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■オープニング本文 開拓者ギルドの同心である東湖(iz0073)が、西渦(iz0072)向けという依頼を回されてみれば。受付には隊商の若旦那である調(iz0121)が、相変わらずの人の良い笑顔で待ち構えていた。 「今日はですね、卵を産みそうな龍を紹介して欲しいんです」 良かったと安堵しながら調が告げる依頼は、備えていたつもりでも予想を上回る突拍子の無さ。驚けばいいのか、脱力すればいいのか‥‥ やはりここは流石姉向けと納得するところだろうか? 「えーと‥‥ あれ、でも龍って卵を産むんでしたっけ?」 反応に困る東湖だったが、思い付いた疑問が口を突く。基本的に龍は余所から捕まえてくるはずで、そういえば東湖自身、ギルドに集められた龍には乗ったことこそあるものの、卵生かどうかという詳しいところは分からなかった。その疑問に説明が足りなかったことに気付くと、調はあっさりとその先を続ける。 「違います、龍の卵を入手したい訳ではないんです。まあ、温める振りくらいはしてくれる、器量の良さは欲しいところですけどね」 ああ、番いの振りまでしてくれれば完璧ですね、と調はその思いつきに満足げに頷いていたが。東湖は全くさっぱり要領を得ずに瞬きするしかなかった。 「知り合いの方が『龍の卵なら食べる』と言い出したのですが、どうもそれが目的では無い様なのです」 そもそも食が細いことに加えて、根っからの卵嫌い。滋養のあるものをと、鶉の卵をずっと生で出されていたという不幸な経緯がそうさせたとか。 「周りの人に話を聞いてみれば、開拓者一行に会って色々話を聞いた辺りから、思い煩うことが多くなったということらしいんです」 調が一旦話を区切って見やると、東湖も合点がいったと頷いてみせる。 「じゃあ龍と開拓者、一緒に当たって貰った方が良いでしょうね。ギルドの厩舎にその方をお招きすれば良いのでしょう?」 早速考えをまとめながら依頼書に向かおうとする東湖に、調はやんわり違いますと答える。 「折角の機会ですから、秘境まで卵を取りに行って、そこで美味しい卵料理でも食べていただこうかと思いまして。勿論開拓者の皆さんには先行していただいて、私達は飛空船でのんびりと向かわせていただきますけどね?」 ま、分かって言っている我儘みたいですけどね、だからこそ驚かせてあげたいじゃないですか、と調はいたずらっぽい笑みを浮かべる。 「それはそうかも‥‥」 その発想誰かに似ていると、苦笑を浮かべつつもそれに乗ってしまう東湖を見て。調も、やはり西渦さんの妹だと内心苦笑していたとか。 |
■参加者一覧
赤マント(ia3521)
14歳・女・泰
神鷹 弦一郎(ia5349)
24歳・男・弓
からす(ia6525)
13歳・女・弓
一心(ia8409)
20歳・男・弓
夏 麗華(ia9430)
27歳・女・泰
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
将門(ib1770)
25歳・男・サ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●物資と演出 開拓者ギルドの一画、相談室に集った一行は、簡単に挨拶を交わすと早速各々、手分けして作業に入る。 「大きさは両の手のひらに乗るくらい。手触りにも拘りたいが、出来るだろうか?」 将門(ib1770)がその大きさを示しつつ、調と交渉を始めていた。 「その位の大きさなら、食べられるものも用意できるとは思いますが‥‥」 まあ、確かに割れたら一大事ですしね、と調も簡単に思い直す。 「ねえねえ、それ、赤く塗ってもらうことは出来るかな?」 うちのレッちゃん、赤いモノが大好きなんだよね、と赤マント(ia3521)が無邪気に尋ねれば。 「‥‥やっぱり実物見ながら、職人にも意見を聞いてもらった方が良さそうですね。石屋さんには話を通してありますので、詳しくはそちらで決めてきていただけますか?」 済まなそうに問う調であったが。それを聞いた将門と赤マントは顔を見合わせ頷くと、善は急げとそのまま部屋を飛び出す。 「やはり開拓先には洞窟が欠かせないと思うのだが如何?」 資料室から持ち出してきた地図を捲るからす(ia6525)が、同じように地図と格闘を始めた二人に問う。 「そうですね。あとは多少趣の異なった山林があると良いのですが‥‥ 少し難しいでしょうか?」 依頼人は朱藩の方でしたっけ、と尋ねるのは一心(ia8409)。多少離れた方が植生も変わって良いだろうが、あまり遠くへの長旅は疲れてしまうだろうか。 「魔の森は論外として‥‥ 泰国は流石に遠いし、地理も不案内ですよね」 南志島は海辺のリゾートだし‥‥などと可愛らしく唸りながらも物騒な台詞を呟く東湖だったが。 「そういえば‥‥ 鍾乳洞付きの山になら心当たりあるって言ってませんでしたか、調さん?」 以前の依頼書を引っ張り出しながら、奥で話をする調を呼ぶ。 「では、俺は忍犬を連れていくとしようか。猟犬がいた方が雰囲気も出るだろう」 皆の連れて行く朋友とその配役の希望を紙に書き出していたのは神鷹 弦一郎(ia5349)。威織も狩りは好きだしな、と一つ頷いてそれを書き足している。 「龍が四体に卵が二つなら丁度良いですね。でしたら、私は龍を連れて依頼人に同行するとしましょうか」 伝令や周囲の警戒にも備えられます、とはルエラ・ファールバルト(ia9645)の言。 「そうすると‥‥ 護衛は駿龍、忍犬、土偶ゴーレムが一体ずつ、と。麗華さんには朋友と一緒に残ってもらうとしても、調さんや東湖さんの朋友を出してもらう必要はないかな?」 随分賑やかな道中になりそうだ、と真顔で呟く弦一郎だったが。ルエラと顔を見合わせると楽しい道中になるといいなと笑みを浮かべる。 「なあなあ、どんな料理にするんだ? 卵ってすぐ分かる料理にするのか、それとも分からない料理にするのか?」 夏 麗華(ia9430)が持参の料理本を見ているのに気付くと、羽喰 琥珀(ib3263)が楽しくて仕方が無さそうに尻尾をピンと立てながら尋ねる。 「どちらも外れです。まずは卵っぽい食感に慣れてもらおうかと思っています」 にっこり微笑みながら答える麗華に、どぎまぎしながらも良く分からず首を傾げる琥珀。 「それは良いですね。私も同じ考えで一品参加させていただこうかと思ってました」 これを使っていただけませんか、と調が手のひらに乗せて差し出した物は、木の実のような種のようなもの。 「なるほど、これなら食が細い人でも大丈夫でしょうね」 さらに首を傾げる琥珀に、まずはこっそり耳打ちして種を教えると。それでもまだ不思議そうな顔のままの琥珀に、では早速試作と味見をお願いしましょうかと笑いかけ、他の材料を求めに店へ向かった。 ●龍巣への開拓、開始 一行は鍾乳洞までの下見を済ませると、軽く打ち合わせをして二手に分かれた。龍に乗った四人は、材料を抱えて所定の位置へ。残りの一行は飛空船に乗って、理穴の街を目指す。 「今日は皆様、わざわざありがとうございます」 調が引き合わせた依頼人は、将虎(しょうこ)と名乗る少女だった。一行を紹介されても物怖じする様子は無かったが、同じ年頃の琥珀や、以前に会った事がある麗華やからすを見るとそれでも肩の力が抜けた様。そして一緒にいるルエラの駿龍、絶地を見るなり顔を綻ばせて問う。 「この子が、卵を産むのですか?」 可愛らしい声で尋ねられたルエラと絶地は、何ともいえない様子で顔を見合わせてしまう。 「調さん、まさか‥‥」 「勿論、詳しい話はこれからです。さ、ともかく目的地に向かうとしましょう」 え? とそれを聞いて、二人の顔を見比べる将虎であったが。 「将虎っていうのか? よっろしくなー!」 気さくに声を掛ける琥珀に驚きながらも、はい、よろしくお願いしますとにこやかに頭を下げる間に。飛空船は目的地に向けて動き始めていた。 そこで初めて今回の開拓話を聞いた将虎は、まあ、と口を押さえて呟いたきり固まってしまった。 「だって調さん、全然‥‥ またこんな大事になってしまって‥‥」 どうしましょう、とうろたえ始める将虎に、無言でお茶を差し出すのは麗華の朋友、たいけんし君(7号)。 「まずは落ち着きなされ。ほれ、茶でも一杯どうじゃ?」 またしても固まる将虎に、土偶ゴーレムはにこりと笑うとその手を優しく取って湯飲みを渡す。 「そうそう。それに滅多に無い機会なんだ、楽しまないと損じゃねーかな?」 しばらく顔を伏せていた将虎だが、振り向いて頷く顔には笑みが戻っている。 「さてと。それでは詳しい内容を確認しておこうか。地衝、地図を持ってきてくれ」 からすの言に、その朋友である地衝が「承知仕った」と大きな紙筒を広げる。先ほど立ち寄った街から、直線が引かれた先に「龍巣」と赤字が書かれた印が一つ。 「私達の他、四名が既にこの山で龍を見張っている最中だ。飛空船で行けるのは麓まで、途中から歩きになるよ」 山道だけど大丈夫かなと悪戯っぽく尋ねれば。が、頑張りますと両手を握り締めて気負った返事をする将虎に、皆の笑い声が重なった。 「さて、と。巣はこんなものかな?」 赤マントがレッドキャップの巣を作り終えるとその場で眺めてみる。赤っぽい枝や葉っぱで作られたそれは、鳥の巣を目指した通りの出来ではあるが。居心地を考慮して下に敷いた赤い毛布は少々浮いている気がする。 (「‥‥ま、依頼人からは見えないだろうし、大丈夫だよね?」) レッちゃん! と朋友を呼んで一旦そこに落ち着かせると、大樹を飛び降り下から眺める赤マント。どうだとばかりに鳴くレッちゃんに、上出来だよと笑顔を返す。 「珂珀!」 地上から一心が呼びかけるが、それが本気で怒っていないのは分かるのだろう。のんびりとした鳴き声を返しつつも、空を優雅に飛ぶ駿龍は降りてくる気配が全くない。 仕方が無いか、思わず呟いた一心は、朋友と寄り添う将門と視線が合うと思わず苦笑を浮かべてしまう。 「恥ずかしいところを見られてしまったかな」 「まだ暫く時間はある、良いのではないか?」 それに本当に気持ち良さそうに飛んでいる、と将門が己の朋友の首を撫でて問えば、ミョウケンも一声軽く鳴く。と、そこに麓から飛ぶ影が一つ近付いてきた。全く翼を動かさないそれは、どうやら調の飛空船に備え付けられていた滑空艇。軽やかにそれを操り、麗華が降りてきた。 「弦一郎様も合流し、麓から一行が出発しましたので知らせに参りました。とてもゆっくりな道行ですから、あと二〜三時間は掛かると思います」 にこりと笑って告げる麗華は、乱れた髪に気付いて慌ててそれを手ぐしで直す。 「こっちの準備は万端だよ! 麗華さんは料理の方、大丈夫なの?」 滑空艇に興味津々の赤マントも、まずは状況確認。 「ええ。下拵えは終わりましたが、他の準備があるのですぐ戻ります。ですので赤マント様、滑空艇はその後で調様にお借りになってくださいね」 そうするよ、と笑顔で応えた赤マントは、朋友の呼ぶ声に好物の入る荷物を掴んで戻って行く。 「ルエラ殿が迎えに来たところで合流の手筈だったな。‥‥ふむ、少し通り道を確認しておくか」 来る際に書き付けた地図を見ながら、少々考え込む将門。 「ではミョウケンはしばらくここで待て。一心殿、ここは貴公に任せても良いだろうか?」 己の朋友と、その隣に寝そべる琥珀の朋友菫青を指して将門が問えば。そうしていただけると助かりますとの一心の応え。将門は枝払い用の鉈を手に取り、山道を降りていった。 ●卵を巡る攻防? ふんふん、と地面に鼻を付けて先頭を歩いていた威織が、その動きをぴたりと止めて前を見据えた。 「どうした、威織?」 朋友の挙動に、弓を手に取り辺りを見渡す弦一郎。将虎を除く一行の誰もがそれに続き、自然に得物に手を当て周囲を警戒する。 「どうかしまし」 振り向いたルエラがその口の前に指を立てると、将虎は驚きながらも息を潜める。だが茂みから飛び出してきた一行に抱えられ、しかもそのまま道を外れるに至っては、反応を見せる間も無く固まる他無く。茂みの直中でしゃがみ込んで手を離されても、暫くの間は目を白黒させるしかなかった様子。 「いきなりごめんね。落ち着いた?」 赤マントに問われれば、少々強張りながらも笑顔を返す将虎に感心する一行だったが。手早く自己紹介を済ませると、早速状況の確認である。 「このすぐ先に、紅龍の巣を見つけたんだ。でもちょっと警戒させてしまったみたいでね」 ほら、と指す空には、龍が辺りを警戒して円を描くように舞っているのが覗いて見える。 「何とか僕が誘き出すから、その間に巣から卵を取って来て欲しいんだ」 そんな危ないことを、とおろおろする将虎の手を握ると、にこりと笑って安心させる赤マント。 「大丈夫。龍を倒す必要は無いんだし、僕は逃げ足だって速いんだから」 おどけていう様子に思わず他の面々から笑いが零れれば、赤マントがそちらにむきになって食って掛かる。その様子に将虎の顔から漸く不安が薄まれば、それを確認した一行は紅龍の巣を目指して歩を進める。 立派な大樹に寄り添う赤マントが、ほとんどそのままの体勢から手の平を軽く打ちつける。ただそれだけなのに、木の天辺まで衝撃が突き抜け、一斉に葉が散り始めた。と同時に、大きく枝が分かれた木の又に盛り上がる、紅い塊。甲高い咆哮を宙に向けて放った紅龍は、不敵な笑みを浮かべた人間を木の根元に見つけると、その巨体に対してわずかな距離しかない地面に向かって、木の幹を蹴りつけて飛び掛る。 目を閉じるのも忘れてその光景を見続けた将虎は、だが龍が起こした風が静まった先に、全く無傷の赤マントが立っているのに気付いて驚いた。続けて赤マントへ打ちかかる紅龍は、その大きな体に似合わず俊敏な動きを見せているが。赤マントは軽くそれを上回る体捌きを見せ、当たると思った瞬間にも軽々と数メートルの距離を取って見せては涼しい顔をしている。業を煮やした紅龍が再度空に向かって咆哮を上げると、赤マントはこちらに合図をした上で反対側の茂みに飛び込む。それを追う紅龍は一旦上空まで飛び上がり、矢の様な急降下を見せて茂みに突っ込んだ。 「今のうちに。威織、巣まで駆け上がって卵を落とせ。将門さん、それを受け止めてもらえるか?」 弓を構えて茂みの先を警戒しながら指示を飛ばす弦一郎に、威織は軽々とその巨木を登りきって巣に飛び込む。ぴょこんと顔だけ見せた威織が、木の下に将門が辿り着いたのを確認すると、鼻面で紅い玉を巣から押し出した。 「せめてもう一個だ、威織! ‥‥どうした?」 きゅーんとだけ鳴き声を返す威織は、弦一郎に向かってその首を振って見せた。 「‥‥もう無いってことか?」 琥珀が首を傾げて問えば、その様だなと顔を曇らせる弦一郎。 「仕方が無いですね。一旦、先ほどの位置まで戻って策を練り直しましょう」 ルエラが告げれば、誰にも依存はなく。その場を素早く離れる一行であった。 「赤マントさん、ご無事でしょうか」 驚く将虎の脇で気付かれぬように表情を緩ませていた琥珀も、その一言を聞いて表情を改める。 「彼女も歴戦の兵、心配は要らないさ。あの素早さを見ただろう、そろそろ龍の縄張りも抜ける頃だ」 合流は麓になってしまうだろうがなと将虎には笑いかけながらも、地図に視線を戻したからすの表情は真剣だ。 「せめてあと二つは欲しいところですよね。‥‥行きますか、鍾乳洞」 仕方が無い、という風に溜め息を吐きつつ確認する一心の言に。将虎は思わず首を傾げていた。 「あまり長くは持ちません。出来る限り、手早くお願いします」 ルエラの言葉を耳にした将虎は声を掛けようとするが、大丈夫ですよと言われれば何も言えなくなってしまう。少し離れたところでルエラの乗った絶地が飛び上がり、上空を飛ぶ二体の龍を引き付けて山の更に奥へと飛び去るのを見届けると。見張りに弦一郎と威織が入口で待機する中、残る一行は洞窟の中へと進む。 「これが‥‥鍾乳洞?」 変哲も無い洞穴を進んで暫くすると、大きな空洞にぶつかる。辛うじて届く灯りの先には、天井からは氷柱のような、床にはそれを逆さにしたような石柱が所狭しと突き出ている。その不思議な光景に似合わぬ、何やらふいごの様な音がする方へ目を向ければ。白い透き通るような爪を縁にかけて眠る、大きな龍。 (「自分が行きます。琥珀、一緒に来てくれ」) 足音を忍ばせて巣に向かう二人。用心を重ねて巣に辿り着いた一心は、少し離れたところで待ち構える琥珀へ向かって無造作に卵を放る。 (「「え?」」) 思わず心の声もはもるほど、驚く琥珀と将虎。そしてそこに続け様に放られる龍の卵。 (「「わ、わわ!」」) 声も出せず、慌てて手を伸ばしては、お手玉してしまう琥珀。漸く二つを抱えたところで落としそうになる三つ目を、巣から戻ってきた一心が掴み上げると。その時、鍾乳洞の奥から突風が吹きつけると共に、龍の咆哮が響き渡る。 「菫青! っていや、外にいた奴か?!」 琥珀の声を聞きつけて突っ込んでくる龍との間に、割り込む黒い影。 「ここは拙者に任せるでござる! 貴殿は卵を」 地衝が漆黒の刃を構え、龍の爪を受け流す。からすも今の内にと皆に声を掛ければ、後ろ髪を引かれる思いの将虎は将門が抱えて出口を目指す。だが土偶ゴーレムと龍が刀と爪を打ち合わす剣戟が遠退く間も無く、すぐに別の龍の低い咆哮が追ってくる。 「一心殿!」 「心得てます!」 からすと一心が連携を取りながら、迫り来る龍に向かって矢を放つ。肩に担がれた将虎は、時折放たれる咆哮と炎に身を竦めながらも目を離せない一時が続く。そして不意に洞窟を抜けると、今度は上空で空中戦を繰り広げる、ルエラともう一体の龍。洞窟からは一行を追ってきた一体、更に洞窟内で地衝が食い止めていたはずの一体もどこから出て来たのか、ばさりと空に舞い上がる。 「誰か、卵を一つ放ってください!」 遠くで叫んだルエラが弧を描きながら一行に向かって急降下してくる。慌てながらも指示に従い、真っ直ぐ上に放り投げられた卵を掻っ攫うルエラは、それを他の龍に見せ付けるように差し出しながら一転急上昇を始める。咆哮を上げながら追いすがる三体の龍は、だがルエラが手に持ったそれを振りかぶって明後日の方向へ投げ飛ばせば。迷う素振りすら見せず、卵に飛びつくようにそれを追って離れていった。ルエラも一行に合図を送りつつ、そのまま空を上昇する。上空の雲を抜けてから麓に戻るつもりだろう。 「‥‥何とか、撒けたということでしょうか」 構えていた弓を下ろしつつ、息を吐く一心。 「だが、このまま山を降りてしまった方が良いだろうな。‥‥皆、怪我は無いか?」 威織を斥候に出しつつ、皆に声を掛ける弦一郎。む、そういえば一人足りないようだが、とからすに問うたところで、洞窟からひょっこりと出てくる地衝。 「いやはや、危なかったでござる」 何とも暢気な物言いは、皆の肩の力を抜くのに一役買ったようである。 ●山の麓での食事 上空に飛空船を係留したままの麓まで戻ってくると、辺りには甘い香りが漂っていた。即席にしては立派な石造りの竈が幾つか並び、倒木を利用して作ったらしい机と椅子まで用意されている。そしてその竈ではフライパンを使って薄く卵を焼き上げる麗華と、それに何かを包んでぱくつく、赤マントとルエラの姿。 「やはり牛乳と小麦粉を加えたほうが、しっとりと焼き上がるようですね」 竹串で焼き上げたそれを器用に剥がして大皿に移しつつも、少し残った切れ端を口に運んでは寸評する麗華。 「枝豆の餡子もおいしい! 最初見たとき、この緑色なのはどうかなって思ったんだけど!」 赤マントの正直な感想にルエラは苦笑しつつも、異論は無さそうである。 「おや、皆様。おかえりなさいませですじゃ。手筈通りに卵は手に入れられましたのかな?」 気付いたたいけんし君(7号)が朗らかに問うが、何やら雰囲気がおかしい。竈にいた三人もその様子に気付いて近付けば、将虎が開口一番、頭を下げて謝る。 「お二人にはとても危ない目に遭って頂いたのに、ご相談もせずに申し訳ありません。ですが、どうしてもあの卵を持ち帰ってくる気にはなれなくて‥‥」 どういうこと?、と赤マントが問うても、将虎は頭を下げたまま。何やらふるふると体を震わせているのは、怒られるとでも思っているのだろう。 「その、な。龍があれほど必死に奪い返しに来た卵を、俺たちで食べてしまうのは如何なものかと言い出されてな」 なるべく柔らかく言おうとする将門だが、どうも将虎はそう受け取れなかったらしい。 「俺もさ、あんまり気にしなくて良いんじゃねーかって言ったんだけどさ」 琥珀の言葉に、だってと掴みかかる将虎の顔には、涙が溢れかけている。責めてるわけじゃねーよと慌てる琥珀を、それでも将虎は睨みつけるのみ。 他の面々と顔を合わせて事態を把握する麓の三人。どうやら龍を含めて、その演技が迫真過ぎたということだろうか。悪乗りしすぎましたかね、と一心やからすの呟きから察するに、相当刺激が強く、またそれゆえに将虎も強情に反対することになったのだろう。だがその様子を見て、肩の力を抜いたのは麓の三人もどうやら同じ。 「そういうことなら、良いんじゃないかな。僕もあの紅龍とは、強敵と書いて友と呼べるくらいには分かり合えたから、ちょっと気にはなっていたんだ!」 それを聞いて少し落ち着く将虎だが、すぐに考えなしの依頼をしてしまい、と沈みかけるのを宥め始める赤マントと琥珀。 (「実は私たち、卵割るところを見たいって言われたらどうしましょうかと、頭を悩ませていたのですよ」) ルエラが山から下りてきた一行にそっと近寄り、小さな声で呟く。 (「‥‥なるほど。それで先に料理を始めていて気を逸らそうと?」) 確かにそれは盲点だったと、一心は瞬き、将門と弦一郎も顔を見合わせ苦笑う。 「そういうことなら、まずは麗華殿の料理をありがたくいただきましょう。地衝、冷茶の用意を」 からすが告げれば、御意でござると一礼して荷物を取りに向かう。 「では皆様は、この薄皮に餡子を巻いて召し上がってください。粒餡漉し餡の他、胡麻やうぐいすも用意しておりますのでお好みに合わせてどうぞ」 皿に盛り付けたそれらをたいけんし君(7号)に運ばせつつ、将虎の前には小さな器にふるふると震える白いもの。 「将虎様はまずそちらをどうぞ。杏仁豆腐と申しまして、杏の種に牛乳を加えて作ったお菓子です。まずは卵の口当たりに慣れていただいてから、他の料理を試して貰おうと思っています」 続いて取り出す、花のめしべで黄色く染めた豆腐。何事が始まるのか皆も期待に胸を膨らませつつ、和やかな食事が始まった。 |