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■オープニング本文 厄介事は時も場所も選ばずに起こるもの。だからそれが持ち込まれる開拓者ギルドも、不寝番(ふしんばん、ねずばん)と呼ばれる役を置いて、夜間も休むことなく業務に当たっている。 しばらく前からその役付きとなった西渦(iz0072)が、受付の席で幾つかの依頼を前に首を捻っていた。昼勤務の職員から清書前の書類を引き継ぐことは、まあ、良くあることだ。開拓者からの依頼というのも、取り立てて珍しいものではないと思う。だが目の前のそれらがどれも同じ内容で、しかも匿名となると話は違うという気がしてくる。 「あら、難しい顔をされて。どうかしたので‥‥」 そこに顔を出したのは、こちらも最近役付きとなった結夏(iz0039)。依頼調役(いらいしらべやく)といえば、不明点や裏がありそうな依頼に同行することが主な任務のはずだが。相変わらず辻占いをしているか、専ら一人で担当地域を回り、そこで見つけた依頼をギルドに持ち込むことを続けている。 「結夏さん、久しぶりね。また依頼を見つけて‥‥」 机の上の依頼に気付いて口篭った結夏が、その手に持った依頼書を差し出すと。同じ内容に驚いた西渦も、思わず言葉をとぎらせてお互い顔を見合わせてしまった。 「その社と奥にある沢には、どうやら恋愛成就の謂れがあるそうなんです。お酒をお供えして、その代わりに沢の雫を酒盃で受けて飲み干す。片思いには意が通じ、両思いの絆は更に固まるとか」 街角で相談を受けたという結夏の説明に、合点がいったと先を継ぐ西渦。 「その通り道に、アヤカシが現れるようになったという訳ね。火兎が数体となると結構大事よね」 一緒に見掛けたのも剣狼程度なら良いけど‥‥と思案始めた西渦だったが。突然、何かに気付いたように顔を上げた。 「でも、何で今頃? アヤカシが急に出てくるのは何時もの事だし、開拓者が逃げに徹すれば大怪我せずに済むのも分かるけど」 古くから言い伝えのある場所なんでしょと西渦が問えば、結夏は困り顔で応える。 「やはり片思いは知られると恥ずかしいですし、どうしても少ない人数での道行になってしまうから、ではないでしょうか?」 その説明に納得出来ずに首を捻っていた西渦は、そういえば最近大掛かりな祝言があるんだっけ、と思わず呟いていた。 「あー、これを機会にまず験を担いでから告白、とかなら納得ね。そういうことなら、ギルドからの助力も吝かではないわ」 どうみても自分が楽しいだけにしか見えない西渦の表情だったが、結夏はただ苦笑するのみ。 「でも全部匿名の依頼ですからね。アヤカシ討伐以外の詳細には、あまり触れないようにした方が良いかと思いますよ?」 よろしくお願いしますね、とギルドを去る結夏に、西渦は何処と無く違和感を覚える。 (「‥‥まさか、ね?」) ふと思い浮かんだ想像を打ち消し、とりあえず助言に従って依頼の清書を始める西渦だった。 |
■参加者一覧
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
葛城 深墨(ia0422)
21歳・男・陰
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
将門(ib1770)
25歳・男・サ
シルビア・ランツォーネ(ib4445)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●すれ違いに勘違い? 「外回り、お疲れ様。寒かったでしょ、後で甘酒差し入れたげる」 西渦(iz0072)が開拓者ギルドの受付から、戻ってきた深山 千草(ia0889)と焔 龍牙(ia0904)に声を掛けた。晴天に恵まれたとはいえ、季節は既に冬。朝の冷え込みは夏が長く暑かった分、余計に厳しく感じられる。 「社方面の道筋に、立て看板と注意書き。これでお参りの人も、今日は一旦引き返してくれると良いのだけど‥‥」 少し心配げに首を傾げる千草であったが、西渦の申し出に笑顔で頷き奥へと進む。 「それにしても、あの行動派だった西渦さんが不寝番とは」 龍牙は久しぶりに会った西渦から、ここしばらくの近況を聞いていた。上役を目指しての志願で、仕事自体は充実しているらしいのだが。 「昼間の依頼には関わり辛いのよね。‥‥ま、今回は誘ってくれる人もいないし」 良いのやら悪いのやら、と苦笑する様子は拗ねているようにも見えなくも無い。 「えっ? ‥‥えと、俺も、依頼はきっちり片付けてきますので、その」 思わず言葉を詰まらせる龍牙に、西渦は軽く吹き出す。 「まあ、行くとしたら今回の依頼が無事に済んでからよね。志体なしが付いていっても足手纏いになるだけだろうし」 アヤカシ退治は任せたわよ、と背を叩いて龍牙を送る西渦だった。 開拓者ギルド奥の相談室にて、一行は今回の依頼について戦略を練っていた。机に広げた地図には、アヤカシの目撃地点が書き込まれている。 「社を中心に活動していると見て良いと思われますが、念には念を入れましょう」 エグム・マキナ(ia9693)はアヤカシが逆に社に近寄れずに周囲にいる事も想定して、印を繋いだ道行を提案した。 「遭遇箇所を弧で結んで回り、最後に社を目指す形か‥‥」 考え込む将門(ib1770)の隣で、同じく地図を静かに見入る水月(ia2566)。 「経緯は何にせよ、アヤカシを退治しておくに越したことはないからな。目視出来ない地形・地点が気になるが、そこは貴公らに任せるとしよう」 エグムや一仕事終えてきた志士の二人に目線を合わせて頷く。適材適所という奴だな、と呟く将門がふと引かれる袖に気付けば。水月がその通りと、笑顔を浮かべてこくこく頷いていた。 「あれ、結夏さんがいる‥‥ あれ、何で? 八人よね?」 湯気立つ湯呑みを盆に載せて西渦が顔を出すと、改めて人数を数え直している。甘い香りに期待の眼差しを向けてくる水月に熱いわよと声を掛けて手渡ししつつ、確か昨日は安神に行くって言ってなかったかしらと本人とその周りを見て事情の説明を求める。 「さっき、そこで会ってね。声を掛けてみたんだ」 歯切れ悪そうに恵皇(ia0150)が告げれば、将門がその後を継ぐ。 「回復が出来る者がいれば心強いと思っていた矢先。急ぐ用事も無いと、快く承知してくれた次第だ」 そうなんですよ、と湯呑みを受け取りほっこり笑ってみせる結夏(iz0039)に、やっぱり何処と無く不自然さを感じてしまう西渦だった。 「後は問題の社ですが、特に人が詰めている訳ではないそうです。軽く掃除くらいはしてくる心積もりですが‥‥」 何やら微妙な雰囲気に、言葉をとぎらせるエグム。火兎対策に水桶は用意したわと返す千草の様子もおかしければ、なら箒はギルドで借りていこうと頷く龍牙も何処となくぎこちない。 「じゃあ、あとはお供え物ね。‥‥ジルベリアのヴォトカでも良いのかしら?」 そんなシルビア・ランツォーネ(ib4445)を、何のことかと真顔で見つめてしまう将門と水月。 「な、何よ。別にいいでしょっ! 迷信なんて私は信じてないけど、そういうのが礼儀なんだってパパが言ってたのよ!」 顔を真っ赤にさせて言い募るシルビアに、何のことか分からないと再び視線を交わす将門と水月。 (「‥‥少し多めに準備しておいて、正解だったようですね」) その他の面々の微妙な雰囲気に、内心苦笑してみせるエグムだった。 ●戦端? 薄い雲が棚引く冬の空。日差しは思いの外暖かいのだが、吹き抜ける風はやはり冷たい。 (「これは‥‥ どうやら、完全に警戒させてしまったようですね」) 鏡弦を鳴らし終えると、エグムが皆に向かって首を振った。念のためと心眼で辺りを探ろうとする龍牙にも、目線で無駄ですと伝える。 アヤカシの反応が無い訳ではなかった。ただ、今し方感知できたのは、五人張りの弓を使って二匹といったところ。最初に捉えた時に五匹はいたアヤカシだが、それでも心眼の範囲には決して入らず、今では更に距離を取っているように思える。目視できない雑木の先となると、開拓者とはいえ追い付くのは容易ではない。 「様子を見ていても、逃げ出す感じは無いんでしょ? だったら、先に進むしかないじゃない」 全く面倒ったらありゃしない、少しでも同情して損した、と頬を膨らませるシルビアは苛々と十字剣の鍔を鳴らしてみせる。 「確かにシルビア、貴公の言う通りだな。得たいのは虎子ではないが‥‥ どうした?」 「な、何でもないわよ!」 っていうか、いきなり名前で呼ばないでよね、と後ろを向いて呟くシルビアの顔は真っ赤で、それを目にしたエグムは苦笑いで見送ってしまう。 (「これが彼の有名な‥‥」) だが他の一行が気付いた様子が無いのに気付くと、咳払いを一つ。エグムは己を戒め、気を引き締めなおすのだった。 最初に気付いたのは、水月だった。社へと続く小道を進み始めてしばらく、そろそろエグムが二度目の鏡弦を始めようかと弓を手にしたところ。緩やかに左へと曲がる道は、張り出した紅葉がその先の視線を覆っている。 木々がざわめく音から、吹き抜ける風音しかないことを聞き分けると、隣を歩いていた千草の袖を無言で引いていた。目を閉じ耳を澄ます水月が既に手裏剣を引き抜いている様子に、千草も倣って心眼を研ぎ澄ます。 「目の前に五つ、ようやくのお出迎えね」 抜刀して見せた千草が声を掛けると、それを見越したかのように同時に毛皮の塊が視界に現れ。そして前衛三人のうち二人が唐突に崩れ落ちた。 (「何だ、この感覚は?!」) 急激に意識が遠退く感覚が眠気である事に気付いた龍牙は、続いて放たれた眠りへの誘惑を、抜き放った珠刀を構えて追い払う。 「恵皇さん、将門さん!?」 自分たちには目もくれず、前衛を走り抜けようとする焦げ茶色の毛玉。火兎の意図を悟って龍牙は何とか体を割り込ませるが、その数は五体。炎を纏わせた斬撃で二体を叩き落して見せるものの、残る三体はエグムを狙って飛び掛る。それを遮ったのは、その前まで進み出た水月が巻き上げる木葉隠ならぬ紅葉隠。獲物を目前で見失った火兎たちは、一旦地に伏せると唸り声を上げると水月を睨み上げてみせた。 (「龍牙くんの一撃、かなり効いているわね‥‥」) 冷静に分析して見せた千草は、アヤカシの数を減らすことを優先する。脇に踏み出し飛ばした桔梗は、龍牙の左側にいた火兎を瘴気に返す。だが続けて呼びかけようとする千草を遮り、エグムが緊迫した声を上げる。 「前方にまだ二匹います! それに右からも一団‥‥ 六匹来ます!」 間合いを読まれましたか、と悔しそうに呟くエグムに、外へと向き直る鎧の重い音と剣を抜き放つ軽やかな摩擦音。 「こっちはあたしに任せて。アヤカシの六匹くらい、一人で十分よっ!」 剣を地に突き立て、柄に両手を添えて仁王立つシルビアは、意気揚々と言い切って見せた。 ●誑かすモノ (「またやっちまったか!」) 目の前に迫った地面に拳を突いて舌を打った恵皇は、気を張り巡らし周りの状況を感じ取る。その姿勢のまま後ろに爆ぜると、左前方に捉え直した火兎へ拳を二発。見える範囲のアヤカシは残り三匹と息をついた瞬間、恵皇は今度こそ意識を刈り取られて倒れこんだ。 殲刀に持ち替えた水月とその隣に回りこんだ千草により、更に一体の火兎が倒されていた。場に残る火兎は残り二体。だが中衛まで戻ってきた恵皇は地面に倒れ込み、龍牙と将門もその場に膝を付いている。そして龍牙が寄越す視線から、エグムは残るアヤカシがまだ心眼の範囲に入って来ないことを悟る。 (「ここで出し惜しみは無しですね」) 矢を番えた状態で一瞬目を閉じたエグムは、瞬間的に拡大する視界の先に黒い獣を捉えると、既に放った矢が深々と突き立つのを認めた。驚きに満ちた金色の瞳から怒りすら感じ取った鷲の目は、だが直ぐに何時もの視界へと戻る。 間違いなく来ます、と頷いてみせたエグムは、その矢先に訪れた睡魔に耐え切りながらも、敢えて膝を付いてみせた。 それを見計らって現れた黒い獣は、狼というより狐に近い姿をしていた。軽々と茂みを飛び越えたそれは、獣らしからぬ嘲りの表情を浮かべて見せたのだが。 「今だ、将門さん!」 「承知!」 ようやく姿を現した二匹の獣に向かって時機を計っていた龍牙と将門は全力で走り込み、その両脇に構えて退路を抑える。 そしてシルビアは、その右方に新たに現れたアヤカシの一団と対峙していた。中途半端な距離を置いて立ち止まった火兎が一斉に火花を飛ばす中、木立の奥から眠りを誘う鳴き声まで響いてくる。 「このあたしをそこまで呼びつけようだなんて、良い度胸してるじゃない。‥‥それにパパ以外の子守唄なんて、欲しいとも思わないのよ!」 肩に担いだ十字剣を、踏み込みと同時に力任せに叩きつけるシルビア。その一撃で火兎を粉砕しつつも、己の失言に気付いて顔を真っ赤にさせると。証拠隠滅という新たな使命を引っ提げて、火兎に向かって更に剣を振り被るのだった。 ●豪咆と二擲、そして鉄拳 二匹の黒氷雨と対峙した龍牙と将門。エグムの矢を生やした一体は龍牙が止めを刺すが、将門の一撃は思った以上に浅かった。それをどう思ったのかは分からないが、黒氷雨からは早々に逃走の気配がにじみ始めている。 (「雑木は間近、ここで逃げに徹されては厄介か‥‥ ならばっ」) 豪と咆えた将門は、目の前の黒氷雨、そしてシルビアが掃討に移っていた火兎の矛先までを集めて見せた。 「ちょっと! レディを無視するなんて、どういうつもりよっ!」 行き成り視線を逸らした火兎を両断しつつ、突然の咆哮に文句を付けようとしたシルビア。だが火兎の視線が引き寄せられたその線上に、今まで防御に徹していた結夏と地に伏す恵皇を見つけて顔色を変える。 「‥‥くっ」 歯を食いしばる音と、軽い何かがぶつかる感触。その遠く微かな感覚に全力で縋り付いた恵皇は、意識を取り戻すと同時に結夏が符で受け止めた火兎に向かって拳を振り上げる。 「火兎は何とかします。もう一体いるはずの、黒氷雨を」 更にそこから火花を散らす火兎に呻きながらも、結夏は耐えてみせる。周りを見やれば、心眼を澄ます千草が指差す木立へ、目を閉じたまま手裏剣を二閃させる水月。その先と見当だけ付けて、恵皇は瞬時に雑木を突っ切ってみせた。その目前には手裏剣に貫かれ、半ば樹の幹に縫い付けられた格好の黒氷雨。 「これ以上、手間を掛けさせんなってなっ」 無理矢理瞬脚を使って掠り傷だらけの恵皇だったが、それを一切気にする風でなく。放った拳は、一撃で黒氷雨を瘴気へ返していた。 ●社を前に ようやく着いた社はこじんまりとしていたが、荒れた様子はあまり無かった。掃除用具の類こそアヤカシが散らかしていたが、一式揃っていたところを見ると、まめに掃除はされていた模様。お参りに来る人たちの人柄がしのばれるというものだ。 「これなら、本格的な掃除は不要ですね。手早く片付けて、お供えも済ませましょう」 皆が辺りの掃除を始めると、し、仕方が無いわね、と社の掃除を手早く済ませるシルビア。ヴォトカを一瞬供えてすぐに下げると、もごもごと口を動かしながら、その場を離れた。 (「『まあ、一応? 沢の方もアヤカシが出ないか確認しておいた方が安全だろうし? べ、別に理想の相手が』 ‥‥沢?」) 誰かの呟きを聞きとがめ、不審に思って向けた視線の先ではシルビアが慌てたように頭を振り出していた。その後ろ姿を不思議に思った水月は、エグムの袖を引いて社とシルビアを交互に指して首を傾げてみせる。 「そのですね。ここのお社には、縁結びの謂れがあるんです。片思いや両思い、果ては良縁をも呼び込むとか何とか」 それでも不思議そうな水月は、好きなら好きって直接お話すれば良いのに、とぽつりと呟いてみせる。 「それが中々難しいのですよ。恋愛とはいきなり始まる戦争のようなもの、形振りを構う余裕も無くなるものでして‥‥」 もう少しすれば分かりますよと水月の頭を撫でるエグムは、その辺り詳しく聞きたそうな千草と龍牙、将門の三人の視線に苦笑しながらも丁寧に応えるのだった。 秘蔵の天儀酒『武烈』を供えた恵皇が沢に向かうと、結夏が沢の水を竹筒に汲んでいるところだった。 「これですか? その、安神の氷屋さんに頼まれまして。『恋愛成就の甘酒』を作るんだとか‥‥」 恵皇の手に酒盃があることに気付くと、結夏はそこで慌てて視線を逸らして口を閉ざしてしまう。その様子に思わず頭をがしがしと掻く恵皇は、小さく何事か呟く。 「『参った』だって」 揃ってその様子を見ていた一行に、こそりと呟いてみせる水月は、やっぱり納得がいかない様子。だが皆が見守る中(?)、恵皇は沢に酒盃を突っ込んで受けた水を飲み干すと、結夏に向かって告げてみせた。 「参ったな。どうしようもなく、あんたの事が気になって仕方ないんだ」 振り向いた結夏は、驚きの表情を露わにしていた。 「え、私‥‥、ですか? てっきりその、他に意中の方がいるものかと‥‥ その」 何時に無く慌てた様子の結夏に、苦笑を浮かべながら応える恵皇。 「生憎と、金と女には無縁でな。‥‥いや、数少ないこの縁が実ると、俺としては嬉しいんだが‥‥」 その、お返事は少し時間をいただいてよろしいですか? と小さく呟く結夏の表情は。遠目にも嬉しそうに、上気しているように見えた。 |