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■オープニング本文 ● 天儀暦1009年12月末に蜂起したコンラート・ヴァイツァウ率いる反乱軍は、オリジナルアーマーの存在もあって、ジルベリア南部の広い地域を支配下に置いていた。 しかし、首都ジェレゾの大帝の居城スィーラ城に届く報告は、味方の劣勢を伝えるものばかりではなかった。だが、それが帝国にとって有意義な報告かと言えば‥‥ この一月、反乱軍と討伐軍は大きな戦闘を行っていない。だからその結果の不利はないが、大帝カラドルフの元にグレフスカス辺境伯が届ける報告には、南部のアヤカシ被害の前例ない増加も含まれていた。しかもこれらの被害はコンラートの支配地域に多く、合わせて入ってくる間諜からの報告には、コンラートの対処が場当たり的で被害を拡大させていることも添えられている。 常なら大帝自ら大軍を率いて出陣するところだが、流石に荒天続きのこの厳寒の季節に軍勢を整えるのは並大抵のことではなく、未だ辺境伯が討伐軍の指揮官だ。 「対策の責任者はこの通りに。必要な人員は、それぞれの裁量で手配せよ」 いつ自ら動くかは明らかにせず、大帝が署名入りの書類を文官達に手渡した。 討伐軍への援軍手配、物資輸送、反乱軍の情報収集に、もちろんアヤカシ退治。それらの責任者とされた人々が、動き出すのもすぐのことだろう。 ● 白い雪原に雪と風が舞う。風は大地に積もった雪すらも巻き上げて、視界すべてを白で埋め尽くす。 そんな風雪から暮らしを護る為の防風壁で囲われた町があった。ジルベリア南部──反乱軍の領内にあるその町は、ヴォトカの生産を行なう酒蔵が集まってできている酒造りの町だ。 町が作られてからというもの、五件の酒蔵の主の合議によって全てを決定し町とそこに住む蔵人やその家族の暮らしを守ってきた。 毎年行われる祭について酒造主達五人が集まって打ち合わせをするはずの場は、いつしか反乱軍にこのまま荷担していて良いのかという議論にすり替わっていた。 「確かに、この町を建設した際にはヴァイツァウ伯にもご厚恩を賜った。だが‥‥」 白髪混じりの髭を持つオレグが先を言い淀むと、彼より二周りも若いヴァリオが継ぐ。 「大帝の圧制を打ち砕きより豊かな暮らしを、とか言っておいて、コンラート様の政策だって酷いものじゃないか!」 「あの方もまだお若い。今後の町の事を考えれば、大帝に足蹴にされながら生きていくよりましじゃあないのかね?」 屈強な体躯をもつ壮年のマティアスの言葉に、彼とは対照的に細身でいかにも気弱そうなロニーがせわしなく視線をさまよわせながら頷く。 「コンラート様に従うのが得策だよ‥‥皆だって、あの噂聞いてんだろ? 村や町ごと住人がいなくなったってやつ」 「あれがコンラート様の手によるものだという話か、くだらん。襲撃しているのはアヤカシなんだぞ」 マティアスが鼻で笑うと、ロニーが眼を見開いて食ってかかる。 「どの村も町も、皆反乱軍への協力を断った所ばかりなんだぞ!? 俺達だって、刃向かったら皆アヤカシに喰われちまうんだぁ」 怯えるロニーをオレグとヴァリオがなだめ座らせる。 解放されたマティアスは襟元を直しながら、テーブルの隅に座り黙したままのレフを見た。 「俺は、伝説の巨神機を擁する反乱軍の勝利を信じている。あんたはどう思ってるんだ、じいさん」 皆の視線が最年長のレフに集まる。現状で意見は二対二。彼の意見次第で流れが傾く。 最年長のレフは背後の暖炉に薪を追加しながら重い口を開いた。 「村の未来の掛かった選択じゃ。今この場で決めることもあるまい。一度各々己とよく相談し、また改めて話し合おう。それで良いな?」 その日、レフの家で行われた話し合いは彼の言葉によって幕を閉じた。 ● 神楽の開拓者ギルドは、ジルベリアで起きている反乱にまつわる依頼の対応に追われる日々が続いている。 そんな中、受付係の龍風 四葉(iz0058)はジルベリアからの客を迎えていた。 反乱軍鎮圧に努める地方領主グレイス・ミハウ・グレフスカス辺境伯に仕える文官の一人だ。 「‥‥という訳で、グレイス様は民への被害を最小限に留めたいとお考えです。その為にも、一人でも多くの民を説得し反乱軍への荷担を止めさせなくてはなりません」 癖のある柔らかな金茶色の髪に青い瞳、大きな眼鏡をかけた鼻先は薄くそばかすの跡が残っている。細身小柄でいかにも頼りなさそうなこの青年、名をアルフという。 「グレイス様は、中立を守ってくれるだけでも良いと‥‥。必要であれば、リーガ城内への一時避難受入や町の護衛の為の人員も‥‥戦の前なので、多くは割けないのが実情ですが‥‥派遣する事も可能だとおっしゃっていますので」 「なるほど、それでその酒蔵の町まで説得に?」 「はい。ただ、南部地方はアヤカシの数が急増していて‥‥その町に至るまでの町や村のいくつかは、集団失踪に遭っていたりと危険なので‥‥その‥‥」 彼の歯切れの悪さにしびれを切らし、四葉は思わず口を挟む。 「開拓者に護衛を頼みたい、と?」 「はい、はいそうです!」 うんうんと嬉しそうに頷くアルフに、四葉は内心溜息をついた。 悪い人間では無さそうだし、グレフスカス伯の純粋に民の事を思う心に従い説得に赴こうという気持ちは充分に伝わって来るのだ、が。 (この調子じゃ、簡単に押し切られちゃいそうだなぁ) そんな四葉の不安は知らず、アルフは話を続ける。 「酒蔵の一つを切り盛りするオレグという人が、僕の遠い親戚に当たりまして‥‥到着すれば無事に中に入れてもらえる手筈となってますので‥‥?」 筆を止め考えを巡らせている四葉の様子にアルフが言葉を切ると、四葉はぱっと彼を見た。 「アルフさん。護衛だけじゃなくて、説得のお手伝いをさせてもらうのは駄目かな?」 「え、あ、その‥‥」 突然の申し入れに戸惑うアルフに四葉が畳みかける。 「戦の当事者同士には見えない客観的な部分や、第三者だからこその冷静な意見って、必要じゃないですか?」 アルフは驚いた様子だったが、すぐに柔らかな笑顔を見せた。 「はい。お願いします」 「じゃあ、人数が集まり次第お知らせしますね!」 元気いっぱいの笑顔で彼を見送り、四葉は急ぎ作成した依頼書をギルド内に掲示した。 |
■参加者一覧
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
与五郎佐(ia7245)
25歳・男・弓
ルーティア(ia8760)
16歳・女・陰
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
ザザ・デュブルデュー(ib0034)
26歳・女・騎
ディアデム・L・ルーン(ib0063)
22歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ● 幌馬車の後方に座った宿奈 芳純(ia9695)は陰陽采配の上にとまった小鳥を飛び立たせた。舞い上がった小鳥は先に向かい空を翔ける。 「あ、あの‥‥僕、何か気に触ることをしましたか?」 アルフは恐る恐るルーティア(ia8760)に尋ねた。会った時から視線がきつかったりしていたからだ。 「‥‥どうせ騎士や貴族のような奴等は、自分達の利益しか考えてないんだ。今回の説得だって──」 「違いますっ!」 ルーティアに対し思わず出してしまった大声で視線が集まり、アルフは恐縮しながらも先を続ける。 「あの方は心から民の為に動いていらっしゃる。それを少しでも多くの人に解ってもらいたい──だから僕は‥‥」 「説得の使者を買って出た、と。交渉の策はどのような?」 後方を警戒するエグム・マキナ(ia9693)の問いに、アルフは虚を突かれた様子で、 「心を尽くして伝えれば、解ってもらえると思うのですが‥‥」 「これは私の経験ですが‥‥複数を相手にした場合、自身の論が他者に邪魔され失敗するという事もある。説得するなら、一人ずつ根回しを行うのが得策でしょう」 無策も同然のアルフにエグムが助言する。 ディアデム・L・ルーン(ib0063)は一人呟く。 「このような形で故郷へ帰りたくは無かったでありますが‥‥」 開拓者となって初の帰還。平和に里帰りと行きたかったが、故郷を脅かす事態であるからこそ放って置くこともできない。 「早く平和を取り戻すためにも、しっかり成功させるであります!」 彼女の密かな決意は揺れる車輪の音に紛れた。 ● 先日までの吹雪で馬車の外は見渡す限りの白に包まれている。灰色の空と雪原を分かつ山々や針葉樹林が見えていなければ、進んでいるかもわからなくなりそうだ。肌を刺す冷気は防寒具が和らげてくれる。 「馬を借りられたのはラッキーだったな。アルフの兄ちゃんには無理させたみてぇだが」 シュヴァリエ(ia9958)は盾が外側になるよう馬車の左に併走している。 馬車馬の前を行くのが与五郎佐(ia7245)、馬車の右を守るのが九法 慧介(ia2194)。騎馬三騎で馬車を囲む陣形で、辛うじて街道と知れる場所を辿り南を目指す。 「‥‥馬車の中じゃ今頃説得の練習中かな。アルフさん頑張れー」 慧介が声援を送るが、アルフはディアデムの厳しい指導にしどろもどろになっていた。 「えと、民への被害を‥‥」 「もう一度最初から! この程度では、相手を説得できないでありますよ」 そんな折り、芳純が式の眼を通して異変を察知した。 「数分先の街道沿いにホルワウが五体、こちらへ向かっています」 彼の言葉を、御者の隣で警戒に努めるザザ・デュブルデュー(ib0034)が外の三人にも伝える。 それに備えて心眼を発動した慧介が周囲の気配を察する。 「左手雪原内にも気配が三つ!」 見る限りそれらしき姿はない。与五郎佐が五人張りに矢を番え数本撃ち込むと、矢を避けて白い塊が飛び出してきた。 「やはりフローズンジェル!」 馬上ながら安定した姿勢で放たれた与五郎佐の矢が、雪を蹴り跳ね疾走する雪塊を穿つ。一瞬怯むも勢い衰えず馬の足に張り付かんとするそれを、シュヴァリエの穂先が払い除けた。 「脚を止める気か!」 ザザはホルワウが見え始めた前方を見据え、ロングボウを引き絞りながら御者に言う。 「アヤカシはあたし達に任せろ。可能な限り速度を上げて、決して止めるな」 放った矢が右手前方の野を駆ける先頭のホルワウの足を止める。 慧介は馬を守るように前へ出た。 「アルフさんは必ず無事に送り届ける──」 彼の精神が研ぎすまされていくにつれ表情が消え取り巻く空気が凛と冴えゆく。地を蹴り飛び掛かった雪狼に、炎纏う刃を流れるように閃かせる。 エグムも理穴弓で援護し進路を確保しながら、馬車はアヤカシの群を突っ切り駆け抜ける。 馬の脚周りを滑るように跳びくぐった雪塊が右の馬車馬に迫った。 「与五郎佐の矢から逃れられると思うな!」 集中し強く引き絞った弓から放たれた強射がフローズンジェルを貫く。後方へ転がった雪塊を残し馬車は走り続ける。 アヤカシ達は馬車に近寄れないまま遅れ始め、やがて追うのを諦めた。 ● 焼け落ち、倒壊した家屋が点在する。無事な建物が残っていようとも、住むべき者を失えば廃墟でしかない。アルフと御者を中心に据えて馬車の護衛と同じ配置で探索を行なう。 「大丈夫か?」 ルーティアが血の気が失せたアルフを気遣う。話す内にすっかり警戒を解いたようだ。 割れた板塀に激しく飛び散った血痕。数刻前にも集団失踪に遭ったという村跡に立ち寄ったが、同じような状態だった。損壊状況や血痕等、手掛かりと成り得る情報をザザは見取り図と共に手帳に書き留める。 「ここも酷い有様だな‥‥生存者がいれば良いのだがね」 グレイス伯の意志は協力するだけの価値がある。無駄に血を流させない為にやれるだけの事をやらなくては。 「思っていたよりも、血の痕が少ないですね。」 無事な家屋の中を調べてきたエグムに芳純が頷く。 「襲われて『消えた』方も居られるでしょうが、大半は『村から移動させられた』のかもしれません」 「アヤカシはそんな事しないよなぁ」 首を捻る慧介に続いて与五郎佐が、 「金品を奪われている家もありましたからね。考えたくはありませんが──」 言葉を切り、矢筒から引き抜いた矢を番えつつ振り向いた直感は正しかった。 倒壊家屋の陰から奇声を発しながら飛び出したのはゴブリンスノウ四体。 ザザは長脇差しを抜き、ガード片手にアルフ達を背に庇う。 「離れるなよ」 ルーティアは左右の手に一本ずつランスを広げて構える。盾となるのに回避は必要無い。腰を落とし、肉体の強度を高めて襲撃に備える。 「こーいう戦い方を見るのは初めてか? ま、確かに槍使いとしては異端だけどな」 「悪いが手加減は無しだ!」 シュヴァリエはゴブリンの小剣をガードで受け止め、さらに押す。相手の動きを止め密着した状態のままに、鋭く槍を突き入れた。 自身が放つ矢をガードと剣で払い接近したゴブリンの一閃を、エグムは半身にかわす。 「将来の生徒の為にも、少々の怪我など気にしていられません‥‥!」 脇腹を刃が掠めた痛みに顔をしかめながらも至近距離から敵の首を矢で撃ち抜く。 「後ろ、納屋の陰から三体! 右手植え込みにニ体!」 慧介の声が新たな敵の出現を知らせた。 包囲するように展開するゴブリンの刃は、アルフ達のすぐ近くまで迫り来る。 「アルフさんには手出しさせないであります!」 ディアデムは振り下ろされた手斧を、両手に握ったルーンソードで受け止め押し返し、体勢を崩した所に渾身の袈裟掛けを叩き込む。 「ギッ!?」 「そこだぁっ!」 受け止めようとした斧が舞った瞬間、気力を込めたルーティアのニ連撃が無防備になった胴を穿つ。 屋根の上から弓で狙うニ体を与五郎佐の矢と芳純の霊魂砲が撃ち落とすと、残っていたゴブリン達は這々の体で撤退した。 その後、栗鼠を模した芳純の式が倒壊した家屋の中から有力な証拠を発見した。 馬車に乗り込むアルフの瞳に、ザザは内心安堵する。 (アルフ殿の心は、より固まったようだな) 証拠を見つける為の視察だが、説得に当たるアルフにこそ現実を見て貰いたかったのだ。 ● 目的の町に到着した一行はオレグに迎えられ、彼の家へと案内される。 「すぐに話を聞きたいと、皆集まって待っていたんだ」 こうなれば五人纏めての説得に掛かるしかない。酒造主達が一同に会する客間に通され、アルフをはじめ、皆も供の者として酒造主達と互いに自己紹介も兼ねて挨拶を交わす。 緊張している様子のアルフにディアデムが小声で告げる。 「練習通りやれば、成功するであります。自信を持ってください」 アルフが返事する間も無く口火を切ったのはヴァリオだった。 「早速聞かせてもらおうか」 「は、はいっ!」 反射的に椅子から立ち上がったアルフを皆心配そうに見つめたが、それは杞憂だった。馬車の中で何度も繰り返した言葉は流麗に口から滑り出す。 「辺境伯の目的は皆さんの安全確保です。今のままでは皇帝に反逆者として処断されかねません」 「これ以上皇帝に従っていては暮らして行けん」 マティアスがじろりとアルフを睨みあげる。 「辺境伯も、皇帝の権力を笠に着て重税で民を苦しめているだろうが」 「それはっ‥‥増えるアヤカシ被害から土地を守る戦力を保つ為にはそれ以外に無く‥‥帝国に――皇帝に捧げた忠義に叛くのは己の信に反する事、とグレイス様も苦しいお立場なのです」 オレグとヴァリオはそれに自身と同じ境遇を見た。守るべき蔵人達の生活と、先代ヴァイツァウ辺境伯への恩義との板挟み。 「一人でも多くの民を戦から遠ざける。それがグレイス様から賜った僕の役目です」 自身の弁を言い切ってアルフは息をつく。 「『恩は返すな順送りにせよ』という言葉もありますでしょう」 言ったのは与五郎佐だ。内乱の規模拡大を防ぎ戦を早く終わらせる為にも、この説得を最上の結果に導きたい。身振りも交えて強く語りかける。 「貴方達がヴァイツァウの先代や父祖から受け継いだ恩は、民衆を戦乱に巻き込む事で虚しいものになりはしないでしょうか?」 ザザも自身が記したメモを見せ説明する。 「集団失踪に遭った村を二つ調べた結果、住人の大半が何処かへ連れ去られたであろう事が判りました。それに‥‥」 芳純が式で見つけ出した汚れた日記を差し出す。最後のページに突然のアヤカシの襲撃とそれを先導する老人の姿に関する記述があった。人間が関わっている以上、反乱軍とアヤカシの繋がりは濃厚となる。 「やっぱりコンラート様に逆らったら! 皇帝側についたら俺達だって!」 遺書めいた内容に差し掛かり途絶えた生々しい書置きに狼狽するロニーに、アルフは笑顔を向けた。 「安心してください。リーガ城を一時避難の場として受け入れる用意があります」 慧介も言う。 「守るべきものとその未来を背負っているとなれば迷うのは無理も無いと思います‥‥でも、出来る事なら避難して欲しいと俺も思います」 「酒造職人に蔵を捨てて行けと――」 オレグの唸るような呟きをマティアス遮る。 「町を捨てずとも民が危険に晒される事はない」 「それは何故です?」 芳純が穏やかに問う。否定は反発を招く。相手の考えの根幹を引き出せば、それが説得の糸口へ繋がるはず。 「ヴァイツァウ軍にはアーマー兵と、何より巨神機がある」 マティアスが答えると、エグムは彼に歩み彼だけに聞こえるよう囁いた。 「確定ではありませんが、アレの中身はアヤカシです。被害者はその源‥‥彼らの目的は‥‥」 それは不確かなアヤカシの噂を利用した狂言だった。それで協力が得られるなら、と。 しかしマティアスは揺らがない。 「そもそもアヤカシとヴァイツァウ軍との関係も憶測の域を出ておらん。希望の無い生活を続けるくらいなら、新たに生まれた希望に俺は賭ける。皆も、そう言っていただろうが」 彼の言葉とアルフ達の提案、そして自らの思いに酒造主達は揺れているようだった。最年長のレフは飛び交う言葉にじっと耳を傾けている。 「‥‥確かに、反乱軍の勝利に終わる可能性だってないとは言い切れません」 「アルフさん?」 突然のアルフの言葉にエグムは彼を振り仰いだが、その瞳に宿る決意を見て口をつぐむ。 アルフは言う。 「反乱軍が行く行く皇帝を倒せたとして、それで戦は終わるのでしょうか? 敗れた者達に生まれた禍根が新たな火種になりはしないでしょうか? グレイス様は――僕はただ、これ以上傷つく人を増やしたくないだけなんです」 廃村に残された惨状の痕跡を思い真摯に感情をぶつけたアルフの言葉が、酒造主達の心に響く。 それまで話し合いを見守っていたシュヴァリエが言う。 「俺は頭が良い方じゃねぇ。むしろ悪い方だ。だが、一つだけ、これだけは言わせて貰うぜ」 かつて領主に刃を立てたその光景と共に手に蘇る感触に眼を閉じ、それを押さえ込んで先を続ける。 「本当に民の事を思ってる奴は、反乱なんか起こさねぇよ。武力を持って争えば、それだけ犠牲者は増える。仮に反乱軍が勝ったとしても、力で得た平和なんて長続きはしねぇんだ。今の政策が気に入らねぇなら、国を変えてぇなら、武力に頼らないやり方を選ぶべきだ。ま、言うほど簡単じゃねぇだろうがな」 アルフはさらに馬車で聞いたルーティアの言葉を借りて訴える。 「今はこの戦を少しでも早く終わらせ無くては。そして、その後に両者が手を取り合えるようにしなくてはならない。その為に僕も、グレイス様もきっと、できる限りの事をします。皇帝軍に協力しろとは言いません。どうか避難だけでも、お願いします!」 「――民あっての町、蔵人あっての酒蔵。そうではないかね?」 酒造主達に告げたのはレフだった。 「グレイス辺境伯の言葉に偽りがあるのならば、我らがリーガ城内から動く。それでも我らを拘束せず匿ってくれるかね?」 脅迫とも取れるレフの言葉だったが、アルフは動じる事無く頷いた。 「ご期待を裏切らないとお約束します」 皆は一同にマティアスを見つめた。彼は強く歯を食い縛っていたが、やがて重く頷く。 「その条件ならば、いいだろう」 「ありがとうございます! 急ぎ城へ戻り護衛の兵を――」 アルフの言葉を芳純が押し留める。 「城から兵が動けば、敵方に悟られ襲撃を受ける可能性もあります。我らの護衛で城までお連れする方が安全でしょう」 町に一泊する間に最低限の荷を用意してもらい、翌日の早朝にはリーガ城へ向けて発つ事となった。 ● オレグ邸に宿を借り、皆はルーティアが購入した町のヴォトカで説得の成功を祝う。 「美味ぇな。戦乱が終わった後も飲みてぇもんだぜ」 シュヴァリエが言い、エグムも決意を新たにする。 「そのためにも戦乱の収束に向けて今後も力を尽くしましょう」 ルーティアは思う。この国で民族や身分の垣根無く、こうして杯を交し合える時が来るといい。その為にはグレイス伯やアルフのような人物が必要なのだと。 「死ぬなよ、約束だ」 アルフのグラスにヴォトカを注ぎ、ルーティアは自らのグラスを重ね一気に飲み干す。 「皆さん、本当にありがとうございました。これからのご武運とご無事をお祈りしています」 言って一気にグラスを煽る。 「良い飲みっぷり、中々やるでありますね!」 ディアデムが叩いたアルフの肩がぐらりと傾く。 翌日。ダウンしたままのアルフを馬車に載せ、開拓者達はリーガ城へむけて出発した。出荷用の馬車と徒歩で町を離れる民達を護衛しながらではあったが無事に送り届ける事が出来た。 廃村の調査結果も全てグレイス辺境伯とギルドに報告され、かくしてアルフに同行した説得と調査の旅は皇帝軍に有益な結果をもたらしたのである。 |