた少女が何やら物騒なことを口走った。だが一度止めた箸を何事も無かったかのように動かし始めた計名(けいな)を見て、伊鈷(iz0121)は一瞬不満げな様子を見せるが。すぐに合点がいったように言い直す。 「間違えた。改革よ、改革」 別に血を見たい訳では無いの、と場違いに顔を赤らめる少女。それでも物騒なことには違いありませんな、と暢気に口を挟むのは計名のお目付け役でもある、土偶の錫箕(すずみ)。 「だって、不公平じゃない! 仙人骨を持ってないから門前払いなんてありえない!」 お前の場合はそれ以前の問題だとは思っても口には出さず、どんぶりの中身をかき込む計名。 「そうは言っても門戸は狭いですからな。仙人骨持ちといえども、必ず採用されるとは限りませぬ」 律儀に相槌を打つ、そんな土偶に向かって我が意を得たりと、伊鈷は箸を突きつける。 「だからよ! 持たない人はそれ以上に勉学が必要だし、それに適した環境が必要だと思うの!」 今までにも何度も繰り返された言い合いである。それでも無い袖は振れませんからな、と錫箕が苦笑いすることで終わるのがいつもの事であったが。いつも以上に気炎を上げる伊鈷だけでなく、錫箕の調子も少し違った。 「‥‥そうですなぁ。計名殿も成人した訳ですし、そろそろ本気で志を持ってもらわないといけないかもしれませんなぁ」 何やら考え込む錫箕とそれに食いついて顔を輝かせる伊鈷。だが当の計名はさっさと食事を終えると、食器を重ねて持って水場へ行ってしまった。 「近くに霧が晴れない山があるでござろう? そこに勉学に励むに丁度良い、静かな場所があるのでござる」 古い巻物を片手に、険しい山道を先導する錫箕が言う。まあ、多少の手入れは必要でござろうが、という都合の悪い言葉は同行する伊鈷の耳には入らないらしい。 「で、まずはそこに入るための鍵が必要って訳ね。最初はどこだっけ、川?」 「洞窟でござる。この先、見通しの良い原っぱが山まで続いてましてな、そこに‥‥ やや?」 二人を迎えたのは、鬱蒼と茂った森。立ち並ぶ木々の新緑は眩しいほどだが、奥は既に日の光も差さない模様。錫箕は頭を捻り、地図を見直し、辺りを見回していたが。突然得心したかのように手をぽんと打つ。 「どういうことなの?」 少々心配そうに聞く伊鈷に、からからと笑顔を見せながら錫箕は答える。 「何、地図が描かれてから随分経っている事を忘れておりましてな。何せ、この辺りが曹と呼ばれていた頃より、更に前のことですからな」 遠くを見て懐かしそうに相槌を打つ錫箕に、伊鈷は顔を顰める。 「え、じゃあ本当にこの奥なの? ‥‥錫箕。ねえ、あれ」 伊鈷が指差す先には、何やら蓬に見えなくも無い草が風にそよいでいる。 「はて、この辺りで戦いがあったとは聞いておりませぬが‥‥ それは別としても、この森も随分深い様子。一旦出直した方が良さそうですな」 |
■参加者一覧
紅鶸(ia0006)
22歳・男・サ
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
紬 柳斎(ia1231)
27歳・女・サ
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
春金(ia8595)
18歳・女・陰
千古(ia9622)
18歳・女・巫
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●遠足日和の道中 空は雲一つない五月晴れ。辺りの新緑は濃く鮮やかで、見ているだけで気も軽くなってくる。そんな景色を眺めつつも、探索準備を万端整えた一行は気を引き締めて件の森へ向かうところであるが。 「おーべんとおーべんと、うーれしーいな〜♪」 ‥‥能天気な歌を口ずさんでいるのは、肩から包みを提げた伊鈷である。それを両手に抱え、かと思えば頭上に掲げてみたり。嬉しいのは分かるのだが、隊列を行ったり来たり、しかも鞠を蹴り上げながらとなると非常に危なっかしい。 「伊鈷殿! あまりはしゃぎすぎると転びますぞ?!」 錫箕の注意も何のその、それでも皆の笑い顔に気付くとバツが悪そうに大人しくしてみせるが、すぐにその顔には楽しみそうな笑みを浮かべて見せる。 「あんなに喜んでくれるとは思わなかったわ」 伊鈷の様子を見てくすりと笑った深山 千草(ia0889)は、だが視線を戻すと顔を引き締める。出発前に絶叫草に遭遇したという錫箕や計名の話を聞くためだ。 「以前の被害を考えると、ちと物騒すぎる気もするな‥‥」 顎に手を当て、それまでの話の感想を呟く紬 柳斎(ia1231)。経験豊かな開拓者三人が気を失うほどの衝撃とは、確かに尋常ではない。 「ですから、場合によっては撤退も視野に入れる必要があるかと‥‥」 何より慎重さが重要でしょうね、と自ら言い聞かせるように三笠 三四郎(ia0163)は二人を見遣って頷いた。 「しかし改革とは‥‥ 何というか、大志ですよねぇ」」 すっかり打ち解けた紅鶸(ia0006)が蹴鞠から話題を移せば、それを聞いた皇 りょう(ia1673)も頷いて続ける。 「伊鈷殿の姿勢は尊敬に値すると思う。私も見習わねば」 何やら不穏な発言を聞いた気もするが、とは心の中で呟くに留めたために、勿論伊鈷には届かない。 「いやあの‥‥ えへ、ありがとうね。うん、あたしがんばる!」 伊鈷は思わず目をぱちくり。まだ成果も何も無い現状に、少し恥ずかしいとは思いながら。応援は何より有り難いと、ぐぐっと拳を握り締めれば、にこりと笑ってそう答える。 「この距離だと、大体二、三時間ってとこか? って往復考えると、あんまりのんびりはしてられないねぇ」 ばさばさと、面白く無さそうに書き写した地図を仕舞う不破 颯(ib0495)。これまでの道のりから大雑把に縮尺を割り出してみたものの、掛かる時間は森の中でどれだけ速度を出せるか次第。こればかりは、まず現場を確認しなければ計りかねる。 「錫箕さまに聞く限り、一回見れば区別は容易に付きそうですね。動き自体もそう速くはないとの事。あと気になるところは‥‥ 森の中の見通しがどのくらいか、でしょうか?」 その呟きを聞きとめた千古(ia9622)が、颯を振り返って答える。 「そんなところじゃの。それに今回は飛び道具も用意していることじゃし。うむ、おまいさんの飛び道具、頼みにしておるよ?」 春金(ia8595)も振り返り様にからからと笑ってみせれば、颯も心得ましたと苦笑交じりに答えるしかない。 「やはり皆様方、開拓者の方々は頼もしいですなぁ。計名殿にも伊鈷殿にも、爪の垢を煎じて飲ませたいところですな」 言った瞬間、やや、と自分の口を塞いだ錫箕の先にいるのは、まさに蹴鞠を蹴り抜こうという伊鈷であったが。少女は振りかぶった足を一旦止めると、足元に落ちてきた蹴鞠を掬い上げて頭上に蹴り上げる。 「そうね、そういう手も‥‥ ああ、でも」 無意識に蹴鞠を蹴り上げつつ考え込む伊鈷に、一行は不思議そうな視線を向けるしかなかった。 ●対面 「錫箕さまのお話になる古事、是非ともじっくりとお聞きしたいところですわ」 群雄割拠の英雄譚が佳境に入ろうというところで、一行は目的地に着いてしまった。千古はさも残念そうに呟くが、錫箕曰く、まだまだ序盤も良いところとのこと。 「劉など、まだ影も形もありませぬからな。ただまあ、続きは次の機会に、でござる」 あれが件のアヤカシでござると示す先には、下草に紛れながらも一本の小さな木といった風のモノが生えていた。草のような葉は小さくぎざぎざで、確かに見た目は蓬であるが。その茎は細いながらも幹のような樹皮を持ち、背は低いながらたっぷりとした茂みを作っている。一見普通の草木に見えるが、確かに所々は妙である。 「結界に反応いたしますので、アヤカシに間違いありません。数は‥‥ この辺りには一つだけですわ」 登山用の杖から持ち替えた千古が、早速瘴索結界にて確認した旨を告げる。それを聞いた千草も、念のためにと心眼を使おうと気を集中する。 「森の中は生き物も多い、無理する必要はないぞ?」 柳斎がそれを気遣うように声を掛けるが、ぱっと驚いたように顔を上げる千草。 「絶叫草の周りはぽっかりと生命の反応がないわ。そんなに広い範囲ではないけれど‥‥ これは探索が有利になるわね」 思わぬことに気付けたと笑みを浮かべれば、千草はりょうにも確認を勧める。 「ふむ。森の中はそんなに神経質にならなくても大丈夫そうだねぇ」 無造作に弓の弦を掻き鳴らしていた颯は、瞑っていた目を開くと森の奥を見やる。隣に並んだ紅鶸も、それを聞いて頷く。 「あれは羊歯ですか。うん、これなら随分歩くのも楽そうですね」 既に落ち葉が積もり始めているが緑の下草は少なく、その形も見間違える類の草は生えていないようだ。 「ではここは手早く済ませて、本命に向かいましょう」 刀を抜いた三四郎はその言葉とは裏腹に慎重に近付くと、だが無造作に絶叫草の根元に突き入れる。アヤカシは土の中でもがくが、刀で縫い付けられては地上に顔を出すことも出来ず。しばらくしてその動きを止めると、地上の葉ごと、瘴気に返り始める。 「対処としては、それで間違いないようですね」 りょうが頷けば、千草と颯が深さを同時に唸る。思わず顔を見合わせ苦笑していたが、考えていたことは同じ様で。 (「這い出してこないように、矢は地面に縫い付ける気で撃った方が良いみたいだねぇ」) だが口に出しては、的として小さい訳ではないからなぁ、と気楽に呟く颯だった。 ●ケモノ‥‥? 一行が不穏な雰囲気を感じたのは、森に入って数時間ほどのことだった。それまで二箇所で絶叫草を見つけてきたが、どちらも数は少なく、場所も平坦。敢えて危険を冒すことは無いと、それらとの遭遇は避けていた。だがそれとは違う何かを感じとれば、自然と歩調が鈍り始める。 「何と、某のご同輩を?」 「そうなのじゃよ。是非、錫箕さんにも会って貰いたいものじゃ」 これが虎鮒というてな、と上機嫌に続けていた春金も、皆の様子に気付くと歩を止め武器を構える。 「千古さん‥‥」 辺りを油断無く見渡す三四郎が視線を向ければ、だがすぐに千古は首を振る。 「瘴気の反応はありません。ですが‥‥」 言葉にならない何かは感じるのだが、それが何かが良く分からず不安ばかりが高まってゆく。颯もその雰囲気は感じていたが、進まないことには埒が明かない。場を和ませるようにへらりと笑みを浮かべながら、肩を竦めて見せる。 「気にしすぎということにして、さっさと進んだ方がいいと思うんですよねぇ」 これまでの道中してきたように、手近な木の幹へ目印を刻もうと小刀を突き立てようとした瞬間。 「待って」 千草が静かだが強い声で止めるまでも無く、颯もその寸前で刃を止めていた。それに気付いた皆に頷いて見せた後、その幹の表面に刃先を掛けて捻ってみせる。予想以上にあっさりと捲れたその中には、何やら蠢くものがひしめいていたが。それを何かを確認する間など無く、突然、辺りの木々から無数の羽音が溢れた。 「なになに?! 何なの!」 おろおろとうろたえる伊鈷は、だがそれらを目にすると悲鳴を上げて隣にいた紅鶸に抱きつく。黄と黒の毒々しい色、硬質な羽、鋭い顎。山で良く見かける蜂には違いないが、拳ほどもある大きさがその異様さに拍車を掛けている。 「がはっ」 鳩尾に食い込んだ頭突きに思わず息を詰まらせた紅鶸だったが、何とかそれに耐えると伊鈷を引き剥がしてそのまま肩に担ぎ上げる。続く声にならない悲鳴と文句は、非常事態と割り切って聞かないことにする。その間にも蜂たちは、どこにこれほど居たのかと思うほどに次々と湧き続け、その数と密度を増してゆく。 「木には触らないで! この辺りは全部巣のようです!」 「ほとんど包囲されている。‥‥左前方が少し手薄か?!」 千草とりょうは、続け様に心眼を発動させて状況を把握する。お互いの認識に相違ないことを確認すると、走って、と一行に声を掛けつつ同じ方向へ走り出す。 「なるべく手を出したくは、無いがっ! ‥‥ふん、そうも言っておれんよな!」 一匹落とせば忽ち他の個体が群がってくるものだと分かっていても、火の粉をそのまま被る心算は毛頭無い。言葉も通じず、既に問答無用で飛び掛ってくる蜂の群れを、左右の刀で軽々と蹴散らす柳斎。蹴散らし飛び出した勢いに散ると思えたのは、だがほんの一瞬のこと。後に続いた一行と共にそのまま走り続けるが、群がる蜂の数は多く、このままでは回り込まれて完全に包囲されかねない。 「確かに‥‥ 限りが無い!」 波状に寄せては前に出ようとする蜂の群れを牽制しつつ、三四郎も不意に針路をずらして飛び込んでみせては斬撃を放つ。無造作に見えて間合いを見切った薙ぎ払いは、確実に相当数の蜂を落としている。瞬間隊列が崩れて一角が無防備になりはするが、それは千草の桔梗突きが死角を補い、その隙は更に柳斎が連携してそのままにはしない。目線を合わせるだけで瞬時に判断して動く姿はあまりに見事で、まるで予め作られた殺陣の様であり、後に続く一行は場違いな安堵を感じるほどではあったのだが。 「いけません、この先に反応ありです!」 尋常でない千古の声は、その訳を問いただすまでも無く、皆すぐに気付く。目測数十メートル先に、群生する緑のもの。針路を変えようにも、疎らながらその範囲は思いの他広い。 「このまま突っ切りましょう! 運が良ければ蜂も足止めできるかも!」 紅鶸の意図を察した前衛の三人は、顔を見合わせ、その覚悟を確かめる。 「分かった! 拙者ら三人が殿を抑える内に距離を取ってくれ」 「不破さんは弓での援護をお願いします。期待してますよ」 柳斎と三四郎が言う間に、一行は絶叫草が生い茂る地帯を走り抜ける。 「りょうちゃんと紅鶸君、後はお願い! 警戒は千古ちゃんと春金ちゃんね!」 走り抜けた地点で立ち止まった二人を一行が追い越す中、速度を落としながらも皆に声を掛ける千草。少し遅れて立ち止まれば、弓を構えて敵に備える。 「じゃあ、俺もこの辺でっと。なーに、心配は要らないよ? え、してないって?」 にへらと笑ってみせてから、ゆっくりと立ち止まる颯は、伊鈷に向かって手を振りながらもまずは弓を爪弾く。 (「うん、この先は大丈夫そうだねぇ。なら、ここらで本領発揮、てねっ!」) 振り向いた表情は緩く、視線のあった千草にまで手を振ってみせる余裕まで見せた颯だったが。背負った矢筒を地面に突き立て、片膝を着いて体制を整えると。流れるような矢捌きで動き出そうとする絶叫草を次々と貫き始めた。 ●意表に、疲れる 一行から見れば蜂と絶叫草が同士討ちを始めた隙に、それでも着いてくる追手を撃退し、何とかその場を離れることは出来たのだが。殿の三人は、洞窟に辿り着いたところで眩暈を起こして倒れこんでしまった。千古と春金の癒しの甲斐あって帰路に支障は無さそうではあったが。意外とその根は深く、完治まではしばらく掛かるかも知れないとのこと。 「性質の悪い二日酔いのようだ」 とは柳斎の言。悪いとは思いつつも、苦笑を隠しきれない一行だった。 「それが目的の箱、ですか。‥‥思ったより小さいですね」 千古の瘴索結界にりょうの心眼、それに春金が金魚型の式を使って偵察までした一行だったが。聞いた通りに洞窟は大して深いものではなく、岩肌を刳り貫いた場所に小箱が置かれている以外、特に怪しい様子は無かった。 「うむ、無事で良かったでござる。残りも‥‥ いや、残りは無事に回収できると良いでござるなぁ」 うんうん、と一人重々しく頷く錫箕へ、おずおずと尋ねる千古。 「錫箕さま。その鍵とやら、見せていただくことは出来ますでしょうか?」 一瞬不思議そうな顔をしてみせた錫箕は、勿論でござると破顔一笑、何やら箱に掛かっていた術を解くと蓋を開いて一行に見せる。‥‥そこには、長さ五センチ程度の針のようなものが一本入っているのみ。丁度真ん中に丸いくぼみが付いているそれは、片方が赤く塗られている。 「不思議な道具でしてな。名前は‥‥ 失敬、ど忘れしてしまいましたが、方角を確認するための道具なのでござる」 これをこう、下から針で支えますとな、と一旦区切って皆の顔を眺めた錫箕が、その反応の無さに疑問符を浮かべていたが。 「えと、もしかすると。その赤いのが北を差すってことかねぇ?」 恐る恐る、指差しながら尋ねる颯に、錫箕は何故それを?! と心底驚いては言葉を失う。 「そんなの、あたしでも知ってるわよ! 方位磁石でしょ、こんなの探しに来なくたって、何処にでも売ってるわよ!」 一瞬で沸点に達した伊鈷が指を突き付けて錫箕に詰め寄るが。 「なんとっ?! ‥‥便利な世の中になったものですなぁ」 しみじみと呟く錫箕のずれた反応に、伊鈷が肩を落とせば。周りの一行はそれを生暖かい目で見守るしかなかったとか。 |