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■オープニング本文 それは、ふわりと宙に現れる。 そこには何も見えず、何も無く。 ‥‥そして舞ったそれすら、地面に積もる事無く、宙に溶けてゆく。 東湖(iz0073)が過去の依頼を洗い出している間にも、徐々に事態は進行していた。 第一報は、先日アヤカシ討伐を行った森に『雪』が降っている、というものだった。泰国中部に位置する大典・回上付近は、北部に比べると温暖で、雪など滅多に降らない。そしてしばらくして届いたのは、先の異常を伝えた見張りがそのまま体調を崩し、未だに床についているという人伝の噂だった。 (「もう一度、調査隊を出した方が良いでしょうか‥‥ でも、どんな口実で?」) 官僚たちは科挙という責務に掛かり切り。いつも助言してくれる錫箕(すずみ)は最近姿を現さず、姉の西渦(iz0072)も有給を取ったとかで口を出してこない。無理を承知で伝手を頼ると、だが幸いにも前回の依頼で見届け役を引き受けてくれた傭兵を捕まえることが出来た。安心して次の仕事に掛かる東湖だったが、それが片付く前に、送り出したばかりの斥候が駆け戻ってきた。 「え‥‥ 瘴気が晴れていない、のですか?」 絶句する東湖に、青褪めた巫女が頷く。見届け人として『徒花焔』の討伐に同行していた彼女は、確かに一度薄まったはずの瘴気が、逆に濃度を増しているのではないかという。「瘴索結界」で質まで測ることは出来ないが、雰囲気は以前と良く似ていた気がする、とのこと。 「それだけではありません。依然として『雪』は降っていましたが、これが地に積もっている様子はありません。それに森の外縁付近では、何やら瘴気の塊が周回しているようです。数までは分かりませんでしたが‥‥」 「これって、どういう‥‥ えとえと‥‥ とにかく依頼を?」 東湖は床に落としそうになる資料を慌てて抱え直す。とにかく落ち着きましょうと、声に出して自分にも言い聞かせると。まずは一行を相談室に案内し、詳しい事情をまとめ始めた。 辺りの気配を感じて始めて、それが自分の意識らしいと、ようやく気付いた。見上げる先には晴れた空が覗くが、何故か視界がぼやけている。 (「‥‥なんだろう。少し離れたところに三つ‥‥四つ? ‥‥あ、一つ落ちた」) 力は全く入らなかったが、いつもより遠くのことが分かる‥‥気がする。 (「何でそう思うの? 何でそんなことが分かる‥‥の? ‥‥何で、こんな所に‥‥ いる‥‥の?」) 伏せた意識は、その先にぼやけた地面を認めつつ。何かに沈み込んでいくのを感じてしまった。 |
■参加者一覧
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
贋龍(ia9407)
18歳・男・志
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
ルヴェル・ノール(ib0363)
30歳・男・魔
八十島・千景(ib5000)
14歳・女・サ
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●出掛ける前に出来ること 「まだ辛そうでしたけど‥‥ 解毒が効いて良かったですよね」 最初の呟きに頭を振ってから、御調 昴(ib5479)は顔を上げた。ルヴェル・ノール(ib0363)は考え込む様子を崩さなかったが、フェルル=グライフ(ia4572)は我に返って緊張を解いた。 「そうですね。毒には対抗できると分かったのですから、一歩前進ですっ」 「少なくとも『雪』は吸ったりしない方が良さそうだな。何処まで効果があるかは分からないが、マスクの準備は無駄にならないようだ」 応えるルヴェルの表情は晴れないが、昴の見上げる視線に気付くと目元を緩めた。 「『雪』の正体が気になっていてな。『飛空船が落ちたのは見ていない』というのが本当なら、場所はともかく時期が合わない」 目を白黒させる昴に、ルヴェルも軽く首を傾げるしかない。 「急いだ方が良いのは確かです。皆さんと合流して、早速現場に向かいましょうっ」 両拳を固めるフェルルに、昴も覚悟を決めたように頷いてみせる。ルヴェルはようやく口元を綻ばすと、街の外郭に続く道へと歩を進めた。 「鋼牙。お前の言う事も分かるけど、皆同じだから。いい加減、聞き分けてくれ」 贋龍(ia9407)が自分の身を案じていることは分かる。けど口を覆ってしまっては鳴いて合図も出来ないでは無いか、というのが鋼牙の言い分らしい。‥‥同じくらい、息苦しいのは論外だと鼻息を荒くしているのも確かだった。 「すみません、騒がしくしてしまって。これでいつでも出れますけど‥‥ 戦闘に向かないのも、確かですよねぇ」 八十島・千景(ib5000)は浮かべた笑みを、袂でそっと隠した。その傍らに寄り添う疾風は、極力外気に触れないようにと衣を着込ませたところだが、こちらはその暖かさをのんびりと堪能しているようだった。 「いや、ここは攻めに出るべきだろう。相手が天候だろうと、俺は調査で済ませる気は無い」 オラース・カノーヴァ(ib0141)は真剣な眼差しを贋龍と千景に投げる。 「オーラスさんの言う通りです。今度こそ、決着を付けます」 「嫌な予感しかしないんですけどねぇ‥‥ でもまあ、厄介事を片付けないと宴も張れないかな」 互いに相手の顔を見返してしまった千景と贋龍は、だが続いたオーラスの豪快な笑い声に気勢を削がれてしまうのだった。 「小鬼の群れとか眼突鴉くらいですね。隣の諸侯では絶叫草とかケモノの大蜂が出るみたいですけど、今の所関係ないと思います」 東湖から資料を受け取ったエグム・マキナ(ia9693)は、その半分を恵皇(ia0150)に手渡しながら紙束を捲り始める。 「どうにも違和感があるのです。どこからか‥‥ いえ、もしかしたら一歩目から間違えている、そんな気すらするのです」 前回の依頼では地上にて本体に接し、宙から徒花を散らせている。火事を理由に撤退こそしたものの、徒花焔は討伐できたと思っていた。 「あの一撃は急所を撃ち抜いたに違いありません‥‥ 何か勘違いがあるのでしょうか」 エグムと東湖が顔を見合わせつつも話が途切れると、ふと手を止めた恵皇が尋ねていた。 「そういや、随分忙しそうだよな。こういう時は、本島のギルドから応援とか来るんじゃないのか?」 「要請は出しているんですけど、時期が時期ですから。何処かで申請が止まっているんだと思います」 言いつつ首を傾げた東湖は、でも依頼の方が優先度は高いと思いますよ、と自信無さそうに小さく付け足す。 「まさか‥‥ なあ」 人妖やミズチが行方不明になったのは、飛空船で雪が降り始める前だと聞いていた。それに甲板に最後までいたのは自分に間違いなく、それ以来見ていないのは、いつものように依頼調役の旅に出ているからだと思っていた。 「どうやら、急いだ方が良さそうですね。引き続きの調査、お願いできますか?」 苦虫を潰したような恵皇の顔を見ると、エグムは綴じ直した書類を東湖に返す。そして答えを聞く前に、既に恵皇と共に部屋を飛び出していた。 ●空に舞う雪 龍に乗って空に上がれば、森は遠くからでも一望できた。周りでは草木も芽吹き始める中、そこだけ白く煙っている。自然と距離を取りつつ近付いた一行は、森の外縁に届く頃には森を見下ろす高度に達していた。 「この辺りは、大丈夫そうですよね?」 隙あらば突っ込もうとするラゴウを宥めながらも、辺りを見渡した昴が思い切って声を上げた。目が合ったルヴェルが頷くと尻尾をぱたりと揺らしてしまうが、続く弦の鳴る音には驚いてぴっと身を反らしてしまう。 「この辺りにアヤカシはいないと思います。‥‥どうですか?」 耳を澄ませていたエグムが顔を上げると、フェルルも辺りを見渡し終えて頷いた。 「瘴気の類も感じられません。でも雪が降っている辺りを視るには、もっと高度を下げないといけませんね」 「基点は何処に置く? この空域なら安全を確保できるだろうが、地上との連携は難しくなるな」 墜落した飛空船らしきものは、森の南側に辛うじて見て取れた。だが地上に降りる必要が無いなら、もしくは上空の調査を終えてからでも良いのなら。この辺りを拠点にしてはどうかと、オーラスは切り出した。 「悪いなぁ‥‥ 俺はまず飛空船に降りてみたいんだ。どうにも助けそこなったか、入れ違いに飛び込んだ奴がいそうでな」 恵皇の渋い表情に、だが誰も異議は挟まなかった。何より、フェルルと千景が直ぐに同行を申し出る。 「お魚の手掛かりが残っているかもしれませんし、人妖は結界にも反応しますっ」 「この森は『道』を作る必要があります。私もお役に立てると思います」 では境界付近で待機しましょうか、とエグムがその背を押した。 「互いに連携も取りやすく、『雪』に試してみたいこともあるはずです。船まで向かう龍は勿論、境界での待機も不安要素になってしまいますが‥‥ 結局、この件は誰かが解決しなければなりません」 分かりますね、と声を掛けられたマキナ・ギアは、逆に主の思慮を感じて戸惑っている。 「この位置からでは限度があるか。‥‥ふむ、観察にも実験にも、近付く必要はあるということだな」 ルヴェルの言葉を切っ掛けに、緩やかに旋回していた一行が二手に分かれ始めた。恵皇の合図に断斧が逸れると、フェルルのエインヘリャルと千景の疾風が後を追う。少し迷った末に続いたのは昴だった。 「僕も飛空船を見に行きます。飛び道具があった方がいいと思いますし、銃を使って合図も出来ますし‥‥」 「頼りにしてるぜ?」 恵皇が太い笑みで応えると昴の表情もみるみる晴れる。その微笑ましさは場を和ませたものの、決して誰も油断はしない。まずは境界に向かって、旋回しながら高度を下げ始めた。 ●らしくないもの 飛空船は比較的、その原形を留めていた。だがあるべき所にあるものが無く、あってはいけない場所に大穴が開いていた。恵皇は周囲を警戒しようと思っても、どうしてもその一点、艦橋の天井があった場所が気になって仕方が無かった。 (「既に『葉』の間合いです。気を付けてください」) 目線でそれを制し、既に刀を抜き放っていた千景が前に出た。反対側からは、こちらも両手に銃を構えた昴が回り込む。 (「やはり瘴気が流れていますね。‥‥思ったほどではないですが、逆に探し人には不向きかも」) 後に続くフェルルの視界は、全体ぼんやりと瘴気に覆われ始めていた。雪に見えるものは結界に反応して光り、そして片端から宙に溶けて行く。大気は乾いているが、思いの外暖かい。だがそれに背筋を震わせる前に、一際大きな反応に息をのんだ。遠目にも怪しい大穴の奥に、ぼんやりとした光りが一つ浮かぶのを捉える。 声を掛ける前に、先行していた千景が龍に跨ったまま、地面に剣閃を叩き付けた。少々手荒いながらも、足場と安全を確認するための合理的な選択だった。反動で翻る千景は視線を切るしかなかったが、疎らな木立を思い描いた通りに断ち割る音を聞き分けていた。 恵皇は断裂が元に戻らないことを確認して大穴に注意を戻す。だがその意味するところが分からず太刀筋を凝視していた昴は、その断面の数箇所で縦にひびが走るのを見咎めた。そこに瘴気を認めたフェルルの驚きが重なると、今度こそ全員が同じ認識に辿り着く。 「理由は分からねえ。だが徒花焔の『根』は残っていて、でもそいつは弱ってるってみていいのか?」 口を覆う包帯をずらして、恵皇は声を上げた。不思議と雪が顔に掛からないことに気付くと、それを毟り取ってから皆の様子をうかがう。どの顔にも疑問しか浮かんでいなかったが、だからこそ恵皇は腹を括った。 「『葉』が来る気配も無いようですけど‥‥」 「フェルルには付いてきてもらいてえ。昴と千景、ここを任せて良いか?」 昴の言葉を悪いと拝んで遮りつつも、恵皇は譲る気配を見せなかった。他の三人も視線を交わすと、そこで分担を理解する。 「外からの合図は昴さんにお願いします。聞こえたら即、甲板に上がってください」 千景が短く告げると、フェルルも懐から笛を取り出す。 「手が必要なら、こちらは呼子笛を鳴らしますね」 「もしくは紅砲だな。甲板か、もしくは穴が増えた所に乗り付けてくれると助かる」 四人はそこで認識に違いが無いことを確認し、早速飛空船の調査と警戒に取り掛かった。 境界付近では、『雪』を相手に様々な実験が行われていた。最初は恐る恐るであったが、わずかな風に簡単に吹き飛んでしまうために、そもそも中々触れられない。それを吸い込む心配がないと理解した鋼牙がマスクを振り払ってしまう。‥‥同じように振舞おうとしたギアは、エグムの制止を受けて思い止めたようだった。 「これはどうしたものか‥‥ いや、自由に調査が出来る場と割り切った方が賢明か?」 相棒のラエルを気遣うルヴェルは、特異なものを探して全体を見渡す。逆にオーラスはリンブドルムと共に境界を何度も行き来しては、触れられない雪を睨んで黙り込んでしまった。 「何か嫌な感じがしませんか? あの辺り‥‥」 鋼牙が飛ばした羽ばたきの先に、違和感を感じた贋龍が声を上げた。時を計っていたエグムは透かさず弦を鳴らすと、意外に大きな反響を感じた。雪が視界を遮っているにしても、見落としようが無い距離と大きさだった。 「もう見える場所にいます! 皆さん、注意してください」 再度鳴らした音色から、その動く速さを予測してエグムが矢を放つと、それはわずかに軌道を逸らして宙に消えた。それを見た贋龍が合図をする前に、オーラスの作り出した吹雪が一帯を薙ぎ払っていた。雪が晴れた空に残ったのは二メートルに達そうという、だが宙に浮かぶ、不定形な氷の煌めきだった。続いて鋭く羽ばたいた鋼牙の一撃に、ルヴェルが飛ばした聖なる矢が重なって突き立った。 そのまま、ぼろり、と景色が剥がれた。その先に、突然木枠や荒縄、布などが現れる。素材は在り来たりだが、中々見ることが無いくらいに込み入った仕掛けが覗いて見えた。 「これは‥‥ 飛空船の一部か?」 オーラスの合点に、二つの示唆が飛んだ。 「逃さないように! 雪に隠れる前に‥‥」 「気を付けろ! 生き残りがいるかもしれん!」 エグムとルヴェルの声に、贋龍が景気良く鋼牙に合図を送る。 「余り飛ばしすぎるな。これが一つとは限らんぞ」 オーラスは、既に戦況優位と読んでいた。だが、まずは戦力の把握が必要と、杖を構えたまま反撃に備えるのだった。 ●災いの柱 気が付けば、日が差し始めていた。そして遠い人の声に混ざって、弓弦や羽を打つ音が届き始めていた。 「‥‥今の、鏑矢の音じゃないですよね?」 思った以上に雪は音を遮断していたらしく、もしかしたら事前に合図があったのかも知れない。昴の懸念に、千景は静かに首を振った。 「違うと思います。聞く限り、苦戦をしている訳でもないようです」 断言は出来なかったが、千景は静かに言葉を返した。表情も少々固かったが、昴は逆に冷静と受け止めたのか、納得したように頷いている。 それよりも、と注意を促そうと口を開きかけたところで、恵皇とフェルルが甲板に戻ってきた。口笛で龍を呼んだ二人は、それに跨って合流する。 「戻る前に森の中心を確認して欲しい、とさ」 全く、と続けて何やら呟く恵皇だったが、焦りはきれいに抜け落ちていた。 「陰陽術とは不思議なものですね。改めて『瘴気を使う』ということを考えさせられます」 千景と昴の無言の問いに、今の所心配はいりませんとフェルルは答えた。 「解毒はいたしました。少々熱っぽい様子でしたが、周りの瘴気の影響でしょう。万全の調子では無いから、戦闘が終わるまで飛空船で待って貰う事にしました」 問答をしている内にも、雪は少しずつ勢いを弱めていた。 「詳しい話は合流して、それで事を済ませてから、だな。とりあえず心配はねえが、何が起こってもおかしくねえのがアヤカシって奴だ」 説得力のある言葉に一旦口を噤むと、ほとんど雪の晴れた空を見上げて、そして直ぐ目に付いた四つの騎影と合流した。 森の中心部に、徒花焔の姿は無かった。その代わりに、木々が途切れた地面に巨大な氷柱が一本、天に向かって聳えていた。氷は透明で、ぼんやりとだが向こう側の景色が透けているように見える。だが勿論、春先とはいえ日差しの中で溶ける様子は無く、わずかに瘴気を纏っていた。 「雪の次は氷と来たか‥‥」 「場所が場所ですから、徒花焔と関連あるのは間違い無いでしょう‥‥」 ルヴェルの独白に、エグムが皆を見遣って言葉を継いだ。 「元凶はあれが最後。残す理由は何も無いが、接近するのは避けた方が良いだろうな」 良ければ使ってくれと、オーラスが差し出す焙烙玉はフェルルが借り受けた。各々が得物を確認し合うと、少し散開してから攻撃を開始する。最初の数撃にこそ耐えたものの、やはり氷柱も、ぼろり、と写していた光景ごと外側が剥がれ、その芯には干からび変色した『茎』のようなものが覗き始めた。 その一片が、とろり、と垂れたのを見て、エグムの脳裏で幾つかの断片が重なった気がした。氷が溶ける、金魚鉢の中身、徒花焔の花から零れた蜜‥‥ 「あ‥‥」 その意味するところが分からず、手を止めてしまったエグムだったが。芯から剥がれた『葉』が徐々に起き上がってくるのを見て取ると、それを周囲に伝えつつ、考えるのは後に回して攻撃に専念するのだった。 |