【踏破】古びた手記
マスター名:機月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/25 01:54



■オープニング本文

●魔の島と嵐の壁
 ここに来て、開拓計画は多くのトラブルに見舞われた。
 新大陸を目指す航路上に位置していた魔の島、ここを攻略するには明らかに不足している戦力、偵察に出かけたまま行方不明になってしまった黒井奈那介。
 やらねばならない事は山積だ。
「ふうむ。なるほどのう‥‥」
 風信機から聞こえてくる大伴定家の声が、心なしか弾んでいるように聞こえた。
「それで、開拓者ギルドの力を借りたいという訳じゃな?」
「えぇ。朝廷には十分な戦力がありません。鬼咲島攻略も、黒井殿の捜索も、開拓者の皆さまにお願いすることになろうかと存じます」
「ふむ。ふむ‥‥開門の宝珠も見つかり始めたとあってはいよいよ真実味を帯びて参ったしのう」
 大きく頷き、彼はにこりと表情を緩めた。
「宜しかろう。朝廷が動いて、我らが動かぬとあっては開拓者ギルドの名が廃るというものじゃ。新大陸を目指して冒険に出てこその開拓者と我らギルドじゃ。安心めされよ。一殿、我らギルドは全面的に協力して参りますぞ」
「ご英断に感謝致します‥‥」
 少女の頭が小さく垂れる。
 当面の障害はキキリニシオクの撃破。
 そしておそらく、嵐の門には「魔戦獣」と呼ばれる敵が潜んでいる筈だ。過去、これまでに開かれた嵐の壁にも総じて現われた強力な敵――彼等はアヤカシとも違い、まるで一定の縄張りを、テリトリーを守るかのように立ちはだかるのだ。
 計画は、二次段階へ移行しつつあった――

●情報を携えて
「全く。あなたも大概、物好きよね」
 部下に指示を出し続ける調(iz0121)を見つけると、西渦(iz0072)は近寄って声を掛けた。一時的にしろ、開拓者ギルドの保障が付くにしろ、魔の島へ向かう船団に自前の大型飛空船を供出したと聞いては呆れるしかない。
「いえいえ、ちゃんと理と利を検討した結果です。隊商はしばらく動かせませんし、けどそのまま船を遊ばせるのは勿体無い。興志王が船団を率いて先に向かっているというなら安心だし、その上船員が経験を積めるというなら願ったり叶ったり」
 まだまだ指を折りつつ数え上げようとする調の様子には、西渦も苦笑しながら分かったわよと答えるしかない。
「それに信頼してますからね、開拓者の皆さんの腕と」
 担当になった西渦さんの悪運にもね、という最後の一言だけは胸の内で零すに留め。少々不審げな西渦には掛けた依頼の内容や資料庫から引っ張り出してきたという手記の話を聞きつつ、巧く誤魔化した調であった。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
桔梗(ia0439
18歳・男・巫
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
モハメド・アルハムディ(ib1210
18歳・男・吟
伏見 笙善(ib1365
22歳・男・志
五十君 晴臣(ib1730
21歳・男・陰
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ
久悠(ib2432
28歳・女・弓


■リプレイ本文

●時々雷
「やってきましたよ鬼咲島! ん〜、わくわくしちゃうっ」
 飛空船を降りて開口一番、モユラ(ib1999)の口から快哉が飛び出した。駐屯地には中型の飛空船が所狭しと並んでおり、しかも上空には超大型飛空船「赤光」がその威容を誇る。そして駐屯地の外側に目を向ければ、明らかに植生が異なるモノがこれでもかという具合に溢れていた。
「ラ、いけませんよ、モユラさん。危ないのは勿論、するべき事を終えてからでなくてはね」
 その仕草を微笑ましいとは思いつつ、今にも飛び出しそうなモユラの襟首を掴んでモハメド・アルハムディ(ib1210)が諭す。
「まずは甲板の応急処置からだな。モユラ殿も、ここから帰れぬというのは流石に困るだろう?」
 後に続く久悠(ib2432)も、飛空船を振り仰ぎながら釘を刺す。鬼咲島が見えてきたところで、数こそわずかであったがアヤカシの襲撃を受けていた。人的被害が無かったのは幸いだが、甲板には小雷蛇の激突により幾つか穴が開いてしまっている。
「久悠さん、飛空船は船員と傭兵の皆様でなんとかしてくれるそうです‥‥」
 振り返れば残りの一行が、様々な道具を持って降りてくるところだった。告げる柊沢 霞澄(ia0067)も治療道具を詰めた包みを背負い、準備万端といった風情。
「じゃあ、最初の予定通りのままってことで。えと‥‥?」
 首を傾げるブラッディ・D(ia6200)に、桔梗(ia0439)が助け舟を出す。
「船団への挨拶、水場の確認、それから伝達手段の準備、かな。俺と久悠で挨拶に。水場へは‥‥」
 はいはーいと手を上げるモユラに、皆顔を綻ばせつつ。それぞれの分担にしたがって準備を始める一行だった。

●水入り
 駐屯地は強引に着陸した大型飛空船と中型飛空船八隻を核として、凡そ直径二百メートルほどの広場が確保されていた。数日遅れてその南端に着陸した飛空船より、一旦二手に分かれて行動を開始する。

「ふーむ、やはり川には誰も近付いてないみたいですねー。魔の森だからって、皆さん遠慮してるんでしょーか?」
 先頭を歩く伏見 笙善(ib1365)の口調は軽いが、その視線は油断なく辺りを見回している。
(「人が通った痕跡は無いか。‥‥何か事情がありそうだが」)
 そこまで考えた五十君 晴臣(ib1730)だったが、自分と笙善の間を目を輝かせて行き来するモユラに苦笑を漏らすと、同意を求めるように後ろを向いて声を掛ける。
「そんな離れていないで。モユラが危なっかしいんだ、一緒にいてもらえないかな?」
 何となく詰まらなそうに歩いていたブラッディは、晴臣の言葉にバツが悪そうな表情を浮かべるが。
「‥‥ま、そこまで言うなら、な。よーし、よろしくしてやろうじゃないの」
 つかつかとモユラの傍まで歩み寄ると、その頭をぐしゃぐしゃと撫でまくる。
「ほら、何いちゃついてるんですかー。早く来ないと置いてきますよー?」
 ああ、他の皆さんに言い触らすとかの方が面白いですかねー、とにやりと笑う笙善に、そんなんじゃないと食って掛かるモユラとブラッディ。見事にハモッたその抗議に、晴臣は一人軽やかに笑い声を上げてしまった。

「この広さを俺達だけで護るのは、難しい‥‥から。お互いに、協力して事に当たれないだろうか」
 駐屯地の地上詰め所に顔を出した一行は、ギルド職員から受け取った古い手記を取り出し、想定されるアヤカシの襲撃に対する共闘を申し入れていた。頭を下げようとする桔梗を、調査船団『朱』の面々は慌てて止める。
「開拓者の手腕は昨日も十分見せてもらったよ。それを断るなんて、罰当たりにも程があるってな」
 そういって笑った壮年の男は、激戦の跡が残る装備のままでいるものの、仕草に疲れは露ほども見せない。まずは開拓者側の提案を聞くと、どれも尤もと頷き、了承の意を示した。
「鳴子笛は早速、甲板に上がっている見張りに配らせてもらおう。それに相手が兎に狐というなら、確かに草を刈って死角を減らすというのも有効だな‥‥」
 問題は防火の方かと呟く男は、顔を見合わせる一行にその訳を問えば。
「ナァム、川は空から見えましたからね。アーニー、私の仲間たちが早速調査に向かっていますよ」
 モハメドが事も無げに告げれば、男は思わず目を白黒させる。何か言いたそうであったが気を使ったのか、まあそういうことならなどと呟いて、その件には触れないことにしたらしい。
「その、手当てが必要な方はおいでではないですか‥‥? 薬草も準備してまいりましたし、解毒の心得もあります‥‥」
 霞澄が遠慮がちに声を掛ければ、これ幸いとその話題に食い付いた。
「おお、どうやら瘴気にあてられたっぽい奴が出ていてな。見てもらえると助かる」
 桔梗と霞澄、二人の巫女に視線で了解を得ると、早速皆を傷病者用の陣屋へ連れて行く。

 魔の森を進む一行は、水面が光るのを見て取ると慎重に身を隠し、まずは式による偵察を行う。
「魚は特に見当たらないが‥‥ 妙だな」
 白い隼を模した式を通して、空から水面を見渡す晴臣が目を開いて呟いた。
「水の中も‥‥ うん、生き物の気配は見事に無いね!」
 視界がモヤモヤすると唸るモユラは、魚を模した式にて水中を探っていたところだった。
「何だ、そのはっきりしねえの。気になるモンがあるなら、はっきりいってくれよ?」
 ブラッディの様子に、笙善も頷いて、そのまま無言で先を促せば。躊躇いはするものの、晴臣はすぐに気を取り直す。何やら木材が浮んでいると聞けば、二人は不思議そうに顔を見合わせてから意見する。
「‥‥一応、川なんだ。木の枝の一つや二つ」
「そうそう。それに少なからず、飛空船とか黒井殿の滑空艇とか、この騒ぎで島にはそーいうのも降っただろうし」
 ならあれか、近くに黒井殿がいるのか、と盛り上がりかけるブラッディと笙善に、首を振って答える晴臣とモユラ。
「いえ、どう考えてもあれは角材の類。枝とかいった自然物ではないし、だからと言って建材の類とも思えない」
「うん。炭って感じじゃないけど何か真っ黒で、大きさもこれくらいしかないの」
 と顔の前に両手を立てて示す大きさは、せいぜい十センチ程度。
「それだけ小物なら。まずはこいつで様子見が正解じゃないかな、っと」
 もしかしたら使いどころがないかなーとは思ってたんですけど、などと笑いながら。笙善は抱えていた荷物を地に広げると、ごろりと焙烙玉が零れた。

●黒氷雨が降る夜
 焙烙玉の一撃を受けた木片は、それでも擬態を解いて空に浮んで見せたものの。それを確認するなり間髪入れずに投げ込まれた二投目によって殲滅させられていた。そもそも数は多く、その小ささ故のすばしっこさを見せてはいたのだが。範囲攻撃という武器の選択と、相手を逃さぬ包囲を完璧に連携して見せた、一行の完全勝利と言えるだろう。
 一方、船に残った一行も、着々と準備を進めていた。各飛空船とは呼子笛を配りつつ顔合わせを済ませ、予定や合図を確認する。飛空船側でも最低限の草刈を始め、防火対策には道具は勿論、必要があれば声を掛けてくれと概ね好意的な関係を築くことが出来ていた。瘴気汚染には解毒も解術の法も効きはしなかったが、巫女の治療を受けられたということで随分安心はしたようでもある。

 そして急いで掘られた貯水用の穴に水を溜め込み終えた頃には、既にとっぷり日も暮れていた。
「準備が済んだのは良いことですが。ラーキン、しかしこの先は長丁場。少し休憩を取っておくべきだったでしょうか‥‥」
「あたいは二日や三日、寝られないくらい何とも無いよ!」
 心配顔のモハメドに、えへんと胸を張るモユラ。その二人の様子に、残りの一行は思わず顔を見合わてしまったが。
「ま、先のことは心配してもしょうがねえだろ。まずはこの夜を無事に越えるためにも、入りすぎた肩の力、抜いとかなきゃな」
 わざとらしく諭す風のブラッディの仕草に、今度は笑いが被さる。そんな中、霞澄は陣屋で治療をした時に聞いた話を、ふと思い出していた。
(「夢の話とおっしゃっていましたが‥‥ 獣というのが気に掛かります‥‥」)

「夢の話、なのだろう?」
 その話を聞いた晴臣は、思わず瞬きをしながら聞き返していた。怪我の治療時に桔梗と久悠が聞いた話を、その場にいなかった晴臣と笙善が聞かされていたところだった。曰く、駐屯地の中で数名、大きな獣に体を押さえつけられる夢を見たものがいるのだという。
「暗くて大きさや形は良く分からないが、大きな満月のような金色の目が確かに自分を見下ろしていたと」
 そして確かに自分を見て笑ったということらしい、と久悠が語る。
「瘴気汚染の影響という可能性は?」
 問いかけながらも、晴臣は己の知識にそのような症状が無いことにすぐ辿り着く。桔梗もそれを見越せば、ただ首を横に振るのみ。
「うーん、アヤカシに人の恐怖を好むモノがいるとは聞いたことがありますが‥‥」
 これは気を引き締めた方が良いですねー、と一人頷いた笙善は。何か、か細い音を聞いていた。
(「これ、は‥‥子猫?」)
 桔梗は聞こえた音の異常さに気付いたときには、既に強烈な脱力感に襲われていた。必死に体の芯に力を集める最中、隣で笙善が唐突に倒れる。
(「耳から聞こえたんじゃ‥‥ない。意識に直接‥‥ それに、これは催眠!」)
 笙善の倒れる音と衝撃に意識を集中し、偽りの感覚を凌ぎきった桔梗は、駆け寄る二人を手で制す。
「気を付けて。近くにいる‥‥」
 周囲を警戒しながらも、笙善に近付き、解術の法を唱える桔梗。その視線の片隅に、二メートルはある巨大な獣が、一匹、二匹。真っ黒い毛皮を纏ったそれは、確かににやりと笑って見せると、素早く体を翻して森の奥に消えてしまった。

●所により火の粉
 欠伸をかみ殺したモユラは、それに気付いてにやりと笑うブラッディを軽く睨みつけてから生い茂る魔の森へと視線を向ける。
(「もう少し、森の奥に行ってみたかったな‥‥ って、あれ?」)
 森の奥を、しなやかな何かが横切った気がしたモユラが、目を擦ってからそちらを見直せば。確かに何やら、がさごそと茂みが動いている。視線をそのまま、傍にいるはずの仲間を掴んで、その先を指して見せれば。何もかも了解した一行は、得物を構えて臨戦態勢を取る。
「「「「‥‥え?」」」」
 だがさして間も無く見せた姿に、一行は思わず間の抜けた声を上げていた。茂みをぴょこんと飛び越えて現れたそれは、ふかふかの茶色い毛皮を身に纏い、そして長い長い耳を垂らしている。パッと見、可愛らしい兎に見えなくもないのだが。全長二メートルにも及ぶ巨体は、あまりの非常識さに思考が一旦停止するほど。そしてそのわずかな間に、後ろの茂みからは次々とその兎らしきモノが飛び出してくる。
「ふ、ふえ、笛!」
 慌てるモユラの呼びかけに、呼子笛を慌てて取り出す霞澄。
「その、その‥‥ 何回、鳴らしましょうか?!」
 アヤカシ出現なら一回、増援要請なら二回の取り決めは、既に駐屯地には周知の事実。
「たかが兎だろ。十匹や二十匹に笛二回はねえよなぁ。‥‥うん、さっきまではそう思ってた。わりぃ」
 柄にも無く謝るブラッディのこめかみを冷や汗が伝う。既に十匹を越えてまだ増え続ける兎に表情は全く無く、ただ限りない殺意のみを漲らせており。霞澄が続けて二回の笛を鳴らすと、その視線を一斉に開拓者に向け。それがそのまま戦端を開く合図となった。

 その兎たちは、全くと言って良いほど、唐突にばらばらと動き始めた。直接一行に向かってきたのはわずかに二体、対して先手を取ったのはブラッディ。一瞬でその懐に飛び込むと、両者の勢いを利用した斬撃が一刀の元に兎を瘴気へと返す。
「へっ、びびって損し‥‥?!」
 だが次の瞬間、その奥に並ぶ兎の視線が向けば、兎の眼前に小さな火の粉が現れる。そしてそれはぽぽぽぽと気の抜けた音を発しながらであったが、一斉にブラッディに向かって放たれていた。慌てて気を籠めて地を踏み抜き、間合いを取るブラッディ。だがさらに続けて、今度はその身に炎を纏った兎が、巨大は火の玉となって飛び掛っていた。

「笛か? ‥‥どうする?」
 久悠の言葉に、だが誰も躊躇せずに顔を見合わせ頷くと、一斉に発信源へと走り出す。
(「それはそうだ。向こうの危機を片付けて、さっさと黒狐の情報も共有しておかないとな」)
 だが注意が一方に寄るのは拙いと、懐から出した呼子笛をこちらは一回鳴らしてから、冷静にその後を追う久悠だった。

●朗報届いて
「どうやら、性質の悪いのに引っ掛からずに済んだみてえだな」
 昨晩の顛末を聞いて、駐屯地の詰め所に降りてきた興志王はからからと笑う。結局、飛空船二隻を舞台とした大立ち回りにはなってしまったが、速やかな連携と入念な準備が功を奏して損害は極軽微。準備無しで対していたことを考えると背筋が凍る想いがするのは誰もが同じであり、未知のアヤカシの情報が手に入った事も手伝ってか、駐屯地には大金星といってよい雰囲気が流れていた。
「ま、後はこれで黒井の奴が見つかれば万々歳なんだがなぁ」
 このままだと増援が必要か、と思わず呟いてしまう興志王であったが。探索隊から黒井発見の報が飛び込んでくるのは、そのすぐ後のことであった。