【推理】夜来る
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/30 01:55



■オープニング本文

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 ジルドレ邸のホール。紳士たちが談笑している。

「あのアヤカシも育ちすぎてきましたな。そろそろ処分し、また交換したほうが良さそうで…」

「そうですな。ゴミ箱として至極便利なものですが、あまり大きくなられても迷惑ですし…いつぞやのように脱走して動き回られても、耳目を引く。全くあの間は破棄分の処理もままならず、大変でしたな。結局埋めるしかなかったのですが、薄汚い連中がいらぬこと嗅ぎつけて…公爵様、あのものどもはどうなさいましたか?」

「ああ、狩場の見回り連中に下げ渡しましてな。奴らたいそうはしゃいでおりました。森に迷い込んでくる農奴どももここ数年、とんと絶えておりまして」

「おやそれは気の毒に。見回りの際の役得も減りましたでしょう」

「何、最近はそういう自由も制限されておりますからな。下には甘くしてやれとの仰せで…全く大帝は、戦のことしかご存じない。民というのは凝らしめがなければ、すぐつけあがるものです」

「左様。ところで本日の狩りは…」

「もちろん準備は整っております。また来週新しいのが届きますので、思う存分――檻を空にしておかなければなりませんし」

「おや、それはそれは…よき話ですな」

 愉快そうな笑い声。そこに素早く執事が入ってくる。

「公爵様、お知らせが」

「何事だ、無粋な…」

「申し訳ありません、しかし…」

 続いた執事の言葉で公爵は、怒りをあらわにした。しかし口元だけは笑っている。

「なるほどな…まあよい。1人残らず地下に確保してはいるのだな?」

「はい、見回りはそのように」

「ネズミどもはどうだ?」

「警戒線をしきましたので、いずれは。遠くに行く暇などないはずです。お客様におかれましても、現在お部屋にお留まりしていただいております」

 彼はどん、と杖で床を叩き、客人たちに向き直った。

「皆さん、どうやら今宵は目新しい趣向が楽しめそうですぞ。予想外の獲物が飛び込んできましたようで。さあ、狩場に行きましょうぞ!」



 ジルドレ領内。
 開拓者ギルド支部は慌しく動いている。本部からジルドレ公の案件につき、回答が来たのだ。



【当ギルドはこの案件について検討した結果、正式調査を開始することとした。これはあくまでも、公任意の上で行われるものとする。
 公が承諾、拒否どちらをとるとしても、その際の経過は全て公開されんことを、当ギルドの責任と義務と権利において要求する。】



「…っ、またすごいの来たなおい。やれるのか、これ?」

「理屈では可能だ。開拓者ギルドは名目上、権力から独立しているからな」

「まあそりゃそうだが。とにかく、人を集めないと。おい、この話持ち込んできた奴、どこ行った?」



 スィーラ城。
 ガラドルフ大帝は謁見の間において、身内に開拓者を抱える帝国貴族から話を聞く。

「陛下、憚りながら私の妹は正しき心を持っています。単なる噂や憶測で他人を陥れようとする人間ではございません。ここまで書いてくるということは、よほどの確証があるからに違いありません…どうかご一考を」

 大帝はもとから険しい表情を、ますます険しくする。まるで銀色の獅子のように。

「…ジルドレ公か…確か反乱鎮圧の際にはよき戦いぶりを見せていたものだが…」

 押し黙った後で、再度低い声を出す。

「よかろう。許可状を出そう…ただしもし何もなかった場合、中傷のかどで罰せらるることになるは承知しておろうな?」

「はっ!」



 地下室の入り口。

 アーマーを鎧った3人が話をしている。どれも似たり寄ったりの造形であるため、誰が誰であるか分からない。本人たち以外は。

「旦那方は来られるって?」

「ああ、3匹ガキがいたろ。あれは残しておけ、だと。自分たちが使いたいそうだ」

「そんなこったろうと思ったぜ。で、後の2人はよ」

「そのことなんだが、まだはっきりしねえ。一応貴族だからよ、後始末のこと考えてからでないと、いけねえんじゃねえか?」

「なんだよじれってえなあ。道から外れたらアウトだって言ってたくせに。大体見逃してやろうとはしたよなあ? 最初は。それなのにあの女が騒ぐから」

「よく言うなお前。ワイヤーぶっ刺しといてよ」

「…ひひ。いいじゃねえか…貴族の女をぐちゃぐちゃにしてやれる機会なんて滅多にないんだぜ…もっと引きずり回してよ、止めてくださいごめんなさい言わせてやりてえ…好みの顔してたんだよ…」

「お前がそれ言わせる頃には間違いなく半殺し状態だな」

「ちがいねえ。でもこの間ハプスの連中やったときゃ即全殺しだったよな」

「当たり前だろ。野郎しかいなかったじゃねえか。くそつまんねえ…大体全殺しじゃねえよ。虫の息でも生かしとかなきゃ、あのアヤカシ食わねえだろう」

「だな。めんどくせえバケモンだ。跡形残さず処理してくれるのはありがたいけどな」

 彼らはそこで会話を打ち切り、地下室の扉を蹴った。げたげた笑いながら。

「おいこら聞いてるか、おい! 出てこいよ! おーい! 開けないならぶち壊すぞー!」



 地下室内部。
 剣のみならずロープも拷問器具も、とりあえず使えそうなものは全部剣と一緒に閂として突っ込まれている。
 それでも外からの衝撃で扉は、ばんばん揺れ続けている。
 階段に座り込むロータスはこめかみを押さえていた。動揺しているのか早口である。

「ええと、ですね。とりあえず僕の見解。照明の火が燃えているからには通風孔とかあると思うんです。でもそこは対策してるはず。だからこそ向こうも焦ってないわけでね。この地下室の構造と上にいる方々の攻撃力を考え合わせて入られたら終わり。扉は長く持たないと思います。とくればあなたがたは当然として僕もエリカさんも危険なんですよ。このこと誰にも言いません墓場まで持って行きますと今から2人して公に誓いましても」

「…わない……絶対誓わない…!」

「エリカさん、寝ててください。興奮するとまた出血しますから…ほら、言わんこっちゃない…とにかくそうしてもジルドレ公が信用するわけないです。この場合どの観点からも殺した方が早いし。ですので提案。あのアヤカシ、檻から出しませんか? 場が混乱すれば逃げられる可能性ありますんで」



 ジルドレ公たちは狩猟服を着、森の中へ、馬蹄を踏みとどろかせ分け入っていく。
 
「いやあ、楽しみですな!」

 彼らが手にしているのは、きらきらしい装飾の入った銃。機械弓。投げ縄。肉厚の短刀。
 獣を狩り出し殺すためのもの。



■参加者一覧
そよぎ(ia9210
15歳・女・吟
岩宿 太郎(ib0852
30歳・男・志
マルカ・アルフォレスタ(ib4596
15歳・女・騎
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
藤浪 瑠杷(ib9574
15歳・女・陰
松戸 暗(ic0068
16歳・女・シ
硝(ic0305
14歳・女・サ


■リプレイ本文

「私を引きとどめる理由とは一体なんですの?」

 傲然と言い放つマルカ・アルフォレスタ(ib4596)に、番兵たちは戸惑いを見せた。

「いや、しかし夜分遅くにうら若きお客人が外出なされるのは…何かと物騒でして…公爵様のお言い付けで」

「ですからいかなるお言い付けでしたの?」

 自分は怪しまれてはいるにしても、完全に黒だと見なされている訳でない。もしそうだとしたら、もっと強力な制止をかけるよう言い含められているはず。
 推測したマルカは、ひややかな眼差しでごり押しする。

「無礼な。子供ではないのです。そこを通しなさい‥‥私は貴族なのですよ?」

 番兵たちは重ねて引きとどめようとしなかった。公爵からはっきりした指示が来ていない以上、自分の意思で貴族階級に楯突くのが憚られたのだ。ここではそれが普通の心理である。



 よどんだ空気の中、藤浪 瑠杷(ib9574)は考える。ロータスの案に乗るか乗らないか。
 肥え太ったアヤカシと、痩せ衰えた子供たち。
 見比べて彼女は決断する。

「…アヤカシを外に出せばそこにいる子供達の命も危ない気がします。現時点ではその案は却下です。できることを、やれるだけやって再考しましょう。ロータスさん、諦めが早いですよ」

 返答を聞いてロータスは、ますますこめかみを押さえた、硝(ic0305)に聞く。

「あなたのご意見は?」

(屋敷の方面で工作している人たちが、こちらの異変に気づかないはずはない。恐らく援軍が来る。そうなれば形勢逆転も、あるいは可能)

 そこに望みをかけ彼女は、抗戦を表明する。

「難しい戦いですね。…楽しませてもらいましょう」

 そよぎ(ia9210)はエリカの傷口に止血剤と薬草を施し、包帯で縛り、その上から癒しの光を当てていた。意識があるのがまだしもだが、出血がひどい。ブーツのあたりまで赤く染まってる。引き換え顔色は真っ青。
 戦うどころか自力で逃げることすら難しそうだ。

「そよぎさんは?」

 このままでは皆殺しにあう。みすみすそうされるくらいなら、罪となるだろうアヤカシ解放も辞さない――そんな思いの彼女であるが、ロータスからの問いにはこう答えた。

「硝さんと瑠杷さんの考えに従います」

 エリカもかすれ声を出した。

「…そうね…まだ…やれる…」

「…なんだってこう、闘争心にあふれた女性ばかりなんでしょうね…」

 ぼやくロータスを置いて瑠杷は、地下室入り口へ罠を設置しにかかった。
 『黒』をかざし呪を唱え、巨大な髑髏を出現させ、地面に沈み込ませていく。



 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は階下の騒ぎに気づき、急いで階段を下りる。

「あなたがた、ここは公爵様の私邸なんですよ! 出て行ってください!」

「全くだ、出て行かぬか!」

 女中頭が金切り声を上げ、護衛頭が吠える前にいるのは、総勢30名からの開拓者たち。
 ピンと事情に気づいた彼女は威厳をもって歩み寄り、呼ばわる。

「貴公等、何をやっているのか!」

 進み出てきたのはマルカ。
 彼女は手にしていたギルドの調査要請書をリンスガルトに渡す。

「このようなものが出ておりますので」

 書面に目を走らせたリンスガルトは、表情に軽蔑を浮かべた。

「ほう…調査要請書とな。面白い! 親愛なるジルドレ公が悪事に手を染めている筈がない」

 応じてマルカもすまし声を出す。

「さあ、それはどうですかしらギーベリ様。なんにしてもキメラ討伐の依頼内容と内実があまりに掛け離れているというのは、事実のようですわよ?」

 双方打ち合わせなしの名演技だ。

「ほう…よろしい。ここは敢えて調査を許可し、後にギルド上層部とアルフォレスタ家の者の首を飛ばしてやるのがよかろうて、くく」

 リンスガルトの宣言に屋敷の主だったものたちが驚愕を浮かべ、くってかかった。

「なりませぬギーベリ様!」

「公爵様もいらっしゃいませんのに、そのようなこと勝手に許可されては!」

 目を光らせた彼女は、とりあえず最も手近なところにいた公爵主治医の頬を思い切り引っぱたいた。一応手加減してだが、それでも体が軽く浮くぐらいの力を入れて。
 何しろ派手にしないと、見せしめとして効果が少ない。

「平民の分際で貴族たる妾に逆らうか! 汝等は貴族の使用人である以前に平民なのじゃ! 分を弁えよ!」

 ギルドでマルカと顔を合わせ、事件の概略を聞くとともに依頼を受けた松戸 暗(ic0068)は、すっと場を離れる。

「ついでじゃ、屋敷の者達は全て捕縛し一所に集めるがよいぞ。なあに、ごっこじゃごっこ。帰宅した公がこの様子を見れば、妾のこの「悪戯」に大笑いされるであろうぞ」

 森に行ったまま戻ってこない一行を救助しなくては。
 シノビの経験上こういう場合百発百中の確率で口封じが起きている。公爵たちが狩りに行ったというのも、その関係である可能性が大。

(まだ生きてるといいんですが)



 外に出した式から瑠杷の頭に、直接映像が送られてくる。
 どれも型は同一だ。盾に斧。腕に例のワイヤー射出口がついている。
 エリカを襲った奴は確か盾も斧も破壊されていたはずだが、どこかに予備が備えてあるのだろう、新しいのを手にしている。
 しかしこいつだとは一目で分かった。口にしている台詞で。

「おい、いい加減出てこいよ貴族のねえちゃん! 漏らすほどかわいがってやるからよ! 腹かっさばいて直接突っ込んでやるよ! 死ぬほどいい思いさせてやるよ!」

「お前本当にど変態だなー。旦那方の趣味がうつったんじゃねえか?」

「元からだよこいつは。大体旦那方は毛もねえガキにしか反応しねえわ」

 正直胸がむかつくだけなので聞いていたくないのだが聞こえるものはしょうがない。
 侵入された際のため、障壁として地下室内部を配置替え。邪悪そうな椅子とか台とかいったものを固定された床から引っ剥がし、バリケードを作る。
 エリカを抱き抱えアヤカシの檻を眺めているロータスに、そよぎはクギを刺しておく。

「あたしは全然認めたわけじゃないけど、エリカさん抱えて走れるのはこの中ではロータスさんだけだから。本気で守ってあげてほしいわ」

「――ま、善処します」



「くっ…こんな大事な時に、けがしてる場合じゃないのにいッ!」

 ジルドレ邸の近辺に気配を殺し潜んでいるエルレーン(ib7455)は歯がみし、待つ。スィーラ城から公への調査許可証が来るのを。

「それさえあれば、おおっぴらに探しまわれる…しょうこをあげて、あのきもちわるいおじさんを捕まえてやるっ!」

 彼女は出来るだけたくさんの紙に、仕事中に頭に叩き込んだ見取り図を書き写す。いずれ始まる捜査に役立ててもらおうと。

「それまでなんとかたえててね、みんな…!」



 扉に別の攻撃が加えられてきた。斧だ。斧で破壊しようとしている。
 扉の透き間から入ってきた刃が、次々代用カンヌキを打ち砕いて行く。

「ワイヤー引っ掛かって絡まればいいのに…」

 毒づいて瑠杷は先手を打つ。式を呼び出し脅しをかける。

「っと、なんだこの気色悪い声」

 アーマーの1人が手を止めた。
 止めない2人が彼に言う。

「あ、これ知ってるわ。陰陽師が使うやつだぜ。大丈夫だ問題ねえ」

「あーあー、オレも知ってる…ていうかここにアヤカシ納品に来るのそれ関係のやつだし。つーわけで残念だったな驚かねえよ!」

 バゴンと扉が粉砕された。
 同時に巨大などされこうべが出現し、踏み込もうとしたアーマーたちを飲む。

「うわっ、なんだこなくそが!」

 内部から斧を振るいされこうべを破壊する彼らに向け、一条の青白い光が突っ込んできた。
 岩宿 太郎(ib0852)である。

(間に合った!)

 脱出したアーマーは不意をつかれて倒され、彼の唯一の手持ち武器「物見槍」は折れた――もともと武器として貧弱なのだ。
 彼は逃げ出す。早速1体襲いかかってきたので。

「待てゴラア!」

「うるせえ腐れ缶詰! 待つわけねーだろバーカバーカ!」



「狩られるのは、どちらでしょうね」

 言うなり硝は、扉から入ってきた1体のアーマーに襲いかかった。
 盾で弾かれるがひるむ事なく、脚部の関節を狙う。
 アンカーの存在は既に知っているため、発射されても不意打ちは食わずにすんだ。一度出して当たらなければただ邪魔になるだけなので、敵もすぐ切り離す。
 もともとアーマーは屋内で戦う道具ではない。動きにはかなり不自由している。
 だが、その分を補うほど破壊力と防御力がある。
 物音の激しさに子供たちがおびえて叫び始めた。
 身を低くしバリケードの後ろにいるそよぎは、激しい物音に紛れ、眠りを誘う歌を口ずさむ。
 アーマーが立ちくらみを起こした。だがすぐ原因を解したらしい。バリケードに向け斧を叩きつけてきた。頭上を刃先が通過したことで、そよぎの歌声が一時止まる。
 硝が喉笛を突いた。
 刺さりはしなかったが衝撃は強かったもようだ。相手は咳き込んだ。
 そして一層いきり立つ。

「このクソガキ!」

 盾を叩きつけられ硝は、檻に体を打ち付ける。振り下ろされてきた斧からすぐさま身を翻し避ける。



「おいおい、なんだお前。不法侵入者の仲間か?」

 地下室に1体アーマーが入って行った。もう1体は闖入者を追って行った。そこまで見た。残るのはこのアーマーだけ。
 こいつは下に行かないよう、少しでも足止めしておかなくては。
 早々見切った暗は、弱々しい表情を作る。震えてまでみせる。

「いえあの、そういうわけではないんです。わたくしはただ、見てこいと頼まれただけで。ほ、本当なんです」

 嗜虐心をそそられたのだろう、相手は笑い出した。斧の刃先でぴたぴた頬を叩いてくる。

「ひひ、信用ならねえなあ」

「そ、そんな、本当です、本当なんです、命だけは助けてください、なんでもしますから!」

 土下座までして許しを乞うたのがさらに気に入ったらしい。いきなり背中を踏み付け――延々踏んでくる。
 アーマーの重量でそうされると、かなりきつい。
 しかしこの態勢。

「なんでもかー、そうだなー、そんならお前ケツに」

 思い切り死角が狙える。
 見切った彼女は足がどいた瞬間、隠し持っていた「鴉丸」を差し込んだ。股間の間接部分に。

「うぉおおおお!?」

 残念ながら中までは刺さらなかったが、繋ぎが破壊され前があく。
 そこに蹴りを入れるのと時を同じくして、蹄の轟きが聞こえてきた。
 暗は急いで身を隠す。
 狩猟服に身を包んだ紳士たちに、前を押さえたアーマーが敬礼した。

「…これは公爵様…」

「お前達、逃がしたり殺したりはしておらんだろうな――3人は」

「はっ! それはもちろん…」

 言いかけたところ、地下室から叫び声がしてきた。

「止めろてめえ、なにやってんだ!」



「アーマーで生身の者を襲うなど、それが騎士のする事ですか!」

 マルカの『グラウシーザ』が放つ衝撃波は、散々穴にはまったせいで泥に汚れたアーマーの巨体を浮かし、なぎ払う。
 地響きが起きるほど派手に転倒した相手に彼女は、直の攻撃を打ち込んだ。
 アーマーの頭部が割れ顔が出てくる。存外整った顔だった。
 それは彼女と背後にいる開拓者たちの集団が、公爵の所有する武具を纏って出現してきた意味が分からず、きょとんとしているようだった。

「…公の元に案内なさい。大事な話があるのです」

 顔を腫らし鼻血を盛大に流している太郎は、にやりと歯を見せ伏していた地面から立ち上がった。

「いちち…もうちっと早く来てくれてもよかったけどな…」



 ぐちゃぐちゃになった地下室で、硝と瑠杷とそよぎは固唾を呑み動きを止めている。アーマーもそうだ。
 入ってきた公爵はきつく目を細める。
 アヤカシの檻にあった符が1枚きりとなり、しかもその1枚にロータスが手をかけている。
 結界が緩まったゆえかアヤカシはますます膨らみ、檻の透き間から肉が零れ出て、今にも爆発しそうだ。

「貴様私を怒らせたいのか?」

「ご冗談を、あなたとっくに怒ってらっしゃる。アーマーに加えてあなたたちにまで来られたら正直もう無理ですし」

 公爵は肩に担いでいた猟銃をロータスに向けた。

「撃ったら衝撃でつい剥いじゃうかも知れませんよ」

「だとしたら貴様は捕獲していたアヤカシを解き放ち民に害を与えた重罪人ということになるな」

「かも知れませんね。だけど誰がそれを言い触らせるんでしょうね。閣下も閣下のご友人もその時にはアヤカシの腹の中でしょうに」

 張り詰める一方の空気。そこに、突如邪魔が入った。

「こ、公爵様。戻ってきてくださいまし!」

 地下室上からの泡食った呼びかけに舌打ちし、場をアーマーに任せ一旦戻った公爵は、マルカと開拓者たちの姿を見る。
 彼女は恭しく礼をしギルドからの書状をたかだか掲げ、開いて見せた。

「何をなさろうとしていたのか知りませんが、疚しい所がないのでしたら調査にご協力くださいまし。それと、わたくし達が此処にいる事とその事情は全ギルド員の周知の事ですので」



「来たーっ!」

 エルレーンは目をこらす。真夜中の空に。
 羽ばたきを聞いたと思ったのは間違いではなかった。白の駿龍が3匹飛んでくる。上に乗っているあの人達の衣装は、間違いなく特使のもの。
 手を大きく降り、声を張り上げる。

「こっちだよー、こっちー!!」

 特使らは呼びかけに気づき、降りてきた。
 彼女は早速事情を説明し、邸に案内した。特使が共にいるとあれば正面から堂々と戻れる。

「したっぱの人以外は、全員てきなのっ!」

 邸ではすでに開拓者たちによる捜索が始まっていた。そこへ改めて見取り図を配布し、自身も捜索を開始する。リンスガルトに説明し、事件について何もかかわっていないと思われる人達を解放してもらい、手伝わせる。

「何か、子どもたちがここにいた、っていう証拠を…!」

(ジルドレ公爵がもしあそびで人を殺すなら、その「戦利品」をどっかに隠しているんじゃ…)

 書斎に続き寝室に踏み込んだ彼女は、そこで、呆然としている開拓者たちの姿を見た。
 彼らは見つけたのだ。寝室の隠し棚と、そこに並んだガラスの筒に、可憐な顔立ちをした子供の首から上が剥製となって収められている。
 階段を駆け上がってくる音。髪を乱した公爵のお友達が怒鳴り込んでくる。

「貴様らこんなことをして、後でどうなるか分かっているんだろうな! ただではすまさんぞ!」

 彼女の中でぷつんと何かが切れ、気が付いたら手が出ていた。

「…今の私を、おこらせないでよッ!」



 戻ってきた公爵たちにリンスガルトは言い放つ。

「貴公等はその地位や資産で善行を成す事も出来た。残念じゃ」

 怒りで顔を青黒くした公爵は、言葉にもならないうめきを漏らし、リンスガルトの首を絞めかけた。彼女はそれを払いのけ、先程彼の主治医にしたよりなお強く、平手打ちをお見舞いした。

「鞭の礼じゃ」