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■オープニング本文 「うう‥‥すっかり遅くなっちまったい」 暗くなった夜道を提灯片手に神楽へ急ぐのは、とある屋敷の使用人だった。主の使いで神楽から近くの町まで文を届けた帰り道だった。昼過ぎからにわか雨に見舞われ、町を出るのが遅れてしまったのだ。 お使い先でも泊まっていくよう勧められたのだが、明日は朝から大事な用がある。夜道の一人歩きをしてでも神楽に戻る必要があった。神楽までは数刻で到着する距離だ。急げば無事にたどり着けるだろう。 と、道の先にふらふらとおぼつかない足取りで歩く人影が見えた。 こんなところで酔っ払って歩くなど、アヤカシに襲われでもしたらどうするつもりなのだろう。 そんなことを考えながら、足早に歩く使用人とその人影の距離は縮まっていく。提灯の明かりに照らされた茶の着物を着た男の後姿は、腰に刀を刷いているように見える。 更に歩調を速めて急いで横を通り過ぎようとした使用人は、思わず足を止めた。 「ひっ‥‥!」 心臓をつかまれたような衝撃に思わず声を漏らす。 揺れる提灯の灯りに照らし出された男の顔は白い般若の面で覆われていたのだ。只ならぬ気配に、使用人は一も二もなく駆け出す。が、その場を逃れることは敵わなかった。 行く手を塞いだのは獅子にも似た雷の面。その隣には白に朱を施した狐の面‥‥気づけば四方を囲まれてしまっている。しかも般若面以外は被り手がおらず、面のみが空に浮いているのだ。 絶望と恐怖に震え声すら出せない使用人の目の前で、般若面をつけた男がおもむろに腰の物を抜き放つ。 闇夜に一つ、命が失われ。 折から吹いた風に、般若面の男が帯から提げたお守り袋の鈴がちりんと揺れた。 ここ、神楽の都には開拓者ギルドの本拠地が存在する。 ギルドには天儀各地からの依頼が寄せられる。内容は、ご近所の厄介事やお手伝いからアヤカシ退治まで。 大小ありとあらゆる依頼を持ち込む依頼人が訪れ。またその依頼を受けるべく、大勢の開拓者がギルドを訪れる。 今日も変わらず依頼人と開拓者で賑わっているギルドを、小さな依頼人が訪れた。 質素な木綿の着物におかっぱ頭の十歳くらいの少女は、初めて訪れるギルドの様子に戸惑い戸口で立ちすくんだ。おどおどと周囲を見回していると、少女に声を掛ける者があった。 「どうしたの? 誰か探しているなら、四葉が手伝おうか」 それはギルド職員である四葉という名の受付係だった。 裾に花橘咲く薄黄色の着物を膝丈まで短く上げて、木賊色の帯を文庫に結んだ出で立ち。少女に目線を合わせるために身を屈めると、綾紐で高く結って流したさらさらの銀髪が肩に流れた。碧い双眸で正面から少女を見つめて微笑む。 それで安心したのか、少女は遠慮がちに四葉に告げた。 「とうちゃん、いなくなったの」 「お父さん? この辺ではぐれちゃったのかな」 迷子になったのだと解釈した四葉が尋ねると、少女は首を横に振って否定した。 「ちがうの‥‥ずっとかえってこない、の‥‥」 ぽろぽろと泣き出した少女を、四葉はギルドの奥にある一室に連れ込んだ。 ひとしきり泣いて落ち着いたようで、少女は四葉が差し出したお菓子と麦茶に手をつけている。少女は名を美代といった。 美代の父、喜助は三十歳前で、刀鍛冶として働いているのだという。母は数年前に病死し、喜助が帰らなくなってからは差し当たり隣家の者が美代の面倒を見ているらしい。 隣家の者がギルドに捜索願を出すかもう少し待つかを相談しているのを聞き、美代は一人ギルドを尋ねてきたのだった。 「‥‥じゃあ、お父さんがいなくなってから五日くらい経つんだね」 聞き出した情報を手帳に書きつけながら、四葉は眉を寄せた。 いつものように鍛冶場へ出かけたまま帰ってこなかったのが五日ほど前のこと。出かけた日は茶の着物を着ていたというが、それだけでは手がかりにならない。 「美代ちゃん。知らない人がお父さんを見て、すぐお父さんだってわかる目印みたいなものってないかな?」 四葉が聞くと美代は少し考え、懐からお守り袋を出した。古着物を切って作ったらしき赤いお守り袋で、袋の搾り口辺りに付いた鈴が涼しげな音を奏でる。 「これ。母ちゃんの着物の、お守り袋‥‥父ちゃんも同じの持ってるの」 「そうなんだ‥‥鈴付きの、お守り袋‥‥?」 四葉は覚えのある言葉に記憶を辿る。その元に思い当たり、手帳の前の頁を急いでめくる。 それは数日前に討伐依頼が出されたものだった。いくつもの面を従え、自らも面をつけた人型のアヤカシが二体。般若と狐の面をつけたアヤカシのうち、帯刀した般若の方が鈴の音を立てていたという。 (「もしかしてこれ、面を従えた人型のアヤカシっていうんじゃなくって‥‥本体は面の方? だったら面が人に憑依しているってことなのかも」) もし四葉の考えが正しければ、喜助は既に――。いや、ここで結論を出すのは早計というものだろう。アヤカシ討伐に向かう開拓者達に確認をしてもらわなくては。 四葉は卓の上に乗せられた5文とおはじき数枚を見つめた。美代が依頼料として持ち込んだ全財産だ。一つだけ同じ色が二枚ある赤いおはじきを一枚取り、四葉は美代に言った。 「依頼、確かに受けたからね。お父さんが見つかったら、すぐに知らせるからお家で待ってて」 アヤカシの討伐は既に別の依頼として出されている。般若面のアヤカシと思われるそれが美代の父・喜助でなかったなら。その時は四葉が喜助の捜索依頼料を肩代わりする心づもりでいた。 美代を帰し、件の依頼書を四葉は見上げた。 アヤカシに憑依された人間が助かる術は、今のところ見つかっていない。憑依された時点で、その者は既にアヤカシに喰われてしまっているのだ。 (「どうか、このアヤカシと美代ちゃんのお父さんの件は別物でありますように――」) 四葉は開拓者としての志体を持たず、祈る事しかできない自分がもどかしかった。 |
■参加者一覧
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
儀助(ia0334)
20歳・男・志
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
香坂 御影(ia0737)
20歳・男・サ
山城 臣音(ia0942)
22歳・男・陰
輝夜(ia1150)
15歳・女・サ
凪木 九全(ia2424)
23歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ● アヤカシが出るという話がたちまちに広まって以降は特に、神楽西の街道は昼ですら人通りが少なくなっている。そこを神楽から西へ向けて、夜闇を照らすいくつかの灯りが西へ向けて移動していた。 「行方不明の父、ですか。無事であって欲しいのですが‥‥」 凪木 九全(ia2424)は闇に閉ざされた街道のずっと先を見据える。九全自身、友人をアヤカシに奪われている。それですらアヤカシへの怒りが身を焦がすというのに、それが血の繋がった肉親となればどれほど苦しいものだろう。 彼らの周囲は、先頭を行く香坂 御影(ia0737)としんがりを務める儀助(ia0334)の持つ松明に照らされている。周囲を充分警戒するには、一本では足りず。またアヤカシが出るという場所までは二、三時間かかる。持ち寄った松明を交代で灯して闇を払う。 月が明るければよかったのだが、晴れてはいるものの月は細くささやかな星明りが夜空を彩っている。 「美代の父、喜助と言ったか。奥方の形見である、鈴付きのお守り袋を持っていると言っていたな。くだんのアヤカシがそれを持っていなければいいのだが‥‥ね」 御影が言うと、高遠・竣嶽(ia0295)は表情を曇らせた。 「鈴の音に一振りの刀‥‥符合は多いですが、美代様の御父様でないことを‥‥」 受付係の四葉に聞いた話では、面の姿を取ったアヤカシが人に憑依している可能性があるのだという。そもそもが、人に憑依しているというのではなく、人型のアヤカシである事を竣嶽は祈らずにはいられない。 「観るならハッピーエンドの気分だけど、どっちのお約束に転ぶ事やら?」 葛切 カズラ(ia0725)は一人呟く。倒すべきアヤカシが面を従えた人型のアヤカシか、面型のアヤカシに憑依された人なのか。その中に、美代の父はいるのか。その場合、彼の命は――いずれにしろ、まだ幕は開いたばかりだ。 「憑依されているとして、なるべく身体には損傷を与えずにおくべきでしょうね」 そう言う山城 臣音(ia0942)は、符を放つ右手さえ空いていればと左手にギルドから借りた提灯を提げている。 その灯りに照らされる彼の顔は鼻から下を面で覆っていた。華御院 鬨(ia0351)がいくつか持参したものを分けてもらい、視界を遮らぬよう細工師上半分を除いた。 女形である鬨は、歌舞伎役者の伝手を頼って能面師から安価で譲ってもらったのだ。 「この面が、身を守ってくれはるとええんどすが‥‥」 鬨は手にした面を見つめて軽く唇を噛む。力量の知れぬ相手に向かう以上、不安が全く無いわけではない。だが面の姿で人を殺めるアヤカシの存在は、役者である鬨にとって許しがたいものだった。 「何にせよ、アヤカシとはいえ辻斬りってのは面白くないね〜。もし、面が襲った人間に他の人間を襲わせてるってんなら、なおさらだ」 そう言う儀助の前を行く輝夜(ia1150)は、戦いに備え神経を研ぎ澄ませているのか黙々と歩いている。しかし彼女は武器を帯びていない。利き腕では無い方にガードが備えられているだけだ。 神楽から遠ざかり道を進むに連れて皆言葉少なくなり、やがて誰も言葉を発さなくなった頃。 「これで松明も三本目。そろそろ、か‥‥」 御影は自らにも戒めるように告げた。アヤカシが出るという場所までは二〜三時間と聞いた。松明一本の燃焼時間が一時間だから、そろそろ目的の場所が近いという事になる。 彼の言葉に、不意打ちを警戒し気配や音に留意していた竣嶽は更に気を引き締めた。前方には、夜藍の空にうかぶ三本松の影が見え始めている。その近辺が、アヤカシの出現場所だ。 「‥‥来る」 逸早く輝夜が身構えた。すぐに皆も気配を察知し松のある右手を振り向く。 これほどの距離に近づく、気配をまるで感じさせる事なく。 松明の灯りに照らされ闇に浮かび上がるのは、無数の白い能面。 般若面と狐面をつけた、人型のアヤカシ。それ以外の面は、全て主を持たず宙に揺らめいていた。 ● 「こうして見ると、闇夜に揺らめく面とは‥‥想像以上に不気味だな」 御影は松明を燃え移らぬよう、また戦闘の妨げにならぬように街道に置くと珠刀「阿見」を抜き放ち両手に構えた。カズラも陰陽符と呪殺符を手に臨戦態勢に入る。 「まさに仮面舞踏会ね、悪いけどセンス合わないから遠慮しとくわ。新スキル初披露! 先ずはコレ!」 カズラが放った二枚の符は般若面と狐面めがけて飛翔しながら光と共に小さな蟲の姿へと変じた。 初手は般若面と狐面に一回づつ毒蟲を仕掛ける 「這え、食め、嬲れ、犯せ、甘き毒もて侵食し陵辱し蹂躙し掻き毟れ、往け毒蟲!」 毒蟲に襲われた二人がその毒に神経を侵され動きが鈍った所へ、竣嶽が狐面を、輝夜が般若面を抑えにかかる。 「攻撃する間も与えん!」 隼人を発動した輝夜は一気に間合いを詰めた。振り下ろされた般若面の刀を、輝夜は盾で受け止める。予想以上に強い衝撃を受けながらもそれを払いのけ、素早く般若の面に手を掛けた。 「くっ、これは‥‥」 面を剥ごうと試みた輝夜だったが、強力を使用したにも関わらず面は僅かにずれる事すらない。それ自体がその者の顔であるかのように――。 輝夜は大きく一歩跳び退り、振るわれた刀をもう一度盾で受け止める。ぶつかり合い、刃が止まった一瞬に般若面の手を掴んだ。 「これで‥‥どうじゃ!?」 手首を捻り上げられた般若面はたまらず刀を落とした。それを拾い上げ、輝夜は再び向かって来る般若面へ切っ先を向ける。 「‥‥やはり、こういった姿のアヤカシという事、なのか?」 一方、武器を持たず素手で襲い掛かってくる狐面と対峙した竣嶽は、掴み掛かってきた手を仕込み杖による篭手払でいなす。 相手の一挙一動を見逃さず間合いを一定に保ち、先手を読み行く手を塞ぐように立ち回りながらも、竣嶽は仕込み杖を抜きはしない。今すべきは、この敵を倒す事ではない。 隙があらば面を弾き飛ばそうと思っていた所だが、輝夜と般若面の様子を見る限りでは断念せざるを得ないようだ。 (「皆様があれらを討ち果たすまで、時間を稼がなくては」) 竣嶽は受け流しをつかい受ける攻撃の痛手を減らしながら、自ら積極的に仕掛けていく事はしない。狐面の攻撃を誘い、それを次々いなしながら徐々に体力を削っていくよう試みる。 「あいつらは二人に任せて、俺達はとっととお面どもを退治してしまおうか」 太刀を抜いた儀助の横を、長脇差片手に鬨が駆け抜け面の群れへと駆けていく。 「面は役者あってのものどす。うちがおせて差し上げます」 女性と見紛うその顔には迦楼羅面をつけている。フェイントで翁面の勢いを削いだ所に流し斬りを叩き込む。手ごたえはあったが、一撃で仕留められる相手ではないようだ。横合いから飛来した童子面を横踏でかわす。 龍すらも食すという伝承の巨鳥がその身に降臨したかのように、鮮烈な舞の如き動きを見せる。 「お前らに手加減は必要ないな‥‥一匹残らず駆逐してやる」 鋭利な殺気と共に発せられた九全の言に、日頃の穏やかさは欠片も無い。疾風のように駆けた勢いのまま、鬨の一刀を喰らった翁面へ拳を当てる。疾風脚に重ねてもう一撃。 刹那、背後に回りこんだ若女面が呪詛の言葉を呟いた。 「ぐ‥‥っ!」 それは身の内に反響し増幅するかのように九全の身体を蝕む。 「精神攻撃ね、それ以上はさせないわよ」 カズラがかざした手の中で、呪殺符は霊魂の形を取る。 「打て、砕け、狩猟の王が魔弾の如く、霊魂砲発射!」 放った霊魂砲に若女面が怯んだ隙に九全は距離を取り、入れ替わりに御影が走り込みながら溜めた力を刀に載せて強烈な打ち下ろしを叩き込む。 高速で飛来する面達を剣で受ける御影だが、全て受けきれるものではない。それでもまだ体当たりならばいなせるものの、呪声による攻撃はそうも行かない。 「剣で受ける事のできない攻撃は、厄介だな」 「火纏いし妖よ、ここにその力を顕せ‥‥炎輪!」 臣音が符を具現化し現れた式が若女面へ炎の輪を放つ。相手は面。表情も変わらず、どれほど痛手を受けているのかも図りにくい。 「こっちも炎だ。我が刃に息吹け炎――炎魂縛武!」 刀身に炎を纏った儀助の太刀に、若女面は崩れるように瘴気へと還っていく。しかし周囲を取り巻き休み無く宙を舞う面はまだ五体いる。 「数が多くて、捌くのも大変だ」 儀助が呟くのが聞こえたわけでもあるまいに、狐面と般若面を面の群れから引き離した竣嶽と輝夜の方で雄叫びが轟いた。距離を持って輝夜が放った咆哮に、範囲内にいた三体の面が輝夜めがけ飛翔していく。 「我がまとめて相手してくれようぞ」 刀を奪い攻撃力は多少削いだにしろ尋常ならぬ力で向かって来る般若面と、体当たりと呪声で襲い来る三体の面の集中攻撃を受けて嫌が応にも傷は増えていく。 「助かるね。今の内に‥‥っ!?」 飛び交う面との乱戦の中、中将面と姥面が儀助と臣音の顔に覆いかぶさったのだ。刹那、力が吸い取られたような虚脱感が全身を襲う。 「これは――!」 臣音は左手の提灯を足元に落とした。鬨は驚きの声を上げる。 「面をつけていても効かへんのどすか!?」 面型のアヤカシが人に憑依している可能性を考えて防御のためと面で顔を覆っていたのだが、アヤカシの妖力はそれすらも越えて襲い来る。 「く‥‥奪われてなるものか‥‥!」 臣音の気力を振り絞った抵抗が功を奏したか、姥面は臣音を諦めた。膝を屈した臣音に、振り下ろされた太刀が閃く。 剣戟の音が響いた。はっと振り仰いだ臣音の眼に、儀助の太刀を受け止めた御影の背中が映る。儀助の顔は中将面に覆われていた。 「ギルドで聞いた通り、憑依するアヤカシだったのか‥‥儀助、聞こえているか!?」 鍔迫り合いの最中、御影が呼びかけた。しかし儀助は返事もせず容赦ない力で御影に迫る。 「面二体はこっちで何とかするから、儀助さんは頼んだわ」 カズラは御影めがけて飛ぶ面を霊魂砲で撃ち、呪声を放とうとする姥面には九全と鬨が向かう。 「それ以上貴様らの勝手にはさせん!」 「面は役者が他の者になるためにつけるものどす。強制的につけるなどもっての他どす」 御影が抑えている間に、体勢を立て直した臣音が仄かな光を纏う式を放つ。それが儀助の身体に絡みつき動きを鈍らせる。連続で放たれたそれらは、残る面にも絡みつく。 「今の内に――!」 臣音は輝夜の周囲を飛び交う面にも呪縛符を仕掛けた。遠い松明の頼りない灯の中にあって、組み付いた式の光が面の位置を闇の中に知らしめる。 御影は刃を返し、峰打ちで儀助の太刀を受けながら隙をついては儀助の顔を覆う中将面に攻撃を当てていく。と、中将面が儀助の顔からふと離れた。 よろけながらも踏みとどまり、儀助は太刀を握り直す。 「よくもやってくれたな。これでも喰らえ!」 紅い炎の一閃が中将面を捉え、御影の鋭い突きが中将面の中心を穿つ。 浮遊する面を全て打ち果たした六人は、竣嶽、輝夜と共に、狐面と般若面を取り囲んだ。 儀助が憑依された事で、般若面・狐面も人がアヤカシに憑依されたものであると知れた。 「あの二人を‥‥助けるんだ。そうじゃないと、なんの為の開拓者だ‥‥」 九全の胸の内にはアヤカシに奪われた友人の面影が過ぎる。地を蹴り、狐面に向けて掌底を繰り出す。 「空気撃!!」 竣嶽との戦いに疲弊していた狐面は容易く均衡を失い転倒した。すぐに御影と竣嶽が取り押さえ、臣音が荒縄を差し出す。 「こちらも片付いたぞ」 輝夜は縛り上げた般若面を街道脇に生えた松の木に括りつける。弱っているとはいえ、その力は束縛から逃れようと荒縄を軋ませている。急ぎ狐面も同様にした上で、輝夜は咆哮を発した。 「‥‥駄目、か」 暴れもがく二人は、荒縄を破り輝夜へ襲い掛かる。身体を離れ面のみが向かって来ればと思ったのだが、事はそう上手く運ばぬようだ。 「ならば、斬るのみ」 掴みかかろうとした手を半身にかわしながら、輝夜は足払いをかける。体勢を崩した狐の白き面に峰での一撃。 「面をつけたときの動きがデタラメどすなぁ。それでも面のアヤカシどすか」 たまらず仰向けに倒れたそこへ続けて鬨が長脇差の柄を打ち降ろした。 臣音は用意していた呪縛符を般若面に撃つ。式の光に照らされた着物はギルドで聞いた喜助の着物と同じものだった。竣嶽はその眼を細め、未だ刃を収めたままの仕込み刀で弧を描く。 「その者を解放ちなさい!」 鈍い音と共に面は砕け、欠片は瘴気となり大地へと呑み込まれた。 ● 「‥‥ハッピーエンドにはならなかったわね」 カズラの小さな呟きは、寂しげな響きを持って夜の静けさに漂う。 面を砕いた事で、アヤカシに囚われていた二人は解放された。しかし命までは救う事はかなわず。 アヤカシに憑依された時点で、その者は既にアヤカシに喰われている。虚となった骸をアヤカシが支配しているに過ぎないのだ。儀助が無事だったのは、志体持ちだったからに他ならない。 それ以上の犠牲を出さずに事態を回収できたのは、最上の結果であった。それでも父の帰りを待つ美代を思うと、神楽に向かう足取りは重く感じられた。 二人の遺体は一旦ギルドに引き取られた。それで依頼は完了したはずだが、開拓者達は翌日再びギルドに集まっていた。 「そろそろ、来る頃だと思うんだけど‥‥」 四葉の言う通り、美代がギルドを訪れる。依頼をしに来た日から、毎日のように尋ねてきているのだ。父の死を聞かされた美代は呆然と皆を見上げた。 般若の面に囚われていた喜助が帯につけていた美代と揃いのお守り袋を、御影が小さな手に握らせる。母親の形見であったそれは、父の形見ともなってしまった。 じっとそれを見つめる美代の瞳から溢れた涙がとめどなく零れ落ちる。 竣嶽は美代を優しく抱き寄せた。美代の歳で父の死という現実を受け止めるのは難しいだろう。だがそんな時こそ挫けぬ事が大事なのだ。竣嶽もアヤカシのために一族を失っているからこそ、その辛さは身に染みて解っている。 「アヤカシの被害にあう人は大勢いやす。自分だけがと思わず、生きやさい」 泣き止んだ美代に鬨が告げると、彼女は確かに頷いて見せた。 このような犠牲者を出さぬために、開拓者として成すべき事は――。 開拓者達は、四葉に連れられ家路を行く美代の小さな背中が辻に消えるまで見送った。それぞれの想いを胸に秘めて‥‥。 |