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■オープニング本文 ●小さな依頼 アル=カマルの開拓者ギルドは、仮設とはいえ大盛況だった これまでこの地では、開拓者がおらず、何か難事を持ち込むとすれば伝手を頼って傭兵を探さねばならなかったので、大変効率が悪かったのだ。 だが、そこにジン‥‥つまり志体が多勢登録されていて、依頼と人が集中しているとあればこれを利用しない手は無い。料金は多少割高ではあるが、客人たちに対する好奇心もあって、多勢の人が訪れていた。 とはいえ、物珍しさが先にたって、ギルドには冷やかしも多い。 興味本位の依頼が増える傾向もあって、やはり、本当の意味で「信頼」は得られていないのだな、と実感するばかりだ。 「‥‥それで、こうした依頼から先に解決をなさる、と」 「さようです」 三成の前に決済を求めて差し出された書類には、信頼獲得に向けての方策が記されていた。 「ふむ‥‥」 まず第一に、重要性の高い依頼について、依頼者から徴収する依頼料を割り引く。第二に、開拓者たちに積極的に働きかけ、そうした依頼から優先的に解決して廻る。これを通じて、ギルドが頼れる存在であることをアピールしよう、ということだ。 ●最後の準備、整わず (「暑いを通り越して‥‥ これはもう『熱い』ですね」) 体が本調子で無いのも確かだったけれど、神楽の都でのんびりしすぎたのかもしれない。街の外れで砂漠を眺めて歩きつつ、結夏(iz0039)はぼんやりと考え続けた。 (「あれでは落ち着いて話も聞けませんし、何より勝手が少し違うといいますか‥‥」) 頭からすっぽりと衣を被った姿に、格別違和感こそ無い様に思うものの。ここは新天地、天儀とは違った作法が色々ありそうな気がする。‥‥いっその事、誰かに弟子入りしてしまうというのもありかもしれない。 (「郷に入りては郷に従えといいますし‥‥ あら?」) 日干し煉瓦が積み上げられた向こうから、甲高い、だが張り詰めた声が聞こえた。 「お止めください、旦那様! もうしばらく、ほんのもうしばらくで師も戻ってまいります。後生ですから、それまでお待ちください!」 「そういって、もう何日になりますか。私はここの人間では無いし、砂上グライダーもまだ珍しい。それが気に入らないのなら、はっきりそうと言ってくれれば良いのです」 「そういう話ではありません! 確かに理由を付けて渋る者もいるでしょうが、師はそのような狭量さとは無縁です!」 結夏が壁伝いに回り込むと、全身砂色の衣をまとった少年が、同じ衣から顔と腕を露わにした青年に声を枯らして叫び続けているところだった。淡い金髪に青い目、そして白い肌を真っ赤に日焼けさせた青年は、小型の滑空艇に帆柱を立てた代物に荷を積み込んでいる。 「井戸の書付もあれば方位磁針もあります。空を飛ぶ訳でもなし、落ちる心配も無いのです。そんなに危険だというのなら、君がガイドに付いてくれたら良いでしょう」 背を向けた青年の何気ない一言に、少年は顔を俯かせてしまった。多分唇も噛み締めているのだろう。拳を握りこみ、わずかに身体全体を強張らせるのを、結夏は少し離れた所から見て取った。 「何をそんなに急いでおられるのですか? 見たところ、一人旅のご様子ですが‥‥」 藁にも縋る勢いで振り返った少年は、浮かべかけた笑みを途中で強張らせてしまった。結夏の方も勿論、少年の顔や声に覚えはなかったし、衣の意匠から部族を特定できるほど新大陸の事情に詳しくない。ちらりと視線を向けた青年は、だが手を止めて振り返った。 「どうやら貴女は『これ』が何か、お分かりらしい。その上で、やはり出発は延期しろと仰る?」 「それは詳しい状況を聞いてみない事には判断できません。ですが、ご相談にはいつでも乗りますよ?」 青年よりも、少年が覚悟を決めるのが早かった。 「ここで立ち話というのも失礼に当たります。よろしければ、続きは私共の天幕でしては如何でしょう」 大した持て成しも出来ませんが、と少年は言い切ってしまうと。青年は呆れて顔を顰めるが、それもそうですねと呟くと、そっと窺う少年に頷いてみせた。 「危ない橋を渡ろうとしている訳ではありません。今回の目的は試験運転。隣のオアシスまで行き、補給をして戻ってくる。精々、二〜三日程度の旅程です」 ニコラスと名乗った青年は、一通りの事情を結夏に語った。砂上グライダーを手に入れた経緯こそ明かさなかったが、別に後ろ暗いところがある訳でも無く、ガイドを引き受けた部族の少年も師からそれを伝え聞いているとのこと。少年に話が移ると、その間を持て余した青年が旅装を解き、自分の荷物を探り始めていた。 「最近、この辺りにもアヤカシが出ると聞いていますが?」 緊張を緩めた少年が、珈琲のお代わりをお持ちしますと席を立つ。それに付き添いながら結夏がこそりと聞くと、少年の顔が見る間に歪んだ。 「砂漠に出れる者は皆、周辺の部族と共にオアシス間の巡回に出向いているのです。師は勿論、その多くの方々が魔人の力をお持ちです。帰りが遅いことは心配しておりませんが、だからと言って客人をお一人で砂漠に向かわせる訳には参りません」 確かにと、結夏はゆっくりと頷いた。他の部族を頼る訳にはいかない矜持も理解出来るが、この微妙な時期に他儀の人間が事故を起しては、事情はどうあれ厄介な問題に発展しかねない。 「これも何かの縁ですね。開拓者ギルドの方から話を通してみます。部族の方々にご迷惑は掛けないようにしますし、何よりこのままではニコラスさん、遠からず砂漠に出てしまいそうですから」 大丈夫ですと固くなっていた顔をゆっくりと緩める結夏に、少年は泣きそうになりながらも笑みを返すのだった。 |
■参加者一覧
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
葛城 深墨(ia0422)
21歳・男・陰
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
ルヴェル・ノール(ib0363)
30歳・男・魔
クルーヴ・オークウッド(ib0860)
15歳・男・騎
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
クレア・エルスハイマー(ib6652)
21歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●砂上に求めるもの 真新しい砂上船が、砂の波を切りながらオアシスに近付いてきた。その動きは何処かぎこちなく、桟橋まであと少しというところで、がすりと嫌な音を立てて止まってしまった。それでも野太い声が飛び交うと、砂に隠れた何かを乗り越えて船は再び動き始める。 「‥‥大丈夫なの、あれ」 鴇ノ宮 風葉(ia0799)の問いは気だるげだったが、天河 ふしぎ(ia1037)には届いていないようだった。 「喫砂は思ったよりも深いんだね。小回りは効きそうだけど‥‥ 地形を読むのが重要なのかな?」 船の一挙一動に目を輝かせるふしぎは、握った風葉の手をぶんぶん振り回しながら呟き、指差し、振り向いては忙しそうに笑っている。 (「‥‥ま、暗いよりは百倍いっか」) そう思ったのも束の間。容赦ない日差しが鬱陶しくなり、風葉は遠慮なくふしぎの背中にぶら下がった。 「ちょっ?! か、風葉?」 ふしぎは絞められて苦しい首よりも、くっつけられた顔の近さと熱さに驚いて。顔を真っ赤さにしながらも浮かれすぎた事を詫びつつ、日陰まで肩を貸して連れ添った。 「構いませんよ? 安全で高性能な砂上グライダーを普及させるのが目的ですから」 出発前に試しに乗せていただけませんかとのクレア・エルスハイマー(ib6652)の問いに、ニコラスは快く応じてくれた。それに付き合ったアルバルク(ib6635)が拍子抜けするほど、帆は嵩張っていたが砂上に送り出した機体は軽かった。そして操作も難しいものではないらしく、クレアは軽々と龍と同じくらいの速度を出して砂の上を飛ぶように滑ってみせた。 「これが砂上グライダーですか。かなり操作に癖がありますが、ニコラスさんに合わせて確りと調整されている訳ですね」 それでも傍から見るよりは神経を使うのか、戻ってきたクレアは息を切らせていた。目線で問うアルバルクには、凄く跳ねるんです、と頷きながら答える。 「今回は慣らし運転ですから、勿論無理も無茶もするつもりはありません。ですが、オリジナルサンドシップへの到達に貢献できる機会。気が逸る‥‥ いえ、こういう時こそ、気を引き締めなければならないのでしょうね」 クレアとアルバルクは意外そうに顔を見合わせていたが、最後まで聞いたアルバルクは天を仰いで首を振り始めた。 「その‥‥ くれぐれも、お気をつけくださいね?」 ニコラスはクレアの要領を得ない言葉を、不思議そうな面持ちながら受け止め、頷いた。 「あとは、そうですね。水分は小まめに取ること。一度に飲み過ぎることのないようにと言われておりますが‥‥ 申し訳ありません、やはり私には少し荷が重いようです」 クルーヴ・オークウッド(ib0860)と葛城 深墨(ia0422)の質問を丁寧に受け始めた少年は、次第にその表情を曇らせていった。二人の問い自体に心当たりはあるのだが、的確な理由を言葉にすることが出来ないようだった。 「十分です。野営に焚き火は用意するつもりでしたが、防寒にも必要と分かれば準備も変わります」 少年の手を掴んで感謝の念を示すクルーヴに反して、深墨は難しそうな顔で手帳に書き止めた事柄を読み直していた。 「星の見方も違うのか‥‥ やっぱり夜は動かない方が、それに留まるとなったら早めに準備を始めた方が良さそうだ」 それはそれで少し楽しみだけど、と深墨は思わず声に出して呟いてしまう。聞き返す二人に曖昧な笑みを浮かべて、何でもないと誤魔化した。 「え?」 最初から少し顔を赤らめていた結夏は、掛けられた言葉と差し出されたものに反応出来ないようだった。精一杯何気なさを装っていた恵皇(ia0150)は、躊躇を堪えると、結夏の手を取ってその上に小さな包みを乗せた。そっと離れた手にも気付かず包みに目を落としていた結夏は、引き寄せかけた手を止めて小さく呟いた。 「‥‥う?」 「受け取れません!」 聞き返した恵皇の胸元に、結夏の突き返した包みがぶつかった。予想外の強い言葉が恵皇の頭を突き抜けたが、幸いにも続く言葉を聞き逃さずに済んだ。 「その、返事を待っていただいているのはこちらの方なのに‥‥ あのそのいえ、嬉しく無い訳では決して無くて‥‥」 俯き黙り込んでしまう結夏は、日除けの薄い被り物から透けて見えるほど、首筋まで真っ赤になっていた。 ●予定航路 朝早くにオアシスを出た一行は、砂上グライダーを先頭に一路西へと進み始めた。脇を龍が固め、その後ろに砂上船が続いている。 まず順調な滑り出しだった。出航こそ手間取ったものの、直ぐに船員たちも巡航のコツを掴み始める。聞けば皆、最近まで飛空船や川を渡る普通の船を扱っていて、その中でも目新しい物好きが掻き集められて操船を習ったばかりということらしい。ふしぎと風葉が質問攻めを始めても、喜んでそれに受け答えてくれていた。 「地の宝珠も使ってるんだぁ! そうだよね、砂の上を走るんだもんね!」 「ふーん‥‥ ま、細かいことは聞いても分かんないけど。飛空船よりたくさん物を積めて何処でも止まれるのなら、確かに便利かもね」 一通り満足した二人だったが。今度はその手に提げたアーマーケースと、指先でくるくる回していた宝珠に目をつけるた船員達に囲まれる。そして彼らが満足するまで、根掘り葉掘り尋ねられる番だった。 空中では、隊列が鶴翼に広がりかけては一つにまとまることを繰り返していた。中心にはクレアに従順な炎龍のリューベックがゆったりと、結夏の炎龍夏麟がその隣に間合いを取って、少々曲芸的な飛行を繰り返している。 駿龍を駆る恵皇とアルバルクは、意図的に少し左右に分かれて偵察を買って出ていた。強い日差しは砂からの照り返しも厳しい。だが断斧もサザーも、その砂と光しかない空を軽やかに翔けては高度を上げつつゆったりと速度を緩め、思う通りの距離を取り続けていた。 「‥‥相変わらずだね、お前は」 少し遅れ始めた相棒の顔を覗き込んだ深墨は、興味の無さそうな眞白の様子に頬を緩めてしまう。隣を飛ぶクルーヴが何かを指折り数えているのに気付くと、皆を驚かせない程度に抑えた声を掛けた。 「どうしたんですか、何か気になることでも?」 グェスの合図にようやく声に気付いたクルーヴが、曖昧な笑みを浮かべて深墨を振り向いた。 「水、食料、夜営の準備。色々確認しましたが、航路について余り検討していなかったなと思いまして。‥‥その、考えすぎでしょうか?」 「何ともいえないけど、依頼人の意向だしね。荷物も重い分、距離を短くして負担を掛けたくないってのも確かだし」 やっぱり難しいですね、とクルーヴがまた考え込み始める前に。乾いた銃声が前方から響くと、アルバルクが両手を振りながら砂上グライダーに向かって降り始めた。 日差しを遮るものが何も無い砂の海では、立ち止まるのも難しい。風は流れていたが砂には熱が篭っていて、龍も砂上には降りたがらない。結局砂上船に数騎が降りながら、後は大声を張り上げながらの状況確認となった。 「岩場らしきものに、何か動くもの、ですか?」 サザーを空に待機させて砂上船に残ったアルバルクが、降りてきたクレアに何度目かの説明を繰り返した。 「まー、見えてるもんが全部って訳じゃねーからな。どうしてもってんなら、止めるつもりもない。けどよ、迂回して済むなら、その方が賢明ってもんだろ?」 ニコラスはふしぎから望遠鏡を借り受けていたが、砂丘が邪魔で先は見えないようだった。空から先を見ていた他の一行も、何かしら景色が変わっているようには思えても、それが何かまでは見分けられない。辛うじて、言われたクレアが思い当たったくらいだった。 「どうする! 偵察が必要なら、してきても良いぜ!」 ニコラスだけでなく砂上船の甲板にも聞こえるように、空から恵皇が大声を張り上げた。 「それなら、合流地点を決めておきませんと! ここで止まって待つのは時間の無駄ですよね!」 クルーヴが答えれば、何かを書き込んでいたニコラスが顔を上げた。 「進路を変更しましょう! アルバルクさんに聞く限り、どうやら岩場は広そうです! 岩場にあるとは聞いていませんから、井戸を目指すことにします!」 砂上船の操舵席に向かって大雑把な方向だけ告げると、ニコラスはさっさと加速して先頭に踊り出た。 「臨機応変なのは良いけど‥‥ そんな簡単に決めて、大丈夫なの?」 聞こえた声を船長とふしぎに復唱した後、風葉は少し飽きれたように呟いた。 「面舵、いっぱーい!」 ふしぎは風葉の呟きは聞こえなかった振りをして。船長の指示通りに舵を取り、砂上グライダーを追い始めた。 ●井戸を挟む攻防 一旦茶褐色の岩場が近付いたものの、それがまた遠ざかり始めた頃。突然、砂上グライダーが速度を上げて走り始めた。一頻り、空に向かって何かを叫んでいるようだったが、生憎強くなり始めていた風に遮られて伝わった様子はない。ニコラスの声を聞き分けたのは、風下で砂上船の舵を取っていたふしぎだけだった。 「ふーくん、また水遁‥‥」 「望遠鏡は‥‥ そっか、ニコラスさんに貸したままだっけ! えっと、前方にラクダ? それから人が何かに追いかけられてるらしいって!」 「蠍‥‥ にしちゃあ、でけえなぁ。数も結構いるし」 アルバルクの口調は暢気だったが、表情は呆れ返っていた。 「井戸辺りでアヤカシが待ち伏せでもしてたんだろ。向かってくる途中で気付いて、引き返し始めたようだな」 「それを、ニコラスさんが追い駆け始めた、と。‥‥いえ、見て見ぬ振りよりは人道的だと思いますが」 クレアは心配した通りと、そっとため息を零した。 「その辺、ニコラスを締めるのは後にしようぜ。俺とアルバルクが先行してアヤカシを足止めする。その後ろから残りが包囲・殲滅ってのでどうだ?」 恵皇の提案に、誰も異論は無い。視線を見交わした一行が、砂上グライダーを追おうと相棒に合図をしたその時、今度は砂上船から鋭い笛の音が上がった。甲板では、風葉が自分の口元を指差してゆっくりと何文字かの単語を繰り返しつつ、もう片方の指は砂上船の後ろを示していた。 「風葉?!」 操舵席を飛び出した風葉から聞くまでもなく、ふしぎも直ぐにその何かに気付いた。砂上船の後ろ、風の宝珠が吹き上げる砂に紛れて、何かが近付いてきていた。はっきりとは見えないが、足音を潜めて小走りする四足の獣。その数‥‥、十を軽く越える。 「船長さん、操舵お願いします!」 「ふーくん、一分しか待たないかんね! それから船長さん、重くなるから宝珠の出力上げて!」 入れ替わりに擦違ったふしぎと風葉の交わす言葉は少なかった。だが互いの行動を誤る事無く、ふしぎは甲板でアーマーケースを開き、風葉は操舵席を通り過ぎて船尾に陣取る。 「やっと出番よ、つねきちぃ? ずっと休んでたんだから、その分働きなさいよっ!」 「暑いんは変わらん、言いとるきに。やれ、狐使いの荒い主人じゃ」 何よ、と睨みつけられる前に、するりと腕を伝って頭上までその身体を伸ばすと。三門屋つねきちは主の意を汲み取り、後方の砂塵に向かって風の弾幕を張り始めた。 駱駝と蠍の群れに割り込んだ砂上グライダーが、その間を突っ切った。散発的に鳴った銃声は、致命傷を与えたようには見えないが、敵意は完璧に引き寄せた。切り返そうと振り返ったニコラスが慌てて風の宝珠を噴かすのを、アルバルクは遠い空から細かな表情まで見て取った。 「なあ。蠍ってのは、もっと小さいって聞いてたんだが‥‥」 銃に弾を込めていたアルバルクに、自信無さそうに恵皇が声を掛けた。一メートルほどの体長に、同じほどの長さの尻尾を振り上げて砂上を走る姿は、多少大きな蜘蛛程度と聞いていた話と大分違う。 「ま、ありゃアヤカシだろうからな。それに的がでかい分、狙いやすいじゃねーか」 アルバルクの声を残してサザーが加速した。それでもアルバルクは構えた銃身を揺らしもせず、先頭のアヤカシに鉛球を命中させた。そのまま切り込んだ相棒が別の一匹に爪を引っ掛ける最中には曲刀を振り下ろし、難なく相手を切り飛ばしながら、ニコラスとは別の方向に駆け抜けていた。 「‥‥ま、それもそうだな?」 紅の波動がアヤカシを貫き、砂柱を立てる。幾体かが巻き込まれるが、それでも群れは足を止めない。先頭のアヤカシを狙って転がせても状況が変わらないのを見て取ると、恵皇は断斧に更に距離を詰めさせた。 「眞白! そっちは黒絵が抑えるから‥‥」 皆まで言わせず、深墨を乗せた甲龍は、身体を撓らせその尻尾を目の前の砂狼に叩きつけた。その反動を利用して身体の向きを変えた深墨は、既に突出していた二体に白銀の呪を飛ばし、その足を掬って絡め取る。その狼達は後続に確かに踏みしだかれたはずだが、砂煙が晴れた後で呪を食い千切ると、再び疾走を始めた。 「くっ、ここまで速いと‥‥」 徐々に離され始める砂上船とそれに迫る砂狼に、クルーヴは唇を噛んだ。さして大型では無いアヤカシは、だが小回りで甲龍を翻弄し続けた。攻撃をすれば足を止めることは出来る。だが龍の速度が緩んだ隙に付け込んでくる牙は思った以上に鋭く、そして群れは決して足を止めずに砂上船を狙って走り続けていた。 その時、砂上船から異音を発する鉄の塊りが飛び出した。両手に構える剣には小さな刃が連なり、それが動き続けている。振り被った一撃はあっさりと砂狼を両断するが、地を割った剣がそのまま砂を巻き上げ、砂に沈んだ足が前のめりに膝を突いてしまった。進路を変えきれずにぶつかった砂狼が跳ね返り、その衝撃が更に体勢を崩す。 (「うわっ、砂が入って?!」) ふしぎは掛けていたゴーグルに感謝しつつ、砂煙に咳き込む前に息を止めた。チェーンソーの重さと武骨な振動を手掛かりに、そのままわざと姿勢を崩したまま、振り向きざまに突進を仕掛けた。沈み込む前に爆ぜたアーマーは、砂上船を追う砂狼を押しつぶして瘴気に返しつつ、体勢を何とか立て直す。透かさず繰り返した突撃は空振りに終わったが、今度こそ踏み込んだ軸足を固定させて振り向き、そのまま大上段に剣を構えて砂狼の前に立ちはだかった。 「深墨さん!」 「動きは俺が止めます。だから、思う存分やってください!」 そこを、後方からクルーヴと深墨が押し寄せる形となった。足を止めた砂狼達は、その包囲から抜け出す事無く数を減らし始めた。船足を緩めた砂上船も、こちらに向けて引き返してくる。だが呪を放つ深墨も、剣を構えて攻撃を繰り返すクルーヴにふしぎ。舳先に陣取り直した風葉も最後まで気を抜く事無く、砂狼が居なくなるまで、慎重に連携を取り続けた。 ●心遣い? 「これが魔人の息吹ですか‥‥」 駱駝を引いて近寄ってきた男が、先ほどまで降り注いでいた火の玉や気功の塊りの跡を見て呟いていた。だが一行と視線が合うと、人好きのする笑みを浮かべて駆け寄ってくる。 「助かりました、ありがとうございます、個人で隊商をしているのですが、その商いの帰りでして! 家では妻が首を長くして待っているはずなんです、もうどうなることかと」 まだまだ続きそうな話を、ニコラスが慌てて走り寄って遮った。一行はニコラスへの説教が足りていなかったが、駱駝の男のあまりのはしゃぎように、安堵を感じつつも毒気を抜かれてしまった。 「‥‥とりあえず、井戸もあることだし一休みしとくか?」 恵皇が傾けた竹筒は既に空で、一滴も水は零れてこない。見回した先に空から認めていた穴を見つけると、とりあえず表情を緩めて親指で示した。 クルーヴが岩場の陰に天幕を張り始めると、早速風葉がそこに潜り込み、一旦砂上船に戻ったふしぎが竹筒を抱えて戻ってきた。 「砂‥‥ もう、飽きた‥‥」 「まだ半分も終わってないよ。‥‥でも気持ちは分かるかな。ウィングハートの中、まだじゃりじゃりしてる」 ぴとりと頬に当てた竹筒は、まだ冷たい。それが救いでもあり、先はまだまだ長いことを思い知らされもする。 「ねえ、あんたフローズ使えるんでしょ? ちょっとこの辺、冷やしてよ」 「ちょっと、風葉?!」 だってふーくんの水遁、冷たくないんだもんと返す風葉に、クレアとふしぎは目を白黒させる。 「申し訳ありません。皆さん、かなり遠回りに進路を変更する必要がありそうです」 何時の間にか座り込んで、短銃の柄で砂に線を引きながら話し込んでいたニコラスが、立ち上がって膝の砂を払っていた。 「井戸を辿る道が最短になるらしいのですが、つい最近、サンドワームの縄張りが重なってきているそうです。‥‥その、皆さんが‥‥ いえ、何でもありません」 無言の視線に、ニコラスが両手を挙げて降参してみせると、空気を読まずに駱駝の男が口を挟んだ。 「是非、私の住むオアシスにお立ち寄りください。皆さんは命の恩人です、世界一の妻の料理でお持て成しいたしますし、浴場はありませんが水浴びの出来る泉もありますです」 「それはありがたいですね。でも、そこはニコラスさん次第かな」 顔を見合わせる深墨とクルーヴが、他の面々を見回すと。数名が慌てて顔を逸らした。 「‥‥あんたたち、何考えてんのよ?」 冷え切った風葉の声と、混浴の習慣は一般的ではありませんよとやんわり告げるクレアの声に。いくつかのため息と舌打ちが零れ、更にそれを誤魔化す咳払いが幾つか続いた。 |