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■オープニング本文 ここは天儀。 広大なる空に浮かぶ島である。 天儀には海がある。海の上に広がる陸に六つの国を抱き。国には多くの民が日々を過ごしている。 つまり、広大な島をその周辺の海ごと切り取ったものが空に浮かんでいる。それが天儀の姿なのだ。 天儀には大きな街がいくつもあるが、その一つである神楽の都は開拓者ギルドの本拠地があることで知られている。 ギルドには天儀各地からの依頼が寄せられていた。内容は、ご近所の厄介事やお手伝いからアヤカシ退治まで。大小ありとあらゆる依頼が掲示板に貼り出される。 ギルドを訪れた開拓者は、その中から一つを選び、仲間と共に依頼の解決に尽力するのだ。 今日も開拓者ギルドは、依頼を持ち込む依頼人と、依頼を求めて訪れる開拓者で賑わっている。 掲示板に貼り出された依頼書を一つ一つ確認している開拓者に、突然背後から声をかけた者がいた。 「ねぇねぇ、もしかして開拓者なりたての人?」 声の主を振り返る。 幼さの残るかわいらしい顔立ちに、満開の笑顔を浮かべ。綾紐で高く結って流したさらさらの銀髪、大きくくるんとした瞳が開拓者を見つめている。 「ん、ひょっとしてなり立てじゃなかった? ま、どっちでもいいや」 自分で聞いておきながらあっさり話題を切り、開拓者の隣に並んで掲示板を見上げた。 「どの依頼にするのか、悩んでたんでしょ? 四葉(ヨツハ)がいいやつを選んであげるっ」 四葉、というのはこの子の名前らしい。松葉色の帯を合わせた紅梅色の着物は裾が膝辺りまで短く上げられ、裾と袂には白椿が咲いている。見た感じ、十四、五歳くらいだろうか。 「よし、これ! やっぱり開拓者の受ける依頼と言えば、アヤカシ退治が王道でしょ」 四葉が指したのは『街道に現れたアヤカシを退治する』という内容の依頼だった。 天儀では、アヤカシという存在が人々の平和を脅かしている。 アヤカシとは、『魔の森』と呼ばれる毒された地から発せられた瘴気が生む恐るべき存在。今やアヤカシはいたるところに現れるようになっているのだ。 それまでの無邪気な様子とはうってかわり、真剣な表情で四葉は開拓者を振り向いた。 「アヤカシが出るのは、神楽から北に伸びる街道。武天の国に続く街道だよ。この道は旅人や商人も良く使うから、アヤカシが出る事を知らずに通って怪我をした人も結構いるみたいなの」 これ以上被害が拡大する前に、一刻も早く脅威を排除する必要があるということか。 表情を引き締めた開拓者に、四葉は信頼の笑みを見せた。 「お、その顔はやる気になったね? うん! じゃあお願いねっ」 四葉は開拓者から名を聞くと、依頼書の下に書き付けた。その様子を不思議そうに眺めていると、四葉は最初に見せたものと同じ元気な笑顔を見せて言った。 「四葉、ギルドの受付係なんだ。開拓者になったからには、ちょくちょく顔を合わせるだろうから、よろしくね!」 そう言って、四葉は帯に挟んでいた綴帳を取り出した。表紙には『アヤカシ一覧』と記されている。 「街道に出現するアヤカシは『眼突鴉』。『そのくちばしは鉄の鋭さと硬さを備え、人の眼をえぐり喰らう一尺(約30cm)程の鴉なり』。敵は一体じゃないらしいから、気をつけて行って来て!」 「じゃっ」と片手を上げて四葉は掲示板の側を離れると、ギルドに入って来た場慣れしてなさそうな開拓者風の少女に声を掛ける。 「ねぇ、もしかして開拓者なりたて!?」 その様子に苦笑しながら、自らが赴く依頼を記した書面を見る。 依頼書の下に連なる名が、依頼解決のために行動を共にする仲間――。 これから始まるのは自分だけの物語。その中で出会う仲間達、自らを彩る武勇伝――その全ては自らの行動が紡いでいくのだ。 その第一歩が、これから始まろうとしている。 |
■参加者一覧
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
水火神・未央(ia0331)
21歳・女・志
唐舘 孝太郎(ia0665)
26歳・男・陰
虚祁 祀(ia0870)
17歳・女・志
久我・明日真(ia0882)
22歳・男・志
尾鷲 アスマ(ia0892)
25歳・男・サ
厳木美雪(ia0986)
14歳・女・サ
風見 嵐花(ia1247)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 ● 神楽の都の北端。その先に伸びる武天への街道を前に、高遠・竣嶽(ia0295)は同行する仲間を振り返る。 「平穏な生活を脅かすアヤカシを黙って見過ごすわけにはいきません。参りましょうか。それが私の務めであり、誓いです」 自らの意思を再確認する意味も込めて言う。この力はその為にあるのだから。 「誓い、か‥‥」 街道へと踏み出し、久我・明日真(ia0882)は呟いた。 家の跡目を継ぐのを避ける口実に、『家名に見合うだけの箔を付けたい』と家人を納得させて開拓者となった。口実、ではあったが、本音も少なからずあった。未だ家名に見合う事を成していない。 明日真は大きく息を吸い込み、気持ちを切り替える。これまで成していないからこそ、これから成すのではないか。 「これが初依頼なんだ。気を引き締めて掛からないとな」 「初仕事、確実にこなしたい所です」 そう言う水火神・未央(ia0331)に気負った様子はまるで無く、穏やかな表情を浮かべて。どういう所以かは不明だが、着物の襟を右前に着付けている。 風見 嵐花(ia1247)はギルドで受付係の四葉から聞いた眼突鴉の話を思い返す。 「目玉を狙うアヤカシか〜、おっかねぇなぁ。でもまぁ、初陣には丁度いいや」 羽織っている上着といい、ジルベリアの衣服を纏っているのは海賊の姿を真似たものだ。幼い頃に読んだ物語の海賊に憧れ、以前までは眼帯もしていた程なのだ。 「今回のアヤカシにゃ、あんまし興味はござんせんが‥‥」 飄々とつかみどころのない様子で言うのは唐舘 孝太郎(ia0665)だ。本気なのか冗談なのかも判別し難い。 「ま、おまんまと酒のためでござんすからねぇ。それと四葉ちゃんの為ならエンヤコラ、ってとこですかねぃ」 「しかしギルドの受付とはいえ、私らが新人だと分かるというのは‥‥」 四葉の名を聞いて尾鷲 アスマ(ia0892)が呟く。 無数の開拓者を相手にしている四葉の眼が確かなのか、それとも――。 「‥‥まぁ、大した問題ではないか。瑣末事に囚われては、つまらない。‥‥件の場所まで徒で半日か」 出発前に、アスマはギルドに人数分の馬の借用を申請したのだが。出払っており貸出せる馬が無いのだと断られてしまった。 被害発生からまだ日が浅い事もあり、アヤカシの存在を知らずに通過する旅人や商人もいると聞いている。 「今こうやってる間にも襲われてる人もいるかもしれない‥‥急いで向かおう」 言いつつ、虚祁 祀(ia0870)は心持ち歩みを速めた。 天候も良く、街道脇に広がる風景はのどかなものだ。野鳥のさえずりが聞こえる中、極力道を急ぎながら厳木美雪(ia0986)は竹の水筒を傾け水を含む。自覚している緊張をほぐすためだ。 「皆さんちょっと固くなっておいでじゃねぇですかい?」 誰に、ともなく言う孝太郎に美雪は正直に答える。 「アヤカシを相手取るのはこれが初めてだ。不安がないと言えば嘘になる」 武家の家に生まれ、幼い頃から武芸をたしなんだ。しかし型通りの稽古と実戦は違う。少しでも多く経験を積んでいかねば。 いつの間にか一人遅れていた孝太郎は皆の元へ駆け戻り、一番後ろを行く嵐花に、いいものを見つけた、と手渡した。 手の上でうごめく緑色のもにゅっとした生物に、嵐花はたまらず絶叫した。 「うああぁぁあ!!」 「――!?」 突然の悲鳴に、皆が得物に手を掛け振り向く。 「む‥‥むし、虫がっ! 虫だけは駄目なんだよ!!」 掌に残る感触を必死で拭う嵐花の横で、楽しそうに笑う孝太郎。足元には放り投げられた青虫が草むらを目指して移動していた。 「ふざけた真似を!」 気を張り詰めていただけに余計驚かされた美雪は、眉を吊り上げ孝太郎に迫る。諍いを好まぬアスマが間に入って諌めるが孝太郎は悪びれる様子も無く、 「力み過ぎては隙を生み、却って失敗を招くってモンです。気楽に行きやしょう♪」 その言葉に美雪は怒りを収めた。悪戯と分かって安堵し、反動で怒りもしたが、気付けば無駄な力が抜けていたのだ。それを悟られまいと、顔をふいと街道の北へ向ける。 「先を急ぐぞ。死人が出ていないにしても、アヤカシが居る街道など誰も通りたくあるまい。早急に始末をつけんとな」 街道の先に森が見え始めた。近づくにつれ、妙な静けさがあたりを包む。聞こえていたさえずりもいつしか途絶え。 入れ替わりに聞こえて来たのは、鋭い鴉の鳴声と数人の男の悲鳴だった。 ● 「わああぁ!」 「ひぃ‥‥っ!」 鋭い嘴で突いて来る鴉から、頭を抱えて逃げるのは商人風の男二人。その頭上には六羽の鴉が群がっている。 「そやつらは眼を狙う。眼を隠し、伏せ!」 アスマが指示を飛ばすと、男達は反射的にそれに従った。 眼突鴉の群れを睨み付け、美雪は漆黒の鞘から刀を抜き放つ。 「大きな災厄となる前に斬り捨ててくれよう」 「お前達の相手はこっちだ!」 言いながら、嵐花は群れの中へと駆け込む。ショートソードを上段へ大きく振り上げ、鴉が横へ逃れようとした所へ軌道を切り返して剣を薙ぐ。 「速い‥‥っ」 フェイントを使い相手を惑わせての攻撃ですら、翼の一部を掠める程度の傷にしかならない。 祀は遠巻きに短弓に矢を番え鴉の群れに向けた。商人達に群れから離れてもらわなくては、射掛ける事はできない。 「身を低くしたまま、こちらの後ろまで逃げて」 その声を聞いた商人達は、這うようにして移動を始めた。 群れと商人達の間に竣嶽、明日真、未央が商人達を庇い割って入る。 未央は薙刀を鴉へ向けて構えて名乗りを上げた。 「アヤカシ相手では意味が薄そうですが‥‥これも様式美、でしょうか。水火神流、水火神未央。参ります」 「今のうちに早く!」 明日真は抜き放った刀で鴉の攻撃を受け止める。竣嶽も果敢に斬りかかる。当たらずとも良い。商人達が逃げるまでの間、鴉の注意を惹きつけるのだ。 「被害は今日で終わらせます」 生まれ育った冥越の地はアヤカシによって滅ぼされた。一族を失った竣嶽にとって、アヤカシによる被害をなくす事こそ宿願。その為に名を変え、開拓者として戦いの中に身を置く事を決意したのだ。 逃れてきた商人達は、無数にかすり傷を負っていた。若年の方が腕に深手を負っており、アスマは単衣の袖を割いて止血をする。その間、弓矢を構えた祀と符を取り出した孝太郎が護衛についた。 手当てをされている間も、その若者は痛いだの何だのと騒ぎ立てる。 「‥‥耳障りな」 ぼそりと呟き舌打ちするアスマに、孝太郎がおどけて言う。 「手厳しい事で」 「幻聴だ」 急ぎこの場を去る商人達に背を向け、アスマは爽やかに笑んで見せる。 「さて。私の弓で落ちるか、どうか‥‥」 前衛で鴉と対峙している仲間を援護すべく、アスマは泰弓に矢を番えた。 上空を、周囲を自在に飛びまわる鴉との戦いは混戦となっている。 祀と孝太郎は商人達が射線から外れたと同時に、前衛への援護を始めていた。 「これだきゃ自信があるんですがねぇ、わたしゃ外しやせんぜ」 孝太郎が群れから離れた一羽めがけ符を放つ。飛翔し発光する符は鎌鼬へと姿を変えて鴉にその刃で斬りつけた。 祀は鴉の攻撃が一人に集中することの無いよう、群れを分散させるように矢を射掛ける。当てることは目的としていない。矢による支援で味方が動きやすく、攻撃を当てやすいようにする。弓矢での攻撃より刀の方が威力があるのは事実。 「‥‥もどかしいけど、今回はこれが私の役割だから」 「ならば私は鴉の動きを阻むとしよう」 彼女の意図を察し、アスマは番えた矢を飛びまわる鴉に狙い定めた。 ● 後衛の三人は矢を番える、また符を補う隙を互いに埋めるよう機をずらして援護を行なう。一方竣嶽、未央、明日真の三人。そして美雪、嵐花の二人がそれぞれに組んで前衛を務める。 「さぁ、取れるものなら取ってみろ!」 明日真はあえて眼を晒し、鴉の攻撃を惹き付ける。急降下してくる鴉の攻撃をかわそうと身を翻すが、鴉の速度に避けきれず頬に朱が走った。 上昇しようとする鴉の行く手を、アスマの射った矢が突き抜ける。空中で羽根を羽ばたかせて急停止した鴉を、薙刀の長柄を生かして未央が叩き落とす。短い悲鳴を上げて落下して来る鴉を竣嶽が一閃、明日真の突きがとどめを刺した。 地面に落ちながら、鴉は黒い瘴気の塊へと戻る。黒い霧は霧散し地へ降り注ぐ。 「やあっ!」 美雪は荒削りではあるが剛直で猛々しい刀法で怯むこと無く鴉へ立ち向かう。嵐花は思わず零す。 「くそっ、数が多いな」 三人よりも二人で組んで戦う相手取る方が容易いと判断したのか、二人の頭上に鴉が集まり始めていた。 「そうはさせない!」 祀の矢が立て続けに群れへ射掛け、加えて孝太郎の斬撃符が鴉共を散らす。 「今だ!」 体勢を崩した一体を、美雪の渾身の力を込めた一撃が捉えた。さらに嵐花の素早い踏み込みからの一閃。 「逃がさないぜ」 矢に受けた傷に加え、強打と巻き打ちの連撃に鴉は地に落ちた。 未央は自らの得物の間合いを考慮し、同組の二人と少し距離を置くようにして薙刀を振るう。 「人の眼を好むなんて、趣味が悪いですね」 眼を狙ってくる鴉にフェイントを掛け、明日真が攻撃を仕掛ける。 「久我様!」 その隙に明日真を狙い飛翔する一体を竣嶽が阻む。竣嶽を襲った鴉を斬り伏せながら明日真が言う。 「すまない、高遠」 「いえ、大した傷ではありません」 庇いに入る前に、竣嶽は受け流しを使用したのだ。鎧に宿った聖霊力が彼女の身を護ってくれていた。 「‥‥! あれは‥‥」 戦いながらも周囲警戒に努めていた竣嶽は、森へ視線を向ける。そこに見たのは、こちらへと向けて飛来する新たな鴉の一団だった。 「ようやく半数まで減らしたというのに‥‥」 祀は思わず呟いたが、すぐに気持ちを切り替える。森に潜んだまま取り逃がすよりは、この場で一気に叩いた方が良い。新手の勢いを削がんと、手を休める事無く矢を番える。 五羽の新手を含め、倒すべき鴉はあと八羽。その内の三羽が前衛の頭上を抜けて後衛の三人めがけて飛来する。 即座にアスマが前に出た。嘴を突き出し突撃してくる鴉に備え、気力で防御力を高めて受け止める。鋭い嘴に突かれ鮮血が散った。 「私は嫌いでね。面倒も嫌いだが‥‥痛みを与えられる事が、殊更に」 アスマは鴉が離れるより早く弓身でその横面を殴り飛ばす。足元に転がってきた鴉に、嵐花は剣を逆手に突き立てた。 「一丁あがりっと」 「飛び回られちゃあ邪魔で仕方がござんせんよ」 ガードを鴉に向けつつ、孝太郎はアスマを狙うもう一羽に符を飛ばす。現れた小さな式が鴉へとまとわりつく。動きが鈍った鴉を未央の薙刀が斬り払う。 祀は弓を持つ腕で鴉の攻撃を払い除ける。腕に痛みが走るが、目玉を奪われるよりはましだ。 「虚祁、退がれ!」 駆け寄った明日真が鴉を斬りつけ狙いを自分へと向けさせた。鴉を任せ、祀は距離を保って再び援護へ回る。放った矢が当たる瞬間、 「炎魂縛武!」 明日真の刀に炎が宿る。燃え盛る刀身が鴉を一刀の元に斬り伏せた。 「上から、と見せかけて‥‥」 嵐花が惹き付けフェイントをかました隙をついて剣で斬り上げる。たまらず鳴声を上げた鴉を、美雪の斬り下ろしがとどめを刺す。少しでも早く、一体でも多く仕留める為に、美雪は錬力のある限り刀に強打を載せて鴉を討つ。 薙刀の遠心力を利かせた薙ぎ払いが、竣嶽の刀を逃れた鴉の上昇を妨げた。掠めた刃に黒い羽根が散る。竣嶽は返す刀で鴉の片羽を奪い、地に落ちたそれに未央の薙刀が振り下ろされた。 鴉が瘴気へ還り、街道を横行していた黒い脅威は一羽残らず姿を消した。 ● 「討ち漏らした鴉はいないみたい」 祀が心眼を使用し辺りを確認すると、美雪はふっと息をついて刀を黒鞘に収めた。 「皆、深刻な怪我はないか?」 誰しも無数に傷を負っていたが、どれもかすり傷程度のものだった。嵐花はにやりと笑って言う。 「眼もきちんと二つあるみたいだな」 「やっと酒が飲めるってモンです。皆さんもどうです、一杯」 孝太郎が猪口を傾ける仕草をすると、酒を好む明日真が頷いた。 「幸先良く開拓者としての一歩を踏み出せたんだ。祝杯を挙げようか」 神楽へと戻り討伐の報告を済ませると、酒場へと足を運んだ。思い思いの飲物と肴が並んだ卓を前に、今日の働きを互いに労い杯を交わす。 開拓者が集まれば自ずと開拓者談義に花が咲く。その中で、明日真がふと口にする。 「俺が開拓者になったのは、遺跡や、まだ見ぬものに興味があったからなんだよな」 未知のものへ焦がれる気持ちを満たしてくれるのは開拓者として生きる道なのだと。 「水火神は。何故開拓者に?」 明日真に問われ、未央は少し考えて。 「何となく、でしょうか」 虚をつかれた表情の明日真に、未央は微笑んで言葉を補う。 「人助けのため、ではありますが、修行のためでも見聞を広めるためでもあります。富や名声を得たいという気持ちも、ないわけではありません。理由は色々、という事です」 視線を受けて、アスマは少し考えて答えた。 「開拓者となった理由、か。志体持ちであったが故としておこう。餅に不自由しなければ、私は大凡満足するのだが」 言葉の通り、彼の前には餅や団子が並んでいる。 「強いて言うならば、力と名を求めんがため、というところか」 「力か‥‥この先、ずっと強いアヤカシが、きっと出る。その時までに、強く‥‥」 祀は己に戒めるように呟く。たくさんの大切なもののために、守るための力を。美雪は未だアヤカシを断った感触の残る手を見つめた。 「あれが、アヤカシというものか。俺の刀など、まだまだだな」 母を病で失った後、縁談話が持ち上がった。庶子であった自分を厄介払いするためのものである事は知れている。そんな実家に見切りをつけて、美雪は開拓者として生きる事を選んだ。 「俺は、男女の別のない開拓者の中で、己の力でどこまでやれるか試してみたい」 嵐花は初仕事を終えた感慨を胸に素直な気持ちを言葉に乗せた。 「皆色々事情があるんだな‥‥。折角開拓者になれたんだ。私はどんどん仕事こなして、たくさんの人を助けて。いつかはじーさんみたいな立派な人になりてーな」 「そういやァ重苦しい家を出てより早数年、堅気の仕事は久々でござんすな♪」 思い出したように、孝太郎が言う。これまで、働くと言えば危ない橋ばかり渡ってきた。アヤカシ退治とて危険と隣り合わせ。まともとは言い難いが、厳格なあの家で巫女守の武者という堅苦しい生き方をするよりはよっぽどいい。 「ともあれ、ここにいる全員の門出を祝して」 孝太郎が杯を突き出すと、竣嶽もそれに習う。 「安息の世が訪れる事を祈って」 それぞれの想いを胸に、全員が杯を重ねた。 開拓者として歩む道は、まだ拓けたばかりである。 |