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■オープニング本文 雨の夜。アーバン渓谷全体に轟音と地響きが起こった。 すわ地震か。 眠気を覚まし外に飛び出た住民は、山脈のから怪しげな光線が、空一面に立ち込めている雨雲を照らしているのを見た。 それはおおよそ数分続いた後、ふっと消える。後は何の物音もしなくなる。 ひたすらな沈黙に恐怖を覚えながら、住民は、まんじりともせず朝を迎えた。 この渓谷はそこそこ名の通った冬季観光地である。アヤカシに襲撃されたことも、これまで二度か三度しかない。どれも低級アヤカシばかりであり、死傷者が出たこともなかった。 そんな安全な土地であることが誇りだったのだが、とうとうアヤカシの本格的な襲撃を受けてしまうのだろうか。 おののきながら朝を向かえた彼らは、ギルドを通じ来てもらった開拓者たちを伴い、原因究明に乗り出した。 ● 山脈の斜面を見た人々は驚きに捕らえられた。木々が軒並みなぎ倒され地面がえぐれている中に、見慣れぬ塊が食い込んでいるのだ。 鍋の上にひっくり返した鍋をかぶせた、といった形。全体がぬるりとした黒色で、石なのか金属なのか、よく分からない。 それよりもっと分からないのが、ここにある由来。見る限り物体の周囲以外には、荒らされた形跡がない。であれば、地上を移動してきたわけではないということ。 「落ちてきた…のか?」 もともと斜面である上昨夜からの雨で地面がぬかるみ、足場が悪い。 気をつけながら開拓者たちは、道案内してくれた住民たち数名を遠ざけ、目標に近づいていく。 アヤカシの中には無機質な形態をとるものも存在するが、これは――どうやらそういうのと違うようだ。瘴気などは出していない。 「とくると、ますます何なんだか…」 「誰かが開発した新型飛空船とか?」 「いや、それにしては入り口ないし。このぐるっとついてるのも窓じゃなさそうだしなあ…。中が見えない…」 「じゃあ、土偶」 「うーん…そうかな…こんな形の見たことないが…」 物体を取り囲んであれこれ論じるところ、誰かが耳をくっつけた。 「ねえ、これまだ生きてるみたいだよ。何か音が聞こえる」 また誰かが行動を起こした。 「へえー。なら刺激与えたら動くんじゃないか?」 がん、と蹴りつける。 瞬間窓の一つから光線がほとばしった。それは開拓者たちの頭上を抜け高峰の頭頂部に当たり。 …ドォオオオンンンン… 一瞬にして山の形を変えた。 |
■参加者一覧
南風原 薫(ia0258)
17歳・男・泰
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
そよぎ(ia9210)
15歳・女・吟
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎
九条・奔(ic0264)
10歳・女・シ |
■リプレイ本文 「巫山戯た威力だな、こりゃあ」 南風原 薫(ia0258)は額に手をかざし、鍋のお化けXがそいだという高峰を見上げる。 もしここに帝国軍砲兵部隊がいたとして、最新式の大砲を有りったけ持ってきたとして、これだけ山の形を変えるなど不可能だ。ましてこの遠距離で。 彼の相棒からくり斑葉は、いかめしく腕組みをしたままノーコメント。元来無口な性分なのだ。 「生きてるの? でも叩いたら怪光線って意味がわからないわね」 興味はあるが威力の凄さに気後れしているそよぎ(ia9210)は、相棒の招き猫型土偶・キティの陰に隠れ、Xを覗き見している。 キティは土偶らしくどしりと落ち着いたまま、そんな主人をからかっていた。 「カイコウセンクライキティモダセルネ。ツケモノイシコワガルヒツヨウナイヨー」 忍犬の遮那王は主人である鈴木 透子(ia5664)と一緒に、Xの周囲を回ってみる。 「本当に、これを街中に運ぶんですか」 かなり危険なのではという疑問が脳裏をかすめたが、透子は、深く考えないようにした。きっとこれが何かを知っている人がいるのだろうと。 耳を当ててみるとかすかに、『…ブゥーン…』という単調な音が聞こえた。虫の羽音にも似ている音だ。 遮那王は三角の耳をぴこぴこさせ、しきりと匂いを嗅いで二、三吠えかけ、反応がないので首を傾げ、Xに向かって後ろ足を上げかけた。 透子が大慌てで止める。 「おイタは禁止。」 大人しく言うことを聞き、離れて用を足す紗那王。 その姿に八十神 蔵人(ia1422)は、胸を撫で下ろした。 この物体について彼は、3つの可能性を考えている。 その一・オリジナルアーマー、もしくはその武装・部品。 その2・クリノカラカミみたいな高位精霊。 その3・神砂船みたいな失われし古代技術の産物。 正解がどれかまだ分からない。だがもし2であった場合人格というか神格というかそんなものがあるわけで、叩いて刺激を与えるのも問題だろうが、小便を引っかけるというのもまたかなりの確率で逆鱗に触れそうというか…。 (とりあえず知性があったら嫌やなあ) 「てかこれ、街に入れてええんか…2の場合、下手に弄るのも憚られるが」 袖に手を突っ込みまじまじXを眺める主人を見真似、相棒人妖の雪華も、同じ姿勢で子細点検。 「本体には傷が一つもついていませんね、旦那様。上から落ちてきたみたいなのに」 成田 光紀(ib1846)が横からぬっとわいてきた。 「ほう…珍奇だな。非常に珍奇だ。久し振りに全く意味の解らんモノが来たな。形からして意味が解らん。光線を吐くなど更に解らん。アヤカシで無いとすれば何だこれは。人の所業であり得るのか、はたまた精霊、古代の遺物…」 目で確かめるのみならず、触りまくり始める。 どうやら相当テンションが上がっているらしい。相棒の炎龍(名前はまだない)がばしばし烏帽子をはたき落としているが一向気にかけず、被り直すのみである。 相棒走龍フォーエバーラブの背で設楽 万理(ia5443)は、首を持ち上げた。昨日の雨などどこへやら、一面の青に白い雲がふかふか浮いている。 「あの空のもっともっと高いところに未知の儀があって、そっから落ちてきたものなのかしら?」 儀の上には何があるのか。儀の下はどうなっているのか。そも、世界は水平なのか垂直なのか。実のところイマイチわかってない。 だからどんな突飛なことが起きても、不思議でない。 「ぬう、光線を出す謎の物体だと?…そんな恐ろしいものの運搬か。うーむ、なぜ引き受けてしまったんだ、私…」 相棒駿龍レギの後ろにいたラグナ・グラウシード(ib8459)もやっと決心がつき、Xの近くに寄ってきた。ひとまず「生きているらしい」ということなので、挨拶をしてみる。 「やあ、名も知らぬ天空の鍋よ。我が名は騎士、ラグナ・ラクス・エル・グラウシード」 背中に背負ったうさぎのぬいぐるみを見せ、こちらも紹介。 「そしてこれは私の友達、うさみたんだ」 ついでだから連れの紹介もしておく。 「こいつが相棒のレギだ。このメンバーにより、今からお前をギルドまで運ぼうと思う。大変な道のりになるが、機嫌を損ねないでくれよ」 胸を張ってから彼は、ふと不安そうに付け加えた。 「…ところでこちらが顔ということでいいんだろうか?」 こちらもどちらも顔という概念自体がない気もする。 そんな思いに耽りながら不破 颯(ib0495)は、物体の寸法を計っていた。麓で待機している馬車に乗せられるかどうか、調べておこうと。 「物体Xかぁ。どんなもんなんだろうなぁコレ」 衝撃を与えるのは吉であるまいから、それを和らげる工夫も要りそうだ。相棒走龍銀星にも、あれこれ頑張ってもらわなくてはなるまい。 「空から摩訶不思議な物体が落ちてきました。叩いたら破壊光線発射します。あなたは如何しますか? 【答え】埋めます っていう展開だったら楽だったんだけどね〜〜」 九条・奔(ic0264)が言うように、簡単な仕事でもないのだし。 ● 移動させるに当たって最大の問題は光線だ。 幸い発射に法則性があることは、既に判明している。最初に村人に頼まれて来た開拓者たちが、数度実験を繰り返しているのだ。 *一度光線を発射した後は何度刺激を与えても、3時間の間、再発射されることがない。 *光線は刺激を与えた箇所に一番近い窓から発射される。 *光線は窓に対して水平に直進する。上下左右への角度はつけられない。 「輸送中にどかん、ってぇのは洒落にならねぇよなぁ」 言って薫は透子に視線を移す。 彼女はXの光線がかかる位置に『結界呪符』の壁を作っていた。暴発に際し防御可能かどうか、実験をしてみたいのだという。 「万が一のためです。」 その作業に協力し『ド・マリニー』をかざしている光紀に、薫が聞く。 「アヤカシじゃないんだよな、とりあえず」 「ああ、瘴気の流れは出ていない。と言って精霊の力もごく微弱だ。一体中はどうなってるんだ。見たい。とにかく見たい」 望みは残念ながら叶いそうにない。先程式を蝿に変え光線の射出口から潜らせてみようとしたのだが、透明な板で隙間なく塞がれており入れなかったのだ。 「人工物みてぇだがぁ……。からくりを作ったのと同じ奴等が制作元だったりして、な」 行く手の斜面には既に、なぎ倒された木々を流用してのコロが敷かれていた。邪魔になりそうな分は斑葉が斧で刈ったり、奔がアーマー『KV・R−01・ストロングホーク』を使ってどかせたりして、ざっと整えている。 「コノクライノカクドデイイノー?」 キティも角度を調節し、支えている。 確認した薫は早速『鉄傘』を振るった。 「じゃあ、やるぜ。気ぃつけてくれよ」 畳んだ傘の頭が物体にぶつけられる。 音より先に鋭い光線が飛び出した。作られていた障壁に向かい、一瞬という暇もないほど素早く消滅させ、崩れた山の彼方まで途切れまなく突き抜け、消える(透子が計測したところ、発生から消失までに1分かかっていた)。 一部始終を目の当たりにした万里は汗をかく。 「…これは大型飛空船も、余裕で沈められるんじゃないかしら」 発射が終わったので、そよぎもXと接触してみる。まずは歌で呼びかけだ。 「ごめんね〜♪ 叩いたのは苛めるつもりじゃないんだよ〜♪ 誤解しないでね〜♪」 反応はなかった。 意識があるものとして、怒りはしてないに違いない。 前向きにとらえて彼女は、怖々Xに耳をくっつけてみる。どんな音がしているのか知りたかったのだ。 聞こえたのは例の『…ブゥーン…』という音。 生物が立てるものとはちょっと違う気がするが、とにかく、『生きて』はいる。表面は温かくないが、冷えきってもいない。 (キティみたいなものなのかな…ツルツルしてる) 撫でてやる所、蔵人も寄ってくる。 彼も相手に意志があればという懸念を抱き、友好的に呼びかけてみるとした。やっておいて損はしないはずだ。言うだけは何事もただである。意識がなければないでよし。あればあったでめっけもの。 「えーとな、わしらはきみの敵やないで。これからきみをやな、回収し、安全なところに移動させる任務を帯びて来てるんや。移動中ぽこぽこしばくけどもやな、手加減するから怒ったらあかんで。きみのその、なんちゅうかな、破壊光線? 自分で分かってるかどうか知らへんけど、めっちゃえげつないねんで?」 雪華が、乗っかっているXの上から言ってくる。 『旦那様…傍から見たら馬鹿見たいです』 「言われんでも判るわい」 ● 「はい、はい…ゆっくり、ゆっくり」 奔はコロの上を転がされてくるXと対面する形で、『スロトングホーク』を動かしている。勢いつけて滑り落ちるのを防ぐために。 Xに結び付けられた荒縄を、光紀の名無しと、ラグナのレギ、「終わったら餌を奮発するので頑張りなさい」と万里から励まされているフォーエバーラブ、そよぎのキティ、颯の銀星が引き、転落を防ぎながらじわじわ斜面を滑らせている。 「もう少し右、右に寄るがよかろう」 薫の斑葉は全体を見て音頭を取り、脇から押して進路を調節。 透子の紗那王は横についてエールを送っている。 「ワン。ワンワン」 蔵人の雪華も、物体の上でエールを送る。 「オーライ。オーライですよー」 開拓者たちはコロを敷き代えたり、妨害者が出ないかどうか警戒したりと、忙しい。 何より気になるのが時間だ。光線が撃てる状態に戻ってしまえば、うかうか移動もさせられない。 蔵人と透子、それにそよぎと光紀もそれぞれ時計を持ってきているため、正確な時間測定が可能であるが、威力を実感した後ではやっぱり気がせいてしまう。 「そもそもこの事態が馬鹿みたいやけど、アレか、大アヤカシ倒したら島が降ったのと何か関係あるんかね」 「こいつを上手くつかえりゃあよ、大アヤカシだの森だの、簡単に吹き飛ばせるんじゃねぇか、な? だとすりゃあ、大金星ってなもんだが」 「下手すれば子供の悪戯一つで、ジェレゾ崩壊とか迷惑すぎるやろ、この謎物体…」 あれこれ会話しながらも、どうにか予定時間前までに、ものを斜面から降ろすことが出来た。 勝手に弾みで転がり出す危険性は回避。後はここから改めて、集落近くまで運んで行くだけである。 額の汗を拭くラグナは、光紀に尋ねる。 「時間切れまで後どのくらいだ?」 「うむ、ざっと1時間というところだ。大丈夫まだ余裕はある」 この物体の表面何の飾りもないのっぺらぼうだと思っていたのだが、手で表面についた土汚れを落としてみたところ、周囲にぐるっと細かな幾何学模様が入っているのが分かった――なんとなくの雰囲気でしかないのだが、図案というより文字や数字の羅列といった印象を受ける。 よっぽど注意しないと分からぬくらいささやかなものだが、これも正体を知るために、大きな手掛かりとなろう。 光紀はそう期待する。 滑落に注意せず前に引っ張るだけでいい。力の強い相棒も多いので、以降スムーズに行けた。 奔はアーマーを操り、行く手に倒れている木などを脇にどかせていく。ラグナはレギを一旦牽引から外し、その作業を手伝わせた。 「がんばれ、レギ! 早くしないと、ギルドまで持たんぞ!」 来る道々で颯が、進路を確かめておいたお陰もあって、作業は順調。谷間の開けた牧羊地まで止まることなく抜け出せた。けれどもそこで、ちょうど時間切れ。撃っておかねばなるまい。 だが先程と違いまばらといえど人家のある場所。より安全を確保するためにと、ラグナが手を挙げ提案する。 「どうだろう、横向きにして真上に光線が出るようにしてみては? まあ真下でもいいが、それなら被害の出るようなことはあるまい」 X上に待機したままの雪華がそれを聞き、はたと考え込んだ。 「…これ、正確にはどっちが横なんでしょうか?」 キティも土偶の硬い首を傾げる。 「…ワカンナイネー。キティタチトンデルトコロミテナイシー」 斑葉が付け加えた。 「そういえばこの者、上下も不明でござるな」 また湧き起こる新たな謎。 しかしこの際長々構ってはいられない。面積が大きい方を底面と考え総手で縦に起こし、真上を向いた穴付近を、今度は蔵人が『エア』で小突いた。 ほとばしる光は空を貫く。はるか目も届かぬ彼方まで。 透子は気を抜かず、きっかり1分計測を続けた。終わるまで不意に触らぬようにと。 「針が動くまでもう少し待って下さい。」 放出が終了してからまた元に戻し、運ぶ。 Xについての話がすでに広がっているせいであろう、麓へ行くにつれ、見物人が増えてきた。 「ほう、あれが例の…大きなもんじゃなあ」 「アヤカシではないんかい?」 「いや、そういうわけでもないということらしい。しかし妙な光を吐いて、山をえぐっちまったそうな」 悪意がある訳ではないがこう集まられては、不測の事態が気掛かり。 特に子供が珍しそうに近づいてくるのには要注意だ。 「駄目だよー、向こうに行こうね危ないからー」 奔がアーマー機上したまま周囲を歩き回り、自らに注意を引き付けさせ彼らを遠ざける。 道の向こうから大型馬車が近づいてきた。 一安心したのもつかの間、今度は荷台への移動。物体を引くのではなく上げなければならない。 ギルドは起重機を多数持参してきていたが、それを下へ突っ込むまでが大変だ。相棒、及び機械ギルドからの人員の力も併せ、鍋の周囲に張り付き、せえので持ち上げる。 「真面目に動力、何よこれ。上手く使えば魔の森やらジェレゾやら滅ぼせるんちゃうか」 歯を食いしばりうめく蔵人、薫、ラグナ。 奔はアーマーの前足を下へ差し込むようにし、拍子を合わせている。 その間に荷台では、颯とそよぎ、透子、万里が毛布や外套、茣蓙などを緩衝材として忙しく詰めていた。 ちなみに光紀は作業を人任せにし、観察に勤しみ続けている。相棒が苛立ちのあまり烏帽子をはたき落としてもどこ吹く風−−とはいえ、全く手伝わなかったわけでもない。光線のことを考えものを荷台へ縦置きにする際、結界呪符で壁を作り、補助を行ったのだ。 「よし、乗った!」 体勢を整え縄で荷台に固定してからいざまた出発。 とその前にラグナが、毛布と物体の透き間へ、うさぎのぬいぐるみをそっと置いた。 「よかったら、私の友達・うさきちくんと一緒に乗っててくれ」 彼なりの思いやりである――荷台がガタンと動いた途端うさきちくんは挟み込まれ緩衝材と一体化していたが、さしあたってそれはどうでもいいことであろう。 格段に重みの増した馬車の助けとして龍たちも綱をつけ、引き続き引っ張って行く。透子は紗那王と先導にあたり、周囲を警戒する。 本道に出てしまった後、ぬかるみの心配はいらなかった。観光地だけあって、街道舗装がきちんとなされていたのだ。 ジェレゾまで道は続く。迷うこともない。だから後はもう簡単…のはずだったのだが。 「おいおい、ここは通行止めだぜ旦那方。なんだかよくわからねえが大層な大荷物を持ってるようじゃねえか。命がおしけりゃそれを置いていきな」 人気のない山間の峠に差しかかったところ。ベタな台詞にベタな格好の集団。 外見通りベタな盗賊であろうか。 そうあれかしと願いながら薫はつかつか歩み寄り『泉水』を抜く。 「面倒な物を運んでる時に、面倒が運ばれてきた、ねぇ」 既に向こうが抜刀し銃を構えている以上こちらがためらってやる必要もないと心得、挨拶抜きで切りかかった。二本角の兜を被っている、頭目らしき男に。 一瞬で兜の角が、きれいに切り離される。 「おおっ!? なんだ人の話を聞うわああ! 聞けよばかやろう! なんなんだよお前らは!」 続けて颯が『レンチボーン』で矢を放ち、奔が『凶星』を投擲してきたので、頭目が後ずさる。かなり焦っている様子だ。 「くそお、もう許さねえ! やっちまえ、やろうども!」 お約束どおりな鼓舞に呼応し、部下たち十数名がうおおと叫びながら車両に飛びかかろうとしたが、阻止された。 「…で、真っ先に胴と首を泣き別れさせたいんは誰や?」 『エア』を右に『北狄』を左にしてすごんで来る蔵人にひるむ。 「ふ、笑止な…世間にはびこるダニどもよ、受けてみよこの正義の剣を!」 ラグナの『ラ・フレーメ』による一撃で武器を叩き折られ吹き飛ばされる。 「これは、誰にも、渡さん」 光紀が『黄泉笏』にて放つ冷気で凍える。 後は全員バタバタ倒れた。オルガネット『氷の神曲』による伴奏をつけた、そよぎの熱唱で。 「ね〜むれ〜ね〜むれ〜い〜そいでる〜から〜ね〜むってくださ〜いね〜♪」 全滅した彼らを縛り道端に転がして、一行は先を急ぐ。 「旦那様、あの人たちあのままでいいんですか? 獣とかアヤカシが出たら危なそうなんですけど」 「せやな。食われたら寝覚め悪いわな。行く先の衛兵詰め所で回収しとってもらうように頼んでおこか」 襲ってきたのがただの馬鹿でよかったと思いながら。 ● かくして後は邪魔も入らず、夕方頃ジェレゾに到着。 紅の町並みを見下ろすところ、多数の人が出迎えにやってきた。身なりからして、機械ギルドの関係者らしい。 「おーい、ご苦労さん! えらい難儀やったねえ!」 カラカルの耳と尻尾を持つ女性が、真っ先に駆け寄ってくる。 「あたしはファティマ。学者や。専門は機械と違うけど、今回のことでちっとギルドからお呼ばれしててな。ま、あんじょうよろしゅうに」 開拓者たちと軽く握手を交わした彼女は、早速、と切り出した。腕時計を眺めて。 「光線発射するとこ、見せてもろてええかな? 確か3時間おきやったちゅう話やから、そろそろ溜まってるのと違う?」 確かにその通りだったので、一同最後の発射をさせておくとする。 念のため光紀は聞いておいた。バラ色に輝く夕焼け雲を指さして。 「あの近辺に人間はいないか?」 いかにも技術屋という顔をした男が言う。 「大丈夫だ。飛空船の行路ではないからな。遠慮なくやってくれ」 眼下にスィーラ城が見えた。もしこれがあそこに当たったらと考えると、薫もいささかうすら寒くなる。とんでもないことになるだけは、十二分な予想がつくので。 一発撃って後続かないのが難点であるが、ほかの武器と併用すれば、強大な軍事力となるはずだ。 「じゃあ、行くぜ」 丘から一条の光が立ちのぼった。それに気づいた町の人も恐らくいたことだろう。 光は曲がりもせずただひたすら真っすぐ上って、1分後に消える。 ファティマが眼鏡を押し上げ、にはっと笑った。 「はあはあ、なるほど。これは確かにちょっとこれまでないもんやね。えーと、そこのあんた。熱心に見てたみたいやけど、なんぞ気づいたことあったんやったら、言うてみてえな。調査の参考にするさかい」 光紀は名残惜しげに荷台から降りつつ言った。 「精霊とかアヤカシではないのではというのが、俺の見解です。生きてはいますが、感情があるかどうかはなはだ疑問ですし。後は…これでしょうか」 道中くまなく観察を続けてきた彼であればこそ見つけられたのだが、幅広いXの一部に、小さな浅い窪みがあった。叩かれた衝撃でつけられた、というのでは全くない。ここに来るまでに、いいやそれ以前の落下、激突の衝撃にさえこの物体は平然としているのだ。少なくとも外部の損傷は見当たらない。 であるとするならば。 「これは、多分最初からあったはず」 「…ふーん。せやな、ものがぶつかって凹んだにしては、整い過ぎた形やね」 ファティマたちのやり取りを聞き、ほかの面々も、その窪みを覗き込んでみた。 一辺5センチほどの正三角形。 確かに整い過ぎた形だ。自然に出来たとは考えにくいほどに…。 |