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■オープニング本文 職員室の隣にある応接室から出てきた初老の男性を、生徒役員の男子が愛想よく見送っていた。その生徒がため息をついた様子に気付くと、西渦(iz0072)は肩を叩いて振り向かせた。 「どうしたの、調さん。さっきの、商店街の顔役の人でしょ? ‥‥まさか、また厄介事?」 シャッター落書き事件を生徒会主導で解決したのは、つい先日のこと。捕縛した犯人は他校の生徒だったことで、逆に感謝状を受け取る大手柄ではあったのだが。 「違いますよ。‥‥といっても、『頼りになる若者たち』という印象は、中々に厄介かも知れませんね」 苦笑いしつつ、事の次第を話して聞かせる生徒会書記の調(iz0121)だった。 「商店街の活性化ねぇ。確かに盆踊りでも文化祭とかでも、色々お世話になっているしな?」 放課後に緊急招集を掛けられた各部活の代表は、生徒会からほぼ通達に近い話を聞かされたところだった。曰く「商店街活性化のために仮装行列を行う」というミッションである。 「しかもどうやら色々話が混ざっているらしく、『生意気盛りの園児』を『アヤカシ姿』で懲らしめて回るのも含めて欲しいとか」 どう考えてもそれ「ナマハゲ」よねとの突っ込みは水泳部の部長。あんまりリアル過ぎるとトラウマになりますしと口を挟むのは、今回剣道部部長の代理で出席している東湖(iz0073)である。 「はい。ですから極力アヤカシも怖くないように、そしてそれを成敗する側も何名か、準備しておいた方が良いと思っています」 幸い合戦の伝承記録は残っていますし、演劇部や地元資料館には貸し出し可能な実物もあると思います、と皆を見回し告げる調。 「後は皆さんが、楽しんで協力していただければ成功間違いなしだと思うのですが‥‥ いかがでしょうか?」 あ、そうそう。振る舞い酒と羽目の外し過ぎにだけは気を付けてくださいね、と間髪入れずに釘を刺されると。会議室からは心強い返事の前に、苦笑が溢れるのだった。 ※このシナリオはハロウィンドリーム・シナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 平野 譲治(ia5226) / 和奏(ia8807) / 不破 颯(ib0495) / 琉宇(ib1119) |
■リプレイ本文 ●告知 各部へ申し送りがあった翌日、校内の掲示板にはその内容が既に「緊急のお知らせ」として貼りだされていた。それに気付いて足を止めた和奏(ia8807)に、同じクラスの実祝(iz0120)が声を掛ける。 「どうしたの、和奏? 何々、面白い話でもあった?」 子犬のような反応に緩みそうになる表情を堪えつつ、これですよ、と和奏は壁際に一歩近付きつつ実祝を差し招く。 「商店街で仮装行列? へー、毎年恒例だったりするの?」 最近転校してきた実祝が尋ねるが、それは今年入学したばかりの和奏にも答えられない。 「来週って言ったら、そんなに準備期間もなさそうですけど‥‥ 『金色夜叉』とかなら、そう手間でもないでしょうか」 どうです、参加してみますかと和奏が問えば。二つ返事で笑顔を返す実祝だった。 「ねえ、コクリ。『金色夜叉』って、どんな話?」 泰国から留学中の伊鈷(iz0122)がその後ろを通り過ぎつつ、一緒に歩いていたコクリ・コクル(iz0150)に向かってこそりと呟く。 「‥‥えっと、金に釣られた元許婚を、海岸で足蹴にする話、かなぁ?」 大分端折った話は、基本的な情報が抜け落ちていた。 (「夜叉って言ったら、確か鬼女の末裔だよね? 般若の面に、着物?」) 最後の言葉を思わず口から零した伊鈷に、コクリが頷き補足する。 「そうだね。そっちは袴に革のショートブーツなんか、可愛いし簡単だし、お手頃だろうね」 何やら混沌としたものが見え隠れし始めていたようではあったが。学園は今のところ、概ね平和である。 「そうね。アヤカシを統率するタイプとなると‥‥ これとか、どうかしら?」 美術部室の扉を開いた西渦(iz0072)は、当てにしていた人物だけでなく内容も先を越されたことに驚きつつも、熱心に相談を続ける二人に声を掛けながら近付いた。 「結夏さん、私も仮装のデザイン相談しに来たんだけど‥‥ えっと、演劇部の?」 顔だけは見掛けたことがある礼野 真夢紀(ia1144)が慌てて席から立って挨拶しようとするのを、軽く手を振って笑いながら、後ろに回りこんでスケッチ画を覗き込む。 「あら、良いアレンジ! これ、この中ならこれが絶対似合うわよ!」 一人で勝手に盛り上がる西渦の横で、顔を真っ赤にして口を挟もうとしている真夢紀。「もう少し足が隠れるようにして欲しい」という無言の訴えを受け取った結夏(iz0039)は、苦笑いしつつもさり気無く、線を数本付け足しておくのだった。 「ねえ。譲治君は仮装するの?」 後ろの席を振り向いた琉宇(ib1119)の先には、掲示板から無断拝借してきたチラシを前に、何時に無く真剣に腕組みして考え込む平野 譲治(ia5226)がいた。 「まずは怖いものが前提なのだっ! ‥‥ならば、亡霊骸骨系は外せないなりかっ?!」 小道具は足りるはずなり‥‥と、チラシの裏にがりがりと思い付きを書き出し始める譲治にアドバイスを挟みつつ。 (「譲治君が直球勝負なら、僕は変化球の用意かな?」) 昔読んだ事がある詩に出ていたアヤカシを思い起しつつ、策を練り始める琉宇だった。 ●参加者受付 放課後の体育館は、何時ものボールの弾む音や掛け声とは違う賑やかさで、訪れる者たちを迎えていた。 「何だ、君も来ていたのか」 無表情でそう告げる羽柴麻貴(iz0048)の真意を量りかね、深夜真世(iz0135)は首を傾げつつ、先輩に尋ねる。 「麻貴先輩。こちらの方、お知り合いですか?」 珍しく声を上げて笑う麻貴に、苦笑する目の前の男子は不破 颯(ib0495)と自己紹介する。 「俺も大概、部活には顔を出していないが‥‥ お互い会ったことが無いってことは、そっちも同じ口かね?」 顔を真っ赤に下を向く真世の頭をぐしゃぐしゃ混ぜる颯に、安堵とも諦めとも取れるため息をつく麻貴。 「当てて見せようか。『身内でさえ、このお祭り騒ぎ。風紀委員として』‥‥睨むなよ、外れてないんだろう?」 視線に反撃の意を感じた颯が距離を取りつつ両手を挙げるが。 「それに、ほら。もう手遅れっぽいのもあるんだぜ?」 思わず指された先の光景に、数瞬とはいえ意識を逸らしてしまう。 「俺は美術部当たってくるんで、個別行動って事にしといてくれ」 結局二人は、辛うじてその間に距離を取った颯が走り去るのを、顔を見合わせ見送ってしまうのだった。 皺ひとつ無い白衣を着こなした儀弐重音(iz0032)が体育館を訪れると、角樽を脇に置く大男と巨勢宗禅(iz0088)が上機嫌に談笑しているところだった。 「巨勢先生がこの手のイベントに参加とは、珍しいこともあるものですね?」 近付いて声を掛ければ、もう片方の男にも見覚えがあった。確か、数年前に学園を卒業した‥‥ 「おっと、先生。その先は思い出さなくて良いぜ。俺も忘れたから、あいこって事にしてくれ」 なっ、と片手を上げて頼み込む仕草は紛れも無い、ゼロ(iz0003)である。 「年貢の納め時だと挨拶に来おってな? 立ち話もなんだと茶でも入れてやろうと思ったんだが、教官室に辿りつく前にこの様だ」 祭り好きは変わっておらんと大笑いする巨勢先生に、ゼロは頬をかきつつ苦笑う。 「儀弐先生? あの、こちらの人、学園OBの方なんですか?」 巨勢先生が相手では声を掛け辛かったのだろう。目を輝かせて寄って来たのは顧問をしている陸上部員の西渦。 「‥‥別に紹介は構わないけれど。羽目は外し過ぎないようにね」 分かってます、と胸を張ってみせる西渦にため息をついてみせつつ、紹介は律儀にする儀弐先生だった。 「‥‥それでは、説明は以上です。時間が限られていますので、何か気が付いたことがありましたら早めに声を掛けてください」 調(iz0121)からの説明が終わるや否や、興志宗末(iz0088)を筆頭とする一団は既に取り掛かっていたらしい作業に戻っていく。しばらくそれを心配げに見守ってしまった一行だったが、淡々と制作を続ける様に我に返ると、各々参加団体毎の相談を始めた。 「早速だけど、調さん。仮装行列に近所の子供たちも誘うってのは駄目かな。単純にお祭りは賑やかな方が良いし、親御さんの人出も見込めると思うんだよね」 琉宇が問えば、調は少々考え込む。良いアイデアではあるが、人様の子供を預かる以上、ある程度纏まった人手を割く必要がありそうだ。 「風紀委員か、弓道部員を回そうか? 仮装の準備は、最悪道着で済ますことも出来るだろうし」 話を聞いた麻貴が提案すれば、それを耳にした儀弐先生も輪に加わる。 「私も保険医として当日は参加するつもりです。保護者が必要というなら、名前を出しても構いませんよ」 子供の手前、少しは自重するでしょうし、いえして貰わないと困ると言いたげな視線に、思わず首を竦めてしまう生徒たちだった。 「調さん! 先ほどのお話、部長さんも大張りきりでお受けしますとの事です」 息を切らせて戻ってきた真夢紀の言葉に、それは助かります、と笑みを浮かべて答える。 「これで役者は確保と。やはり台詞回しは、一般の生徒より演劇部の方に任せた方が盛り上がりますからね。ああ、でも簡単な立ち回りは、アヤカシの皆さんとも打ち合わせておいた方が良いでしょうかね」 「部の方は、しばらく手も場所も空いてます。準備に使っても構いませんし、打ち合わせも放課後なら誰かいる様にしておくと」 透かさず用意してきたメモを差し出す真夢紀に調はにこりと笑って、その申し出をありがたく受けるのだった。 しばらく辺りの様子を楽しげに眺めていた和奏は、ぽんと手を一つ打って体育館の出口へと足を向けた。 「あれ、何処か行くの?」 視線の先には、話し込む一団の後ろで退屈そうに欠伸を噛み殺していた、確か隣のクラスの不月 彩(iz0157)。 「いえ、この辺りに衣装をレンタル出来そうな店が無いか、探してみようかと思いまして」 「それ手伝ったげる! ‥‥任せて、私この辺りが地元なの」 思わず上げてしまった声を部長に気付かれなかったことに胸を撫で下ろすと。彩は声を潜めつつ内心サボる口実が出来たと、早速和奏の腕を取って出口に向かうのだった。 「東湖さん。西渦さんを見ませんでしたか?」 調が声を掛けたのは、剣道部所属の東湖(iz0073)、西渦は姉に当たる。 「陸上部なら、地元資料館に見学です。衣装貸し出しの交渉も直接してくるって、さっき皆で出掛けちゃいました」 魔の島系統にするって言ってましたよとの答えに、苦笑しつつメモを取る調。 「今回私は個人で参加ですけど、何かお手伝いできることありますか?」 そうですね、と更にメモを捲る調は、なら休憩所のお手伝いに入ってもらいましょうかと、有志が集まっている場所へと東湖を連れて行った。 一方、美術部準備室では。 格好良いなりっ、と譲治が数枚のイメージ画の前に、どれにするか選びかねている背後で。颯と結夏はスケッチブックを介して激論を交わしていた。 「こういうの、どうよ? ちょっとリアルなのを仕込めばダブルアタック、怖がること間違いなしってね」 自信ありげに差し出されたラフを受け取り、結夏も感心したように頷く。 「これなら他の動物でもいけそうですね。狐とか、兎とか‥‥」 え、兎ならこっちっしょ、とスケッチを奪い取って再度鉛筆を走らせ始める颯。 「えっと、すみません。数が揃えられる衣装の案をお伺いに来たんですけど‥‥」 「こんなのどうよ!」 がらがらと戸を開いて問う真世に、颯が今描いた絵を結夏越しに突きつける格好になった。 「そのぉ。‥‥運営側になるので、えっと、もう少し大人しい方が良いのですけど」 お互い固まる颯と真世に、結夏は思わず吹き出し、その横では譲治が首を傾げていた。 ●着替えとお披露目 仮装行列当日。スタート地点近くの集会場では、既に仮装への着替えや準備が始まっていた。活気や緊張感はともかく、前日から泊り込みで制作を続ける者たちは鬼気迫る勢いで最後の追い込みに励んでいる様子。 「まあ、何といいますか‥‥」 早々に仮装を終えた調は、その様子に苦笑しながら各代表を回っていた。その衣装は紅を基調としたサムライ姿。肩口には鬼が吼え、背負う朱刀も中々の出来。 「良いじゃない、お祭りってこんなものでしょ?」 答えながら振り返る西渦は、場違いなほど鮮やかな翠を基調としたイブニングドレス姿。あとは頭と背中に飾りを付けるだけと機嫌よく返すが、調の仮装の出来には感嘆する様子。 「ちょっと役得過ぎて気が引けるのですが‥‥」 使わないよりは余程良いじゃないと応じる西渦に見送られ、調は次の確認場所へと向かった。 演劇部が割り当てられた部屋では、子供たちの準備で大戦争の様相であった。既に準備を終えていた部員の格好を見れば、子供たちは着替える前から興奮し、着替えが終われば大喜び。それでも時間には間に合いそうと、部長と視線で合図を交わした調は、そっと扉を閉めた。 「こんなの、聞いてない!」 「はい、活動記録と出席簿。参加決めた日に自分で書いた名前があるんだから、今更不参加は無し。‥‥予備の衣装はあるけど、そっちにする?」 西渦と彩が視線を向けた先には、胸元が完全にはだけている興志王の衣装(男子用)と、火兎からデザインされたらしい、もこもこふわふわのバニースーツ。垂れた耳は可愛らしい出来だが、全体焦茶色の上にかなり露出度が高い。 「どれでも良いけど。わざわざ用意してもらったんだから、ちゃんと着てよね?」 衣装が残っている以上、今日になって来れなくなった輩がいるのは間違いない。‥‥後日の制裁を心に思い描いて悪い笑みを浮かべてみたものの、それでもやはり、現実は変わらない。 (「‥‥無理に工作してでも、予定を入れておくんだった」) 力の限り後悔してみせる彩だったが、時既に遅し、である。 ●仮装行列開始 駅のロータリーを抜けたアーケード街の入り口から、仮装行列は始まった。 先頭は、理穴監査方に扮した弓道部員の内の二名。手に持つ拍子木を打ち鳴らしつつ、口上を述べている。 (「あまり無茶をしないでくれると良いのだけれど‥‥」) 揃いの衣装に身を包む儀弐先生が、特に陸上部とため息をつくと。何もかも心得たかのように、出待ちの一団からは苦笑いが零れていた。 最初にそれに続いたのは、黒子の担ぐ輿に乗った真夢紀。アヤカシを束ねる人型ということで、モチーフには『狐妖姫』が選ばれていた。‥‥背の分少々衣装は小さく、露出も少なめ。それだけ見れば、可愛らしい人妖に見えなくも無いのだが。 「瘴気は人こそ放つもの。足を止めて魅入れば、我らの力は増すばかり」 メイクを施し、艶やかな笑みを浮かべて見せれば、堂に入ったアヤカシ振りで通行人の目を引いてみせる。 その後ろには、小鬼の群れが続いていた。近所の幼稚園から募った子供たちが、手に持つ太鼓を鳴らしながら賑やかにお互い脅かし合っている。その両脇は理穴監査方が固めているが、時折商店街の店から振舞われるお菓子やジュースにご満悦の様子。 「あーあー。最初からあんなに飛ばしちゃって‥‥ って、それはこっちも同じか」 頭に大きな翠の飾りを二つ、腕には透明な一対の羽を生やした西渦が呟く。円盤状の飾りを背負った『雲関蜻蛉』改め『蜻蛉の女王』だとか。 「ひゃっきやこー♪ ひゃっきやこーなりっ♪」 人型の骨を模した『修凱骨』に仮装した譲治は、手元の操作で背中から複数の腕やら武器を生やして見せては、子供たちから好奇と驚きの声を上げさせている。その周りで、本気の悲鳴を巻き起こすのは颯が扮する『群狼』。『歩狼巣(ホロウズ)』とも呼ばれるこのアヤカシ、外見はぼろぼろのローブを纏っただけに過ぎないが、どういう訳か手足が見えない。不思議がって身を乗り出し覗きこめば、そこには本物と見紛う狼の獣面。そして袂からは何時の間にか長い爪が突き付けられ、更にリアルな狼のハンドパペットが飛び出す凝り様である。 アーケードを進むに連れて、買い物ついでに足を止める客が増えていた。子供たちは突然現れたアヤカシの一団に驚いて親にしがみ付く一方で、続く一団はそんな大人たちを和ませている。 直径一メートルはある『闇目玉』を肩から掛けて歩いているのは、全身黒タイツの彩。それでもすっぽりと体を覆う球形の着ぐるみ(?)は、見た目以上に軽くて快適ではある。 (「確かに、暖かいのは良いんだけど‥‥」) その不機嫌な表情は、生憎『闇目玉の面』に隠れて他人には分からない。 続く一団は、ハイカラ女学生といった趣きの衣装に、般若の面をずらして被った一団。実祝や伊鈷、コクリの他にも数名、メイクも程々に気軽な仮装を楽しんでいる様子だった。 (「おかしいです。自分は蛮カラ学生で行く予定だったのに‥‥?」) 和奏を含め、同じく複雑な表情をしている数名の男子を含みつつ、行列は恙無く進んでゆく。 ●休憩所を通り過ぎて 行列が緩やかに続く商店街には数箇所、記念撮影の親御さんたちや見物客、行列に参加するメンバーのために休憩所が用意されていた。 「お疲れ様です。この後が大変なんですから、ここで一息ついていってくださいね」 東湖に用意されていたのは、神威人の民族衣装と銘は打たれたポンチョ姿。だがその下はノースリーブにミニスカート、黒のニーソと比較的露出度が高い。それでも恥ずかしがっていたのは最初だけ。意外に忙しく動き回るうちに、気にする余裕がなくなってきた模様。 「なあ、俺にも一杯、貰えるかい?」 黒い鎧を鳴らしてテントに入ってきたのはゼロだった。重厚ではあるものの、襟元には毛皮をあしらい、他にも細かい意匠が多数施された巨勢王の戦装束である。 「ここにあるのは甘酒だけですけど、それでよろしければ。えっと、隣が珈琲、天儀酒はもう一つ先に‥‥ どうかしました?」 何気に落ち着き無く周りを見ていたゼロが、途中で納得したのを不思議になって聞き返してみれば。 「南那亭だっけか、最初に珈琲が持ち込まれた喫茶店てのは。メイドが多いのは、そっからの謂れなんだなって思ってよ」 危うく自分も着付けられそうになった衣装が、思いの他溢れていることに納得する。ほっと胸を撫で下ろすゼロに、思わず苦笑する東湖だった。 無駄に良く出来た闇目玉型の風船など、本気で泣き出す幼児が多数出るアクシデントこそあったものの。行列自体は最後に大アヤカシ『炎羅』と、それを討つ儀弐王を迎えて最高潮に達していた。 『炎羅』は実物大、全長八メートルにも及ぶ大きな山車。とても短期間で作り上げたとは思えないほどの迫力を備えていたが、軽量化を図る暇も無かったと見え、それを引く一行は歯を食いしばり汗水を垂らしている。だが観客が囃し立てるのは、山車の前後から儀弐王に扮して矢を射る麻貴と真世の二人。勿論射は振りであったが、弦が鳴り響くたびに、拍手と歓声が沸き起こる。 (「私なんかで、良いのかな‥‥」) 内心冷や汗をかきながら、紅い衣装を身にまとう真世。 (「確かに殿を受け持つとは言ったものの‥‥ 少々畏れ多いな」) 白い衣装の麻貴は自分に向けられた黄色い歓声に苦笑しつつも。山車を押すメンバーに部員を梃入れしつつ、その後ろに観客を引連れて最後尾を進むのだった。 ●幼稚園到着 アーケード街を無事通り抜けた一行は、近くの幼稚園に立ち寄っていた。学園まではもう少し、山車を引いていく鋭気と必要な時間を稼ぐために、仮装をしていた一行が園児たちと共にその庭に放たれることになった。 予想に反してアヤカシたちは、園児たちから大歓迎を受けていた。『狐妖姫』はきれい、『小鬼』もおもしろい。他のアヤカシはきらきらしてるか、もふもふしていて、悪戯しても遊んでくれる。ちょっと怖いのもいるけど、やっぱりかっこういい! 早々にダウンしていた大人に続いて、生徒たちもそろそろ限界というところを見計らって。琉宇がバイオリンで奏でる、聞き慣れない効果音を背後に、別の一団が園庭の柵を飛び越え現れた。どうやら小鬼を引連れた狐妖姫という構成は同じであるらしいが、背の高さからして明らかに別物である。 そして事態が進行したのはその直後。演劇部部長の扮する狐妖姫が構えた腕を振り払えば、小気味良い破裂音が続け様に放たれた。それは陸上部から持ち出されたスタートピストルの音に過ぎなかったが、園児たちと戯れていたアヤカシたちは一斉に散ってしまう。その場に残るは、真夢紀扮する狐妖姫に、仮装した小鬼とそれを出迎えていた園児たちのみ。不安げな様子の園児たちが見上げる真夢紀の顔には、信じられないものを見たときの驚きが浮かんでいた。 「まさか、今になって現れるなんて‥‥」 悔しげな表情に異変を察知した園児たちは、真夢紀の前に出て拳を握る子もいれば、後ろに逃げ込み手を繋ぎあって不安がる子もいて様々。その様子に、内心微笑ましさを感じながらも、焦る様子を崩さずに真夢紀は告げる。 「あれは『悪い心』が形となったアヤカシたち。言う事を聞かないから閉じ込めてきたというのに‥‥」 その声に「可哀想」の大合唱が上がれば、真夢紀は不思議そうに澄ました顔で切り返す。 「お前たちの『悪い心』でもあるのよ? だから向こうにも小鬼がいるし、それは悪い事ばかりしている証拠じゃないの?」 あたしはアヤカシだから良いのと人事のようにぷいと横を向いて見放してみせれば、「ずるい」と上がる声にも元気は無く、既に泣きべその子もいる。 「あっちゃんが昨日意地悪したせいだ!」 「ちがうよ、あれはせーちゃんが」 「あっちのこようき、顔がこわいー」 内心冷や汗を垂らしながらも、のらりくらりと園児たちを誑かしていた真夢紀だったが。準備完了の合図を受けると、仕方無さそうにため息をついて子供たちに話しかける。 「まあ、あたしの場合は自分が悪いの、分かってるわ。でも、お前たちはどうするんだい?」 縋り付いてくる目線を袖に振りつつ、近付いてくる一団をちらりと流し見る真夢紀に、子供たちは口々に声を上げる。 「いいこになる!」 「せんせいのいうこと、ちゃんときくよ!」 「だから、あいつら何とかしてよ!」 子供たちの必死な様子に、心底驚いてみせる真夢紀。 「おやおや、それは良い事だ。‥‥でも、何でアヤカシのあたしが、あいつらと戦わなくっちゃいけないんだい?」 ええっ?! と今度こそ一斉に青ざめる子供たちを、半ば演技を通り越して気まずそうに見やる真夢紀は、そのまま決まり悪そうに声を潜めて告げる。 「その、実はアヤカシ退治をする『開拓者』っていう人たちがいるのよね。皆が本当に良い子なら、助けに来てくれると思うわよ?」 その代わり、一人でも悪い子がいたら‥‥ 園児たちを見回す意地が悪そうな真夢紀の表情にも関わらず、子供たちは真剣に顔を見合わせて相談を始める。だが誰もがふざけている場合ではないと思ったのだろう、ほとんど目線を交わしただけで一斉に頷いて見せた。 「なら、皆で手を繋いで目を瞑って。せーので『開拓者のお兄さんとお姉さん』って呼ぶのよ?」 素直に輪になる子供たちに、今度こそ表情を隠す必要が無くなった真夢紀は、その微笑ましさをそれでも一旦抑えて。せーのと声を掛けると、素早く建物の裏手に身を翻すのだった。 ●大決戦?! 園児たちの声が響くと、黒子に扮していた演劇部員たちが一斉にその姿を現し、アヤカシとの対決が始まった。サムライに志士が刀を構えて飛び込めば、さらにそれを追い越し先制攻撃を決める泰拳士。ふわりと子供たちの前に屈み込んだ巫女がその頭を撫でつつ「もう大丈夫」と労えば、隣で朱藩銃を構えた砲術士が号砲を打ち鳴らす。 呆気に取られる園児たちに実況を始めたのは、伴奏を一気にテンポの良い曲に切り替えてから現れた琉宇だった。 「ここで倒しておかないと、またいつ出てくるか分からないんだよ? さ、開拓者を応援して、皆やっつけて貰おう!」 意気揚々と解説を始める琉宇に、目を白黒させていた園児も、ようやく事態を飲み込み始める。少しずつ声が出始めると、あっという間に大声援が飛び始めた。 最初の勢いこそ開拓者優勢だったが、数を頼みに何とかそれを支えきってしまうアヤカシ勢。 「この状況は拙いよね‥‥」 琉宇は透かさず伴奏を変えて、殺陣を続けている一行と影に待機している一団の気を引きつつ、園児たちに集まるように声を掛ける。 「どうやら、思った以上にアヤカシは強いみたいだね。奴を呼ばなきゃ勝てないようだけど‥‥ 良いかい、これから呼ぶ奴は『強い心』の味方だ。もし、本当にあいつらをを退治したいと思ってなかったら、大変なことになる」 緊迫した曲調を保ちつつ、噛んで含むように聞かせる琉宇の説明に、戸惑う園児たち。それでも、狐妖姫に向かったサムライが派手に吹き飛ばされると、一斉に悲鳴を上げた後で、必死になって琉宇を急かす。 「よーし、いいぞ。奴の名は『ケニヒス』。さあ、大声で名前を呼んで!」 青空に響いたその名の主は、地響きを連れてやってきた。 『俺を呼んだのは、誰だっ!』 現れたのは、山車の上で膝を立てる鉄巨人、オリジナルアーマー『ケニヒス』。その顔辺りに設置されたスピーカーからは、興志先生の陽気な声が響く。『ケニヒス』はその手の大剣を振り被ると、開拓者とアヤカシ、園児たちへと順に顔を向ける。 『この中で一番心の弱い奴らは‥‥ お前らだっ!』 ノリノリでアヤカシに向かって振り下ろされる大剣は、スピーカーからは地面を叩きつける轟音を出し、それと共に軽く煙幕を張っていた。視線を遮られた園児たちは、その先から聞こえてくる絶叫に体を固くしてしまうが。煙が晴れた後に残るのは、再度大剣を振り被った『ケニヒス』と、そこから降りてくる朱藩ギルド長に扮した興志先生、それから気が抜けたようにその場に座り込む開拓者の一行のみ。アヤカシたちが一人も残ってないのに気付くと、園児たちは歓声を上げて走り出していた。 ●戦い終わって 「最後の最後で美味しいところ、あの二人に持っていかれた感じなりっ!」 黒装束に黒頭巾。すっかり黒子に衣装を変えた譲治が建物の陰にも届く笑い声を聞きながら、少し悔しそうに呟いた。 「俺は商店街の方が楽しめたけどねぇ」 それを聞きとがめた颯は、一般客の方が脅かし甲斐はあったし、何より美人が多かったとにやりと笑ってみせる。童心に返るっていうのも悪くないと腕を組み頷く颯も、既に仮装は解き、顔こそ出したままだがこちらも黒装束であった。 「では、そろそろ最後の仕事に取り掛かりましょうか。思ったよりも人数少ないですけど‥‥ ここで子供たちの夢を壊す訳にはいきません」 無事に『ケニヒス』を学園に持って帰るまでが仮装ですと告げる和奏に、思わず苦笑が零れて一行の肩の力が抜ける。 「そろそろ、商店街からの差し入れも届いている頃です。私たちの分が無くならない内に、急いで帰りましょう」 そう呟いて調も頭巾を被れば他の皆も倣い、その場に残る一団は黒子衆と化した。そこからは一切無言。手信号のみで合図を交わすと、ひっそりとしめやかに、その撤収作業が始まったのだった。 |