海の家を守り抜け
マスター名:葵依
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/17 19:58



■オープニング本文

●新装開店「海の家」
天儀の一角、武天のとある海辺。最近になってその周辺には人がちらほらと訪れている。この暑い夏に涼を求めようと海水浴にやってきているのだ。
この海辺は波も穏やかで危険な海洋生物も少ない事から、泳ぐには絶好の場所となっている。
しかも最近は水着という着衣が流行っており。これが女性の間では非常に受け、人々を海に誘う一因となっていた。
海辺には色とりどりの水着や、時折その四肢を魅せ付ける目的か凄い際どい造詣をしたビキニなる水着を着る者までいる。
無論男達も黙ってはいない。褌一丁でいかにも男らしい格好で泳いでいたり、泳ぎに来たというより寧ろ水着姿の女性達を眼福と見物に着た者など目的も多種多様だ。
いまや海辺は沢山の人々の娯楽の場となっていた。

そんな海辺の近くに一軒の家屋が建っていた。余り大きくもなくこじんまりとした家だが、周りには他の家屋など一軒もなく何故こんな所に建てられたのかは遠目には不思議に映るだろう。
近づいてみるとその家はちょっと変わった構造をしている。玄関などがあるわけでなく、正面と思われる場所の壁は取っ払われており中が丸見えなのだ。近くで見てもやっぱり不可思議だった。
だがまだ作ってる途中なのかと言えばそうでもない。これはとある目的をもって作られた特別な家屋なのだ。

「おっしゃぁ! ついに念願の我が城が完成したぞ。名づけて、海の家だ!」

一人の男が家屋の前で満足げに頷いていた。肌を小麦色を通り越して真っ黒に焦がして豪快に笑うおっさんだ。
筋骨隆々とした逞しい体。頭には捻り鉢巻、「海の家」と刺繍された前掛けが時折吹く風に揺れている。
この海の家という家屋。中を良く見ると複数の机と椅子に、店の片隅には大きな鉄板など調理器具らしき物が並んでいる。
そう、簡単に言ってしまえば飯処なのだ。この夏に沢山の人がこの海にやってくると予想したこの男が一早く目をつけ、ついに完成に漕ぎ着けたのだった。
そして今日はこの海の家の記念すべき開店一日目。海水浴に着た人々も時折興味深げにこの海の家に視線を向けている。

「さあ、今日から忙しくなるぜ。早速準備を‥‥って、うん?」

開店準備の為に机や椅子を店の前に出している途中、男の耳に人々の悲鳴らしき声が聞こえた。
訝しげにそちらに視線を向けてみると、なんとそこには!

「‥‥なんじゃ、ありゃあ?」

一人の女性が子供、いやそれよりも小さいまるで赤ん坊くらいのナニかを蹴り飛ばしていた。
またその隣では一人の男性がまた別のナニかの頭を掴んで海に向けて思いっきり放り投げていた。
何と言うか、驚くような呆れるような可笑しな光景が広がっていた。男の方もどうしたもんかと立ち尽くして頭を掻いている。
と、その時浜辺とはまた別の方向からそのナニかの群がやってきてまた浜辺へと‥‥いや、違う。そのうちの半分ほどがこちらに向かって来ている気がする。
男が嫌な予感に冷や汗を垂らすと同時に、そのナニか達が一斉にこちらに群がってきたのだ。

「な、何だこいつらはー! ぐおっ、てめぇ俺の魂の前掛けを齧るんじゃねー!」

何匹かのナニかを千切っては投げ千切っては投げと大奮闘している男だったが、如何せん数が多すぎた。
浜辺の方でも十数匹のナニかが人々を追いかけていたり、噛み付いたりと大混乱の様相だ。

「ちくしょー、誰か助けてくれぇ!」

男の悲痛な叫びが海の家から響き渡った。


■参加者一覧
柄土 仁一郎(ia0058
21歳・男・志
天宮 琴羽(ia0097
15歳・女・巫
雪ノ下 真沙羅(ia0224
18歳・女・志
島本あきら(ia0726
15歳・男・巫
九重 紗音(ia1141
15歳・女・サ
蔡王寺 累(ia1874
13歳・女・志
嘉慶 要(ia3091
24歳・女・陰
バイ モーミェン(ia3333
10歳・女・泰


■リプレイ本文

●餓鬼を蹴散らせ
 青い空、白い雲、これまた青い海。輝く太陽が眩しく白い砂浜を照りつける。
 まさに夏真っ盛り。遊ぶには絶好の日和のはずだったのだが、突如招かれざるモノが現れた。
 餓鬼の群。奴らは浜辺で遊ぶ人達に突然牙を剥き、人々の恐怖と魂を喰らうために襲い掛かったのだ。
 ‥‥が、どうにもおかしなことに浜辺ではあまり緊迫した空気やアヤカシとの戦闘でありがちな濃厚な死の香りは全くしない。
 餓鬼達は追いかけても足が遅くて子供にさえ追いつけなかったり。よしんば人に飛び掛っても抵抗の末に海に向けて蹴り飛ばされたり、砂浜に頭から突っ込まれたりしていた。
 そこに偶然居合わせた開拓者の八人。彼らは少々呆れたり戸惑いの中でアヤカシ退治を開始した。

 まず海の家へと向かうことにした四人。辿り着いたところで真っ先に飛び出したのは九重 紗音(ia1141)だ。
「掛かって来なよアヤカシども!」
 餓鬼に纏わり付かれた店主の前で大きく息を吸い込むと、腹に力を入れ気合を乗せた咆哮を上げる。
 特別な力の篭るその声に大半の餓鬼達は反応を示し、ババッと一斉に九重に振り返る。
 流石に十数匹の視線を一身に浴びた所為か九重の額にたらりと冷たい汗が流れる。ずりっと、一歩後退った瞬間。餓鬼達はわらわらと群がってきた。
 九重はうきゃーっと言った感じで良く分からない悲鳴を上げつつ海の家から人気のない場所へと離れる。これで作戦通り‥‥いや、若干本気で逃げてるようだ。
「作戦成功なのですが。流石に紗音さん一人に任せるのはちょっと拙かったか」
 九重の後を追い、追いついたアヤカシ達を一匹一匹始末していくのは柄土 仁一郎(ia0058)だ。
 その視界の先には砂浜を爆走する九重の姿。どうも派手に動いてる所為で浜辺に散っていた他の餓鬼達も集めてしまっているようだ。
「少々済まなく思うけど。まあそれなら尚更早く片付けてやらないとねぇ」
 嘉慶 要(ia3091)は背中を見せる餓鬼達にビシッベシッと呪符を投げつけていく。何と言うか拍子抜けしてしまって思わず小さく笑ってしまうほどだ。
 こうして楽に倒せるのは良いのだが、これではどうも畑で悪さをする害虫を駆除してるような心境になってしまう。
 その一方、海の家に僅かに残った餓鬼達を雪ノ下 真沙羅(ia0224)が討伐していた。
 木刀を片手に店長を庇うように餓鬼達と対峙する。
「あ、安心してくださいね店主様。これくらいなら私でも‥‥って胸は!胸は止めて下さぁい!?」
 が、油断大敵。同時に飛び掛ってきた餓鬼を一匹払い損ねてその豊満な胸にしがみ付かれてしまう。
 慌てて振り払おうとするが異様に強くしがみ付いて離れず、その勢いで服がずるりと‥‥雪ノ下の悲鳴が上がった。
 と、その瞬間に火炎を上げる木刀。炎魂縛武による火の加護。その炎に触れた餓鬼達は悲鳴も上げる間もなく燃え尽きる。
「うぅっ‥‥み、見てないですよね?」
 餓鬼を全滅させたところで落ち着いたのか、息を整えると乱れた着衣を直しつつやや涙目且つ涙声になりつつ店主のほうに振り向く。
 店主は答えることなく視線を逸らした。もう一度、今度は悲哀の篭った雪ノ下の悲鳴が響いた。

 そして浜辺でも着々と餓鬼達が打ち倒されていた。
 特にバイ モーミェン(ia3333)の活躍が顕著だ。小さい体ながらその身軽さを活かして次から次へと餓鬼達を殴り飛ばしていく。
「円運動からの力の循環によりその打撃を増幅させる。これぞ圓心拳の真髄です!」
 モーミェンは足場が砂という悪条件にも関わらずまたくるくると回りつつ餓鬼へと突っ込んでいく。
 その数歩後ろにいるのが天宮 琴羽(ia0097)だ。モーミェンに群がる数が多い時は術によって援護し、自分に近づけば木製の杖を叩きつける。
 清楚な外見とは裏腹に中々逞しい。そんな風に言う周りの人達の呟きが聞こえたからか、自分の振る舞いに気づいて少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「この程度のことで怪我をしたくもない。島本さん、とっとと片付けましょう」
「ええ、そして夏の海を満喫するとしましょうか」
 前に出て刀を振るう蔡王寺 累(ia1874)。後方にて盾で攻撃を防ぎ、術を駆使してそれを援護する島本あきら(ia0726)。
 見事な連携だ。しかし、贅沢を言うならもう少し味のあるアヤカシを相手にしたかったという所か。

 あまりの手ごたえのないままに餓鬼キメラ達の退治は完了した。術を行使しての索敵でもそれを確認している。
「本当に嫌がらせみたいなアヤカシだったねぇ」
 嘉慶の言葉にそれぞれが同意し、苦笑した。



●夏の浜辺を満喫せよ
「いやー、ホント助かったぜ。こいつぁお礼だ!」
 店主の好意により水着を無料で貸し出してくれることになり、男性陣・女性人共に好きな水着を選んで更衣室へと向かった。
 男性陣の柄土は黒い下地で裾幅がゆったりとした長さが膝上ほどの水着を。ハーフパンツ型と言うらしい。島本もそれと同じ型で白の色違いを履いている。
 いち早く出てきた男性陣とは違い、少々間を置いて女性陣が現れた。
 天宮は上着と下着部分が一体となったワンピース型という白い水着。腰の部分でひらひらと揺れる布地や胸元にあしらわれた羽飾りが可愛らしい。
 その隣の嘉慶は対照的に胸元と腰の部分を僅かな布で覆ったビキニ型という黒い水着だ。陰陽師としての厚手の服装では分からなかった女性らしい造詣。ときおり浜辺から向けられる視線に嘉慶は小さく笑う。
 その少し後ろには蔡王寺が海の家の壁に背中を預けている。体型に自信がなかったためどれを着ようか悩んでいた所で、「アナタみたいな子にはこれが似合うわよ」と他の客に薦められたモノを着てみたのだが。
 紺色の布地のワンピース型。とくに装飾があるわけでもなく正直地味だと思うのだが。その胸元には縫い合わされた白地の布に「るい」と彼女の名前が平仮名で記されている。
「借り物なのに、名前を書いてもいいものなのか?」
 かくりと首を傾げる蔡王寺。まあ、目立たなければ問題ないだろうと割り切った。が、そんな思考とは裏腹にその物珍しさから微妙に視線を集めている事に彼女は気づかなかった。
 そしてここで真打登場だ。
「あ、あの‥‥おかしく、ないでしょうか?」
 更衣室の扉からおずおずと姿を現した雪ノ下。水着は桜色のビキニを選んだようだが‥‥はっきり言おう。明らかに収まりきれず溢れている。
 さらに恥ずかしげに胸元を隠そうとするものだから。その所為で潰れて、揺れる。隠そうとすればするほど余計に扇情的に見えてしまうというどつぼに嵌っていた。
 流石に男性陣は直視できず一斉に目を逸らす。その様子に雪ノ下は涙目にううっと涙ぐみつつ項垂れた。

 まずは腹ごしらえと海の家で食事を取る事にした数名。と、そこでなんやかんやと話しているうちに。何故か早食い・大食い勝負をすることに相成った。
 規定は簡単。決められたメニューをひたすら食べ続ければいいのだ。そして厳選なる籤の結果は以下の通り。
 柄土、拉麺(ラーメン)。モーミュン、焼きとうもろこし。島本、かき氷。
「って、待って下さい! 何で僕だけこんな罰ゲームみたい「よーい、初め!」ああ、もう!」
 無常にも告げられた合図に島本はやけくそになってかき氷を頬張った。が、半分も食べないうちに頭を押さえながら突っ伏して、ダムダムと机を叩く。
 柄土はその様子を一瞥して、自分の配分で急がず焦らず食べていく。それでも既に三杯目、中々の食べっぷりである。
 そして、最後の一人モーミュンはかなり異様な光景を作り上げていた。張り子の下の部分からとうもろこしを中に入れると、数秒後に綺麗に芯だけがぽろりと皿の上に落ちてくる。他の利用客達もその様子を目を丸くしてみている。
 因みに結果は島本は頭痛で再起不能に、柄土も争う気はなくそこそこで止めてしまったのでモーミュンの圧勝であった。

 一方ビーチでは麗しき少女達が水辺ではしゃいでいた。海辺を歩くたびにぱしゃりと水が弾けてあたりに跳ねる。
 この暑さの中でも海の水は冷たくて、火照った体をひんやりと冷やしてくれる。
「気持ち良いですね。ちょっと予想外の出来事もありましたけど‥‥やっぱり海に来て良かったです」
 軽く腰を下ろしてしゃがみ込みぱしゃぱしゃと水を両手で梳きつつ、にっこりと笑みを浮かべ天宮はそう言った。
 雪ノ下もそれに同意して、そうですねと小さく頷く。始めは何となくで訪れただけだったが、今ではこの海での遊びを楽しんでいた。
「あっ、海に来たらやっぱり‥‥きゃっ!? つ、冷たい!? えっ?」
 雪ノ下がふと思いついたかのように何かを提案をしようとしたところで、彼女の顔に冷たい水の飛沫が降りかかった。
 驚いてきょとんとした顔をしていると、正面にいた天宮が口元に手を当ててくすくすと笑っている。そしてまた水面に手を差し入れると、掬い上げた水を雪ノ下に向けて振り掛ける。
 そんな様子を嘉慶が木陰にて眺めている。その手には海の家から拝借してきた酒瓶と盃があった。
「こうやって飲む酒って言うのも。なかなか乙なものだね」
 くいっと杯を煽ると、喉を僅かに焼きつつ流れ落ちる酒。視界には黄色い声をあげて水を掛け合う二人、そこに九重が乱入して三つ巴の戦いが出来上がっていた。どちらにせよ微笑ましい戦いだ。
 嘉慶はその光景を酒の肴にしつつ、もう一口とまた酒瓶へと手を伸ばした。

 食事を終えた柄土は趣味の釣りへと出かけ、嘉慶は砂浜に敷物を広げて日光浴にしゃれ込んでいる。
 残った六人が何をしようかと話が持ち上がったところで、海の家の店主が一つの鞠らしき球を持って来てある競技を提案した。
 何でも最近この浜辺で流行ってるらしく、簡単に説明すると網で隔てた相手の陣地へと球を飛ばして落としたら駄目といった競技だ。
 この競技の正式な名前は不明だが、この際気にすることはないだろう。今は楽しむ事こそが重要なのだから。
 籤での班分けの結果。丙班に天宮・島本・九重。乙班に雪ノ下・蔡王寺・モーミュンという編成で分かれた。
「いっきますよー!」
 先行の乙班の九重が球を持って宣誓する。
 そして球を放つのだが、その勢いが凄まじい。飛び上がったところから思いっきり打ち込まれた球が風を斬りつつ丙班の陣地に向かってくる。
「熱くなる気はないが、簡単に負けるのも癪ですからね、っと!」
 そう言って球が砂浜に落ちるすれすれで飛び込んだのは蔡王寺だ。彼女の伸ばした腕に弾かれた球がぽーんと上空に飛ぶ。
 しかし、跳ね上がった球は後ろに流れてしまったので島谷が追いかけ、そのまま大きく打って丙班の陣地へと返す。
 それを受け止めようと雪ノ下が落下地点へと慌てて向かうが、その一歩踏み出す度に彼女の胸が大きく揺れて凄く邪魔そうだ。というか、あれでは邪魔すぎて手を前で組めないのではないか?
 何とか間に合い球を返すがその反動なのか派手に後ろに転んでしまった。その結果、周りの観衆から一部感嘆の声が上がるが試合には関係ないため意識の外へと外しておく。
「雪ノ下さんの犠牲は無駄にはしませんっ!」
 九重が上手く上げた球に飛び上がり強烈に球を乙班の陣地へと打ち下ろす天宮。背後の方で誰かが犠牲ってなんですかーっと言ってる気がするが試合に集中しているため耳に届いていないようだった。
 だが、それも今度は島本が砂浜に飛び込んで砂まみれになりつつ何とか打ち上げる。
 お互いの陣地のギリギリに浮かび上がった球に、それまで機会を伺っていたモーミュンがくるくると回転しながら飛び上がった。
 気合と共に放たれた一閃。それが丙班の地面へと突き刺さった‥‥何故か小さいのと大きいのが二つほど。
 小さい方はさっきまで打ちあがっていた球だ。では、もう一つの大きい方は?
 九重が半ば埋まってるソレをずぼっと引き抜くと、ソレには小さめの穴と表面にはなにやら顔らしき落書きが描かれていて‥‥。
 ババッと全員が一斉にモーミュンの方に振り向く。そこには張り子が脱げたモーミュンの姿があった。
「そんな、じろじろ見ないでください。恥ずかしいですよ」
 ぽっと頬を赤く染めるモーミュン。ただし、張り子の代わりにどこから持ってきたのか木製の桶を被った姿であったが。

 開拓者達はそれからも夏の海で遊び続けた。たとえば柄土が釣り上げてきた魚を皆で食べたり。
 海の家の店長から振舞われたスイカ割りをしたり。その中で一部不正が見つかり罰を与えられたり。
 砂の城を作ったり。店長に判定して貰ったら何故かエントリー外の九重の作品「モーミュン(?)像」が優勝したり。
 嘉慶がうたた寝している間に目が覚めたら砂の下に埋まっていたり。もちろん胸の部分を水ならぬ砂増しされてるのはお約束だ。
 いろいろとそれぞれが楽しい時間を過ごしていたが、やはり楽しい時間は過ぎ去るのが早いもの。いつの間にか太陽は傾き始め、海面が橙色で染め上げられていく。
「たまにはこういうのもいいですね。またこうやって遊びに着たいものです」
 島本が全員の心を代弁したような言葉を口にする。開拓者達は一様に、笑顔を浮かべながら帰宅の路へと着いていった。

 人も消え静かになった海辺にて潮が満ち、海面には眩い太陽に代わり優しい光を放つ月が写りこんでいる。昼間とは違う神秘的な空間へとその姿を変えていた。
 その砂場の一角がもこりと動いたかと思うと、砂の山を崩しつつ嘉慶が姿を現した。埋められてから今の今までずっとそのままでいたらしい。
「お疲れ様でしたね」
 労いの言葉をかけられ振り返れば、そこには柄土の姿が。その手には海の家から頂いてきたらしいツマミの乗った皿と酒瓶が握られている。
 月夜の海辺での一杯。それもいいかと嘉慶は無言でその誘いに乗った。受け取った盃に無色の液体が注がれると、ちびりと口に含みふっと浜辺を見渡す。
「今まで通り過ぎていくだけだった夏‥‥今日だけでそれを全て堪能することが出来た気分だよ」
 彼女は普段は陰に籠もる身である。だからこんな明るい日の下で楽しき日を過ごすというのは本当に久しかった。
 柄土は特に何を言うでもなく、ただ酒瓶をもう一度盃へと傾ける。
 こうして遊んでみればこの娯楽の場の素晴らしさが分かる。赴く理由は何であれ、ここは皆に楽しい思い出と安らぎを与えてくれるのだ。
 突然の出来事ではあったが、アヤカシを討伐しこの海を守れたことは誇るべきことであろう。
 きっとまた明日も、この浜辺には多くの人が集まり騒がしくなるだろうと予想する。
 ならば、今しか味わえないこの静かな海を楽しもうと。二人は暫しの間、盃を交し合った。