|
■オープニング本文 「あ、西渦さん、丁度良いところに! ちょっと聞いてよ、酷いんだよ!」 肌寒い秋雨が数日ぶりに止んだところを見計らい、西渦(iz0072)が馴染みの氷屋に手土産を持って訪れると。丁度憤って席を立ったらしい実祝(iz0120)が、それに気付いて目の前の少年から矛先を変えようとした。だが一拍置いて瞬きをした西渦は、とりあえず奥から顔を出した女性に声を掛けた。 「市香さん、お湯を沸かしてもらえる? それから、出来れば白磁の茶碗が人数分‥‥ え、ティーセットがあるの?」 じゃあそれをお願いと、水場から顔を出した実祝の姉に告げると。西渦はテーブルに着いている二人に向かって、珈琲って飲んだことあるかなと、笑みさえ浮かべて切り返す。 「えっと、ないです、けど‥‥」 思わず口篭った実祝に、その向かいで腰を上げかけていた少年は思わず吹き出しそうになり、慌てて視線を逸らすのだった。 実祝が巡(めぐり)と紹介した少年とは、お互い顔見知りだった。そういえばもう新栗の季節ねと感慨深そうに呟く西渦に、思わず机に突っ伏してしまう実祝。 「そうじゃなくて! 重要なのは巡君の家でお祭りをしていないってことなの!」 冬葛(ふゆかずら)の横暴許すまじ、と気炎を上げる実祝に代わって、巡が事の次第を説明する。 「実家の大曲(おおまがり)ではこの時期、隣の氏族から神輿を借りて集落を回ることになっているんです。それが今年は神輿を貸し出して貰えなくて、お祭り自体出来なかったみたいなんです」 西渦のまだ不思議そうな表情に気付くと、罰が悪そうに巡が続ける。 「理穴の奏生で『豊穣感謝祭』という大きな市があるのですが、そこに出す農作物を集める意味もあるんです。今年は梅雨時に長雨が続いたとか真夏に雪が降ったとか、あまり収穫が良くなかったというのも本当なのですが‥‥」 「『験が悪い』とか馬鹿にして! そういうのを精霊様に祓ってもらうのもお祭りの役目じゃない!」 今年は柚子酒を仕込もうかって話もしていたしねぇ、と気楽に突っ込みを入れる市香に、そういう問題じゃないと噛み付く実祝。 (「こちらにも去年から柚子を卸させて貰っていたんですけどね」) こっそりと呟く巡を睨みつけて、だからそういう事じゃないんだってばと実祝は頬を膨らませる。 「なんだ。そんな事なら、実祝が仕切れば良いじゃない」 あっけらかんと西渦が言い放てば、一瞬店は静まり返る。 「だって貴女、巫女なんでしょ? 丁度良い機会じゃない」 「え、っと? ‥‥お神輿はどうするの?」 思考が空回りしている様子ながら、何とか思いついた質問を口に出してみる実祝。 「酒樽神輿って知らない? 社の代わりに天儀酒の樽を担いで回るの。‥‥うん、お酒の神様なら縁起も良いし、お清めにも都合が良いんじゃないかしら」 機嫌良く頷く西渦に、申し訳無さそうに口を挟むのは巡少年。 「あの、お祭りはやっぱり色々大変です。人手も必要ですし、農作物を売るにも手立てがないですし‥‥」 儲けが出ないのが分かっている冬葛の言い分も分かるんです、とだんだん小さくなる声も、西渦は笑い飛ばしてみせる。 「そんなの、調さん頼りなさいよ! 人手はほら、私、というか開拓者に任せれば良いから」 理穴の秋を見せて欲しいって依頼、丁度受けているのよね、と胸を張る。懐からその覚書を出して見せると、それを食い入るように見つめる二人を満足げに眺めつつ、香りの良い珈琲を味わう西渦だった。 |
■参加者一覧
海神 江流(ia0800)
28歳・男・志
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
燐瀬 葉(ia7653)
17歳・女・巫
朱鳳院 龍影(ib3148)
25歳・女・弓
万里子(ib3223)
12歳・男・シ
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
色 愛(ib3722)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●お祭り前日 必要なものは全て調を通して手配が済んでおり、当日現地で受け取ることになっていた。それでも相談や準備といったものは尽きず、一行は今日も開拓者ギルドの相談室に集まっていた。 「チラシは配ってもらったし、お土産の準備も大丈夫っと。‥‥樽も、大きい方が見栄えが良いもんね?」 手帳の書き込みに印を付けながら確認していた万里子(ib3223)が、後ろから覗き込んだ朱鳳院 龍影(ib3148)を振り返って問う。 「ふむ。大中小といわれても、大した違いは無かったのじゃろう? 大は小を兼ねるしの、見栄えが良ければめでたさも増すというものじゃ」 軽く考えた風の龍影が頷いて見せると、その大きく豊かな胸が見事に揺れる。‥‥とても説得力があった。 「え、そうなん? そやったら、明日のお弁当はお稲荷さんにしとこか?」 お供え物にもええやろしと、実祝を相手に燐瀬 葉(ia7653)は笑みを浮かべて応えていた。最初の打ち合わせで、まだ神楽舞を覚えていないと罰が悪そうに答えた実祝には苦笑するしかなかったが。 「神楽鈴は借りれたんや。将虎ちゃん、っていうの? そのお姫様と一緒に、練習すれば良いんやないかな」 お願いしますと神妙に頭を下げる実祝に、そんな心算はないんよと慌てて飛びつく葉。だが二人はそこで顔を見合わせると思わず吹き出し、そのまま笑い転げてしまうのだった。 「悪い、遅くなった。って、凄い数だな」 腕に法被と、何やら甘い香りのする紙袋を抱えて飛び込んできた滝月 玲(ia1409)が、机に並べられた竹筒と玩具の数々に驚いて声を上げた。 「酒樽を担いで周るんだ、やはり甘酒は外せないだろう。‥‥まあ、皆考えることは同じらしいな」 飄々とした顔で劉 星晶(ib3478)が答えれば、海神 江流(ia0800)も感心しながら相槌を打つ。 「これなら子供たち以外、お酒を飲めない人たちにも行き渡るでしょう。しかしそれ以外の玩具も凄い数を用意したものですね、星晶さん?」 一個しかないお面は喧嘩になっちゃうかも知れませんねとは答えつつ、玲にもにこやかな笑顔を向けて尋ねる江流。 「それがこの前言っていた?」 「ああ、試作品さ。一応、見ておいて貰おうと思ってな」 (「子供に優しい男は好きなのよね。でも、今回は‥‥」) 見事な細工に、他の面々の視線が集まる中。色 愛(ib3722)は江流の袖を引くと、不必要にその耳元まで口を寄せて、敢えて皆に聞こえるように囁く。 「海神様。明日、村人の前で披露する舞い。もう一度、事前に合わせておきませんか?」 愛は実祝や葉まで見惚れさせつつ。満更そうでもない江流を引きつれると、艶やかな笑みを残して奥の部屋に引っ込んだ。 「えるとさらんには、もう一度落ち合う場所を確認しておきたかったんだけど‥‥」 「何、ギルド内で出来ることなど高が知れておる。すぐ戻ってくるじゃろ」 平然と答える龍影の言葉に、不意に顔を真っ赤にさせるものもいたのだが。お互いそれを指摘するのは避け、とりあえず笑って場を和ませる一行だった。 ●出発準備 開拓者一行では身長差がありすぎて、担ぎ手の人数が揃ったことにはならなかった。そこで取ったのが、周囲の小さな集落へ祭りの開催を知らせると共に、振る舞い酒を条件に担ぎ手を募集するという策。これは大当たりで、収穫を終えて力を有り余らせた若い衆が、向かう先々で手薬煉を引いて待ち構えているらしい。そしてもう一つは、神輿自体を誰にでも担げるようにすること。空樽に詰め物を仕込むことで、せいぜい小さな子供二人分といった重さにまでなっていた。 「出来ることなら、子供たちにも担がせてあげたいしね」 そう案を出した江流はそれとは別に、樽を一個だけ使うこじんまりとした神輿を作り終え、荷車に積み込み終えていた。 「っと、えるとさらんは別行動なんだよね。んと‥‥気を付けてね?」 かくりと首を傾けて見送る万里子に、ぴったりと腕を組み耳元で囁き合う二人は。既に何やら声を掛け辛い世界を作りつつも、一応手を振って答えてみせはしたようだった。 「あんな? この辺には三狐(みけつ)って、狐を祀ったお社があるんやって。今日はそこからのお使いというか、お礼に回ることになるんよね。だから二人もこれ、つけてみいへん?」 思うところがあるんなら別やけど、と葉が差し出したのは狐耳のカチューシャ。実祝ちゃんに渡されたんよと勧められたら、何と答えたらよいのやら。それでも将虎と龍影は軽く笑い合うと、そのまま手に取って頭に付けて見せた。 「なー、れいにしんじん。あたいらは狐の面だってさっ。‥‥どしたの?」 辺りには随分人が集まり、そろそろ出発前の挨拶が始まるところらしい。既に頭の横に狐の面を引っ掛けた調が、周りに声を掛けながら神輿の方へ進んでいるところだった。 「いや、さ。祝いの酒だろ、全部空けないと縁起が悪いんじゃないかな、って話をしててさ」 玲と星晶が見ていたのは、その隣の荷車に積まれた酒樽。大で用意された樽は四斗が四つ、しかも中身は神輿と違って確り天儀酒が詰められている。 「四斗っていったら、四合百人分だろ? それが四つって‥‥」 軽く計算してみせた玲が、冷や汗を垂らしてみせる。 「万里子、お前は『酒笊々』を覚えてたりするのかい?」 酒に酔わなくなるシノビの術を身に付けているかと星晶が尋ねれば、返ってくる答えは否。 「だってそんなの。勿体無いじゃない!」 その応えには尻尾を振りつつ、星晶も違いないとくつりと笑ってみせる。 「大丈夫だよ! もしもの時には、ボクが面倒見てあげるから。こう見えて、酔っ払いのあしらいには慣れているんだよ?」 何故かその話に自信満々に食いついてくる実祝。一同は微妙に目を逸らしつつ、まあお手柔らかに頼むよと答えるに止めておいた。 担ぎ台の上、一段目に四斗樽が四つ。二段目には四斗樽が一つ、これは注連縄で確りと固定されている。最後はその上に座り込んだもふらさまのぬいぐるみが、暢気にその行く先を見据えていた。 「幾分凛々しいぬいぐるみを選んだだけはある」と玲が感心してみせれば、万里子も得意げにそれを見上げていた。 「さてと。今日はお集まりの上準備のお手伝いまで、本当にありがとうございます。皆さんのお陰で、こちらはもう出発するのみです」 深々と頭を下げる調に、ぱらぱらと拍手が沸き起こる。 「こういうのは景気が大事ですし。早速一樽、空けてから出発としましょうか」 待ってましたとの掛け声に途端に大きくなる拍手。調が声を掛ける先を探そうとした時には、既に龍影が酒樽を軽々と肩に担いで運び込んでいた。そして木槌を手渡しながら呟く。 (「この蓋、切込みなど入ったおらぬようじゃが‥‥ 上手く割ればよいのだろう? おぬしに合わせるから調子を取ってくれぬか?」) 助かりますと目線で返す調は、それでは皆さんの豊作祈願にと高らかに宣言しつつ。せーの、と木槌を振り下ろした。 「狐の姉さん、早く注いでくれねえかい?」 次々と上がるその声には、柄杓を持って現れた葉と実祝が対応し始める。後ろでもじもじしていた将虎に気付いた龍影が、二つ持っていた柄杓の片方を受け取り、その背に手を掛け輪に加わる。美味い美味いと誰もが酔いしれる中、祭りは始まったのだった。 ●お出迎え 威勢の良い掛け声が遠くから聞こえていたのは確かだろうが。最初に着いた村の入り口には、予想に反して既に人々が溢れていた。いつもはこれから戸口を回って人手を募りつつ、村の奥にある社を目指すと聞いていたのだが。 「皆、既に広場で皆様をお待ちしています。ささ、そのまま真っ直ぐお進みください」 皆現金なものでと恥ずかしそうに頭を下げる若者は、だが満面の笑みを浮かべていた。隣氏族の狭量や、それでも結局自分たちだけでは祭りを開けなかった不甲斐なさ。色々思うところはあるのだろうが、ハレの日を無事に迎えられたことが単純に嬉しいと顔に書いてある。 「これは気合い入れな、あかんね? 実祝ちゃんに将虎ちゃん、玲さんも」 伴奏は頼んだでと、葉は落ち着いた笑みを返してみせる。その様子に肩の力を抜く実祝と将虎を見ると、こちらは肩を竦めて苦笑いする玲と龍影。 「よし、到着だな。ほら、神輿を供える台を用意してくれ」 幾人もが担ぎ手を交代していく中、星晶は誠心誠意、神輿を担ぎ続けていた。 「しんじんー、お祭りなんだし、もう少し気楽で良いんだよ?」 万里子など心配になって声を掛けてみるのだが、余計なお世話と額を小突かれる。だがその仕草に険はなく、機嫌よく振られる尻尾からも楽しんでいることは間違いないらしい。 (「本人がいいなら、別にいっか?」) 万里子は深く考えるのを止めると。神輿の置く向きが整えられ、続いて始まる神事の準備に駆け寄るのだった。 村の者より歓迎の祝詞が上げられた後、まずは巫女舞の奉納が始まった。後方両脇に実祝と将虎が神楽鈴を構えて座り、中央は笛を構えた玲。手首を返して神楽鈴が鳴らされ始めると、神輿の陰から葉が物静かに現れた。 実祝と将虎の演奏は少々外れがちであったが、それに合わせてわざと調子や音をずらす玲の笛の音に、村人たちからは笑みが零れる。だが葉の舞は、初めからそう打ち合わせていたかのように、ゆったりと軽やかに扇を天に差し上げ地に奉じていた。閉じた扇を胸に抱えたかと思えば、伸ばした手の先でいつの間にか開かれて、そのまま体を入れ替え円を描く。時にはその怒り、祟りを示すかのような踏み込みに、畏敬の静けさが場を支配することもあったが。最後には神輿の中身を気に入ったように、その周りで楽しげに跳ねて見せると、上機嫌で社に戻るかのように神輿の陰へと消えていった。その最後の最後で、神楽鈴が綺麗に揃って鳴り終わると。観客からは大喝采が起こったのだった。 一方、太鼓を叩きながら、もふらさまの引く荷車とのんびり歩いていた江流と愛は。山道に差し掛かるところで神輿を降ろすと、迎えに来ていた村の衆と共にそれを担いで山道を登り始めた。勿論(?)愛は担ぎなどしないのだが、白衣の上から鮮やかな衣装を羽織り、笛を吹く姿は鮮やかで。そして時折流してみせる視線や挙措は担ぎ手たちの疲れを忘れさせ、予想以上の早さで神輿を先導してみせた。‥‥その結果、村に着くと同時に担ぎ手たちは皆一斉に倒れこみ、江流を含めてしばらく動けない有様であったのだが、まあそれはご愛嬌というもの。 しばし休憩を挟んで披露された舞は、村人たちを独特の世界で魅了してみせた。目深に被った狐の面は愛の艶やかさを覆い隠し、軍配を掲げる大胆な挙動は野趣すら感じさせるものであったが。指先まで計算しつくされた仕草は次第に人々を幻惑しはじめ、舞台中央にいつの間にか開かれた舞傘にすら違和感を感じさせない。それどころか、そこから差し出された扇子が舞えば、狐が秋を連れてきたような、あるいは秋が狐を追いかけてきたような。扇子の柄に過ぎない秋茜が舞う仕草は、あまりにも当たり前で自然な事柄なのに、それだけで胸を締め付ける切なさを演出してみせた。微かな音と共に閉じられた扇子と舞傘の音に、我に返って舞が終わったことに気付く観客たち。手を叩くことすら忘れて、静かに一礼する舞師にため息をついて見せるしかないのだった。 狭い広場で子供たちが神輿を担いでいるのを、少し離れた位置から眺める二人。 「さっきの舞いは能というのかい? 僕も演奏を忘れてしまいそうなほど、見惚れてしまったよ」 仕草だけで嬉しいですわと伝えて見せる愛。続けてそれだけですのと、少し寂しげに聞かれた気がした江流は、少し口篭ったものの、結局その先を口にしていた。 「その、君の『素顔』が気になるな、なんて‥‥ こ、個人的なことに首をつっこむのは、僕らしくないと思うのだけど」 照れ隠しに頭をかきつつ、視線を逸らす。その視界の端で愛が視線を落とすのに気付くと、驚くほど慌てて身体の向きを変えようとする江流だったが。 「これは、あなたと会うために必要な。これを、あなたのためだけの化粧と思っては‥‥くださいませんか?」 狐の面をずらして逆に江流を下から覗き込んだ愛は、先ほどまでとは全く異なる貌を見せる。そのままゆっくり近付く愛の顔と、思わずそれを引き寄せようとする江流の腕。だが唐突に動きを止めたのは愛。すっと身をかわして狐の面を直す仕草に見蕩れていた江流は、ようやく近付いてくる足音に気付いて思わず顔を赤らめる。 「少し残念ですけど、そろそろ戻りましょうか?」 先程とは趣の異なる、向日葵のような笑顔を向ける愛に、ただ頷くしかない江流。この世には『無鉄砲さ』以外にも怖いものがあるのだなと、それでもしみじみと感心するしかないのだった。 ●御饌津のお祭り 二手に分かれた一行は予定通りの時間と場所で合流し、無事に淵東の村まで辿り着いた。手際良く神輿が設えられると、早速二組の舞が捧げられ、最後の鏡抜きが巡と龍影の手によって行われた。その後繰り広げられたのは、今までの勢いが霞むほどの無礼講だった。 「お手伝い、きちんとすませてきたんだね? なら、ご褒美だ」 既にほろ酔い加減の玲ではあったが、危なげない手つきで袋から取り出したのは、もふらさまの形に切り揃えられた飴細工。それを受け取った子供は、わぁとため息をつきつつ、頬を赤らめ大喜び。 「たまには、こういうのも良いよな?」 何が、とは敢えて省いて問う星晶には玲も曖昧に、だが笑顔を浮かべて頷いていた。 「うーん、流石に今日は飲みすぎてしもうたわぁ」 ほんのり顔を赤らめて樽に柄杓を掛けた葉が呟いた。鏡抜きの直後は舞の返礼にと差し出される枡が尽きず、それが一段落した後も酒豪たちに酌を続けては勧められるままに飲み続けていた。ようやく騒ぎも収まり始め、樽に残る酒も尽きようとしている。 「うん、凄い飲んでた。もう一回くらい、術掛けとこうか?」 同じように柄杓を置いた実祝が声を掛ければ、大丈夫やよと陽気に手を振る。 「『解毒』って便利なんやね。気持ち悪いのは綺麗になくなるのに、体がふわふわするんは残るんねー」 二日酔いには効かないんだから気を付けてね、と掛ける実祝の言葉は。でもどうやら葉の耳には届いていないようだった。 「それにしても、徳利の準備は大正解でしたね。お酒は無駄にならない、村の皆さんは大喜び」 調に改めてお礼をと酒を注がれた万里子も、嬉しそうにそれを飲み干す。 「特産品も、随分良いものを出してもらえたようです。儲けが出たら、お返ししないとですね」 珍しい柚子の調味料、山村の染料や上質の紙なんて見事なものでしたと上機嫌な様子に、無邪気に返す万里子。 「また来年も、こんなお祭りできると良いよね?」 にこりと浮かべる笑顔には賛成ですと書かれていた。 |