【無熱】番人の出た蔵
マスター名:機月
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/01/12 20:18



■オープニング本文

 川のすぐ傍というのが、実祝(iz0120)は気に入っていた。川岸より一段高い場所にあるので、荷の上げ下げには苦労するかもしれない。けれど、ここはあくまで中継地点。店にはしないから人通りはいらないし、母屋から離れているのも気兼ねしなくてむしろ都合が良い。
「まだ貸せるとは言っていないですよ‥‥」
 鍵束を下げた巡(めぐり)は早くも後悔していたのだが。実祝が蔵を見るなり飛び出して、川まで歩測をしたり、間口を尺で測ったり、それを都度手帳に書き留めたり。それはもう頬を上気させて始めるのを見せられると、幾通りの言い訳もその口から出ることはなく。結局、わずかの笑みにちょっと苦めの諦めが混ざった、ため息が零れただけだった。

「うん、位置と大きさは申し分なし。って、居心地良いかが一番大事じゃないか! ‥‥やっぱり掘り炬燵は必要かなぁ」
 錆びた錠前に苦戦しながら、中を見て実祝が幻滅してくれれば丸く収まるだろうと期待する巡。入ってすぐは土間だし、そのほとんどは戸棚で埋まっている。梯子を使って登る二階は板張りだが、こちらも荷が溢れているのは同じこと。
(「どれも古いばかりで他の人には価値は無いと思うし。でも武具の類は見つかると逆に興味引かれて困るかも‥‥」)
 だが、そんな巡の思いは全くの杞憂でしかなかった。
「ふーん‥‥ 思ってたより、氷室に近いんだね?」
 明かりを持って入った実祝が告げた声を聞いて、それが儚い望みであったと思いながら。それでも抵抗を続けようと、実祝を追って蔵に一歩入った瞬間。蔵の奥から何か、提灯が照らす視界に転がってくるものが見えた。のろのろと動いていたそれは、漆塗りの杯。止まったと思うと高台をこちらに向け、そのまま音も立てずに奥に倒れこむ。それはぼんやり見ていた巡は、唐突に実祝に視界を遮られていた。そして何時の間にか振り被っていた実祝の拳が弾かれ様に、二人は一緒になって蔵の外に吹き飛ばされる。
「いたた‥‥」
 地に打った腰を押さえて呻く巡とは対照的に、途中で踏みとどまった実祝はそのまま扉に体当たりして閉めると、それを両手で押さえつつ中の様子を伺う。かつんかつん、と軽い音が扉にぶつかる音が幾つか聞こえていたが。一際大きく何かが当たったと同時に瀬戸物が割れる音が続くと、不意に音も動きも止んで蔵は静けさを取り戻していた。
「実祝さん、今の‥‥」
「アヤカシだね。『瘴索結界』に反応があるし、何より飛んできた奴、見たでしょ?」
 杯に浮かんでいたのは、蛇の目ではなく獣が口を開いたように並んだ数々の牙。見間違いなら良かったのにと思いながら、巡は自分の血の気が引くのを感じつつ。それでもやはり、出てくるのは声にならない呻きでしかなかった。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
焔 龍牙(ia0904
25歳・男・サ
高倉八十八彦(ia0927
13歳・男・志
空(ia1704
33歳・男・砂
水月(ia2566
10歳・女・吟
珠々(ia5322
10歳・女・シ
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
袁 艶翠(ib5646
20歳・女・砲


■リプレイ本文

●土蔵を前に
「大事なモンが入ってんなら、放置してんなよなァ。‥‥ったく」
 ちょっと裏側見てくらぁと離れた空(ia1704)に、小さな人影が透かさず続く。
「本当にいらんかのぅ? ぽんと触るだけじゃし、袖とか袂でも効果があると思うんじゃけぇ‥‥」
 高倉八十八彦(ia0927)が心配そうに声を掛ければ、水月(ia2566)もこくこくと勢い良く頷く。既に蔵の脇に回りこんだ空は、目を閉じた視界に四つの気配を捉えていた。普通の蔵にしては、確かに動くものが少ない。
「あん? ‥‥ああ、今日は援護だから俺の心配はいらねぇよ。その分は前衛で突っ込む奴らの回復にとっといてくんな」
 いざとなれば躊躇せずに飛び込む心算を欠片も出さず、空はからりと言ってのけた。後ろに付いていた八十八彦も水月も、その顔に浮かぶ物騒な笑みは見えない。心配げに首を傾げる水月だったが、逆に八十八彦は胸を張って威張ってみせる。
「うむ! 怪我人の回復なら任せえや! あっという間に治してやるけぇ、心配要らんきに!」
 おう、任せたぜぇと調子よく相槌を打った空は、使っていないという割には手入れされている蔵の外観を眺めつつ歩を進める。
(「とりあえず、窓も含めて出入り口は表のみ、か。‥‥」)
 角を曲がった時に見えた空の横顔に、一瞬背筋を震わせた水月だったが。自然に細められた目がその何かを隠してしまうと、残ったのは単なる笑顔。水月も気のせいだったかと、向けられた視線にあいまいな笑顔を返すしかなかった。

 他の一行は、蔵前の広場にしゃがみ込んで輪になっていた。辺りを一周してきた三人が上から覗けば、そこには地面に木の枝で描かれた細長い四角が二つ。それぞれ中の同じ位置には小さな四角が一つ、別々の場所に丸が二つずつ。そしてその間には小石が二個置かれていた。
「数が合わねぇが‥‥ 縦と横から見た、って訳でも無さそうだな」
 空が口にすれば、焔 龍牙(ia0904)と実祝(iz0120)がお互い途方に暮れた顔を合わせてしまう。梢・飛鈴(ia0034)が短く幾つに視えたカと問えば、親指を折った手の甲を見せる空。慌てて祝詞を上げた八十八彦は難しげに顔を顰めて呟く。
「‥‥六つ、かのう?」
「あ、これは一階と二階の間取り図な? 四角いのは階段というか梯子で、小石はそこを行き来している瘴気の固まりだってさ」
 ブラッディ・D(ia6200)が三人に伝えれば、続けて袁 艶翠(ib5646)が一本多く線が引かれた長方形を指しつつ補足する。
「これが入り口の上の庇の部分、窓から入るのには丁度良い足場よね。問題になっているのは『心眼』には一階の黒丸二つが反応しないっていうのと、『瘴索結界』だと蔵の中は何か靄が掛かっているみたい、ってとこ」
 見回し確認する視線に、予定より数も増えてます、と珠々(ia5322)は静かに突っ込む機を逃さない。
「一階なら、嬢ちゃんとかは入ったンだろ? 多少は分かんねーのか?」
「生命を持たない瘴気‥‥ そう、例えば呪具の類とかに思い当たりは無いか?」
 空と龍牙が問えば、一頻り考え込んでみせた実祝だったが。結局暗くて分からなかったと皆の期待を打ち砕く。
「だって! 一番奥のここまで明かりは届かなかったし、こっちは棚があってごちゃごちゃしてたし!」
 対して巡は何か思い当たることがあったのか、途中でその言を途切らせた。
「呪具なんて物騒なものはありません。飾り物の鎧兜があるのは二階ですし、一階にあるのは生活用品の類‥‥」
 あー! なんでそんな面白そうな、まで叫んだ実祝の口を無造作に押さえた艶翠が、巡にその先を促すと。
「えっと。もう去年の夏ですが、この辺りに雪が降ったんだそうです。冷たくもないし溶けもしないとかで、珍しがった子供たちが空だった大甕に詰めたとか。秋祭りのときに邪魔になったんで、中を確認しないで蔵の奥に仕舞った覚えがあるんです。その、一階の奥の辺りに‥‥」
 身を縮める巡に対して、一行は何ともいえない視線を交わしてため息をついた。

●突入準備、完了
 蔵に出入りできる戸は正面にある二つのみ。一階の入り口は何とか二人が並べそうなほどの片開きの引き扉、二階には瓦葺きの庇の上に土戸の両開き窓がある。得物を構えた一行よりブラッディと珠々が引き扉、飛鈴が土戸にそれぞれ取り付くと、八十八彦と実祝は一歩下がった位置で地面に書かれた図と蔵を見比べ続ける。
(「何か飛び跳ねてるってのは、分かるんだけどなぁ?」)
 一階の扉に耳をつけたブラッディには複数の音が聞こえるのだが、それが何かを判断するには少し遠くて小さい。巡から受け取った鍵を差し込み静かに回すと、取っ手を握って準備完了の合図を出す。
 対して二階の窓に取り付いた飛鈴は、その隙間に無造作に何かを突っ込み、ほとんど音も立てずに留め金を外してしまう。余りの呆気無さに頭を抱える巡であったが、一行はそれを気に留めるほど気を緩めてはいない。準備が整ったことを目線で確認すると、誰もが地面にしゃがみ込む八十八彦と実祝を振り返って合図を待っていた。

 立てた作戦は至極簡単なものだった。蔵の中を荒らさないために、まずは動いている推定アヤカシを外へと誘き寄せる。味方同士でぶつかることを避けるため、活発に動いているアヤカシが二手に分かれた時期を見計らう。囮は一階二階同時に蔵に侵入し、残りは射撃による援護を行う。それぞれ、互いの射線が被らないように適度に散開することも忘れない。

(「‥‥なんかしな、緊張感に欠けるのぅ」)
 瘴索結界に反応するモノの動きを追いながら、八十八彦はこめかみを押さえてしまう。どうやら片方のアヤカシは、斜めに掛けられた梯子を上手く登れないらしい。何度か段の隙間から転げ落ちていた様だが、とうとうもう一体にぶつかると、しばしその場でじゃれ合う様に絡まり合う始末。
 それでもしばらく待つと。一旦奥まで戻った二つの反応が一階左側中ほどの位置で別れ、一つがぽんと跳ね上がって止まる。実祝と目を合わせて頷くと、八十八彦が腕を突き出し皆に合図を送った。
(「今じゃ!」)
 扉を開いた二人は目の前に動くものを見つけていた。それは塗りの剥げ掛けた、木製の椀。ブラッディはそれを黒と見分けるのが精一杯だったが、『暗視』で覗いた珠々は、その先の光景に僅かながら目を見張る。
(「部屋の中なのに‥‥ 雪景色?!」)
 黒い椀には白い何かが盛られており、飛び跳ねる度に盛大にそれを撒き散らしていた。散らす傍から、そのほとんどが宙に消えていくのだが。残ったものがほんのり土間や棚を覆う様は、まるで初雪が積もり始めるかの様にも見える。部屋の最奥に置かれた大甕の蓋は取り払われているのも確認できたが、逡巡はそこまで。構えていた苦無を椀に向かって投げると、脇に避けつつ後ろに迫っていたブラッディに声を掛ける。
「真正面、黒い椀です」
「あいよっ!」
 苦無が突き立ち中身が吹き飛ぶ中、ブラッディの瞳は椀に牙が浮かぶのを認め、それが確かに自分に向けられるのを見切っていた。
(「このままやっちまえそうだけど、何か壊してからじゃ遅いしな?」)
 両手に構えた突きの型を解き、笑みを浮かべて片手で挑発すらして見せてから。ブラッディは喰いついた椀に触れさせること無く、蔵の外へと引っ張り出した。

 対して飛鈴は、背後から日の差す中、同じように雪景色を作ろうとする赤い椀を目にしていたが。その奥から弦が引き絞られる音と同時に、唐突に視界に被さる何かが『加護結界』に弾けるのを感じていた。怯まず再度伸びてくる相手に逆に踏み込んで踵を叩きつけるが、手応えは余り無い。それ所かそのまま足に絡まり、その何かは更に向かってくる。体を捻りつつ攻撃こそ避けてみせた飛鈴は、椀の他に人影らしきもの、そして己の足に絡まっているモノを認めた。
(「弓を構えた武者ニ‥‥ 掛け軸アルカ?!」)
 とにかくその射線から避けるために、飛鈴は掛け軸を足に絡めながらも庇を足場に、更に後ろへと飛んでみせた。

●鮮やかなる閃撃
 赤と黒の椀はともかく、二階のアヤカシは蔵の中で獲物が飛び込んでくるのを待ち構えていたらしい。踏み込んで直ぐに飛び退いた飛鈴の足には何かが絡まっており、更に宙に身を躍らす直前の位置を鋭い矢が射抜いていた。
 だが、それは他の開拓者も同じこと。水月が奏でるバイオリンから緩やかな弦の音色が響き渡ると、掛け軸はその力を急に緩めて宙を舞い、日差しを受けつつ現われた甲冑も、その体勢を不自然に崩して観音扉に寄り掛かる。‥‥慌てて飛び出してきた椀は言わずもがな、二つとも宙で動きを止めると、そのまま地面に落ちて転がった。
「迷わず瘴気に返るが良い!」
 龍牙が構える弓は炎を纏い、番われた矢には白梅の香りと共に真白い神気が凝縮する。気合いと共に放たれた渾身の一撃は、掛け軸の真ん中を突き上げる。その両端の標木と軸を艶翠が角度を違えて狙い打てば、水墨で描かれた緑生い茂る山々が空に翻った。
「おや、中々の名画じゃないか。‥‥これは瘴気だけ、払っちまいたい所だねぇ」
 即座に込めた弾に更に練力を上乗せた艶翠は、真っ赤な弾道で再度軸を打ち抜いてみせる。

(「ま、弦なら張りなおせば済むってなァ?」)
 予め出来るだけ物は壊さない方向でと申し合わせていたが、必要なのは臨機応変な対応。武者が背中の矢筒に手を伸ばす前に、空の手から放たれた苦無が弓の弦を断ち切って蔵の壁に突き立った。透かさず手を空けて腰の刀に手をやるアヤカシも流石だが、それを遮るように何処からとも無く現われた無数の毛玉が纏わり付いた。水月が瘴気で具現させた、もこもこな猫たちは、腕といわず腰といわず、足にまで絡み付く。死角からの一撃に体勢まで崩した武者は、空しく掴んだ数枚の瓦と共に庇の上から転げ落ちてしまった。そこに迫るのは、蹴りと見せ掛けて間合いを詰め、その懐に身を寄せる飛鈴。
(「先程の一撃、ナカナカの腕前と見たアル。全力で行くヨ!」)
 物とはいえ、相手は瘴気が宿ったアヤカシ。その力の流れを見極めると、飛鈴は十指を余さず軽く当ててそれを断ち切ってみせた。ぴたりと動きを止めた武者が数瞬を待たずにただの鎧に戻ると、からりと軽い音を立てて崩れてしまった。

「珠々、椀は俺だけで何とかなるぜ!」
 転がる黒い椀を一撃で突き割ってみせたブラッディが、傍らの珠々に声を掛けてから赤い椀に向かって飛び出してゆく。ならば最後の仕上げにと、蔵の中まで駆け込んだ珠々が棚の影に見たものは。‥‥何やら凶悪な鉄の牙を開いて、だがただ静かにそこに佇むだけの狩猟用の罠、虎鋏だった。思わず見合った一人と一個だったが、先に動いたのは虎鋏。一度ガチリと閉じた口を開き様に、咆哮を放つ。それは脳裏に直接響く呪詛であったが‥‥ そう呼ぶには余りにも迫力が足りない。それでも思わず『にゃ?!』と声を上げてしまったのを見計らうかのように、蔵の外から八十八彦が叫ぶ。
「怪我しとる奴ぁおらんか? しゃんと言いや?」
 皆から大丈夫と返事が響く中、零れた声が聞こえた訳ではないらしいことに、珠々は安堵しつつも思わず顔を赤らめてしまう。その隙を狙った訳ではないだろうが、そろりと動き出そうとした虎鋏に無表情に戻って苦無を突き立てると。その後ろに結んでいた荒縄を引っ張り、とりあえず蔵の外へとアヤカシを引きずって行くのだった。

●延長戦?
 甕にわずかに残った溶けない雪からは、ほとんど瘴気が感じられなかった。指で押しても、きしきしと鳴る感触こそ粉雪にそっくりだが、綿のように乾いていて熱を感じさせない。とはいえ、蔵の中には確かに瘴気が滞っており、それは何とかしておく必要があった。結局、煤落としをしてから部屋中に風を通し、祓い清めておくことになった。
「年が明けてからの大掃除‥‥ それも何やら延長戦のようです」
 ぼそりと呟いて見せた珠々に、誰もが困ったような笑みを浮かべる。実際大掃除自体は師走に済ませており、埃自体はほとんど出ない、多少力が必要なだけの簡単な作業で終わったのだが。アヤカシが何時出てもおかしくなかった事に気付いた巡は、青い顔をしつつも胸を撫で下ろしていた。
「まっ、日頃の行いが良かったって奴かねェ」
 からかう調子で言う空の言葉にも、真顔でしみじみと頷くのみである。

「鎧もお椀も、壊れたところは綺麗に割れてる。接げば十分、使えるようになると思う」
 畑違いとはいえ彫金師である龍牙のお墨付きに、ブラッディは胸を撫で下ろす。
「あっと‥‥ 絵の方は?」
 照れ隠しに辺りを見回して物が足りないことに気付くと、同じように安心した笑みを浮かべていた水月が黙って蔵を指差す。
「艶翠さんと飛鈴さんが持っていったみたいだな。『絶対箱書きがあるはず』って言ってたけど‥‥ どうだろう」
 あっちは軸物さえ替えれば大丈夫、と龍牙が椀を置いて立ち上がれば、丁度背後から歓声が沸いた所だった。何事かと振り返れば、八十八彦と実祝が囲む七輪で切り餅がぷっくりと膨れ上がり。その更に奥、母屋から茶の道具を運んでくる巡と視線が合った。思わずそこで、苦笑いを交わしてしまう。
 ぴょんと跳ねて嬉しそうに手伝いに駆けつける水月を見送りつつ、龍牙とブラッディは顔を見合わせると仕方ないという風に眉を顰めて見せるが。今にも笑い出しそうになるのを堪えて、空や艶翠、飛鈴を呼びに行くのだった。