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■オープニング本文 開拓者ギルドの本拠地が置かれている神楽の都には、たくさんの開拓者が居を構えている。 しかし住んでいるのが開拓者ばかりかと言えば、そうでもない。開拓者ではない一般人も多く日々を送っているのだ。 そんな神楽の商店街の一角。それなりに古くから店を構える商店がある。神楽にはよく見られる様式の店構えではあるのだが、その商い自体は独特だ。それを表しているのが軒下に置かれている立て看板である。 日用品から珍品まで、手広さならば神楽随一。 注文次第で品の仕入れにどこまでも。お届け物も送り先までひとっ飛び! お買物・ご用命は龍風屋まで!! 宣伝文句の通り、日用品や装飾品等を中心に、様々な物を取り扱っている。 店頭にない商品は注文を受けて手配する他、商品や持込品の配送も行なうため、近所では『何でも屋』と認識されているようだ。 その表戸から黒髪の青年が姿を見せた。藍色の角通し柄の着流しの上に店の印半纏を羽織った彼は、龍風屋の番頭を務める龍風 二帆(iz0057)である。 『日々のご来店、心より感謝いたします。 誠に勝手ながら、年末年始は休業とさせていただきます。 新年も変わらぬご愛顧をよろしくお願いいたします』 そう書き記した紙を戸口に貼り付け、通りまで離れて曲がっていない事を確認する。そのまま視線を軒の上まで動かす。 眼鏡の奥、深い碧色の瞳が『龍風屋』の看板を見つめた。今年一年無事に終えられた感慨が瞳に沸き上がる。 「‥‥看板も磨いて、墨入れしなくてはいけないな」 新年の墨入れは代々店主の仕事である。 「番頭さん、立て看板は店内でいいんですよね?」 戸口から顔を出した男性店員の声に頷いて、看板を片づける彼に続いて店内へと戻る。 当日の閉店業務はすでに片付いており、印半纏を脱いだ店員達に二帆は微笑みかける。 「皆さん、今年も一年お疲れ様でした。これ、良かったら使ってみてください」 洒落た和紙の袋に、女性店員達が嬉声をあげた。袋には『温泉宿・花家 硫黄の湯』と書かれている。 「わぁ、湯の花ですね。これって、もしかしてこの間番頭さん達が行ってきた温泉の?」 「ええ。ちょっと訳あって硫黄泉の湯の花が沢山採れたので、宿の女将さんと相談して作ってみたんです。来年の初売りに使えたらと思って」 訳、というのは少し前の事。休暇で出かけた先で硫黄アヤカシに出くわしてしまったのだ。ただで終わらせないあたりは、さすが商売人である。 口々に別れを告げて店を出る店員達。最後尾にいた昔馴染みの店員である十八歳の雪が、戸口を出たところで申し訳なさそうに振り返った。 「本当にいいんですか? 年始の準備、お手伝いしなくても」 「皆には、年末の忙しい期間を休みも少なく働いて貰ったから。お正月くらいはゆっくりしてください」 柔らかな微笑みではあるが、一度そうと決めたら譲らない部分を知っている雪は諦めて頷いた。 「わかりました。でも、番頭さんもちゃんと休んでくださいね! 放っとくと、ずっと働き詰めなんですから」 そんな彼女の小言も聞き納めと笑顔で見送り。静けさが訪れた店前だったが、入れ替わりに賑やかの代名詞がやってくる。 「ふーちゃん、たっだいまー!」 通りの向こうから手を振り駆けて来るのは、小柄な銀髪碧眼の少女‥‥のように見えるが、二帆の年の離れた弟である。 「お帰り、四葉。頼んでおいた依頼だけれど‥‥」 「うん、もうばっちり! ちゃんと依頼掲示板に貼りだしておいたから。お手伝い、来てくれるといいね!」 はちきれんばかりの笑顔で兄を見上げる四葉は、開拓者ギルドで受付係として働いている。 「えっとー‥‥店内・店外のお掃除でしょ? 商品保管棚の整理でしょ? 整理して出てきた処分品を使った福袋作成でしょ? お得意様へのお年始作りでしょ?」 二帆に続いて帳場の奥、龍風家に向かいながら、四葉は記憶した依頼の作業項目を指折り読み上げた。 「あ、あとねぇ、余力があったら『ますこっときゃらくたー』の案も考えてもらおうと思って」 「ますこっときゃらくたー?」 「うん。お店の看板娘ならぬ看板人形みたいなの。そのきゃらくたーに人気が出たら、限定品とか販促品とかに活用できるでしょ?」 方々から人や情報の集まるギルドで働いているだけあって、四葉のもたらす情報や企画には助けられている。 居間に入ると先客がいた。 「んあ‥‥もう店閉めたのか?」 どうやら炬燵でうたた寝していたらしいのは、今日が飛空船での仕事納めだった三男の三雲だ。開拓者である傍ら、生家の搬送や買付の仕事を手伝っている。 「そういや、うちの大掃除って終わったんだっけか?」 身体を伸ばしながら言う三雲に、二帆は印半纏を脱ぎながら首を横に振った。 「まだ手をつけられてなくてね。年始の準備の合間に終わらせてしまおうと思ってるよ」 「げ。それ以上まだ働く気かよ」 「うそー! ふーちゃん働きすぎ!」 奇しくも三男と四男が異口同音。間髪入れずに四葉が続ける。 「まったく、放っておくといつまでも働いてるんだから!」 聞き納めたはずの台詞に返す言葉もなく、二帆は苦笑した。 「家の大掃除は四葉とみっくんでやるから!」 「えぇー俺もかよ‥‥ってぇ!」 文句を言う三雲に蹴りを喰らわせて、四葉は仁王立ちに言い放つ。 「お店の事も開拓者の皆に任せて! ふーちゃんはゆっくりしてる! ね!?」 「はいはい」 ‥‥とは言ったものの。 十年前に母が他界してから、家事の一切は二帆が行なってきた。弟達に任せきりにするのは不安が拭えない。 加えて、その頃から床に伏せりがちだった父が二年後に亡くなってからは番頭として、行方不明の兄の代わりにずっと店を切り盛りしてきた。 正直、のんびりしている方が落ち着かないと言うか。のんびりしていろと言われても、どう過ごして良いかわからないというのが正直なところである。 そんな兄が夕食を作るために台所へ向かうのを見送り、四葉は盛大に溜息をついた。 「やっぱり、依頼を受ける皆にお願いして縛り付けてでも休ませなきゃ駄目かな」 「放っとけばいいんじゃねぇの? 本人が働きたいって言ってんだし」 すっかり休業仕様でみかんの皮を剥いている三雲に、四葉はびしっと指を突きつけた。 「みっくんがそんなだから、ふーちゃんが休めないんでしょ!? きっちり掃除してもらうからねっ!」 指を突きつけた手で剥き終えたばかりのみかんを奪い取り一口に頬張る。 「あー! 俺のみかん!」 「みかん一つでごちゃごちゃ言わない! また剥けばいいでしょー?」 いつもの調子でぎゃあぎゃあと言い合いを始める弟二人の声を聞きながら、二帆は笑みをこぼす。 「この調子じゃ、やっぱり任せておけないかな」 見事な包丁裁きので、手元の大根は見る間に銀杏の葉型に変わっていった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
雷華 愛弓(ia1901)
20歳・女・巫
各務原 義視(ia4917)
19歳・男・陰
火津(ia5327)
17歳・女・弓
桐崎 伽紗丸(ia6105)
14歳・男・シ |
■リプレイ本文 ● 新年を迎えた休業中の店内を、味深げに見て回るのは緋桜丸(ia0026)だ。 「へぇ〜‥‥いろんなもんが揃ってるんだなぁ」 「新年、おめでとうございます。本年も、宜しくお願いしますねえ」 深山 千草(ia0889)が龍風屋の面々にお辞儀をする横で、雷華 愛弓(ia1901)もぺこりと頭を下げる。 「よろしくお願いしますね♪ 初売といえば、商売人にとっては一年の幸先を占う最大の激戦‥‥及ばずながらお手伝いしたいと思います♪」 「客商売にとって年末年始は稼ぎどきやからなあ」 しみじみと頷く天津疾也(ia0019)も、そのあたりは身に染みてわかっている。 「なるほどー、一年の初めって、忙しいんだね! オイラ、出来るだけ頑張っちゃうよ!! 兄さん方姉さん方もお願いするしますよ!」 俄然張り切る桐崎 伽紗丸(ia6105)。腕まくりをしながら嵩山 薫(ia1747)も言う。 「確かお掃除に、商品保管棚の整理と福袋作成、それとお年始作りだったかしら? 私はお掃除を担当するわ」 主婦歴十年越えなだけあって、家事には自信がある。 「では、私は商品保管棚の整理に‥‥処分品を選別と分類を同時に行い、その後福袋作成へ移るのが最善でしょう」 「そうねえ、皆で手分けするなら私もお掃除に」 「じゃあ、私もです。埃を払って、気持ち良く初売りを迎えたいですもんね」 各務原 義視(ia4917)、千草、愛弓が言うのをくるくると見回しながら、伽紗丸は目を回しそうになる。 「お掃除とか、福袋‥‥仕分け? 選別? ‥‥オイラ頭使うのムリー!」 「じゃあ、お年始作りがいいんじゃないかな? 表見て、書いていくだけだし」 頭から煙が出そうな彼に四葉が言うと、反応したのがもう一人。それまでぼ〜っとしていた火津(ia5327)だ。 「ならば、まろもお年始を作るのじゃ〜」 「じゃあ、お年始作りには客間を使ってもらおうか?」 四葉が見上げると、二帆は微笑み頷いた。 「そちらへご案内して差し上げて。商品保管棚の整理をしてくださる方は、僕がご案内しますね」 二帆がそちらへ行くのを待って、千草は四葉を追い相談を持ちかけた。 「二帆くんには、時折作業を覗いてくださらないか、お願いしようと思うの。実労働は極力行わない形になるかしらと思って‥‥どうかしら?」 任せきりより現場にいてもらった方が、作業する側も二帆も安心だろうという事である。 「うん、四葉もそれがいいと思う。ふーちゃんは、何もしないでいる方がかえって気疲れしそうだし」 「ふふ、そうよね。じゃあお願いしておくわね」 千草は四葉と別れ、二帆を追って商品保管庫へ向かった。 ● 帳場と龍風家との間にある納戸が商品保管庫として使われている。 二帆の案内でそこに集ったのは疾也、緋桜丸、義視の三人だ。 緋桜丸は二帆から受け取った処分品一覧を手に庫内を見回す。壁にぐるりと作り付けの棚、それとは別に島棚が二つ。 「整理と聞いて、もっと雑然としているかと思ったがきれいな物だな」 緋桜丸の言葉に、二帆は恐縮する。 「表面上は。店の者はどこに何があるか把握しているものですから、かえって商品が方々に散らばってしまっていて」 「福袋用に処分品の抜き取りをしたら空きができるでしょうから。それを整えながら分類別に並べましょうか」 言って義視は手帳を取り出す。 「使いやすい分類や並びがあれば、教えていただけますか?」 「そうですね‥‥ちょっと失礼」 二帆が手帳を拝借し保管棚の棚割を書き込んでいく。 「せやな。売場と同じ配置で収納するのが、働く分にも一番やりやすいわ」 それを横からのぞいて納得するのは疾也だ。完成した棚割を手に、棚に潜む処分品へと向き直る。 「福袋は年始の目玉やし、完売御礼にせなあかんわな。おおぉし、やるでぇ!」 志士ではあるが気合いの咆哮を上げる疾也。その瞳に宿るは闘志の炎、ではなく銭への妄執? 商家の三男として生まれ育った彼は本能的利益追求が身についているようだ。 「まずは処分品抜き取りやな。出したやつは分類毎にして、そん中でも値段と大きさで分けてこか。傷もんとかは、また別のとこに分けて置いてな」 早速作業に取りかかる三人に混じって作業を始めようとした二帆に、入口から千草が声を掛けた。 「二帆くん、ちょっとお伺いしたいことがあるのだけれど、良いかしら?」 「はい。‥‥すみません、後はお願いしますね。商品を出すなら、向かいの部屋を使ってください」 三人は表を参照しながら処分品を向かいの部屋へ運び込み、分類毎に並べていく。 千草が二帆を連れて向かったのは店内だ。清掃を済ませて置けば、福袋が出来次第店頭に並べることもできる。 「手を触れない方がいい箇所や、扱いに注意の必要な箇所があるかと思って」 「商品については、割物だけ気をつけてくだされば‥‥帳場の中は僕が合間を見てやります」 二帆の言葉を受けて、愛弓も借りた脚立に登りながら言う。 「わかりました。最初に天井の煤を落としてしまいますね♪」 竹箒を使って、棚や床に広げた布の上に煤を落としていく。一区画が済んで布を隣に移したら、煤払いが終わった場所を千草がはたきや濡れ雑巾を使い、建材に合わせて埃をぬぐい取っていく。 同じ頃、薫は龍風家の掃除に掛かっていた。 片付け下手な三雲に指示を出しながら、修得した主婦スキルを最大限に活用し手際良く汚れを始末していく。正直一人でも充分手は足りるのだが、自分の家の事を自分でする事に意義があるのだ。 棚から出てきた箱の中にある玩具を手に、四葉が三雲を振り返る。 「わぁ懐かし〜、みっくんこれ!」 「お? あぁこれ‥‥でっ!?」 三雲の後頭部を打ったのは薫の鉄扇だった。彼女は小さくため息を零す。 「古来より大掃除に潜む定番の罠に引っかかっちゃ駄目。手を止めず作業に集中して。大掃除に必要なもの‥‥それは根気。それだけよ」 年末年始の修羅場を長年潜り抜けてきた。その経験がもたらす説得力に圧倒される二人だった。 客室では火津と伽紗丸がお得意様名簿を手分けし卓につく。 「まずはお得意様の名前を袋に書くことから始めようかの〜」 「えーと‥‥コレに書いてある名前の人に、ぜーんぶの人に、おあてな、書くするの、すればいいのね? ‥‥っし! 頑張るぞー!!」 伽紗丸は筆を取りお年始袋を一つ自分の前に置く。 「火津の姉さん、前髪長いねぇ‥‥オイラの髪紐でよければ、使う?」 「ちゃんと見えておるぞよ〜、心配は無用じゃ〜」 火津がこの作業を選んだのは、一番動かずに良さそうだったからである。本人がにーとと公言してはばからないように、働かずに済めばそれに越したことはない。 しかし姉に寄生して暮らす日々が続くと、依頼へ赴くよう命じられるのだ。 「報酬を得られねば、姉君が怖いのじゃ〜。真面目にやるでおじゃる〜」 「‥‥こーで‥‥うん、でこうなる‥‥できた! つーぎーはー」 呟きながら、家族と慕う濃愛に受けた助言を頼りに丁寧に筆を滑らせる伽紗丸。 「単純作業は飽きるのじゃ〜」 時間が経ち、火津の集中力が途切れた頃に四葉が襖を開けた。 「休憩だって! 美味しそうな物もあるよ」 ● 店員の休憩室にも使っている広めの部屋には、確かに食欲を誘う香りが漂う。 「お台所を借りて甘酒を作ったんです。どうぞ召し上がれ♪ お正月ですもの、身体を暖めてゆっくりするのも大事ですよね」 愛弓が湯気の昇る湯呑みを配り、薫は大皿を卓の中央に置いて取り皿を横に置く。 「甘い物が苦手な人はこっち。お餅と葱と豚肉を胡麻風味に炒めたの」 それらを平らげ食後のお茶をいただきながら、話はますこっときゃらくたーに及ぶ。 「想像力が欠如してるので‥‥」 前置きしてから義視が言う。 「龍が荷物持ってる、とか」 一瞬訪れた間に咳払いし頬を染める義視を千草と薫がフォローする。 「やっぱり龍かしらねえ」 「それが王道かしら?」 「そうだなぁ‥‥名前から連想するなら龍神様か風神様か」 緋桜丸が言うと疾也が、 「名前で行くなら、デフォルメした龍と鳳凰やろ。龍は蛟みたいなひょろっとした感じで、鳳凰は‥‥」 そこまで言って、周囲の微妙な空気に気がついた。愛弓が場を笑顔で繕いつつ言う。 「ええと、屋号は『龍風屋』なんですよね」 「あちゃー、すまん。間違うとったわ!」 「‥‥で、それを生かしつつ、大風呂敷を背負ったかわいらしい人型的龍。名前は風龍から『ふーる君』とかどうでしょう?」 愛弓に続いて火津も、 「『風』と書かれた服を着た、とぼけた顔の二頭身くらいの龍なんかどうじゃろうか〜?」 皆の案を聞きながら千草はそれを紙に描いていく。丸々とした二頭身の龍に大きな風神の袋を背負わせた。 ふと三雲をみて微笑むと、龍の絵に彼と同じ腹掛けを着せて龍風屋の印を書き込む。 「こんな感じかしら?」 それを見て四葉と愛弓が色めきたつ。 「かわいいー!」 「ねー♪ ゆくゆくは人形やきぐるみを作って宣伝や販促品としての側面を‥‥夢が広がりますね♪」 「優しそうなお兄さん龍、腕白な次男龍、そして背伸びしたい末っ子龍など増やして行けそうじゃな〜」 こうしてあっさりと案はまとまり、ゆくゆく正式な発表がされるとか。 ● 休憩の後は各自再び作業に戻る。 処分品を出し切った商品保管庫では、壁際の棚に入る予定と異なる分類の商品を一時他の棚に移し、他の棚から適合する分類の商品を運び込む。 手分けして進める三人に混ざって、愛弓は水拭きしながら拭く棚に声を掛ける。 「去年は一年お疲れ様でしたね。今年も一年頑張ってくださいね♪」 拭き終えた棚は、ただ拭くよりも心なしか色艶が良いように思えた。 商品保管庫が片付き、次は福袋作成に取り掛かる疾也、緋桜丸、義視。そこを不要品が入った大きな木箱を抱えた四葉と二帆が通り過ぎる。 「四葉一人で大丈夫だってば。二回運べばいいんだもん」 「二人で運べば一度で済むだろう?」 「ほらほら、兄さんは今日は休みの日だ。兄弟達の温かい気持ち、くみ取ってやんなよ」 笑顔で二帆の肩を叩き、緋桜丸はその腕から軽々と木箱を持ち上げ二帆を退散させる。 「おっと、お嬢さんもそいつを置いて行きな。俺が捨てて来るぜ」 「ほんと!? ありがとう緋桜丸さん」 その返事と笑顔で、完全に四葉を少女と信じた緋桜丸だった。 店前では、積もった雪を避け箒で掃き終えた千草の元に、伽紗丸が家側から駆け出してくる。 「千草の姉さん、オイラ終わったからお手伝いするよ! ゴミ捨てとか品物を運ぶとかゴミ捨てとかゴミ捨てとか‥‥」 「そう? じゃあ塵を集めた袋を捨てて来てもらおうかしら」 あまりゴミ捨てを推すので、ついゴミ捨てを頼んでしまった千草である。 「おってつだいー おってつだいー♪」 袋を抱えた伽紗丸は、鼻歌混じりに早駆よろしく走り去った。 店内の陳列整理を行なっているのは薫だ。かつて店の手伝いをした経験があるため、要領はわかっている。 開け放した表戸からは、搬送品を裏手の倉に準備するために三雲が行き来していた。 「相変わらず良い品揃えね。私も何か欲しくなってきちゃうわ‥‥──っ!?」 突然頭に被さった物に驚き振り向く。 「手が止まってるぜ、奥様♪」 はたきを手にした三雲が、してやったりと笑みを浮かべる。鉄扇の仕返しらしい。 そこへ疾也達が完成した福袋を持って来た。 「早ぇな、もうできたのか」 感心する三雲に疾也が得意げに答える。 「二帆に手伝う暇も与えんと片づけよ思てな」 一覧と、種別に分けて置いたのを活用し、三人で効率を考え手分けした。疾也が確認し、劣化が見られる物は除外している。 「袋のかさばり具合から中身の判別は不可! 高品質かつ用途は被らず価格もほぼ同格! 買うたお客様も大満足の完璧な福袋や!!」 疾也が福袋を掲げ熱弁する。緋桜丸も福袋を陳列しながら、整然と並ぶそれに頬を緩めた。 「自分の手掛けた物が売れると思うと、ちょっとワクワクするな」 「お疲れ様です」 店へと出てきた二帆の手には、お年始を纏めた箱がある。後ろからついてきた火津が、 「湯ノ花〜まろも入りたいのじゃ〜一つ貰っても構わぬかの〜?」 「ええ、もちろん。皆さんもどうぞ」 店頭商品用の湯の花を二帆が手渡していく間、火津が皆に言う。 「硫黄成分は金属の風呂釜を痛める事があるのじゃ〜。皆気をつけるのじゃぞ〜」 その注意書きと昨年のご愛顧と本年のお引き立てを願う一筆箋を、火津の発案でお年始袋に忍ばせてある。にーとと言えど、やるときはしっかりやるのだ。 「年の始めをゆっくりとお湯に使って過ごせるとは何とも贅沢じゃの〜。姉君や弟君妹君にも喜んで貰えるかの〜」 前髪に隠れて表情はよく見えないが、のんびりとした口調ながらほくほくと喜んでいるようである。 ● 「御陰様で、後は初売を待つだけとなりました」 皆を前に深々と礼を送る二帆の隣で、四葉も言う。 「ほんと、予定よりも早く終わったし。おかげで初売りまでゆっくり休めるよ」 「思えば龍風屋との付き合いも長くなってきたわね。買物は冷やかしばかりだけれど」 薫がしみじみと言うと三雲が、 「そういや、最初は風和の村の住民避難の依頼だったっけか」 その話になって、当時初依頼として参加していた義視は三雲と薫に改めて向き直る。 「その節はお世話になりました。今後とも宜しくお願いします」 実は久しぶりに顔合わせできて嬉しかったのだが、そんな事は口が裂けても言えず。気恥ずかしさから、言い出す機会をずっと窺っていたのだ。 「理穴の合戦の後、学問所を開いたんです。近所の子供相手ではありますが」 「お、じゃあ近い内顔出しに行くぜ」 一方千草は四葉にある物を手渡した。それは例のちび龍をぬいぐるみにしたものだった。 「かっわいー! 千草さん、ありがと」 「どういたしまして」 無邪気に喜ぶ四葉に、千草は春の日差しを思わせる暖かな笑顔を返した。 「かわいいと言えば、お店の幟を作ってみたんですよ♪ 賑やかな外見で通行人にアピールすれば呼び込みも完璧なのです♪」 愛弓が見せたそれは、花や兎が縫いつけられたふぁんしーな幟だった。こちらも四葉は大変気に入ったようだ。 「久々に来て思ったけれど、二帆さんは少々背負い込み過ぎね。まだ独身かしら?」 突然の問いに驚く二帆に、薫が続ける。 「お嫁は早めに貰っておきなさい。独り身で無理を続けると身体が保たなくなるし、より仕事にやりがいが出せるし、ご兄弟もご安心されるし‥‥」 その後も懇々と説く薫から逃れられない二帆の陰で、三雲は必死に笑いを噛み殺している。実は以前も依頼に入った開拓者に『早く嫁を娶れ』と言われた経験があるのだ。 ともあれ、龍風屋が無事迎えた綺麗な店舗での初売はたいそう賑わったのであった。 |