【負炎】襲撃の狼煙
マスター名:機月
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/10/31 21:00



■オープニング本文

 理穴は武天との国境近く。牧場と見紛う平原には様々な物資が山のように積まれている。それらの荷は米俵から長持、挙句に鎧一式が大八車に括られているものまで多種多様だが。それにもまして異様なもの、海辺で見るような強大な「船」のようなものがその巨体を横たわらせていた。人里でも滅多に見られない「飛空船」だ。
「しかしまあ、あんなのが空を飛ぶとはねえ。まあ俺から見たら、海に浮かぶのも同じくらい不思議だけどなあ」
 天幕から出て背伸びをしていた涼翠(りょうすい)が、少し離れた場所に着陸している船を見て独り言ちる。
 昨日飛空船が到着し、荷物も人も一気に増えた。どちらも喜ばしいことこの上ないが、一緒に付いてきた情報は扱いに困った。曰く「各地でアヤカシだけでなく、盗賊団の動きが活発になってきている」と。
「物資の豊富な集積地か。人手さえあれば、格好の獲物だよなあ」
(「‥‥昨晩は船旅の疲れを癒すという名目で、力一杯酒盛りなんぞしてしまったが。今晩からは歩哨も増やした方が良さそうだな」)
 あごに手をやり考え込む涼翠は、何やらキナ臭さを感じる。すぐに気付いたが、どうやら気のせいではないらしい。
「涼翠さん!」
「おう、こっちからも見えた! 白昼堂々、狼煙とは舐めた真似しやがって」
 棚引く煙は心許無いが、役割は十分に果たしている様だ。最初に見つけた狼煙は北側から上がっていたが、それに呼応するかのように南側からも上がり始める。
「ど、どうするよ?」
「びびってんじゃねえよ! とりあえず船の奴らに連絡、作業を中止して応戦に決まってるだろ!」
 とその前に、と天幕の中に声を掛ける。
「早速で悪いが出番みたいだ。頼んだぜ、開拓者の皆さんよ!」


■参加者一覧
土橋 ゆあ(ia0108
16歳・女・陰
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
鳴海 風斎(ia1166
24歳・男・サ
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
水津(ia2177
17歳・女・ジ
喜屋武(ia2651
21歳・男・サ
雲母(ia6295
20歳・女・陰
朱点童子(ia6471
18歳・男・シ


■リプレイ本文


●迎撃準備、開始
「久しぶりだ、この土と格闘する感触」
 日に焼けた体躯に汗を流し、軽々と穴を掘りあげるのは喜屋武(ia2651)。元々山での生産に関わる氏族の出、岩木や土には慣れ親しんでおり、こんな力作業は心底懐かしいらしい。
「えと、作業員の皆さんはこの辺りに‥‥ 次の穴、お願いできますか?」
 見取り図と格闘しながら作業員に指示を出しているのは水津(ia2177)。自身も『力の歪み』を使っては、要所に軽々と落とし穴を掘りぬく。最初は侮っていた腕っ節自慢たちも、最初はその技に、続いて指示の的確さを驚きながらも歓迎し、結局忠実な手足となって作業に邁進している。
「ふむ。こんなものでよろしいか、水津君」
 穴から這い上がり、水津に声を掛けるのは鳴海 風斎(ia1166)。けだるげな仕草がポーズだと気付いてからは、水津もあまり躊躇せずに接している。
「は、はい、大丈夫です。えと、次は‥‥」
 ふむ、あの辺りか、と地図と作業場所を見比べて確認すると、鳴海はゆっくりとそちらに向かって歩きだす。

 その周り、作業員を引き連れているのは輝夜(ia1150)と土橋 ゆあ(ia0108)。賊の進入経路を限定するために、南北に通路を作る以外、設営地から百メートルほど離れた場所を柵で囲っている。設営地と柵の間にある程度の距離が必要とはいえ、その分中々の広範囲となってしまった。そのため防壁とまでいうものは作ることが出来ない。
「我らが備えている事を伝えるのが第一の目的。それで敵を退散出来るのが一番なのだが‥‥」
 そんな物分りの良い連中ではないだろうな、と呟く輝夜。
「ええ。ですが事前の準備は選択肢を増やす意味でも重要です」
 示威にもなれば一石二鳥ですし、と罠の設置場所を検討しながら、ゆあも相槌を打つ。

「まだ集めるのかぁ?」
 荷車から拳大の岩を降ろし切ると、けだるげな声を上げて朱点童子(ia6471)は問う。
「うむ。十人程度の予備の武器としては、こんなものだろうか」
 小山に積まれた成果を見て、満足げに頷くのはキース・グレイン(ia1248)。
「では次は反対側だな。同じくらい集めれば十分だろう」
「なんだよ、まだ半分かよ!」
 続いた朱点の叫び声は、キースの一睨みで黙殺され。集積地の外周で岩を拾いながら、反対側の南口へと向かう。

「ふむ、中々良い日和ではないか」
 見張りと称して、飛空船の甲板に寝そべるのは雲母(ia6295)。
 たまに作業員が無粋な足音をたてる以外、天は高く、視界を横切るのは赤蜻蛉くらいのもの。
「‥‥ここも戦場には違いないのだがな」
 思わず零れた鼻歌に、少し感傷的になりすぎるか、と独り言ちはするが。
 流石に荷物から酒瓶を取り出すのだけは止め、弓の手入れを始める雲母だった。

●狼煙?
 棚引く煙を一瞥すると、一行はそれぞれ事前に打ち合わせた配置への移動準備を始める。
 設営地の北側と南側に、開拓者は五人と三人。弓隊として選抜した四十人の作業員も半々に分かれようというところで。
「‥‥なあ。何かきな臭いの、気のせいじゃ無いような気がするんだが?」
 朱点に釣られて周りを見渡す一行は、北東側の草原から大量に白い煙が迫ってくるのに気付く。
「な‥‥ まさか、奴ら火でも放ったのか?!」
 輝夜は思わず絶句するが、水津は冷静に状況を把握する。
「いえ‥‥ 単に火を付けたにしては煙が白すぎます。煙幕の類ではないかと‥‥」
「火ですか。‥‥備えておいた方が、良いのではないかしら」
 ゆあの呟きに一同身を強張らせるが、それは一瞬のこと。
「涼翠さん。弓隊から半分割いて構わない、防火というか消化の対応、お願いできないだろうか」
 素早く水場との距離を目で測りながら、喜屋武は問う。
「分かった。十人でいいと言いたい所だが、万が一は許されないからな」
 人員は借りてくぜ、と一同に声を掛けると、右往左往し始める作業員を取りまとめるためにそちらに向かう。
「ありがたい。‥‥僕らは僕らの仕事に向かおうか」
 鳴海はまだ戦う方が楽だと言わんばかりに溜め息をつくと、作業員への視線を切って移動を始めるのだった。

●会敵
 北東からの風に乗って、白煙が平原を満たす。
 どうやら敵は、北方向からそれに紛れて距離を詰めている。やけに騒がしい行軍から、それを察することは出来るのだが。
「これは‥‥ 拙いんじゃないか?」
 キースは相手の様子に、視界が遮られていること以上の不安を感じていた。そもそも賊が煙幕を張っているとはいえ、あからさまに音を立てるだろうか。それも騒々しいというより、どうもこう、動物的というか‥‥
 その思考を破るかのように、一際甲高い声を上げてその煙から飛び出す人影が五、六体。やけに小柄と不審に思う前に、思いがけない衝撃を受ける。
「小鬼! この一団、アヤカシなのか?!」
 作業員は予想を覆す脅威に驚いているが、開拓者の驚きはそれを上回る。アヤカシが獲物を前にして組織的な行動を起こすなど、普通は考えられない。
「これは早まったか」
 ぼそりと呟く鳴海は、少々恨めしげに物資のほうを眺めてみるが、それも一瞬のこと。太刀を両手に構えて戦いに臨む。
「小鬼風情に、退去勧告は通じんな。‥‥何より、勿体無いというものよ」
 見事な弓を構えた輝夜は、傍若無人に柵に入り込むアヤカシに向かって矢を放つ。一矢で瘴気に帰る様を見て、慌てて戻るもの、向かって来るもの、様々であるが。どちらにしろ、遠く離れた間合いは輝夜にとって有利に働く。自分に近寄らせること無く、その数をどんどん減らしていく。
「こちらも負けてはいられませんね」
 開けた通路をひた走ってくるアヤカシどもを見て、喜屋武は呟く。
「かなりの数だが、咆哮を使うまでも無いのは良い」
「手加減をする必要もないしな」
 嘯く鳴海、それに不敵な笑みを浮かべて相槌を打つキース。
「皆さん、慌てなくて大丈夫ですからね。倒そうと思う必要もありません」
 作業員の動揺は、ゆあが抑えている。
 次々と際限なく湧いてくるような錯覚に怯むことなく、一行はアヤカシとの戦闘に入る。

●強襲?
 設営地の南側には、馬に乗った賊の一団が東側から回り込んでいた。柵をぐるりと回っていたが、南側入り口から少し遠ざかって一旦止まると、遅れて到着した荷車を囲んで何やら作業を始める。
「何をするつもりなんだか」
 通路に荷車を倒した即席の防壁から、その様子を覗く朱点。
「良いから貴様もこっちを手伝え」
 落とし穴を掘った土を利用して作った土嚢を作業員に運ばせる雲母が、手を止めた朱点に指示を飛ばす。
「や、相手の出方を見る役も必要だろ? ほら、動き出した、‥‥って!」
 直接攻め入ってこないのは、防衛側の準備は固いと判断してのことなのだろう。だが、それに対して打ってきた襲撃側の手は、荷車に牛を繋ぎ、設営地に向かって突撃をさせようというつもりらしい。荷が何かは分からないが、煙が棚引いているのは残念ながらはっきり見えてしまう。
「ど、どうしましょう?!」
「そんなに慌てる必要は無い。あんな杜撰な手、そう思い通りに行ってたまるか」
 うろたえる水津に向かって、雲母は悠然と弓を構えつつ言葉を吐き捨てる。
 その言通りというか、荷車は三台用意されていたようだが、一台は早々に方向を変えて柵を突っ切ると、落とし穴に落ちてその動きを止め。もう一台はゆあが仕掛けた地縛霊に嵌り、その場で大破。
 だが最後の一台は、その音や衝撃に怯える形で勢いを増し、まっすぐに荷車と土嚢の防壁に向かって駆けてくる。
「牛に罪は無いかも知れないが。まあ、運が悪かったと諦めてくれ」
 雲母は鷹揚に弓を構えると、引き絞った矢に全神経を集中させて荷車を打ち抜く。一瞬で残骸になる荷車を見て、それに続こうとしていた賊どもは慌てて元の位置まで戻る始末。
「すげぇ」
 朱点は思わず感嘆の声を上げてしまったが。
「いかん、これは状況を膠着させてしまうか?」
 雲母は少し苛立たしげに呟くが、結局そのまま賊の出方を待つことになる。

●炎上?
 盾を構えながら突っ込んでくる小鬼をも容赦なく打ち抜く傍ら、輝夜は背後にかすかな異音を感じる。振り向いたすぐ背後は飛空船の船首だが、船尾のほうが何やら騒がしい気がする。
「何事だ?」
 輝夜が陣取っていた北側船首より小走りに側面に回りこむと、煙に紛れて南方向へ駆け抜けた騎馬隊が馬首を返そうというところ。そして飛空船には、煙噴く火矢が十数本は突き立っている。
「‥‥ちっ」
 残念ながら弓の射程内に相手は居らず、仲間も声が届く範囲にいない。一瞬どちらに駆けつけるか躊躇する輝夜だが、不意に騎馬隊から視線を感じてそちらを見やる。遠くて良く見えはしないのに、確かにこちらを嘲笑する雰囲気を見せ付けると、その騎馬隊は手下に合図を掛けてそのまま煙に紛れて遠ざかる。
「‥‥この借りは必ず返す」
 煙に向って一言呟くと、片付きつつある北側防衛は仲間に任せ、輝夜は飛行船の船尾に向って走り出した。

●戦い終わって
「物資は無事だし、大した怪我人も出なかった。まあ、それで良しとしとこうじゃねえか」
 涼翠は一行に笑いかける。‥‥少々、苦笑気味であったのは仕方が無いかも知れない。
 結局、北側アヤカシも南側賊の一団も、何とか追い払うことが出来た。
 火矢を射掛けられた飛空船は、延焼は免れたがすぐに飛行は無理という損害を受けてしまった。とはいえ手持ちの資材で修理可能である上、急ぎの仕事は入っていないとのこと。一行もその修理に手を貸すことで、短期間で終わらせることが出来る見込みではある。
 問題はそれ以外の点だというのが、開拓者・作業員全員の、一致した見解だった。
「この一回で済ませたかったんですけどね」
 多くの作業員と柵を補修しながら、喜屋武は呟く。向かってきたアヤカシは退治できたとはいえ、賊は取り逃がしてしまっている。もう襲撃が起こらないとは、残念ながら言うことができない。
「それにアヤカシと連携する賊だと? くっ、何としてでも奴らを捕らえて事情を聞き出すべきだったか‥‥」
 狼煙以外、特に合図のやり取りは見られなかったが、それだけでも十分に脅威である。睨み合いで終わってしまった南側守備隊は、雲母のように息巻く者も少なくなかったが。まずは一様に、心の底では安堵していた。
「早いところ、合戦なんて終わって欲しいものだ」
 面倒くさそうに呟く鳴海に、朱点は大きく頷きながら賛成の意を示す。
「そうだな。でも決戦は近いって話だろ、酒と博打が恋しいが、もう一息ってね」
 あとどれだけこんな戦いが、各所で続くのだろう。そんな思いに駆られながらも、やはりけだるげなポーズは崩さず。鳴海は静かに作業に戻るのだった。