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■オープニング本文 −−武天、安神の氷屋。 「お姉ちゃん! ねえ、聞いた聞いた?!」 店先の扉が勢いよく引かれたと思うと、一人の少女が飛び込んできた。 (「実祝(みのり)!」) お盆にカキ氷を載せた市香(いちか)が無言で睨めば、実祝(iz0120)も店を手伝う身。驚く客に気付けば、慌てて居住まいを正して挨拶をしたりする。 「騒々しくて申し訳ありません。後できつく言い聞かせておきますので」 カキ氷を差し出しながら心底済まなそうに謝る市香だが、常連客は心得たもの。「元気があって良いじゃないの」と返す表情には苦笑も混じっているが概ね好意的で、逆に市香は恐縮してしまう。だから、厨房に戻ると自然と口調はきつくなってしまうのだが。今日の実祝は、それにもめげないくらいに興奮していた。 「五日後の夜! すっっぅっごい、大きな流れ星が見えるんだって! ねえ、お姉ちゃん知ってた?!」 は? と返した市香に向かって、実祝は更に興奮した様子で捲くし立てる。 「戻ってくるとか訳の分からないこと言ってる人もいたけど、何か、ずぅぅぅっと、空を光りながら流れるみたいなんだって!」 そんなにずっと光っててくれる流れ星なんて、精霊様も太っ腹だよね! と顔を輝かせて訴える実祝だが。それを聞く市香は冷めていた。 「だから‥‥」 どうだっていうのよ、と言い掛けた所で動作が止まった。そしてその様子に実祝が気付く前に、市香は実祝の肩を掴んで詰め寄る。 「それは、街の人がみんな、知ってることなの?」 思いの他真剣な姉の目付きに少々うろたえながら、実祝は答える。 「えっと、どうだろう? ボクは結夏さんと師匠が話しているところを聞いたんだけど‥‥ うん、多少は噂になっているみたいだけど?」 一瞬視線を逸らして考え込んだ市香は、行けるわ、と呟いて顔を上げる。 「ちょっと早いけど、屋台出しましょう。うちだけじゃ心許ないから他にも声を掛けて、あ、そうすると場所も必要ね‥‥」 食べ物以外もあった方が‥‥ ああ、道中も暗いと心許ないかしら、とぶつぶつ呟き続ける姉の様子に、思わず溜め息を吐く実祝だったが。まあいつものことか、と多少諦めの入った呟きを残して、店から呼ぶ客の声に元気良く答えて注文を取りにいった。 |
■参加者一覧 / 風雅 哲心(ia0135) / 葛城 深墨(ia0422) / 葛城雪那(ia0702) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 喪越(ia1670) / 平野 譲治(ia5226) / 黎阿(ia5303) / 設楽 万理(ia5443) / ブラッディ・D(ia6200) / 雲母(ia6295) / からす(ia6525) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / クララ(ia9800) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / アリスト・ローディル(ib0918) / レヴェリー・L(ib1958) / 鈴歌(ib2132) / 傀儡師(ib3084) / 鹿角 結(ib3119) / 月見里 神楽(ib3178) / 観那(ib3188) / 焔 龍鬼(ib3220) / 弔華(ib3221) |
■リプレイ本文 ●事前準備 早々に集った開拓者の面々は、氷屋の奥座敷を借りて宣伝の準備を始めていた。手持ちの旗を持ち寄るものもいれば、庭先の竹を切り出して自作するものがいる。そして硯に向かって墨を磨るものもいれば、木版に彫刻刀を構えるものもいるのだが。 「そういえば、流星が現れる時刻って何時頃なんだろうね」 旗に向かって筆を構えた葛城 深墨(ia0422)が呟けば、部屋にいる皆の動きが止まる。 「‥‥確かに。大きな流星が三日後に空に現れるとは聞いていますが、それだけですね」 葛城雪那(ia0702)が首を傾げて呟けば、丁度部屋に入ってきたアリスト・ローディル(ib0918)が皆に問う。 「なあ、陰陽寮でも良く分からないらしいんだが、結局流星って何時頃流れるんだ?」 一斉に皆の視線を受けてたじろぐアリストだったが、事情を聞くと心底呆れてみせる。 「じゃあガセネタかも知れないってのか? これだけ人集めといて、結局来ませんでしたじゃ」 「大丈夫、星は流れるわよ」 アリストの声を遮ったのは、更にその後ろから入ってきた西渦(iz0072)。信憑性が高いから私も動いているのよと聞けば、面識のあるものは一応納得してみせる。 「ね、それより詳細な情報提供するから、こっちの仕事をちょっと手伝ってくれないかしら」 悪びれなく尋ねる西渦への対応に困って、直接の依頼人である実祝(iz0120)を見やれば。 「櫓の組み立てでしょ? 多少大きめに作れば宣伝にもなるし、手が空いてる人がいるならボクからもお願いしようかな」 何より正確な時間が分からないとね、と苦笑を浮かべながらも快諾する。 (「ふむ。陰陽寮が担当違いってことなら、占いで分かったりするのかな」) ここに来る時に見かけた結夏(iz0039)に聞いて見るか、と深墨はその思い付きに満足すると。一応一言断ってから、そのまま静かに店を出た。 日も落ちた夜分、カンカンと拍子木を打ち鳴らす音が安神の街に響く。 「火の用心ぜよ〜」 心底嬉しそうな平野 譲治(ia5226)の声に煙管をくわえたまま、その頭を撫でる雲母(ia6295)。 「全く。宣伝するのは流星だろう?」 仕方が無いなと呟く声は柔らかく、譲治もそれが嬉しくてさらに拍子木を出鱈目に打ち鳴らす。 「さっさ皆様おっいでなさいなっ。星の留まりは明日の夜中ぜよっ」 少々残念なことと言えば、友人と一緒に祭りを迎えることが出来ないこと。開拓者でもなければ、その住まいは武天からは少し遠すぎる。 (「だから、あとで土産話を聞かせにいくなりよっ!」) それも楽しみなのだっ! と明後日の方向を指差して宣言する譲治は、既に目一杯楽しんでいた。 井戸端で遊んでいた子供たちが、賑やかな鈴と地面を打つ音に気付いてそちらを見れば。流星を模した飾りを付けた六尺棍を観那(ib3188)が勢い良く振り回しては地を突いており、リンカ・ティニーブルー(ib0345)が手に持つ幟にはそれを追いかけるような子供たちの様子が楽しげに描かれていた。 「わあっ!」 それを見た子供たちは歓声を上げて集まり、それを聞いた子供たちが振り返れば、またそこで声が上がり。あっという間に人だかりが出来ると、今度は大人もそれに混じり始めるといった具合。その何割かは、鼠の神威人である観那の容姿が気になっているようだが、本人は全く気付いていない。 (「うわー、こんなに人がたくさんいるー」) むしろ今まで身の回りには少なかった人間が多いことに驚いていたりするが、何より舞い始めた民族演舞に手拍子が始まったのが嬉しくてしょうがない。 そんな中、レヴェリー・L(ib1958)は鈴を鳴らしながら、子供たちに声を掛けて回る。 「明後日の夜‥‥ 大きな流れ星、来るの」 極上の笑顔にどぎまぎする子供たちに頬を緩めながら、リンカも一緒にチラシを配る。 「かなり長い時間光るそうだから、しっかり願い事考えて来なよ?」 わかった、という元気な返事に頷きつつ、二人も顔を見合わせ綻ばせていた。 ●当日、夕暮れ時 「流れ星とかき氷‥‥ 何とも、脈絡がないわね」 氷屋の店先でふん、と鼻を鳴らす鴇ノ宮 風葉(ia0799)であったが、依頼は依頼。渡された浴衣に袖を通し、団扇を扇ぐ姿は祭りに向かう正装そのもの。遅れて奥座敷から出てきたブラッディ・D(ia6200)も同じく浴衣姿だが、旦那の可愛らしい姿を見つけると早速抱きついている。 「うんうん、二人とも似合っているわよ。あとは‥‥ はい、これ」 店先から出てきた市香(いちか)が、じゃれあう二人に少々大きめの器を渡す。そこにはカキ氷が山盛りに、そして匙が二つ突き刺さっているという代物。 「お、宇治抹茶? 餡子に白玉、黒蜜まで掛かってるたぁ豪勢じゃねえか!」 ブラッディのはしゃぎように反して、風葉はちょっと大きすぎとぽつりと呟くが、一口食べると驚きの声を上げる。 「あれ、これ樹糖じゃないの」 へえ、流石開拓者ね、と市香もその反応に感心して見せるが、悪戦苦闘する声に呼ばれて店の奥へ戻る前に、肝心の仕事を頼んでいく。 「じゃあ、お皿は広場の実祝に渡してね。宣伝なんだから、美味しく食べながら歩いてよ?」 「あら、カザハは?」 皆の着付けを手伝い、最後の一人を送り出して店先に出た黎阿(ia5303)だったが、そこに待ち人はいなかった。 (「もう、せっかちなんだから‥‥」) とりあえずの行き先は広場のはず。だがいつまでも同じ場所にいるとは限らないとなれば、今から行って捕まえられるか微妙かもしれず。それにこの暑さと来たら、そろそろカキ氷が恋しいところ。 「レア‥‥ どうしたの?」 小さいが聞き覚えのある声が、黎阿の後ろから掛けられる。振り向けばそこにはもう一人の妹、レンが少し驚いた様子で黎阿を見つめていた。どうやら広場に向かう前にもう一度と、リンカや観那と一緒に街の大通りまで宣伝に行って来た帰りらしい。 「ちょうど良いわ。あなたたちも一緒に、カキ氷貰ってから行きましょう?」 やったーと体全体で喜びを表す観那にリンカが落ち着いてと宥めるのを横目に。黎阿も静かに喜ぶレンの頭を撫でると、糖蜜は何味にすると聞きながら、店内へ入っていった。 チラシを取りに戻った和奏(ia8807)が、実祝に伝言を頼めないかと市香に呼び止められた。 「ちょっと店を閉めるから、しばらくは広場の方で上手いことやってて欲しいのよ」 あ、チラシはもう良いから代わりにこっち、とカキ氷を持たせると、和奏と一緒に店を出て戸を閉める。 「そうよ、通り道の提灯忘れてたわ! ねえ、それも実祝に伝えてくれる?」 よろしくね、と答えも聞かずに飛び出す市香を、和奏は柔らかい笑みで送り出す。 「さて、と。‥‥出来るだけゆっくり、美味しそうに食べながら向えば良いのですよね?」 独り言ちると、早速匙で掬った氷を口に運びながら、嬉しそうに歩き始める和奏だった。 張り紙や幟の他に、広場へ向う道の一部に提灯が飾られていた。暗くなっては足元も危なかろうと用意されたそこには、氷屋の他、実際に提灯を用意した隊商の屋号が書き込まれている。 「そういえば結構な数があったはず、ですよね」 提灯が並ぶ小道の入口に辿り着くと、だが手前の二つ三つを除いて既に灯りがともっていた。和奏の他にも数名が呆気に取られてみる先には、黒い狐、の面を被った傀儡師(ib3084)が、手で玩ぶ炎を飛ばして残った提灯に火をともしていた。 「気にしないでおくれやす。社の前で転んで怪我でもされちゃぁ、神使として形無しでありんす」 わちきは裏の社のお稲荷で御座ぇやす、と何やら嘯く黒狐に、皆顔を見合わせてしまうが。 「じゃあこれお賽銭です」 お疲れ様ですと和奏がまだたっぷりと残るカキ氷を差し出せば。子供にせっつかれた親御さんからは、これをと渡される包みが一つ。 「ちょうどお供えに行こうと思っていたんですよ。よろしかったらどうぞ?」 竹の皮の包みを解くと、そこには稲荷寿司が三つ。思わず口元を緩める傀儡師に、そこにいた皆からも笑い声が上がった。 「こんなところでしょうか」 準備を終えたからす(ia6525)が、辺りを見回し一つ頷く。流星を迎える祭りとして会場に選ばれたのは、街の外れにある飛空船発着場の一画。外周は既に敷物で埋まっており、暇そうに場所取りをしているものもいれば、一足先に盛り上がるものもいる。広場の内側の屋台はまだ準備が続いているようであるが、もう間も無く見物客も集り始めるところだろう。 「蒼羅殿、お手伝い助かりました。まずは一服、茶は如何?」 ありがたい、と差し出された冷茶を受け取った琥龍 蒼羅(ib0214)は、立ったままだがゆっくりとそれを味わう。 「さてと。それでは俺は少し見回りでもしてこようか」 呟きつつも、蒼羅はからすに向っては美味かったよと真顔で告げる。 「ふむ。‥‥では、私は櫓を少し見てきましょうか」 からすも持って来た荷物を抱えると、続けて席を立った。 ●屋台広場 会場には徐々に人が集まり始めていた。花見以来の野外の宴と、風呂敷に包んだ重箱を抱える姿もかなり見受けられるようだが。やはり祭りというハレの日には、屋台がなくては始まらない。呼びかけに応じて多くの商売人が集っており、広場の中ほどは屋台村と言っても良い様子に賑わっていた。 「すみません、何から何までお手伝いいただいて‥‥」 すっかり恐縮した巡(めぐり)少年が、朱麓(ia8390)に向かって頭を下げている。 「屋台での調理はコツがいるからね。なーに、料理の腕は確かなんだ、すぐに慣れるさね」 巡が下拵えした鮎を焼きながら、火の調節法や次の鮎を焼き始めるタイミングを説明している。気を取り直した巡は、その手元を見ながら手帳にメモを取り、一言も聞き逃すまいと真剣な面持ち。 「まあまあ、こんなにお客様が大勢‥‥」 接客にまわっていた梨瑚は、だが朱麓がしばらく手が離せない様子に気付くと、近くで氷屋の宣伝をしていた風雅 哲心(ia0135)を呼んで手伝ってもらうことにする。 「哲心様、すっかり巡様に取られてしまいましたね?」 くすくす笑う梨瑚に遠慮はないが、そこは付き合いが長い故の気安さだと哲心も苦笑するしかない。 「まあ、どっちにしてもこれだけ人が多いと、朱麓も素直になってくれないからな」 先ほど声を掛けた時のあまりの素っ気無さを思い出し、溜め息を付いてしまう哲心だった。 「こちらは焼きとうもろこしですか。この醤油の焦げる香り、堪りませんね」 挨拶にと屋台を回っていた調(iz0121)が、喪越(ia1670)の屋台を覗き込んで声を掛ける。こちらは焼きとうもろこしの他、冷えた麦茶に色鮮やかな団扇と、粋な涼も取り扱っていた。 「まあ、氷は主催に任せておいて、俺は隙間産業に走ってみた訳よ」 そんな隙間だなんて、と心底驚きつつ、ふと声を潜める調。 「あ、これうちで出している屋台のものです。‥‥ちなみにこのとうもろこし、どこから仕入れたんですか」 鮎の塩焼きと冷えたエールを差し出し、笑いながらも意外と本音で調が問えば、喪越も悪びれなく受け取って喉を潤す。 「ま、開拓者なんてやってると、ちょっとした伝手なんかが出来るわけよ」 気楽に応える喪越に、人との縁は重要ですよねと頷く調。 「そうそう、代わりといっては何ですが‥‥」 西瓜とか杏とか何やら情報を交換する二人は、しばらくしてから満足したような笑顔で分かれたようである。 ●氷屋屋台 「結構人が集まってたから、早いうちに行った方がいいかもな」 嘘から出た真という訳では無いのだが。哲心がそんな台詞で宣伝を始めて間も無く、氷屋の屋台には人だかりが出来ていた。 「サクラ、じゃなかった。その前のお手伝いにきました!」 垂れた猫耳をぴょこぴょこ揺らす月見里 神楽(ib3178)は、そう言って物珍しそうに屋台の奥を覗き込む。サクラを茶席の客か何かと勘違いしていたようだが、曇りのない瞳で見つめられると何やら違うとは言い辛い。苦笑しながらも「屋台の手伝いが終わったら点ててあげるわよ」と市香に約束してもらって、張り切って会場にやって来たところだった。 「うちにも氷、くださいな!」 続けてクララ(ia9800)が元気良く、朋友である甲龍の椿を伴って現れた。屋台の前の道を塞ぐ巨体も然ることながら、その長い首が突き出されれば、氷を取って振り向いた実祝も思わず声を上げてしまう。 「び、びっくりした! えっと、お手伝いの人だよね?」 早速器に氷を削りながらも尋ねれば、顔を見合わせた二人が満面の笑顔で頷き返す。 「じゃあ、はいこれ。本当は屋台の前が良いんだけど‥‥」 首を傾げる椿に、キミも暑そうだもんね、と実祝も苦笑する。 「長椅子が用意してあるから、そこで食べててもらおうかな。あ、零さないようにね」 少し小さめの器に、だが山のように氷を盛られた皿を渡されると。それだけで嬉しそうな声を上げる二人と一匹だった。 「そろそろ二人とも、一息入れてきなよ」 幾度目かの客の波が途切れたところでほっと息を吐き。実祝は屋台の前でオカリナを吹く鈴歌(ib2132)と、客から注文を取っていた鹿角 結(ib3119)に声を掛ける。 「それは助かるわぁ。流石にちょっと、疲れてしもうた」 切りの良いところで演奏を切り上げた鈴鹿は、それでも祭りの雰囲気を楽しむように実祝へ笑いかける。 「‥‥お言葉に甘えさせてもらいましょうか」 小さなお客さんにしゃがんで氷を渡した結も、振り返っては少々疲れましたと苦笑い。子供たちに銀狐の耳と尻尾を「カキ氷みたい」と褒められるのはくすぐったくても、実際に触られるとそれどころではない。実祝や鈴鹿がフォローしてくれてはいたが、やはり随分気を張り詰めていたらしい。 「櫓の近くに敷物用意してあるみたいだから、そこで休んできなよ」 はい、とカキ氷を渡しながら、二人に告げる実祝。あそこはあんなだしさと目線で指す長椅子は、龍に群がるお子様ですごいことになっている。それを見れば、二人も敢えて断る気にもならず。 「そういうことなら、向こうでも宣伝してきますね?」 顔を見合わせ結が苦笑すれば、よろしくねと快く送り出す実祝だった。 「今年も盛況みたいじゃない」 夜半過ぎになってようやく、設楽 万理(ia5443)は広場へやってきた。宣伝組みはこの時間まで入れ替わり街中を回っていたようだが、その甲斐あってか会場へ流れ込む人波はまだまだ途切れない。 「あ、万理さん! お疲れ様です」 今回もお手伝いありがとうございます、と少々疲れ気味ながらも笑顔でカキ氷を差し出す実祝。万理もその様子に苦笑しながら、器を受け取って涼味を楽しむ。 「それにしても不思議な話よね、流星の噂。出所は良く分からなくても、それなりに広まってたみたいよ」 陰陽寮の観測結果とか、巫女のお告げとか。町人から色々噂は聞いたが、結局何が正しいのか分からなかった気がする。ふと不思議そうに呟く万理だったが、実祝はそんなの決まってますと朗らかに頷く。 「全部開拓者さんたちのお陰だよ。こんなに人が集まるなんて思わなかったもん!」 えへへと笑う実祝は、皆さんも楽しんでいると良いんだけど、と付け加えるが。辺りに溢れる笑い声に、それは大丈夫よと太鼓判を押す万理だった。 ●流れる欠片たち 櫓の上で、西渦は夜空に目を凝らす。傍らで小さな弓を構えたからすは、既にはしゃぎ疲れて眠そうな将虎(しょうこ)の世話を焼いている。 「そろそろ時間のはず、なんだけど‥‥」 「空の星って、実はアヤカシなんだぜ?」 知ってるか、と喪越は店先で捕まえた子供に法螺話を吹き込んでいる。本人は他愛もない冗談のつもりだったが、するすると続く話はそれらしく、子供はそれを信じ始めてしまう。 「嘘はいけませんよ、喪越さん。星が落ちてこないというのは精霊様のおかげ、というのはありそうですけど」 笑いながら、心配顔の子供の頭を撫でる雪那。 「流れ星はきっと、星の精霊様の贈り物よ」 結も安心させるように笑いかける。 「願い事かぁ。‥‥これからの生活、上手くいくよう願かけとくのもええなぁ」 お代わりのカキ氷を待つ間、実祝に尋ねられた鈴鹿は、思わず考え込んでしまった。 「レンさんは? もう考えてあるの?」 次に待つレンにも尋ねてみれば、はにかみながらもすぐに答えが返る。 「大事な人たちが‥‥ これからも‥‥無事で‥‥ありますように‥‥かな」 だが続けて何かを言いかけ真っ赤になるのを見て、実祝と鈴鹿は詰め寄り聞き出せば。そういう願い事も良いよね、と思わず三人で盛り上がる。 「あ‥‥ あれがそうじゃないかな?」 最初にそれに気付いたのはリンカだった。流れるというより、不意に現れた星がその明るさを増したのに気付いて上げた声だったが。すぐさまそれは、空にあるどの星よりも輝き始めると、唐突に流れ始めた。 「‥‥素晴らしい!」 アリストは空を見上げた瞬間、何もかも忘れて目を奪われていた。長い長い残像を引きながら視界の左下から右上へと、半ば昇るように光るそれは、今までに見たことがあるどの流星よりも大きく明るい。 (「あの星には、今どのように世界が見えているのだろう‥‥」) 世界の隅々まで見たいと願うことすら忘れて、アリストは眺め続ける。 櫓へ向かおうとしてた深墨が、不意に立ち止まる結夏を振り返れば。指で示す先で星が流れ始める瞬間だった。大きな大きな流れ星が、残像を残して光る‥‥様に見えていたが。どうやら小さな欠片が次々と零れては、それが光っては消えているということを途切れなく繰り返しているらしい。光が弱まった瞬間に、小さな光が見えて、だがすぐに消えてゆく様子が微かに見て取れる。 そんな空を、屋台村や櫓から歓声が上がる中。思い掛けず静かで人がいない場所で。二人はただ空を見つめている。 「いい景色じゃない。‥‥あの子も来れば良かったのにな」 一つの大きな光の玉が、次第に無数の流れ星を引き連れるように変わる様を。風葉は広場から少し離れた場所、停泊する飛空船の上から眺めていた。歓声は少し遠く、吹き抜ける風は少し肌寒い。だがそう思ったときには既に、何時の間にか背後にいたブラッディが覆い被さり、頬をすり寄せていた。 無言でしょうがないなと告げる風葉の意を、月緋も確かに受け取れば。そのまま静かに、二人はしばし幸せだけを願っていた。 ●そして尽きぬ願いと欠片 流れ星に目を奪われながらも、願いを託すものは多い。 (「椿ちゃんと仲良く成長出来ますように‥‥ あと、出来ればもうちょっとモデルさんみたいな‥‥」) その内容故に真剣に一心に、クララのように念じるものもいるにはいたが。 「故郷に、故郷に街道を通して見せます!」 高らかに唱える観那のようなものが屋台村には多く、それに我に返って続くものが尽きずに騒々しさを増していた。 「うにっ! 万事万全万歳なのだっ!」 神妙に目を瞑って願を掛けたと思えば、譲治は拳を突き上げ大見得を切る。それを見つめる雲母も、空を振り仰いでは拳に収める様に流星を掴んでみせる。 (「届けば打ち落とせるんだろうか‥‥」) 少々物騒な想いは、だが銜えた煙管より零れる、煙と一緒にただ空に溶けるのみ。 少し離れた広場の外周付近では、やはり静かに見つめるもの、手を合わせるものが多かった。 「俺自身は願うような事は無いが‥‥ そうだな、友の幸運を願うとしようか」 思わず緩んだ口元に気付かぬまま、星を見つめる蒼羅。 「それは素敵です。自分もそうすることにします」 不意に声を掛けられ蒼羅は驚くが、それは呟きを聞いた和奏も同じだった。折角の機会だからと早速目を閉じ願を掛け始めれば。思いの他穏やかになる心持ちに、再度驚く和奏である。 そんな広場に集う人々が、思い思いの形で願いを託す中。流れる星は、徐々にその光を小さくする。中天に向かって伸びていた軌跡も、急激な下降を見せはじめ、誰もがそのまま、宙に消えることを予測していたのだが。それは消える様子を見せずに地まで伸び。誰もが疑問符を浮かべる前に、轟音が地を這って響いていた。 「あらあら‥‥ 最後は綺麗というより、凄まじい打撃を見せたわね」 「何を暢気な! え、結構近そうだったけど、大丈夫なのかな?!」 カキ氷を一口飲み込んでから万理が呟けば、思わず実祝がそれに食って掛かるが。周りは既にそれ以上に、蜂の巣を突くような大騒ぎである。 「これは金、そしてその先に女の匂いがぷんぷんするぜ!」 喪越が自信ありげに目を光らせば、傀儡師も良い笑みを浮かべてそれに乗る。顔を見合わせた二人が龍を迎えに厩舎へ向かえば、それに続く野次馬と、それを押さえようとする良識ある人も、結局止めきれずに流され始める。だが一足早く人の流れを誘導しようとするものが連携を取れば、結局大した混乱は起きなかったのだが。先ほどまで賑やかに祭りが繰り広げられていた広場には、もうほとんど人は残っていなかった。 「‥‥何とも、予想外な展開ね」 彗星とも流星群とも違う姿を見せたそれは、最後まで異なる演出をしてみせた。わずか数十秒とはいえ、中々に興が乗る見世物で、気の利いた終わり方だったとは思う。‥‥それが納得できるかは少し別であったようだが。 呆気に取られるのは朱麓も同じだった。 「これで願いが‥‥ 叶わないのかい?」 狼狽してみせる朱麓に、哲心は静かに問う。 「何だ、そんなに叶わないと困る願いなのか?」 だって、と途中まで出掛けた言葉を不意に止めると、何でもないと後ろを向いてしまう。 (「お前を守れる強さを願った、なんて。面と向かっていいいえるか!」) だが寸前、顔が火照っているのに気付いた哲心は、素早く朱麓の耳元に口を寄せると。 「ありがとう」 そう囁いて、だが朱麓の照れ隠しな反撃が飛ぶ前に、笑みを浮かべながら離れていた。 「願いは叶いそうかな?」 櫓の上には西渦に将虎、そしてからすが静かに佇んでいた。辺りが静かになっても手を合わせ続けていた将虎が、漸くその目を開ければ。それを穏やかな表情で見ていたからすが静かに問う。 どうかしら、と困った表情を見せる将虎が、逆にあなた様はと問えば。将虎の困ったような、だが確かに笑みを浮かべた顔を見ると。 「もう既に叶っているよ」 子らが笑顔で楽しんでいる時でありさえすればな、と微かに笑みを浮かべて応えるからすだった。 ●後片付け 「次は十年後って話だけど‥‥ またこうやって、楽しくお迎えできると良いわね」 まとめた資料を抱えながら西渦が屋台村を通りかかれば。数人残ったものが、辺りの掃除を始めていた。 「お星様きれいだったよね! なのにお星様が下を見たとき、ゴミがあったら笑われちゃうのです」 尋ねた西渦に、胸を張って答えた神楽は、だがそこで大きくお腹を鳴らすと、顔を赤らめ俯いてしまう。 「そっか、そうよね。うん、私も手伝うから、早く終わらせてサクラに行こうか?」 市香さん、腕によりをかけて用意してくれてるわよ、と西渦が笑顔を見せれば。上目遣いでそれを見た神楽も、まだ恥ずかしそうだが笑顔に戻り。 「ねえ、サクラって難しい?」 「うーん‥‥ そうね。慌てないことと、おいしくいただくことを忘れなければ、多分大丈夫よ?」 西渦の答えが正しいとも、神楽が正しくそれを理解したとも思えなかったが。それが楽しい思い出になるだろう事は、疑いようがなかった。 |