雪だるま来襲
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 易しい
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/03 23:21



■オープニング本文


 ジルベリアには本格的な冬が訪れ、アーバン渓谷一帯もすっかり雪に覆われてしまった。
 ここは農地に適した平地が極端に少なく、元来貧しい土地柄である。
 だが土地の人々は新たな試みを始めようとしている。農業が駄目なら観光をしよう、と。
 この地区に属する村々は合同観光委員会を作り、そこで額を突合せ話し合った。



「アル=カマルや天儀や秦など、南の方の人間は雪を見たことがないというから、珍しがるのでは?」

「しかしなあ、雪があるだけでこんな山奥まで来るか?」

「来るかではなくて来させるんだ。遊ぶために」

 足に2枚の細い板。手に2つのストック。両方を駆使し雪の斜面を滑る。
 それが古くからこの地元で行われている「スキー」なるスポーツ。

「ここには格好の広い斜面がたくさんある。雪質も軽い。滑るにはもってこいだ。そこをアピールしよう」

「しかしなあ、このスポーツ自体がマイナーじゃないか? すごく」

 一同ストーブの火を囲み無言になるところ、すっくと委員長が立ち上がる。

「弱気にならずともいい、今や世間一般の認知度はうなぎのぼりだ――これのおかげで!」

 彼が広げたものに皆は目を見張る。
 それはポスターだった。洒落たスキーウェアを着た妙齢の都会的な娘っ子が、ウインクをしている。 絵の上にはでかでかとタイトルが。

『アタシをスキーに連れてって☆』

「なんじゃあ、これは」

「ふふふ、黙っていて悪かったが、実はもう何ヶ月も前に首都圏の小劇場でこの芝居を上演してもらうように手はずしていたんだ。脚本は私が書き、俳優も私が雇った。そのため委員会の今年度予算を全部使い切ってしまったが」

「……え? 今なんて?」

「首尾は上々だった。若人たちはスキー場にさえ来ればなにかロマンスがあるものという気分になり、今や続々このアーバンに向かっているところだ。諸手を上げてそれを迎えようじゃないか諸君!」

「いや、予算……」



 アーバン渓谷の谷また谷は、今や観光客に満ちていた。
 地元では何てことない木造のロッジも白いゲレンデも雪を積もらせた針葉樹の群れも――軽薄な芝居
の影響もあるにせよ――都会人間にはロマンチックこの上ない。
 男女ともいやおうなく盛り上がるというもの、あっちでもこっちでも即席カップルが誕生している。
 町ではさえない男性も、ここだと俄然背の高いサンタクロースに見えてくるから不思議だ。

「ごらん、雪が降り出したよ。まるで僕たちのような……白い恋人たちだね♪」

「やだっ、あーくんったらっ♪」

 とかいうわけのわからない会話もさほど変に聞こえてこない。
 しかし好事魔多し。そうやっていちゃいちゃしている男女たちを恐怖のどん底に突き落とさんと、この世の闇から刺客が放たれた。
 前触れもなく森からゲレンデに向かってくる巨大な雪だるまという形をとって。

「うわっ! なんだ!」

「逃げろー!」

 雪だるまは口から猛吹雪を吐き、どしんどしん飛び跳ねながら人々を追いかける。

 さあ、今こそ開拓者たちの出番だ。



■参加者一覧
グリムバルド(ib0608
18歳・男・騎
ラグナ・グラウシード(ib8459
19歳・男・騎
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰
白葉(ic0065
15歳・女・サ


■リプレイ本文

 ロッジの軒に下がるツララ、淡い日に輝くゲレンデ、粉砂糖をかけたような森――そうここは一面の銀世界。
 北部出身者であるグリムバルド(ib0608)はつい古里を感じてしまい、うれしくなってくる。
 おおかみの着ぐるみ姿で胸一杯に息を吸う。

「雪だー! いやー今年もこの季節がやってきたなぁ」

 白葉(ic0065)もまた従者の外套と雪花紋の指輪を装着し、場に臨んでいる。

「…思ったよりは、寒くないです」

 うそぶく彼女の目には、都会者の夢をかきたてるロマンティックな風景もゲレンデを逃げて行くこじゃれたウェア姿のアベックたちも背景の一部。
 重要なことはただひとつ。暴れまわる巨大雪だるまを塵に否雪に還すことだけだ。

「折角の観光地ですから、早く平穏を取り戻しましょう」

 ロングコートに身を包みノーザンミトンで手を覆っている緋乃宮 白月(ib9855)に、ベールィミンクコートを羽織った雁久良 霧依(ib9706)が答える。

「全く、みんなの楽しい時間を邪魔するなんて、アヤカシって空気読めないわよね〜さっさとやっつけちゃいましょう♪ あ、その前に皆、これを使ってちょうだい」

 そして木の枝を曲げて作った、小さな円盤といったようなものを出してくる。
 白月は首をかしげて尋ねた。

「なんですか、それは?」

「かんじきって言うのよ。足が雪に潜らないようにするための装備品なの。まあ、大丈夫とは思うけど念のために人数分持ってきたの」

「なるほど。雪が積もってますし、足場には気を付けないといけませんね」

「そうそう。昨日新雪が積もったって言ってたし」

 と続けた霧依は、次にラグナ・グラウシード(ib8459)の方を向いた。

「う、うぐぐ…アヤカシを倒せば御嬢さん方がすきい場に戻ってくる…だが、同時にりあじゅうかっぷるどもも…ぐぬぬ」

 彼は相矛盾する感情で頭が煮えたぎっているらしく、現場に着くなりしゃがんでぎりぎり奥歯を噛み続けている。
 気の毒なことだ。しかし戦わなければならぬときにこのままではいけない。
 というわけで霧依は正気づかせてやるとした。
 指を銃の形に構え、彼の後頭部目がけかわいらしく。

「バーン」

 と言いながら蹴りを放つ。
 ラグナは顔から雪に突っ込んだ。
 白葉が淡々と尋ねる。

「……蹴るなら手の構えは必要ないのでは?」

「いいえ、そんなことはないわ。スキー場に来たら女子は是非ともこれをしなくてはならないのよ」

 説明はなんだかよく分からないが、ショック療法の効果はあったようだ。ラグナは我を取り戻した。
 背中にしょっているうさぎのぬいぐるみ「うさみたん」、そして頭にかぶせた雪うさぎの帽子を見せ、自慢し始める。

「ふふ…このぽわぽわしっぽがかわいいだろう?」

 女子は反応を示さなかった。かわいいはかわいいがコーディネートとしてはいかがなものかという気分だったのだろう。
 代わりにグリムバルトが尋ねる。

「なあラグナ、お前寒くないか? あんまり防寒してねえみたいなんだが。そのマントは普通のだろう」

「なに、大丈夫だ。これしきの寒さなどうさみたんたちにかかれば毛頭問題ではない!」

 首筋に鳥肌を立てていても、ラグナの威勢は絶好調だ。

「そうか? ならいいが……さて、雪だるまはちょっと可哀想だが、アヤカシなら仕方ねぇ。悪いが此処で止めさせて貰うぜ!」



 闇に属する衝動に突き動かされ罪のない恋人たちを襲う雪だるまは、真横から加えられてきた衝撃に急停止した。
 転覆寸前の傾きから何とか持ち直した先には、白月がいる。
 吹雪が吐き出される前に巨体の裏側へ回り込んだ彼は、「レイラ」で立て続けに切りつけ挑発し、距離を取る。

「鬼さんこちら」

 雪だるまは彼に追いすがろうとする。どしんどしん弾んで。
 その背後からラグナが「カーディナルソード」でズバリと切り裂く。名乗りを挙げながら。

「我が名はラグナ・ラクス・エル・グラウシード! 誇り高き龍騎士の名に賭けて、私は貴様を滅ぼそうッ!」

 と言ったものの雪だるまが振り向いた瞬間彼は、動きを止めてしまった。

「!…う、ううっ」

 頭のバケツ帽子、木炭の目と眉で出来た困り顔、棒と手袋の手。
 めるへん&きゅーと大好きな身としてつい胸キュンしてしまう。
 だがそこは仮にも騎士、感情に溺れることだけはかろうじてしない。

「め…めるへんだがッ! 人に害為すアヤカシならば!――おうっ!」

 葛藤していた時間が長すぎたせいで危うく巨体に潰されかけるのを、すんでのところで避ける。
 グリムバルドが「ウルフブランド」を構え、力いっぱい胴体部分に叩きつけた。
 ぐらっと頭部が傾く。
 バランスをとろうと賢明な雪だるまに、白葉の「カムド」が一撃叩き込む。
 それだけであっさり頭が落ちた――どうももとからきっちり繋がってはいないものらしい。
 けれど困ったことに、それで一件落着とはいかなかった。胴体と頭部に分かれた雪だるまはバラバラに動き始めたのだ。

「あらら、なんて簡単な構造かしら」

 呆れながらも霧依は「雪だるまの口に「砂漠の薔薇」を向け稲妻を打ち込んだ。
 それと今まさに出てこようとしている吹雪がかちあう。
 ほんの一瞬排出が止まる。



 ラグナは胴体に向け戦いを挑んでいた。なにしろこちら愛らしい顔がないので、心理的に断然攻撃しやすい。

「許せよ、だが…我が前に姿を現したのが不幸だったな!」

 白月もまた胴の攻撃に加わっていた。上下に跳びはねる以外特筆すべき複雑な運動をしないから、その点戦いやすくはある。確かに手はついているものの、動きといったらお粗末なものなのだし。
 「レイラ」を使用するのみならず、拳や蹴りも多用し、態勢を崩させることに重点を置く。

「すみませんが、ここで倒させてもらいます」

 連携した「カーディナルソード」が、弾む巨大な雪玉に束まで食い込ませる。
 傷口からブシュウウと漏れ出したのは、身を切るような冷気と瘴気の混合物。

「さぶっ!」

 顔へまともに食らったラグナは反射的に剣を抜き離れた。
 中身が漏れていくのに合わせて胴体がどんどん縮んで行く。
 白葉が始末に加わってきた。

「…雪なら、叩き斬れます」

 「カムド」をふるい、斬って斬って斬りまくる。
 瘴気の損耗がきいたのだろう、胴体部分は破裂した。砕氷を一面に撒き散らして霧散する。
 後に残るは頭部だけ。



「よしっ、そのまま吐き出すなよ!」

 グリムバルドはもがもがやっている頭に急接近し、「ゲイ・ボー」を眉間に差し込んだ。
 雪で出来ているからか刺した感触はあんまりない。
 ただ確実に効いてはいるようで、雪だるまの目と眉毛とバケツがスポポポーンと飛んだ。

「……なんとか危機一髪みたいだな」

 とグリムバルトが感想を述べたところで、止まっていた吹雪が一気に噴出した。

「っとお!」

 グリムバルトは顔を覆う。
 着ぐるみの上に霜がつく。
 再度霧依が遠距離攻撃を仕掛けたのを幸い、盾でつき転ばし、吹雪の出てくる口部分を下にする。眉毛を凍らせながら。
 胴体破壊を終えた他のメンバーが応援に駆けつけてきた。
 口を下にしても吹雪は噴出し続けているため、地面の雪が巻き上がり、周囲を真っ白に染める。
 白月はそれをものともせず雪だるまの頭に蹴りと拳をお見舞いし、ラグナと白葉は斬撃をお見舞いし、グリムバルトも再度突きを見舞う。
 かくしても頭部もまた砕氷を撒き散らし、弾け飛んだ。
 その頃には全員が冷気を受け、霜だらけになっている。
 中でも一番寒そうなのは――やはりラグナ。

「ゆ…雪うさぎたんも、それからうさみたんもいるから…寒くないぃっ!」

 強がってはいるが唇が紫色になり、鼻水が出、ガチガチ歯が鳴っている。
 そんな彼をよそに霧依はうきうきしていた。コートについた霜をはたき落として、満面の笑顔。

「さて仕事も済んだことだし、ロッジに戻りましょうか。私、スキー用具のレンタルを予約しているのよ。さあ、遊ぶわ! ゲレンデに繰り出しスキーを楽しみつつインストラクター、地元青年や恋を求めてやってきたシティボーイを漁りまくるわ!」



 ロッジ食堂。
 大きな暖炉の前には毛布にくるまったラグナと、白月、白葉がいる。
 皆ホットミルクのカップを手に窓の外を眺めているが、着眼点はそれぞれ異なっていた。
 白月はゲレンデにシュプールを描いて滑って行く無数の人影に、目を細めている。

「うん、お客さんも戻ってきて一安心です」

 彼の呟きどおり、ゲレンデの客足はすっかり回復していた。いきあたりばったりな恋模様が方々で再展開されている。
 特に先程「ひと冬のアバンチュール! リゾラバよ! リゾラバ!」と叫んで出て行った霧依の生き生きしていることといったらない。
 背の高いハンサムなシティボーイを早速引っかけている。

「スキー初めてなのだけど教えていただけます?」

 と滑れるにもかかわらず声をかけ、

「きゃー霧依ブッキーだから転んじゃった♪」

 分かりやすくドジっ子を演出。

「あん体のバランスがぁ」

 とかなんとか抱き付いて親密度を上げ、

「そんなんじゃ駄目だなぁ。こうやって足持ち上げて引き付けると腰が後ろに下がっちゃって、ポジションも後ろに行っちゃって、スピードが出たときコントロール出来なくなっちゃうんだ」

 鼻の下を延ばしたシティボーイの知ったかぶった解説に「すっごーい♪」と耳を傾けるふりしてアムルリープをぶちかます。
 かくして倒れかかってきた相手をがっちり確保。

「あら、疲れちゃったのね…仕方ないわね♪」

 意気揚々そのままお宿にお持ち帰り。そこから先のことは言わずもがななのであえて明言せずともよいだろう。
 兎にも角にもこれと似たり寄ったりの行動はスキー場の各方面に置いて頻発している。
 スキーをしながらキャッキャウフフしているとか序の口で、ロッジの軒先とかその辺に生えてる木の下とかでイチャイチャチュッチュしている輩までいるのだから、ラグナのカップがカタカタ震えてくるのも道理なのである。

「く…この間覚えたパビェーダブリンガーで粉々にしてやろうか」

 半ば本気で席を立ちかける彼を、暖炉の薪を足しに来たグリムバルトが止める(ついでということで、観光業の手伝いをしているのだ)。

「おい、落ち着け。アヤカシが退治されたのにお前が騒ぎを起こしてどうする。カップルが多くても俺は全然気にならないぜ? 恋人だろうが家族連れだろうが、是非楽しんでいって貰いてぇじゃねえか」

 それはお前がまだ非モテの悲哀を味わってないからだ!
 と言いたいがそうすると己が余計に惨めなので止めておくラグナ。
 その耳にとある会話が入ってきた。

「ああ、あれ? 大バツ。スキー場でスキーが下手な奴って牧場の魚よ」

「そうなんだ……でも早く決めないとね。だってさあ、イブに女2人なんて泥沼よ」

「だよねー。それだけは避けたいわ……」

 彼はそこで初めて開眼した。リア充以外の存在がスキー場に存在するという事実に。

「! …女性だけのグループも、意外といる?!」

 そう、すなわちナンパチャンスも大いにあるということだ。

「よ、よおしっ…行くぞうさみたんッ!」

 勢いを取り戻した彼は帽子を被り直し、そちらに向けいそいそ歩いて行く。
 白葉はそういった色恋のこもごもに興味がないので、心穏やかにミルクの甘みと火の温もりと、窓からの景色を楽しむのであった。恐らく失敗に終わるだろうラグナのナンパ行為を横目にしながら。