【未来】カム・ホーム
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 15人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/04/07 01:45



■オープニング本文

 注意*このシナリオは半IF、確定し切っていない未来世界を描いています。
 年表には正式反映されません。





 とある資料室――一人の青年が、過去の報告書を整理していた。
 足元には暖房器具の中で宝珠が熱を発し、もふらが丸まって暖を取っている。
 彼は眠そうな瞳をこすりながら紙資料の山をめくり、中に少しずつ目を通していく。
 そこに記されているのは、遠い昔の出来事だ。
 それはまだ嵐の壁が存在していて、儀と儀、地上と天空が隔てられていた時代の物語。アヤカシが暴れ狂い、神が世界をその手にしていた時代の終焉。神話時代が終わって訪れた、英雄時代の叙事詩。
 開拓者――その名は廃されて久しく、彼らは既に創作世界の住人であった。
「何を調べてるもふ?」
 膝の上へ顔を出してもふらが訊ねる。
 彼が資料の内容を簡単に読み上げると、もふらはそれを知っているという。
「なにせぼくは、当時その場にいたもふ!」
 そんな馬鹿なと彼は笑ったが、もふらはふふんと得意満面な笑みを浮かべ、彼の膝上へとよじ登る。
「いいもふか? 今から話すのはぼくとおまえだけの秘密もふ。実は……」
 全ては物語となって過ぎ去っていく。
 最後に今一度彼らのその後を紡ぎ、この物語を終わりとしよう。





 儀と呼ばれた空中国家群は、急速にあるいは徐々にその根拠地を、資源豊富で広大な地上へと移行させた。
 精霊力の衰えに従って、小さな儀は軒並み降下、または消滅した。
 高度を落としつつも持ちこたえているのは、大陸級の儀だけだ。



 幾度となくもめごとを起こし、幾度となくもう駄目だと思われる場面を切り抜け、人類は――今日も生きている。




●地上

 ネオンに光り輝く夜の摩天楼。
 ビル壁面全体を使った大型ディスプレイの中では、現地特派員のジェーンが興奮気味に実況中継をしていた。
 背景は青空――時差によるものだ。ジェーンのいる場所は現在昼なのである。

『ご覧ください、ベラリエース共和国空軍が見守る中、儀はゆっくり地上に向け、降下して参ります。私たちの目の前で。人類が最後に儀の降下を目撃したのは、記録によれば今より342年前のことです。今、新たな歴史が目の前で刻まれようとしています…この瞬間を今、まさに、世界中の人類が目撃しております…』

 ディスプレイが火花を噴き真っ暗になった。
 街区を疾走していたエアロバイクがぶつかったのだ。追いすがってきた警察のエアロカーに体当たりされて。
 バイクに乗っていた少女――エリカは投げ出された。地上50メートルの高さから。

「くっそ!」

 彼女は装着していたワイヤーをビルの壁面に突き刺し体を支え、事なきを得る。
 後続のエアロバイクが、次々追いついてくる。
 先頭は彼女の後輩、アガサとアリスだ。

「番長、大丈夫っすかー!」

「なんちゅーことすんねんポリ公! 落ちたら死ぬやないかい!」

「死にゃしませんよ。その人ゴキブリよりしぶといんですから。とにかくさっさと補導されっ!?」

 エアロカーの天井が吹き飛んだ。エリカが、隠し持っていた光線銃で撃ったのである。
 一瞬でオープンカーとなった車両の運転席にいるのは、彼女と同年輩の少年、ロータス。いきなりの攻撃を受け顔が青ざめている。

「こっ、ここ、殺す気かバカ女!」

「そうよ! 公用車私物扱いしくさって、くたばれ警察官僚のどら息子! 消えろ!」

「財閥会長の孫なのをいいことにカード使いまくって改造車作って乗り回して乱闘騒ぎばっかのドラ娘が、どの口で言いますかね!」

「うるさいわね血が騒ぐのよ! 戦いたいのよ何でもいいから!」

「最早思考がテロリストじゃないですか!」

 ビルの谷間を高速でくぐり抜け、新たなエアロバイクが走り込んできた。
 乗っているのは、エリカの悪友兼チーム参謀、ファティマ。

「パトがぎょうさん集まってきたで。皆、引き上げようや。エリカもな」

 彼女は野生の叫びを上げるエリカを機体のアームで掴み、全速力でエンジンを吹かし、仲間とともに逃走した。


●空中。


 ベラリエース大陸。
 大昔ジルベリアと呼ばれていたここは、現在ベラリエース共和国の一部になっている。
 数多くの歴史遺産、文化遺産が詰め込まれた地だ。
 野放図な摩天楼群は一切見られない。景観を壊す建築は厳禁とされているのだ。
 古式ゆかしい町並みが各所に多く残っている。もちろん生活の内実は、地上とさほど変わらないのだけれど…古きよき時代を感じさせる。



 歴史博物館となっているジェレゾの古城のホールには、大型スクリーンが設置されている。
 多くの観覧客がその前で足を止めた。地上からの実況中継が流れているのだ。

『この小さな儀がベラリエース本体から切り離されたのは、今から60年前。第二次東西戦争により長距離弾道兵器が打ち込まれた際の衝撃によるものとされています。ああ! 今少し傾いたように見えました。大丈夫でしょうか、大丈夫でしょうか』

 小学1年生のミーシカとエマは、お手々繋いでそれを見上げている。

「エマ、あれ落ちたらバクハツすんのかな」

「下が海だからだいじょうぶじゃない?」

 引率教師であるオランド先生が、あわてた様子で彼女らを連れ戻しに来た。

「エマさん、ミーシカさん、勝手に列から離れたらいけませんよ。さあ、戻りましょう」


●再び地上。


 高層マンションの一室。
 パブリックスクールの才媛トマシーナの目は吊り、髪は乱れていた。

「出て行って」

 彼女が指さすのはベランダ。
 窓ガラスが粉々に砕けている。
 話しかけている相手は同級生であるファティマ、そしてエリカ。
 ベッドにエアロバイクが刺さっている。

「まあそんなこと言わんと、ちっと朝までかくまってえな。サツに追われてるんや」

 ファティマが両手を合わせて拝むも、彼女の怒りは収まらない。

「なら尚更出て行って。10秒以内に出て行かないと通報するわよ」

 携帯通信機を取り出したトマシーナに、エリカが言った。

「あのさー、電話しても多分通じないと思うわ。さっきこの近辺の電波塔に接触しちゃって…そしたら思い切り曲がっちゃったのよ」

「見た目よりヤワやねんな、あれ。手抜き工事ちゃうか」

「何をやらかしてるんですかあなたたちはっ!!」


●降りて行く小儀の上。


 瘴気適応した怪しげな植物が生い茂るアヤカシの森。
 人間はその存在に気づいていない。見えないようにされているのだ。そこに住むアヤカシの長、隙間女によって。
 彼女は現在仲間とともに、実況中継を眺めている。よどんだ沼の水面を受像機に仕立てて。

「地上ハ賑ヤカソウネ」





■参加者一覧
/ 葛切 カズラ(ia0725) / 天河 ふしぎ(ia1037) / からす(ia6525) / エルディン・バウアー(ib0066) / 无(ib1198) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 霧雁(ib6739) / 雁久良 霧依(ib9706) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) / トビアス・フロスマン(ic0945) / 鏖殺大公テラドゥカス(ic1476) / 八津房 馬琴(ic1488


■リプレイ本文


 リィムナ・ピサレット(ib5201)は大きく両手を広げた。

「天儀よっ!」

 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は胸を反らす。

「妾たちは帰ってきたっ!」

 吹き荒れるブリザード。気温−30。近くにはペンギンの群れ。
 ここは南極。

「…出るところ間違えたね」

「…うむ。即刻このアバターを、鏖殺大公テラドゥカス(ic1476)殿の招待先まで転移させるのじゃ」

「了解――あ。あたしそこ行く前にちょっと立ち寄りたいところあるんだけど、いい?」



「雁久良 霧依(ib9706)が特別公演するんだって! 今メール速報入ってきた!」

「えーウソ! ヤバイ!」

 浮かれた会話を小耳に挟みつつ、現役大学生八壁 伏路(ic0499)は、オフィス街をぶらぶら。
 儀の降下にも歌姫の緊急公演にも、平凡で退屈な彼のハートは熱くならない。目下将来への展望、ゼロ。

「タクシードライバーにでもなるかな…」

 オフィス街で最も高くそびえるのはメガコーポの本社ビル。
 そこからコーポの若き総帥、ガルバート・ロンギヌスが出てきた。

「では、行ってくるよ」

 顔も声もイケメンの彼は、見送りする重役たちにそう言い残し、颯爽とベントレーに乗りこんで行く。
 それをボーッと眺める伏路の背後から、タイミングのよい指摘。

「やっぱり人間偉くならなきゃ駄目ねー」

 当界隈を狩場にしている流しの占い師、葛切 カズラ(ia0725)だ。
 振り向いた伏路の額を、ネイルをキメた人指し指がチョンとつつく。

「…あなた近々、大変な災難に遭うわね。でも、それがかえっていい方向に働くかもしれない。要は意思の力一つよ…ま、覚えているのも善し悪しね。はい、どうぞ」

 彼女はハンドバッグから引き出した名刺を伏路に渡し、場を去った。
 小気味よいハイヒールの靴音が、角を曲がって消えて行く。
 伏路は手にした名刺を読む。

『占星術師 葛切 カズラ あなたの未来のお手伝い』

「…営業か」

 呟いた数秒後、空から美少女が降ってきた。パラシュートもつけずに。
 アスファルトを砕き着地した彼女は、硬直する彼に挨拶。

「会いたかったよお兄ちゃん、てへ☆」

 清楚で奥ゆかしい顔を見た瞬間伏路は、前世の記憶を蘇らせた。
 この女が八津房 馬琴(ic1488)であり妹でありヤンデレであり危険であることを思い出した。
 両足が回れ右し、高速回転を始める。

「お兄ちゃんたら久しぶりの再会なのに顔を真っ青にしちゃって、恥ずかしがらなくてもいいのにーそれとも私が名状しがたき時空の歪みから登場した時に下着が見えちゃったのかな? お兄ちゃんなら中身だって見せるよ。死んでも離さないんだからっ♪ 二人を阻むものはもうないんだよだって既に他人だからっ♪」

「ダメなもんはダメ! 生理的にダメ! 逃げる!」

「会えてうれしいのに口にはできないその気持ち、私わかってるよオニイチュワアアン!」

 耳の真後ろから聞こえる息遣い。
 徒歩では逃げ切れないと悟った伏路は、たまたま行く手に止めてあったエアロバイクに飛び乗った。



 マンションの前に高級リムジンが止まる。

「着きましたぞ、お嬢様」

 警察無線を傍受していた運転手のトビアス・フロスマン(ic0945)は、助手席にいるマルカ・アルフォレスタ(ib4596)に囁く。

「まだ警察は彼女達を見つけていないようですぞ」

 マルカはリムジンから飛び出し、憤然とした足取りで、マンションへ入って行く。
 向かうのはトマシーナの部屋。

「夜分失礼致します、トマシーナ先輩!」

「ああ、マルカさん、よく来てくれました! 見てくださいこれを! 私はもう、もう…」

 言葉を詰まらせる先輩が言いたいことは、痛いほど分かる。
 壊れた窓。ベッドに刺さるバイク。何が起きたか一目瞭然。
 呆れつつマルカは、同級のアリス、アガサ、上級のエリカ、ファティマを見回した。

「やっぱり此処にいたのね。先輩に迷惑だからとにかく一緒に来なさい!」

 続いて襟を引っ張り尻を蹴飛ばす勢いで、不良共を追い立てにかかる。

「早く出なさい! しっ、しっ!」

「あいたたいたた、何するっすか!」

「箒で叩くとか野良猫やないねんで!」

「野良猫のほうがまだマシ! 地上50階のガラス窓割ったりしないから!」

 散らかり放題な室内を突如、ハイビームが照らす。

「や、取り込み中みたいで」

 いつのまにか窓の外に、翼のエンブレムがついた大型エアロバイク。乗っているのはストリートバイクチーム『夢の翼』のリーダー、天河 ふしぎ(ia1037)。

「ポリスに追われ困ってるようだね、エリカ君」

 忍び笑いをこらえ切れない様子に、エリカは気を悪くしたらしい。眉をひそめ腰に手を当てる。

「そうよ。文句ある?」

「いいや。何なら力を貸そうか? ポリスの撹乱くらいなら出来ると思うけど」

 この提案に応じたのは、エリカではなくマルカだった。

「ならお頼みしますわ。私はこの人たちの相手で精一杯ですし」

 ふしぎは歯を見せ、ハンドルに寄りかかっていた上体を起こす。

「別に含みはないんだからなっ、夢の翼ならこうすると思ったんだぞ」

 バイクが夜の町へ飛び込んで行く。光の帯を起こして。
 エリカは腕組みし、彼を見送った。

「ふっ…借りが出来ちゃったわね」

 その頭にマルカが、辞書の背を叩きつける。

「いった! なにすんのよ!」

「いいから早くリムジンに乗って。トマシーナ先輩、バイクは後で取りに来させますから」



 発光性の菌糸類がはびこるアヤカシの森。
 木の枝へ逆さにぶら下がった九尾のキツネ型アヤカシ霧雁(ib6739)は、沼の実況中継に見入っている。

「いよいよこの儀も地上に降りるのでござるな。人間が森に来ないといいのでござるが」

 彼は前世の途中から黒蓮鬼というアヤカシに変異していた。同じく黒蓮鬼へと変えられた女性を愛し、ともに同じ時を過ごさんと思ったがため。
 アヤカシは長持ちする存在なので、本来ならそのまま現在へと至るはずだが、黒蓮鬼の研究が進み『不老不死』という特性を解除出来るようになったため、双方めでたく寿命によりお亡くなりに。
 そして――また生まれて(というか発生して)みればこの通り、真正アヤカシ。
 人様のご厄介にはなるまいと、早々アヤカシの森へ引っ込み、万年休日生活を送っている次第。

「む?」

 ふいとアヤカシ以外の気配を感じ首を向ければ、エルディン・バウアー(ib0066)がやって来た。
 瘴気避けの簡易マスクをした彼は、沼の辺で揺れている隙間女に挨拶する。

「お久しぶりです。すっかり成長しましたねえ。私のこと、覚えておられますか?」

『ウン。エルディンデショウ。二千年ブリネ』

「ええ。もうそうなりますか…前世ではアヤカシ退治をしていたものの、今ではこうして会ってみたいと思うほどです。お土産どうぞ」

 『実録漫画・嫁姑戦争』『正妻VS不倫女』といったジメジメ系書物を渡された隙間女は喜んだ。長い髪をわさわささせて。

『負ノ気ガコビリツイテイイ感ジ』

「気に入っていただけたなら、うれしいです。さて、これからこの小さな領域はどうなるのです?」

『ドウモシナイワ。降リテ島ニナルダケヨ』

 沈むという返事が戻ってこなかったのは、エルディンにとり喜ばしいことだった。
 なにしろこの小儀にあるのはアヤカシの森だけではない。少数ながら村もあり、人もいる。アヤカシはともかく、人は沈んだら溺れ死ぬ。

「あなたがたはどこかへ引っ越すのですか? それともこのまま?」

『ヒッコサナイワヨ。ココヨリイイ物件ナイノダシ。アナタハ、マタ神父シテルノ』

「ええ。この近くの村で。とはいえ信徒数は多くないですね。教えが形骸化してしまったからか、アヤカシという脅威が去り、精霊力も衰えたからか…」

 自嘲を込め語るエルディンに、隙間女は言う。首を傾けて 。

『当然ト言エバ当然ネ。何ノカンノ言ッテ天儀ハ平穏ダカラ、アレコレ祈ル必要ナイモノ。デ、モウ神父ヤメチャウ?』

 エルディンは首を横に振る。

「いいえ。私は地上に降りて、新たに教えを広めるつもりです。文明が発達しても、いや発達すればこそ、精神的な支えを必要とする人はいますから」

『ソウ。マア恵マレナイ人間ガ多ケレバ多イホド、宗教ノ伸ビシロ大キイワヨネ』

 霧雁は逆さまの姿勢で頷く。

「それが真理でござろうな。とりあえず拙者は、この森が現状維持されるだけで満足でござる。伴侶をゆっくり待てるでござるからな」

『アノ人モウ消滅シテルデショウ』

「必ず生まれ変わってくるでござるよ。拙者には分かるでござる」

『何ヲ根拠ニ』

「それは…いわゆる愛のパワァという奴でござるな!」

『フーン』

「愛のパアウワァという奴でござるな!」

『何故二回言ッタ』



 人間と人外との間を取り持つ、調停官の館。
 東屋でからす(ia6525)が、ゆったり茶を飲んでいる。地上から来た客人、考古学者の无(ib1198)を前に。

「きみもどうぞ」

 无は若干緊張しながら、勧められた茶を飲む。
 地上では見られない精霊が、周囲に溢れかえっていた。ごろごろしているもふら、花の間を飛び交う妖精、あくびするグリフォン、忙しく庭仕事をする人妖、无が乗ってきたエアロバイクの座席に乗っかり寝ている大きな猫又…。

「どうしたね」

「いえあの、間近に精霊を見るなんて、これまで全くなかったですから。しかもこんなにたくさん」

 その言葉に、足元にいた生き物が異議を唱えり。

『僕も精霊なんだけど』

「ナイはちょっと太めなコーギーでしょう?」

『いつになったらそうじゃないと納得するんだよ』

 1人と1匹のやり取りは、からすにとって微笑ましい。

「天上から人間が降りていくにつれ、精霊が増え始めたのは事実だよ。機械の使用を制限し環境を保護していることが、あるいはなんらか関係があるのかも知れないが…ここにいるのも楽しいよ。精霊達が色んな事を教えてくれる――で、前世の記憶が蘇ったんだって?」

「はい。実家の書庫の整理をしていたら先祖から伝わる写本が頭に落ちて。そうしたら、またアヤカシを見たくなったんです。彼らはまだ、いるでしょうか? 私の占い通りの場所に。そこへ向かう前に、聞き確かめておきたくて。あなたは天上世界に詳しい方ですから」

「ああ、いるよ。今落ちていく儀に。落下をうまくコントロールしている…エアロバイクなら、着水するまでには追いつけるだろう。無害なアヤカシたちだよ――あ、ちょっと失礼」

 断りを入れたからすは、懐から古びた小型ラジオを取り出し、チャンネルを合わせ始める。

「今日、霧依の公演があるそうなんでね。せっかくだから生中継、聞いておこうと思って」



「…はっ。一体自分は何をしていたでありましょう。まるで長い長い夢を見ていたようであります」

 七塚 はふり(ic0500)はずきずきする頭を振って起き上がった。
 まず状況を整理する。
 自分はジルベリア小学校の一年生。今日はオランド先生に引率されてお城へ遠足に来ていたところ…。

「そうだ、天井をぶっ壊してバイクが振ってきやがったんであります」

 周囲を見回せば、子供たちを守ろうとし直撃を受け、伸びているオランド先生。

「うわーんせんせーがー」

「しんじゃったー」

「大丈夫これは気絶しているだけであります」

 動揺する仲間たちをなだめたはふりは、バイクと一緒に落ちてきた青年に注意を向けた。

「…ミーシカ。ここにおったのか嫁!」

「なんだ! だれだおまえ!」

「ミーシカきけんよ! こいつろりこんだわ!」

「何、エマ殿までおるのか。よく見ればそこに転がっとるのはオランド殿か? するとやはりお主はわしの嫁−!」

「さわんじゃねえへんしつしゃ!」

 ミーシカからお子様ポシェットでばんばん叩かれながら、握った手を放さぬ。
 まさにこれは…。

(…ふせさん。煙たがられるのが快感なドMは相変わらずでありますな)

 確信を抱きながら近づき、挨拶する。

「おひさであります」

「やや。はふり、おぬしまで」

「会った早々でありますが、警察へ出頭すべきであります…やはりふせさんは幼女好きでありましたか。悲しいことに」

「いや違うのだそういうことではない。わしはこの六歳児と真剣に交際したいだけだ。天地神明に誓って事案ではない」

 キリッと言い切った伏路のみぞおちに、はふりのパンチがめり込む。
 かつての記憶と同時に力も蘇ったようだ。

「…ぐおおお…なにすんじゃい…」

「接触事故に巻き込まれ色々取り戻した点はお礼を言っておくとしても、痛かった分はお返しであります。そして現在のミーシカ殿をふせさんが慕うのは、完全なる違法行為であるかと思えるであります」

「違法行為じゃないっ! わしは真心をもって足長おじさんになるのだっ!」

 はふりは何物かの気配が急速に近づいてくるのを感じ、その半眼を伏路から、破れた天井に向けた。
 馬琴が飛んでくる。龍もエアロバイクも使わず、素で。
 それが急転直下落下した。蠅たたきに叩かれたハエの如く。



 豪邸の庭。霧依が妹リィムナのお尻を叩いている。
 物干し台にかかっているのは、濡れた敷布団。

「毎晩毎晩おねしょして! 小学4年生にもなって恥ずかしくないのかしらっ!」

「ごめんなさーい! もうしませんからー!」

 世界的なオペラ歌手である彼女は、困ったことに変態である。お尻を叩いたりするのが大好きだ。叩かれるのも大好きだ。つまりリバーシブル。
 対象が肉親であっても、そこのところは変わらない。

「たっぷり反省なさいっ!」

「いっぱい反省しますっ! うえええん!」

(…ああん♪ 叩き心地も泣き声も最高♪)

 よこしまな思いに心満たされつつ。おしおき終了。泣きじゃくる妹を抱き、頭をなでなで。ついでにお尻へ湿布も張る。
 アフターケアを忘れない。それが真のSM道。

「もうおねしょしちゃダメよ?」

「うん♪ ありがとう、霧依さん♪」

 妹がにっこり笑って――腕の中で消える。



 霧依は、はっと我に返った。

「…あれ? 私に妹なんていないわよね?」

 そもそも庭に物干し台などない。洗濯物はすべて業者に頼んでいるのだからして。
 なら今のは…いわゆる白昼夢だろうか。

「でもこの手の感触…」

 割り切れないもやもやを断ち切るように、リストバンド型モバイルが鋭い音を立てる。

「うわ、もうこんな時間!? いけない、公演に遅れちゃうわ! グライダー使わないと!」



「アリス、何ごそごそしてるっす」

「いや、ここに冷蔵庫ついとるから。ほら」

「ほんとだ。何入ってんの、ねえ」

「何やこれ、アルコールないんかい。シケとるわー」

「勝手にドリンク飲まないで! 大人しくしててっ! 立場わかってるの! 全く…貴方達が問題を起こすと理事長である私の父が迷惑するんだから!」

 助手席から後部座席へ身を乗り出し、怒声を上げるマルカ。
 前世の記憶を持ち合わせているトビアスには、そんな騒ぎが心地よい。

(しかし、生まれ変わった先でまたマルカお嬢様にお仕え出来るとは。しかも懐かしい面々までお揃いで)

 思えばあの頃も彼女はこのように、楽しそうにしていた。

(青春とはいいものでございますなあ…)

 バックミラーに警察車両が映った。

「おっと、どうやらロータス殿が気づいたようですな。さて、フルスロットルで参りますぞ!」

 アクセルを踏む足に力が入る。車体が加速する。
 シートベルトをつけていなかった後部座席の四人組がひっくりかえる音が聞こえたので、多少胸がすくマルカ。
 この人たちには心底振り回されっぱなしだ。
 でも何故か初めて会った時からほっとけない。青筋を立てため息をつきつつ、ついつい世話を焼いてしまう。

(前世で何か縁でもあったのかな?…なんて、まさかね)

 気分を変えよう。そう思って車内スクリーンを起動させる。
 真っ青な空と小さな儀を背景にした、霧依が映し出された。
 彼女の着ているドレスもまた、空のごとき青。



 窓の外には大都会の夜景。
 ビルの谷間をパトカーと違法バイクが走り回っている。

「最高級ホテルの最上階で高級料理を食しつつ高級ワインを飲みながら下界を見下ろすって…快感だよねー」

「さよう。久しく忘れておったの、こういう俗な心持ちを…美味いのじゃ♪」

 誰か知っているだろうか。ここにいる少女たちが高次元霊的存在であり、今の姿が仮初めのものだということを。

「重ねてご招待感謝奉ろう、テラドゥカス殿――や、ギルバート殿と呼んだ方がいいか。汝も壮健そうで何よりじゃの」

「どちらでも構いませんよ。ご満足いただけて幸いです」

 誰か知っているだろうか。この若き総帥が、半永久的に存在し続けているからくりだということを。

「どうでしたか、久々の天儀は」

「うむ。皆、相変わらずじゃな…懐かしいものよ。のうリィムナ」

「うん。昔を覚えてる人いない人、色々だけど皆元気そうだ♪ あ、そういえばリンスちゃん、さっき中座してどこに行ってたの?」

「いや、それがのう。妾らが次元の歪みを通る際…馬琴がくっついて来ておったようでの。それがこの世界に現出して暴れておったんで、一応叩き落としておいたのじゃが」

「その程度だと復活してくるね」

「まあの。帰るときには拾って行かねばなるまいて…そういったこともあるで、ギルバート殿、今後とも「準備」は怠るでないぞ?」

「勿論」

 自分が世界を統治すれば恒久平和が訪れるかも知れない。だがそれは人類の歴史の終焉を意味する。だから名を変え姿を変え、暗躍し続ける。人類が「もう駄目だと思われる場面を切り抜け」られる様に。
 要するにたまらなく好きなのだ。人間というものが。
 己についてそう分析したからくりは、一礼し席を立つ。

「では、ごゆっくり」



「夢の翼って知ってるかい? 昔、空の儀を舞台に粋に暴れまわってたって言うぜ…」

「黙れうるさい」

 ロータスが険悪なのも無理はない。何しろ車のボンネットに、ふしぎのバイクが乗っかっているのだから。衝突した衝撃で車のエンジンがやられたか、宙に浮いたまま停止状態なのだから。

「憧れないか? そういうの」

「知るか! 早く降りろよ! 警察呼ぶぞオイ! あのバカ女を取り逃がしたのはお前のせい――」

 わめき続ける相手を半ば無視したふしぎは、ビル壁面に展開されている映像に見入る。
 儀の生中継をしている大型スクリーンを背景に、オペラ歌手が歌っていた。

『私たちは遥かな昔、みんな大空の中にいた。龍がその翼を広げ、天駆ける空に』

 綴られるのは、はるか大昔の叙情詩。精霊が、アヤカシが、開拓者が縦横無尽に駆け抜けた時代のサーガ。

「空に浮いていた島々は、あれが最後の一つ…」

 終わる。何かが。
 始まる。何かが。
 2つはコインの裏表だ。

「けれど空の上にはまだ星々の海がある…僕のチームは、いつかそこへ羽ばたくんだ! やるぞー! きっと僕は、星の海に船出してやる!」

 間近にあったホテルの窓が開いた。
 カズラがひょいと顔を出す。

「あらー、少年。すてきな夢ね。その行き先がどうなるか、占ってあげましょうか?」

 乗り出している上半身が裸。多分見えない下半身もそうだろう。奔放なお楽しみの最中らしい。
 動揺したふしぎは、変な声を上げてしまう。

「へわっ!?」



「ミーシカ、愛している。わしは必ず妹を封印して橙の似合ういい男になってエマ殿ごと養える金持ちになって迎えにいく、待っていてくれ! わし頑張る。明るき未来の為に!」

「かってにきめんじゃねえへんたい!」

 伏路は乗ってきたバイクを蹴飛ばし再起動させた。
 落ちていったはずの妹が飛び戻ってきたのだ。ひとまず逃げねば。

「お兄ちゃん、だーいすきだよぉ、一緒のお墓に入ろうねえ…」

「バケモノめ…何が起ころうと諦めんぞわしは! ちとミッション過多になったかも知れんがな!」

 バイクがふわりと浮き上がり、走りだす。大空の中へ。

「とりあえず隠れ場所の多い地上へ行くでありますふせさん」

「んなっ! はふり、なんでお主が後ろ乗っとんじゃい!」

「ふせさんたちが生まれ変わっているなら、私だけの旦那様もどこかに居るはずであります。旅立つなら自分も連れて行くであります。きっと見つけるであります私の旦那様…名前も顔も度忘れしているけれど、会えば必ず思い出せるに違いないであります! ほらほら、加速しないと追いつかれるであります。テキが人の形を放棄し始めたでありますよ」

「オニイチュワアアアンンン」

「ひいいいい!? あやつ人間やめとらんか!?」

「褒め言葉いっただきぃ☆」



 最高級ホテルの一室で、少女たちの姿をしたものが睦み合う。

「こういうことが出来るのも、肉体があればこそ。とはいえわざわざ尻を叩かれに行くとはの♪」

「えへへ、いっぱい叩かれちゃった♪ 肉体があるのって久々だもん♪ つい懐かしくて」

「ようし分かったお仕置きじゃ♪ 汝が変態なのは全く変わらぬのぅ、リィムナよ♪」

「リンスちゃんこそ…♪ ん…リンスちゃん大好き♪」

 熱く激しい時が穏やかな沈滞に至った後、パッと壁のテレビがついた。


『臨時ニュースを申し上げます。先頃エリア66空域にて非常事態が発生致しました。未確認飛行生物が出現し…』


「…馬琴め、人型を保っておられんようになったか」

「…みたいだね」

「妾たちとて存在するだけで、世界への影響は避けられぬ。そろそろ戻るとしようぞ。あれを回収して」

 彼女たちの姿は光の粒子となり、消えて行く。声だけを残して。

「うん♪ また来ようね」

「さらばじゃ、我が母なる世界よ!」



 小儀に近づこうとしたら急にエンストを起こし、まずい落ちると思ったときにはもうアヤカシの森の中。さしあたって无に理解出来るのは、そこまでだ。
 ナイがくしゃんくしゃんくしゃみをする。

『瘴気臭いなー久しぶりに嗅ぐぜ、この匂い』

 无には何も匂わない。のでバイクを置いて奥へと歩いていく。するとそこには魔の森を髣髴とさせる(といってもはるかに小型だが)菌糸の園が。
 近くに、人影が2つ。

「今日はお客が多いですね」

『全クネ。バタバタダワ』

 神父っぽい方はともかく、こっちの白ワンピースは紛れも無く隙間女に違いない。
 だってほら、資料の絵と記憶にそっくりの顔かたち。あの時見たままの彼女。なんと感慨深いことか。

「アヤカシって、年を取らないんですねえ…あの、私は大学図書館で考古学を教えている无というものでして」

 興奮しての自己紹介を、隙間女が遮った。
 髪の毛を持ち上げ、シッと言う。

『ホントニ来タ』

 誰が? と聞き返す前に、薄紫のシダの茂みを割って、人影――猫耳を生やした娘――が近づいてくるのが見えた。 
 樹上にいた霧雁が落ちる。
 頬を紅潮させ、目をキラキラ輝かせ、そちらに向け走って行く。

「あいらぶゆうでござるううう!」

 巻き起こる風。
 无は舞い散る綿胞子に咳き込みつつ、アヤカシに尋ねる。

「どうされたんですか、あの方」

『話セバソートー長クナルワヨ。一日デハ終ワラナイワネ。ソレデモ知リタイノ?』

「もちろん! あの、可能ならほかのお話も聞かせていただきたく…今後とも親しくお付き合いさせていただけませんか?」

『別ニイイケド』

「やったあ!」

 ガッツポーズを取る主人に、ナイは呆れて生あくび。
 尖った耳がぴくんと動く。

『おい、何か上で暴れてるぞ』

 エルディンは手を額に当て、樹冠に隠れがちな空を見透かした。
 …紐の塊みたいなものがくねくねしている。

「本当だ。何でしょうね、あれ」



「離せー! 私はお兄ちゃんと一体化して&∴%$※$◇(!!」

「静かにせい! 時空が乱れるじゃろうが! 大人しく妾たちと多次元世界に帰るのじゃ!」

「あっ! リンスちゃん、馬琴の触手が一本千切れてあっちに居残っちゃった!」

「ええい、その程度は仕方ない! 急ぐぞよ! 後の始末はテラドゥカス殿に任せるのじゃ!」



 何故涙が出るのか。とめどない哀惜が胸を打つのか。
 霧依には分からない。分からないままに歌い続ける。最後まで。喪失と再生、別れと出会い。去るものと、来るものの物語を。
 背後のスクリーンで、小さな儀が着水した。母の懐に抱かれるように。



 千切れたトカゲの尾のようにのたうちまわる、目だらけの触手に向かって行くのは、巨大ロボ。人類の守護者、デストゥカス軍団の操る決戦兵器。

「世界の半分を吹き飛ばさせる訳にはいかん! デストゥカス軍団、アターック!」

 空に大輪の花が咲いた。
 伏路はそれを感涙しながら見上げた。

「おお、悪霊が滅された! わしは救われた!」

「そうでありますか? 妹殿の執念を思えば、今後第二第三の彼女が現れる可能性が高いかと…」

「いやなことを言うでない、はふり!」



 余韻を響かせ、霧依の歌が終わる。
 からすはラジオの電源を切った。いつも通りの静けさが戻ってくる。
 空を流れる綿雲に彼女は、微笑みかけた。先ほど聴いた歌をハミングしながら。




 神、空にしろしめす。すべて世はこともなし。