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■オープニング本文 空に、白く小さな欠片が舞う。 それが雪なら初雪だが、見る人が誰もいなければそうとは言わないかもしれない。 ‥‥それでも。確かにそれは、最初に降った何かには違いなかった。 「それにしても『徒花』にしろ『徒花焔』にしろ‥‥ 流石は開拓者ギルド、その慧眼には感服いたします」 東湖(iz0073)が一通りの報告を終えると、大典の担当官吏は大きく頷いた。燃える花が実を付ける筈が無いと言い切る様子に、東湖は慌てて私見を付け加える。 「相手はアヤカシです。常識が通じる相手ではありませんし、こちらに都合の良い考えは思わぬ結果を招いてしまいます」 強い調子に驚いて見せたものの、官吏は一理あると認めて非礼を詫びる。その様子に安心した東湖だったが、それも束の間。官吏は当然のように次の言葉を切り出して見せた。 「回上側が依頼したのは八人でしたな? では今回も、募る開拓者は同じ人数までとしてください。緘口令を敷いていますので、森に火を掛けるなど、目立つ真似は勿論避けていただきます」 「‥‥えっと。‥‥その?」 呆れて物も言えない東湖に、官吏がちょっと困ったような顔で理由を指折り数えてみせた。街に近い場所に居座るアヤカシは速やかに討伐されなければならない。だが一般の人々がそれを知る必要は無いし、徒に不安を煽るのは統治する側として失格である。それにアヤカシ討伐には連携に適した人数というものがあると聞いており、それを逸脱するのは如何なものか。‥‥止め処なく流れる弁舌を聞きながら、東湖はようやく、姉である西渦(iz0072)の愚痴を理解できた。河を挟んだ二つの街、大典と回上の対立は、思った以上に根が深いらしい。穏やかな語り口の官吏だが、その目は一切笑っていない。 「本来であれば大規模な作戦を提案するところですが、そうは出来ない都合があることも分かりました。ただし、幾つか条件があります」 東湖はため息をぐっと堪え、必要経費の追加計上に朋友使用申請、そして大典・回上側からの人員提供が必須ですと続けた。 「戦略的・戦術的な幅を狭めるような制限は極力廃すべきです。この条件を受け入れていただけない場合、残念ですが私個人の権限を越える内容だと判断しなくてはなりません」 怒鳴られる覚悟で言い切った東湖だったが、至極尤もと頷きながらも探るような目線。 「先の二つは問題ありませんが、回上側の人員というのは‥‥ こちらからは保証いたしかねます」 「話はギルドの方から通しますのでご心配には及びません。‥‥そうですね。『アヤカシ討伐の見届け人が大典のみ』というのは、客観的ではないと思うのですが?」 なるほどと深く感心してみせる官吏に、東湖は釘を刺すのを忘れない。 「ただし、開拓者に負担を掛けて討伐を失敗させては元も子もありません。必ず志体、いえ仙人骨持ちの方を手配するように願います」 それは勿論と機嫌良く返す官吏に、複雑な思いを抱きながら。努めて平静に、部屋を出ようとする東湖だった。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
叢雲・暁(ia5363)
16歳・女・シ
贋龍(ia9407)
18歳・男・志
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
八十島・千景(ib5000)
14歳・女・サ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●森の奥へ分け入る前に 空は霞んでいたが、見下ろす分には全く支障無かった。遠くに光る河に細めていた目を、エグム・マキナ(ia9693)は足元に移す。そこには僅かに葉を残した森があり、その中心には艶やかな花が一つ。菊のような無数の花弁を揺らめかせたかと思うと、厚ぼったい牡丹のように集まり、それが薔薇のように捩れて絞られ、そして爆ぜて蓮華のように解けて広がる。『徒花』は常に燃え続け、一時として同じ形を留めない。 「それでも大きさは概ね変わらず、五メートルに少し足りない程度ですか。実を付けるようには見えないのは幸い‥‥ どうしました、ギア?」 急に身を翻した朋友、駿龍のマキナ・ギアは宙の一点を見つめて旋回を始めた。問うエグムには何も見えず、問い返されたギアも、確かに見たはずの何かを逃してしまったようだった。 「っと、そろそろ頃合いですね。一旦戻りましょう」 エグムもその違和感が気になりはしたものの。道に荷車を認めると、合流地点に向けて降下を始めた。 荷車には様々な石と、それを運ぶための籠が乗せられていた。石の大きさは概ね手の平と同じくらい。平べったいものから尖ったものまで、一応大まかに分けられているが、幾つかは龍が何とか抱えられるくらいの巨岩もある。それを引くのは幾人かの開拓者と、その朋友達。 「ほらほら、もう少し。こっちだって禁煙してんだし、着いたらしばらく休んでて構わないから。な?」 贋龍(ia9407)は、既にへばり気味の鋼牙に声を掛けて励ます。真黒い駿龍も、家族が表には出そうとしない思いに気付いているのだろう。その声を掠れさせるほどに消耗していたものの、それを悟らせまいと荷を引くことに専念するようだった。 がっちりと防具に身を固めた羅喉丸(ia0347)に、梢・飛鈴(ia0034)は前回の手応えを尋ねていた。 「フーム、こりゃ面倒というか厄介な相手アルなぁ。そもそも、ちゃんとダメージ通ってるんカイ?」 「それは間違いないと思う。ただ、想像以上に頑強、いや頑健? それも違うか‥‥」 的は動かないし、外皮が硬い訳でもない。最後の打撃に相手が怯んだことからも、一対一なら苦戦する相手ではない。 「だから妾を連れて行けといったのじゃ。まあ、今回は大船に乗った積もりで居れば良い」 特等席で瓢箪を傾けていた人妖の蓮華は機嫌よく、羅喉丸の肩に座ったまま、肘で軽くこめかみを突く。 「わたいはさっさと仕事済ませて、泰国の寿司を食べたいな。飛鈴、回上の店は押さえてあるんだろうね?」 寿司折りから取り出した太巻きをむしゃむしゃ食べながら、きりっとした顔で問うのは人妖の狐鈴。無言で体を捻って繰り出された飛鈴の踵を軽く避けて見せつつも、その真剣な表情は崩れることなく。慌てて羅喉丸がその間に割って入る。 (「随分とヤバい相手の様だが‥‥ まあ、全力を尽くすだけだな」) お守りもあることだしと呟く恵皇(ia0150)には、目の前の光景は写っていなかったが。駿龍断斧の鼻面が押し付けられて修羅場を指し示されると。らしくないかとため息を一つつき、仲裁に入った。 見届け人にも手伝ってもらいながら集めた荷物は、八十島・千景(ib5000)の疾風、リィムナ・ピサレット(ib5201)のエンちゃんをもへばらせる代償を払いながらも、万難を排して森の入り口まで運ばれた。まずは徒花焔まで辿り着かなければならないが、それが最初の難事である事を二人とも理解していた。 「疾風。攻勢に出る必要はありませんが、援護には回ってもらいます。‥‥今の内に、体を休めておきなさい」 主の固い表情を気にする駿龍は、その純真な瞳で千景を覗き込む。その様子に頬を緩ませた千景は、その首を軽く叩きつつ、自分の肩の力も抜く。 「‥‥エンちゃんには、攻撃も頑張ってもらうからね? だって、これこそ炎龍の見せ場でしょ?」 見合わせた視線をふいっと逸らされたリィムナは、拗ねてしまった朋友の機嫌を取るために。しばらく宥めたり叱ったりと忙しく過ごすのだった。 (「‥‥ふーん。ほんとに普通の森、だよね?」) 件の森の周りを見る叢雲・暁(ia5363)には、忍犬のハスキー君が纏わり付いている。足元に絡んだり、その肩に背中から前足を掛けてみたりと、まるで愛玩犬のような人懐っこさを遺憾なく発揮している。が、不意にその体を強張らせると、その姿勢のまま、森の奥に鋭い視線を向ける。 「何々? 匂い、それとも音? ‥‥小鳥の、悲鳴?」 鳥の痛みが混ざった鳴き声は、唐突に途切れた。距離は十メートルも離れておらず、術を使って強化した聴覚が聞き違えるはずもない。 「これは‥‥ 心眼、いや、鏡弦? ‥‥えっと、とにかく一旦戻って」 相変わらず、冬を迎えた森にしか見えない光景に、また別の音を捉えてしまう。暁は自然と足音を潜めつつも視線は切らず。ゆっくりと一行の下へ戻っていった。 ●外縁にて 「ねえ。この前は入る場所、どうやって決めたの?」 暁の何気ない問いに、数名が黙り込む。手斧を使って辺りを切り開く恵皇も、その表情は固い。 「‥‥これは無理だろ。巫女がいたって、気付けたかどうか」 何かがおかしいと告げた暁は、見届け人として派遣された弓術士に鏡弦を使ってもらうことを提案した。だがそれに反対したのはエグム。 「アヤカシが居るのは確実という状況で、広範囲にこちらの存在を明かしてしまうのは得策ではありません」 尤もな進言に、まずは瘴索結界を張った巫女を連れて森の外縁を回ってみることになった。その結果と言えば、森との境界間際にまで幾つか反応が視えるということ。その中で出来るだけ他と離れている瘴気に目を付け、注意しながらその上を覆っていた茂みや枯れ枝、多少苦労しながらも木まで切り倒して広場を作っているところだった。木々の切り口の白さを除けば、開拓者や朋友の足跡が乱れて残る、単なる森の中の空き地にしか見えない。 無言で巫女が指し示す辺りに、飛鈴は担いできた籠から小石を取り出し、高く放り投げる。一つ、二つ、と地面に落ちて止まるが、三つ目は地に触れると、そのまま地中に消えてしまう。それでも眉を顰めただけで作業を続けた飛鈴は、そこにある『根』が凡そ四十センチの円形であることを示してみせる。 「幾つか、試して見たいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」 千景が硬い声で告げると、一行も気を取り直す。特性を把握すればするほど、それは戦闘を優位に運ぶはず。 「エンちゃん?」 リィムナが声を掛けると、直径五十センチほどの丸く平たい石を掴んで空を舞う炎龍。それが『根』に被せられる場所に落とされるのを見守る一行。 「うーん、生物じゃないから、っていうのもあるかもしれないけど。自分より大きな獲物には反応しないか、出来ないってとこかな?」 贋龍が首を傾げながら呟けば、次に進み出るのは千景。抜き放った刀を下段に構えると、腰を落として『根』の遥か先を睨みつける。気合い一閃、放たれた衝撃波は地を切り裂いて森の奥の一点、拳大の岩を粉々に砕いていた。その射線上にあった先程の平たい石は跳ね上げられ、地面には鋭く断ち割られた跡が、薄くではあったが出来ていた。と、見る間に『根』はその傷を塞いで元に戻る。 「あっ! これは使えそうだね!」 リィムナの上げる歓声に皆がほっと息を吐く。だが続く恵皇は無造作に近付いた後、左足で足場を確保すると、『根』の上に足を掲げた。 「『瞬脚』が使えるかどうかも、確かめておきたくってな?」 止める間もあらば。手前か森の奥に弾ける筈の恵皇の姿は、そのまま足を地中に埋め、捕らわれていた。ある程度それを想定していた恵皇だったが、『根』の縁に打ち込んだ点穴が効いている手応えを感じつつも、全く弱らない締め付けに戦慄を覚える。 透かさず飛ぶ、エグムの二射、その間に着弾する羅喉丸の気功波。暁とハスキー君の苦無が突き刺さり、再度千景の地断撃が地を突き通す。その間も、恵皇の足からは血が絞り取られ続けていた。その場に崩れながらも再度恵皇が点穴を穿てば、僅かに見えた隙に飛鈴が飛び込んで連撃を叩き込む。 それだけやって漸く、『根』は瘴気となって実体を薄め始めた。 「おいおい‥‥ 良くこれに突っ込んで、撤退できたな?」 慌てて駆け寄る一行に、森の外に担ぎ出されながら。一行を代弁して、恵皇が呟いて見せた。 ●会敵準備 見敵は慎重を極めた。一度通った所とはいえ、アヤカシが『根』を増やしているとも限らない上、前回偶々踏み抜かなかっただけという可能性もある。見届け人の巫女に先導を願うのは約束が違う上、恵皇の回復と加護結界で練力を使い果たしていては、そもそも同行を願い出る状態ではない。結果的に苦無や礫で枝を落としたり、適当なものが無い場合は少々大きめの石を投げて足場にしながら進むことにする。一応その合間も、羅喉丸が持ち込んだ旗を使って念の為に地を突きながらの道行となっていたが。案の定、枝や石が数個、旗も二本が『根』に捕らわれ、一行はそれらを避けて通ることになった。 最初に見た時は硬い蕾だった『徒花』は、エグムが報告した通りに今も燃え続けていた。だから『徒花』が見え始めたのは、前回よりも少し遠い場所だった。 「ねえ。‥‥作戦、ちょっと変えた方が良いんじゃないかな?」 あと半分、距離を縮めてから足場の確保。そして『根』には決して近寄らずに、本体へ攻撃を行うという取り決めだったが。暁が捉えたのは、微かに見える、枝を払ったような跡。その傷から時期までは特定できなかったが、そのお陰でここから徒花への視線が通るように思えた。‥‥そこには善意ではなく、本能的な悪意というか悪戯というか、そんな意図を感じずにはいられない。 「餌を誘い込むアヤカシ、カ‥‥ 『根』に限れバ、そう狡猾なヤツには思えナイアル」 口調とは裏腹に、飛鈴の声は冷たい。 「確かに目印としては申し分なさそうだぞ? 悪食なヤツなら、狡い手を使うのもありだろうし」 わたいなら相手を選ぶけど、と狐鈴が調子に乗って嘯けば、飛鈴に額を弾かれている。 「ってことは‥‥ こっちから見えてる以上、相手もこっちを見てるんじゃねえかと? ぞっとしねえな」 「でも立ち止まる訳には行かない。そうでしょ?」 恵皇の言い分に、だが贋龍は静かに反論する。水を向けられた羅喉丸も、考え込むまでも無くそれに頷く。 「時間を置けば、それだけ悪化するのは間違いない。‥‥『葉』の一撃もかなり効くぞ?」 その攻撃を受けたことがある羅喉丸が覚悟を問うが、贋龍も含めてここまで来て引くものはいない。 「近寄るまでに、まずは『葉』か。‥‥道は千景と暁に作ってもらうとして。俺の断斧以外には戻ってもらっても、数ではこっちが上だな」 何とかなるかと恵皇が問えば、飛鈴は旋棍を回して調子を見ながら軽く応える。 「それは一発、ぶん殴ってみないとナ。『根』と同じくらい頑丈ダト、チっと辛いガ」 「多少硬くて、かなり痛いですけどね。手応え的には、それほどでは無かったと思いますよ」 十分手強いに違いは無いけれどと、慎重ながらも戦力を見誤る贋龍ではない。 「『根』には絶対に足を取られないように。『葉』も、極力避ける方向で臨んでくれ」 傷の治療は任せたと羅喉丸が振り向けば、リィムナは勿論、瓢箪を傾けていた蓮華も片目を瞑って応える。その隣では狐鈴も、〆の卵焼きを頬張りつつ、コクリと頷いて見せるのだった。 予想よりも早い合図に、外縁を回っていたエグムが距離を詰めると。ストーンウォールを無理矢理倒した足場に一行が集まり、リィムナが空に向けて手を振っていた。徒花焔に向かって、先頭にいるのは千景と暁。近くの太い枝に捕まっているのは、恵皇の朋友断斧。千景の駿龍とリィムナの炎龍は森の外まで戻ることになっていたはずだが、その僅か後方に待機していた。 (「まだ道が無いですね。‥‥不測ではあるのでしょうが、最悪の事態ではないと言うところですか」) 気合いの入った一行の表情に曇りが無いことを確認すると、そのまま高空に上がり、エグムは森の中心部を目指す。 「ギア。勝機は私達が拾いますよ?」 当たり前だと身体を揺する駿龍に苦笑いをしつつ、エグムはその時を待つ。 ぎりぎりまで旗で探った足場に飛び込みながら。千景は体を沈みこませ、残る枯れ草下草を剣閃で断ち割ってみせる。二十メートルに少し足りない距離の内、三つが割れ目を閉じ始め、そしてそれは一繋ぎの、一メートルほどの地面に戻る。その印を付けられた左側に暁とハスキー君が苦無で足場を作る前に。案の定、『葉』の反撃が返って来た。無防備な千景に、針と化した三本の『葉』が飛ぶ。 それを最初に叩き落したのは、羅喉丸の気功波だった。絡み合いながら飛ぶ『葉』の一枚、しかもその先端を正確に捉えると、その場で束の間押し合い、その勢いを殺す。他の二枚がそれに引き摺られる格好で速度を緩めて止まる前に、距離を詰めた飛鈴が旋棍を右から左に振りぬく。吹き飛んだ『葉』を追う飛鈴は、突き立った苦無に軽々と片足立ちして、地を跳ねる相手を見下ろしている。そして完全に動きを止めた『葉』の気脈を見極めると、恵皇はそれに指を合わせて弾き飛ばす。 「確かに『根』より固いが、その分点穴を突く効果はあるようだな? こいつは俺が引き受ける」 唐突に鋭さを取り戻した『葉』の一撃を、恵皇は無造作に右手に飛んで避ける。掲げた腕は後ろから飛んできた駿龍の垂らす荒縄を難なく掴み、矛先を逸らす。 「今のうちに、次の道を!」 その隙に道を走り抜け、旗を使って足場を確保した羅喉丸が盾を構えて壁となる。千景とリィムナ、そして人妖の蓮華と狐鈴がそれに続き、殿を贋龍が務めた。 二撃目の地断撃は、徒花焔が立つ広場にまで、何とか達したようだった。途中に『根』もなく、早速その道に『葉』を踏みつけて先端を潰した羅喉丸が、引く相手を追撃する。なるべく三枚の『葉』には個別に対するように暁とハスキー君は足場を作り、それを利用する飛鈴と恵皇。待ちを主体とする飛鈴も挑発は欠かさず、手掛かりとなるものを存分に利用して木々や朋友を飛び回る恵皇。中央の羅喉丸は間合いと先手を完全に掴み取り、決して相手を近づけさせない。 誰もが戦況を押していると判断した刹那。それは横合いから覆いかぶさってきた。葉脈だけを目一杯伸ばして網状になった『葉』は、千景とリィムナを包み込もうとする。その大部分を贋龍が雷で薙ぎ払った。それでも勢いを止めない一群に舌を打つと、間髪いれず蒼天花を突き出し、残りを絡め取つつ、体を割り込ませた。即座にその左腕に食い込み始める『葉』は、既にその色を真っ赤に変えていた。 「負けっぱなしってのは嫌いなんですよ、僕。‥‥さあ、千景さんは早く道を!」 抜けそうになる膝を突っ張り、それでも『葉』が絡みついた左手は雷鳴を呼び、そこに右手に掴んだ稲光を打ち付ける。それでも離れようとしない『葉』と贋龍の周りを、癒しの暴風が吹き抜けた。 「中々見事な意地じゃ。そういうのに付き合うのは、悪い気はせん」 数珠を取り出した蓮華が立て続けに祝詞を上げると、符を構えた狐鈴も悪戯っぽく笑みを浮かべる。 「ここは任せてくれて大丈夫だぞ? ‥‥それとも、わたいたちが着いていかない方が心配?」 人妖たちの目は真剣ながら焦りがないことを見て取ると。千景とリィムナは頷いて先へと進んだ。 ●接敵 広場の縁に辿り着いた一行は、無防備な『茎』と『徒花』を前に手をこまねいていた。四枚の『葉』は打ち払っていた。一撃受けた恵皇の朋友と、真正面から派手に打ち合った贋龍は一歩引いた場所で応急手当を受けているが。『茎』の生える中心までは僅か五メートル。千景の地断撃は『茎』を狙って放たれたが、その刀が穿った裂け目は全てが塞がってゆく。 「まさか‥‥ この広場全体に?」 暁が放つ苦無も羅喉丸が放り投げる旗も、足場にする間も無く消えるように地に沈み込む。この状態で攻撃を始めて良いものか、羅喉丸と飛鈴が視線を交わすが、暁の素っ頓狂な叫び声と恵皇の唸り声が重なった。 「見て見て! 根元から、葉っぱが生えてきたよっ?!」 地面に接する『茎』が捩れると、そこから捲れるように鈍色の『葉』が剥がれ落ちる。その一枚はエグムの即射にそのまま地に縫い付けられて沈んでいくが、すぐさま一枚が中空を飛ぶエグムの朋友の足を捕らえた。残る『葉』は二枚、こちらはまだゆっくりとだが、鎌首をもたげるように、その葉先を持ち上げてみせる。 「我慢してみせなさい、ギア。‥‥でないと、名を取り上げますよ?」 朋友が良く耐えているのは分かっていたが、それでもここまで来て相手を回復させる訳にはいかない。そこまでギアが理解したかどうかは分からないが、主の技量は信じたのだろう。翼を使って急な制動を掛けると、絡んだ『葉』を蹴って、背が徒花を向くように傾ける。その動きを予想してみせたエグムは、涼やかな笑みを口に浮かべながらも、『葉』の一点を見抜いてそこを撃ち抜く。緩んだ『葉』から全力で離れようとするギアとエグムに、それを伝って衝撃が響いた。 リィムナの魔術が完成すると、一行の目の前に石壁が現れた。視線を塞がれて慌てるのも一瞬。リィムナが叫ぶ前に意図に気付いた羅喉丸が靠を打ち付けると、その一撃で壁は宙を舞う。ほとんど根元から吹き飛んだ石壁はそれでも広場に沈み始めるが、僅かに縁に掛かっていた。 「十分だっ」 その場から爆ぜて『茎』を足場に取り付いた恵皇は、その点穴に続け様に二発、気を送り込む。そのまま蜻蛉を切って身を翻した恵皇の下、地を滑るように間合いを詰めたのは飛鈴。瘴気のほころびを旋棍で打ち抜き、僅かにしなった反動を見逃さず、被せるように踵を打ちつける。それを更に側面から挟み込むように突き上げたのは、羅喉丸の靠。 手応えは十分だったが、広場の縁からは分かり兼ねた。千景が続こうとしたその時、空からエグムの一撃が『徒花』の中心を撃ち抜き、その矢が地に刺さった。矢は沈まず、『徒花』もその動きを止めた。だがはらり、と一枚の花弁が舞い始めたと思うや否や、他の花弁は火の粉となって宙に弾けて、森に舞った。その幾つかは途中で燃え尽きたものの、大部分は地まで落ち、そのまま火種となる。 「おいおい‥‥ 冗談だろ?」 彼方此方から上がり始める煙を、一行は呆然と見てしまう。徒花焔は既に『徒花』を散らし、その先端からは蜜のようにとろりとした液体を零しているのみ。それが伝う『茎』は、宙に溶ける様に消えてゆく。だが辺りからは、既に火の手が上がり始めていた。 「‥‥潮時、じゃろうな?」 唇を噛んで拳を握りこむ羅喉丸の肩に飛び乗ると、ぽんぽんと頭を叩きながら蓮華が促す。 「多少不本意ではあるが、『徒花焔』は倒した。それで良いではないか?」 リィムナもアヤカシの置き土産に頬を膨らませたが、ここまで広がっては手の施しようがないのは分かるつもりだ。 「ギルドへの報告もあります。一先ず、ここは撤退といたしましょう」 千景の顔にも苦いものを認めたリィムナは、納得は出来なかったが頷くしかなかった。 |