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■オープニング本文 開拓者ギルドの本拠地が置かれている神楽の都には、たくさんの開拓者が居を構えている。 しかし住んでいるのが開拓者ばかりかと言えば、そうでもない。開拓者ではない一般人も多く日々を送っているのだ。 そんな神楽の商店街の一角に『龍風屋』と看板を出した商店がある。 戸口の脇には、こう書かれた木板が立てかけられていた。 日用品から珍品まで、手広さならば神楽随一。 注文次第で品の仕入れにどこまでも。あなたのお届け物も送り先までひとっ飛び! お買い物・ご用命は『龍風屋』まで!! 宣伝文句の通り、日用品や装飾品等を中心に、様々な物を取り扱っている。 店頭にない商品は注文を受けて手配する他、商品や持込品の配送も行なうため、近所では『何でも屋』と認識されているようだ。 その看板の脇を抜けて、黒髪の青年が戸口をくぐった。眼鏡の奥にある理知的な瞳は深い碧色。黒灰縞の着流の上に龍風屋の印半纏を羽織っている。名を龍風 二帆という。 彼の姿を見、店内で商品整理をしていた少女が顔を上げた。 「あ、番頭さん。お帰りなさい」 「ただいま戻りました、店番ご苦労様。雪さん、休憩どうぞ」 「はい、ここが片付いたら。‥‥どうでした、ギルドの様子?」 開拓者ギルド職員として働く身内の忘れ物を届けて来た二帆に、雪は再び手を動かしながら訪ねる。 「相変わらず、理穴で起きている事変の対応に追われていたよ」 帳場に上がりながら言う二帆の表情は沈んで見える。踏み込んで訪ねるような真似はしなかったが、ギルド内の空気から事態が深刻であることは容易に察せられた。 「理穴の事件は、お客さんとの間でも話題に上ったりしますけど。私達では力になれないのがもどかしいですよね‥‥」 商品整理を終えて立ち上がった雪は軽く唇を噛んだ。アヤカシに対抗できるのは志体持ちである開拓者のみ。たとえ理穴に駆けつけたとしても、一般人は足手まといになるだけだ。 「‥‥力になれないと決まったわけでもないかもしれないよ?」 雪の言葉に思うところあったらしく、二帆は開きかけた帳簿を閉じて笑みを浮かべた。 「『ちゃりてぃ・せーる』ぅ?」 頓狂な声を上げたのは龍風屋の三男、龍風 三雲(iz0015)。開拓者でもある彼は、今しがた理穴のアヤカシ退治から一時帰宅したばかりだ。 「ジルベリアではそう言うらしいよ。ようは『理穴救済のための大売出し』をしようと思うのだけれど」 二帆はそう言って概要を記した書付を手渡す。 「一定期間、龍風屋の大売出しを行なって、売上の一部をギルドに寄付する。それを理穴の人達の為に使ってもらえれば‥‥」 アヤカシのいる地へ直接赴く事は出来ずとも、そこで避難生活を余儀なくされている人々の支援をすることは出来るという訳だ。 「なるほどね‥‥だけど、俺は店出たりできねぇぜ?」 「大丈夫。ただでさえ無理言って遠方の配送と買付の為に戻ってもらっているんだから、それ以上は望まないよ」 兄のいつもと変わらぬ穏やかな笑みに、三雲の胸がちくりと痛む。『本業は開拓者』という三雲の主張を尊重してくれているのだ。 昔からいつもそうだった。兄弟や他人の事にばかりに気を回して、自分はいつも後回しで‥‥。だから今回も、理穴の事態を放っておけなかったのだろう。 「三雲?」 「あ、いや‥‥そりゃ、普段の売出しならいつもの面子で回せるだろうけど‥‥売出しとなると人手が足りねぇだろ」 「多分ね」 「多分ねって‥‥」 「だから、それを持ってギルドまで行って来てもらえないかな?」 二帆の言葉に、三雲は渡されたまま手に持っていた概要書を見る。一歩遅れて兄の言わんとしている事に気づき渋面を作った。 「俺が依頼に行くのかよ!?」 「売り出しとなると今ある在庫では心許無いからね。手配や準備は早いほど良いだろう? ‥‥四葉も会いたがっていたから、ちゃんと顔を見せておいで」 四葉はギルド職員として働く弟だ。この騒動でしばらくまともに顔を合わせていないから、会うと色々煩いに違いない。そう思って、依頼から戻った時も細心の注意を払って遭遇を避けてきた事を見透かされている。 「へいへい、承りました番頭サマ‥‥ったくうちの兄共は四葉に甘ぇよな」 後半を小声でぼやきながら、三雲は概要書を手に開拓者ギルドへ足を向けた。 |
■参加者一覧
橘 琉璃(ia0472)
25歳・男・巫
玖堂 真影(ia0490)
22歳・女・陰
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
天目 飛鳥(ia1211)
24歳・男・サ
衛島 雫(ia1241)
23歳・女・サ
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
沢村楓(ia5437)
17歳・女・志
流星 六三四(ia5521)
24歳・男・シ |
■リプレイ本文 ● 人影も無い程早朝の道を数人の開拓者達が行く。 「戦えない一般の人でも、避難している方々の笑顔の為に何か出来る‥‥素敵な企画ですよね」 玖堂 真影(ia0490)の言葉に、衛島 雫(ia1241)も頷く。 「ああ。出来る事からやる、という心意気は良いな」 「この戦は人を救うための戦。そして、拳を振るうのみが人を救う手段ではないはずだものね」 嵩山 薫(ia1747)がこの依頼に参加を決めたのも、戦う以外で力になりたいという龍風屋に共感したからでもある。 「自分も良い考えだと思います。上手くいくように頑張りましょう」 微笑み同意する橘 琉璃(ia0472)は足を止めた。締め切られた龍風屋の戸口を叩くと、二帆が皆を迎え入れた。他の店員も既に準備の為に出勤している。 「陰陽師の玖堂 真影(ia0490)です! 宜しくお願いします♪」 自己紹介する彼女に、二帆はにこやかに礼を返す。 「玖堂さんと天目さん、嵩山さんは三雲が依頼でお世話になったそうで‥‥。皆さんも、よろしくお願い致します」 「理穴の民へ救援を! 素晴らしいお考えです。感服の至り!」 感極まり叫ぶのは沢村楓(ia5437)。拳を握り締めるその瞳には炎の如き熱意を宿し、 「龍風屋慈善大売出し、是非是非に成功させましょう!」 鋭くあらぬ方向を指差したかと思うと、突然店を飛び出し掛けて行った。 「負けてられねぇな。俺のやる気も天元突破だぜ!」 尤も、そんな流星 六三四(ia5521)のやる気は、『可愛い子が多い』のが一番の理由なのだが。 早速売出しに向けて全員で準備に取り掛かる。 「もう一つ版木が出来たぞ」 龍風屋の奥、休憩所を兼ねた自宅の一室で、掘り終えたそれを差し出すのは天目 飛鳥(ia1211)だ。刀鍛冶の職を手にしているだけあって物作りの腕も冴える。 版木を受け取って、六三四が辺りを見回す。 「手が空いた奴が居たら手伝ってくれねぇか?」 「じゃあ、私が‥‥この紙に刷れば良いのね?」 深山 千草(ia0889)が加勢に入る。商品の値段を切り良くするように、など二帆に提案して戻ってきた所だ。 店先では、雫が男性店員二人と販売台の作成を行なっていた。重い資材や商品の詰められた木箱も、強力で店内から運び出す。 「商品の量によってはかなりの重さになるからな。崩れると危ないし、頑丈に作っておこう」 龍風屋の印半纏を羽織った真影と六三四が店内から出てきたのを見つけ、雫は声を掛けた。 「玖堂達は宣伝担当だったな。頼んだぞ」 「はいっ。頑張って宣伝してきますから、雫さんもお店の方頑張ってくださいね!」 「真影ちゃんと一緒に、龍風屋がせぇるの後も大繁盛するくらいの意気込みで人を集めるぜ!」 戦場では裏方で働く事の多いシノビだが、宣伝担当なら派手に目立てると意気込む六三四。といっても、普段から忍んでいない事の方が多いのだが。 広場へ向かう真影と六三四の背には『龍風屋ちゃりてぃ・せ〜る開催中☆』『理穴の民へ救援を!龍風屋慈善大売出し!!』と朱墨で書かれた旗が背負われていた。 同様の旗を数本持った飛鳥が、店外にも旗を立てていく。開店時間は刻一刻と近づいていた。 ● 真影と六三四が広場を訪れる頃には、行き交う人の数も随分増えていた。龍風屋もそろそろ開店しているはずだ。 「さぁてお立会い! 今から見せるは忍法木葉隠! 上手く姿が隠れたら拍手喝采!」 木の根元に立つ六三四の大きな声に呼び寄せられて人が集まって来るのを見計らい、武蔵は術を発動する。 「行っくぜぇ、木葉隠!!」 術により現れた木の葉が舞い、六三四の姿が消えた。見物人が歓声を上げると同時に、木の葉に紛れて無数のチラシが舞い降りてくる。 『♪龍風屋ちゃりてぃ・せ〜る☆開催中♪ 期間中、皆様にお買い上げ頂いた売上金の一部は理穴国へ支援金として寄付されます クジやタイムセールなどお楽しみ企画も有!お買物を楽しみながら支援活動も出来る画期的企画!! 詳しくは龍風屋まで!!』 「何だ、ちゃりてぃ・せーるってのは?」 「支援金を集める為の大売出しの事です!」 真影がいつの間にか樹上から戻った六三四が背負っている旗に書かれた文字を指して言う。六三四も、くじやタイムセールの詳細が記された別のチラシを手渡していく。 二人がチラシを配ったり売出しについての説明をしている間に、見覚えのある姿が横切るのを真影が見つけた。 「あれっ、楓ちゃんじゃない?」 楓の方も二人に気づき駆け寄ってくる。 「どこ行ってたの?」 「神社などの朝廷施設を回っておりました。『ぽすたー』なる宣伝張り紙の張り出し許可をいただき、且つ可能であればご協賛いただければ、と。これから他の場所にも向かうところなのです。では!」 言い終わるが早いか、楓は再びいずこかへと駆け去った。 その頃龍風屋では、千草が店先を通りかかる人々にチラシを渡しながら、集まる人々に理穴での体験談を話して聞かせていた。 薫は店外の売台で客を見送りながら、帯締や帯揚などの小物の売台の乱れに乱れた陳列に取り掛かる。 「ありがとうございました! さて、やる事は沢山ありそうね。腕が鳴るわ」 そこへ雪が店内から顔を出す。 「千草さん、店内手伝ってもらっていいですか?」 店内では琉璃が品薄になった装飾品の棚に商品を補充しながら、行き遭う客に声を掛ける。 「いらっしゃいませ〜。どうぞ、ごゆっくりお選び下さい」 普段は女顔を隠している彼だが、接客の仕事という事もあり素顔で仕事に臨んでいた。 宣伝の効果が出始めているのか客も多く、帳場にも会計待ちの客が数人並んでいる。 その傍らでは飛鳥が購入商品の包装を手伝っていた。客相手とはいえ世辞などを言える性分ではないと、蔵からの商品運搬など裏方の作業を主に手伝っている。 琉璃と店員一人が品出しに掛かっているが、それでも追いついていない。店員には販売に専念してもらうべく、千草も商品の陳列に掛かった。 「あの、すみません。理穴製の商品があるって聞いたんですけど」 若い娘に訪ねられ千種が案内する。 店内にある理穴の職人による着物や反物・帯を集めた特設棚が設置されているのだ。作品を通して理穴の人々を身近に感じて欲しいという思いから、千草が提案したものだった。こうして気にかけてくれる客がいると嬉しくなる。 丁度その棚を整理していた琉璃が手馴れた様子で引き受ける。 「そうですねえ‥‥帯を探されているのでしたら、こちらなんか如何でしょう?」 その後も時折混雑の波を何度か迎えながら、夕刻には何とか客足も落ち着く。 ずっと内外を行ったり来たりしていた二帆も、ようやく一息つけたようだ。 「客が増えるに越した事は無いが、酷く混雑するようなら明日は俺も外へ出る」 翌日に使用するためのチラシの補充分を刷っていた飛鳥が言うと、雫が頷く。 「ああ。この活気が皆を励ます種となる。全力でやり遂げよう」 そこへ追加の商品を仕入れた三雲が戻ってきた。店のすぐ外で出会い一緒に帰ってきた楓は何故か元気が無い。 『店員に同行してもらい普段回らない仕入先からの商品融資を』と思っていたのだが、店の忙しさに人手が割けず。さらに、 「『ぽすたー』の張り出しは許可をいただけたのですが、協賛が得られなかったのです」 「協賛て何のだよ?」 三雲に促され楓が計画を話すと、三雲が二帆を見た。 「なぁ、それくらいなら‥‥」 「ええ。何とかなりそうですよ」 ● 二日目。 前日同様、宣伝組の二人が開店少し前に店を出る。 「さぁ真影ちゃん、今日も張り切って‥‥うおっ!?」 何と店前には数人とはいえ開店待ちの客が並んでいたのだ。 開店後も明らかに前日を上回る客数に、千草も商品整理だけでなく接客にも回る。 「簪の売場はこちらでございます」 忙しくとも笑顔と丁寧さを忘れぬよう心掛けながら対応する。 「お姉さんの簪ってこれと同じやつ?」 「ええ。試着されます?」 棚に並んでいる状態と着用時では印象が異なる場合もある。そこで商品を身につけて店に立つ事を許可してもらったのだ。 店の奥では、理穴染めの着物に着替えた薫が姿見を前に前後を確認している。 「試着するのは良いけれど、私だと若干華に欠けてしまうかしら‥‥?」 『もでる』のような事は慣れないが、こういった晴れやかな衣服を纏うとやはり心が浮き立つ。 そこへ琉璃が帯を持って現れる。 「それ、羽月という職人さんの帯じゃない?」 「そう聞きました。良くご存知ですね」 薫が理穴で避難誘導を行なった村に住んでいた職人で、三雲が納品分を受け取った時に見かけたのだ。 羽月も今は避難生活を余儀なくされている。自分が身につけることで、一本でも多く売れてくれればいい。そんな想いを胸に、薫は再び外の売台へと戻った。 広場では人だかりの中心に宣伝旗を背負った二人がいた。 「今こうしている間にも理穴では、民が魔の森に追われアヤカシの脅威に晒されているんです。それを救う為に、開拓者達が尽力しています」 真影は陰陽符を小鳥や蝶などの姿をした式へ変えてみせる。 「今みてェな技を使って開拓者は理穴の人を救おうとしてる。でも、開拓者だけじゃあどうにも人手は足りねェ。現地に行けねェ人も多いしな」 六三四は集まった人々にチラシを手渡しながら言う。 「そこで、龍風屋の三男坊が『ちゃりてぃ・せーる』を行なって理穴の人を助けようとしてるんだ。いい話じゃねえか! 皆も一口乗ってみねぇかい!」 夕刻近くに二人が龍風屋に戻ってきた時にはタイムセールの時間という事もあり店前は混雑を極めていた。 「最後尾はこちらだ」 「あまり道の中央には出ないように」 飛鳥と雫が道端に列を作るように、また列を崩さぬよう誘導を始めているのを見、真影が手伝いに駆けて行く。六三四は人混みを抜けて店の入口を目指す。 「閉店まで気を引き締めてかからなくっちゃな!」 店内もさることながら、特別値下価格で出されている店外商品が人気で店外で対応している人員の方がより消耗が激しい。 「代わりますよ。少し休んでください」 休憩から戻ってきた琉璃が店内から出てきて薫と交代する。 客の男に『姉ちゃん』呼ばわりされた琉璃がにこやかに訂正する声を聞きつつ、混雑を避けて裏口から住居へ入る。休憩部屋では、勤務時間を終えた店員二人が干菓子を食べている所だった。 「お疲れ様です、お菓子いただいてます」 店員が真影と交代で休憩に訪れた雫に言うと、彼女は薫にもそれを勧めた。 「凝った事も出来ないのだが、差し入れにな。嵩山も食べてくれ」 「ありがとう。いただくわ」 「今日が終わればあと一日だ。終わったら皆で旨い酒でもやろうじゃないか」 その後休憩から戻った後も客足は衰えず。閉店後の店内では三雲が持ち帰った商品の補充や整理に全員で取り掛かり。 楓は二帆の帳簿整理を手伝いながら溜息をつく。 「ぜひR(龍風屋)B(ぼーなす)S(しすてむ)を導入していただきたかったのですが‥‥」 「無理ですっ!!」 龍風屋の女性スタッフが声をそろえて反対し、雪が抗議する。 「茶屋や飲み屋ならまだしも、獲得ぽいんとで私達の衣装が変わるなんて。それにうちは『たつかぜや』だからRじゃなくてTですよ?」 「何と‥‥!」 楓はがっくりとうなだれた。 ● 三日目はそれまでを上回る盛況ぶりだった。 近隣の店舗や通行人に迷惑を掛けぬ様に飛鳥と雫で列を整理し。店外の売台の周囲も常に人だかりが出来ている。 「あっ、待ちなさい! 雫さん、お客さんをお願い」 薫が売台近くの列を整理していた雫に言い置いて突然駆け出した。 「な!? あ‥‥い、いらっしゃいませ。当店の自慢の品、如何です、か?」 普段使わない敬語を無理に使っての慣れない行動に笑顔も動きもぎくしゃくしているのが自分でもわかった。せめてもと誠意を込めて対応する。 薫が駆けるその先には、走り逃げる若い男が居た。が、開拓者の足に到底かなうはずもない。 「身軽さが身上の泰拳士から逃げられるとでも思って?」 後ろから腕を取るが早いか、たちまち地面に組み敷き売台から盗って行った綾紐数本を奪い取る。敢え無く御用となったその男は薫が拳布で縛り上げ、役人に引き渡された。 店内では楓が接客に務めている。免疫の少ない男性への対応に自信が無いため、反物や装飾品など女性客が多そうな辺りに陣取っているようだ。 客が多いのは、くじの当選発表がこの最終日に行なわれるからだ。初日に印刷したくじの半券を購入者に手渡してきた。店に残った半券を抽選し割引券や商品引換券を進呈するのである。 当選発表に合わせて宣伝組も帰還し、集まった人達で盛り上がる中抽選が行なわれた。混雑で客同士小競り合いが起こり掛けたが飛鳥が何とかその場を収め。 抽選会の終了を以って、三日間の大売出しは大盛況の内に幕を閉じた。 抽選から漏れた客達は、残念賞として若木の苗を手にしていた。はずれくじが無いようにと、楓の案を汲んだ二帆が三雲に頼んで調達してきたのだ。 雫は後片付けの中、夕暮れの中帰途につく人々を見て思う。自分がアヤカシと戦うのはこうした『普通の暮らしを護っていく』為なのだ、と。 全てを終え、龍風家の客間に集まった皆に琉璃が茶を振舞う。 「皆さん、お疲れ様でした。しかし、嵐が来たような忙しさと混雑でしたね」 そう言う本人は全く疲れも見せず微笑んでいる。 「目指すところは一つでも、道は幾つでも在るものね‥‥優しい気持ちに触れると、戦場でも頑張れる。そんな気がするわ」 穏やかに笑む千草に飛鳥も同意する。 「俺のような不器用な人間は刀や鎚を振るう事でしか役に立てないと思っていたが、こういうやり方もあるのだな‥‥」 騒々しい足音と共に押し込んでくるなり三雲が六三四に詰め寄った。 「お前、俺がせーるやってるって触れ回っただろ!? おかげで神楽のあちらこちらで声掛けられて‥‥俺じゃなくて二帆だ二帆!」 「む、そうだったか? 細けェ事気にすんな」 からからと笑う六三四にぎゃあぎゃあと騒ぐ三雲だったが、 「皆の労をねぎらう為、ささやかながら打ち上げでもしたいところだ」 飛鳥のその一言にたちまち眼の色を変える。 「いいねぇ! うちでやってけよ」 食いついた三雲に、千草と薫が微笑む。 「実は、もう二帆さんに許可をいただいているのよ」 「私達が腕によりを掛けてご馳走を作るから、楽しみにしていてちょうだい」 その後龍風屋店員も含めて、打ち上げという名の酒盛りが賑やかに行なわれた。 翌日。 二帆の手で、三日間の売上から経費を差し引いた全ての額が『理穴救済支援金』として開拓者ギルドへ手渡された。 その中に飛鳥の報酬から出資された支援金も含め、避難民への物資調達の資金として有用に活用され。今回の『ちゃりてぃ・せーる』により龍風屋の得意客も大いに増えたのであった。 |