山と雪崩とアヤカシと
マスター名:木原雨月
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/20 00:58



■オープニング本文

 天儀本島の北部に位置する理穴よりも更に北、空の向こうにその儀はある。
 極寒の北方、ベラリエース。その国の名をジルベリア帝国という。
 強大な皇帝に治められるその国は、今は長い冬の中にある。二月とはいえ、雪解けにはまだまだ時がかかるだろう。
 そんなとある山中を、一人の猟師が歩いていた。珍しい冬晴れの日の暮れである。
 雪を踏みしめる音だけが聞こえる獣道を、猟師はまるで迷うこともなく歩いていく。山道は険しいが、しばらくすると傾斜がなだらかになり、雑木が茂るものの比較的視界は良好だ。そこで猟師は一つ息を吐いて、腰が軽いのにまた嘆息し、弓を背負い直して再び黙々と雪の中を歩き出した。
 溜息の訳は、ただ一つ。せっかくの冬晴れであるのに、足跡ひとつ、獲物一匹見当たらなかったことだ。猟師を生業とする彼にとって、獲物が捕れないとは死活問題である。
 しかしやがて、猟師はふとその足を止める。そろそろ自分の帰りを待つ愛犬たちの声が聞こえてきてもよさそうなものであるが、相変わらず自分の息遣いと雪を踏む音しかしない。いつもと違う、何かピンと張り詰めるような気配を間近に感じて、猟師は息を殺しそろそろと歩を進めた。
 寝泊まりしているダーチャ――小さな畑と山小屋――が見えようかというところまで近づいた頃。猟師は足を止めて、じっと目を凝らした。
 猟師の視線の先には、黒い塊。一面雪の中では、その黒はやたらと目立つ。しかしその黒の周囲は、ぽっかりと開いた広場のようになっていた。ダーチャがあったはずの場所がまるで雪崩でも起きたかのように平らかにされ、畑のあった場所にその黒は寝そべっているのだ。
 猟師は眉を顰めた。ゆっくりと静かに息を吐きながら、足音を立てぬよう後退る。
 微かにその黒が上下するのを確認し、猟師は背を向けて雪山を降りていった。

 冴え冴えとした月が昇り、夕飯も済ませてそろそろ寝ようかという頃。裏口の戸をトン、トトン、トンと調子を付けて叩く音がした。村長である男の家で、裏口の戸を叩く人物は一人しか居ない。珍しい訪問者に、村長は「おや」と首を傾げる。
「山じい、どうしたんだ。上のダーチャで何かあったのか」
 招き入れながら村長が言うと、山じいと呼ばれた猟師は「うん」とひとつ置いてから口を開いた。
「すまんな、村長。アヤカシが出てなぁ」
 今日は晴れたな、と言うように山じいはのんびりとした口調でそう告げる。ヴォトカを瓶ごと手渡しながら、村長は目を見開いた。
「アヤカシだって? ‥‥相棒たちは」
「うん、ダメだったみたいだ」
 きっと頑張ってくれたんだけれど、と呟いて、山じいは「アヤカシだが」と口を開いた。
「イノシシ‥‥と言ってもわからんかな。首が短くて、黒い剛毛に覆われたちょっと大きいブタだと思えばいい。まあ、それは通常の大きさであって、あやつはそうだな‥‥2メートルくらいか。とても頑丈というわけではないとはいえダーチャを破壊してくれるほどだ、あまり暴れるようなら雪崩も起きかねん」
 雪山の小さな村では、アヤカシはもちろん脅威であるが、いつ起きるかわからぬ自然界の猛威も同じぐらい恐ろしいものであった。雪崩に呑み込まれ、その命が無いとなれば、アヤカシに暴れられることも同じなのだ。
 しかしアヤカシには対抗の手段がある。村の安全は第一に確保されるべきで、村長は早速開拓者ギルドに依頼を出すことを決めた。
「山じい、どこへ行くんだ」
 踵を返しかけたところで、戸口を出ようとする山じいを村長は慌てて引き留めた。
「下のダーチャを借りるよ。そうだ、道案内が必要ならわたしがするからと伝えてくれ」
「あんな掘っ立て小屋‥‥ろくな暖房がないし」
「立派な暖炉があるじゃないか。それに、寝袋ぐらい持ってるよ。保存食もある」
「毛布を出してくるから待っててくれ。それから、ヴォトカをもう一瓶用意するから」
 男は棚から新たにヴォトカを取ると山じいの胸に押し付けて、奥の間へと駆け込んでいった。

 ほどなくして、開拓者ギルドに寒村から連絡が入る。
 内容は冬山に現れた、イノシシの姿をしたアヤカシ退治だ。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
サンダーソニア(ia8612
22歳・女・サ
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
琉宇(ib1119
12歳・男・吟
袁 艶翠(ib5646
20歳・女・砲
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ
烏丸 紗楓(ib5879
19歳・女・志
山奈 康平(ib6047
25歳・男・巫


■リプレイ本文

「おお寒。ジルベリアの春はまだまだ遠いなー」
 肌を締め付けるような冷たい空気に、ジルベール(ia9952)は思わず肩を竦めた。その後ろで、袁 艶翠(ib5646)は不満げに外套の前を閉める。豊満なバストを見せびらかしているではないが、艶翠の美意識故に、この寒ささえなければと恨めしく思わずにはいられない。
「寒いねー。帽子もコートも手袋もあるけど。うん、寒いね」
 サンダーソニア(ia8612)はハツラツとした声を上げる。寒いは寒いが元気があればなんでもできる、ぐっと拳を握りしめるその隣で、烏丸 紗楓(ib5879)はふうと息を吐いた。
「寒いのはちょっと苦手だけど、まあ相手さんが出る所選んでくれないんだから仕方ないか」
「しかし、雪崩相手とは難しい。‥‥いや、違う。静かにアヤカシ退治をしなきゃならんとは厄介だ」
 雪の積もる山並みを見上げながら、山奈 康平(ib6047)は頭を掻いた。アヤカシ退治はこれが初めてだが、アヤカシ退治と言えば武器や術などによる立ち回りである。
「そうね。派手に暴れては雪崩の危険もあるし、ただほっといておくのも危険だし」
「僕は雪崩をうまく利用できないか考えていたんだけれどもね」
 琉宇(ib1119)が「あはは」と笑った時、後ろから穏やかな声が聞こえた。
「それはやめておいた方がいい。雪崩は思うよりも恐ろしいぞ」
 振り返ると、鼻まで隠すように目深に帽子を被った猟師が立っていた。山じいである。弓を担いでいるが、開拓者であるジルベールが持つような弓ではない。
「うん、雪崩は起こさないようにするつもりだよ」
「でも、このままでも雪崩が起きる危険はあるのよね‥‥となれば、少し雪を減らすのはどうかしら」
 艶翠がずずいと身を乗り出した。
「大きな雪崩が起きる前に小規模な雪崩を起こすのは、雪崩対策のひとつって聞いたわ」
 そうだの、と山じいが頷いた時、ライ・ネック(ib5781)と村長が並んでやって来た。
「村の人から、かんじき借りて来ました」
「こっちはシュヴルイユ(鹿肉)だ。少なくて申し訳ないが」
 差し出された布袋には、見た目にもずっしりとした肉塊が入っているようだ。鴇ノ宮 風葉(ia0799)は顔をしかめる。陰陽師の風葉だが、実家では肉食を禁じられているらしい。それ故か、風葉自身も菜食主義者であった。
 ジルベールは目を見開く。
「シュヴルイユ? そんな高価なもの、いいんのん?」
「他は干し肉にしてしまっているんだ。焼くなら生肉の方がいいだろう」
 村長の言葉に、ジルベールは「おおきに」と頷いた。
「そうだ、村長。今話してたところなんだけど、雪崩を防ぐために小さい雪崩を起こそうかと思っててね」
「それは有り難い。けど、無理はしないでくれ。アヤカシ退治が無事に終わって、それでも余裕があったら頼むよ」
「大丈夫だよ、風葉さんが「ファイヤーボール」でぱぱっとやってくれるから」
「肉を焼くのもね」
「むむ‥‥アタシを発破業者か、そうでなければ火打石か何かと勘違いしてないでしょーね‥‥」
 その声に笑い声が重なって、一行は賑やかに出発した。

 雪の山道は、比較的歩きやすい上にライがかんじきを用意したお陰でかなり楽になったと言えよう。しかしそれでも不安定な雪の上を、それも斜面を歩くことはただの坂道を歩くこととはわけが違う。
「これが四時間は結構あるね、厳しいね」
 サンダーソニアは厳しい厳しいと言いながら、しかしその声はやはりハツラツとしている。その明るさが開拓者たちを和ませた。
「そうだ。山じいは猪を狩ったりするんだろうか。その時の話を聞かせて欲しいんだが」
 康平が言うと、山じいは「うん」とひとつ置いてから口を開いた。
「野性のイノシシだったら、まず寝屋山‥‥寝床にしてるところを探してな。犬をかける。そうやって追い立てた所を狙うんだ」
 犬、と聞いてジルベールは顔を上げた。穏やかに康平と喋っているように見えるが、やはり無念さはあるだろう。苦楽を共にした、相棒であったのだろうから。
「犬のこと‥‥残念やったね」
 ジルベールの声に、山じいは一寸振り返る。「うん」とひとつ置いて、口元を穏やかに緩めた。
「さて、ここからは少し傾斜がきつくなる。斜めに登って行くからの」
「あ、少々お待ちください」
 ライは息を整え、目を閉じる。
 開拓者たちの息遣い、踏みしめられた雪が軋る音、枝からぽたりと水滴が落ちる音──
 雪崩の徴候となる程の軋りや、何者かの足音も無さそうだ。
「大丈夫そうです。行きましょう」
 ライの声に頷いて、開拓者たちは再び歩き出した。
 ジルベールは先頭を行く背中を見つめる。目深に被った帽子のせいで、その目は見えなかったけれど。
 ──仇は取ったるで。
 唇を一文字に引き締めて、雪を踏みしめた。

「うわ‥‥」
 しばしばライの探索に足を止めつつ、厳しかった傾斜がなだらかになり歩きやすくなった頃。一行はアヤカシが現れたというダーチャに辿り着いた。声を上げたのは紗楓だ。視線の先には、山小屋の残骸と荒らされ放題の畑だったと思しき土の山である。
「わたしが見た時には、その畑に寝そべっていたよ」
 毛布で包んだ楽器を抱え直して、琉宇は雪の積もっていない畑を見回した。一人で耕すにはちょっと広い畑だな、と思う。
 山じいはやがて一つの袋を取り出した。どうやら狼煙銃代わりのようである。終わったら燃やしてくれと言い置いて、山じいは去っていった。
「ほな、静かに罠の設置しよか」
「あ、そうだね。風上はどっちかな」
 サンダーソニアは、きょろきょろと辺りを見回す。肉の匂いは出来る限り遠くまで、アヤカシまで届くことが望ましいが、頬に感じるのほどの風は今日は吹いていない。少し考えて、雪崩対策のためにも雪の積もっていない畑の脇で火を熾すことにした。それから道具を出し合って、それぞれ準備に取り掛かる。
「それにしても、イノシシそのものみたいだよね。アヤカシというよりケモノみたい」
 肉にヴォトカをかけながら、琉宇が呟く。
「なんで琉宇がヴォトカなんか持ってんの? 飲めないっしょ?」
「だって、話を聞いてるとすごくケモノみたいなんだもの。それなら、お肉を食べたら眠くなるんじゃないかなぁって」
 山小屋の残骸から薪になりそうなものを見繕っていた風葉の声に、琉宇は「あはは」と笑った。
 一方。
「雪だるまを杭代わりに作るのはどうだろうか」
 強度を上げるために二本ずつ束ねて荒縄を張っていたジルベールは、康平の声に目を丸くした。
「木々の間に縄が張れるのだからそれがよいと思うが、肉からは少し距離があるだろう。雪だるまは硬く作れば、なかなかの重さにもなる。雪だるまに縄を持たせておいてみるのはどうだろうか」
 丁度白い荒縄もあることだし、とジルベールが用意した荒縄を指す。出発前に雪に紛れるよう、白く塗っておいたのだ。また感づかれぬよう、仕掛けの際には細心の注意を払っている。
「山奈さん、面白いこと思い付くなぁ」
 平原や杭の無い場所などでは、それはとても効果的かも知れない。しかし山小屋を破壊するほどの突進力を持つアヤカシ相手に、足を引っかけられるほど硬く重い雪だるまは時間的にも作れそうになかった。仮に作れたとして、その雪だるまが斜面を転がり落ちたら、という懸念もある。
「ううん、でもそれ何時かやってみたいな。良いカモフラージュにもなるで、きっと」
 ライの撒菱をピンと張った荒縄の周辺に設置しながら、ジルベールは微笑む。豊かな発想力に素直に感心したし、雪のあるこの季節、こうした土地だからこそ出来る作戦には違いなかった。
「あの‥‥艶翠さんの武器はそのマスケットなの?」
 壊れた小屋の影で紗楓が言うと、弾の具合を確認していた艶翠は不思議そうに「そうだけど」と返す。紗楓は少し迷ったが、思い切って口を開いた。
「あまり大きな音がするのは、雪崩の危険があると思うんだけど」
「あ、ボクは今回「咆哮」使わないよっ。叫び声で雪崩が起きたら大変だからね」
 本当は思いっきり叫びたいけど、と肉を回しながらサンダーソニア。風葉は薪に火を移して早々、雑木の中に身を隠している。
「このままじゃ、雪崩の危険があるってことでしょ? 出発前にも言ったけど、小規模な雪崩を起こすのはどうかしらって。今の内に雪を減らせば危険も減るし、傾斜がなだらかなところで止まるだろうし」
「ここへ来るまでって、厳しい傾斜の後なだらかになったじゃない? ってことは、ここで起こしたら、その後は勢いを増すんじゃないかしら」
 あっ、と艶翠は声を上げた。確かに、雑木が茂っているとはいえその先が急な斜面とあっては危険かもしれない。「バイエン」は破壊力を重視しているが故に、その反動も強い。艶翠はくわえていた煙管を噛んだ。
「あの‥‥不慮の雪崩を防ぐために、氷の壁を作ってみようかと思っていたんですけど‥‥」
 ライが控えめに挙手をする。しかし、雪崩をくい止められるほどの氷の壁を作れるだろうか。それにライは今、周囲の警戒に気を張っている。道中もそうであったのだから、それだけでもかなり精神は疲労しているはずだ。この後にはアヤカシの討伐もある。
 しばらく考えるように俯いていた艶翠は、やがて頷きながら顔を上げた。
「わかったわ。バヨネットを使いましょう」
 紗楓が申し訳なさそうに、しかしほっとしたように頷いた時。
 ライの耳に雪を踏む音が届いた。ぴくりと顔を上げると、開拓者たちの視線がライに集まる。唇に指を押し当てた瞬間、緊張が奔った。ライはさらに神経を研ぎ澄ませようと、目を閉じる。
 詰めた息を細く吐く音、わずかに拳を握る音、その向こうに雪を踏む音‥‥
 ライは目を開き、小さく頷く。サンダーソニアが肉から離れ、山小屋の影に身を隠した。それが離れて隠れている開拓者たちへの合図となる。

 雪に、木々に、壊れた小屋の残骸に身を隠し、息を詰めることしばらく。
 肉を焼いている様が見えず、匂いもできれば届かないようにと風上にいた風葉は目を見開いた。
 風下で白い布を被って伏せているジルベールのその後ろで、黒い塊が今にも駆けださんとしている!
 ジルベールに気付いたのか、それとも肉に釣られて駆け出そうとしているのか、その判断は付かない。だがアヤカシが駆け抜けよう先には、ジルベールがいる。ジルベールはそれに気付いているのか、いないのか。わからない。自分が前に出て‥‥いや、届かない。他に気付いている者は居ないか、視線を走らせようとした視界の端で、黒い塊が疾駆する!
「っジルベール、後ろ!」
 思わず叫んだ。
 ジルベールは跳ねるように振り返り、その目の前には黒が迫る!
「くっ‥‥!」
 足と腹に渾身の力を込めて雪を蹴った瞬間、黒が足を掠めた。目標を失った黒の突っ込む先には、ジルベールが入念に設置した荒縄がピンと張り詰めている。狙い通り、アヤカシは鼻先から雪に突っ込んだ。
 しかし同時に、荒縄を結んでいた木が激しく軋りを上げる。あっと思う時には一方の木が根本から折れ、梃子の原理で持ち上がった根が雪を掘り返し、雪がはね飛ばされた。
 息を呑んだ時、はねた雪は茂る雑木にぶつかり、そして落ちた。崩れていく様子は、──ない。
 一瞬の安堵。
 アヤカシの唸る声に、一番最初に動いたのはライだ。小屋の影から飛び出し、苦無「獄導」を放つ。しかし動揺が残ったか、黒き刃は数本の黒毛を舞わせるのみだ。そこへ珠刀「青嵐」を振り上げ紗楓が躍り出る。それに重ねて、琉宇がバイオリン「サンクトペトロ」を振るわせた。バイオリン弦用の膠で指先を固めた手袋を填めた琉宇の指は、滑らかに勇壮なる騎士の物語を奏で開拓者たちを鼓舞する。サンダーソニアもまた叫びたい衝動を押し殺して、立ち上がろうとするアヤカシ目掛けて駆け出した。
「行かせないよ」
 勢いで負けたくはない。アヤカシの突進力は恐るべきものがある、決して後方には行かせない!
 その後ろ姿に、艶翠はバヨネットを取り付けた愛銃を握りしめ、サポートすべく側面に回った。
 琉宇の奏でる勇壮な物語が高らかに響く。ライは再び「獄導」を構え──放つ! 今度こそ吸い込まれるように刃が肩口に突き刺さり、そこへジルベールの放った矢がさらに突き刺さる!
 アヤカシは耳障りな悲鳴を上げ、のたうった。蹴爪には撒菱が深く刺さっている。立ち上がろうとするが叶わない。チャンス、と風葉が符を構えると、ふいに力が湧く感覚を覚えた。視線を滑らせると、康平が舞っていた。力強い舞に、風葉は思わず笑みを浮かべた。
「行け、白狐っ」
 風葉の声と共に、九尾を持つ美しい白狐が姿を現した。白狐はアヤカシの前に立ち塞がるサンダーソニアの頭を飛び越え、そののど笛に喰らい付く! 同時に目に見えるほどの凄まじい瘴気をアヤカシに送り込み、アヤカシは体を捻らせた。瞬間、サンダーソニアのグレートソードが振り下ろされる!

「アヤカシ退治は終わったけど‥‥おばさん、出番なしだったわね」
 山じいを呼ぶための煙を上げながら、艶翠は大きく伸びをした。
「それを言ったら、私も飛び出しただけよ」
 お互い様と紗楓が笑う。それに艶翠は微笑み返し、同時に感謝もする。紗楓がもし、自分を止めてくれなかったら。折れた木が雪をはね飛ばした時の緊張を思い、艶翠は愛銃を抱きしめた。
「鴇ノ宮さん、ありがとうな」
「別に‥‥英雄たる者、当然のことをしたまでよ」
 ふんっ、と胸を張る風葉に、ジルベールはぽんぽんと頭を撫でた。
「あによっ」
「おお、無事だったか」
 山じいが斜面を登ってくる。開拓者たちの片付けが終わっていることを確認して、山じいは頷いた。
「それじゃ、行こうか。村長たちが夕餉の支度をして待っているよ」
「ちょお待って。ダーチャの片付け、手伝おか? ‥‥せめて、犬の墓だけでも」
 ジルベールが言うと、山じいは静かに微笑んだ。
「ありがとう。しかし今は山を下りることが先決だ。それに、あの子らは雪が守ってくれる」
「雪が?」
 琉宇が聞き返すと、山じいは「そうだよ」と微笑む。
「雪は、様々なものを閉ざす。けれど、同時に守ってもくれる。お前さんたちのお陰で、あの子らはここで静かに冬を越すだろう」
 春になったら、また来るよ。
 そう言って山じいは山を下り始めた。と、思い出したように艶翠を振り返る。
「そうだ、ひとつ寄りたい場所があってな。お嬢さんの力を借りたい」
 艶翠が首を傾げると、山じいは穏やかに続ける。
「ちょっと通るのに難所があってね、そこで雪崩を起こして欲しいんだ」
 艶翠は目を見開いた。
「‥‥もちろんよ。おばさんの腕にかけて、どんな場所でも当ててみせるわ」

 その夜は村長宅で暖かな料理と酒肴に賑わい、賑わうまま更けていった。