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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「取り逃がしただと」 「は、はいっ。開拓者が1人ついてきておりまして…加えて助けを呼ばれてしまい、騒ぎになりそうだったので仕方なく…」 オランド執政は男の肩に手を置きにっこり笑うや、逆の手で腹に拳を入れた。 砂袋を殴るような重い音が聞こえる。 男は二つ折になって床に座り込んだ。その頭を靴が踏み付ける。 「誰も現場に残っていないだろうな。虜になってないだろうな」 「はい、残ってはおりません」 「全員戻っているか」 「はい」 「待機しているか」 「はい」 そこまで聞き終わると執政は、頭を踏んでいた足をどけた。恐る恐る顔を上げる男に、しっしと手を振る。 「ならいい。お前も戻れ。この後の指示は追って出す」 ほっとした男は何度も頭を下げながら部屋を出て行った。 1人で窓の外を眺める執政はしばし思案をした後、机の上のベルを鳴らした。 今度は別の男が入ってくる。保安隊の服装をしている。 「中庭に待機している連中を全員逮捕しろ。罪状は騒擾罪だ。保安隊に支給した装備を悪用し、領外で強盗行為をやらかした。今私にそれを告白してきた。ことはババロア全体の信用にかかわる。許すわけにはいかん。即刻断罪し処罰する」 「はっ!」 ● 「…ノリノリだわね…影法師さん…」 人間に見つかるとめんどくさいので、隙間女はするする壁から壁へ抜け移動し、いつか見た倉庫に入り込んだ。 中はもう空っぽ。 島中雪美のあれこれはアバシリーに送られたらしい。そうせざるを得ないのだ。「侯爵は向こうに戻られた」という発言との整合性をとるために。たとえ侯爵本人が、既に死んでしまっているとしても。 それさえなかったら売り飛ばすか捨てるかしていただろうなー、と隙間女は考える。 試しに隠し金庫の中を見れば、こちらもまたすっからかん。 「…へそくりも…全部どこかに持ち出したのね…銀行かしら…自分の家かしら…あれこれ忙しいこと…」 アヤカシにとって人間になりつつある仲間のやっていることは、人間のすることと同様、いささか奇妙で滑稽である。 「…なんでわざわざ…他人にさせることを日々考えるなどとという…めんどくさい立場に…喜々としてなりたがるのかしら…」 首を振り振り彼女は、誰にも知られぬまま、ひっそり城を出て行く。 「…アヤカシのままが…一番いいのに…馬鹿ねえ…」 ● ジェレゾ。マーチン家。 「現執政がアヤカシかそうでないかはこの際度外視するとして」 からロータスは始めた。 「会ってみた感触ですけどね、地位とか財産とかいう分かりやすいものに執着するたちです、あの人。今話したとおりマルカさんの発言に対して態度が和らいだんですが、あれはどうも、彼女がかわいい娘だからというんじゃないですね。貴族というステータスのある相手に興味を向けられる、というあたりに自尊心をくすぐられたんですよ。ああいう上昇志向の強い目的意識がはっきりしてる人は――成り上がりタイプとでも言いますか――逞しいですからね。外聞とかなんとか気にしませんよ。妨害する相手は即全力で叩き潰しにかかってきます」 「ほお。やはりご主人たまにちょっと似てまち。ご主人たまも敵と見たらコンマ一秒で修羅魂に火がつく火がつく虐待でちいいいい」 もふらの頭を煙が出るほどぐりぐりしたエリカは、それを足元に降ろす。 「で、結論は?」 「ババロア侯爵はいいネタだと思います。向こうは事故死で通そうとするでしょうけど、怯ませることは可能ですよ、多分。でもね、それより大きいのが隠し財産の存在。アヤカシのいうことに信憑性ってあまりないですけど、もしそれが本当でかつ彼が着服したのなら――これぞ一番の大問題でね。国庫返還しなきゃならないものを、猫ばばとか。それを証明出来たとするなら、今度は彼がアバシリー送りになりますね…」 言ってロータスは、ちらりとゲオルグを見やる。 彼はオランドを前に(いつまでもヤーチ村に置いておくのはどうかということで、いったんこちらに連れてきたのだ)し、熱心に言い聞かせていた。 「いいですか、あなたは執政の任を受けて、ババロアに行こうとしていたところで何かが起きて…」 「思い出せんなあ…それは本当にわたしなのかね?」 「そうですとも、あなたですよ。あなたは誰ですか?」 「オランド・ヘンリーだ…しかし早く役所に戻らなくては。ここはどこだ?」 「いえ、ですからそれは」 エリカがこめかみを押さえた。 「あの人が元に戻れば話は一番早いんだけどね…あれじゃ見込みは薄そうだわ」 ● アーバン渓谷、ヤーチ村。 村娘のエマは村娘のミーシカに聞いた。 「あのアヤカシ、本当に本物の執政だったのかな?」 「さあ、なんだかよく分からなかったな。それより早いところあの墓どうにかしてもらいてえな。うちに埋めるのは筋違いだろ」 簡単な盛り土に『ババロア侯爵と金庫番の墓』と書いた板切れ。 生前はまさかこんな葬られ方をすると思っていなかっただろう。そう思うと少しだけ哀れと感じられなくもない。 「…花はまだないからヒイラギでも刺しといてやるか」 「そうだね。ところでミーシカ。最近よく来るあの人…気に入ってる?」 「そんなことねえよ馬鹿。私にはお前だけだよ。まあ次来たらペリメニくらいは食わせてやってもいいけどな」 |
■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
レイア・アローネ(ia8454)
23歳・女・サ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
雨傘 伝質郎(ib7543)
28歳・男・吟
八壁 伏路(ic0499)
18歳・男・吟
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ |
■リプレイ本文 ジェレゾ・マーチン宅。 状況整理と共有のため開拓者たちが集まっている。 フィン・ファルスト(ib0979)は起きたことについて思い返す。 (あの時の襲撃、タイミング良過ぎたし、唆したかそれとも指示したか……) どっちにせよ今の執政が絡んでる可能性は高い。となると失敗した輩には、相応のペナルティが課せられる筈。 危惧を抱くところ、ロータスが部屋に入ってきた。 「向こうが先手打ってきましたよ」 彼が持ってきた新聞の地方欄記事に、鈴木 透子(ia5664)は愕然とする。 やり方が滅茶苦茶だ。暴走しているとしか思えない。隠蔽にしたってこうも手段を選ばないとは。 『ババロア領内に新設された治安組織の一部が、与えられた装備を悪用し強盗事件を起こした。このことを重く見たヘンリー執政は関係者を逮捕、綱紀粛正のため首謀者を極刑に処すとの声明を発表した』 雨傘 伝質郎(ib7543)が茶化す。 「トカゲの尻尾切りってやつでござんすか」 レイア・アローネ(ia8454)は両目をすがめる。 「全貌が見えてきたな…さて、どうするか…透子、ババロア侯の遺体はまだヤーチ村にあるんだったな?」 「はい。今となってはそれがよかったかどうか…こういう御仁なら、村にも何をするか分かりませんし…」 「いや、確保しておいたのは正しかった。揺さぶりに使える」 ユウキ=アルセイフ(ib6332)は、これまで仲間が集めてきた参考資料に目を通す。 「それにしても、厄介なアヤカシが現れたねぇ…。ババロア候の件も…、残念だね…」 先程から考え込んでいた八壁 伏路(ic0499)がサライ(ic1447)に零す。 「無限ループってこわくね?」 「まあ…気持ちいい話ではないです。ジルベリアのおとぎ話に出てきた気がしますね…入れ替わられて二度と元に戻れなかったという…」 ゲオルグは部屋の隅で所在無げにしているおらんどを見やり、首を振る。 「いや、それはあくまで話だ。元に戻れないということはないはずだ」 それを耳にしたマルカ・アルフォレスタ(ib4596)は、己の意思を固めた。 おらんどに近づき、話しかける。 「ババロア城でもう一人の貴方様に出会いました。その方は富と名誉と名声を欲し、その為には手段を択ばない方でしたわ。そしてそれは貴方様ご自身の心の中にあった物」 真っ直ぐ目を見つめ、励ます。強く念じる。本人以上に。 「ですが今までの貴方様はそうなさらなかった。それは貴方様がその欲望に打ち勝つだけの道義心をお持ちであり、欲望に負けない自分である事を強く望み誇りにしていたからだと、わたくしは信じております。そして今一度、そういう貴方様に御成りになれると信じておりますわ」 ● 「何故こちらにすぐ連絡し、遺体を引き渡さなかったのかね」 ババロア侯の発見者として名乗り出たレイアは、苛々している執政へ向け、戸惑うように言った。 「身元を証明されるようなものを、何も持っておられませんでしたから。今あなたから確かなお言葉をいただきますまでは、ババロア候である確証も持てませんでしたし。依頼中なものでしたから、ひとまず知り合いのところに遺体を一時預かってもらういう形を取りました――それからジェレゾに連絡し、どうするのか指示を仰ぎまして」 執政の形相が一変した。 握り締めた拳の中で万年筆がへし折れる。背後に控えていた保安隊の表情が、びくっと引きつった。 「何故そんなことをした…?」 「ババロア候の今の勤務地はアバシリーだと聞きました。しかし出身はここであるそうで。どちらに運ぶべきか迷いまして…あの、何かまずいことをいたしましたか?」 いやな沈黙が数秒続く。 どう出るか。 八方気を配りつつ待ち受けるレイアに執政は、穏やかな作り声を出す。 「…私の執務時間が終わるまで、ゆっくりしていってくれたまえ。早急に遺体を引き取らねばならんからな。色々と手続きが入り用だ」 「いえ、私は急ぎの用がありますので。追ってジェレゾから当地へ使者が来ると思いますし、詳しいことはそちらに聞いていただいたほうが…」 「そう言わずに、ゆっくりしていってくれたまえ」 二度は言わないと言いたげだ。 ここで暴れて逃げることは可能にしても、得策ではない。彼女はそう判断した。本当に危害を加えようとするなら、黙っている気はないが、多分やらないだろう。 (私を殺すメリットはないからな。マルカ…後のフォローは頼んだぞ…) ● 「他薦で執政になる程の財務官が大金を手に入れたら、どうするかのう」 単純な考えとして、増やす。 不動産投資転売や、見栄の入った投棄目的の美術品集め。 監視避けと心証上げのため、多めに納税していないか。 そんなことを予想し金の流れを調べようと、ゲオルグに協力を頼んだ伏路は、帳簿の山を前に音を上げていた。 「あかん目がかすむ…7と9、8と6の区別がつかんようになってきた」 「この職業にはよくあることですよ。目薬どうぞ」 「うむ、かたじけない」 そんなやり取りをしていたところに、おらんどが来る。 「すまないが、私にも手伝わせてくれないか?…何かしていたほうが落ち着けそうなんでね」 ● 「ええ、そのことなら確かにジェレゾでも聞き及んでいます。連絡が来ていますから。赴任先へお帰りになる際事故死なされるとは、お気の毒に」 面会した矢先自分からこの話題をふってきたということは、焦りがあるに違いない。 思うマルカはロータスに続き、執政に話しかける。 「本当にババロア候のご遺体なら、オランド様自ら引き取りに出向くのが最上かと。前領主への礼儀を尽くす執政と、陛下や貴族達の評価も一段と増しますわ。なんならわたくし、騎士としてお供を勤めますわ」 「…お言葉はありがたいが、しかし私にも仕事というものがありますからな…このババロアから離れるというのも、難しいものです」 用心しているのだろう、渋っている。 だが是が非でもここは、城を離れてもらわなければ。潜入する手筈になっている仲間たちのために。 「確かに執政という重鎮が治めるべき地を離れることは由々しくあるでしょう…では領境で侯爵の亡骸を迎えられるというのはいかがで? それだけでも十分義理堅く見えますから。で、後は盛大にお葬式。情け深さと権威を示されるに、これほどいい機会はまたとありませんよ?」 「まあ、素晴らしいお考えですわロータス様。そうすれば、きっと非業の死を遂げられた侯爵様も浮かばれますわね」 ● ババロア領内にやってきた伝質郎は、早速空気が浮足立っているのを感じた。 どうやら何か催し物があるらしい――芸人はそういうことに鼻が利く。 試しに薪を背負った農夫を捕まえ聞いてみると、まさしく睨んだ通りだった。 「へえ、なんでも侯爵様がですな、赴任先でですな、事故に遭いお亡くなりになられたんじゃそうで…本当ならそこで弔うものなんですが、執政様が領内に葬ろうとおっしゃられましてな。まあ、ここは代々ババロア家が治めておりましたしの。そっちが筋と言えば筋かもしれんです、はい」 「へへえ、こいつはいかにも数奇な話でやすなあ。なまんだぶ」 神妙に手を合わせ黙祷し、にかっと歯を見せる伝質郎。 「こういうことはちゃんとしとかなきゃ、寝覚めが悪うござんすぜ。しかしこの地の前侯爵様たあ、大概なタマだと聞き及んでるのでやすが、皆の衆引っ掛かりはねえんでやすか?」 「確かにどうかという人もおりますがな、死んでしもうたならもう何もせられませんでな、かまわんのじゃねえかと思いますですよ。迷惑なお人じゃったが…今思えばそれだけじゃしなあ。最近はなにやら前より人気が荒れてきたようで」 そりゃ密告屋が近辺をうろうろしていたらそうなるだろう。 「不満はそこそこ溜まってる、と。この分なら、大分見込みがあるかもしれねえでやすね」 小声で言って彼は、城下町への道を急ぐ。 ● 慣れぬ執事服に身を包んだ伏路は、因幡兎を仕込んだ背嚢を背に、ババロア城を訪れていた。 応対役にまずマーチン家の記章を見せ、貴族と繋がりがあることをアピールする。 「ゲオルグ殿が先日の訪問の礼にと。なんでもババロア侯爵の盛大な葬儀が近々行われるとか。その節にはぜひ出席したいと彼の方は申されまして、わしはその下見に…いやいや皆様準備にお忙しいだろうから、わしが直接厨房まで運ぶにて問題なし。わしは正義の味方だ。下心はないぞ、背嚢一杯にしか。いやいや断じてイベントに乗じただ酒をのもうとかただ飯を食おうとか土産物をもらおうとかいった卑しい思惑はないのだ」 マルカたちが先に下準備をしたことは、予想外にいい結果をもたらしてくれた。ババロア侯爵の葬儀という意外な方向に球が転がり、その分隙が出来たのだ。 サライ、そしてフィンも同行するのだ。この潜入ミッションは意外と早く片付くかも――彼はそう思った。実際地下牢へ進んでみるまでは。 「これで終わり?」 相手が落ちたのを確認したフィンは、手を放し体を床に転がす。 前の失敗があるからか、牢近くの番兵は格段に質が上がっていた。志体持ちではと思える者もいて、子守歌だけでは対処出来ず、このように力技を行使することとなる。 まあそこまではいい。よくないけど。 問題は地下牢に入っている罪人たちが自力で脱獄出来そうにないというあたりだ。 明らかに暴行を受け弱り切っている。死刑にするまで持てばいいくらいの考えなのだろう。 サライが牢のカギを外し、彼らを外に出す。 「強盗・殺人は確かに重罪だけど、あたしが防いだ分は未遂に終わっているはず。あなたたちはジェレゾに出頭するべきよ。確かに罪には問われるかもしれない…けど――」 そこまで説いたところで、フィンは気づく。彼らの口に血がこびりついていることに。 …全員舌が根元までしかない。 ● ババロアからの使いをヤーチ村まで案内したレイアは、村境で待っていた透子とユウキに、軽く手を振った。 まず村長が、一同を迎え入れる。 「これはこれは、お話は聞いておりますでな。ババロア侯爵様の亡骸は、あちらのほうに安置しておりますので」 「そうか、ご苦労」 使いはすこぶる横柄な態度を示している。 「ところで…ババロア侯をここで弔ったについて、由々しい問題だと我々は思っている」 「え? な、なぜです?」 「侯爵はババロアのお人だ。ババロアで適用されている法にのっとって弔われるべきであったのに、そうしなかったというのは、明確な軽犯罪法違反だ。当方への連絡も遅れていたようであるし…一応事情聴取せねばならんから、この村の主だったものは、ともにババロアまで来てもらいたい」 これを聞いてミーシカが怒った。 「何だお前ら、氷海で裂け目におっこってた侯爵ほったらかしのままにしてたんだろ! うちはちゃんと埋めてやったのに言い掛かりつけてくんじゃねーよ!」 それを聞いて、使者たちの目の色が変わる。 「…おい、小娘。お前いつ誰からそんな話を聞いた?」 「何だよ触んな!」 ミーシカを捕らえようとした男の顔面で水が弾けた。 ユウキがスプラッシュをかけたのだ。 「どうもあなたたちさっきから、感心しない態度だねぇ」 「貴様…」 他の使者たちが剣を抜いた。 透子はその前に進み出て、言う。 「ご遺体を弔ったのはあたしです」 言うが早いか『罪業』を振りかざした。 「人と戦うのは嫌いです。けど出来ないんじゃありません」 獣の渦巻く炎が彼らの鼻先をかすめ、髪を焦がす。幾人かが急に気分が悪くなり膝をついた。 「貴方たちはアヤカシより脆いです――ババロアで貴方たちの事が明るみになってます」 事の次第を悟った使者たちは色めき立つ。村長の襟首を掴み、人質として引き寄せようとする。その手元をレイアの真空刃がかすめた。ユウキが氷の刃を飛ばし、村人との間の障壁となす。 「貴様ら…この先ただで済むと思ってはいないだろうな…」 「もちろんもちろん。今の執政が本物ならね」 ユウキは視線を背後に向ける。 ババロアよりの使者たちは驚愕した。 そこにいたのは、紛れも無い、もう1人のオランドであったのだ。 「まあ少し気を落ち着けてから、彼の話を聞いていったほうがいいね」 ● ババロア城下で伝質郎は、そら涙交じりに琵琶をかき鳴らす。 「侯爵さまのへそくりを、ねこばばしたのを隠すため、執政に尻蹴飛ばされ、境の外まで追いかけて、残念無念取り逃がし、そして戻ってきたならば、あえなく牢にぶち込まれ…ああ、なんと哀れな保安隊員たちでやしょう。何と度し難たい執政でやしょう。正義はどこいったァ〜」 視界の隅に保安隊員が見えたので、早速準備体操。しかし歌は続ける。 「しかーし、ご安心召されいっオランド様は2人いるっ! もう一人の方は情け深くも処刑を止めようとなされている! どっちが本物? どっちがふさわしい。主は来ませりや近々に〜!」 後は追っ手を眠らせつつ、領外まで全力疾走。 ● 侯爵の遺体を迎えるため国境に赴いていた執政の元に、急報が入ってきた。 「脱獄だと…貴様ら何をしておった…」 「は、はい、し、しかし、ここ、こ、この命令書が…届きまして…あの私も、何がどうなっ」 まともに話せない報告係から、持っていた書状を引ったくる。 一通り読んだ後彼は陰惨な表情を浮かべた。 マルカがそっと尋ねる。 「どうされましたか?」 「…いや、例の騒擾犯たちが脱獄しましてな。どうやら領外に協力者がいたようです。私の名を語って偽の命令書まで出し、領政を撹乱しおった大罪人どもがね」 ● 「いいわよ、うちで匿っても」 「おお、さすがエリカ殿超太っ腹」 「ところであんた、あの人たちがどういう状態か分かってる? 舌がないのに加えて、確かめたら鼓膜も破れてたわよ。全員。是が非でも証言だけはさせたくないみたいね」 なんでこんなえげつない騒動に延々つきあわなきゃならんのか。 つくづく盛り下がる伏路は、ミーシカの顔を思い浮かべため息をつく。 「腹減ったのう…あったかいペリメニ食いたいのう…」 「伏路さん、手を休めないでください。早くしないと見つかります」 「へいへい」 現在彼はサライ、ゲオルグと共に、ジェレゾにあるオランド旧宅へ不法侵入。家捜ししているところ。 サライの調査によれば、執政は片付けと称して就任後、何度かここに来たそうだ。 おらんど本人も言っていた。なにかあるとすればここでは、と。 「さすがもと財務高官。いち早く帳簿の穴を見つけてな。ま、自分がしそうなことは自分が一番よく分かるということかの」 「なるほど、道理ですね…あ、ここ、剥がれます」 床板を探っていたサライの手が止まる。 早速皆で協力し、床板をどける。 見つけたのは金でも貴金属でもなく、多数の借用書だった。 貸し手は執政、借り手は。 「…あ。この人とこの人とこの人…徴税部局の人だ…帝国北部を担当してる…」 「なぬ。マジかゲオルグ殿」 |