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■オープニング本文 大アヤカシとの決戦を終えた理穴では、各地で復興作業が行われている。 その東部、湖からそう遠くない場所に風和という名の村がある。魔の森の侵食により、一時とはいえ村を捨てての避難を余儀なくされていた。 戦が終わり、ようやく帰ってきたと安堵の息をついたのも束の間。アヤカシ達により破壊された家屋や村を囲う柵の復旧作業に追われた。避難の時にも開拓者の力を借りて無事難を逃れ、今また開拓者の助力により復興の目処もようやく立ったところだ。 サムライの龍風 三雲(iz0015)も、復興支援の依頼を受けて風和の村を訪れている。共に訪れた開拓者達は先日神楽へと戻ったのだが、彼だけが村へと残っていた。 三雲は割った薪を束にして、屋内へと運び込む。 家屋と戸一枚でつながっている作業場では、黒ずんだ湯が大鍋で煮立てられている。その横には水の張られた大きなたらいが置かれ。たらいで布を洗っているのは作法衣を着た熊‥‥のような中年の大男だ。 太く毛深い腕が水から布を引き上げた。黒い髭に覆われた顔に据えられた鋭い双眸は、藍の色味を隅々まで確認する。 三雲は薪の束を抱えて大鍋の置かれた竈の脇まで行き、男を振り返った。 「羽月さん、これこの辺でいいのか?」 羽月と呼ばれた男は険しい視線を布からそのまま三雲に移し、おもむろに頷いた。大抵の者はたじろいでしまう眼光だが、彼の人となりを知っている三雲は気にした様子もなく薪をおろす。 「‥‥店に戻らんでいいのか」 羽月は布を干しながらぼそりと声を投げた。「あー」と曖昧な声を上げて頭を掻く三雲に、羽月が続ける。 「俺の足の事なら気にするな。歩けないことはない」 戦が始まる前、理穴南西部へ避難する途中にアヤカシの襲撃に遭い傷を負ったのだ。右足首に巻かれた包帯は痛々しく、それをかばいながらの歩みは見るからに辛そうだ。 「羽月さんこそ気にすんなよ! 店は俺がいなくても回ってるし‥‥ほら、四葉が羽月さんの新作早く仕入れて来いってうるせぇからさ」 一人暮らしで村人とも少し距離を置いている彼を置いて帰るには忍びなく。それを素直に言える三雲でもないのだが、発した言葉は全くの方便という訳でもない。 三雲の家は『龍風屋』という万屋であり、開拓者として依頼に赴く以外の時間は三雲も遠方への配送や商品買付を担っている。 一方、羽月は帯を専門に手がけている職人だ。染め付けから絵つけ、刺繍、仕立てまでを一人で行なっている。扱っている店は少なく、龍風屋もその卸先の一つ。彼の作り出す一点物の帯は評判が良く、三雲の弟・四葉も含め若い女性客に愛用者が増えつつある。 理穴の騒動でしばらく仕入が途絶えてしまっていたため、羽月の帯を望む声は多い。もっとも彼女らも、羽月がこんな厳つい親父だとは思ってはいまい。三雲ですら、あんな繊細な色柄を彼の太い指でよくも生み出せるものだと思っているくらいである。 「ま、そういう訳だから俺はあと一日二日はいるつもりだし。なんか手伝えることがあったら言ってくれよ」 三雲の言葉を聞きながら黙々と作業を続けている羽月が呟いた。 「染め‥‥を、‥‥と思う‥‥」 「あ? なんて?」 いつもよりもさらに小さな声で良く聞き取れず三雲が聞き返すと、羽月は手を止めて三雲を見た。 「‥‥子供達、見たか」 「村の? ああ、さすがにちぃとばかし元気なさそうだったよな」 幸いこの村には家族を失った者はいない。しかしアヤカシの襲撃と、それにより村を追われた今回の体験は、子供の心に少なからず傷を残しているのだろう。 「何か‥‥いつもと違った事をして、気が晴れる事もあるかと思ったのだが‥‥」 「ん‥‥あ、なるほどな。それで『染物体験』か! いいじゃねぇか」 先程の呟きを理解した三雲が腕組みをして頷き笑顔を向けた。 「染料が足りないようなら、俺が森まで取りに行くし。羽月さん、ガキどもに教えてやれよ」 「‥‥俺は、村の者達にはあまり好かれてはおらん。ギルドの方で、何とかならんか」 「へ? 開拓者に依託するって事か?」 「作業場や道具は貸すし、同席して指導もする。しかし子供達を集めたり接したりは、俺には向かん」 「向かんて‥‥なぁ」 三雲は渋面を作って頭を掻いた。 確かに見た目は怖いし口数も少なく、人付き合いも決して得意ではない。三雲も幼少期に初めて会った時には実は泣いた記憶がある。 しかし本来心根の優しい男で、彼の作る帯にもそれが表れている。子供達が自らを怖がる事を理解した上で距離を取っているのだろうが‥‥。 と、あからさまに三雲は良いことを思いついたという表情で羽月を振り向いた。 そうだ、染物体験という場を持つのであれば、それは子供達に羽月を知ってもらう良い機会ではないか。 「おっし、分かったぜ。じゃ、俺が代理でギルドに依頼出して来っから。ちょっと待ってろよ!」 言うが早いか、三雲はギルドに依頼を出すべく作業場を飛び出した。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
香坂 御影(ia0737)
20歳・男・サ
ロウザ(ia1065)
16歳・女・サ
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
羽貫・周(ia5320)
37歳・女・弓
御神村 茉織(ia5355)
26歳・男・シ
輝血(ia5431)
18歳・女・シ
瀧鷲 漸(ia8176)
25歳・女・サ |
■リプレイ本文 ● 精霊門を抜け理穴・風和の村へとたどり着いたのは夜中の事。皆は羽月の家で朝を迎えた。 羽月が用意した握り飯と根菜汁で朝食を終えると、早速染物体験準備の為の説明が始まる。 「‥‥と、準備についてはこんな所‥‥で良かったか? 羽月さん」 覚え書き片手に三雲が振り返ると、彼の後ろで腕組みをして座っていた羽月が頷いた。 「じゃあ、僕は子供達への告知をして回ろう」 香坂 御影(ia0737)が立ち上がると、輝血(ia5431)笑顔で挙手。 「俺が案内するわ。ここは何度も来てるし、多少顔も知られてるからな」 三雲が二人を連れて出るのを送り出し、残った者は作業場の準備へ。 「さて、始めようか」 瀧鷲 漸(ia8176)は手を組み指を鳴らすが、もちろん始めるのは戦‥‥ではない。 「子供たちが元気になれるような染物体験にしないとな」 「さて。この手の下準備なら得意分野ね」 嵩山 薫(ia1747)も泰拳士としては力仕事を、細やかな作業は主婦として自信がある。 羽貫・周(ia5320)が作業場の隅に置かれていたものを指して問う。 「羽月、これが染液用の大鍋だろうか?」 「そうだ。裏の物置にもう一つある」 「おっと。それはボク達が」 水鏡 絵梨乃(ia0191)が立ち上がろうとした羽月を押し留めると御神村 茉織(ia5355)も言う。 「そうそう。指図だけしてくれりゃ、代わりに動くからよ」 足を負傷している彼に無理をさせないために、自分達が来ているのだ。 作業場を出ようとする二人を羽月は呼び止めた。 「同じ場所に、竈を組むための煉瓦とたらいもある」 「なら ろうざも いく!」 ロウザ(ia1065)は手を前足のように使い四つ足で二人の後を追う。 「ろうざ おしゃれ! そめもの おぼえる! がう!」 出ていった戸口の向こうから聞こえてきた声に、薫と周、漸は微笑み合う。 「染物体験、か。流石にやったことはないから、少し楽しみではあるね」 言って、周は染料の用意をしている羽月の背中にちらと視線を送り。 「ついでに、不器用な男の背でも押してやれれば良いが」 「うむ。そのためにも、下準備は大事だ」 漸が言うと、薫も頷いた。 「そうね。重労働が残らないよう、力仕事から先に片づけてしまいましょう」 「わはは! ろうざ ちからもち!」 物置から戻ってきたロウザは、たらいをいくつも重ねて頭上に掲げていた。 ● 風和の村は中央に抱く泉を中心に環状に四十戸程の家が並ぶ。森に囲まれた穏やかな村だ。 「村全体で元気がないね‥‥まぁあんなことがあったあとだし、しょうがないけど」 輝血の言葉に、のどかな村の姿を知っている三雲も渋い表情で言う。 「避難生活が終わった矢先に復興作業。皆疲れてんだろうな‥‥次はここだな」 母親と小さな兄妹に染物体験を行なう事を告げると、妹の方が興味を示した。 「草木染め、楽しそう!」 「ああ。実は僕も楽しみなんだ」 言って御影は身を屈め少女に目線を合わせた。 「当日は僕達も一緒にやるから、遊びにおいで。お兄ちゃんもな」 少しでも親しんでおけば当日訪ねて来やすいだろうという御影の気遣いである。母親には無料であることを告げると、少し安心した様子だった。 「羽月のいいところを広めたい、か。あたしは彼が子供たちと一緒に作業するのが一番だと思うな」 輝血がふと思うところを口にすると、御影も同意する。 「この体験を機に、羽月が村に馴染めるよう頑張るか。依頼とはいえ、楽しめそうな事柄を体験させて貰えるんだ」 「‥‥っし、そのためにもがっちり告知して回らねぇとな!」 村と羽月の為と気合いを入れ直す三雲の案内で、御影と輝血は次の家へと向かった。 その頃作業場では、作業道具の設置と平行して別の作業が始まっていた。真更な木綿を手ぬぐいの大きさに裁断するのだ。 「貴方、意外と手先は器用なのよね」 薫が言うと、絵梨乃は真面目な顔で答える。 「たまには、ちゃんとこういう事も出来るというところを見せておかないとな。でないとボクは、ただのがさつな酔っ払い女だと思われてしまう」 その隣で、周は黙々と布を裁っている。力仕事が苦手なわけではないが、手先を使う方が得意なのだ。 「失敗しても大丈夫なよう、多めに頼む」 裁断の様子を見に来た羽月に、周が問う。 「どうして村の者と距離をとる?」 「‥‥俺は余所者だ。昔からこの村に住んでいる訳ではない」 「そう村の者達に言われたのか」 「いや‥‥だが、子供達は俺を恐れる。それを見た親は不安がるだろう」 「でも子供は好きで仲良くなりてぇんだろ? だったら、逃げちゃ駄目だぜ。協力するからよ」 話が聞こえていた茉織が言うと、羽月は髭面を朱に染めて否定した。 「ち、違う! 俺は子供達が元気になってくれれば、それでいい」 「はづき! これ おくとこ さげるか?」 子供が取りやすいようにと、作業道具の箱を指して呼びかけるロウザ。そちらへ足を引きずり移動する羽月の背に薫と絵梨乃が呟いた。 「頑固ね‥‥」 「なかなか手強いな」 作業が進む中、茉織はある提案をし、羽月は深く頷いた。 「それはいい。明日までに作っておこう」 そこへ外回りに出かけていた三人が帰ってきた。 丁度良いとばかりに、羽月はいくつかの手鍋で数種類の染液を煮出し、小さな布を染めつけながら皆に手順を教えていく。 全ての準備を終えた皆は、薫と周で作った賄いで腹を満たした。 ● 翌日。 昼過ぎからの染物体験に向けて、二つの大鍋で染液を作るべく茜と藍を煮出し。さらにもう一つの大鍋には媒染液としてみょうばんを煮出してそれぞれを漉す。 数人毎に使えるようにと水を張ったたらいも複数用意した。 「と、模様付けの為の紐と‥‥足りない物はないな」 「きょう たのしみだな! はづき!」 茉織が道具の確認をしている横で、ロウザは鍋をのぞき込み匂いをかいでいる。 「皆良く来たね。さ、中へ」 戸口に立っていた御影の声に続いて、子供達が恐る恐る中へと足を踏み入れた。五歳から十三歳までの男女、総勢十二人にロウザが元気に名乗り出る。 「ろうざは ろうざ! こっち はづき!」 腕組みをし見下ろす巨漢に躊躇う子供達を、漸と薫が促す。 「遠慮せずこちらへ来るといい」 「手ぬぐいを染めるのよ。楽しみね」 開拓者達が話しかければ子供達からも笑顔がこぼれた。どこか寂しげでもあるそれに漸は胸を痛める。 (「牲者もなく無事に村に戻ってこれたのはいいが、それでもやはり子供たちにはつらかったのだろうな。少しでも元気になればよいのだが‥‥」) 「皆、手ぬぐいは行き渡ったかな? まずはこれに模様をつける」 絵梨乃が布を見せながら言う。羽月がいつまでも黙っているので皆で進めているのだ。 「いいかい、ここをこうして‥‥」 御影も自らの布を見本に糸で絞りを作って見せる。周も、出来ずに困っている子供達を見つけて隣に陣取った。 「どこがわからない?」 三人の内、周はあえて一人だけを教えながら羽月を見る。 「済まない。こちらの二人を頼む」 「む‥‥」 羽月は思わず周囲を見回した。が、皆子供達についており、不器用な三雲は身振りで『無理!』と返す。仕方無く子供の隣へ行き縛り方を教え始める。 「面を絞るやり方もあるが‥‥畳んで端を縛っても違う模様ができる。布自体を結ぶのもいいだろう」 何だかんだ好きな草木染めの事、染物に関しては比較的饒舌になるようだ。 「こ、これでいい?」 恐々と布を差し出した男児に、羽月は頷いて、隣の男児を見た。 「絞りにするなら、中に石や枝を入れるとまた違った模様に‥‥」 あらかじめ道具の中に用意していたそれらに伸ばしかけた手を、羽月は止めた。いつの間にか、周囲の皆が自分の言葉を聞いている事に気づいたのだ。 「皆聞いたか。羽月の言う通りやってみよう」 御影が言い、子供達が石や枝を取りに来たり、布を結んでみたりし始めた。 「それ、俺が取ろうとしたんだぞ!」 「あたしが先だもん!」 石を取り合っている二人を見つけ、薫がすぐ間に入る。 「喧嘩は駄目。貴方の方がお兄ちゃんね、この子に譲ってあげなさい?」 「みろ! こなの できた!」 ロウザが誇らしげに自らの布を掲げると、子供達も互いに布を見せ合っている。 藍と茜、好きな色を選んでもらい、各自名札をくくりつけ水で濡らした布を入れていく。 「娘に衣服を作ってあげるなんて、赤ん坊の頃以来かしら?」 薫が茜の染液に入れたのは、十歳になる娘の為に作る着物用の布だ。 ロウザも自らの布を入れた茜の大鍋を時折木箆で混ぜながら、繰り返し歌を歌っている。 「おなべで ちゃぷちゃぷ♪ いろづく おふろ ゆっくり つかって もぐりっこ♪」 「‥‥おい」 漸につつかれ彼女が指す方を向くと、羽月が同じ節を鼻歌に乗せていた。 「はづき このうた すきか!」 「い、いや‥‥」 狼狽える羽月を余所に、 「みんなも いっしょ うたう せえの!」 ロウザのかけ声と共に、繰り返し聞いて覚えてしまった歌の合唱が作業場に響いた。 ● 染液を煮る火を止めたら、冷めるまでの間は手が空いてしまう。 「村で流行っている遊びはないのかい?」 御影の問いに、男児達が独楽や竹馬など口々に言うと女児が負けじとお手玉や手鞠と言い返す。それを絵梨乃がなだめた。 「わかったわかった。う〜ん‥‥そうだ、にらめっこでもしてみよう。こう見えても変顔は得意だからな」 自信有気に豊満な胸を張ってみせただけあって、相対する子供達は悉く彼女の顔にふきだしてしまう。 「嫁入り前の娘がそんな顔していいのかよ」 笑い涙を拭いながら言う三雲に、絵梨乃は言い返す。 「皆が楽しんでくれれば、ボクはそれでいいんだよ。ほら、羽月さんも一緒に」 「いや、だから俺は‥‥」 拒む羽月を皆で強引に引っ張り出す。 「少しの勇気があれば、あの輪の中にも入れるんだろうけど。難しいよね、中々」 輝血のその言葉は、皆の楽しげな様子を壁際で一人眺めている子供に向けられたものだった。 実は子供と接するのが苦手なのだ。本当の自分を、明るく元気な自分で包み隠している。子供はすぐそれに気づき警戒し離れていく。 「でもまぁ、やっぱり子供は皆と一緒に遊ぶ方がいいよ。頑張れ、君はまだ大丈夫。前に踏み出せば、皆受け入れてくれるから」 小さな頃から笑う事を忘れたら、自分のようになってしまうから――。 輝血の励ます笑顔をじっと見つめていたその子は頷き。 「行こ」 そっと輝血の手を取った。 絵梨乃と羽月のにらめっこ対決が始まった瞬間、周囲の子供達が恐怖に固まる。 「にらめっこって本当に睨むものじゃないのよ。羽月さんたら勘違いして」 慌てて薫が笑顔で場を取り繕う。 「む‥‥すまん。そろそろ冷めた頃だろう」 慌てて大鍋に向かう羽月は、たらいに足を引っ掛けて派手に転んで水を被った。思わず笑った一人の子供から笑い声が伝染していく。 「ああ見えて気は優しいんだぜ」 羽月が着替えている間、茉織がこっそり子供達に耳打ちした。 ● 各自染液から布を取り出し、たらいの水で洗う。その後媒染液に入れて煮る事で染液が定着する。 煮たらまた冷まさなくてはいけないのだが、その間に茉織は様々な色の小さな布切れを張り付けた板を掲げて見せている。 それは前日に羽月が皆に染めて見せていた布だ。染めの色味を楽しんで貰おうと、茉織が頼んだのである。 「玉葱やなんかも、染めるとこんな色になるんだぜ。こっちは‥‥何だったかね、旦那」 「山桃の枝だ‥‥この近くにもよく生えている」 羽月が答えると、ロウザが眼を輝かせた。共に行く子供を募り、主に女児達を引き連れて作業場を駆け出す。 「子供はいつ飛び出すやら判らないから、よく見ておいてあげて!」 「薫は作業場頼むわ」 ロウザを追おうとする薫を三雲が押し留めた矢先に、作業場に残った男児達が追いかけっこを始める。 「ほら、鍋がまだ熱いから周りで走らないの」 作業場に残った男児達に注意する様はまるで託児所の世話係のようだ。 「そんなに運動したいなら外で遊ぶぞ。たまにはこういったものもいいだろう」 言って漸が取り出したのは小ぶりな竹槍と荒縄だ。 「その荒縄で、誰が一番飛ばせるか測るというわけか。僕も手伝おう」 御影にも促され、男児達は勇んで外へと出る。 「戻って来る前に、水を替えておこう」 羽月が手を掛けようとしたたらいを輝血が横からさらう。 「あたしは子供の世話よりこっちの方が楽だからね」 気づけば周、薫もたらいを受け持っている。 「‥‥気を使わせてすまんな」 ぽつりと呟く羽月の肩を茉織が叩き、最後のたらいを持ち上げた。 「遠慮なく足だと思ってこき使ってくれよな? 無理してまた足を悪くしちゃいけねーよ」 戻ってきた周は、外から聞こえて来る槍投げの歓声を聞きながら羽月に向き直る。 「子供は大人以上に敏いものだ。羽月が良い性根の者かそうでないかは、もう悟っているだろう。余計な心配はせずに一歩踏み出せばいい」 水を零さぬようにたらいを下ろして輝血も言う。 「結局、自分から壁を取り払うしかないんじゃないかな。不器用でもいいから接してれば自然といいところは伝わると思うんだ」 賑やかな声と共に、ロウザ達が戻ってきた。 「みんな! これ つかえるか はづきに きく!」 採ってきた草を見せに集まる子供達に戸惑いながらも、羽月は丁寧に答えていた。 ● 取り出した布を再度水で洗う。広げた布は青と赤の色に染まり、それぞれの作り出した白い模様が描き出されている。 「やた! きれー できた!」 ロウザは赤の中に波紋のように連なる輪を皆に見せている。彼女が跳ねるに合わせて飛び散る水飛沫に子供達がきゃあきゃあと悲鳴を上げた。 裏手に生えた木と木の間に縄を張り、全員の手ぬぐいを吊るして乾かす。自分の手ぬぐいが青空にはためく様を、子供達は晴れやかな笑顔で見上げている。 「おじさんの染物って都で人気なんでしょ? 御影が言ってたよ」 「帯を作ってるんだよね? 私見たい!」 作業場を訪れる前のように影のある子供は既に一人も無く、笑顔の作れない羽月を恐れている子供もいない。羽月も皆の後押しが効いたのか、努めて自分からも話しかけている。 それを見た開拓者達も、事を成したのを喜び笑顔を見合わせた。 布が乾くまでと、皆で様々な遊びをして過ごし、気づけば夕刻。 家路につく子供達の手には今日一日の思い出で染められた手ぬぐいが握られ。羽月の感謝に見送られて神楽へと旅立った開拓者達の手にもまた、子供達と共に作った草木染があった。 後日、三雲が再び訪れた時には、常時何人かの子供達が訪れている賑やかな作業場となっていた。 三雲は子供に相撲の相手をさせられながら言う。 「前の方が静かで良かったんじゃねぇ?」 「‥‥そうでもない」 帯を手掛けつつ答えた羽月の鋭い眼光は、随分和らいだようだった。 |