僕の私の黒歴史
マスター名:KINUTA
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/02/07 16:30



■オープニング本文



 ジェレゾ、聖マリアンヌ女学院。
 お嬢様学校として知られるここにも、やんきいと呼ばれる人種は存在する。やんきいと名乗ってもそこはそれお嬢様だからかなりへっぽこ。
 その筆頭である番長アガサは手下たちを率いて、職員室に潜入しようとしていた。
 没収品――天儀渡りのちょっとエッチな月刊恋愛絵巻本――を取り戻すために。

「アガサ、本気でやるですか?」

「もちろんっす。風紀のオバンに取られて返ってきたもんなんかこれまでないじゃないっすか」

「そうよね。こないだアル=カマルのナッツチョコ詰め合わせ取られたときは、缶だけしか戻してくれなかったし」

「あれ、一人で全部自分が食ったですの! オバン許すまじですの!」

「そうっす、この上は机の引き出しにスライム入れてやるっす!」

 意気盛んな彼女らはこそこそ窓の下へ。

「いいっすか、打ち合わせどおりに手分けして家捜し」

 ガラッ。

 いきなり開いた窓から、スーツにひっつめ髪の中年女性が顔を出した。
 アガサは平静を装い、そそくさ逃げにかかる。

「仕方ない、出直すっす」

 だが、向こうが大人しく見逃してくれるわけはなかった。

「お待ちなさいあなたたち」

 なんのかんの言っても相手は一応教師、こうも近い距離で呼びかけられ無視するわけにもいかない。ぎこちなく足を止める。

「…オバンとは誰のことですか?」

「え? そんなことあたしたち一言も言ってないっすよ? ねえ?」

「そうなのです。きっと先生の被害妄想もとい聞き間違いなのです」

「よくありますでしょ、そういうこと」

「ふざけるんじゃないよこの小娘どもがっ!」

 オバン先生の般若そっくりな形相に、女学生一同ひえっと口を噤む。

「聖マリアンヌの汚点ですよあんたたちは! 由緒正しきこの子女の園にあんたたちのような品性下劣素行不良な生徒がいると思うだけで私は、恥ずかしさで頭痛がしてくるんです! 寝付きも悪くなるし手足は冷えるし動悸はするし…」

 そこに、はっはっはと明るい笑い声が響いてきた。
 顔を向ければ、パーティーグッズの鼻メガネをかけマントをつけた、1人の紳士が。

「まあまあ、そう興奮めされますなマダム・オバン」

「なんですかあなたは! 部外者は敷地から出て行ってくださいっ!」

「ですから興奮めされますな。そしてやくざなレディたちを責められますな。もっと恥ずかしいことがこの世には、たくさんあるではございませんか」

 紳士はさっとマントをひるがえした。
 するとそこから、何冊もの薄い本が落ちてきた。
 アガサたちはそれを拾い上げ、開き、黄色い声を上げる。

「な、なんすかこのBL、すげーっす! モロッすよ!」

「監禁とかエロすぎですの! 調教とかエグ過ぎですの!」

「うっわ、引くです。これ描いた人、頭相当キてますよ…」

 紳士はステッキを一振り。
 空中にほわああんと映像が浮かび上がった。
 そこには徹夜で原稿にいそしむ、オバン先生の姿が…。



「へえ。そんなことがあったの」

「あったっすエリカ番長」

「おかげでオバン先生、ここしばらく登校拒否なのです」

「裏の顔を晒されたのが、相当痛かったみたいですの」

「私たちとしては助かります」

 エリカは後輩たちから目を転じた。
 ギルド前に鼻メガネ紳士が陣取っている。

「それ、あれで間違いない?」

「ないっす。あれっす」

 会話を聞いた紳士は、エリカに向け肩をすくめた。

「残念ながらこのアヤカシ黒歴紳士、あなたのように四方八方破れかぶれな人生を送っていらっしゃる方は相手にしません。晒して新鮮味のある秘密などどこにも残ってないですから、ちーとも面白くないのです」

「…なんか腹立つわねこいつ…」

 エリカの言葉に、ぶちもふらが忍び笑いする。

「でも事実でちな」

「黙ってなさいスーちゃん」





■参加者一覧
/ 鈴木 透子(ia5664) / マルカ・アルフォレスタ(ib4596) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / リリアーナ・ピサレット(ib5752) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) / 鎌苅 冬馬(ic0729


■リプレイ本文



 さてこの鼻メガネどうしたものか。
 たいした切迫感も感じられぬまま考えていたエリカの耳に、とびきり明るい祝辞が届く。

「エリカさん、おめでとうございます」

 誰かと思えば鈴木 透子(ia5664)。
 軽い足取りで近づいてきた彼女が紡いだ次の言葉に、アガサを筆頭とする後輩やんきいたちは騒然となる。

「それで、予定日はいつですか?」

「えええっ!? エリカ番長おめでただったですの!?」

「なぜ教えてくれなかったっす! 水臭いっすよ!」

「これはアリスたちにも触れて回らなきゃいけないのではないですか、アガサ」

「おう、そうっすね。早速教えに行くっす!」

 軽々しく駆け出す後輩の襟首をエリカが捕まえ、引き寄せる。

「やめなさい」

 力のこもった声色と睨みに、アガサは即白旗を上げた。

「ラジャーっす野獣番長」

 エリカから手を放してもらったので、そそくさスーちゃんの後ろに回る。
 スーちゃんは、もふーと鳴いて目を細めた。

「ご主人たま。透子たんが知っているということは、もう大体各方面に知れ渡っているということでち。口止めするには遅すぎるでちよ。大体ロータスたまとずるずる同棲してるってことは万天下周知でちから、この位じゃ今更誰も驚かないち評価も下がりまちぇんよ。地面に落ちたものはそれ以上落とせないでちょう?」

 説得力を感じたのか、不満そうな顔をしつつも言い返さないエリカ。
 でもスーちゃんの頬は引っ張っておくし、透子に確認もしてみる。

「誰からその情報聞いたの?」

「ああ、それは」

 言いかけたところちょうど八壁 伏路(ic0499)がやってきた。
 透子は迷いなく指さす。

「あの人からです」

「エリカ殿、こたびは誠にめでたい話で…いででで、なにをするいでででで」

 こめかみの両側をぐりぐりされる家主をほったらかす七塚 はふり(ic0500)は、ギルド前に佇む紳士に注目した。

(鼻メガネを取ったらどうなるのでありましょうか…)

 試してみたくて指がわきわきする。
 何物なのか正体を知りたく思ったので、知ってそうな人に声をかけた。

「初めましてエリカ殿アガサ殿。自分ははふりと言うのであります。ひとつお聞きしたいのですが、あそこにいる愉快な野郎は誰ですかな?」

「ああ、なんかアヤカシらしいんだけど」

「おいはふり、助けいででででで」

「黒歴紳士とか名乗っていたっす」

「ほう。やはり見かけどおり紳士」

「そんなことはどうでもええ! はよ助けえ!」

 そこにマルカ・アルフォレスタ(ib4596)がやってくる。

「あら皆様方、ごきげんよう。今日もどこかへ討ち入りですか? 元気なのはよろしいのですが、妊娠は初期の対応が肝心と申しますから、エリカ様におかれましては、あまり無茶はされませんように」

 エリカは伏路が自力で抜け出すのをそのままに、軽い調子で返した。

「大丈夫よ。ロータスの子なら何しても張り付いてる気がするし」

「それ以前に野獣の子でちからな、頭はいまいちでも頑丈さだけは折り紙つきだと思うのでち虐待でち虐待でち!」

 踏まれるもふらの騒がしい声をかき消すように、悲鳴が上がった。
 はっとそちらを見てみれば、黒歴紳士が人だかりを前に朗読会をやっていた。

『硝子の細かな細片のように蒼い月の地上に落としかける憂鬱な滴を浴び気高き無垢な純白は狂気を秘めた慈愛の牙を僕らの柔らかな肉に埋め脈打つ緋色の輝きは刻一刻銀灰色に褪せ遥か彼方から黄金の翼を持つ天使が甘美な崩壊の調べを残酷な優しさに満ちてWOWWOWWOW君こそ救世主この醜い汚れたセカイに響く終末の鐘よ鳴れ鳴り響けSA−YO−NA−RA』

 彼が手にしているのは歌詞ノート。
 頭髪があやしくなってきた堅実そうな中年男性が、地に転がり悶えている。

「やめろおおおおお! それやめろおおおお!」

 どうやら若気の至りで大昔に作ってしまったものらしい。

「何何これ、意味わかんないもうだめ死ぬキャハハハハハハ! ヒーッ! あははははははは!」

 手加減なしに爆笑しているのはリィムナ・ピサレット(ib5201)。
 笑い袋となった彼女をたしなめるのは、姉であるリリアーナ・ピサレット(ib5752)。

「お止めなさいリィムナ。人には誰にも他人に知られたくない側面があるものです。笑ってはいけません」

『さあ今こそ燃え上がれ僕の内なる小宇宙』

「ブッ」

「姉ちゃんだって今笑ったじゃない!」

「いいえ違います、今のはしゃっくりです」

 鎌苅 冬馬(ic0729)は被害者を哀れに思った。
 あの鼻メガネ、ふざけた格好をしているが人間ではなさそうだ。

(依頼を受けたからにはアヤカシのはずだよな?)

 中年男が羞恥に耐え切れず逃げ出す。
 エリカから抜け出した伏路がやっとこさ注意に乗り出した。

「おい、そこなる鼻メガネ。アヤカシのくせに白昼堂々出てきて人を苦しめるとは何事だ。痛い目を見たくないなら早々に立ち去るがいい」

「これは心外な。私は誰も苦しめておりませんぞ。本当の自分を解放するお手伝いをしているのです」

 言うなり彼はバッとマントを翻した。
 どさどさっと表紙の黄色い本が何冊も落ちてきた。

「む?」

 しばし間を置いた伏路が目を見開く。
 アガサたちが遠慮なく割り込んできて騒ぎ始める。

「あ、天儀のエロ本っす!」

 しかも手にとって中をめくり始める。

「おおー…天儀オリジナル版は挿絵無修正って本当だったのです!」

「うっわ、これ見て。ごっつごっつい。本当にこうなってんの?」

「確か天儀の枕絵は誇張してあるんじゃなかったです?」

 年頃の女子は年頃の男子に負けず劣らず好奇心旺盛だ。

「だあっ、止めんかい!」

 大急ぎでそれらを回収しようとした彼は、滑り込んできたはふりに邪魔される。

「道に散らばって居るのは何でありましょう。皆さまがあれだけ騒いでいる。さては大切な物でありますね。被害に合わぬよう全て集めて大事に保管せねば。やや、これはよく見ればどれもこれもふせさんちにあるものであります。なぜこんなところに。奇々怪々であります」

 台詞はすべて棒読みだった。

「虚言はよせはふり。昨日わしが芋フライを一つだけ多く取ったことを根にもっているのだなそうであろう」

 否定に走る伏路だったが、それを覆す映像が紳士のステッキから飛び出した。
 座卓に向かい伏路が、真剣な表情で音読している。

『時子は既に悟っていた、自分が米屋のサブちゃんなしにはいられない体にされてしまっているのだということを。「奥さん、今日も奥さんの米びつは空っぽなんですね」私には夫が。彼女は何度も己にそう言い聞かせるのだが、肌に染み込んでくる男の熱い息にたやすく我を忘れ、その唇を貪るように吸うのであった。「さぶちゃん、今日も私の米びつをあなたの新米でいっぱいにしてちょうだい!』

 リィムナは引っ繰り返ったカナブンみたいになってピクピク震えていた。
 ツボにはまりすぎ、呼吸困難に陥っているのだ。

「米びつ…米びつって…新米…」

 はふりはジト目でリリアーナ、エリカとひそひそ。

「なんかこう…今一つ乗り切れない例えでありますな…」

「何が言いたいかは分かるのですけどねえ…」

「伏せ字にした方がまだよかったんじゃないの?」

 マルカと透子とアガサもひそひそ。

「殿方はこのレベルで楽しめるのでしょうか」

「生き生きしてますよね、伏路さん」

「原稿描いてるオバン先生みたいっす」

 同性の冬馬だけは同情の眼差しを注ぎ背を叩いてくれたが、その他の視線が痛いと言ったらありゃしない。
 伏路の背が震える。

「おぬしは鬼か! 黄昏の煌きにたゆたう瑠璃より出でし漆黒の悪魔か! 皆の者、これは幻覚だ。真に受けてはならぬ!」

 言っている端から、同好の士とてぇぶるとぉくをしている彼の姿がさらされた。

『みんなっ、ここはわたしが引き受けるっ!』

 裏声を出す彼はすっかりキャラクターになりきっていた。
 同じテーブルを囲む仲間たちが言っている。

『伏路殿は常に女キャラだねえ』

『まあ僕らもそうだけど。でもいつも似たようなキャラだよね。強気で元気な町娘って感じの。たまには清楚なお嬢様キャラとか作ってみたら?』

『いやーわしはそう言うの苦手だからー』

 次々暴かれる私生活によって、伏路はもはや涙目になり始めていた。
 黒歴紳士に「よせ、何が目的だおぬし。金ならない。本当にないんだ信じてくれえ」とすがる始末だ。

「米…米びつ…」

 まだひくひくしている妹を置いて、リリアーナが仲介に入る。

「もうそのへんでお止めなさい。哀れではございませんか。人には暴き立てられたくないこともあるのですよ」

「それはたとえばこんなことでしょうか?」

 紳士がそう言った途端伏路の姿が消え、十代前半のリリーアが出てきた。
 どぎつい化粧に真っ白な特攻服姿。うんこ座りに木剣担ぎ。似たような相手に超ガンくれている。
 どっからどう見てもやんきぃ。
 同一人物とはとてもじゃないが思えない。

「ええっ、なんすかあれ、えらいパーマかかってるっすよ」

「チークが入り過ぎですの。ケバいチーママみたいになってるですの」

「アイシャドウも濃すぎない?」

「積み木崩されそうなファッションでちな」

 現役やんきぃ達ともふらの囁き声を、リリアーナの眼力が威圧する。

「…笑ってはいけませんいいですね?」

 早速言い付けを破ったものがいる。誰あろう妹だ。

「ぶへへへへ! あれ姉ちゃんだ姉ちゃんだ! 今見てもきっつーあははははほごっ!?」

 表情を変えず脇腹に一発入れたリリアーナに、エリカが言う。

「いい拳ね」

「…わたくし、ステゴロには聊か心得がございまして」

 ずっと考えていた冬馬は、紳士に聞いてみた。自分には心当たりがなかったので。

「…俺の黒歴史? 何かあったか…?」

「ございますよ」

 やんきぃの姿が消え、妙な映像が現れた。
 闊歩するとても大きな人型カラクリ。見慣れぬ四角い高楼が並ぶ町。空に浮かぶ赤い月。

「ちょっと待った、いきなり何だコレは」

 訝しむが、見ているうちに不思議と懐かしいような気持ちがしてくる。
 あたかもそこに自分がいたことがあるような、ないような。
 不意に光景が切り替わる。
 魔術師やら妖精やら剣士やらが人間の顔をした竜退治に出かけていく場面。
 自分はそこで、なぜか土方をしていた。ツルハシでひたすら穴を掘っていた。
 そこに全身素っ裸の女が現れた。
 大事なところに極小のぼかしがかかっているほか見事に無一物なので顔を背ける。

「あのー、なんですかこれ」

 透子が疑問をぶつけてきても、はっきりした覚えがないから答えようがない。

「さあ…なんだったか…」

 首をひねり続ける冬馬だったが、紳士がページも切られてないまっさらな本を渡してきたことで、やっと思い出せた。

「ああああああ今の俺が昔書いた小説だああ!」

「そう。異様に熱を上げて自費出版までしたんですよね。今だに一冊も売れず書店の倉庫の奥に積まれ続けてますがどうしますか」

「うっそまだ存在してんのかよ! 処分してくれよ! 頼むから焼き捨てといてくれよっ…!」

 黒歴史が進行中である事実を知らされ打ちのめされる冬馬。
 透子は本を手に取り流し読み、慰めの言葉をかけた。

「あの、そんなに悪くないですよ?」

 微苦笑を浮かべているので、多分言葉どおりには思ってない。

「もっとこう、設定を華やかにするのがいいかも。主人公は天朝の系譜を引いているとかにしませんか? 名前も東雲の君とか若竹の宮とか昴星殿とか暁の皇子とか優雅なのにしてですね、若くして亡くなった美しい母の面影を求め、宮中の女性たちと恋愛絵巻を繰り広げるんです…うーん、イメージが膨らんできました。あたし自分で書こうかな」

「もう別の話でちな」

「彼女の黒歴史はどうやらこれから作成されるようで」

 スーちゃんの突っ込みに同意する紳士に、起き上がってきたリィムナが胸を張る。

「あたしはいつだってありのままの自分をさらしてるから黒歴史なんてないよ♪」

 言った途端紳士のマントから、一冊の古い日記が落ちてきた。
 表紙には『リィムナのひみつにっきNo3』とある。

「…それは駄目ぇ!」

 ナレーションつきの映像は無慈悲に公開された。

『今日はおねしょ連続14日目…一緒に寝てたリンスちゃんになすりつけてセーフ 姉ちゃんにお尻叩かれて大泣きしてた。泣き顔も可愛い♪』

「そうですか…とってもいい子だったんですね」

 背後から聞こえてきた冷ややかな声に振り向く勇気は、リィムナになかった。
 続けて、あれだけは来ないでくれと思っていた箇所が暴露される。

『あたし達が住んでるギーベリ邸の見学ツアーは大盛況 姉ちゃんには内緒♪ 姉ちゃんが入浴した時間を正確に計っておいて 時の蜃気楼で入浴シーンを再生してじっくり見てもらった♪ 儲かるよ♪ でも姉ちゃん、入浴中にオナラ5連発はどうかと思うよ♪』

 姉のオナラの忠実な再現音を聞くリィムナは、引きつった笑いを浮かべ逃げようとする。

「あはは…さいならっ!」

 しかし逃げられるわけもない。

「たっぷりご褒美を上げないと」

 言うが早いか姉は妹の腹を蹴る勢いで膝に乗せ、尻を剥き、連続平手打ちを始めた。

「いたーい! ごめんなさーい! もうしませんからー!」

「ここで五百回、お屋敷に帰ったらもう五百回です! よーく反省しなさい!」

「うえええん!」

 高らかな殴打音と泣き声。
 とはいえ自業自得に近いので、誰も仲裁に入らない。

「伏路さん、起きるっすよ。全部読んだけど想像してたほどたいしたもんじゃなかったっすから」

「言葉選びが下手なのです、この作者」

「正直オバン先生作のBLの方がよっぽど有害図書よね。内容的に」

 少女たちの言葉により気力を取り戻した伏路は、ゾンビの目をして立ち上がる。

「ふふ、オバン殿に比べればわしなどまだ軽傷…嗜好はノーマルだからな…やいよくもやってくれたのう、覚悟せい!」

 彼がそう言ったとき、1人の少女が映像となって現れた。
 清楚で可憐な愛くるしい姿に愛らしい笑み。

『お兄ちゃん。私のすべてはお兄ちゃんのものだよ。だからお兄ちゃんのすべても私のものなんだよ』

「あ、紳士殿、それパス、マジ勘弁…」

『だからお兄ちゃんに彼女とか出来たら殺してやるんだ。それからお兄ちゃんを殺して私も死ぬんだ。お墓はもちろん一緒だよ♪ 死んでも離さないんだからっ♪』

 伏路は体育座りでガクガクしながらうわ言を呟き始めた。

「黒歴史なんてないさ…黒歴史なんて嘘さ…」

 はふりが紳士に尋ねる。

「これは一体誰なのでありますか?」

「ストーカー化した彼の実の妹ですよ。この精神攻撃に耐えかね親に直訴し勘当の体裁で逃走し現在に至るのです」

「なるほど…見事なヤンデレぶりでありますな。一度直にお会いしてみたいもので」

(黒歴史を晒すなど悪趣味ですわね…いえもうこの段階になると単なるトラウマですかしら)

 等思って見ていたマルカに紳士が目を向けた。
 マントの裏からティーセットとお茶の葉を出し、ひらひら見せてくる。
 病んだ発言を繰り返している少女の姿が消え、どこぞのお屋敷のガーデンテーブルが見えた。
 小さいマルカが盆を持ってちまちま歩き、お茶を運んでくる。

『おとうさま、おにいさま、どうぞ』

 2人は笑って茶を口に運び、一瞬で倒れた。
 血の気を失い泡を噴きそのまま病院へかつぎ込まれて行く。
 汗をだらだらかく現実のマルカ。
 スーちゃんが聞いた。

「マルカたま、幼き日にお父たまとお兄たまを毒殺しようとしたでちか?」

「ちっ、違いますわよ! わたくしもじいやのようにお茶を入れて見たくて、こっそり見様見真似で台所でお茶を入れたのですわ! あの時は美味しくなると思ってその場にあった調味料やら何やら一切合財入れてしまいましたから…」

「本当にそれだけっすか? 犬ほおずきとか水松の実とか入れてないっすか?」

「ベラドンナとか」

「トリカブトという可能性もあるですの」

「入れておりませんったら! 笑うなど酷いですわ皆様! い、今はそんな事ありませんわよ!」

「いやいや、いいじゃないのマルカ。出てきた中ではあんたのが一番かわいい感じよ」

 くすくす笑うエリカを押しのけて、はふりがずずいと前に出る。

「黒歴史でもいい、自分の過去を見せてほしいであります!」

 もしかすると失った記憶の手がかりになるかもしれないと思ったからだが、期待していたようなものは出なかった。
 寝ている自分が変な寝言を言っているだけだった。

『まずいのです…なぜ尻からスイカが出たのですか…これ絶対流れないのですやばいのです…仕方ないマジックで伏路と名前を書いておくです…これなら次の人が入ってきてもトイレを詰まらせたのが自分ではないということに…頭いいです自分…ふひひ…』

「えー、これだけー?」

 思わず言ってみたが、紳士は肩すくめるばかり。
 はふりはぷんぷん怒りだす。

「寝言で恥ずかしいセリフとはベタな。毒にも薬にも手がかりにもならないであります。ご覧あれ、ギャラリーもどう反応してよいか困っているでありますよ」

「そう言われましてもね。記憶のない人の黒歴史を掘り起こしても喜ばれるだけなので、そういうの、アヤカシとしては本意でないというか」

「…町中まで出張してくる気合の入ったアヤカシならもう少しがんばるべきであります。いきがったところで所詮鼻メガネということでありますね。さっさと退治してくれましょう」

 ジト目を光らせたはふりは、紳士の股間に爆砕拳を炸裂させた。
 紳士の体がぼんっと弾けたが、鼻メガネは残った。

「いきなり何をするんです。ご無体な」

 メガネが本体だったようだ。
 透子はそれに向け、力任せに『罪業』を叩きつける。

「アデュー…」

 変な声を上げアヤアシは消えて行く。
 それが完全に空へ帰ってしまう前に、マルカはペコリと頭を下げた。

「こんな形とはいえ、お父様の姿を見られて嬉しかったですわ」

 こうしてわりとあっさりアヤカシは倒された。マントから取り寄せた物品だけを残して。
 伏路は相変わらずガクガクし、冬馬は地に伏し、リィムナはリリアーナからお尻を叩き続けられているが、そのうち落ち着くことだろう。
 と言うわけで透子は本題に戻る。

「ロータスさんとはどうです? もし上手く行ってないのなら、あたしが夫婦和合の術で…」

「いや、それはいいわ。あいつの問題ってそういうところじゃないし、ていうか夫婦和合の意味、分かって言ってる?」

「仲良くするってことですよね?」

「…まあ、その解釈でもいいけどね」

「それで、予定日はいつです?」

「さあねえ。9カ月か10カ月か先じゃない?」

 マルカはそっとスーちゃんに耳打ち。

「アバウトですわねエリカ様」

「まあ、いつものことでち」