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■オープニング本文 岩ばかりの中を、弓を手にした狩人が数人駆けて行く。 山間の鉱山街として栄えている武天は此隅では、山で獲れる鹿や猪、熊などの肉が主に食卓に上る。此隅から少し離れた山間の村などでは、猟で得た獲物を此隅へと卸す事で生計を立てている者も多い。 「いたか?」 「いや‥‥どこ行っちまったんだ」 探しているのは二頭の鹿だった。林を抜けて、この岩場へと逃れたのを追って来たのだ。 「アヤカシのせいか知らんが、最近は獲物も少なくなってきてるしな。逃して帰るわけに行かんべ」 「岩場を抜けた様子もなかった。隠れているのならすぐに見つかるだろう」 体格の良い四十路くらいの男が言う。弟子達に指示を出し、黒味を帯びた大小様々な形の岩がごろごろと転がる間を手分けして探す。 一人の青年が岩陰を覗き込んだその時だった。 「――!?」 足元が揺れた。 地鳴りに他の者達も振り向く。青年の近くだけが、不自然に揺れている。それはすぐに立っていられない程の揺れとなり、青年はその場に尻餅をつく。 あまりの光景に誰もが言葉を失った。 大地から人影が起き上がる。青年が覗き込んだ岩は、その身体の一部だったのだ。筋肉の代わりに隆々と盛り上がる岩。強靭な下顎には天を衝く牙と、額には三本の角がある。岩の隙間からのぞく黄色い瞳が、ぎろりとこちらを見下ろした。 「お‥‥鬼‥‥! 鬼だ!!」 ある者は怯え、ある者は反射的に矢を番えようとした。が、普通の矢がアヤカシに通りはしない。 振動が止み、立ち上がった青年に一番近いところにいた親方が、振り下ろされる鬼の拳から青年を庇った。巨大な拳が地面に叩きつけられ、再び地面が揺らぐ。 突き飛ばされた青年は地面を転がり、仲間に助け起こされた。青年は自らを抑える仲間の手を解こうとしつつ叫ぶ。 「親方ぁ!」 「来るな、逃げろ!」 親方は怒鳴り返す。七尺(2m強)はあろうかという鬼の、巨大な手。足を掴まれて逃れる事は敵わない。握りつぶされた足からは、とめどなく血が流れ出していた。 「走れ! 親方の指示に従うんだ!!」 親方の弟が皆を急きたてる。非常時こそ、親方の命は絶対なのだ。弟子達が残ったところでアヤカシ相手に太刀打ちできるはずも無く。ここで一人残らず命を落とせば、また別の誰かが犠牲になる。 涙を呑みながら走り去る弟子達の背中が、親方の見た最後の光景だった。 手を離れ鬼の足元に転がった弓に、鮮血が降り注いだ。 「岩の鬼‥‥!?」 開拓者ギルドの受付卓で、受付係の四葉(ヨツハ)は大きな碧い瞳を更に大きくして聞き返した。綾紐で高く結って流した銀髪がさらりと揺れる。 歯を食いしばりながら、ギルドを訪れた青年は頷いた。彼の名は武紀。親方に救われた青年である。 自分の代わりに親方が犠牲になったという後悔が、親方を失った悲しみが、今、正にその時であるかのように蘇っているのだろう。 痛ましい表情を正視できず、四葉は癖のある文字で武紀の話を書き留めた覚書に視線を落とした。 「周りの岩と同じような色の岩の身体‥‥で、岩のふりをしてて、近づいた人に突然襲い掛かったんだ‥‥」 四葉は紅梅色に白椿が咲く丈の短い着物の帯に挟んでいる『アヤカシ一覧』と書かれた綴帳を取り出す。鬼の項目をさらりと見るが、そういった鬼は前例が無い。 「新しいアヤカシ、か」 呟き、唇を噛む。 現在天儀では、いたるところでアヤカシが発生している。瘴気が集まり形を成すアヤカシは、ともすれば街中でも忽然と姿を現す。その姿も多種多様。開拓者ギルドでも全ては把握しきれないのが現状なのだ。 武紀は卓の上に置いた両手を強く握り締めて四葉に訴える。 「これ以上犠牲者が出る前に、あの鬼を退治して欲しい。親方も、それを望んでいるはずだ」 「もちろん。すぐに討伐に向かう開拓者を募集するね! きっと、仇を取ってくれるから」 四葉は武紀の拳に手を重ねる。本当ならば、彼自身の手で仇を討ちたいに違いない。 覚書に四葉が記した親方の苗字は、武紀のそれと同じものだった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
紅(ia0165)
20歳・女・志
六道 乖征(ia0271)
15歳・男・陰
まひる(ia0282)
24歳・女・泰
儀助(ia0334)
20歳・男・志
香坂 御影(ia0737)
20歳・男・サ
時任 一真(ia1316)
41歳・男・サ
真央(ia2730)
10歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ● 岩鬼が出たのは此隅から西に半日ほど歩いた場所にある山の中腹。依頼人・武紀の村は、その山の麓にある。 夜が明け陽が幾分昇ってきた頃に村へ到着し、件の場所への案内を頼むため武紀を訪ねる。すぐにでも現地へ向かいたいと告げると、武紀は驚いて皆を見た。 「寝ずにここまで来たのだろう。休まなくて良いのか?」 精霊門が開くのは日付の変わる時。精霊門をくぐり休まず、ずいぶんと道行きを急いだのであろうことは言わずとも知れた。 「親方が生存していれば助けたい」 紅(ia0165)のその言葉に、武紀は更に驚いた。まひる(ia0282)と真央(ia2730)が言葉を継ぐ。 「ハナから諦められる程、割り切れてもいないんだよなぁ‥‥武紀だって、死んだの見たわけじゃないんだよね?」 「親方さんが生きている可能性が零じゃないなら、急いで行く価値はあるよねっ」 武紀自身、既に親方の命を諦めているというのに。彼らはまだ希望を捨てていないのだ。武紀は思わず目を伏せて言った。 「‥‥すまない。よろしく頼む」 村の裏手から山道へと入り、猟師達が襲われた岩場を目指し登って行く。 「岩に擬態するアヤカシとは‥‥奇怪な話だな」 これから対峙する敵に思いを馳せる香坂 御影(ia0737)に六道 乖征(ia0271)が頷く。 「擬態‥‥確かに厄介‥‥だけど、落とし前はつける‥‥」 人の命を奪ったからには、その業に見合った罰を。 乖征自身、その身に宿る業に見合うだけの得を得るためにアヤカシを屠り続けている。それは彼に科せられた罰とも言えるだろう。 「岩の鬼、か‥‥」 儀助(ia0334)の呟きには僅か楽しげな響が宿る。元来好奇心旺盛な彼にとって未知のアヤカシは心惹かれる存在だ。一方時任 一真(ia1316)には恐れを抱かせる。 (「腕が鳴るより怖いね、やっぱり」) 相手の出方がわからない以上、こちらも対策の立てようがない。 (「とはいえ、開拓者が怖がってちゃぁ仕方がない。志体持ちの使命を果たすとしますか」) 一真はちらと先行する武紀に視線を送る。案内のため同行してもらったとはいえ、一般人を危険に晒すわけには行かない。 山に入るのにそれ無しでは行けないと、弓を握る武紀を御影は案じる。それが、彼の決意の表れに思えて仕方ないのだ。少し歩を早め、並んだ彼の目を見て言う。 「武紀、頼むから無茶だけはしてくれるな」 「親方の事で落ち着いていられないのは解るけど‥‥危険なのはダメ‥‥」 乖征にも言われ、武紀は弓を握る手に力を込めながら頷く。 「俺の矢では‥‥親方の仇を取る事はできないからな」 「‥‥僕達は武紀の矢だ。そのために、ここにいる」 微笑む御影を振り向いた武紀は、虚をつかれた表情をしていた。視線を外し無言で頷いたその横顔からは、幾分険が取れたように思える。 現地までは村から二時間程。朝比奈 空(ia0086)は前方に茂る木々の向こうに向けた目を細めた。 (「他の方には悪いですが、親方は恐らく‥‥」) アヤカシは自らの欲望のままに人を喰らう。一度捕えた獲物を逃すとは思えない。 (「‥‥勿論、生存していれば嬉しき事ですが」) どちらにしろ、そこに在る脅威を放っておくことはできない。空は戦いに備え気を引き締めた。 ● 「この林を抜けた向こうが、その岩場だ」 武紀の言葉に皆の足が速まる。武紀には一真が付き、慎重に岩場へと足を踏み入れた。 幅二十間、奥行き一町(40×100m)程の岩場自体に傾斜はない。左手は断崖があり、右手には緩やかな傾斜の林が広がっている。晴れていた空には、いつの間にか黒雲が立ち込めていた。 左右の中心に立ち、踏み込んだ紅は意識を集中させる。 (「反応があるといいのだが‥‥」) 心眼の効果も相手によっては通らない場合もある。互いに援護に入れる距離を保ちながら岩場に散って捜索を行なう。巨大な岩の付近では特に注意を払い、矢を当てて反応を確認する。 紅は警戒を怠らずに効果の範囲外へ進む。心眼で捉える事のできる範囲ぎりぎりまで歩み出て、もう一度。 (「居た!」) 紅の立つ位置よりも、六歩程先。中央よりやや林寄りある岩から気配を感じた。 合図を送る紅の元へ皆が集まり、岩鬼と思われる岩を遠巻きに取り囲む。こうして見る限りでは色といい形状といい、周囲の岩と全く見分けが付かない。 弓を持つ乖征と儀助が矢を引き抜く。岩に狙いを定めると、武紀も同じく番えた矢を狙い定めていた。 彼の視線を受け、頷く乖征と儀助。三本の矢が同時に放たれる。命中した矢はどれも突き立つ事無く弾かれた。 何も起こらぬと思われた刹那、ずん、と地面が揺れると同時に岩が蠢く。岩がめくれ上がるように内側から出でる頭部に頂く三本の角。岩そのもののいびつな面の奥に光る黄色い瞳が、自らを取り囲む新たな獲物達を睨め回す。 紅は岩鬼の眼光に臆する事無く珠刀「阿見」を両手に構え言い放つ。 「アヤカシは討滅する。犠牲者を出した以上、代価は命で払ってもらう」 一真が武紀を後ろに庇いつつ後退する。武紀は憤怒の形相で岩鬼を見返していたが、事前の説得が功を奏したか大人しく従った。 「親方探すまでは生き残らにゃ、な」 そう言う一真自身、親方が生きている可能性は極めて薄いと思ってはいるが、武紀を戦いに巻き込むわけには行かない。 術者である空と乖征は岩鬼と距離を取り前衛を務める味方の後方まで退く。 御影は珠刀「阿見」を両手に構えて岩鬼との間合いを計る。一匹でも多くのアヤカシを屠る‥‥それが開拓者としてあるべき姿。だが――。 「体長七尺にして大地を揺らすほどの怪力。‥‥正面からでは分が悪い、か」 逆にまひるは岩鬼の側面めがけて駆け込んだ。 「こちとら素手‥‥どんだけ効くか分んないけどゲンコツの一発でもせんと気がすまん」 怒りを込めた拳の一撃を脇腹に叩き込む。拳に返るのは正しく岩を殴りつけたような手ごたえ。岩鬼は僅かも怯む事無く巨大な拳をまひるめがけ振り下ろす。 相手の挙動に注視すれば、攻撃の『起こり』を読むことができる。すんでのところで後方に跳んでかわしたが、拳が打ちつけた岩の地面から跳ぶ飛礫が身体をかすめ傷を生む。 真央は飛手を填めた両拳を握り直し呟く。 「すごく堅そうだし、攻撃も痛そうだな‥‥」 しかしこれが自分にとって最初の依頼。これを乗り越えなくては。 まひると入れ替わりに跳び込んで拳を繰り出すが、これも通らない。 同時に踏み込んでいた儀助も短弓から持ち替えた太刀で、膝関節を狙った横薙ぎを打ち込む。同じく時間差で肘へ斬り下ろした御影も一撃を叩き込んですぐに再び間合いを取る。 「一撃でも当たっちまうとそれだけでお陀仏になり兼ねんからな〜」 軽口を言う儀助だが、目はそれほど笑っていない。関節部ならば装甲が薄いのでは、と踏んだのだが堅い岩の手ごたえはどこも変わらない。 乖征は陰陽符を構え精神を集中させる。 「硬い岩なら‥‥砕けば良い‥‥」 真央とまひるを狙って拳を大きく薙ぐ岩鬼めがけ、符を放つ。 「‥‥こっちを忘れてる‥‥脇が甘い」 符は光を放ち能面を模る式へと変じ、岩鬼の外皮をすり抜け岩鬼の魂そのものへ襲い掛かる。 「グ‥‥ガアァ!」 初めて岩鬼が見せた怯み。御影が柄を握る両手に力を込める。 「いくら頑丈でも、一度砕いてしまえば無防備と同じ。突破口になるはず」 蓄えた力を乗せて、渾身の一撃を肩口へと振り下ろす。岩の一部を割り刃が食い込む。しかし岩が砕ける事はなかった。裂けた傷口から血が流れ出す。 アヤカシは我々の想像も及ばぬ人外の存在――岩の如き堅さを持ちながらも、それは岩鬼の血肉として柔軟な動きすら兼ね備えているのだ。 「グオオォォ!」 よろめき大きく数歩退がった岩鬼は、咆哮と共に両の拳を地面へと叩きつけた。はじけ跳ぶ大きな飛礫が開拓者達を襲う。 横に跳んでかわそうとした紅はその場に踏みとどまった。自分が避ければ、後衛の二人に攻撃が及ぶ。刀身で防ぎきれない分は自らの身体を盾にする。 「くっ‥‥」 崩れそうになる膝に力を込め持ちこたえる紅と岩鬼の間に御影が滑り込む。空は天儀人形を媒介に祈りを捧げる。 「神の息吹宿りし風の精霊よ、この者に生命の恩寵を与えたまえ」 「すまない、助かった」 短く癒しの礼を述べ、紅は再び戦いの場に臨む。 二発目の飛礫攻撃をかわしながら、まひるは一気に間合いを詰めた。 「これならどおだっ!」 軸足を踏み込み、全身の捻りと体重を乗せた蹴りを頑強な顎めがけ繰り出す。 「こいつ脳もないのかいっ!?」 脳震盪を狙ったのだが効果は見られない。 皆で呼吸を合わせ休まず波状攻撃をかける開拓者達に飛礫の攻撃が効くと判断したのだろうか。岩鬼は連続で地面や岩塊を拳で割り大小の岩の欠片を飛び散らせる。 武紀の護衛についている一真も、彼に飛礫が及ばぬよう業物の刀で飛礫を受け止め防ぐ。 「あれは!」 突如武紀が声を上げ、一真の前へ駆け出た。 「武紀君!」 一真が引き戻すが、岩鬼は声に反応し手近にあった岩塊を持ち上げ武紀の方へと踏み出した。それ以上近づけまいと、力を込めた刃で空を断つ。放たれた衝撃波が岩鬼の身体を一瞬止める。 「今だ!」 その隙を見逃さず、駆け込んだ紅が手に斬りつけ岩塊を落とさせた。御影は武紀達のいる方向を背に庇い岩鬼の正面へ回り込み、力を込めて強打の一撃を顔面に見舞う。 「僕の目の前で、やらせるものか!」 岩鬼の額を飾る角の一本が鈍い音を立てて砕けた。 一真が抑える武紀に、空が近くから駆け寄る。彼に傷がないのをざっと視認し厳しく言う。 「貴方がその行動を行なえば、他の方が危険に晒されます‥‥その事は判っていますよね?」 空の言うとおり、武紀自身それは充分承知していたはずだった。先刻まで大人しく戦況を見守っていたのだが、見つけてしまったのだ。 「親方の弓が‥‥!」 岩鬼のすぐ後方、いつその拳に、足に打ち砕かれてしまうか解らぬ位置に落ちている見慣れた弓を。弓は猟師の魂。破壊されてはなるまいという強い思いが彼を突き動かしたのだ。 その会話が聞こえた真央は、振り下ろされる拳をかいくぐり岩鬼の股下を抜けるように身体を滑り込ませた。足元の岩が肌を削るのも構わず弓を掴み取る。 「――!」 身体に重い衝撃が走った。岩鬼の蹴りが脇腹に命中したのだと悟ったのは、離れた地面に背中から叩きつけられた後だった。 「おっと、それ以上はさせないぜ」 「今、癒しの力を‥‥」 儀助が岩鬼の進路を塞ぎ、空が真央に駆け寄り神風恩寵を施す。真央は咄嗟に手に握られた弓を見、ほっと息をついた。 「ありがとうっ。これ、武紀さんに渡してあげて!」 傷の癒えた真央は、壊れる事無く回収できた親方の弓を頷く空に託し、再び岩鬼へと向かって駆け出した。 武紀に弓を手渡した空は、精霊の力を発現させるべく精神を研ぎ澄ます。 親方も武紀が死ぬ事を望んではいないはず。これ以上武紀に危険が及ぶ前に、岩鬼を仕留める。 「歪みの力に飲まれなさい‥‥!」 凛とした声と共に、岩鬼を取り巻く空間が歪められる。捻られた空間に身体を巻きこまれた岩鬼は苦悶の声を絞り出した。 「‥‥やはり‥‥あの鬼、知覚での攻撃に弱い‥‥」 乖征は符を構え砕魂符を放つ。 今まで刀や拳で与えていた微々たる傷も大分蓄積されているはずだ。岩鬼の全身にはひびのような傷が無数に走っている。 もちろん開拓者達も、大きな傷は空が癒してくれたものの全身に細かい傷を負っていた。 「そろそろ、勝負付けたいところだね‥‥あれ、行こうか真央」 「あれだね! よしっ」 まひると真央が顔を見合わせ頷く。攻撃を加えた儀助と紅が距離を取った瞬間、二人は岩鬼の正面へ駆け出した。 「これでもくらいなっ!」 「空気撃!」 二つの拳が、下から煽る様に岩鬼の顎を捉えた。 激しい衝撃に均衡を奪われ、岩鬼の巨体は地響きと共に仰向けに倒れた。紅は刀を逆手に岩鬼の右眼へと付き立てる。 「流石にここは岩の堅さとは行かないようだな」 「堅くて通らぬ刃なら、その威力を高めるまで!」 声と共に、儀助の太刀に炎が宿る。炎魂縛武の一太刀が、これまでの傷に追い討ちをかけて岩鬼の右拳を切り裂いた。 岩鬼も必死で起き上がろうと試みるが、空と乖征の術がそれを阻む。 「これだけの集中攻撃にも耐えるのか‥‥」 御影が何度目かの刃を叩き込んだその時、ようやく岩鬼は動きを止めた。 岩の巨体は見る間に瘴気へと解け戻り、地面へ吸い込まれるようにと消えていった。 ● 岩鬼を片付けた後も、開拓者達はその場を離れなかった。親方の安否をその目で確認するためである。 「そちらはどうだ?」 紅が戻ってきた御影、まひる、乖征に声をかけたが、返事を聞くまでもなく沈んだ表情が結果を物語っていた。武紀を案内に立て、崖の下まで捜索の手を伸ばした。 しかし岩場の、岩鬼が居た位置より更に奥――親方が襲われたのであろうその場所に残されていた血痕と狩猟刀以外、遺体はおろか逃れたであろう痕跡すらも見つからなかった。 (「やはり、骨ごと喰われちまったんだろうなぁ」) 一人捜索に加わらず皆の様子を見守っていた儀助が心の中で呟く。 「まだ‥‥探していない所‥‥」 返答を求めて乖征が武紀に視線を送ると、武紀は首を横に振った。その顔に初めて、僅かな笑みを湛えて。 「いいんだ‥‥もう‥‥」 遺族である武紀が認めた親方の死を、誰が否定できただろう。 皆は武紀やその叔父に確認を取って村の墓地に親方を弔う墓を作る手伝いを申し出た。 完成した墓の前で、御影は深く頭をさげ哀悼の意を捧げる。 墓には狩猟刀が埋められている。それを前に、もう一つの遺品である弓を手にした武紀は黙したまま立ち尽くしていた。 そんな武紀を心配しつつも、真央はかける言葉も見つからず拳を握り締めた。中途半端な慰めは逆効果なのだという父の言葉が過ぎる。彼も、拳術の師である父と、それに母も既に失っている。 「事が起こってからでなければ動けない身で、何も言えないけどさ」 一真が静かに語りかける。 「武紀君の命が助かった事に意味はあると思うよ。親方さんの助けてくれた命なんだから、さ」 「息子を庇ったのは、やっぱ最後は親だったんだろね。言ってあげなさい、お父さんってさ‥‥」 まひるの言葉に、武紀は弓を握り締めたままその場に崩れ落ちた。 「‥‥父、さん‥‥っ」 歯を食いしばり嗚咽を堪える武紀に呼応したのか、黒雲から次々と雫が零れ落ちてくる。 静かに降り注ぐ雨が岩場に残った惨劇の後も流し消すだろう。武紀の哀しみも時が流し消していくに違いない。 一宿の恩に預かり、開拓者達は翌朝村を発った。 父の狩りの技術を自らの手で遺し伝えて行くのだと。彼らを見送る武紀が父の弓を手に皆に誓う。 そこに在るのは、一人の立派な狩人の姿だった。 |