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■オープニング本文 ●問題以前 空になった蒸籠を脇に寄せて積み直してから、持ってきた書類を広げてみた。 この時間は人も少なくて静かだから、場所も予算も限られてる身としては、とっても助かってる。 ……ちょっと飲茶屋さんには心苦しいんだけど、そこは国民の義務と割り切ることにしよう。 「嘆かわしいでござる。天儀でいうところの『切腹もの』という仕儀ですな」 「おう、いいぜ。止めねえから、さっさと腹かっさばけ。欲しけりゃ介錯もくれてやる」 飛び交う軽口に、悪意が無いのは分かるんだけど。それでも補給で回復したばかりの堪忍袋が、ぎゅるぎゅる膨らむのを止められなかった。こめかみに押し当てた拳を握り込んで、無理矢理抑え込む。 隣で向かい合っているのは、どちらもあたしの幼なじみ。みんな当事者なのに、錫箕(すずみ)には自覚がないし、計名(けいな)はまるっきり人事だって顔してる。 「誰のせいだと思ってんの。錫箕が帰ってこないから変な噂が立って、そのせいで人が寄りつかなくなったんだよ?」 土偶のくせに厳めしい面を作った錫箕が、いかにも心外そうに筆を握る腕を振った。 「それは全部、不可抗力でござる。見回りは伊鈷殿の指示でござったし、ここ数ヶ月は治療と称して研究室をたらい回しにされる日々。下手すれば言葉を失いかねないほどの苦行だったのでござるよ」 「ただの放置で大袈裟。からくりとか大アヤカシとか、色々絡んでたんだろ? 俺はそれで済んだことの方が不思議…… 実は済んでねえってオチじゃねえの? まだ監視がついてるとか、むしろ変な仕掛けを動かす時期を見計らってるとか」 危機感の無さに目眩がしたけど、お腹に力を込めてどうにかやり過ごす。 「あんたたちは…… もう序試まで一週間無いの立派な公務なの諸侯も天帝も待ってくれないの容赦なんてないのっ! 受験する人集めなきゃ首なんだよ、計名だって人事じゃないでしょ錫箕だって気にしてよ!」 気付いたら、両手で机を突いて立ち上がってた。手のひらがちょっと痺れてきたけど、悔しいから気のせいってことにしとく。 「伊鈷、ちょっと気が早すぎ。まだ正式な官僚って訳じゃねえんだから。言葉は正しく丁寧に、もっとこう品格って…… 分かった! 分かったから、睨むな。そして涙をためるな!」 「泣いてなんかないんだよ!」 がたりと音を立てて椅子を引きそびれた計名の膝を、あたしは思い切り蹴り上げてやった。 ●受験者回収? 泰国は天帝の名の下、「科挙試験」という狭き門を突破した官僚によって運営されている。 最初の選抜は「序試」と呼ばれていて、諸侯は封じられた地域で毎年二月に行うことが義務付けられる。 実施しないと天帝からお咎めを受ける厳密で重要な公務なんだけど、だからって担当者は面倒臭がったり手を抜いたりなんてしない。 何故って、諸侯は「序試」合格者を雇うことが正式に許されているから。即戦力は欲しいし、将来足手まといを抱えるのは得策じゃない。 そういう理由は後から知ったんだけど。これだけ手が足りないと、とりあえず納得しないと何も始められないからしょうがない。 「だからっていうと語弊があるけど。いろんな人に助けてもらったし巻き込んだし、いっぱい無理して拠点も開拓したんだよ?」 「去年は上手く行き過ぎたってとこなんかな。周りは鄙びた寒村しかないのに、塾作って、無人の砦に手入れして、何十人も生徒集めて会場用意して試験して、実際に数人合格者出して」 計名は指折り数えていたが、途中で間の抜けた欠伸に任せて、天井に向けて両手を伸ばし始めた。 力んでも仕方ないのは分かるけど、緊張感が無さすぎる。全く少しも釈然としない。 「だからこそ勿体無いでござる。白霞寨は立ち入り禁止も解かれて、修理も済んだのでござろう? なら、無理にでも人を集めて試験するしかないでござる」 「その人が集まらないんだってば。これまで諸侯に届いた願書なし。風信術で問い合わせても、白霞寨の名前を出した途端にみんな尻込み。他に科挙を開ける施設なんて急には用意できないし、受験生が住んでるのはあちこちばらばら。迎えに回るにしても、護衛と時間とお金が足りないんだよ」 自分で言っていて、ちょっと切なくなった。去年は告知しただけで二、三十人は軽く集まった。年齢制限ぎりぎりの人もいなかったし、今年は全然大丈夫って思ってたのに。 「あ、ならよ。でかい飛空船貸し切って受験者拾うってのはどうだ? 護衛も一組で済むし、何ならそのまま試験をしちまうってのもありだろ」 計名が満足げに指を鳴らすのをとりあえず睨み付けておいて、思いついた利点と欠点を一拍検討してみた。 「……白霞寨には飛空船、大型でも正面の広場に降ろせるよね。問題は回る村の方だよ」 「着陸を考えなければ、多分なんとかなるでござる。でも飛空船で試験を行うのは、無理と考えておいた方が良いでしょうな。試験官の準備もあれば、受験者の身体検査も必要。前例を作るのも一興でござるが、そもそも落ち着いて試験に集中できるか疑問でござる」 そりゃそうか、と計名も首を傾げた。 「緊張とか不安は大敵だよな。あんまり線が細いのもどうかと思うけど、向こう見ずな馬鹿しか受からないってのもキツいしな」 「……まあお節介にならない程度に、だね」 思い当たる点は書き出しながら、書類入れを計名と錫箕にも突き付ける。承認が必要な書式と手順だけ確認すると、ぐだぐだいう計名は景気良く発破を掛けて、店から放り出してやった。 |
■参加者一覧
皇 りょう(ia1673)
24歳・女・志
千古(ia9622)
18歳・女・巫
无(ib1198)
18歳・男・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
ルカ・ジョルジェット(ib8687)
23歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●浮かぶ偉容 調達した飛空船は、普通大型というものよりは大きいはずだった。 依頼書にはかなり多めの定員が記されていたし、停泊していた飛空船は実際に大きく見えた。 だから地上から見上げた空には、視界を覆うほど巨大な船底が浮かんでいてもおかしくないはずなのだが。 周りに釣られて顔を上げた皇 りょう(ia1673)の、眉が訝しげに寄った。 「少し高度を取りすぎではないだろうか。風が強いのは分かる……」 小さく強く引かれた袂を、穏やかな笑みを浮かべた千古(ia9622)が握っていた。 その横顔の先では服装も背格好もばらばらの男女三人が、見るからに濁った顔色と視線を寄越している。りょうは軽く咳をしながら、ゆっくりと視線を逸らした。 「大丈夫ですよ。滑空艇の操作は誰でも扱えるほど簡単で、思う以上に揺れは少ないものです」 確かに滑空艇の軌跡は安定していて、悲鳴の一つも聞こえてこない。 千古の言葉は誠実で、元から無い嘘の欠片は見つかるはずもない。 異議もなければ騒ぎ立てようは無いというのは正論だが。 (「悠々と飛んでいるように見えて、一向に高度が上がっていないのは気のせいだろうか……」) 出来るだけこっそりと、りょうは心の中でだけ呟くに留めると。視界を遮る深い木々の奥に意識を向けて、周囲の警戒に戻った。 片目に望遠鏡を押し当てたまま、无(ib1198)は予測した軌道を追いかけた。 狭い視界が捉えた滑空艇には、真剣だが余裕の感じられない計名が何やら後ろに向けて声を掛けている。背には受験生を乗せているはずだが、べったりと張り付きしがみついていて性別すら判然としない。 その静かさは誰にとっても都合が良い筈だが、悲鳴も出せないほどの怖がりようだとすれば同情せずにはいられなかった。 「あれじゃダメだね〜 もっと大きな風を掴まないと、ここまで昇って来れないかな〜」 片目だけで続きを促す无に、ルカ・ジョルジェット(ib8687)はゆっくり左から右に揺らしていた手のひらを止めて、その先に目を凝らした。 「あそこの峰で跳ね返ってる風が無難だけど。少し遠いし、少年は気付かないかな〜」 无が止める間もなく、ルカは舷側に乗り出したが。肩の銃に手を掛ける前に、倉庫のある区画から小さいながらも何かが爆発する音が響いた。 音は続けて二つ。わずかに遅れて黒い煙、そして甲高い声までが流れてきた。内容までは聞き取れないが、伊鈷とリィムナ・ピサレット(ib5201)に違いない。 「別にふざけている訳でも、喧嘩をしている訳でも無さそうだが…… どちらが行く?」 泳いだ手を懐に戻す无に、銃を担ぎ直したルカは踵を返して手を振った。 「少年も煙で風に気付いたようだし。うん、滑空艇の改造は任せてよ〜」 「……壊してくれるなよ?」 振り向いた先に、既にルカの姿は無かったからではないが。无は覇気のない応援と一緒に、ため息をこぼしていた。 ●夕日に染まる 茜に染まった雲の果てに、熟れきった鬼灯色の太陽が沈もうとしていた。爛れたように揺らめきにじむ様は、不吉な色だからこそ見るものを圧倒する。 「これほどの絶景、肴にしない手は無いんだが、な。飛空船を停める訳にはいかないか」 无は外套の襟を掻き合わせつつ、夕日から目を離した。まだ陽は残っていても、徐々に空と雲の境は藍を深めてゆく。 泰国中部は天儀本島よりもよほど温暖で、雪も滅多に降らない。だが雲の上ともなれば話は別で、しかも飛空船は出せる限りの船足で風をかき分け進んでいる最中だ。 受験という大敵を明日に控えた今、余計な気分転換を強いるのも、それで体調を崩させるのも得策ではない。 それに第一、まだ受験生の回収が終わっていなかった。 備え付けの滑空艇は動力の付いていない脱出用がほとんどで、二台しかない通信用の機体には、一目で骨董品と分かる風宝珠が無理矢理取り付けられているだけだった。 後ろに乗せる受験生は空に不慣れで、滑空艇を操る難易度を跳ね上げるに決まっていて。 挙げ句の果てに、開拓者一行が地上と飛空船、二手に分かれて警備を受け持てば、実際に空を飛ぶのは計名と伊鈷が受け持つしかない。 それは大方の予想通り、見ている方にこそ多大な気疲れをまき散らしつつ、白霞寨に着いてもおかしくない今頃になってさえ、ようやく予定の半数を迎えるに留まっていた。 「そろそろ見張り、交代…… って、わぁ! 今にもとろけそうなトマトみたい!」 勢い良く甲板に出てきたリィムナは、地平線に向かってきれいきれいと目を輝かせた。 「中の様子はどうだろう? ……皆、少しでも気が紛れていれば良いのだが」 「それがね、おかしいの」 自身の受験を思い起こして声音が小さくなる无に、リィムナの忍び笑いが被さった。 「気が紛れるようにいろいろ話しかけてみたんだけどね。それが全部、いつの間にか『四経三書』の一節につながっちゃうの。それに賛成する人も反対する人もいてね、それがまたおもしろいんだ!」 ことわざでしょ、戦術論でしょ、それから天才軍師の問答とかね、と捲し立てる。 「いくつも解釈があって、その受け取り方も違うのばっかり。それでも喧嘩にならないのが不思議なんだけど! ……あ。なんか少しだけ、理由が分かった気がする」 唐突に言葉を途切れさせたリィムナに、无は当たり前のように頷く。 「人の話を聞くことは、別に難しいことではないさ。通じる言葉があるんだ、ケモノの仕草を読むより造作もない」 だがその言葉に頷く様子もないまま、リィムナは舷側に飛びついていた。 「あれ、あそこ! あの黒いの、影だと思うんだけど…… それらしい雲なんて、無いよね?」 まだ残る照り返しが、途中で二股に分かれていた。そこには何も見えないが、波打つ雲海の動きを大きく越えた黒い染みが、確かに影のように映っていた。 「空に浮かぶ、透明で不定形。特徴が一致するのは『風柳』だが、大きさが読めないな。……式には遠い、千古さんに見てもらうか?」 「大丈夫! こんな時のための呪文、ちゃんと用意してきてるんだから。安心して、一気に片づけるよ!」 長い杖に一度よろめきながらも、リィムナは壁と手すりを支えに体を固定した。影と残照を睨みつけたまま、小さく短い言葉が紡がれる。 喚ばれた炎がリィムナの頭上に小さく灯った。渦を作って風を吸い込むと、大きさはそのままに輝きだけを増す。 リィムナが杖で小さく足下を突くだけで、火球が尾を引いて宙を流れた。 影の手前で唐突に宙に消えた、その刹那。 辺りには空を打ち付ける轟音と、木っ端を燃やし尽くす爆音と共に、巨大な篝火が現れていた。 それは風に流れる柳のように、しなやかな枝葉を風に揺らせるように。 踊るように炎を揺らしつつ、だが末期の呻きを吐くこともなく。 呆気に取られる无とリィムナの前で影を追い払うほどの光と音を放ってちながら。雲と空の間でしばらくの間を、ただただ燃え続けた。 ●惨状には程遠いけれども 朱に染まる布張りの壁が震える。束の間、確かに部屋の影が薄まった。 「これも風宝珠のおかげ、ということになるのでしょうか……」 千古は思わず握りしめていた筆を置いて、肩からそっと力を抜いた。 船倉を改造したこの部屋には、比較的近い場所に飛空船の推力たる風宝珠が置かれていた。常に吹き出し続ける暴風が障壁となり、精霊力の爆ぜた余波を削いだ、と推測出来るものの。 そもそも風宝珠がまき散らす騒音と振動に、顔を青ざめさせ床にうずくまるものが多い訳で。それは断じて、素直に喜ぶ状況ではなかった。 「別にそれでも良いさ。合図もないし船足も落ちないんなら〜」 「割り切るしかないだろうな。風もアヤカシも、事前に調べてこれだ。あとは精々、この先揺れないようにと祈るくらい……」 指先で帽子を回すルカに、相槌を打つりょうが不意に口籠もった。 「りょう様、他に気になることでも?」 「その、だな。……そろそろ、夕餉の時間ではないだろうか、と。いやいや! 私も小腹が空いてないとは言わないが! 大一番を前に日頃の習慣を崩すのは良くないし、まして空き腹を抱えていては勝てる戦にも負けてしまうと思ってだな!」 千古とルカが口を結んだまま表情を緩めると、りょうは顔を赤らめながらも拳を握り込んだ。 「科挙にも出題されたことがあると聞いている! 兵法の心得だったか、徳の将軍の語録だったか判然としないのだが…… いや、氏族運営の秘訣だったか?」 まあ、どれでも説得力はあるかとルカが軽く流した。 「今年が最後のチャンスとか何とか、切羽詰まってるのがいたっけな。そんな奴こそ、さっさと寝かせるべきだしな〜」 帽子を乗せ直したルカが得意げに席を立とうとしたところで、千古が腰を浮かせた。 「牛乳も葡萄のお酒も、積んでいるとは聞いてます、けど。……その、お昼にお茶を淹れた分で、薪がもう無いのではないかと……」 試験会場には、たっぷり用意しているそうですけどと小さく続ける千古に。今度はりょうとルカが、見合わせた顔を弛ませた。 ●静かな月夜、霞に臨む 甲板で警戒を始め、見張りを降ろして挨拶を交わし、不安そうな視線に晒されながら、滑空艇で地上と飛空船を往復する。 狙ったように強くなる風と、止むのを待てば深くなる雲。空中で耐えきれずに泣き出す受験生、それを見て連れ帰ると騒ぎ出す親御さんたち。 「結局何事も、楽しんだもん勝ちってことだよね〜」 「慣れと自虐は紙一重だって、俺は思うけどな」 いつの間にか意気投合していたルカと計名が何を言いたいのか、リィムナに分からなかった。詳しく問う前に『人心掌握のための宝籤』が受験生を巻き込んだ大議論になれば、その場は有耶無耶に終わってしまっていた。 再度突きつけられたのは、白い霞を湛えた山が遠くに見え始めた頃。 甲板を見回るリィムナに少し涼みたいという伊鈷が付き合い、一頻り白霞寨の今について楽しそうに語った後のことだった。 「リィムナはさ。何で科挙を受けようと思ったの? ……うーん、じゃないか。何で今年も受けようと思ったの、だよ」 言葉を詰まらせたリィムナに、伊鈷が慌てて手を振った。 「変な意味じゃないんだよ? 昼間の議論は聞いたし、不安がる子と問題出し合ったりしてたでしょ。しっかり仕上がっているのも、それが随分無理してきたからっていうのも分かるつもり」 だからなの、と伊鈷は不安を乗せた声でつぶやいた。胸の奥にくすぶる葛藤を、けれどもリィムナは腰に手を当て、鼻で笑った。 「あたしは、家族を幸せにするために魔術だって覚えたんだよ? こんな大きな野望の前に、官僚がどうとか小さいことは気にしないの!」 それでも緊張を崩さない伊鈷に、リィムナは結局、ばつが悪くなって頭を掻き出していた。 「ほら、根っこはいろいろ人それぞれだけど。でもしっかりした知識のお作法を身につければ、きっと行動も信念も、はっきり形にして分かりあえるかなって。……暗記した知識は使えてこそ活きるって、心の底から思ったんだ」 勿論暗記の達成感は大きいし、それが楽しいのも分かるけどと、結局最後はお茶を濁してしまったが。 「大丈夫だよ。ずっと『小異を認め尊ぶ』って言ってたんだから。リィムナはきっと大丈夫」 伊鈷はべちゃりと甲板に座りこんでしまいながら、まぶしそうにリィムナを見上げて目を細めた。 ●どこまでも白い砦 手元の暗い夜ゆえ、飛空船は錨を降ろすのみに留められ。一行は再び、滑空艇に乗って空を舞う羽目になった。 視界が悪いことが不安を和らげたのか、単に夜が更けて眠いだけなのか。実は頂点に達した緊張が口を塞いだだけかもしれないが、受験生全員無事に、騒ぎを起こすこともなく白霞寨へと降り立っていた。 「手続きだけはしておくからさ、考えておいてよね」 気が早いよと真っ赤になるリィムナの頬を、伊鈷がぷにぷにと突きまくっている。 「半年ぶりの白霞寨か。すっかり元通りどころか、改修も進んでいる。大したものだ」 瓦礫が積み上がっていた筈の場所に、真新しい門が篝火に照らされ立っていた。感心するりょうに対して、无の歯切れは悪い。 「どうしたのだ、无殿。何か気になることでもあるのだろうか?」 「ああ、ずっと違和感があったんだがな。それが何かやっと分かった」 りょうは辺りを見回すが、无は静かに首を振るだけだった。 「開拓者ギルドが下した判断だ、今ここが安全だというのは正しいのだろう。だが半年前、ここで討伐したのは大アヤカシだったはず。それにしては静かすぎるとは思わないか?」 雲龍舎に目を止めた无は、口元を皮肉げに曲げた。 「今北面では大騒ぎじゃないか。弓弦童子を倒した後に残った、護大とやらで」 りょうは息を飲むが、无はただ肩を竦めるだけだった。 |