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■オープニング本文 世界に存在するのは天儀やジルベリアやアル=カマルといった大型の儀だけではない。まだ名もつけられてない中小の儀も、無数に散らばっている。 各儀を繋ぐ飛空艇の航路にあるものは大概網羅されているが、それでも取りこぼしはある。 「そういうところにはまだまだ未知の動植物が存在してん。あたしはそれを研究しとってな…で、今回はその手伝いを是非してもらいたいんや。ほんまは知り合いに菓子折りで引き受けさせよか思うとったんやけど、生憎その子別件で無茶やらかしてな、腹に穴あけて今ダウンしてしとるん」 と、博物学者のファティマは開拓者たちに言った。カラカルのような鋭く尖った耳をぴくぴくさせながら。 「で、しゃあないからギルドに正式依頼出すことにしたんよ」 彼女は開拓者たちに小儀の地図を配る。周辺を飛行してざっと得たデータを示しただけの図だ。 形は歪な円形。円の内縁に沿って三日月みたいな陸地があり、後は海…大きさから言ったら湖と表現した方がよさそうだ。 全体の大きさは直径3キロといったところ。 「植生から見て気候は亜熱帯といったとこや。恐らく相当数の固有種もおる…ただ、あれのせいでろくな調査が出来へん。困っとんのや」 開拓者たちは彼女の操縦する中型飛空艇の窓から、小儀を見下ろす。 湖のところに飛沫が上がった。 海獣型のアヤカシだ。長い長い首の先に、ワニのような顔がついている。かなり大きい。 上空にいるこちらに向かい、猛り狂って吼えかかる。 ギャオーン グオオオオーン ファティマはかけていた眼鏡を、くいと押し上げた。 「あれを退治してくれへん? このままだと埒があかんの。下手したら儀ん中におる生物が食い尽くされるかもしらん――それだけは避けんと」 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
雪切・透夜(ib0135)
16歳・男・騎
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
バロネーシュ・ロンコワ(ib6645)
41歳・女・魔
日依朶 美織(ib8043)
13歳・男・シ
来須(ib8912)
14歳・男・弓
紫ノ眼 恋(ic0281)
20歳・女・サ
銀哥(ic0621)
72歳・女・サ |
■リプレイ本文 来須(ib8912)の目には、苦もなく全てが見渡せる程度の天地が映っている。 「随分小ぢんまりした儀もあるんだな……」 アヤカシはこの範囲内から出られない。逃走されてしまうことはまずない。だが仕留めるのが楽だとも、いちがいに言えなさそうだ。水中という逃げ隠れの場が大量にある。 「水に矢とか通る気がしねえ……威勢のいいままでいて貰いたいもんだけどな」 銀哥(ic0621)が、愉快げに片目を細める。 「まだまだ未開の地が残っておるものじゃな…」 雪切・透夜(ib0135)といえば、人知れず楽しみにしていた。アヤカシ退治というよりも、後にある調査について。遺跡巡りや自然探求と言った、学術的なものが大好きなのだ。 そんな彼が広げているスケッチブックを羽喰 琥珀(ib3263)が覗き込み、描き込まれている絵の精緻さに感嘆する。 「すげー! 透夜、本物の絵かきになれんじゃねえか?」 「いやいや、そこまでのことはありませんよ。趣味の領域でして…」 照れる透夜に、バロネーシュ・ロンコワ(ib6645)は微笑み、言う。 「いえ、ご謙遜なさらず。これだけの絵はなかなか描けるものではないと、私も思いますよ…処変われば調べるべき物は色取り取りでしょうから、ある意味楽しみですね」 ファティマがぱんぱんと手を叩き耳目を集めた。 皆の顔が向いたところで彼女は、にぱっと人懐こく笑う。 「始めましょか。作戦会議。一応やっといた方がええやろ。敵はなかなかの大物やしね」 「おお、確かにおっしゃる通りだぜ、ファティマセニョリータ。個人レベルで未開の儀を探索できるなんざ、ワクワクする話じゃねぇか。おまけに依頼人が美人のおねーさんとくりゃあ、俺もドキがムネムネですよ」 調子いいことをのたまう喪越(ia1670)の肩をファティマは、ばしばしと叩く。 「まあうまいこと言うてぇこの子は。おだてたってびた一文ギャラは上げへんよー?」 どうやら彼女は経済観念のしっかりした人らしい。 それはともかく女性とボディランゲージが取れたので、喪越としてはまず満足だ。 「しっかし、何だってこんな大物のアヤカシが居座ってんだか。人間はいねぇみたいなんだろ? 食事に困りそうなもんだが――希儀の例もあるし、一概には言えねぇ、か」 「せやね。餌となる人間がおらへんようになったら自然消滅するかいうと、そうでもないし」 (…分かりませんね、アヤカシのことばかりは) 思いながら日依朶 美織(ib8043)は、早速意見を出す。 「水中特化型となると、厄介です。とにかく出てきたところを逃がさないようにしないと…それであの、ファティマさん、ご相談したいことがあるのですが――」 話をしている間も飛行艇の下からは、パクッ、パクッと顎が開閉する音が、止む気配なく続いている。 恐らく紫ノ眼 恋(ic0281)が窓から身を乗り出し、威嚇返しをしているせいであろう。 「世は常に弱肉強食さればお前もまた、この狼が喰うッ!」 ● ボウンと鈍い爆裂音を立て水柱が上がる。飛空艇から焙烙玉が投下されたのだ。 一旦水に潜っていたアヤカシはいきり立ち、陸に向かって逃げて行く機体を追い始めた。 飛空艇は相手をあおれるだけあおっている。今しも顎が船尾に触れそうな水面ぎりぎりまで下降し、また上昇といった荒業を繰り返し。 操縦席に座っているのはファティマその人だ。船員兼助手は側で悲鳴を上げている。 「ファティマ先生、危険です捕まります! 機体が壊れます!」 「ピイピイしなや舌噛むで!」 アヤカシは波を立て、全速力で追跡している。 「すげえ運転だな…」 浜辺の茂みに隠れている琥珀は呟き、『朱天』を握りこんだ。 浜の浅瀬には鉄の杭が打ち込まれており、銛が長い鎖で結び付けられていた――透夜の仕事だ。 陸に接近してきたところで飛空艇は急上昇し離脱する。 「おーおー…こりゃまた大きいヤツじゃなぁ。よぅ食うのもわかるわい」 銀哥は懐から生肉の一塊を取り出し、大きく振りかぶり、水面目がけて投げた。 匂いに引き付けられアヤカシは瞬時に向きを変える。意識は逃がした獲物より、新しい見慣れぬ獲物に向く。 「おーい、こっちこっちー!」 「その首置いていったらんかい!」 両手を振る琥珀の動きと恋の咆哮で更に引き付けられ、陸に向け急接近してくる。 首を伸ばし顎で捕まえ水中に引きずり込むという、普段している通りの動きを見せたそのとき、横合いから透夜が飛び出してきた。 彼は地面に伏せていた銛を素早く取り上げ、敵の胴目がけて投げつける。 銛の先端が肉に食い込み没する。 反射的にアヤカシは身を翻そうとした。鎖がビンと伸び、杭が引っ張られる。 巨体が縫い止められたわずかな時間を逃さず、『朱天』を手にした琥珀が側面へ回り込み、右目を深くえぐりこんだ。 「俺を喰えるもんなら喰ってみろってんだ、このデカブツっ」 直後アヤカシは刺された方の側へ首をねじ曲げ顔の重量を琥珀に叩きつけた。 琥珀は刀を相手の目に残し吹き飛ばされる。 来須が『森霊の弓』引き絞り、次々矢を放つ。敵の注意を切らさせないように。 (逃げられる前に潰せれば面倒はいらないんだけどな) アヤカシの腹に食い込んでいる銛は、早くも揺らいでいる。地面深く打ち込まれた杭は、すでに半分以上浮き上がってきていた。 拘束が解けるのを遅らせるためバロネーシュは古銭による挑発を中断し、『月光』から吹雪を放つ。 浅瀬の水面が凍りアヤカシの体に張り付いた。 「貴様の相手はこのあたしだァッ」 恋が勇ましく切り込む。回復が追いつかず目が見えない側ではなく、目の見える側に。牙が肌をかすめるにも臆さず、『火焔』次々手傷を顔に負わせていく。 銀哥はそれに合わせる形で、顔ではなく、主に前ヒレ部分に切り込んで行く。縛りがいつまでも効かない以上、機動力をあらかじめ奪っておくのが、肝要と心得て。 「あんまり動いてくれるなよ…斬り難いじゃろ」 敵の注意は今仲間に引き付けられている。 確信をもった美織は三本を拠り合わした巨大な縄を担ぎ、前以て潜んでいた穴から飛び出した。 アヤカシの顔は戦っている恋たちに向けられたままだ。 (そのまま、そのまま。こっち向かないでよー!) 祈りながら全力疾走した彼だったが、浅瀬はシャーベット状態。水蜘蛛の発動が不完全になってしまったため、向こうも無反応のままでいてくれなかった。 物音は確実に聞こえたようで、首をぐいとねじ向けようとする。 銀哥がそれを察し、引き付けにかかった。 「ツレないねェ…こっちも構っておくれよ!」 彼女が奮った双剣『日月護身』の衝撃波が大波を作り、アヤカシの顔にぶち当たった。 (大丈夫いける、こっちは見てない!) 美織は一気に走りきり、相手の胴を蹴り、首の上に跨がり、無理やり縄を結び付けにかかった。アヤカシは振り落とそうともがく。水に濡れた体はツルツル滑る。 「発動させるなら今、今でしょ!」 うそぶき喪越は、大技を繰り出す。 空間に歪みが生じ、形容しがたい肉の塊、臓腑の集合体のようなものが出現した。 それはぶちゅぶちゅ気味悪い動きでアヤカシの体に張り付き、溶かし、食っていく。 ようやく縄を結び切った美織は、急ぎその体から飛び降りた。 アヤカシは嫌悪に駆られたように、張り付いた得体の知れないものを、我が身の肉ごと食いちぎる。 バロネーシュから治癒を受けた琥珀は隙に乗じ、急いで目に刺さったままの刀を回収にかかる。 「あちち…くそ、俺のもん返してもらうぜ!」 彼が目から刀身を引っこ抜いたそのとき、アヤカシはとうとう杭ごと銛を引っこ抜いた。 傷口から瘴気を立ちのぼらせながら深みへ逃走を図る。 飛空艇が急降下してきた。機体の外に出したフックに美織が結んだロープの一端を引っ掻け、岸に向け引っ張る。 「逃がさへんよ! ここで浄化してもらい!」 アヤカシとの力比べで、飛空艇の機体がぎしぎし軋む。 そのままなら多分飛空艇の負けだったろうが、岸辺からひっきりなし来須の弓やバロネーシュの吹雪、美織の苦無といった攻撃が仕掛けられていれば、弱るのはアヤカシの方だ。 巨体は踏ん張り切れず、岸へと連れ戻されて行く。 そこでは透夜の『迎陽花』が待ち構えていた。 「さあ、もうお仕舞いにしましょう」 彼は膝まで水に浸かりながら、アヤカシの喉に、渾身の一撃を打ち込む。 琥珀も止めとばかり、脳天に。 アヤカシの長い首が、糸が切れたようにくたっと支えを失い、横倒しに落ちて行く。それはすぐさま形を失い瘴気の泡として泡立った後、完全に消えてしまった。 残るのは澄んだ水ばかり。 飛空艇が着水し、ファティマが降りてくる。 「皆、ごくろーさん!」 足を靴ごと濡らしながら岸に来た彼女は、砂の上五体投地している喪越に目を向ける。 「ああオレは駄目な人間だ生きてる価値なんか欠片もないんだ適当にいいかげんなふりして世の中渡ってるけど本当はそんなことしたくないんだこのままやっていて老後がどうなるのか不安で不安で…」 「どしたん、この人。えらいウツなってんで」 銀哥が顎をかいて答えた。 「…まあ、技の副作用みたいなもんじゃな。ほっときゃそのうち治るから気にせんでええ」 ● 「さってお待ちかねの探検の時間っ。どんな面白いもん見つけられるか楽しみだなー」 ファティマから借りた記録用具、スケッチブックと鉛筆を身につけた琥珀は、意気揚々朝の森(規模として林くらいだが)を探索する。同行している来須は、さして警戒もせず進む。 「陸が少ないとくると、大型の獣がいるとは考えづらい気はするよな。いても小動物か鳥くらいなんじゃねえの? こんな小っちゃい島じゃ、狩りなんかしたらすぐ荒れそうだな」 といってもファティマからは、生物に直接触れないようにという注意を受けている。今回は観察と記録だけで、標本は採取しないのだそうだ。 「そうですね、ここは箱庭のようなものですから…出来うる限り現状の自然を保ち、無闇に荒らさない様にしませんと」 バロネーシュは、周囲にある植物に目配りをする。全体に花の種類が多いようだ。少し歩いただけで、もう10ほど見たこともない品種を見つけた。後は虫も多い。 その前で銀哥がはたと足を止めた。 「ほう、これはまた鮮やかなものよのう」 彼女が見つけたのは鳥だった。雀ほどの大きさだが、色と形の華麗さは目を見張るものがある。人間を見たことがないせいだろう、怖がらずに近くまで降り、首を傾げ眺めてくる。 「…それにしても本当に、大きな生き物がおらんようじゃな」 ● (こんな小さな儀にも命が、しかも独自の生態系が生きているのだな。ふむ、不思議だ……) 恋は冷静ぶってはいるが、知らないものに興味津々。大いに楽しんでいる。 「こ、これはなんだろうか! はじめて見るな」 樹上から垂れ下がる小さな鈴を集めたような花房の下をうろうろし。 「これ、食べられるのかな……」 丸っこいチョコレート色のキノコに眼を輝かせる。 しかし彼女が最も反応したのが、動物だった。 (こ、ここここれは‥‥) 前足で葉っぱをつかんでもしゃもしゃ食べているこの羊っぽい生き物。モコモコした揚げ句潤んだ黒目かつ手のひらに乗るほど小さい。そして愛くるしい鳴き声。 「ミェー?」 「…あ、あたしはゆるかわとか認めない立場だからっ! あんたなんかに心動かされたりしないんだからねっ!」 「どうしました、恋さん」 「あ、いや。なんでもない……」 咳払いしてごまかす恋に首を傾げる美織。 透夜は休む事なく、せっせとスケッチをしたためている。 「どうされました?」 「…喪越はん、あんたさっき湖の中探ったとき、大きな魚おらへんて言うたね?」 「ああ、そうだぜセニョリータ。いやー、きれいなもんだったぜ、花が群れになって泳いでるみたいで」 「フーン…興味深い生態系やわ。もしあたしの推測が当たってたらやけど…」 「なんだい? 教えを請いてぇところだな。あんたにゃ個人的にも興味がある。こう、手取り足取り腰取」 ざれる喪越の耳をファティマは、思い切りつねった。 「あかんよー、お触りはー。金とんで?」 「いででで、タンマ、いでででで」 採集した植物の全図を描き終えた透夜は、ふと彼女に尋ねる。 「所で、此処って名称はあるのでしょうか?」 「え? せやねえ、一応番号はふってあるけど、名前ちゅうたらまだないかな」 「では、何かしら付けるのもいいかと。水辺が月に似てますし…「涼月」とか如何です?」 「へえ、そりゃ風流やね。ええよ、ほしたらこの島、涼月て呼ぼ」 ● 夜。 水に浮かぶ飛空艇の中では、調査の総括が行われていた。 「儂ァはあんまり学がないでの。こういうのが役に立つかはわからんけどもさ、イキモノはそこに根ざしてる時の方が生き生きしてる姿をしとると思うんじゃよ」 「ん、せやな。なんにしても無事に第一次調査終えれてよかったわ。さて、今日一日でとりあえず分かったこと、説明しておこか。協力してもろたしね」 言いながら彼女は、鮮やかな色の魚が泳ぐバケツを持ってくる。 「涼月はなー、ほんまに珍しい生態系を作ってるわ。第一の特徴は、多くの生物が小型化してる――そこまでは他でもあるこっちゃ。次の第二、これが珍しいねん。この島は草食動物ばかりや。肉食動物という階層がない。あのアヤカシはあくまでもイレギュラーやしね」 その言葉に透夜は眉をひそめた。学問的にありえないことと思えたのだ。 「いや、しかし…」 「まあまあ待ってな最後まで喋らせて。ほしたらどうやって全体の数が調節出来てるんかていうねやろ? 琥珀くん、あんたが釣った魚は、皆上げたときには死んどったんよね?」 「あ、うん。なんか知らねえけど、ぴくりともしなくなっててよ」 頷いたファティマは小さな針を取り出し、泳いでいる魚に軽く突き刺した。 魚は激しく痙攣し、数秒とたたず浮いてくる。 「どういうことだい?」 喪越の問いかけにファティマが、考え深げに言った。 「もっと詳しく調査してみなならんけど、植物はともかくここの生物は――恐らくほとんどが有毒体質や。多分血に有毒成分があるんやろね。ちょっとでも傷が付いたら自家中毒起こしてこんなふうに死による。それで儀を崩壊させるほど種が増えんようになっとんのやな」 銀哥は絶句した後、つまらなそうに肩をすくめる。 「…じゃ、ツマミは持って帰れないってことか」 「んー、やめといた方が無難やろね」 バロネーシュは浮いた魚を見下ろし、ふっと息をついた。 「なにやら切ない生き方ですね」 「そうかもな――あ、そういうたらバロネーシュはん。あんたさんはあたしと同郷なんやてね? くにの話とか、聞きたいわあ――皆もお疲れさんでした。ま、ま、アラック飲みやし」 言いながらファティマは荷をあさり、酒瓶とコップを出してくる。忙しなげに、楽しそうに。 |