【負炎】炎と鬼の脅威
マスター名:きっこ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/24 22:32



■オープニング本文

 ざわり‥‥と、山から吹き降ろした風が、森の木々を揺らしている。それは木々を抜ける間に強烈な突風となり、里へと降りてきていた。
「今日も風が強いなぁ」
「いつもの事さ。さっさと帰ろう」
 山間の道。両側を崖に囲まれた細い道は、世が世なら天然の要塞と観光名所になるような場所だった。
 だが、今はよその土地に見聞を広めにいけるのは、ごく限られた者達。なぜなら、その崖の上に広がる森には、闇が潜んでいるから。
 その闇に急かされるように、家路につく人々。だがその直後だった。
 きしゃ、きしゃああ‥‥。
 森の中から抜け出るように、獣の声が響いてくる。闇に光るいくつもの目。どさりと崩れ落ちる人の音。そんな、悲しみの連鎖に繋がる光景が、里のあちこちで響いている。
『大殿、さまの、ために‥‥』
 生き残った人々は、そんな声を聞いたとか何とか。

●理穴首都、奏生
 奏生のはずれ、小高い山の上に築かれた砦からも見える負の森はゆっくりとその姿を拡大していた。
 報せによれば、緑茂の里から見下ろす森は全てを飲み込むかのような姿となっているらしい。
「ケモノやアヤカシの討伐が多い‥‥。これは、緑茂の里の戦力だけでは追いつかないでしょう」
 儀弐王は里の被害状況を幾ばくかの愚痴と共に述べられた報告書を細い指で折り曲げる。二十代半ばの年齢以上に落ち着いた雰囲気を持つ、彼女の眉が僅かに動いた。
「神楽のギルドに連絡をしてください。ここのところのアヤカシ達の動き、小競り合いで終わるとは思えません。‥‥負の森の広がりを見れば、最悪の事柄である可能性は否定できないでしょう」
「ははっ。神楽及び各里に伝令をおくります。‥‥どうか、ご無事で」
 彼女が、少数の共をつれ、被害の出ている里へと出発したのと、ギルドに各種依頼が舞い込んだのは、間もなくの事であった。

●ギルドにて
「理穴でアヤカシが大量発生してるって!?」
 龍風 三雲(iz0015)が上げた大声は喧騒に呑みこまれた。
 それでこのギルド内の賑わいという訳か。いつにも増して大勢の人間でごった返しているが、そのほとんどが理穴で起きている異変に借り出されている開拓者達だ。
 三雲は受付卓の奥にいる、受付係であり肉親でもある四葉から聞いた状況に渋面を作った。
「その範囲って、羽月さんの住んでる村も入ってるんじゃねぇの?」
 羽月、というのは帯を専門に作っている職人だ。染め、絵付けや縫製、刺繍まで全て一人でこなしており、その一点ものの帯は三雲の生家でもある龍風屋でも人気商品の一つに数えられている。
 三雲はその帯を買付に行くために、理穴周辺の依頼を探しに来た所だったのだ。というのも、飛空艇で買付に行くよりもギルドの依頼を受けて精霊門を通って行く方が早いからである。
「‥‥うん。風和の村も住民避難要請が出てる」
「こりゃ、買付どころの話じゃねぇな‥‥しゃあねぇ!」
 三雲は卓を勢い良く叩いた。
「俺がぱぱっと行ってちゃちゃっと避難させてくらぁ」
「おぉー、さっすがみっくん! じゃあ、ささっと依頼について説明するね」
 そう行った直後、四葉の顔は受付係のそれに変わっていた。
「理穴の南西にあるいくつかの村や町で受入準備をしているから、そこへ住人を避難させるみたい。避難経路の確保と受入場所までの誘導は他の依頼でお願いしてあるから、この依頼でお願いしたいのは住人を村の外、南西部にいる護送組に引き渡す事」
「アヤカシの襲撃はまだ無い状態なのか?」
「うん。でも、すぐ近くでは鬼火と赤小鬼の群れによる被害が多発してる。同じアヤカシによる襲撃を想定した方がいいと思う」
「鬼火か。火事とかになったりしたら、厄介だな」
「そうだね‥‥アヤカシから住人を護りながらの里外への誘導。それに火事への対処、アヤカシの襲撃で倒壊した建物からの救助とか。そういった事態にも備えておいた方がいいかもしれない」
 言いながら、四葉は依頼書の参加者一覧に『龍風 三雲』と記入した。
「じゃあ、気をつけて行ってきてね! あ、羽月さんに会ったら『新作待ってます』って伝えておいて」
 四葉も羽月の帯を愛用している一人なのだ。この状況にあって笑顔でそう言えるのは、依頼に向かう開拓者達が無事に住人達を避難させると信じているから。
「おう。助けたって事で、入値割引してもらってくらぁ!」
 三雲は久々に大暴れできそうな予感に胸を躍らせながら両の拳を打ち合わせた。


■参加者一覧
桔梗(ia0439
18歳・男・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
天河 ふしぎ(ia1037
17歳・男・シ
鳴海 風斎(ia1166
24歳・男・サ
王禄丸(ia1236
34歳・男・シ
嵩山 薫(ia1747
33歳・女・泰
紅虎(ia3387
15歳・女・泰
各務原 義視(ia4917
19歳・男・陰
柳・六華(ia4968
17歳・男・陰


■リプレイ本文


 ギルドで精霊門が開くのを待つ間、天河 ふしぎ(ia1037)が三雲に声を掛けた。
「風和の村には買付に行った事があるんだよね。良かったら村の様子を教えてよ」
「村の様子?」
 三雲が聞き返すと、ふしぎは手にしていた紙筆を差し出す。
「うん。見取り図とか‥‥そしたら、到着したて直ぐに動けるでしょ」
 その提案に三雲が不承不承、といった様子だった理由はすぐに判明した。
「ナニコレ!? 子供でももっとマシに描くよ?」
 鴇ノ宮 風葉(ia0799)に言われ、三雲はがぁっと吠える。
「こういうのは苦手なんだよ!」
「まぁまぁ。何事も己の眼で確認するのが一番確か。現地へ行って確認しましょう」
 各務原 義視(ia4917)が苦笑しつつその場を収めた。
 日が変わり精霊門をくぐった先は理穴・奏生。そこから東――湖にほど近い場所にその村はある。
「整備の行き届いた村のようね。誘導も速やかに行えそうだわ」
 嵩山 薫(ia1747)が受けた印象の通り、泉のあるささやかな広場から東西南北に道が延びている。道で区切られた四つの区画に家屋と、村の生活を助ける程度の畑が並ぶ。
 村の外周には畑を守る為の柵が設けられているが、対獣用のそれではアヤカシは防げまい。
 義視はざっと村の地形を把握する。アヤカシが出たらその時はその時。まずはできることからやっていくしかない。
 およそ四十戸の住人を避難させるというのは、なかなかの手間ではある。
(「ま、ボクとしては式の実験が出来ればそれで構わないのだけれど‥‥仕事は仕事だ。しっかり片付けるとしようかな」)
 柳・六華(ia4968)は村の南側に足を向けた。
 鳴海 風斎(ia1166)、王禄丸(ia1236)、紅虎(ia3387)の三人は、早速北東部の住人に声を掛け始める。
「荷物は本当に必要な物だけ、最小限にね! 病気の人が居る家とか、ある?」
 紅虎は次々と村人達に声を掛けていく。その明るい笑顔の裏には、これから待ち受けているであろうアヤカシとの戦いに向けて、力の限りを尽くさんとする決意を秘めている。
「うちのじいさん、足が悪くて‥‥」
 そう言う老婆に、風斎は手近にいた若者を捕まえた。
「君達、申し訳無いが彼女の手伝いを。荷物と一緒にご老人を荷車に乗せてやってもらえないか?」
 避難を迅速に済ませるため、と言うのも半分。もう半分は自分の手間を省くためである。
 荷物をまとめて家から出てくる住人達を南北を結ぶ道へ並ばせている王禄丸に、薫が駆け寄る。
 王禄丸は常時被っている牛頭骨を外していた。その下にも様々な面をつけている事が多いのだが、村人に警戒心を持たせぬ為だ。珍しい彼の素顔に薫はあえて触れず用件を伝える。
「住人は南の出入り口から出すそうよ」
「心得た。準備が出来次第そちらへ向かうとしよう」
 王禄丸は薫を見送り住民の誘導に戻った。


 桔梗(ia0439)は泉から南へ向かう道を駆ける。つい先刻まで、三雲と手分けして村人達に荷車や桶を貸してもらえるよう頼んで回っていたのだ。
 村人の荷物や病人の搬送の為に荷車や大八車を。また、近くにいるという鬼火による火事の為の対策として、汲んだ水を張った桶を荷車に乗せて泉に配置した。
 先に南西の住人の誘導に当たっていた六華の誘導で、予定通り南口付近の住人から順次村の外へ出始めていた。
「すまない‥‥遅くなった」
「大丈夫、今のところ滞り無く進んでいるよ。ああ、そんな大きな荷物を持って何日も歩くつもりかい?」
 六華は後半を子連れの母親に告げた。
「でも‥‥」
「いざとなったら、その子を抱えて走らなきゃいけないんだ。命あっての物種、だよ。物は後からなんとでもなる」
 微笑み諭す六華の言葉に、母親は荷を諦めた。
 道を行く列への誘導を六華に任せ、桔梗はまだ屋内に人が残っている東側へと向かう。
 風葉とふしぎは、村の南東側外周付近を中心に哨戒を続けていた。アヤカシ対応班として、北側には避難する住人達に薫、義視、三雲が。加えて南西側には護送班がいるからだ。
 負の森は、静かな森に囲まれたこの村のすぐそこまで迫っている。今こうしている間にも、どこかでアヤカシの被害に遭っている人が居るのだろう。
「たとえアヤカシが隠れてたって、心の目で見れば見えないものはないんだからなっ!」
 アヤカシに対する怒りを胸に、ふしぎが額のゴーグルに手を当てて意識を集中させる。
「森から何か‥‥!」
 近付く無数の気配に気づいた瞬間、東口の方向から呼子笛の鋭い音が響く。有事の際の合図を桔梗が皆に伝えていた。短く二度なら火事。一度だけなら‥‥。
「アヤカシ!?」
「行こう、風葉!」
 同じく音を聞いた六華は集中の陰陽符に精神を集中させる。
「我が目となり耳となる者よ、我が声に答え姿を成せ」
 放たれた符は小鳥となり屋根の上へと飛び上がった。東口と北口の間から小鬼の軍勢が村へと侵入しつつある。
 桔梗と薫の交渉により、護送班は南口のすぐ外で住人を受け入れている。彼らに南口付近の住人を託し、六華は避難の済んでいない東口付近へと急いだ。

 自らの長身を目印に村人達の列を先導していた王禄丸は、呼子笛の音を聞くと同時に発動した心眼で別のアヤカシの気配をも察していた。
「さ、このまま南の出口へ。急いでも、走らずに」
 まだアヤカシの姿が見えないうちにと、何事かとざわめく村人を促す。万一火事になった際への対策に泉で村人達に水を被ってもらおうと思っていたのだが、その余裕は無さそうだ。
 王禄丸に何事か囁かれた風斎は、東に向かおうとしていたアヤカシ対応班の三人に駆け寄り呼び止める。
「村の北側にもアヤカシが近づいているそうです。急ぎ対処を、と王禄丸さんからの伝言です」
「わかりました。すぐ向かいましょう」
「村の人達はお願いするわ」
 義視と薫も風斎に習い小声で応え三雲と共に北へ駆け出したその時、村の最北に位置する家屋から黒い煙が昇っているのが見えた。
「鬼火が居やがるのか!」
 三雲は泉の淵に用意していた水桶の乗った荷車を牽いて行く。立ち上る煙を見た村人達の中で広がる不安に比例してどよめきも大きくなる。
「もしかして、アヤカシが出たのかね?」
 訪ねる老人を、王禄丸がそっと列へと戻しながら皆にも聞こえるように務めて明るく答える。
「心配は要らない。まだアヤカシと決まった訳では無いしな」
「たとえアヤカシだったとて、皆の安全を護るために我らが居るのです‥‥尤も、僕の力など他の方には遠く及びませんが」
「大丈夫、私達が絶対護ってみせるよ!」
 風斎の言葉と紅虎の屈託の無い笑顔も後押しし、再び列は動き出した。それまで王禄丸がさせていたように、女子供や老人を家族ごとにまとめ、列全体を若者を中心とした男手で囲む形で南口を目指す。


 東口付近の道では、桔梗が病人の乗った荷車を牽き逃げる家族を背にかばい武装した小鬼達と対峙していた。
「精霊の力により生れし歪みよ、彼の者を呑み込め‥‥!」
 二度目の術で一体を瘴気へと還したが、とにかく数が多い。術の合間に霊木の杖を振るい、せめて敵を背後に通さぬように。その身には無数に傷を負っている。
 後方から抜けた風が、桔梗に振り下ろされた小刀を持つ小鬼の手を打った。
「危機一髪、かな?」
 風の正体は背後から六華の放った陰陽符だ。小さな式へと変じたそれは小鬼の身体へと纏わりつく。
「僕が相手だ!」
 声と共に桔梗と小鬼の間に割って入ったふしぎはショートソード二振りで小鬼数体を同時に相手取る。
 ふしぎに続いて、南東から外周沿いを駆けて来た風葉は幼い兄弟を連れている。ふしぎの心眼で、隠れ怯えているのを見つけたのだ。
 兄弟を桔梗と六華に預け、小鬼の背後から現れ始めた鬼火達に風葉は力の歪みを放つ。家屋に火をつけられるより先に倒さねば。
「鬼火はアタシが。天河は小鬼を!」
「わかってる。村の人達には、一匹たりとも近づけさせはしないんだからなっ!」
 言いながら、ふしぎは風葉にも小鬼を向かわせぬ構えで刃を振るう。
 六華と桔梗は兄弟を護りつつ外周付近を駆けた。ほとんどの小鬼は東口へと集中しているが、南東から柵を乗り越えようとしている小鬼達も居るからだ。まだ村内から出れていない住人が、小鬼の姿に悲鳴を上げる。
「身体を張るのは趣味じゃないんだけどね‥‥!」
 四の五の言ってもいられない。六華が放った符は小鬼軍の頭上へ昇り巨大な岩へと姿を変えた。落下した巨岩に、先頭の一体が下敷きとなる。
 家々の間にまだ残っている住人達を集めると、彼らに兄弟を託して南口へと誘導する。
「止まらず進んで‥‥こちらから、回り込んで道へ」
 桔梗は最短距離を選ばず家二軒分を回り込む。瘴索結界にアヤカシの反応があったからだ。六華は休まず式を放ち続け、桔梗も力の歪みで小鬼軍を牽制しながら避難を促す。

 村の北部に向かう義視の前方に、小鬼と鬼火の姿が見え始めていた。
「合力しあえば天は応えてくれる。死力を尽くすのみ‥‥!」
 自分が動かねば、何の為にこの場にいるのか。初依頼の緊張を吹き飛ばさんと、自らに言い聞かせるように呟く。
 薫は駆けながら呪殺符を手に、燃え始めた家の周囲を徘徊する鬼火へ気功波を放つ。
「アヤカシ相手の口上は無しよ。瘴気に還りなさい!」
「鬼魔駆逐急々如律令!」
 同じく義視の放った陰陽符は光と共に鎌鼬の姿を取り、その刃で気功波で怯む鬼火を断った。
「三雲さん、離れて!」
 延焼を防ぐ為に壁板に斧を叩きつけていた三雲が離れると同時に、その箇所を薫の気功波が炎もろとも吹き飛ばす。
「鬼火と火事への対処は我々が」
 荷車に積んだ水桶の一つを手に、義視は鬼火と家屋の間に滑り込む。鬼火が放った火玉が当たった戸口に水を掛け消火する傍ら、鬼火に対して呪縛符を放つ。
「おう、任せた! よおぉし、手前ぇらまとめてかかって来い!」
 大声で叫んだ三雲へ群がる小鬼達を、槍の長柄を生かして大きく薙ぎ払う。咆哮に誘われなかった鬼火数体を、薫と義視二人で一体ずつ確実に仕留めた上で消火に当たる。
「後は小鬼だけね。このままあしらいながら村人の近くまで退がりましょう」
 小鬼に群がられている三雲と合流すべく、薫は小鬼軍に向かう。火事の脅威がひとまず去った今、護るべきは村人の安全。皆が避難する為の活路を開く為にも、極力彼らの近くに居るべきだ。
「これだけ群れるとうっとおしいわね‥‥っ!」
 多勢で囲むべく背後に回る小鬼に、飛手の背拳をお見舞いする。
 戦いながら戦線を南へ下げて行ったが、既に村の中にも小鬼軍が僅かながら入り始めていた。
(「こちらにいないのは風葉さんとふしぎさんの方に行ってるはず。大丈夫、目の前の敵に集中すれば良い」)
 それは義視が自らを落ち着かせる為の思考でもあったが、その通り泉を抜ける際に東口で戦う二人の姿があった。
「鎮火終了! 家だけじゃなくて、鬼火もね」
 水桶も活用し鬼火を含めた火の対応を終えた、風葉は釵で小鬼の攻撃を捌きつつふしぎに駆け寄る。触れたその手に宿った精霊力がふしぎの受けた傷を癒していく。
「ありがとう、風葉」
「アタシも巫女のはしくれだし、確り治療しないとね。ほら、さっさと行くよ!」
「え、行くって‥‥」
 左剣で受け止めた刀の主である小鬼の胸に右剣を突き刺しながらふしぎが振り向くと、風葉の背中がそれに答えた。
「避難してる人達の方。早くする!」
 未来の旦那様と認識している相手に対する扱いとは思えないが、ふしぎに対してあらゆる意味で信頼を寄せているからこそのものである。
 

 合流したアヤカシ対応班の五人が防衛線を敷いているものの、鬼火と火事の対応をしながらでは流石に小鬼を漏らさず、とまでは行かない。
 紅虎は村人の列を背に立ち、走り寄る小鬼の顔面に体重を乗せた掌底を喰らわせる。
 小鬼が転倒した隙に、後続の小鬼には気功波を飛ばす。距離が開いている間に、できる限り削っておきたい。
「こっから先には一歩足りとも行かせないからね! やっ!」
 横をすり抜けようとした小鬼に、紅虎は蛇の如くうねる拳を叩き込む。
「鬼火が居ないだけましですが‥‥」
 ものぐさい様子ながらも、きっちりと小鬼を仕留めて行く風斎。小鬼の小太刀が腕を裂いた瞬間、その唇が笑みに歪む。
「この程度の痛みでは‥‥足りませんね!」
 ねじ込んだ刃が小鬼の喉を抉った。
 王禄丸は子とはぐれたと言っていた父親に、桔梗達から引き受けた兄弟を引き合わせ避難を急がせる。
 既に南西部と北東部の村人達の列は一つとなっており、全員村から出し切る頃には鬼火は全て退治し残るは小鬼軍のみとなっていた。
「誰か、残っている人はいない!?」
 家の角を曲がって行き会った小鬼を飛手を填めた拳で打ち据え、紅虎は声を限りに呼びかける。気配に振り向きざま打った拳を、即座に止めた。
 接する直前で止まった拳に僅かも揺るがず、王禄丸は言う。
「村人は皆無事避難できたようだ。小鬼を率いていた赤小鬼も既に退いたのだろう」
 王禄丸とふしぎが心眼で確認する他、皆で確認しまわったが生命の反応もなく。かといって命を落とし倒れている村人も見当たらなかった。
 桔梗と風葉は護送組の元に集まった村人の怪我を治療して回る。幸い酷い怪我を負った者は少ない。避難口から遠い北部の住人に陣形を組ませ迅速に避難させた王禄丸の采配が功を奏したのだ。
 アヤカシとの戦いでも消耗していた錬力は重傷者の治療で底をついた。桔梗は自らの力不足に臍を噛みつつ治療品で軽傷者の治療をして彼らを見送った。
 風葉はいつの間にか三雲が風呂敷包みを持っているのに気づいて訪ねる。
「それ何?」
「羽月さんの帯だよ。こんな事態だし駄目かとも思ってたけど、さすが仕事早ぇわ」
「僕にも見せて!」
 ふしぎが言うと、三雲は快く了承した。洗練された装飾の帯を手に取りながら、ちらと風葉を盗み見る。
(「これ、風葉に似合うかな‥‥」)
「ん? あたしにねだってもダーメ! 自分で買いなさい」
 視線に気づいた風葉の言葉に、ふしぎはかっくりとうなだれた。
 紅虎は皆の不安や恐怖を少しでも拭えたらと、列の間に入って声を掛けていく。
「また皆が村で暮らせるようにしてあげるからね!」
 遠ざかる村人達の背中を見送る義視は安堵の息を吐いた。
「ふぅ、終わったか‥‥この分だと他の所も大変そうだなぁ」
「ええ。これは当分の間、理穴での生活が続きそうね‥‥まだ先になりそうだけど、村に戻って来れた時には復旧を手伝いたいわ」
 薫の言葉で、紅虎の顔に笑みが広がっていく。
「いいね! その時は私も手伝いたい‥‥ううん。きっと来るよ!」
 自分に出来る事は、まだまだある。彼らだけでなく、理穴に住む皆の笑顔を取り戻すために。