追われる者
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/02 00:18



■オープニング本文


 ハアッハアッハアッ

 背後から迫り来る足音に怯えながら男の子は走り続ける。夜の森を。
 時折木にぶつかりながら走る。恐怖に駆られて。



 今晩は森番小屋にいるお父さんの元に泊まり、明日の朝、村の家まで一緒に帰るはずだった。
 お家ではお母さんとお姉さんが待っている。
 お母さんはお父さんと一緒に食べなさいとお弁当を持たせてくれたし、お姉さんは新しく編んだセーターを着せてくれた。
 帰らなきゃ。
 お父さんはお前も大きくなったら跡を継がないといけないからと、間引く木の見分け方や斧の使い方や森に住んでいる動物や鳥の捕まえ方なんか教えてくれて、昨日もそうで、雉を捕まえて、これを持って帰ったらお母さんとお姉さんがとても喜ぶだろうなと言っていて。

 ハアッハアッハアッ

 夜お父さんと食事の用意をしていると、誰かが森番小屋に訪ねてきた。
 扉をどんどん叩く音がした。
 こんな夜更けに森の奥まで人が来ることなどないから、冬眠しそこなった熊じゃないだろうかとお父さんは言って、用心のために銃を持って扉を開けて、そしたら、すごい叫び声がして。

 ハアッハアッハアッ

 裸の大男がお父さんを食べてしまった。
 村まで逃げろとお父さんは叫んでいた。
 でも大男は追いかけてくる。自分を追いかけてくる。
 どうしよう。このまま村に帰ったらお母さんとお姉さんも食べられてしまうんじゃないだろうか。



 朦朧としつつ男の子は足を動かし続ける。迫り来る恐怖に駆られて。
 もう最初ほどの速度は出ていない。
 心臓は飛び出しそうに脈打っているのだがすでに足がもつれ始めている。
 妙に細長い手が彼の片腕を掴み、引っ張り上げた。
 吊り上げられた先にあるのは無表情な男の顔だ。
 下顎をいっぱいの血で汚している。
 開いた口の中には、何重にも連なる鋸のような歯があった。

 男の子は目を一杯に見開き悲鳴を上げる――。




■参加者一覧
鞘(ia9215
19歳・女・弓
ニノン(ia9578
16歳・女・巫
巳(ib6432
18歳・男・シ
リィズ(ib7341
12歳・女・魔
エルシア・エルミナール(ib9187
26歳・女・騎
鴉乃宮 千理(ib9782
21歳・女・武
帚木 黒初(ic0064
21歳・男・志
藤本あかね(ic0070
15歳・女・陰


■リプレイ本文


「いやああああああ!」

 森に何かがいるらしいという噂を聞き付け、探索に訪れていた開拓者たちは、夜を裂く悲鳴を耳に走りだす。今まさに、惨劇が行われようとしている現場へと。

 リィズ(ib7341)の生み出した火球とニノン・サジュマン(ia9578)が手にしていたシャッター付きカンテラの光が、前方にある異様なものの姿を浮かび上がらせる。
 ――男の子を片手で掴み上げている全裸の大男。

「何じゃあの異形…アヤカシか?!」

 この寒空に裸。口の下にべったり血。子供の頭を齧ろうかとしている時点で変質者の域は越えている。第一、人間と見るには大きすぎる。

(おいおい、まじかよ…見ちまったら助けるしかねぇじゃねぇか…)

 巳(ib6432)は瞬時に煙管をしまい込み、『八握剣』を大男の肩目がけて投げ付ける。それは深々と食い込んだ。

「おっと。そいつを食ってもらっちゃぁ困るぜ、旦那ぁ?」

 続けて鞘(ia9215)が、『蒼月』での一矢を報いる。右目に鏃が貫通した。

「なんというか目に毒なアヤカシだね、変態染みたアヤカシには此処で退場してもらう」

 リィズの『カドゥケウス』から放たれてきた光の矢も頭部を打つ。

「やれやれ、気味の悪いアヤカシだね。せめて服を着て欲しいね」

 顎の動きが止まった。

「ぎゃあああいだいいだいいだいいい!」

 だが、歯が刺さっているらしい。男の子は泣き叫んでいる。
 そこに、少し遅れて藤本あかね(ic0070)が飛び込んできた。

「あなたたちも開拓者ですね!?」

 息せききって言い、『陰陽符』を発動させる。
 明かりがあり周囲の状態が明確に見えるのが、彼女にはありがたかった。目標に向け正確に術を放つ。

「オニノスベ、瘴気宿りて眼前にあれ、急々如律令!」

 符に瘴気がまといつき、形を作る。体半分が頭である餓鬼が大男の腹に噛み付き、一部を食いちぎった。
 男の子の頭から顎が外れた。
 同時に式が消える。

「義によって、というわけじゃあないですよ。そんなところ見てしまったら、暫く寝覚め悪そうじゃないですか?」

 帚木 黒初(ic0064)が隙をついて接近し、男の子を掴んでいる腕の腱を切りつけた。

「お食事中失礼。テーブルマナーとは無縁そうですね?」

 しかし腕は、だらりと下がりはしたものの、切り落とせていない。大きな切り口がぶくぶく泡を噴きたちどころに塞がっていく。
 ただ事ではない再生力だ。

「屍食鬼の類といったところかの」

 眉をひそめた鴉乃宮 千理(ib9782)は樹上から狙いを定め、『岩融』を突き出し飛びかかる。

「さて。子は骨が多くて食べ辛く、肉が少なく美味しくないと言うな。折角だからそんな子など捨てて」

 薙刀の刃が口に食い込み、反対側まで突き出た。
 並大抵の生き物なら、もうこれだけで致命傷になるはずだ。だが相手は生き物ではない。おまけに並大抵でも無い。

「我等を喰ろうてみよ――喰えるものならな!」

 啖呵を切った彼女の手が、急に前方へ引き込まれる。差し込んだ刃を噛みこまれてしまったのだ。
 カリカリコリコリ、ネズミが壁をかじるような音がし始める。

「おいこら我の薙刀を喰うでない! 離さんか!」

 踏ん張って引っ張り返そうとするが、びくともしない。
 内心焦りかける千理。
 エルシア・エルミナール(ib9187)の『ロッセ』が、大男の手首を狙う。

「…どうやら間に合った、と言うべきでありましょうか。まずはその子を離していただきましょう!」

 肩口より範囲が狭かったからだろうか、手首は半分ほど切れた。指の力が緩む。同時に顎の力も。
 なんとか武器を奪還した千理は、先が欠けてしまった薙刀を惜しむ。

「えい、修理に出さねばいかんわ」

 巳が急ぎで男の子の服を掴み引き寄せた。

「よーう、ガキんちょ。無事かー?」

 獲物を奪われたと認識した大男は、初めて感情――苛立ちらしきものを見せた。傷口のすぐさま塞がった手で木の幹をわし掴み、ごっそり引きちぎる。
 迫って来る所へ千理が、一喝を放った。

「汝触れるべからず!」

 牽制がきいたのはわずかな時間。
 動き始める前に巳がランタンの前に移動し影を作り、影縛りをかける。
 綱で繋がれたかのようになる大男を、黒初とエルシアが、至るところ切りつけた。
 だが切っても切っても回復が止まない。血しぶきが飛び肉片が剥がれてもたちどころに塞がって行く。右目に刺さっていた矢も復旧した肉に押し出され落ちてしまう。その後から来た二の矢も、三の矢も、急所に刺さっているものの、致命傷にはなり得ていない。

「どこか明確な弱点があっても、いいものと思うけど」

 言いながら矢継ぎ早に射る鞘に合わせ、ホーリアローを食わすリィズも、アヤカシである大男の復原力がいささか気掛かりになってきた。

(…素っ裸なんだし…股間とかどうかな)

 などと真面目に考えてみる。
 影縛りとこれだけの攻撃を受けながらなお平然としている相手に、あかねは、二番手の式を出す。

「援護します! 虫よ、虫よ、地蠢く醜きものどもよ、急々如律令!」

 タランチュラを模した醜い式が無数に生まれる。それが作り物とは言え人体ににたかりうごめく様は、大男といい勝負というくらい不気味だった。
 とりあえず一定の足止め効果はあるようだが、弱体化させられているかというと、よく分からない。
 エルシアは『ベイル』を構え、牽制を続けている。
 影縛りを止めてもすぐには動かれないと判断し、巳が術を解いた。男の子を抱え、ニノンと共に素早く後衛へ退く。

「何処か痛いところはないかえ?」

 ニノンが呼びかけても子供は、ぶるぶる震えるばかりだった。
 彼女は小さな体を手早く毛布で包み、背中をなで、恐怖を緩和させてやろうとする。

「わしらは開拓者じゃ。あのアヤカシはすぐに退治するからもう大丈夫じゃぞ」

 頭から血が出ているのに気づき、軽い治療を施してやる。
 痛みが少し引いたので安心したか、男の子はやっと喋りだした。

「おお、おとうさん」

 言いかけて次が続かない。あえぎ、喉を鳴らし、それからすすり泣きし始める。

「おどうざ・・・おどうざん・・・」

 彼の頭を巳は、軽く叩いてやった。顔を覗き込み、にやりと不敵な笑みを浮かべる。

「ちぃとここで待ってろ。なに、すぐ戻ってくっからよ。…できるか?」

 立ち上がり、背を向ける。

「まあ、積もる話は全部あの変態ぽいの倒してからだ」



 目や口、首に心臓。
 矢ぶすまにされていてなお大男は死んでいない。ぶちぶち音を立て回復していくだけだ。

「嫌なチキンレースだね」

 鞘が呟くように、この戦闘は攻め手の体力も精神力も削って行く。終わりが見えづらいという状態こそ、一種の攻撃なのかもしれない。
 下げているカンテラが動くたび立てる音を耳に、黒初はぼやく。

「最近似たような光景を見ましたね…どこか押せばいいとか楽な手はないですかね?」

 残念ながらこのアヤカシは、どこを見回してもただの大きなおっさん。明確などころか明確でない弱点も見当たらない。切っても突いても撃たれてもゆっくり向かってくる。

「動きが鈍いのは救いでありまするが…この再生能力持ちは、私とは些か相性が良くないようでありまするですな」

 『ベイル』をかざしエルシアは、相手の膝やアキレス腱といった部分を狙い攻撃した。体勢が崩せないものかと思って。
 しかし動きが止まるだけで、倒れ込みまではしない。

(これは、斬撃より刺突のほうが効くかも知れませんですね…)

 彼女は方針を切り替え、腋の下から心臓を狙う。剣は突き刺さった――そして肉に引き込まれた。

「!」

 咄嗟に引き抜こうとした瞬間、紙より容易く盾を突き破られる。その先にある腕を掴まれる。
 万力に締め上げられる程の力で引き寄せられた先に、真っ赤な口。二重になった歯列。

「やらせませんよ!」

 黒初がすかさず大男の腕目がけ、刃を振るう。
 エルシアが相手の体を蹴り脱出するのを見届け、間を取って離れる。

「いやしかし、噛まれるとか痛いのは嫌ですけど、ええ」

 短銃で脚部に弾を撃ち込み続ける千理は、額の汗を拭い、言う。

「これは皆で一カ所狙いをした方がよいかもしれんな。このままでは埒があかん。逃げた先に村があっては困るからの、ここで終いにしよう」

「そうだね。でもどこを狙う…」

 リィズは言葉を中断させた。
 思いの外大男に近づかれていたのを避けるため、凝り固まった冷気を吹き付け、動きを抑える。そこから再度言う。

「…さっき股間に撃ったけどあんまり効いてないし」

「ほう、するとあれはフェィクかの。全く男の風上にもおけん奴よ…さすればやはり頭じゃな」

 巳は独り言めかし、懸念を口にする。

「頭だけでも動く奴ってぇ場合が厄介だからな…」

 と言っても他に目当てはない。
 最後方にいるあかねは近くにうずくまっている男の子を見下ろし、今一度己を奮い立たせた。疲れている暇などないのだ。

「くっ、もっと弱らせないと! オンキリカクキリガヤビシャモンソワカ! 這う蟲の災い、高つ鳥の災い!」

 最後の陰陽符で『神経蟲』を発動させる。
 足元の瘴気がさらに濃くなる。無数の、異様に長い百足が生まれる。

「いけ、あれを捉えよ!」

 百足が黒い霧のように大男の体を覆う。口に、鼻に、目に、耳に入り込んで行く。
 アヤカシの体が損傷を回復せんと、ぶくぶく血膿を吹き出させる。ムカデが肉の間に飲まれていく。
 おぞましい限りの光景だ――しかし、回復に気をとられ動きは鈍っている。
 エルシアは掴まれた腕の疼きを意志で押さえ込み、詠唱を始めた。
 機会を逃さずニノンが爆竹を投げる。アヤカシの背後から。
 音に若干反応した間に一同呼吸を合わせ動く。一番最初に黒初が、居合で大男の足を削る。

「見下ろされるのも飽きまして、とですね」

 返す刃で首に切り込む。
 詠唱を終えたエルシアが痛手を押し殺し、『ロッセ』で膝裏を挫き、喉元目がけ刃を貫き通した。
 巳の『八握剣』、鞘の『蒼月』がそれぞれ頭部に撃ち込まれる。
 えぐれ泡を噴く傷口にリィズが、ホーリーアローをたたき込む。

「これで決まってよね!」

 首はもう千切れそうだ。だが、しつこく皮一枚で本体と繋がり、繋がった部分から再生しようとしている。
 千理は銃から『匕首』に持ち替え一撃を入れる。

「いい加減にせんか!」

 ようやく頭が地に落ちた。
 時を同じくして本体が、瘴気を上げ溶け始める。
 落ちた頭部はすぐには消えず、その部分だけで動きそうな気配も見せていたが、こうなるとさすがに再生能力もきかないものらしい。改めての攻撃で、やっと消え去った。



 火球とランタンに照らされながら一同は急ぐ。冷たい星空の下を。

「もうすぐ森番小屋じゃな?」

 手を引いているニノンに、包帯をした男の子が頷く。膝を震わせながら。
 脅えを止めてやりたくて彼女は、繋いでいる手に力を込める。

「おぬしがまっすぐ村に逃げておったら、犠牲者が増えたかもしれぬ。恐ろしかったであろうによく頑張ったのう。父上もきっとおぬしを誇りに思うであろう」

 先を行く千理の目は、雪の上に残された男の子とアヤカシの足跡を追うので忙しい。

「村まで逃げろ、というのは我等を呼んでこいという意味じゃな。良い判断じゃったな」

 散々歩き、開けたところへやっと出た。
 行き来がしやすいように伐採して作られた小道だ。ここを辿れば村に行き着くのだろう。

「無論、このまま村へ逃げたら家族が襲われるのではと考えた汝も最もじゃ」

 足跡の周囲に血痕が出てき始めた。先へ進むほどそれは多くなる。
 戸の開け放たれた小屋に至った地点には、赤い足型が残っていた。
 山小屋の扉は開きっぱなしだ。戸口には転がっている銃の他、わずかな血肉の残骸しか残っていない――爪のついた指とか髪の毛とか、服の切れ端。そういったものだけ。徹底して食い尽くして行ったらしい。
 ひぃぃ…と小さな引きつり声の後、しゃくり上げる声。
 振り向いた千理はしゃがみこみ、瞼を腫らした男の子の肩に手を置く。正面から目と目を合わせて。

「泣くな童よ。汝の父は誇らしき森番だったのじゃろう? なれば意志を継ぎ汝が次の誇らしき森番となれ。それが父に対する恩返しじゃ――汝が挫けてはいかん。これからは汝が家族を守る男となるのだ。小屋のどこに何があるかは、分かるな? 教えてもらったのじゃものな」

 大分時間を置いてから男の子は、こくりと頷いた。銃を拾い上げ腕に抱く。それから小屋に入って、壁にかかった斧と、昨日とった雉を持ち出してくる。
 裏においてある橇を引きずってきて、それらを乗せる。
 最後に小さな箱を持ってきて、言う。

「おとう、さん。一緒に、帰る。手伝って…」

 皆は見つけられる限りの残骸を、箱の中に入れる。
 男の子はその上にニノンから貰った月餅をそっと置き、蓋を閉めた。
 白い息が夜空に吸い込まれて行く。
 黒初が鼻の下をこする。

「…寒い中立ち話もなんですので、取りあえず村まで戻るが良いのではないでしょうかね」

「じゃな。ひとまずは此の件について報告せねばなるまいて。それに、弔いのこともある。喰われた者の未練の魂は、新たな瘴気を呼び寄せることにもなりかねん。我も僧として尽力しよう…さあ行こうぞ、童よ」

 子供は頷き、橇を引き始めた。
 エルシアは綱を一緒に持ってやる。ニノンと、あかねも。
 橇はすんなり軽く雪の上を滑り出した。
 明かりを持つリィズが、先導するように前を歩く。鞘と千理は橇の脇につく。
 幾人もの足に踏まれ、きしきし雪が鳴る。
 最後尾にいる黒初は、隣の巳に話しかけた。視線を真っすぐ男の子の背中に向けて。

「お気の毒にとは思いますが、一人でもここまで逃げたからこそ生き残れたのですから、そこは称賛ものですね」

 煙管から細長い煙をふかす巳は、次の言葉に答える。どこかしら寂寞感を漂わせながら。

「彼、がんばりました?」

「ああ、がんばってんな。ずっと、な」

 凍える森の中、葬列は進む。