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■オープニング本文 ●幸運なアクシデント 武天のとある山奥。そこにひっそりと営業している温泉宿があった。 だが、最近になって猛獣やアヤカシの被害に悩まされ客足が遠退いてしまった為、宿屋の主人はすぐさま開拓者ギルドに討伐を頼み開拓者の派遣を要請した。 集まった開拓者達。彼等は協力し合い温泉宿を脅かす脅威に立ち向かった。 ――グギャアアアッ!? 「これでおしまいっと」 そして、今一人の開拓者が最後のアヤカシを下して事件は一件落着と幕を閉じた。 だが、それは神の悪戯なのか。報告に宿屋へと戻った開拓者一同にちょっとした問題が待ち受けていた。 「橋が落ちた?」 「はい。先ほど私が見に行きましたら‥‥」 どうも、この山奥を繋ぐ唯一のつり橋が落ちてしまったと言う。 開拓者達が猛獣やアヤカシを倒しに行っている間に何やら大きな音がして、主人がそれを見に行くとこの宿と山道を繋ぐつり橋が落ちてしまっていたそうだ。 落石でもあったのか、はたまた老朽化の所為なのかは分からないが落ちてしまったのは確実で。そしてこの宿から山を下りるにはそのつり橋を渡るしかない。 無理をすれば帰れないことも無いがそれでも整備されていない山道を半日以上歩かないといけない。日帰りで済ませられる予定だった開拓者達はどうしたものかと途方に暮れた。 「皆様、これも何かの縁でしょうし。今日は私の宿に泊まって行ってください」 勿論御代は頂きませんので、と付け足して開拓者達に提案する。 どうやら仮の橋も明日の昼には何とか用意できるとのことなので、開拓者達はそれならばと主人の申し出を受け入れた。 秋色に染められた山間の温泉宿にて、涼しくなった風に紅葉がひらりと舞い上がる。 開拓者達はささやかな憩いの時を満喫することとなった。 |
■参加者一覧
沢渡さやか(ia0078)
20歳・女・巫
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)
18歳・女・泰
水月(ia2566)
10歳・女・吟
荒屋敷(ia3801)
17歳・男・サ
香狩 レキ(ia4738)
19歳・女・志
頼明(ia5323)
35歳・男・シ
神楽坂 紫翠(ia5370)
25歳・男・弓 |
■リプレイ本文 ●紅萌ゆる秋の山 とんだハプニングで下山が出来なくなった開拓者達だったが、宿の主人の好意により今日は一泊することに相成った。 最初は戸惑いもしたものの不意にとは言え転がり込んできた休暇である。それぞれ気を取り直して折角だから楽しんで行こうと意気込む。 「これは、いきなり暇つぶしですか? まあ‥‥焦っても、無駄ですね」 その開拓者の一人、神楽坂 紫翠(ia5370)は自分の荷物を部屋に置き腕を組みぽつりとぼやく。しかしこうなっては仕方がないとこれから何をしようかと思考を廻らせながら宿屋の玄関口へ向かう。 玄関口にはもう荷物を置いてきたのか共に依頼を受けていた開拓者達が数名集っていた。 「一時はどうなる事かと思いましたが、今回は本当にありがとうございます」 宿の窓口にて控えていた宿の主人に朝比奈 空(ia0086)が深々と頭を下げる。主人はいいんですよと、そして是非寛いでいって下さいと朗らかに笑った。 空はそれではと主人に散歩に最適な場所はないかと相談を持ちかけた。 「あっ、それならあたしも秋の味覚が取れそうな場所知りたいです〜」 空の隣にやってきてはーいと手を上げて自己主張するのは紗耶香・ソーヴィニオン(ia0454)だ。 珍しい食材と美味しい料理に目が無い彼女は今回もその行動原理の元に色々と散策してみるつもりらしい。 「美味しいご飯を一杯食べる為にも‥‥頑張ります」 その後ろで両手を胸元でぎゅっと握り締めて意気込む水月(ia2566)は見かけによらず沢山食べると言う自負があるらしく、少しでも足しにしようと紗耶香と共に秋の味覚採集に出かけることにしたようだ。 それぞれがこの秋の山を過ごそうと宿屋を離れて行き、最後まで玄関口横の椅子に腰掛けていた荒屋敷(ia3801)はこきりと首を鳴らす。 「で、あんたはどうするんだ?」 少し遅れて現れた沢渡さやか(ia0078)に荒屋敷は軽く話を振ってみる。 「こんなにゆっくりできるのは、本当に久しぶりですから。ゆっくりさせて貰います」 そう言ってさやかは小さく微笑むと主人にお茶の用意をお願いしてから宿の庭園のある方向へと歩いて行く。 それを見送った 「まっ、休日だと思ってのんびり過ごしゃあいいんだよな。」 荒屋敷は椅子から漸く立ち上がってぐっと伸びをして宿を出る。 宿の外は涼しげな空気が空を清々しいほどに青く染め、それと反比例するような赤に萌える紅葉達が大地に広がっていた。 「思いがけぬ休暇だが‥‥まあ、楽しませて貰おう」 頼明(ia5323)は林道近くの少し開けた広場のような場所で一人佇んでいた。 ひらりと舞い落ちてきた紅葉を手に取り、その赤さを確かめたのか吹く風に乗せその紅葉をまた空へと舞わせる。 ふと、その紅葉が流れる方向へ目を向ける頼明。そこには先ほどまで居なかった人影が一つ。 「待たせてしまったか。すまないな」 人影――香狩 レキ(ia4738)が謝罪と共に軽く頭を下げる。頼明はそれに対してどうということはないと言うように小さく手を振って返した。 暫し互いを見詰め合う二人。舞い散る紅葉は地に落ちると共に紅の絨毯となり広場を染める。 男女の逢わせ‥‥とは違った。徐々に高まっていく緊迫感からかまるでこの紅葉の広場からは音を無くしてしまったかのような静寂に包まれる。 「‥‥いざっ」 「‥‥尋常にっ」 「「勝負!」」 互いの声が静寂を打ち破ると同時に極限まで押し込めた空気が爆発するように、ざわりっと落ち葉達がざわめいた。 レキは刃を持たない得物を手に思考する。シノビである相手の情報はほぼ皆無に等しく、その手の内は予想するのも難しい。 ならば、今は相手より先に攻め手札を切らせる前に手数で封殺する。そう判断を下したレキは一足の内に間合いを詰め。添えた片手を鞘と見立て居合いの要領で刃無き刀を閃かせる。 ゴキンッ――と鈍い音が響く。しかし、それは骨を砕く音でなく互いの得物が打ち合わされた衝撃音だった。 「重い、良い一撃だ」 戦棍を片手にレキの一撃を受け止めた頼明がそう評する。そしてあまり受けるわけにはいかない、そう判断した頼明は受けた刀を弾き返す。 そして忽然とレキの前から姿を消した。否、その視界に舞う紅葉を見てレキは察する。これは消えたのではなく視覚不可能な速度での高速移動だと。 ぞわりと、レキの背中の肌が泡立つ。彼女は体勢を崩すのも厭わずその身を大地へと投げ土の香る大地を転がる。そして膝立ちで振り返るとそこには戦棍を真横に振り抜いた姿勢で静止する頼明が居た。 「勘付いたか‥‥流石は心眼持ちし志士」 言葉を終えると同時にまた姿を消す頼明。そして四方八方で巻き上がる紅の落葉達。これがシノビの真髄、レキはごくりと思わず喉を鳴らす。 「中々やるな‥‥だが、負けぬ!」 力強く踏みしめた大地から放射線状に広がる紅葉の波。瞳を閉じ、感じる気配を読み、そして捕らえた大きく強い気配へ――猛る力がまたぶつかり合った。 ●月煌く秋の空 日も落ち、紅に染まる空から夜の黒と星の白で彩られる頃に開拓者達はそれぞれ宿に戻ってきていた。 夕餉の時間まではまだ少しあるとのことなので皆は日中に掻いた汗を流そうと温泉へと向かうことになった。 「ふむ、これは中々の景観だな」 レキは露天風呂となっている温泉を前にして感慨深げに呟く。山の上に煌く月と、温泉を囲う塀の周りに所狭しと並ぶ紅葉樹達。まさに秋の風物詩を一つに纏めた素晴らしい景色だった。 「今日は大収穫でしたね」 透き通る湯の水に肩までしっかり浸かった水月は先ほど厨房に預けて来た食材の数々を思い出す。 ムカゴやアケビなどの山菜に加え栗や柿などの果物。岩魚に鮎などの川魚と皆が集めてきたものを合わせると相当な量になっていた。あれだけあれば相当な量のご馳走が期待できるだろうと胸躍らせる。 「そうね。今から夕食が楽しみだな〜♪」 紗耶香はこの後にくる夕食を思い浮かべてほわほわと蕩けたような顔をする。 料理好きの彼女にとって食べることも勿論大好きのようで、こうして旅館の食事を堪能できる機会は願っても無いことだったのだろう。 「では、美味しく頂くためにも綺麗にしておきましょう」 桶から湯をその肢体に流しつつ空が告げる。主人の話だとここの温泉は美容効果もあるらしいとさらに付け加える。 「美容ですか。打ち身などに聞く効果があれば嬉しかったですね」 と、告げるのはさやかだ。その視線の先にはレキの姿があり、彼女の体には薄っすらとだが痣らしきものがいくつか浮かんでいる。 レキはこの程度怪我の内にも入らないとそのままにしているのだがさやかにはそれがどうにも気になってしまうらしい。 一方その頃、男湯側でも開拓者二人が汗を流すために訪れていた。塀一枚を隔てた向こうからは女性達の楽しげな声が聞こえてくる。 「で、本気か?」 「ふふっ、愚問だな」 そう言う頼明の目の前には顔に手拭いを巻きつけた怪しい人物、もとい荒屋敷が胸を張りつつ頷く。 恐らくその顔に巻いた手拭いは顔を隠すためのものなのだろうが、もっと別の場所を隠すべきではないのかとやや視線を下げた頼明は思案する。 が、それを言う前に女湯の方から小さい悲鳴が聞こえ二人はそちらに意識を移す。 『皆さん、胸おおきいですよね』 『そうですか? 基準は分かりませんが平均ほどだと思うのですが』 『とりあえず一番大きいのは‥‥私かさやかさんかな?』 『いえ、レキさんもとてもお綺麗だと思います』 『‥‥こんなもの重いだけなんだがな』 「おい、大丈夫か?」 頼明に声を掛けられた荒屋敷は鼻の辺りを抑えつつ親指をビッと立てて返事を返す。どうやら女性達の姿を想像しただけで良いものを得られたらしい。 そして、その手を額に当て敬礼をすると女湯の塀へと突撃して行った。 「もう辛抱余らん。いざ、桃源郷へっ!」 息を荒くして覗き穴を探そうと塀に向かうが、勢い余ったのかそのままぶつかる様に塀に張り付く荒屋敷。が、そこでとある神様が悪戯を施した。 ばこんっと何かが外れる音がして、荒屋敷の体がぐらりと傾く。 「‥‥お猿さん、ですか?」 頭に軽い衝撃を受けて顔を振る荒屋敷に、そんな幼げな少女の声が掛けられた。 疑問符を浮かべつつゆっくりと顔を上げるとそこには‥‥。 「宿のご主人に連絡して下さい。食材に‥‥お猿さんを一匹追加です」 白き湯気を身に纏った女性達から放たれる一撃。弁明のまもなく助平な猿は意識を刈り取られた。 温泉を上がった一行は大広間に通されそこで夕餉の行うことになった。 それぞれの前に並ぶ山の幸をふんだんにあしらった懐石料理はいつもの二倍も三倍も力も量もが込められてるように見える。 「あっ、これはきっと水月が取ってきたきのこです」 「おれは、あたしの釣った鮎ですね。うーん、塩が聞いてて美味しいです〜☆」 「やっぱり、皆さんと摂る食事と言うのは格別ですね」 「それは同意だな。この味や楽しさを共感できるというのは大きい」 開拓者達はそれぞれに料理に舌鼓を打つ。役一名が縄で簀巻きにされて隅のほうに転がされているが‥‥誰も気にしていないようだった。 「流石に飯抜きとか酷くないか?」 「‥‥自業自得」 「まあ、もう少し反省していろってことだ」 楽しげな時が流れていく広間。 皆が雑談に花を咲かせる中で、軽やかな笛の音が響きだす。その音源はレキだ。刀を置いた彼女の横笛が耳心地良い音色を奏でる。 秋の夜が少しずつ更けて行った。 「ふう‥‥疲れが取れます」 月が天に届こうとする頃に、温泉に湯船を揺らす一つの影。紫翠は一人桶の上に浮かぶ日本酒を徳利へと移し喉を焼く。 他の開拓者達から距離を置こうとしているのか、こうして一人で湯に浸かるまでにもう大分時間を掛けてしまった。 しかし、そんな紫翠の想いとは裏腹に脱衣所の入り口が静かに開く。入ってきたのは――頼明だった。その手には紫翠と同じく酒の入ってるであろう銚子が数本。 二人は互いに何か語るわけでもなく、頼明も少し離れた場所にて湯に浸かる。 暫しの静かな時間が流れた後、頼明は月に向け徳利を掲げた。 「好い月だ‥‥酒の肴には申し分ない」 それが誰に向けたのか、それとも独り言なのか。 ただ紫翠は普段は見せない柔らかい表情で月を見上げて、小さく掲げた手からまた酒を口へと誘った。 女子の部屋の前ではレキが一人座禅を組んで瞑想している。心配するほどでもないが温泉の件もあり不寝番をと買って出たのだ。 どうせ人と一緒では眠れない彼女としては片手までこなせる作業。その間に刀の手入れでもしておこうかと鞘を縛る布を解いていく。 「誰だ?」 刀の手入れを終えたところでレキは廊下の奥へと視線をやる。そこには、少し恥ずかしげに笑う荒屋敷が立っていた。 「あー、あんまり警戒しないでくれ。それより、何だ‥‥ちょっと一服しようぜ?」 そう言って荒屋敷は手にしている盆を示す。乗っているのは急須と湯飲みに饅頭だった。 レキは目を細め警戒の視線を飛ばすが、荒屋敷それに困ったように笑う。ことりとレキの隣に刀が置かれた。 「では、馳走になろう」 「‥‥おうっ!」 ニカッと少し子供っぽく笑った荒屋敷はレキの隣へと腰掛けた。 ●心を洗う秋の色 世が明け、また光が世界を差す頃には開拓者達はもう起きだし残された時間をそれぞれに楽しむ。 「やはり、朝にお風呂にはいるというのはいいものですね。少し贅沢な気もしますが」 その肌をほんのりと紅く染めたさやかが濡れ潤う髪を秋風に靡かせる。 「そうですね。水月もあの気持ちよさは病み付きになっちゃいそうです」 水月もそれに同意しながら浴衣から着物に着替え袖を通す。 「またこうやってゆっくりすることができるといいですね〜♪」 紗耶香は水月の着付けを手伝い、全ての準備が終えればそれぞれの荷物を持って玄関口へと向かう。そこには既に他の開拓者が待っていた。 「主人よ、世話になった。ありがとう」 宿の主人に例を言う紫翠。主人もまたのお越しをと朗らかに笑う。 「よし、全員揃ったな。皆、忘れ物はないな?」 頼明の言葉に一人一人が頷いていく。 「お土産も買いましたし、もうここに思い残すことはありません」 そう言って温泉饅頭と書かれた箱を手にし満足げに頷く空。 「じゃあ、そろそろ行こうぜ。俺達の活躍を待つ世界によ!」 皆の確認が終わったところで荒屋敷は一歩先に宿を出て、そして振り返り告げた。 また秋の紅が散る山道を歩き、下っていく開拓者達。落ちていたと言う橋に差し掛かり、その上でレキは一度後ろを振り返る。 「さて、次はどのような依頼が待つのだろうな」 開拓者達は一時の安らぎを終えてまた動乱の世へと帰っていく。だが彼ら、彼女らはきっと覚えていて、思い出すであろう。あの安らぎとその大切さを。 山が紅に染まり、涼しげな風がまた一枚の紅葉を空に舞わせたその時に。 |