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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 「お前らは用も果たさずのこのこ帰ってきたのか?」 ヤーチ村に行っていた使いは執政の激怒を受け、賢明に弁解をした。 「も、申し訳ありません。しかし、先も申しました通り、もう一人の執政様がおられまして、私共は――」 「だから何だと言うのだ。そいつは明らかに偽物だろうが。私がここに来たときの騒ぎをもう忘れたのか。その場で切って捨てるくらいの知恵は働かんかったのか!」 「は、はい、承知致しました、これから急いで」 まだ何か言おうとした相手の頬桁をいやというほど殴りつけた執政は、素早く頭の中で計算し、この件を後回しにすると決めた。 侯爵の体を調べたところで、殺した証拠となる物は何も出てこない。 生きている連中への対応が先だ。 ● 「なるほど。脱税工作に汲々するより、直に関係者へ工作する方が早いですよね。一蓮托生にしてしまえば、小細工なんかしなくても、突っ込まれないこと請け合いだ」 「感心してる場合じゃないでしょロータス。本当に、あの人村まで行かせてよかったわけ?」 あの人、とは、むろん本物である方のオランド。 執政の横領疑惑調査に協力した後彼は、ヤーチ村へ戻って行った。自分が姿を見せなければ、あの執政が偽物であると証明出来ないからということだったが――向こうがそれを黙って見ているかどうか。 前任者の侯爵ばかりか自分の部下さえ嬲り殺しにしようとする人間だ。その前に姿を現したとすれば、無事ですむとも思えない。 「いいも悪いも本人が行かねばとおっしゃっていたんですから、どうしようもないですよ。実際僕も、彼が直接出て行かない限り事態の収拾って出来ないと思うんです。向こうは地位をフル活用してますからねえ…」 憂鬱そうに言ったロータスは、手にした手配状を音読する。 「『ババロア領内から逃亡せし死刑囚6名について、帝国各領内に注意喚起を求める。罪状は騒擾及び強盗殺人未遂。氏名、容姿は左のごとし。もし姿を見かけたものありせば直ちに通報せんことを望むものなり』――誰かには見られてますよね、あの人たちをこの屋敷に運んだの」 「多分ね。でもだからって引き渡すわけにいかないでしょ」 「そうくるとあなたも、ババロア領政を乱そうとする不届き者の協力者と見なされますが」 「だから?」 「いや、そう喧嘩腰にならなくても。別に責めてるわけじゃないんで。ただ向こうが打ってきたならこっちも即座に打ち返さないといけないってことで…すぐスィーラに出頭させましょ、あの人たち。手初めに人道的見地からいちゃもんつけ返しましょ。聞けなくたって喋れなくたって目は見えるんでしょう? 手は動くんでしょう? 筆談で内情を暴露してもらってですね…」 「あんた、こういうことになると、ほんっと生き生きするわよね」 ● 「あいつらまた来るかな」 「びくびくすんなトビー。来るなら来い。今度は矢ぶすまにしてやる。人の村で偉そうにしやがって」 「ミーシカ、駄目だよ滅多なことしちゃ。うちの領主様が、この件には抗議するそうだし」 「あのなあエマ、あのゴム毬がまともに抗議なんか出来ると思うのか?」 「おい、仮にも領主様だぞミーシカ。口が過ぎるだろ」 年下の少女をたしなめたケインであったが、その実かなり事態について不安視していた。 ミーシカの言うことは、ある意味もっともなのだ。 このヤーチ村含むアーバン渓谷一帯を治めるのは、アーバン伯であるのだが、これが確かに頼りになりそうもない人。性格は温和だが優柔不断で、押しに弱い。頭の働きも少々鈍い。 それで問題が起きないのは、この地において住民の自治意識が高く、政の大部分を自分たちの間で処理しているからである。 正直伯爵は飾り物なのだ。それで本人も周囲も問題を覚えていないのだから別にかまわないのだが、こういう場合には…。 ● 「それでじゃな、わしの領民をじゃな、勝手に連れて行こうというのはじゃな、問題があるとじゃな、思ってじゃな…」 「アーバン伯、失礼ながらあなたは思い違いをしていらっしゃる。私は何もあなたの領民を取って食おうというのじゃない。参考までに聞き取り調査をしたいだけです。ババロアの平穏をかき乱そうとする不逞の輩がいるのですよ。罪人を脱獄させ流言蜚語を城下にばらまき、あまつさえ私という存在を騙り、執政の遺体引き取りを邪魔するような。私は陛下に任ぜられてこの地を任された。それに弓引くということは陛下に弓を引くということです。つまり賊です。賊は帝国共通の敵でありあなたの敵でもある。違いますかな?」 「あー、えー、そ、そうじゃな?」 「であれば、直ちにご協力願います」 「う、うむ」 アーバン伯は目を白黒させるばかり。完全に役者負けしている。 ただ彼は領民を信頼している。独断で物事を決めることだけはしない。 「ああ、じゃな、ええと、じゃな、まあ、よかろ。帰って皆のものに話をしてみるのじゃな」 ● 「抗議にも何にもなってねえじゃねえか! ほんとあの肉まんじゅう役に立たねえな!」 「大声出すなミーシカ。話し合いをしているところなんだから」 帰還してきた伯爵から事情説明を聞いたアーバン領民は、全地域の代表者が集まり、総会を開いた。 ヤーチ村の住民をあちらに行かせるかという点については、全会一致でNOとなる。漏れ伝え聞く話、その他諸々考えてみるに、どうも信用ならないというのが理由だ。 遺体については返還していいのではないか、ということになった――ただし、ジェレゾから派遣されてきた調査官に見せてから。ババロアから引きとりの使いが来て戻って行った後、その旨が中央より伝えられてきたのだ。 「早まって向こうに渡さんでよかっただな」 「んだ。なにしろスィーラからのお達しだでな。来られたとき物がないでは、お叱りくらうとこじゃった」 最後に残った問題はオランド。 本人は自分が本物であり、従ってババロアに戻らなければならないと言っているのだが…。 「どうなんじゃ、あのお人が間違いなく本物なのか?」 「さあ、そこがのう、いかんせんはっきりせんで。最初アヤカシみたいじゃったっちゅう話もあるでなあ」 ● ババロア城下。町の住民は人目を避け、家の中でひそひそささやきあっている。 「なあ、この間妙な坊主が町中で歌ってただろ」 「ああ、執政が2人いるとかなんとか」 「ねこばばしたとか、ほんとかなあ」 「さあ…でもなんにしても…きついお人よな…」 |
■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
レイア・アローネ(ia8454)
23歳・女・サ
フィン・ファルスト(ib0979)
19歳・女・騎
マルカ・アルフォレスタ(ib4596)
15歳・女・騎
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
雨傘 伝質郎(ib7543)
28歳・男・吟
八壁 伏路(ic0499)
18歳・男・吟
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ |
■リプレイ本文 「貴様…このような捏造文書で言い掛かりをつけようなど許さんぞ。足元が明るいうちに帰れ」 口では強がっているが、目が自信なさげにきょろきょろしている。 予想通りの反応に舌なめずりする雨傘 伝質郎(ib7543)は借用書リストのうち最も位が高い高官へ、いかにも心外そうに言った。 「まあまあそういきり立たなくても心配ご無用。あっしはゆすりでもたかりでもない、単なるけちな高利貸の下っ端でやす…ハイアット商会の名はご存じでやすね?」 高官の顔がビクッと引きつった。 「そ、その金のことならすでに解決しているはずだ!」 職場で横領し、ばれそうになって穴埋めの借金。その先の展望が全く開けないところに肩代わりを持ちかけられ、一も二もなく乗った。 (この手の話は大体どれも似たり寄ったりでやすな) 伝質郎はかぶりを振る。 「それがあっしらも困っておりやして…こいつはどうもあぶねェ証文だァ。ちと始末が悪うございやす」 「ど、どういうことだ」 「いえね、あっしらも今を時めく執政様が肩代わりしてくれるならと、大船に乗った気でいたんでごぜえやすが…ここのとこババロアについてのきな臭え噂を度々聞くようになりましてね。執政様が前侯爵をバラしちまったんじゃねえかだの、もののついでに隠し財産をぶんどったんじゃねえかだの…まあそこはいいんでやすが、今の執政様が真っ赤な偽物じゃねえかって話まで持ち上がってくるに至っちゃ…」 高官の顔がしなびた柿みたいな色になってきた。 伝質郎は馴れ馴れしく肩を叩く。 「旦那が借金をされたのはその、黒いほうのオランドでやしょう? 実はここだけの話、あっしら極秘に白いオランド様と渡りをつけてやして…よろしければそちらに保証人を切り替えていただけねえかと。表沙汰にしねェってのなら、何とかなるやもしれやせん。借金さえ返ればあっしは大儲け。旦那も安泰。世はこともなしでやすんで、へい」 ● 「う〜む」 八壁 伏路(ic0499)が眉間を狭める理由について、フィン・ファルスト(ib0979)も理解する。脱獄囚が書いた文の一部を見て。 『わたし きいた おーらんとさま いう ころす ぜれぞ しおくにん』 脱獄囚は全員、幼い子供のような文章しか書けないし読めない。頭が悪いとかいうことではない。しっかりした教育を受けてきていないのだ。 「…これがあるから目は残していたってこと?」 「…同情はせんぞ。フィン殿がおらねば、おぬしらは工房の人々に同じ事をしていたのだろうからな」 厳しい事を言いつつも伏路は、彼らが記した手記を元に、告発文の作成にかかる。 その前に執政に負けないくらい腹黒そうな相手へ、助言を求める。 「ロータス殿、これは清書すべきかの。綴り間違いも多いし」 「いや、清書しない方がいいです。注釈はいるかも知れませんけどね。稚拙な文の方が悲愴感出て同情引けそうですし。新聞種にするんでしょ、これ?」 サライ(ic1447)は一拍おいて頷いた。不安そうに自分たちを見ている脱獄囚の視線を感じながら。 この人たちがもし聞こえたら喋れたら、自分たちのことを公表してほしいと言うだろうか。そんな疑問が胸に浮かぶ。 「…執政は告発がなされたことを知ったら、どうすると思いますか?」 ロータスはちょっと考え、それから答えた。 「この人たちの親兄弟友人知人、後いれば恋人を捕まえますね。自分から戻ってこさせるためのいい餌になるでしょうから」 サライがどきっとした顔をするのもかまわず続ける。 「ああそうだフィンさん、上奏文についてなんですけどね、出すならオランドさんたちが顔合わせしてからの方がよくないですか? 人間に戻れるか戻れないか、ちゃんと見切っておかないと。もし戻れそうもないなら、共々退治されても――仕方ないというもんで」 ● 『住民と役人達に約束を2つしてほしいんです。一つは税金を公平に集めること。もう一つは公平な裁判をすること。ババロアの人達は繁栄とかでなく、そういう事を願っていると思いますから』 ババロア行きのソリに揺られる鈴木 透子(ia5664)は、自分がおらんどに語った言葉を反芻する。 彼が元に戻れるのかどうかまだ未知数。陰陽術だけでは対処仕切れそうもないと、ギルドや学会に問い合わせてみたが、はかばかしい答えは得られなかった。 隙間女が口にしていた「主導権争いに勝つ」という以外の方策は無いようである。 (勝つ、ですか…) マルカ・アルフォレスタ(ib4596)は「おらんど様の意志の力がアヤカシの力に必ず打ち勝つと、わたくしは信じておりますわ!」と彼を励ましていたが、そもそも『勝つ』と言うのはどんな状態を指すのか。通常のアヤカシのように、退治すればいいだけの話なのか…透子も悩む。 「どうも考えるほど分からなくなってきまして…どちらも本物なんだと思います。だから…どうすれば良いのでしょう」 小声でそう打ち明けられたユウキ=アルセイフ(ib6332)は、『サイレントワスプ』のひんやりした銃口を顎に当て、眉根を寄せる。 彼にも、すぐに答えが出せなかった。 「う〜ん…それは深い質問だよね…深いね…要は己に勝つってことなんだろうけど…」 もう一方の同行者であるフィンは、その点簡単に片付ける。 「要するに、悪い方のオランドをアヤカシに戻して、消せばいいんじゃないの?」 『ド・マリニー』は現在のところほとんど変化していない。 それはつまり、同行しているおらんどのアヤカシ化が薄れつつある証し――彼女はそう信じている。 このままババロアに入った後は、まず領民を味方につけなければ。執政であるオランドと対峙する前に。そうでなくては多勢に無勢、取りこめられるだけになる。 敵はババロア侯爵の遺体検分に立ち会うため、ヤーチ村へ出掛けている。隙をつくのは今しかない。 おらんどは前の席で、じっと考え込んでいる…。 ● 「えっと…」 サライは鼻血をだばだば垂らしうずくまっている相手を見下ろした。 彼はババロアからの使者の1人。脱獄囚を引き渡すよう訪ねてきた矢先、エリカから間髪入れず殴られたのだ。 まあ彼らも執政の名を嵩にきて尊大な態度を示したかもしれないが。それにしても。 (こんなにすぐ手が出る人初めて見た…) 「何のつもりだこの女あ!」 「入るなって言ったのに入ろうとするからでしょ…私の家は敷地ぐるみ私の領地だから次許可なしに踏み込んだら蹴る」 「何を偉そうに、こんなペーペーの男爵家なぞいつでも潰せっ」 エリカは言葉どおり蹴った。股間を。痛そうだ。 スーちゃんとロータスがいそいそ出てきて弁解する。 「申し訳ないことなのでちお客たま。とにかく今ご主人たまに近寄らない方がいいでちよ。懐妊の影響なのか常時臨戦態勢なのでち。実質子持ちの雌ライオンでち。入れておくべき檻がないのが無念でち」 「本当にねえ。でも大目に見ていただきたい。この人妊婦ですからね妊婦――だから応対について、公爵家嫡子となるサライくんに一任しているわけで」 背をぽんと押されたことで、サライは我に戻る。義母の言葉を脳裏に蘇らせる。 『よいかサライ。狼藉ものと対するには、一に威厳、二にも威厳が肝要ぞ』 仕立てのよいスーツの胸を張り、傲然と言い放つ。 「彼らの身柄は僕の名において保証する! 正当な審判が下されるのだ、君たちの出る幕ではない!」 「サライだと……貴様…例の怪文書の…ババロア執政の顔に泥を塗りおって…お前が何者か調べはついているのだぞ。公爵家を名乗りはしても、どこの馬の骨とも知れん浮浪児だろう。嘘か真かあのジルドレ領から買われてきたそうじゃないか。妙にジルドレ公に詳しいような書きっぷりだが、稚児商売でもしていたか?」 怒るなら熱くなるな。むしろ冷たくなれ。底冷えがするほどに。 己に課した鉄則をサライは、正確に履行する。嘲笑を浮かべて。 「下種というもの本当に頭の悪いことしか言えないんだな。同情するよ。いいから帰りたまえ、君たちが頼りにしている人のところへ。もっとも彼は君たちを守ってはくれないだろうけどね」 ● 「違う、お前は執政様ではない」 城門前にいる保安隊の面々は銃口を下げようとしない。 おらんどについてきた徴税部局の役員は完全に及び腰、逃げられるなら今にも逃げ出しそうだ。 フィンは正面から『ペンタグラムシールド』を構え、おらんどをガードしている。 透子はいつでも術が出せるよう備え、彼らに尋ねた。 「なぜそう思うんです?」 「執政様は予め言い渡していかれた。定められた日時以外に私が戻ってくることは一切ない。もし戻ってくるようなら、それは紛れも無く偽物である、とな」 物陰から見守っている伝質郎は、禿げ頭を叩く。 「こいつはなんとも用心深いこってすなあ。さて、白オランドの旦那はどうしなさるか」 やじ馬気分も手伝って耳をそばだてる彼に、こんな声が聞こえた。 「そうだ、私は偽物だ」 「へっ!?」 予想外の出だしに、思わず首まで乗り出してしまう。 「そして君達が知っている執政も偽物だ…いや、本物偽物という言い方がいけないのかもしれない。どちらもオランド・ヘンリーであることに間違いはないからな。彼がしたことは私がしたことだ。もう取り返しがつかないかもしれないが…これ以上事態が悪化するのを防ぎたい。スィーラにはすでに私が仕出かした事が聞こえている。そちらからの使いがほどなく当地に来るだろう。それは誰にも防ぎようのないことだ」 保安隊に無言の動揺が走るのを、一員に化け紛れ込んでいるユウキは感じた。 「君たちはここで私と縁を切るべきだ。私は今日限り保安隊を解散する――その手続きを今から行いたいんだ。そこを通してくれ。君たちはどこまでも私に付き従う必要はない。己の身に災いが及ぼうとしているのに、みすみす手をこまねいていなくてもいいんだ。牢にいる人々を出してやってから、家に帰ってくれ。私は君たちに累が及ばないよう、全力を尽くそう。約束する」 揃えられていた銃口が曖昧に降りて行く。 伝質郎は陽気に町の大通りへと向かう。歌うように触れ回りながら。 「集まれや民よ〜ババロアに真の執政殿が今来たり〜」 ● 「寒い季節で良かったのう。これが温かい時期なら今頃遺体は……」 伏路は遠目にアーバン伯を見やる。 彼は今オランド執政から問いただされ、大汗をかいていた。 「アーバン伯、どうも村民では無さそうな輩がうろついているようですが、あれは一体何ですかな」 「あ、あれか。うむ、よくは知らぬが傭兵ということじゃそうで」 「何故そんなものがここに入り用なのですかな?」 お前がいるからだ。と心で突っ込む伏路。 「いや、なんでも不埒ものが出没するかもしれないということで…」 「ほう、それは大変だ。で、その不埒ものというのは一体どういう輩ですかな。境を接しているこちらとしては、ぜひともお聞かせ願いたいのですがな」 だからそれお前だ。 「あー、うー、く、詳しくは村長に聞いてくれい。村の裁量でしたことじゃでな」 この場に出席するよう執政を招待せよと、ゲオルグとともに説得に行ったときも思ったが、実に頼りない領主。 人事ながら大丈夫かいなと思ってしまう。 「おいフセ」 「おお、ミーシカ殿、久しぶりよの。その後変わったことはおおいにあったろうが、息災かの」 「まあな。でもお前なんだそれ。保安なんとかの服じゃねえか。執政の手先になってんのか」 「いや、これは世を忍ぶ仮の姿。心配するでない。わしはいつでも正義の味方だ」 言ったところ、ほっぺたに焼きたてのピロシキが押し付けられた。 「食えよ。なんかよくわかんないけど、うちの村のために色々やってんだってな。ありがとよ」 「…おお、かたじけない」 兄とともにオランドの側にいるマルカは、それをほほえましく眺めながらも、緊張を解かない。 さすがに中央官吏がいる場所では無茶もやるまいが、それが帰った後が気掛かり。 執政が連れてきているお供の面々は単なる飾りでない。それとなく歩き回り、村の様子を探っている。 渓谷にあるアルフォレスタ家の別荘に泊めているときからだが、彼は決して油断をしていない。一層慎重になってきている。告発文章が出回って以来、特に。 (エリカ様のお宅は大丈夫でございましょうか…サライ様が残られましたし、当局に警戒して下さるよう掛け合ってもおきましたけれど) 厳粛な手続きにのっとって、掘り返された柩が開かれる。 冬のこととはいえそれなりの傷みがあり、かすかな死臭が漂ってきた。 ハンカチを鼻に当てた調査官が中を覗きこみかけ、はたと顔を上げる。 ソリが村の入り口に滑り込んできたのだ。 そこから出てきたのはフィン、ユウキ、透子――そしてオランドと瓜二つなもう一人のオランド。 アーバン伯爵は息を飲む。 「こ、これは…双子の兄弟でもおありでしたかな、執政殿?」 間抜けな質問にオランドは答えなかった。 己の率いてきた手勢に迷いなく指示を出す。 「撃て、アヤカシだ。調査官をお守りしろ」 機先を制してユウキが短銃をかざした。射撃手は隠し持っていた小盾で弾丸を防ぎ、引き金を引く。 フィンが全身でそれを突き飛ばす。 透子の生じさせた姿なき鬼が、射撃手の生気を食う。 「…オランド、こっちの彼の近くにいてもまだ計測できる瘴気は斑だったというのに、貴様に近づいたら計測量が増えたぞ」 小競り合いの物音にすわ戦闘かと、傭兵たちが駆けつけ、村人たちの前に立った。 「それはどういう言い掛かりかね。どうもこの間から私に対しての誹謗中傷が行われているようだが、君らにも少し話を聞いてみるところがありそうだな。折よくこうして中央からの官吏も来られているのだし――」 自信満々な執政の態度。 それが崩れた。おらんどの言葉によって。 「…お前もオランド・ヘンリーだ。私がそうであるように――だが、私たちはどちらかだけでは、完全にオランド・ヘンリーであることは出来ない」 「…」 「私はお前を私の中から追い出そうと努めてきた。お前がいることを自覚しまいとしてきた。だがそれでは多分、解決にならないんだ」 「…! 止めろ!」 オランドの輪郭が急激にぼやけていく。 「戻ってきてくれ」 「私は貴様のようなくだらん人間に用はない! 日和見の、ただ、周囲が望むようにするだけが取り柄の…善人ぶった…小心者…」 オランド個人でなくなり、果ては人間でさえもなくなっていく。 「戻ってきてくれ、オランド!」 バサリと音がした。 執政だったものが消え、服だけが地面に抜け落ちたのだ。 残ったのは後に来たオランドだけ。 村人たちも傭兵たちも監査官も、伯爵も、開拓者たちもあっけにとられる中、ぽぽぽと変な笑い声がした。 聞き覚えがあると思って透子が振り向けば、やはり隙間女。 「…おめでとう影法師さん…アヤカシに戻れたわね…」 |