涼味、品切れ中
マスター名:機月
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/03 21:19



■オープニング本文

「これも美味しい、かき氷のためと思えば‥‥」
 そう思っても、暑いものは暑い。
 山の中の一本道。確かに木陰は心地よく、涼しげな風も吹いてはいる。が、そもそもこの坂道は何とかならないものか。隣で荒い息をついているもふらさまも、言っては悪いが暑苦しさに拍車を掛けている。
「ほら、もうすぐ美味しい湧き水が飲めるから!」
 それでもようやく半分だっけ、とは心の中に留めておくが、もふらさまもそれは分かるのか、応えは芳しくない。
 そんなやり取りをしていたせいか、気付くのに遅れたようだ。
「うわ、何これ。‥‥土砂崩れ?」
 緩やかな曲がり道と生い茂る木々がしばらく続いていたが、それが唐突に途切れた場所は右山側斜面から崩れた土砂でその先の道が見えない状態。ちなみに左側は切り立った崖。荷馬車を引いたもふらさまはどうあがいても通りようが無い。
 崖下を覗いた顔に、涼しげな風が吹く。遥か崖下の川面を通って来たであろうそれが、妙に恨めしい。
「‥‥確か荷車は使えないけど別の道があったっけ。いや、まずは村に戻って、このこと伝えたほうが?」
 どちらにしろそれでもここで一休みかな、と独り言。もふらさまもそれには大賛成か、勝手に木陰に戻って一休み。そんな仕草が微笑ましく、思わず笑みが零れはしたのだが。
「おかしいな。氷室の傍には、村人の畑もあるはずだけど。今日に限って畑に行ってないって、無いよね?」
 ここの所、雨も少ないから朝一の水遣りは必要だろうし。
「‥‥あれ、雨が少なくても土砂崩れって起きるんだっけ?」
 思わず辺りを見回しても特に変わったところは無い。無いのだが、少し涼しくなった背中は気にしないことにして、嫌がるもふらさまを宥めすかして村に戻ることにした。


−−神楽の都、開拓者ギルド受付。
「土砂崩れ? そんなの、開拓者じゃなくたって‥‥ え、山の畑から村人が戻ってこないし、そこへの道をもふらさまが通りたがらない?」
風信術を片手に一瞬考え込む受付。だが決断は早く、すぐに地図帳と依頼票を手際よく並べながら続きを促す。
「場所は武天の‥‥ ああ、安神の近くね。開拓者への依頼は『村人の安全確認』で良いかしら? え、伝言? 氷屋の市香姉さんに?」
 確認する前に途切れる風信術。まあ、依頼は聞き取れたし、もう一度通信までする必要は無いだろう。
 必要な情報を書き揃えると、その依頼票を早速受け付けに張り出すことにした。


■参加者一覧
神流・梨乃亜(ia0127
15歳・女・巫
まひる(ia0282
24歳・女・泰
篠田 紅雪(ia0704
21歳・女・サ
孔成(ia0863
17歳・男・陰
桐(ia1102
14歳・男・巫
水月(ia2566
10歳・女・吟
幻斗(ia3320
16歳・男・志
夏目・セレイ(ia4385
26歳・男・陰


■リプレイ本文

●受付
「‥‥四頭で良いなら、何とか準備できます」
 断りきれなかった受付が、涙目な上目遣いに屈服した。
 水月(ia2566)が一転してうれしそうにこくこく頷くと、受付はその様子に頬を赤らめつつも一行を馬小屋に案内する。
「まーったく、受付の男共ときたら! わたしが頼んだ時と大違いじゃない!」
「あれは『頼んだ』とは言わないような‥‥」
 孔成(ia0863)の小さな突っ込みに、本気でしょげるまひる(ia0282)。と思いきや、慌てて謝る孔成の可愛さに、直前の痛手を忘れて抱きついている。
「まあ、あれだけ正論を尽くしたのです。間違いなく時間の問題でした。‥‥敢えて言うなら『ねこさん』の愛らしさが助けになった感は否めませんが」
 猫に釣られてそばでフォローをしていた幻斗(ia3320)が呟く。
「‥‥無いよね?」
 思わずびっくりして、周りに聞きなおしてしまうのは神流・梨乃亜(ia0127)。
 篠田 紅雪(ia0704)と夏目・セレイ(ia4385)は無言で首を縦に振り、一刀両断に『なし』を肯定する。
「ぷっ。‥‥いえいえ、なんでもないですよー」
 連携の良さと、それに気付いた幻斗のしょんぼりした仕草に、思わず吹き出す桐(ia1102)。
「依頼を前に不謹慎かもですけど、中々良いチームワークをとれそうですね?」
「わたしと孔成で一頭もーらいっ!」
 桐の言葉は、まひるの宣言に続いた相乗り相手を決める大騒ぎに早速飲み込まれてしまった。

●村から山道へ
 まだ朝といって良い時間と言うのに、夏の日差しは強い。
 しかしまだ眩いだけのそれは、山の冷気を払うほどではなかった。涼しげな空気の中、一行の明るい声が山に響く。
「開拓者の人って、女の子も多いんだね」
 実(みのり)と名乗った氷屋の店員は、十代半ばの少女で志体もちだった。びっくりする一行に「流石にこんな力仕事、一人でやるにはこれくらいの特技が無いとね」と笑ってみせる。開拓者になるつもりはこれっぽっちも無いようだが、漠然と考えていた『男の世界』では無いことに驚いているようである。
 すっかり打ち解けた梨乃亜や水月と話を弾ませるその後方では、しかし少し雰囲気が重い。
「それにしても問題児とは‥‥」
 思わずため息がこぼれる桐に、何故か慌てたようにフォローを入れるのは幻斗。
「悪い子では無いって話ではないですか。大丈夫、事態が悪化するようなことにはなっていませんって」
(「何か身に覚えでもありそうな庇い方だ」)
 まあそういうものだ年頃の坊主ってものは。と誰のこととは言わずにセレイは呟く。

 村に着いたのは、一仕事終えた村人たちが朝餉を囲もうと言う時分。安神で宿こそ取ったが、一行が日も明けきらぬうちに飛び出してきた成果だ。
 だが、先ほど村で仕入れた状況は「特に変化なし」の一言に尽きる。依頼が出されてから丸一日と一晩が経っていたが、山に登った村人三人が戻ってくることは無く、他に被害が出ている訳でもない。だが、気掛かりな情報が一つ、手元に残った。
「やらかしそうな、でございますか?」
 問われた村長は一瞬ぽかんと、何を聞かれたのか分からないような顔をする。しかしすぐに咳払いなどしながら、思わずといった風に顔を逸らしてしまう。
「私達もアヤカシの存在まで考えて動いてるんですがなにもないならそれが一番いいんですよー、なにが原因なのか心当たりがあったら教えてもらえませんかー?」
 表情のにこやかさとは裏腹に、ずずいと身を乗り出して答えを迫る桐。隣でじっと見つめる水月や最早睨み付けるとまで言えそうなまひるの視線に気付いて、慌てて弁解する村長。
「帰ってこない村人の中に、問題児が一人おりまして」
 曰く鶏小屋の柵を破壊してしまい村中に鶏を溢れさせたことがあるとか、川を堰き止めて下流の村から苦情が飛んできたこともあったとか。
「‥‥限りなく黒いな」
「んだよそーいうことは依頼書に書いて、っていうか村で解決しろよ!」
 一同は紅雪の呟きに同意しない訳は無く、むしろまひるの突っ込みはごもっともという雰囲気。それを破ったのは実の遠慮がちだが、はっきりした声。
「晴(ハル)のはワザとじゃないんだ。‥‥結果だけ見ると、そう見えるけど」
 失せ物を探したり、病人のために鰻を取ろうとしたり。悪気が無いどころか、良かれと思ってしていることは村の誰もが知っていること。
「自分ひとりならともかく、他の村人まで巻き込むとは考えられんのです。もふらさまの件もあることですし」
 心底困ったような村長は、どうかよろしくおねがいしますと深々と頭を下げて一行を送り出した。

「ま、そんな悪餓鬼が氷室を占拠しているかも知れないってんなら、氷屋店員としては付いて来ちまうか」
「それだけではないかも知れませんけど‥‥」
 確かに足手まといにはならないと思うけどさーとぼやくまひるに、がっちり抱き寄せられている孔成は微笑ましそうに呟く。それに気付いたまひるは、にやりと悪い笑みを浮かべて後ろを振り向くが、先に紅雪と実の声が割り込む。
「実殿」
「あ、ここだよ。ここから三十分くらいかな」
 村から続いてきた道から別の道が、鬱蒼とした斜面に伸びている。幅二メートルほどはあり、特に怪しい感じもない。
「どう、水月ちゃん?」
 扇子を振るい術を発動させる水月に、梨乃亜は声を掛ける。対する水月は無言で首を傾げるのみ。特に気になる兆候は感じ取れないようだ。
「打ち合わせ通り、前衛は私とまひる殿で行く。問題ないか?」
「ちょっと待ってくださいー。‥‥はい、おまじない完了です」
 ぽんぽんと前衛の二人に触れる桐。何事かと首をひねる二人に笑みだけ残して後ろに下がる。
「一応、殿の幻斗さんも。‥‥はい」
「さて、ではまいりましょう」
 笑顔で呪いを唱える桐に、お礼を口ごもる幻斗。そんな二人を尻目に、一行に声を掛けるセレイ。
「さあ、プロのお仕事を始めましょうか。お互い、死角を補うように進んでください」
「急ごう。焦りは禁物だが」
 セレイの声に同意を示し、前を見据える紅雪。他の面々も表情を引き締めると、山道へ分け入っていった。

●遭遇?
 見た目に不審なところはなかった。よくある光景なので誰も不審に思わず、ひょいひょいと跨いでいく。
「きゃっ!」
 可愛らしい驚きの声と、直後に地面を滑る音。見なくても分かる、梨乃亜が何かに躓いて転んだのだろう。一行は足を止め、隣にいる水月や実が声を掛けてやり、梨乃亜の照れ笑いが続く。‥‥そんな予想を裏切り、悲鳴が上がる。
「痛い! 痛い痛い‥‥!」
「なに、これ‥‥」
 前を歩いていた孔成が駆け寄り、梨乃亜の着物の足元をはだける。すると植物の蔓の様な物が足首に絡み付いている。『様な』というのは一目瞭然。その蔓は投げ縄のように先端に輪が付いた紐のような形をしていたが、結び目などどこにも無く、しかも蛇か何かのように梨乃亜の足を締め付け始めていた。
「いけない! 桐さん下がってください!」
 隣を歩いている桐に声を掛け、懐から短刀を抜き放ちながら梨乃亜の足元に滑り込む幻斗。
「な!」
 しかし走らせた刃は、思った以上にしなやかな蔓を断ち切ることが出来ない。
「このっ!」
「まひるさん待って!」
 大技に入る動作を見取って孔成が静止を合図する。皆の、そして梨乃亜との間合いが近すぎる。
「幻斗さん、とりあえず蔓を地面から浮かせて! 紅雪さん、セレイさん!」
「分かりました! って、ちょっと! 心の準備がまだです!」
 桐の鋭い指示に思わず蔓を掴み上げた幻斗。それを好機と見て取ったか、前から珠刀を両手に構えた紅雪が迫り、後ろからはセレイの鋭い呼気が気合と共に何かを紡ぎだす。即座に鋭い踏み込みから掬い上げるような斬撃と、剣戟とは異なる軌道を走る真空の刃が振り下ろされる。
 それらは過たず、蔓を断ち切った。お互いの手応えを確認するまでも無く、その振り切った力が枷を切り払ったことを確信する二人。幻斗の手元で蔓が断ち切られると、その手と梨乃亜の足に絡んでいたものが瘴気となってその感触ごと空に消えた。
「英断だった。だが、声は余計だな」
 幻斗に賛辞を述べる紅雪。手元が狂わず良かったと静かに次ぐ言葉が、固まったままの幻斗には届かないのは幸いだろう。
「治す前に、傷を確認させてください‥‥」
 足に残った赤黒い蔓の跡に眉を顰める孔成。体の細さを差し引いても、あの短い時間でここまでの傷。そのまま掴まれ続けたら、ここにいる面子でも骨折を免れないのではないだろうか。
「これが原因なら‥‥ ちょっとまずいんじゃない?」
 自分で治そうとする梨乃亜の手を取ってぶんぶんと振り続ける水月。怪我に大きいも小さいも無いが、大事無いことに安心を隠し切れない。
 桐が苦笑しながら『神風恩寵』の呪いを唱えると、表情を引き締めて孔成とまひるに向き直る。
「締め付けるだけみたいですけど、多分その場から身動きできなくなるとおもいます。真夏のこの時期、丸一日というのは大の大人にも」
「あれ。あんたたち、だれ?」
 場違いに暢気な、少年の声が投げかけられる。
「げ、実がいる」
「晴! あんた無事なの?!」
 向きを変えかけた少年に、思わず駆け寄った実は、だが直ぐに動きを止める。
 何事かとそちらを見る一行と、逸らしていた視線を実に向ける少年の目の前には。
「あんた‥‥ うちの大事な商品を持ち出して。どうするつもり、なのかな?」
 少年の背負子に積まれた氷よりも背筋を凍らせる冷気が、実の周りから噴き出そうとしているところだった。

●氷室前にて
 しゃりしゃりしゃりしゃり‥‥
 氷を削る涼しげな音が、皆の期待を膨らませる。
「はい、お待ちどうさま! あ、未成年は駄目だよ、これお酒だから」
 削られた氷の上にとぽとぽと注がれた赤い鮮やかそれは、苺の香りと一緒に天儀酒のきつい匂いを漂わせる。
 ふらふらと釣られかかっていた水月はその匂いに我に返ると、恨めしそうに遠巻きにそれを眺めるしかない。
「その。残念ながら大人も、お酒はまだ拙いです」
「ならオレがもらう!」
 申し訳なさそうに断る桐に、じゃあと手を出す晴。あんたも早いわよ!とあしらわれて拗ねるのはご愛嬌。
「それにしても『氷に弱いアヤカシ』とは‥‥」
「アヤカシとは面妖なものだな」
 少し離れたところで宇治金時を楽しみながら呟くセレイに、先の戦闘の疲れを隠し切れない紅雪が気だるげに応える。
 畑の先にいたアヤカシは、先ほど退治してきたところだ。崖の近辺に繁殖していたそれが、どうやら崖崩れを誘発させたらしい。本体らしきアヤカシは辺りの木を絞め殺さんばかりの大きさ太さで生い茂っており、頑丈さは緒戦の蔓とは違って筋金入り。結局総力戦とはなったが、傷は受けることなく完勝することが出来た。基本的に動かないそれは開拓者の敵ではない。
 とはいえ十分な体力を持たない村人たちにとっては脅威に違いなく、案の定、村人のうち二人までが足にひどい怪我を負ってしまっていた。それ以上の難からは逃れて氷室前に避難していたのだが、その理由はどうやら『氷』にあるらしかった。
「驚いて瓜を投げつけたらさ、やつらへなへなって力が抜けてやんの! だからピンと来たんだ、氷ならもっと効くだろうって!」
「一応聞いておくけどさ。何で山の畑で採れた瓜が冷たいだろうね?」
 湧き水に浸しておいたに決まってるだろう、とは晴の弁。顔を真っ赤にしていては氷室の無断使用を明かしているようなものだが、そこには敢えて誰も突っ込まない。何はともあれ、その機転が村人を救ったのは確かなのだから。
 結局、苺酒のカキ氷はまひるが奪い取り、舌鼓を打っている。「ほら、あんたも食べな!」と孔成には口移しをして、物欲しそうに視線で追っていた未成年たちの顔を真っ赤にさせたりもしているのだが。
 氷室から引っ張り出した道具一式と様々な徳利は屋台こそ無いが即席の露店の様。疲れ切った村人にも笑みが戻るほど、華やかな歓声に満ちている。
「山狩りをした方が良いんでしょうかね? ああ、土砂の撤去も、こうなると村人だけに任せるのは危険な気もします」
 はいどうぞ、と紅雪に糖蜜の掛かった氷を手渡す幻斗。
「いや、私は‥‥」
「何言ってるんですか紅雪殿。お疲れな上に、この後力仕事が待っているんです。しっかり休憩しておかないと駄目ですよ?」
 もう全員に行き渡ってますから、と重ねて勧めて手渡してしまう。
「ああ。すまない‥‥」
 まじまじと氷を見つめる紅雪に穏やかな視線を向けている幻斗。その幻斗を見つめて不機嫌そうな顔をしている者が居たりするのだが。
(「早いところ、氷屋は帰す算段をつけないといけないな」)
 おかわりくれと群がる一行に、景気良く氷を振舞う店員。安全確認の次に大事であろう依頼を達成できるよう、とりあえず止めに入ることにしたセレイだった。