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■オープニング本文 ● 朱藩北部、武天との国境として東西に連なる山岳地帯がある。高峰・白嶺山を擁する白嶺山脈を中心とした一帯は、渓谷、川沿いなどに集落が点在する。 山道は険しく山を下りるのも容易ではない。人々は世間と切り離された生活を送っていたが、緑豊かな土地は古くから人々に恵みをもたらしていた。 ケモノも多く生息していたが、互いに縄張りを尊重する事で共存している。 アヤカシもそう多くはなく、豊かとは言えないまでも民は平穏な日々を送っていた。 しかし──。 「このところ、アヤカシの数が増えているとの報告があがっております」 庭にいる主の前に控え告げたのは、紋付袴をきっちりと着込んだ初老の男だった。 邸は白嶺山地の中でも比較的標高の低い疾風盆地に位置する。とはいえ、やはり春が来るのは他より遅い。ようやくつぼみを付け始めた躑躅に水をやっていた邸の主は手を止める。 三十代の若い当主は心配顔で振り向いた。 「民や村に被害は?」 「今のところは‥‥」 これまでもアヤカシが出現するのは人里離れた場所が多かった。現れるアヤカシもそう強い力を持つものはおらず、警邏の者達で対処できる程度だった。 「ですが、日に日に現れる頻度が増している様子。いずれ村近くに現れぬとも限りませぬ」 「うむ‥‥実害があってからでは遅い。急ぎ手を打たねばなるまい」 「では、急ぎギルドへ連絡いたします」 一礼し家老が去った後、当主は東の空から流れ来る重い黒雲を見上げた。 「悪い予兆で無ければ良いのだが──」 ● 多くの開拓者が居を構える神楽の都──。 そこにある開拓者ギルドは、天儀各主要都市に存在するギルドに寄せられた依頼をとりまとめ開拓者へと斡旋している。 慌ただしく動き回る職員の中に、銀糸の髪を高く結い上げた小柄な受付係の姿があった。 年の頃十三・四。名は龍風 四葉(iz0058)という。 若菜色に蓮をあしらった着物の裾は、駆け回りやすいように膝丈まで上げられている。同じく邪魔にならぬよう袂を薄紅色の帯に挟み込み、今し方風信術で朱藩から届いた依頼の走り書きを手に定位置である受付卓につく。 「依頼人は──朱藩北部を所領に持つ八十八騎(とどろき)家‥‥か」 正直、あまり聞いたことのない名だ。山奥の辺境にいるくらいなのだから、元来力を持たぬ氏族か、はたまた勢力争いに破れて追いやられたか──。 「領内である白嶺山脈一帯のアヤカシの‥‥調査?」 「ああ、あの辺りは最近アヤカシが増えているみたいだからね」 突然頭上から降ってきた声に、四葉は依頼書の上を走らせていた筆を止めた。 振り仰いだ先、痩せているが人好きのする笑顔と優しげな赤い瞳があった。四十絡みのその男は長い榛色の髪を後ろで緩く束ね、天儀本島と泰国の様式をない交ぜにした衣服に身を包んでいる。 四葉は久しぶりに見た姿に顔をほころばせた。 「蓮雀先生! あれ‥‥先生、白嶺山脈のアヤカシの事知ってるの?」 「まあね。白嶺山辺りは不思議な所で、あの辺でしか見られない薬草や動物、アヤカシもいるから、最近はよく出かけてたんだ」 「しばらく見かけないと思ってたら、そんな山奥まで出かけてたんだ」 蓮雀は絵師であり薬師であり陰陽師でもある。 陰陽師でありながらどの機関にも籍を置かず、医者の真似事をしながら各地を放浪して歩いている。また趣味と実益を兼ねてアヤカシの姿絵と情報を書き溜めており、四葉はそれを綴じ『アヤカシ一覧』として仕事に役立てている。 「アヤカシの調査、進んだの?」 四葉の問いに蓮雀は渋い顔をする。 「さっき言った通り細々としたアヤカシが増えて邪魔くさくてしょうがないんだ。それでこうして出向いてきたという訳なんだけれど──」 そこまで言って、蓮雀は晴れやかな笑みを見せた。 「その八十八騎家の調査依頼、私も同行しよう。ついでだから、報酬は開拓者達で分ければいいさ」 「ほんとにいいの?」 「依頼料が浮いただけで充分だよ。さて、調査をするなら私もまだ立ち入っていない奥地になるだろうな」 蓮雀はすっかりやる気で四葉が傍らに広げていた地図を指す。 「八十八騎家のある疾風盆地から白銀川を遡って‥‥空落の滝周辺から山頂に向けてが調査区域。アヤカシが増えている原因として考えられるのは、大きく二つだ」 「えっと、他の地域からアヤカシが集まってきているか、その辺の瘴気が濃くなってアヤカシが発生しやすくなっているか?」 「そう。それ以外の理由があるにしろ、調べてみない事にはね」 白嶺山のアヤカシ発生率が上がっているなら固有種が増えているだろう。他からアヤカシが来ているのなら、それ以外のアヤカシが多くなっているはずだ。 四葉は蓮雀の同行を依頼書に書き足しながら、彼の言葉を纏めて記していく。 「じゃ、参加者が集まったら知らせるけど──」 一つ所に留まる事の少ない蓮雀に対しどこに知らせたら良いのかという表情の四葉に、蓮雀は地図の一点を指さした。 「皆が来るまで八十八騎の里にお世話になっているから。そこで落ち合うという事でいいかな?」 「りょうかーい! じゃ、先生も調査頑張ってねっ」 頷き去っていく蓮雀の背中を、四葉は大きく手を振って見送った。 |
■参加者一覧
志野宮 鳴瀬(ia0009)
20歳・女・巫
南風原 薫(ia0258)
17歳・男・泰
風 皇天(ia0801)
20歳・男・泰
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
慄罹(ia3634)
31歳・男・志
桐崎 伽紗丸(ia6105)
14歳・男・シ
ザザ・デュブルデュー(ib0034)
26歳・女・騎
アルセニー・タナカ(ib0106)
26歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ● 八十八騎の里で蓮雀と合流し必要な準備を終えると、すぐに北へ向けて里を発った。里近い場所ではほぼアヤカシは見られないとはいえ、油断はならない。 「この地に生息しているアヤカシについて教えてもらいたい。警戒時に見分けるコツなどあるのだろうか? ザザ・デュブルデュー(ib0034)に聞かれ蓮雀は笑う。 「君達、里で警邏兵達に聞いていたろう? この地の調査を始めてまだ日が浅いからね。私も彼らと同じ程度しか分かっていないんだ」 志野宮 鳴瀬(ia0009)は問いを重ねる。 「そうなのですか。注意すべき事等あれば、ご教授いただきたかったのですが。草人への用心の為、身体や頭は外套類・口は手拭類で保護し備えを‥‥で宜しゅう御座いましょうか?」 「うーん。ま、気休め程度にはなるかもなぁ。花粉は随分細かいみたいだから、当たる時は当たってしまうものだよ」 白嶺山脈固有種の中には植物の葉の如き髪と茎のような肌を持つ小人の姿をしたアヤカシがいる。草人と呼ばれる彼らは葉の間に備えた花の花粉により眠りを誘い、尾として生やした蔓で束縛し獲物を捕らえるのだ。それだけでなく木を削り作った弓矢や槍も用いるという。警邏の兵達も、特に気をつけるべきは草人だと口を揃えていた。 「草人の存在に気づく前に花粉を放たれた場合は危険ですね」 アルセニー・タナカ(ib0106)は蓮雀が持っていた『アヤカシ一覧』の数枚を手に言う。現在は執事として名家に仕える身だが、陰陽師としての性か父の血か。アヤカシへの好奇心は抑え切れない。言葉では危険と言いつつも、その声はどこか嬉しげでもある。 「それにしても‥‥私も同じアヤカシを研究する者。蓮雀様を見習って絵も練習しなくてはなりませんね」 姿絵に感じ入る彼の手元を横から覗き込んでいるのは慄罹(ia3634)だ。 「花粉を出される前にこっちが気づいて倒せちまえばいいんだよな。しかし厄介なアヤカシばかりみてぇだな」 慄罹(ia3634)が言う隣で、桐崎 伽紗丸(ia6105)は一生懸命背伸びをしている。 「慄罹兄ちゃん、おいらも見たいっ」 調査、と聞いて南風原 薫(ia0258)は里で借り受けた地図を片手に呟く。 「殲滅ならぁ良く在るがぁ調査、か。俺ぁ素人だなぁ、そういうなぁ‥‥どう斃すかぁ以外考えた事ぁねぇなぁ…」 「皆で来ているのですから、適材適所で良いと思いますよ」 斎 朧(ia3446)が薫に言う。 「アヤカシの増加は珍しい事ではないと言えばその通りですが、だからと言って軽視もできませんしね」 白銀川沿いを遡り、蓮雀の案内のままに川を渓谷の底に見下ろす道を行く。遠くから響く瀑声が近くなり、風 皇天(ia0801)が言った。 「あれが空落の滝か」 川の前方に見え始めたのは落差百メートルになろうかという雄大な滝だった。滝の上にある水源は、空の一部が落ちてきたと伝えられる深蒼の泉である。 この辺りから山頂に向けて、本格的に調査が開始される。それはすなわち危険な区域に踏み込む事でもあった。 ● 白嶺山五合目から山頂へ向かう道は、道という程の道は無く。木と岩が立ち並ぶ中を隊列を組んで歩いていく。 草人対策に口元を布で覆い周囲を警戒しながら蓮雀を含む術師四人を中心に据え、ザザが前を、慄罹と皇天が左右、薫が後方を固める。そして伽紗丸が遊撃として周囲を警戒する。 研ぎ澄ませた聴覚に意識を集中させ警戒に務める伽紗丸の姿に、慄罹は義兄としての視線を向ける。同時に負けてはいられないと一層気を引き締めた。 と、伽紗丸が戦闘のザザに並び、小声で止まるよう促す。 「この先、周りのとは違う不自然な葉鳴りの音がするんだ。これって、そうかな?」 「無闇に近づかず確認すべきだろうな」 「そうですね。少々お待ちを」 ザザの言に頷きアルセニーが合口「呪痕」を手に念じる。発した光は合口を離れ、羽虫へと姿を変えて音無く木々の間を抜けていく。式が形を保てる限界距離までたどり着いた時、アルセニーは式の目でその姿を確認した。 「草人が六体‥‥このまま去るのを待ちましょう」 進行方向から草人が充分離れるのを待って、再び歩き出す。 調査の結果が出るまで山中を歩き回るならば長期戦は必至。遭遇するアヤカシ全てと戦っていたのではきりが無い。避けられる戦いならば避けるに限る。 滝を越えてから一時間ほど歩いただろうか。切り立った断崖の脇を抜ける細道に差し掛かった。左手は谷底へ続く崖。高くそびえる右手の岩肌から生えた木々の枝が、幅五、六メートルの道を覆う天井のように谷から吹き上げる風に揺れている。 「此処以外に山頂へ向かう道は無いのだろうか?」 皇天の問いに蓮雀が頷く。 「南稜からはこの断崖を越えるしか無いんだ。こんな所で襲われでもしたらやりにくくて仕方ないがね」 冗談のように言うが、実際そうなっては笑い事ではない。 「私が確認致しましょう」 鳴瀬の身体が仄かに光を放つ。張り巡らされた結界が、瘴気の動きを彼女に認識させる。 「道の中程、枝の中に反応が五つ。待ち伏せしているのでしょうか‥‥」 「いずれにせよ行くしかあるまい。桐崎氏はデュブルデュー氏の隣へ。我々は後方へ下がるとしよう」 皇天が言い慄罹と共に最後尾へつき、二列になって細道へと踏み込む。 先頭のザザはガード片手に抜き身のロングソードを構え、いつでも皆の盾となれる構えで進む。緩やかに弧を描く道の先に断崖の終わりが見えたその時。 頭上から空を切る音が迫る。 「斎様!」 アルセニーは朧に絡みついた葛を合口で切り離す。ただの葛ではない。先には蛇の如き鎌首と牙の並ぶ口を持っている。 噛み付かれたにもかかわらず朧は表情一つ変えず泰然と言う。 「人喰葛ですか」 「蓮雀殿、こちらへ」 鳴瀬が葛から離れ後方に退くよう促すと、素直に従いながら蓮雀は言う。 「それじゃあ遠慮なく。若い人に任せてゆっくりさせてもらおうかな」 「‥‥久しく戦場を離れていた事だし、な。勘を取り戻そうか」 その腕を幾重にも巻きつかれながら呟く皇天の顔から穏やかな笑みが消え、怜悧な表情へと変わっていく。 「‥‥探すのは面倒なので、な。『辿らせて』もらおう‥‥!」 蔓を強く引くと同時に皇天は樹上へ跳ぶ。幹に張り付いた消化嚢を持つ本体をそのままの勢いで蹴り上げた。 「なるほどなっ、伽紗丸!」 それを見た慄罹は迫る蔓を薙ぎ払っていた七節棍を肩に掛ける。呼ばれた伽紗丸は意図を察し短刀を抜き駆け寄ると、慄罹の組んだ両手に足を掛ける。 「いっけ〜! 伽紗丸っ!!」 「兄ちゃん砲台、発射ぁー!」 打ち上げられた伽紗丸は幹と消化嚢の間に刃を立てて木から本体を切り離す。落下した人喰葛は鞭さながらにしなる慄罹の七節棍に砕け散った。 強敵と見てか、葛達は蔓の攻撃に加えて本体に備わった管から消化液を飛ばしてくる。 「前方から新手が!」 葛を全て倒しきらないうちに、残っていた結界で瘴気の接近を感知した鳴瀬が告げる。 刹那、皆の間を二条の雷光が撃ち抜けた。通り道に居た慄罹、伽紗丸、朧、鳴瀬、蓮雀が電撃を受ける。 断崖の終点となる山道から左右に跳躍しながら迫る白い兎の群れ。額に生えた蒼角は次の雷撃を放たんと青白い雷渦を纏っている。 「この場所で一角兎を相手取るのは不利ですね」 アルセニーが言う通り、片側が谷という狭所では雷撃を避けるにも限界がある。と、開いた鉄傘で消化液を防ぎつつ、薫が岩壁付近を駆け抜けた。 「頭使うの任せちまってるんだからぁ戦闘位はきっちりやらねぇと、な!」 それまでも率先して前線で戦っていた薫は、一角兎に対して最前線に出て鉄傘を地面へ突き立て後方へ跳ぶ。兎達が放った雷撃が鉄傘を撃つと同時に地を蹴り間合いを詰め、抜き放った刀「泉水」を水平に薙いだ。肢を払われた転がった兎の上から、逆手に持ち替えた刀を突き立てる。 「此処より先へは行かせない」 薫の横を抜けて葛と戦う皆に迫る後続の角による突進を、ザザはガードで受け止める。兎が着地するのを待たずロングソードの刃を鋭く突き出すと、首に深く突き立てられた兎は身体を保てず瘴気と化した。 「その角さえ折っちまえば‥‥っ」 慄罹が振るった七節棍がしなり角を叩き割る。雷を出せなくなった兎を、皇天の蛇拳が崖下へ打ち落とす。 「兎か。蛇のよい餌だ」 「こっちは片づいたよ!」 伽紗丸の言うとおり葛は全て姿を消えている。兎の攻撃をいなしながら断崖を渡り切る頃には兎の撃退も終えていた。 アルセニーの治癒符と朧の傷薬での治療で手当を済ませ、再び山頂を目指す。巫女二人は瘴索結界による警戒で練力を消耗する。一方アルセニーは瘴気回収で練力を補充可能であり、そのため自ら回復役を買って出ていた。 陽が落ちれば交代で夜衛に立ち、少しでも体力と練力を回復し。策敵だけでなく瘴気回収や結界で瘴気の異常がないかも確認しながら調査を進めていった。 ● ひんやりと湿った空気が頬をなでる。人の手によるものか自然に形成されたものか。どちらとも判別し難い岩肌を、隊の前と後ろ二カ所で灯す松明の揺らめきが照らし出す。 薫は音だけでなく匂いにも注意を払いながら後方からの不意打ちに備えて最後尾を守り歩く。 山中を歩いている時はアルセニーが枝に布を結び。ザザが特徴ある複数の自然物を組み合わせて目印とする猟師の手法を用いて道程を地図に記していたが、洞穴内ではそうも行かない。 入り組んでいる洞内で迷わぬよう入口から荒縄を引き、縄が切れても道を見失わないように置き石や松明の煤、石灰石で目印を付けながら探索した。 洞内で時折遭遇するアヤカシは小鬼や剣狼などだった。 皇天が誰にともなく言う。 「蓮雀氏の言われていた通り、国境を越えて武天から流れて来たか──」 「ですが、この地の瘴気自体も他の地より濃くなっているようです。白嶺山の固有種の数も増えているのかもしれません」 朧に鳴瀬も同意する。 「里に戻り次第、警邏の方々に確認致しましょう」 やがて八合目付近の入口から差し込む光が前方に見え始めた。安全を確認し外へ出て少し下った時だった。皆に止まるよう言った薫が頭上を指した。 「おい、あれ‥‥ここのは妙な奴ばっかりだが、あいつぁ‥‥」 空を遮る枝葉の遙か上空。鳥とは異なる影が山頂付近へ向かい飛翔していく。一目にそれと判ったのは大きさもさる事ながら、二対の翼で空を切るのは人の形をしているように見えたからだ。 影は木々に隠れたこちらに気付くことなく稜線の向こうへ消えた。 それまでになく真剣な顔で蓮雀が呟く。 「もしかしたら、今のが原因かもしれないな。とにかく里に戻って──」 「──! この匂い‥‥」 「おい目ぇ覚ませ伽紗丸!」 言い終わらないうちにふっと意識を失いかけた伽紗丸の後頭部に、慄罹が力強くハリセンで打ち抜く。 風上から流れてくる甘い香り。さほど間を置かず朧の瘴索結界に反応が現れる。 「数が多いですね‥‥ざっと十体強といった所でしょうか。今のうちに──」 朧は手鎖「契」を鳴らし心を鎮める。彼女の身体から放たれた閃光が皆の傷を回復させた。 「七合目辺りまで降りましょう。木の茂った場所ではこちらが不利です」 鳴瀬が言う。あらかじめ戦いに適した場所は里での情報収集と道すがら確認してある。と、眠気の飛んだ伽紗丸が勢い込んで先頭に立つ。 「姉さん達と連雀の兄さんはオイラが守るよ! 慄罹兄ちゃん、後ろは任せたっ」 「おうよ!」 答えながら、慄罹は七節棍を構え後に続く。 術師達の護衛を二人に任せ、つかず離れずの距離を保って退がりながら残る四人が草人を迎撃する。 木上から飛来する弓をザザは盾で受け止め、槍を手に大きく跳びかかってきた草人を横に一閃薙ぎ払う。 「聞いていた通り跳躍力に優れているようだな」 兎や鹿に似た形状の脚で飛び跳ねながら枝から枝へ、地から枝へと縦横無尽に動き回る。しかしそれが判っていれば対応できない事はない。 「虫みてぇにうるせぇ‥‥な!」 薫が鉄傘で叩き落としたその草人を皇天がスライディングで幹に蹴りつける。 「‥‥潰れてくれたまえ」 「蓮雀様には近寄らせません」 アルセニーは自ら殿の回復役を務め、避けきれぬ矢で受けた皆の傷を治癒符で癒す。 慄罹は枝を渡り頭上から槍を振りかざし降りてきた草人をかわし、着地を狙って地面を撫でるように七節棍を薙ぐ。 「邪魔なんだよ‥‥」 押し殺した声は剣戟に紛れ誰にも届かなかった。 先頭を行く伽紗丸は枝を渡る草人の音を聞きながら方向を変えて進む。 「挟み撃ちとかされ無いように気をつけなきゃね!」 時折追いつき行く手を遮ろうとする草人は身軽さを生かした足技で撃退する。 討ち取った草人の数を重ねる度に追撃の手は緩み、機を見計らったザザの合図を契機に一気に距離を離す。 木々が開けた場所へたどり着いた時には、完全に草人は追うのを諦めたようだった。 ● 里へ戻った皆は八十八騎邸へと招かれた。調査の結果を聞きたいと、彼らを迎えたのは当主である八十八騎尋成その人だった。 「では、アヤカシの増加も力のあるアヤカシが白嶺山に現れたのが契機であると?」 不安に表情を曇らせる尋成に、蓮雀は神妙に頷く。 「武天側の北稜からもアヤカシが流れて来ているのは、より上位のアヤカシに引き寄せられている可能性もあるかと」 四枚の翼を持つアヤカシは里の者達も知らなかった。新たに生まれたものなのか、どこかから流れて来たのか‥‥今の所被害は出ていないがいつ脅威が領民を襲うか知れない。 神楽に戻り、ギルドに地図と資料が提出された。それは八十八騎家に進呈されたのと同じもので、皆が作成したアヤカシ分布図に瘴気の濃い要注意箇所や危険個所等を記した地図。加えて蓮雀のアヤカシ資料である。 「今後役立つと良いのだが」 ザザが言うと、四葉は満面の笑みで答えた。 「今後も八十八騎家から依頼が来るかもだしすごく助かるよ! へぇー、こんなアヤカシが出るんだぁ」 自身のアヤカシ一覧に蓮雀から渡された頁を追加しながら感心する四葉に、アルセニーも深く頷く。 「非常に興味深いアヤカシばかりでした。ジルベリアとこちらでも系統は異なりますし‥‥アヤカシの姿形は一体どのようにして決まるのでしょうか」 その時慄罹が思い出したように、 「珍しい薬草でも見つからねぇ〜かと思ってたのに、そんな暇もなかったなぁ」 薬師に育てられたため多少は知識があるのだ。 蓮雀は皆に向けて屈託なく笑って見せた。 「なら私の庵に来るかい? 白嶺山で採れる薬草は一通りあるし、アヤカシ談義でもしながらお茶でもご馳走しよう」 その後八十八騎家ではより一層警戒を強め、ギルドでも発見された有翼のアヤカシの動向を継続調査する事となったのであった。 |