|
■オープニング本文 ここ、神楽の都には開拓者ギルドの本拠地が存在する。 ギルドには天儀各地からの依頼が寄せられる。内容は、ご近所の厄介事やお手伝いからアヤカシ退治まで。 大小ありとあらゆる依頼を持ち込む依頼人が訪れ。またその依頼を受けるべく、大勢の開拓者がギルドを訪れる。 今日も変わらず依頼人と開拓者で賑わっているギルドの扉を、また一人開拓者がくぐった。 無造作に肩辺りまで伸ばした銀髪と黒い双眸を持ち、右眼の上下を飾る刀傷が印象的な十七、八歳くらいの青年だ。黒い腹掛けの上に片肌脱いだ派手な赤い着物を引っ掛け、飾り紐を絡めた帯には小太刀が一本差してあるのみ。愛用の長槍は、今日は留守番である。 青年は依頼掲示板を閲覧する開拓者に紛れながら、掲示板を眺めるそぶりの中そっと受付卓をうかがう。 (「居ねぇ、よしっ」) 確認が取れたと同時に受付卓へ素早く駆け寄った。 「あら、三雲くん。今、四葉‥‥」 受付にいた女性が笑顔で対応するのを、三雲は小声で叫んで遮った。 「あぁーっ、居なくていい、いい! それより早く依頼‥‥」 「あーっ! みっくん、いらっしゃーい!」 背後から聞こえた声に、三雲はがっくりとうなだれる。受付職員の女性は小さく笑って言った。 「今、四葉は資料を取りに行ってるからすぐに戻るわ、って言おうと思ったのよ。じゃあ、後は任せるわね」 最後の言葉を四葉に向けて言うと、彼女は四葉から資料を受け取り奥へと去っていく。 急いては事を仕損じるとはこのことか。三雲が顔を合わせまいと避けていたのは、この十四、五歳の受付係である。 膝丈まで裾を上げた紺に夾竹桃をあしらった涼しげな紗の着物に、梔子色の兵児帯を締めている。綾紐で高く結って流したさらさらの銀髪を揺らして受付卓の中へ回り込むと、大きな碧い瞳で三雲を見上げた。 「みっくん、久しぶりだね!」 「その呼び方やめろっつってんだろ! 兄を敬え!」 三雲が眼前に指を突きつける。みっくん、みっくんと騒ぎ立てられるのが解っていたから、なるべく会うのを避けたかったのだ。 しかし四葉は言われ慣れているのか単に聞いていないのか。全く気にした様子もなくあどけない笑顔を向けた。 「このところ忙しくてギルドに泊り込みだったからねー。そろそろ四葉も帰れると思うんだけど‥‥ねぇねぇ、ふーちゃんとか皆元気?」 「二帆? 元気じゃねぇよ。だから俺がここに来てんだ」 「えっ!?」 三雲の言葉に、四葉は大きな瞳を更に大きくして首をかしげた。 同じく神楽の都の一角に『龍風屋』と看板を出した商店がある。 戸口の脇には、こう書かれた看板が立てかけられていた。 日用品から珍品まで、手広さならば神楽随一。 注文次第で品の仕入れにどこまでも。あなたのお届け物も送り先までひとっ飛び! お買い物・ご用命は『龍風屋』まで!! 看板の横を抜けて店内に入った三雲を、龍風屋の印半纏を羽織った黒髪の青年が迎えた。三雲よりも二つ三つ年上で、半纏の下には黒い角通しの着流し。眼鏡の奥の瞳は四葉と同じ碧い色をしている。 「お帰り、三雲。四葉は元気だったかい?」 「二帆!? 起きて店出てんじゃねぇよ」 三雲が呆れた声を出すと、店員の雪が訴える。 「もっと言ってやってください。番頭さん、言っても聞かないんですよ」 「店の者のほとんどが床に伏せっている時に、番頭が店を離れるわけには行かないだろう?」 「そういう台詞は熱を平熱まで下げてから言えよ。そもそも、そんな状態で店に立ってたら客に風邪がうつるだろうが!」 表面上は平時と変わらず見えるが、そんな判断もできない程頭が熱で沸いているのだろう。三雲は有無を言わさず二帆を奥へと連れ去った。 二帆を部屋に寝かせると、三雲はたらいの水で濡らし絞った手ぬぐいを二帆の顔に勢い良く乗せた。 「だけど、ただでさえ人手不足なのに‥‥雪さんだけで回すのは無理がある。三雲だって買付や配達で店に出る時間はないだろう?」 乱暴に乗せられた手ぬぐいを額にずらしながら二帆が言うと、三雲は得意気に胸を反らした。 「そう言うと思って手は打ってあるぜ! 四葉も、もう少ししたら帰れるって言ってたしな。店のことは俺らに任せとけって」 その言葉で、二帆は理解した。弟がギルドに出かけたのは、外泊中の末っ子の様子を見に行ったのでも開拓者として依頼を受けに行ったのでもなく。龍風屋の使いとして、臨時雇いの店員募集のためだったのだと。 「そう‥‥じゃあ、たまには‥‥ゆっくりさせてもらおうかな‥‥」 小さな呟きはすぐに寝息に変わった。起きているだけでも辛い高熱を押して無理をしていたのだ。兄の寝顔を見て、三雲は小さく息をついた。 八年前の父の死から、二帆は幼い三雲と四葉を養うために龍風屋を切り盛りしてきた。元来面倒見の良い兄ではあったが、そうせざるを得なかったというところも、やはりあったのではないかと思う。 自分も四葉も店を手伝いはしているものの、互いに開拓者とギルド職員を本職としている身だ。 また二帆の性格上、こんな時でもなければ身体を休める機会もないだろう。 さらに、そんな兄を気遣う言動を素直に表せる性格でないことは自分が一番わかっている。 「‥‥っし! やってやるぜ」 三雲は気合を入れなおし、雪を手伝うために店へと向かった。 |
■参加者一覧
織木 琉矢(ia0335)
19歳・男・巫
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
明智珠輝(ia0649)
24歳・男・志
月城 紗夜(ia0740)
18歳・女・陰
紫鈴(ia1139)
18歳・女・巫
向井・智(ia1140)
16歳・女・サ
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
連(ia3087)
20歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ● 早朝の龍風屋では店前を掃除する雪が訪れた開拓者達を笑顔で迎えた。店内には日用品や装飾品、中にはあまり見かけないような珍しいものまである。 (「‥‥客として入ったら、日が暮れそうだな」) 奥に向けて歩きながらそれらを見回す桔梗(ia0439)は、紫の瞳を輝かせる。 三雲が二帆の部屋に皆を通すと、安静中の二帆はせめてもと床の上で居住まいを正した。 「龍風屋の番頭を務めさせていただいてます、龍風二帆と申します。お世話になります」 「志士の明智珠輝(ia0649)と申します。愛されるお店を守るのは開拓者の勤め‥‥! よろしくお願いいたします。ふふ」 皆も珠輝に続いて自己紹介を済ませ、二帆を休ませるためと店内に戻ってきた。 向井・智(ia1140)は眼鏡の奥の瞳を潤ませて両の拳を握り締める。 「二帆さんはご立派な方です‥‥ッ! その心意気を称える意味でも、しっかりお手伝いしなければッ!」 「初仕事わくわくだー、ジャマにならないよう頑張るぜ!」 彼女の気合に呼応し、連(ia3087)も声を張る。 「皆が同時期に倒れるなんて、厳しいものがあるね」 紫鈴(ia1139)が呟いた。悪い事は重なるとは言うが、当人達はたまったものではないだろう。 「まぁ、元はと言えば‥‥」 「さてと、飛空船の調子見てくっかなぁ」 雪に意味ありげな視線を送られ、三雲はいそいそと奥へ消える。実は三雲がひいた大風邪が皆にうつってしまったのだという。 思わず苦笑しつつ織木 琉矢(ia0335)が言う。 「どんなに元気な人でも病には勝てない‥‥回復するまで、俺達で頑張ろう」 「できる事なら‥‥売上を落とさず、乗り切りたいわ」 月城 紗夜(ia0740)も琉矢に同意する。巴 渓(ia1334)は皆に笑顔を見せた。 「真剣かつ気楽にいこうぜ。しかめっ面じゃ客が寄ってこなくなるからな」 雪に渡された龍風屋の印半纏を着て店内の配置や業務についての説明を聞き、手分けして店内清掃を済ませるとあっという間に開店時間を迎えた。 ● 客のいない内、琉矢は棚の商品配置などを覚えるため店内を巡る。 並びが乱れている箇所を見つけて直していると紗夜が言った。 「斜め三十度、視線を落とした辺りが‥‥一番手に取り易い」 「‥‥なるほど」 琉矢が感心したところに、珠輝の朗らかな声が響く。 「いらっしゃいませ」 老人の持つ大きな風呂敷を預かる珠輝は、普段の妖しいオーラは何処へやら。爽やかな笑顔で接客する。 琉矢も努めて微笑みながら老人を迎える。 「いらっしゃいませ‥‥ゆっくりとご覧になって下さい」 「‥‥孫娘に土産をと思うのじゃが、根付などはあるかね?」 先刻見かけたその場所へ、琉矢が案内する。 人と接するのは好きだが、人付き合いに長けている訳ではない。せめて真っ直ぐ客と向き合う。 老人は琉矢と共に選んだ根付を買い、風呂敷を店先まで運んだ珠輝に見送られ笑顔で帰っていった。 朝の内に聞いた接客業務の書付を再確認していた珠輝は、皆への指導もひと段落した様子の雪に微笑む。 「雪さん、どうかできる限り休んでいてくださいね」 「かにお任せしてしまうのも申し訳なくて‥‥」 だが、雪が人手不足の中の連勤で疲労しているのは明らかだ。 「休む事も仕事の内だ‥‥倒れる前にしっかり休め」 「白胡蝶 涼しの風に 舞い散りて――しなやかな羽根を持つ蝶でも、弱った風に散る。雪殿が風邪をひかないように、ね」 琉矢と紗夜にも説得されて雪が下がって後、威勢の良いおばちゃんが店を訪れた。 「この置物、値段ついとらんけどいくらなん?」 紗夜が台帳を調べ値段を告げると「高いからまからんか」と言い出した。大人しく千文値下げして販売するとおばちゃんは嬉しそうに帰っていった。 「良いのですか?」 珠輝が言ったのは、彼女が払ったのは正規の値段だったからだ。 値切りそうな気配を察知し、あらかじめ値を吊り上げておいたのだ。もちろん値切られずとも、奉仕価格だと値下げする心づもりで。紗夜は事も無げに言った。 「清めた品と清め代を取るのも‥‥修行時代の、常套手段」 その頃、店員達の休憩用に当てられている一室を出ようとした雪を、廊下を掃除していた桔梗が押し留めていた。 「えと‥‥俺は元々、笑顔‥‥出来ないけど。辛い時は、無理しないと、笑えないような気がする。きっと、雪の本当の笑顔を楽しみにしてる人が居ると思う」 表情に表れずとも、瞳には雪を慮る気持ちが溢れている。 「店が心配だろうけど、俺達、頑張るから」 「‥‥じゃあ、店番の人達に何かあったら声を掛けてもらえるよう伝えてくれる?」 雪の頼みを請負い頷く桔梗の瞳には安堵の色が浮かんでいた。 裏手の配送品庫で配送を担う智と連が送り先と配送経路を地図で確認していると、渓が声を掛けた。 「そろそろ最初の配送時間だろう。準備は大丈夫か?」 「行き先確認、荷物確認! 全力で配送仕りますっ!」 びしっと必要事項をまとめた手帳を掲げる智。遠方配送担当の三雲は大きな箱を肩に担ぎ上げた。 「俺は飛空船で朱藩までだ。神楽内は二人に頼んだぜ」 「はいっ!」 「任せとけ!」 智に続いて連も元気な返事を返し、 「じゃ、これは薬問屋の方向だし俺が配送するよ」 智の前にあった荷物を抱えて三雲に続いて蔵を出る。 「えっ、それだとちょっと回り道‥‥」 呼び止めかけて、連が重い荷物を選んで持っていってくれたのだと気づいた。 (「後でお礼を言わなくちゃ、ですね!」) 「後は‥‥午後から刀袋と櫛の入荷、か」 渓の手帳には二帆から聞き出した龍風屋の予定が書き込まれている。 「渓さんて商売慣れした感じですよねっ」 「多少覚えがあるからな。とはいえ短期の手伝いで個人の商売癖を出すわけにも行かない。いつもと変わらぬ龍風屋で迎えられるよう、極力二帆の管理に近づけるつもりだ」 「冒険でも、商売でも、裏方が大事なのは一緒ですよねっ!」 「一人だけじゃ仕事は回らん、互いのフォローあってこそさ」 笑顔で頷き、智は荷物を抱え上げた。 「じゃあ行ってきますっ」 元気に駆けて行く智を見送り、渓は商品入荷の確認のため店へと向かう。 接客組に混ざって、紫鈴が陳列整理をしながら棚の配置図を作成しているようだ。 「棚割を写していたのか」 「私たちは素人だから完璧にこなすことは無理かもしれないけど、出来ることを出来る限りやりたいから」 「そうだな。何かあったら雪や二帆に相談する事だ。報告、連絡、相談。後は機転と笑顔が繁盛の基本だからな」 折しも新入荷の商品が店先に届けられた。店の奥へと運び込み、桔梗、紫鈴、渓の仕分組で作業を開始する。 紫鈴が開けた包みには櫛が入っていた。派手ではないが精巧な彫りに心躍り眼が奪われる。 (「仕事中だから集中集中‥‥」) 不良品が無いかどうか一点一点確認していく。刀袋の仕分には桔梗が取り掛かる。 (「数は‥‥合ってる。縫物だから、検針しないと‥‥」) 針が刺さっていないか、傷みは無いかなども確認していく。休憩中の雪も手伝いに入り、四人での作業はすぐに終わった。 自分が担当する配送を終えて戻ってきた連は台所を訪れる。 「紗夜さん、これ。頼まれてた薬草とお釣り」 調理中の紗夜は手を拭ってそれらを受け取った。 「ありがとう‥‥夕飯、皆の分もと二帆殿が‥‥」 「やったぜ! 智さんは配送終わってるかな?」 終わっていなかったら手伝おうと思っていた矢先に智が姿を見せた。 「配送完了ですっ。紗夜さん、お手伝いしますよ!」 「私の仕事も一段落したし、手伝いたいのだけど仕事を教えてもらえないかな?」 台所を覗いた紫鈴も加わり夕飯の準備を始める。連は閉店後の掃除を手伝いに店へと向かった。 ● 開店前の龍風屋の軒先には琉矢と連の姿があった。 連が手早く丁寧に掃き掃除を済ませた箇所に、琉矢は打ち水をする。朝が弱い彼だが陽を浴びて身体を動かしているうちに眼が覚めてくる。 「店の前が汚ければ、お客も寄ってこないからな‥‥」 店内では仕分組が昨日入荷した商品を陳列していた。 櫛や簪は年齢によって好みが分かれる。桔梗は雪に教わった通りに並べ、少し考えて多少配置を入れ替えた。この方が、雰囲気が華やいで見える気がする。 並べ終え、紫鈴は昨日の内に作った『新商品入荷』の見出しを置いた。さらに自作の棚割を見ながら効率良く全体の補充を済ませる。 奥へと戻る前に桔梗は紗夜に声をかけた。 「風邪で寝込んでいる店員に、食事を作ってもらえないだろうか‥‥。病の時に一人きりだと、心が冷える‥‥ような気がする」 桔梗の案を、紗夜は快く引き受けた。 「いらっしゃいませ!」 開店して一番の客に、渓は在庫確認の手を止めて声を掛けた。明るく勢いのある声は、正に商売人のそれである。 しばらくして、陳列の乱れを直しながら琉矢は棚の下から売れた在庫の補充を行なう。 今朝見出しをつけて陳列した刀袋や櫛、紗夜が売上から鑑みて配置替えをした商品が良く売れているようだ。 「こちらの櫛は今朝入荷したばかりで、おすすめですよ」 琉矢が品出しをしているところへ女性を案内して来た珠輝は、空の番台に客が寄っていくのに気がついた。 「お会計ですね。織木さん、後はお願いします」 「これ可愛い! ‥‥似合うかしら?」 桜の櫛を髪に挿した状態で振り向かれた琉矢は思わず固まる。 「あっ‥‥う‥‥とても似合っていると思う」 女性が苦手なため緊張に顔が紅潮しているのを、女性客は勝手に勘違いし、上機嫌で買って帰った。 昼食の支度をしている紗夜の元を、配送の合間を縫って智が訪れる。 「桔梗さんにお届けを頼まれたんですけど、お食事できてます?」 「ええ‥‥こちらは、届け先の住所よ。お願いするわ‥‥」 紗夜は料理の入った手桶と、雪から聞き出しておいた単身者の住所の書付を一緒に手渡す。 智を送り出した後は、粥に玉子を混ぜ野草や山菜を入れた物を作る。出来上がる頃に、雪と店番を交替した珠輝が顔を見せた。 「それは二帆さんのものですか。私がお届けしますね。ふふ」 店を離れるといつもの珠輝に戻るらしい。お盆を持って二帆の部屋を訪ねる。 「具合はいかがですか‥‥?」 「ええ、おかげさまで大分良くなりました」 「お客様も、二帆さんの姿を早く見たいことでしょう。ゆっくり休んで、回復してくださいね」 紗夜が連に頼んで買ってきてくれたのだという葛根湯の発汗効果のおかげで熱も下がってきているようだった。 汗をかいたままにしては良くない。遠慮する二帆を「看病に来たのだから」と説き伏せて丁寧に汗をふき取っていく。半裸の若い番頭さんと密室で二人きり。 「‥‥あっ。そんないけません‥‥人が来たら‥‥」 「‥‥あの?」 「おや、妄そ‥‥もとい考え事が声に出てしまっていたようですね。ふふ」 二帆がそこはかとなく危険な空気を感じた所で、紗夜と店番を交替した琉矢が様子を見に来た。初見よりも顔色の良さそうな二帆に笑顔を零す。 「頼りないかも知れないが、何とかやっている‥‥今はゆっくり休め」 「お言葉に甘えさせていただいてます」 そこへ渓が店舗状況や売上の報告の為に訪れ、琉矢と珠輝は揃って休憩に入った。 智が寝込んでいる店員達のところへ食事と、途中で買ったお見舞いの品を運ぶ。臨時店員の皆への感謝の伝言を受け取って、智は再び配送業務に戻っていた。 荷物の強度で走る速度を、その日の配達量で全体のペース配分を考え。夏の暑さに負けぬよう、腰に提げた水筒で水分補給も忘れない。 「今日も無事終了っ!」 先日よりも配送が少なく済んだ智は青空の下を駆けて行く。と、川辺に紫鈴と桔梗の姿を見つけた。 商品入荷が無いため、紫鈴は桔梗に手伝いを頼んで洗濯に来ていたのだ。 「‥‥暑いから水が気持ちいいな。このまま晴れ続けてくれたらいいのだけれど」 当日中に干して取り込むべく、手分けして急いで行った。桔梗も黙々と手伝ってくれたため思ったよりも早く済んだ。 帰ろうと立ち上がった紫鈴が、駆け寄ってくる智に気がついた。 「配送の途中?」 「今帰りです。二帆さんにお見舞いの果物、やっぱり汗の出るものが良かったでしょうか‥‥」 紫鈴に答えながら袋の中身を見せる智に、桔梗が言う。 「‥‥食が細くなってるだろうし、果物は喜ばれると思う」 三人で帰路を行く途中で、連とも行き合う。連もなにやら包みを抱えている。 「皆甘いもの嫌いじゃないといいんだけど」 初仕事の依頼料を見込んで、配送の帰りに見かけた甘味処でいくつか見繕ってきたのだという。自分で使うより、皆に喜んでもらえた方が嬉しい。 休憩用の一室に置かれたそれを、丁度休憩中だった琉矢が洗濯物を干し終わった紫鈴や桔梗達といただく。 「ん‥‥これがあれば、いくらでも頑張れる」 幸せそうに頬張るみたらし団子は琉矢の大好物である。店仕舞いし、全員で連のお土産を頂いているところに、四葉が帰宅した。 「あっ四葉にもちょうだい!」 「手前ぇ、よくも俺の大福を!」 「だって、もうそれが最後の一個だったじゃない」 悪びれずに言う四葉にかぶりつかれ、大半を失った大福を譲渡しうなだれる三雲に、紗夜が言う。 「‥‥三雲のおかずは、大盛にしておくから」 「やりぃ! 四葉も久々に家での夕食だな、紗夜の飯は美味いんだぜ!」 両親を失い兄弟だけで暮らしてきた彼らにとって、大勢での食事は楽しいもので。その日は二帆も交えて賑やかな一時を過ごした。 ● 二帆の風邪が全快する頃には店員達も出勤し始め、臨時店員から開拓者へと戻る日が訪れた。閉店後の店内で、渓が皆にみったんジュースを振る舞い互いを労う。 紗夜が龍風屋での数日を思い返すと、自ずと修行時代が思い出される。薬草の調合に占い、炊事洗濯掃除、値切り、ふっかけ、如何様‥‥。ここで役に立つとは思いもよらなかったが。 (「これも、生きる、手段――必要な、術、かしら」) 店先で皆を見送る龍風兄弟と雪に、珠輝が言う。 「従業員の方をはじめ、御兄弟皆様仲がよろしいのですね。愛されるお店になるのも頷けます‥‥! ご迷惑でなければ、また遊びに来させていただきます、ね」 「仲良くなんてねぇよ!」 素直じゃない三雲を肘でどついて四葉が微笑む。 「うんうん。四葉にはギルドでも会えるしね!」 それを聞いて、名残惜しそうにしていた連も笑顔を見せる。 「そうだよな。今度は客としてくるぜ!」 「お待ちしています。本当にありがとうございました」 皆を送る二帆に紗夜が告げた。 「山おろし 床し寄り添う 番蝶――山おろしの風にも負けず番の蝶は上品に寄り添って飛ぶ。二帆殿は、早く妻を娶ったほうがいいと、思う」 臨時職員達の奮闘により、龍風屋は休業の危機を平時の売上で乗り切った。だがその後しばらくの間、二帆は何かにつけて三雲から嫁を娶れと冷やかされる事になったという。 |