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■オープニング本文 熱砂の地アル=カマル。 城壁に囲まれた小さな町の近郊で事件は起きた。 町によく出入りしていたキャラバン隊の1つ――総勢5人の小規模隊――が、何者かに襲われ全滅したのだ。 盗賊というのではなさそうだった。荷物は全部残っていたし、ラクダも連れ去られていなかったのだから。 第一死に方が奇妙だ。 「溺死?」 「ええ、溺死です。全員」 そう、溺死していたのだ。砂漠の真ん中で。 誰かが彼らを殺そうと図ったとしても、わざわざそんな手は使うまい。この砂漠で水は命を繋ぐ貴重品だ。息の根を止めたいなら他に幾らでも適当な手段がある。 「そのへんが、どう考えても辻褄合わないのでしてナ。調べてはみましたが、彼らに恨みを抱き、なおかつそのとき殺せる場所にいたものはいませんでしたし」 町の警備隊隊長は頬をかき、言いにくそうに言った。 「…アヤカシの仕業ではないかと思うのです。この世の悪いことが何もかもアヤカシのせいとするのも気が引けますが…痕跡がいっこうに見つかりませんでしたので、そうするしかないものかと。ですので、あなたがたに調査してもらおうという次第で」 調査。 そう言われても開拓者たちは弱ってしまう。何しろ、現場には何も残っていないのだ。 だがひとまずキャラバン隊が襲われたのは夜だったらしいということから、その時間帯付近の見回りをしてみることにした。 月夜の下には砂の丘また丘。町の明かりは小さく遠い。 「何か怪しいものはあるか?」 「いや、今のところは特に…」 手に手に明かりを持ち言葉を交わす彼らの耳に、そのとき、妙な音が聞こえた。 ボスッ。 砂の上、何かが跳ねている。 ボスッ。 動物の足音、と聞くにはやや無理がある。 ボスッ。 確実に近づいてきている気配に、皆揃って身構えた。 音が止む。 耳が痛くなる静けさがしばし続いた後、そいつは姿を現した。砂の中から湧き出すように。 ガバアッ。 魚の形をしたアヤカシ。全身が透明。 「!!」 キャラバン隊がどうやって殺されたのか、開拓者らは、一瞬にして理解する。 なにしろこのアヤカシの体は――水で出来ているのだから。 |
■参加者一覧
御形 なずな(ib0371)
16歳・女・吟
門・銀姫(ib0465)
16歳・女・吟
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
ジナイーダ・クルトィフ(ib5753)
22歳・女・魔
シリーン=サマン(ib8529)
18歳・女・砂
カルフ(ib9316)
23歳・女・魔
多由羅(ic0271)
20歳・女・サ
ナザム・ティークリー(ic0378)
12歳・男・砂 |
■リプレイ本文 砂漠の丘に響くのは弦楽器の音色。感傷的な調べ。 『サンクトペトロ』と『平家琵琶』、御形 なずな(ib0371)と門・銀姫(ib0465)の二重奏。 沙漠に溺れてしまう…月が綺麗ですねと恋人達も沙漠に溺れてしまう… 月の砂漠…そは海原…しかれどそこには轟きなく…うねりなく…船影も見えじ…とこしえに黙して横たわる…青白き光の下… 町明かりは遠く遠く…ざわめきも遥か…今宵はそなたと二人だけ… 両者吟遊詩人として月夜の砂漠という題材に、詩心を刺激されているらしい――とナザム・ティークリー(ic0378)は見る。 (これ、そんなにいいもんかねえ?) 常時見慣れている景色だけに、彼には彼女らの感銘が、いまいちぴんとこない。 代わりに身震いを一つ。 「くあー、さすがに冷えるなあ。砂漠慣れしてるからって寒くないわけじゃねえしなあ…防寒でしっかり着込んで来てるからいいけどさ」 そのぼやきにジナイーダ・クルトィフ(ib5753)が反応した。彼女の首にはマフラーが巻いてある。 「鳥肌ものね。砂漠というのはどこでもこうなの?」 「いや、海の近くなら夜になっても、こんなに冷えねえんだ。つってもまだマシな方だぜ。氷点下までは至ってないんだから」 カルフ(ib9316)は、『ド・マリニー』の文字盤を見つめ続けている。 瘴気濃度を表す針が先程から、不規則に上下しているのだ。 「どうやら敵は近そうです。皆さん気をつけてください」 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、矢盾を板クギで張り合わせた間に合わせの防御壁を、砂の上に伏せている。どんなアヤカシが来るのかは不明だが、とりあえず勢いを挫く役には立つであろう。 周囲に目を光らせるシリーン=サマン(ib8529)は、遥か遠方にきらっと一瞬、何かが光ったのを見つけた。 彼女の遠目は鷹のように正確。見まちがいなどあろうはずがない。 「皆様、何か向こうで跳ねました! 形は――魚のようです!」 吟遊詩人たちは歌うのを止める。ぼすっ、ぼすっ、ぼすっと散発的に聞こえてきた音がどこから来ているものなのか、聞き分けようとする。 右か左か前か後ろか。 一同はお互いの死角を補い合うため固まった。前衛を外側、後衛を内側にしての円陣だ。 「…敵サンは砂ん中移動しとるね。なんや、私らの回りをぐるぐるしとるわ」 多由羅(ic0271)は『水龍刀』を抜き五感を研ぎ澄ます。 カルフは『ド・マリニー』から目を離さない。濃度は振り切れそうに上昇している。 銀姫が言った。 「動きが止まったよ〜♪ 左――左斜め後方だよ〜♪」 それを聞いた皆が体勢を反転させるのと同時、アヤカシがついに姿を現した。 砂の中から湧き上がってきた魚。大きさは4メートルほど。頭から尻尾までもが透明で、月光を反射させている。 頭上から落ちかかってくる巨体へ、『ヒートショーテル』が突き刺さる。 シリーンは確信した。じゅっと上がった音と、一瞬体内に潜り込んだ手の感触で。 (やはり――間違いなくこれは水!) アヤカシは水面を跳ねるように身をひねり、再び砂に没した。 シリーンは刃を降ろさず、肩越しに振り向く。 「門様、御形様、カルフ様、クルトィフ様っ。一旦お下がりになられた方が宜しいかと…。準備をなさって下さいましっ…。」 吟遊詩人と魔術師の前に立ちつつ後退する彼女に続き、リンスガルトが言う。 「汝ら、盾の上に立っておられたほうがいいぞ。遮るものあらば、下方からの攻撃を直には食らわずすむやもしれんからのう。厄介な相手じゃの…さっさと始末するに限るのう」 言いながら彼女はナイフを取り出した。己の左腕を刃先で軽く引っ掻く。赤い筋からぷつり血が盛り上がり滴りとなって地に落ち、吸い込まれる。 「どうじゃ、妾は手負いぞ。血の匂いが旨そうであろうが!」 あれが隊商を全滅させたのは明らかだ。 アヤカシが動くかそけき物音を聞き分けながら銀姫は、小さく呟く。 「飛び跳ねて移動する魚アヤカシが居るならば〜♪ 本当に海かと勘違いしてしまうね〜♪ 砂漠で水は貴重だけど、流石に溺れ死ぬのは勘弁して欲しいものなのさ〜♪」 ジナイーダは盾の上に乗り、『樫木の杖』を握り直す。 「アヤカシとは言え、月下の砂漠で跳ねる大魚、だなんて、幻想的だわね」 多由羅はなんとなし、髪飾りに手が行った。海底でも外れなかったこれが今回外れなければいいけど、などと思っている。 「砂漠においては溺れる程水が飲みたいもの――といっても笑えませんね。やれやれです」 地中からは先程と同じく周囲を巡る物音がしている。どうやら血の匂いにひかれているのか、多少の打撃を受けたからといって、逃げて行くつもりはないようだ。 もっとも逃げられては困る。通商の障害となるものは取り除かなくては。 『アクケルテ』を肩に担ぐナザムは、なずなに聞く。 「で、例のばしゃばしゃしたアヤカシは探知にひっかかったか? 魔術師か吟遊詩人ならなんとかなるって聞いたけど。俺は砂迅騎としての修行しかつけてもらってないからなあ…」 「ああ、相変わらず回りを泳いどるよ。攻める隙がないか探ってるみたいやな」 「そか。背ビレでも出せばすぐ分かるんだけどな――」 「せやな――後ろから来るで!」 アヤカシは後衛の直近から飛び出してくる。 防御にしている矢盾の一部が衝撃で割れた。弾みに銀姫はこけそうになる。 「近すぎだね〜♪」 リンスガルトがすかさず間に割って入った。『瞬風』によって増幅した素早さを生かし、相手が覆いかぶさる前に『ハーミット』で気攻波を放つ。 アヤカシの片鰭が飛沫となって弾けた。 だが動きは止まらない。多少傾いたものの、そのままどぶんとリンスガルトの体を飲み込む。 「…!」 反射的に彼女は息を止める。 カルフは急ぎアヤカシ目がけ、氷の刃を放った。 砂に半分潜りかけていた体の周囲が凍ったことで、アヤカシはそれ以上の潜行を阻まれる。 「救助お願いします!」 身を震わせ付いた氷をはぎ落としにかかるアヤカシの前に、シリーンの『ヒートショーテル』が切り込まれる。 ジナイーダも炎を生み出し、ぶつける。 熱したナベに水を注いだときみたいな音が、立て続けに上がった。 内部からも気攻波を放たれたことで体が弾け、穴が開く。 シリーンは腕を引き、リンスガルトの脱出を助けた。 獲物を取り逃がしたアヤカシはごぷんと体を揺らし、再度砂に沈みこんでいく。凍った部分は置き去りにして。 そこで、多由羅が声を張り上げた。 「さあさあ、どうしました。まだまだ終わってはおりませんよ!」 『水龍刀』が大量の砂を巻き上げた。それと一緒にアヤカシも、再度地上に跳び上がってくる。 宙を跳ねる体を通し、月が向こう側に揺らいで見える、波紋を描く透明な影が地上に落ちる。 そういう場合ではないと知りつつ銀姫は、再度詩心を刺激された。 (この仕事が終わったらこれをテーマに、改めて新曲考えてみようかな〜) ナザムが『アクケルテ』の照準を合わせ、銃眼を覗く。 「いたか! 魔装砲用意…俺たちが前衛をやるから、後ろは任せたぜ!?」 強烈な砲撃が立て続けに放たれた。 アヤカシの体は衝撃を素通りさせ、空いた部分をすかさず修復してしまうが、一部飛沫として散らしてしまう。 体格がわずかながら、縮んでいっているようだ。 (ということは、物理攻撃が完全にきかないということでもないのですね。とはいえこれだけの大物、散らし終わるまでにとんでもなく時間がかかってしまいそうですから――現実的ではありませんか) 多由羅は相手を地下に戻すまいと、挑発を続ける。飲み込まれないよう注意しつつ。 先程リンスガルトは自力で内部から穴を空けたが、あれは気攻波であったからこそ効果があったものと思われる。あの魚の体内は水中と変わらない。剣を振るっても、地上の半分以下しか威力が出まい。 「皆様。各々が自身で最善と思うようになさって下さいませっ」 動きを見ていると、シリーンの攻撃について警戒しているようだ。通常の斬撃は比較的受けるままだが、彼女のは意図して避けようとしているふしがある。 「火で炙っても、食べられないのが残念だわね」 とうそぶくジナイーダからのエルファイヤーにしても、同様に避けようとしている。 であればやはり、炎が弱みということではないだろうか。 「寒い思いをさせてしまい申し訳ありません」 「なんの、助かった。こんな夜中に水浴とは、あまりいい気持ちではないがの」 手早くリンスガルトの手当を済ませたカルフは、前衛に呼びかける。アヤカシの現在位置を確認して。 「皆さん、下がってください! 今からボルケーノを使います!」 延焼の危険性が大きい技の名を聞いて、多由羅、シリーン、ナザムの3名はいち早く身を翻した。 銀姫は、アヤカシに彼女らを追わせまいと、『平家琵琶』をかき鳴らす。 耳に響くかん高い不協和音で勢いを殺し、のしかかる重低音で動きを押さえる。 沈め沈め千尋の縁に 光も届かぬ水の底 波さえ立たぬ闇の中 あるのは汝のため息の 小さなあぶくばかりなり なずなもそこに加わり、伴奏として沈鬱なメロディを響かせる。 「天を焦がせ炎よ!」 カルフの術が発動する。地面が白熱し膨張し、火柱となって吹き上がる。 アヤカシが弾かれ飛び上がった。落ちた地点に再度火柱が上がる。熱い水蒸気が一面立ち込める。 ぼすぼすぼすっとのたうちまわる音が聞こえる。身に受けた熱を砂に転がることで軽減しようとしているらしい。 多由羅は刃を振るい爆風を起こし、それらを吹き飛ばす。 皆の目の前に再び現れたアヤカシは、大きさを最初の半分ほどに縮めてしまっていた。 シリーンはおっとりとした口ぶりで言う。 「願わくばこの200分の1ほどになっていただけませんでしょうか。それなら迷惑もかからないのですが…」 彼女が熱した刃を近づけてくるのを察し、アヤカシはまた跳ねた。砂に潜るつもりだ。 しかしそれは許されなかった。 リンスガルトは伏せていた矢盾を投げ、アヤカシの落ちてくるちょうどの場所に滑らせる。 盾は落ちてきたアヤカシの重みでへし折れた。だが、相手の戻り道を一時遮る役割は、十分果たした。 むろん障害物から降り砂の上に転がり出れば問題ないのだが、そんな余計なことをする時間を開拓者たちがくれるわけがない。 カルフが早速板に張り付かせる形で、アヤカシの表面を凍りつかせてしまう。 「俎板の鯉になるがよい」 言うが早いかリンスガルトは、『ハーミット』から気攻砲を雨あられと打ち込んだ。 ジナイーダの『樫木の杖』からはホーリーアローが飛んでくる。 アヤカシの体から水蒸気ではない煙が立ちのぼり始めた。ますます身が縮んで行く。もう全長1メートルと言った程度。 ナザムが『アクケルテ』の砲口を向け、にやりと歯を見せた。 「いよっし、このへんで往生だな!」 砲撃を受けたアヤカシは弾け散った。 瘴気は一瞬にして霧散し、散らばった飛沫はただの水として砂に吸われ、消えて行く。 銀姫は静まった周囲の空気に耳を済ませた。他にまだ敵がいないかどうかの確認だ――もしかして似たようなタイプのアヤカシがいたら、大変危険である。 幸いにも、騒ぎにひかれてくるものの気配はなかった。 カルフは『ド・マリニー』を確認し、言う。 「濃度が安全値まで下がりました。終了です」 アヤカシは1匹だけであったと結論づけて間違いなかろう。 ジナイーダが『樫木の杖』で、さくさく砂をつつき始めた。 多由羅が尋ねる。 「ジナイーダ様、なにをされているのですか?」 「いえ、砂に埋もれた遺品とか遺体とかが、まだあるかも知れないでしょ。ついでだからざっと探しておこうかとね。もし在れば、ギルドに持って帰りましょ」 「なるほど…では私もお手伝い致します」 ● 討伐終了の信号を城壁から確認し迎えに来た守備兵が、ラクダを持ってきてくれたので、帰り道は比較的楽であった。 「出来れば出掛けに貸してくれるとよかったんだけどなあ」 ナザムはやや不満そうにしているが、ジナイーダから毛布を借り包まっているリンスガルトは、文句なしに有り難い。 ひとまず早く町に戻り、濡れた服を着替えたい。いやその前に暖かい風呂に入りたい。このままでは確実に風邪を引く。 「はい、甘酒をどうぞ〜♪ 疲れと乾きにはこれが一番だよ〜♪」 「おお、かたじけない」 銀姫からの甘酒をちびちび飲みながら彼女は、へくしっとくしゃみをする。 「かくして魚は瘴気に還り、砂漠に平穏が戻りました…」 乙女の秘密手帳(自称)へ顛末を書き込んでいたジナイーダは、文の最後にピリオドを打ち、ページを閉じた。 「…よし、空飛ぶ魚のお話も、これで、おしまい、っと」 それからラクダの脇に下げている袋に手を入れ、真ん中に大きなラピスラズリがはめ込まれた、金の首飾りを取り出す。続いて白銀の指輪も――こちらにはめ込んであるのは、真っ赤なルビーだ。 周辺を探って出てきたのがこの2点だった。多分、襲われた際荷から落ちたのだろう。 「ギルドに預けるのも、なんだか勿体ないかもね」 とても惜しそうに一人ごちる彼女へ、なずなが言う。 「ネコババはあかんよ、ジナイーダ」 「分かってるわよ…早く町に戻って、コーヒーでも飲みたいなあー。水は今ちょっと、あまり欲しい気持ちがしないから」 銀姫は体で拍子を取り、作詞の最中。 「…銀の砂漠…金の砂漠…3人だったら、どっちがいいと思うかな〜♪」 話しかけられたシリーンは小首を傾げ、しばし考えた。 「…そうですねえ…私としては、銀の方がそれらしいかと」 カルフは逆の意見を言う。 「金の方が私は好きですかねえ…」 多由羅は中間、と言うべきか。 「私には光の当たり具合で、どちらにも見えます」 全ての意見を聞いた銀姫は、にっこりした。 「そっかあ〜じゃあどっちも入れるかな〜♪」 さくりさくりラクダの広い足裏が砂を踏み締めて行く。 静かなメロディが流れ始めた。なずながバイオリンを弾き始めたのだ。 城壁に囲まれた町が近くなってくる。しかしざわめきはまだ遠い。 煌々たる月光の下青い影を落として、凱旋者たちは進む。 |