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■オープニング本文 「東湖殿、至急ギルドへ連絡を! 雷鳴鬼が」 駆け込んできた錫箕(すずみ)の声に、湯気を立てる肉まんに齧り付こうとしていた東湖(iz0073)が固まった。ついに動き出しましたかと引き締められる表情が、次の瞬間呆けた。 「食われてしまったでござるよ!」 雷鳴鬼が再び現れたという報告を受けたのは、つい数日前のこと。件のアヤカシはそもそも、洞窟や竹薮といった人里から少々離れた場所に留まるという奇妙な振る舞いを見せていたのだが。今回は更に奇矯な行動を取っていた。 「街の東にある『大戦跡』はご存知ですかな? 何やら、そちらに向かって動き始めたようでござった」 慌てて食器を鳴らしてしまいながらも、東湖は持ち歩いていた書類入れから地図を引っ張り出す。 「動く前はこの竹林付近。ここから‥‥ ええと、この二箇所を通って、森に突き当たったでござる」 錫箕は手元の覚書を見ながら、地図の三点を順に指す。そこに墨で印を付ければ、なるほど、その先は『危険地帯』と書かれた空白地帯へと続いているように思える。 「雷鳴鬼は躊躇無く、そこに入ったようでござる。しかしその中ほどで唐突に動きを止めましてな?」 続いて手帳に要点を書き始めた東湖の筆が止まるまで、間を置いてから錫箕は先を続けた。 「苛立つような咆哮を上げたと思うや、その前方から胸元に、長く伸びた『葉』を突き立てられたらしいのでござる」 大型の鬼に突き刺さる、鋭く長い『葉』? 東湖が慌てて抜き出した雷鳴鬼の資料には、間違いなく全長二〜三メートルという記述が見つかる。 「二メートルほどの高さの『茎』に、伸縮自在な『葉』が数枚。最初に一枚が胸板を貫き、残りがこう、上から下から、張り付いたそうでござる」 無言の視線に頷いた錫箕は、続けて両手を上下に広げ、それを顔の前で重い音を立てて鳴らしてみせた。 「‥‥そ、それから、どうなったのですか?」 手を止めた東湖が恐る恐る、喉を詰まらせながらも聞き返すが。錫箕はそのまま、ゆっくりと首を振る。 「雷鳴鬼は『葉』に食われたように消えてしまったとのこと。‥‥雷霊がいなかったとは言え、あっさりとしたものですな」 改めて愕然とする東湖は、だが我に返ると店を飛び出しかけ。それでも慌てて勘定を済ませてからギルドに報告へ向かうのだった。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰
贋龍(ia9407)
18歳・男・志
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
八十島・千景(ib5000)
14歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●到着 何の変哲も無い森だった。乱雑に茂っている幹は中々に太いが、両手に抱えて余るほどではない。枝に残る葉は紅葉を過ぎているが、影を落として奥を隠す程度には残っている。 (「雀か、あるいは栗鼠の類だろうか?」) 目を閉じて気配を手繰った焔 龍牙(ia0904)は、森の外から枝や枯葉を揺らすモノを視た。一番近くにあったのは、傍の樹に止まっていた一羽のミミズク。相手はこちらを一瞥すらしないが、その素っ気無さに思わず口元を綻ばせていた。 一行は錫箕の案内の元、目指す森へと辿り着いていた。地図を懸命に追う土偶の姿に最初は誰もが心配していたが、それも束の間。街道を外れる頃には既に遠くに見え始めていた上、そもそも大典・回上を発ってからまだ一時間ほどしか歩いていない。 「アヤカシを喰らう存在なら、倒さずとも良いのではと思っていましたが‥‥」 八十島・千景(ib5000)が呆れるように口にすれば、羅喉丸(ia0347)も全面的に同意する。 「雷鳴鬼が向かおうとした先も気になるが、これはあまりに近すぎる。まずは徒花を何とかしないとな」 殖えでもしたら厄介だと呟いたのを聞けば、言った本人を含めて、思わず誰もが身を強張らせる。 「確かに。‥‥アヤカシに食物連鎖があるとは聞いたことがありませんが」 首を傾げる宿奈 芳純(ia9695)に、疑問はそこですかいと苦笑いするのは贋龍(ia9407)。 (「人助けはサダカ、喜捨とは言え‥‥ アーニー、私もまだまだ修行が足りないようですね」) 周りに合わせて笑みを浮かべるモハメド・アルハムディ(ib1210)だったが、何を思い出したのか、その瞳は陰りを帯びる。 「そんなに気になるか?」 そっと掛けられた風雅 哲心(ia0135)の声より、それに気付くまで考え込んでいたことに朱麓(ia8390)自身が驚いていた。 「ん? いや、鬼を喰らうゲテモノ好きは別に気にしてい‥‥」 懸念を続けようとする朱麓の唇を、指でそっと押さえて哲心は笑う。 「大丈夫だ。俺がついているし、何より朱麓、お前がいる」 固まった朱麓は、すぐさま忌々しげに顔を顰めるが、真っ赤に染まった顔はそう簡単に冷めない。 「‥‥‥‥馬鹿」 やっとのことで紡いだ言葉も、哲心の顔を綻ばせてしまう。顔を逸らしつつも、何時の間にか肩の力が抜けている事に気付くと。朱麓はそっと、哲心の手を握り返すのだった。 「‥‥おや、東湖殿? それに皆様方、お揃いでどうしたのでござるか?」 腰を下ろしていた錫箕に、硬い面持ちで短い問いを返す東湖。 「皆さんは、ここから中へ?」 今し方でござると応える錫箕は、東湖とその後ろに控える一団の顔を見比べる。その視線が集まる先、目を閉じて祝詞を呟く巫女の顔が青ざめていくのを見て取ると。何も聞かずに立てかけていた戟を手に取り、無言で指示を仰いだ。 ●見敵 「元々期待はしていません。何と言ってもアヤカシ、あれは植物では無いのですから」 散々頁を手繰った後だったが、千景は手に持った本を閉じつつ澄まして言った。贋龍はもう一冊、羅喉丸が持っていた野草図鑑を借り受けては、まだ遠くに見える徒花らしきモノと似た植物が無いかを探している。 「実物は見ていないので、それ以上のことは分からないでござる」 道すがら、徒花の特徴を尋ねられた錫箕の回答は意外なものだった。 「某、実は単なる伝令でござってな。詳細は改めて、東湖殿へ上がっていたはずでござるが‥‥ いやいや、心配めさるな」 森までの道ならこれこの通りと、詳細な地図と常に北を向くという宝珠の針を見せて胸を張る土偶。何となく脱力した一行の話題は、それから雷鳴鬼と雷霊の話に移ったのだったが。実物を見ると、徒花の異常さは際立っていた。 それは、まだ五十メートルは先に生えていた。『茎』には棘も節も、蔓も無い。これ以上望むべくもないほど真っ直ぐなそれは、多分両手で掴めるほどの細さに、三メートルに少し足りない程度の丈。『葉』は根元近くこそ『茎』に巻き付いているが、次第に開きながら伸びて『茎』の半ばほどでたわみ、尖った葉先を都合四枚、外側に向けて開いている。そして大きさを除けば取り立てて危険に見えないにも関わらず、明らかに不自然なものが『茎』の先端にぶら下がっていた。 大きさは人の頭ほど。蕩けそうな、熟れているように見えるそれは、だがどうやら『蕾』であるらしい。わずかに見える重なる花弁は確かに大輪の華を予感させるが、『茎』の先を垂らすほどに重いようには見えない。そして『茎』と『葉』の鈍色が霞むほど、『蕾』は固く、冷たく、凍るように、白い。 息を詰めていた哲心は、それが動く気配がないのを察して番えていた矢をゆっくり戻す。目を開いた龍牙も、やはり構えていた弓を下ろすと、こちらは背負い直して刀の柄に手を掛ける。 「まだ周りに妙な気配は無いな‥‥ だが十分注意してくれ」 他の一行も我に返ると、無言で視線を交わして作戦に変更がないことを確認する。モハメドの『夜の子守唄』にてアヤカシを眠らせて先手を取る。雷鳴鬼や雷霊の出現に警戒しつつ、出来る限り短期で勝敗を決める。‥‥それには、あと三十メートルは距離を詰めることが必須だった。まずは不意打ちより先に目視出来た幸運に感謝しつつ、それでも一行は周囲に蔦が回り込んでいないか、根らしきものが動いていないか注意を払いながら、出来る限り静かに森を進んだ。 ●陥穽 彼我の距離が三十メートルを切ると、何とも言えない雰囲気が一行の間に流れた。それは拍子抜けに近い感情かもしれない。全く動きを見せない徒花を不可解に思ったのは確かだった。 吹きぬけた風が辺りの木々を揺らして通り抜け、一行の緊張を程良く解す。だが不意に贋龍の、直感に似た何かがそれに逆らった。 (「風に揺れもしないとは、まるで鉄柱だねぇ。‥‥伸びるという『葉』も揺れないのかい?」) 無言で振り向くと、顎でしゃくって徒花を指す。驚きながらも意図を察した龍牙が眼を閉じると。その全身が強張るとまさしく同時に、その『葉』が一枚、揺れた。 (「待て、待ってくれ?! ここまで近付いて‥‥ 『心眼』に反応が無いだって?」) 慌てて意識を再度集中するも、徒花があるらしき場所には気配が感じられなかった。自分の周りには普通の森の、小動物の息吹を確かに感じる。‥‥信じ難いことだが徒花の周囲、疎らになった木立の先が少々開けた場所からは『有るはずの気配が無い』としか感じられない。 ‥‥龍牙は止まり掛けた足を、そのまま無理矢理動かした。開きかけた口も、極力気配を乱さぬように必死に歯を食い縛って耐える。それでも零れた意図に、一行は目配せすらせずにそのまま三歩進み。そして、一斉に弾けた。 二刀を引き抜いた贋龍が左手に少し逸れ、その細腕で軽々と清光を引き抜いた千景が右手を警戒しつつ進む。そして中央では、気を爆発的に溜め込んだ羅喉丸が軽やかに跳ねると、着地と同時に地を揺るがした。周囲の落ち葉は残らず宙に浮き、そのまま粉々に砕け散る。そしてそれが落ちる間も無く、続いてもう一響き。羅喉丸の周囲五メートルから、枯れ葉は一枚残らず塵となっていた。にも関わらず、土が飛ぶではなく、砂が舞うでもない。そして呻き声は羅喉丸と、露出した地面との境目を回り込もうとしていた贋龍と千景から零れた。 まるで針のようだった。形を変えて伸びてきた『葉』を見ても、己の腹に刺さるそれを見ても、モハメドはそう思った。継ぎ目無く鋭いそれは日頃慣れ親しんだ縫い針に一番良く似ており、そこにローブの縫い目を狙う悪意を見出してさえ、自ら動くものには思えなかった。 「ヤッラ‥‥ な、んという‥‥」 そしてそれは、更に凶悪さまで備えていた。その尖端が、確かに何かを勢い良く啜っている。急激に抜けて行く力は足を動かすことすら許さず、取り落としそうになるリュートに爪を立てて持ちこたえるのが精一杯だった。 「誰も動くんじゃないよっ!」 一喝しながら、朱麓は外した腕輪を素早く放る。何事も無く地に転がったそれを足場にモハメドへ近付くと、振り被った蛇矛は枝垂桜のような軌跡を描いて、だが揺らいだ『葉』を掠りもせずに地を穿つ。刃がそのまま沈み込む寸前に引き抜く事が出来たのは、予めそれを予期していたが故。 「哲心!」 「合わせる!」 投げつけた弓が地に沈みこむ前に踏み台にし、懐から取り出した呼子笛が地に着いたのすら気配だけを頼りに、不自由な体勢ながらも必殺の居合いを繰り出す。 「すべてを穿つ天狼の牙、その身に刻め!」 確かな手応えにも関わらず、断ち切った確信を持てなかった哲心だったが。逆手に抜いた鞘を地面について姿勢を整える頃には、その『葉』は黒い瘴気となって消え始めていた。それでも最後の最後まで往生際悪く『葉』は足掻き、完全に消えさるまで滴る血潮を零し続けていた。 「モハメド! そのままで済まないが」 「ナァム、分かっております。アナー、私にお任せください‥‥」 唇から血を垂らしつつも、笑顔を見せるモハメドから視線を切ると。放り投げた鞘や小物を足場に芳純へと駆け寄ろうとする哲心に、朱麓も倣った。 最初の一撃は、完全に徹っていた。続く一撃も、体勢こそ不完全ながら片足を地に着けての一撃。こちらも申し分なく徹ったはずだった。にも関わらず、踝まで沈み込んだ両足を包む何かが、自分の体から生命を速やかに奪い去ってゆく。二枚の『葉』が後衛に向かって飛ぶのを歯噛みしながら、それでも羅喉丸は懸命に己を奮い立たす。 (「‥‥積み重ねた修練は裏切らない。己を信じ、この一撃に全てを懸ける!」) 固めた両手を地面に振り下ろすと、右足を掴んでいた何かが、わずかに怯むのを感じた。だが日が陰ったことに気付いた時には、別の何かに視界を奪われていた。 「ちょっ、待っ?!」 贋龍が声を掛ける間も無く、真上で横に広がった『葉』が、屈みこんだ羅喉丸をすっぽりと包み込む。 「これは‥‥ ちょっとハード、どころじゃないですねぇ‥‥」 一枚残った『葉』は、ゆったり鎌首をもたげる様に贋龍へ迫る。血の気が引いていくのは、右足から血を吸われているからだけではない。 それでも間合いを読み続けていた贋龍は、左右の刀に雷を纏わせ刺突を放つ。それは、やや広がっていた『葉』の二箇所を穿つが、逆にその雷に纏わり付く様に伸びた『葉』は、贋龍の腕を絡め取る。 (「こうまで直接的に、『動きを止める方法』を、持っていましたか‥‥」) 防御を固めていた千景も、その両足をがっちりと地に挟み込まれて身動きを取れずにいた。刃を突き立てれば確かにその力が弱まるのだが、そこから溢れる血ともに、力も意識も零れて行く。 (「恐らく、根の一部が地面と同化‥‥ いえ、擬態‥‥していた、というところでしょうか‥‥」) 片手で突いた鞘すら別の何かに食い付かれながら、抜けていく力を振り絞り、それどころか力を込めて千景は再度刀を突き立てる。だが唐突に、少し離れた場所に熱の固まりを感じて顔を上げてしまう。 (「あ‥‥ そん、な‥‥」) 視界の端に、崩れ落ちる羅喉丸と贋龍を捉えていたが。その視線は一点、徒花の『蕾』だったモノに吸い寄せられていた。あんなに頑なに見えた『蕾』は。ふわりとほどけ、血潮のように紅く、そして焔の如き、いや確かに燃える花弁を広げる『徒花』となっていた。 急激に狭まる意識の片隅で、その『焔』を美しいと思ってしまいながら。千景は遠くに弦の鳴る音を聞きつつ、闇に落ちた。 ●撤退 『葉』の一撃を辛うじて受けた芳純だったが、そのまま体に絡みつかれ、『茎』の方へと徐々に手繰り寄せられていた。 「喰らい‥‥ 喰らい続け、蹂躙せよっ!」 一条の何かが『葉』を抉り取って『茎』まで達する中、芳純の頭上には更なる瘴気が渦巻いていた。そこに現れたのは獰猛な爪と牙、物騒な笑みを浮かべた白い狐。血潮を垂らす『葉』に掴み掛かり、噛み付き、そのまま引き裂いて空を駆け抜けた。だが徒花に向かう途中で、姿を霞めてそのまま宙に消える。重なるのは、芳純が木にもたれ掛かり、崩れ落ちる音。 (「動き始めた奴なら捉えられるが、迂闊には‥‥ だが早く三人を何とかしないと‥‥!」) 弓を引き絞ったまま、必死に考えを纏めようとする龍牙。飛び出した前衛との距離はわずか五メートル。足場さえ確保できれば、何とでもなる。いや、してみせる。まだ決して諦めずに抵抗している三人に駆け寄りたい衝動を、龍牙は必死に押さえ込んでいた。 (「‥‥一か八か。撃ってみるしか、運に任せるしかないのか‥‥?!」) 一刻を争う状況を打破したのは、リュートを爪弾くモハメドの呪歌だった。絶妙な場所に収束した精霊力が、前衛の三人と龍牙に駆け寄る哲心・朱麓の二人を掠りもせず、爆音となって地面を叩いた。そして唐突に変調すると、一転して夜を連想させる曲へと変わる。その機会を逃さず、龍牙が叫ぶ。 「まず止まってくれ! 贋龍さんは俺が助ける。二人は矢と、俺が通った跡を足掛かりに!」 瞬時に経路を見極めながら矢を放ち、次を番えながら叫ぶ龍牙。動きを止めた哲心と朱麓は、目標と既に駆け始めた龍牙の足跡を見比べ、迷わず飛び込んで仲間に飛び付く。幸い動きを止めた『葉』は音も立てずに地に落ち、『根』もその顎を緩める。無用な刺激を与えぬよう、細心の注意を払いながら。哲心は羅喉丸を、朱麓は千景を抱えて飛びずさった。 『徒花』は、天に向かって咲いていた。何かを誇るのか、それとも呼び寄せようというのか。距離を取った開拓者一行にも、横手から現れた救助隊にも興味を示さず。ただ静かに、焔を燃やしてそこに佇んでいた。 |