|
■オープニング本文 ジルベリア最北領の更に先にあるアバシリー島は、誰もが認める極北の地である。 こんなところに住むのは、白熊、アザラシ、シャチ等耐寒性の強い動物と、現地部族のノトロしかいない。 目下冬の真っ只中。海という海は凍りつき、氷の平原と化している。そこを粉雪交じりの寒風が、びゅうびゅう猛烈に吹きまくる。 この季節、本土からは間違いなく誰も来ない。 しかしたまには間違いが起こることもあるようだ、と部族長のココハタは思った。前ぶれなく部落に転がり込んできた開拓者たちを前に。 分厚い氷を切り出して作られた家に招き事情を聞けば、アヤカシを退治しに来たということ。 吹雪がひどく、途中で方向が分からなくなってしまったそうだ。 どこを目指していたのかと聞けば、アバシリーのずっと手前、カタイ岩礁のあるところであった。 ちょっとした小山くらいの大きさがある岩山であり、本土への大事な道しるべとなる場所だ。 残念にも風雪に惑わされ、ずっと迂回しここまで来てしまったもよう。 今からまた引き返しても更に迷う可能性があるので、族長は天気がよくなるまで、彼らを泊めてやることにした。 ● 翌日、風は収まり雪も降らなくなった。 開拓者たちは改めて岩礁の地点まで戻ることにする。 ちょうどアザラシ猟に出掛ける若い衆たちがいたので、犬ゾリで送ってもらえることとなった。 一見どこまでも平らと見える氷原であるが、近寄ってみると凹凸があったり、深い裂け目があったりする。 当地も無論ジルベリア国内に組み込まれているが、場所が場所だけに、中央からの干渉はほとんどない。。 でもたまに、指導監督の名目で貴族などが赴任(実質島流し)してくることはある。 王様(ノトロ族はジルベリア皇帝のことをこう呼んでいる)の顔を立て、赴任者専用の豪華な宿舎を(氷で)作ってあげてはいるのだが、寒さで体を悪くし死んでしまう人が多いのだとか――引き取り手が来ないこともあるので、その際はここの風俗に従い、アザラシの皮に詰め海に流し、弔ってやるそうな。 「そういえば最近来た方は、2カ月くらいで本土に帰って行きなすったなあ…割と気さくな方だったが…」 岩礁が見えて来た。 辺り一面真っ白な中に黒く尖ってそびえている。 その上に乗り周囲を睥睨している塊がいた。 遠目にも5メートルくらいあるのが分かる。 全身鱗の生えたセイウチだ。口から大きな犬歯がぬっと突きだしている。 対岸の漁村にたびたび出没し、船や艀、家屋を破壊しているのは、間違いなくあれであろう。 開拓者たちは礼を言って犬ゾリから降り、それに近づいて行く。 とたんに仲間の1人――奇跡の誤射率で名高い女ガンマン、カラミティ・ジェーンがうずくまり、おえっとやり始めた。 「…ごめん、ソリ酔いしたみたい…でも大丈夫、この指が動く限り私は撃てる!」 やめろと誰かが言ったような気がするが、彼女は撃った。 なんということだろう、セイウチの頭に当たった。 堅い鱗で覆われていることもあり、それだけで大きなダメージとなることはなさそうだったが、とにかく当たった。 セイウチは怒り巨体をのたくらせ、向かって来た。 ジェーンがまた撃つ。 今度も当たった。 どうやら彼女は酔っている状態のとき、ほどよく誤射率が下がるらしい。 |
■参加者一覧
レイア・アローネ(ia8454)
23歳・女・サ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
多由羅(ic0271)
20歳・女・サ
桧衛(ic1385)
14歳・女・サ
サライ・バトゥール(ic1447)
12歳・男・シ |
■リプレイ本文 夜が明けた。 外に出てみれば吹雪はすっかり収まっている。 レイア・アローネ(ia8454)は集落の近くにある小高い丘から、周囲を見回した。 天候の悪い夜には分からなかったものを今はしかと確認できる。 ごつごつした岩棚とそれを覆う氷雪。白と黒の世界。 「ここがアバシリーか…なるほど、寒いな…。寒いのは苦手だが…」 ちらと頭をかすめたのは、今拘わっている事案のあれこれ。 しかし今回の任務には関係なかろうと、早々頭から追い出す。 「どれ、ついでにもう一仕事していこうか。一宿一飯の恩義もあることだしな」 リィムナ・ピサレット(ib5201)は、まるごとにゃんこの両手で口元を覆い、はあっと息を吹き出す――それはゆらゆら宙に立ちのぼり、消えた。 空間を満たす粉雪の乱舞は嘘のように静まっている。 淡い曙光が氷の地平線から上ってくる。 屋外で眠っていたソリ犬たちが、体の上に積もっていた雪を跳ね飛ばし、餌をくれと騒ぎ立て始めた。 「うっわー、開拓者はともかく体の鈍りきった貴族の人がここに飛ばされたら、事実上の死刑判決だね」 彼女らの背に、サライ(ic1447)が呼びかける。 「レイアさん、リィムナさん、族長さんが朝ご飯を振る舞ってくださるそうですよ」 「えっほんと! わーい」 いそいそリィムナは屋内に戻る。レイアもまた。 出たのは鯨肉のあつものだった。 特に手の込んだものではないが、なにぶん寒さ真っ只中、熱さと脂っこさがひときわおいしく感じられる。 「…聞きしに勝る極寒の地ですね」 「皇帝陛下の峻厳にして苛烈な事この上なし、だね♪」 子供たちの会話を小耳に挟む多由羅(ic0271)は、集落近くにある建物について思った。 ジルベリア風の優雅な館――ただ全てが氷作り。 赴任してくる人の宿舎として作ったものだと、族長は言っていた。 見る分にはきれいだが、絶対住みたくはない。 「地獄よね、こんなところに流されたら」 首を振り振り言うジェーン。 多由羅もまた首を振りたくなる。別の理由から。 (ふう、またしてもジェーン様のサポートですか) ここに来る前彼女と組み、ちょっとした依頼をこなしてきたのだが…悪夢だった。もしやこいつアヤカシに雇われたヒットマン?という疑いが頭をかすめるレベルで。 (…厳しい依頼でした…で終われたらいいんですけどねえ…またしても新たなアヤカシ退治!) 「どうしたの、多由羅さん。おっきなため息ついて」 「いえ、たいしたことではないですよ」 質問をはぐらかされた桧衛(ic1385)は、ふうんと生返事し、汁を最後の一滴まですすりこむ。 腹の中から暖まったところで、一同アザラシ狩り一行に便乗し、カタイ岩礁へ。 犬ゾリは時に滑らかに、時に凹凸を乗りこえながら進んで行く。見た目より結構揺れる。乗っている人も揺れる。人についている付属物も揺れる。 リィムナは同行者たちの胸元を眺め、にっこりした。 「胸のおっきな人が多いね♪ えへへ♪」 桧衛は早速照れた。 「いやあ、それほどでも」 「え? 桧衛ちゃんは違うよ? すごく普通って感じ」 「……」 掛け合いの結果生まれた微妙な静けさを緩和しようと、サライが乗り出した。 「わあ、見てください、あそこに親子連れの白熊がいますよ。かわいいなあ――」 「今日は胸のおっきな人が多いけど、サライ君も大きい方が好きなのかなー? どうなの〜? あたしみたいにちっさいのは嫌いかな〜?」 「え、ええ、い、いや僕は…リィムナさんは大恩ある方の親友で、亡くなった妹によく似て…って!ど、どうって言われても…」 しどろもどろに繰り広げられる青いさくらんぼ劇場。 隣ではジェーンが遠い目をしている。珍しく口数が少ない。 多由羅は彼女の顔色から事情を読み取る。 「…もしかして酔ってます?」 「…ちょっと」 なら戦闘に加わらないでいてくれるかも。 希望的観測をし、ひそかにぐっと拳を握る多由羅。 鞭を犬たちの頭上で鳴らす地元民たちは訥々と語る。この島がどういうところなのかを。 「冬はこんなですけんど、海際じゃ夏に苔が生えるところもあるですよ。海鳥も渡ってきてね」 「そういえば最近来た方は、二カ月くらいで本土に帰っていきなすったなあ…割と気さくな方だったが…」 その何げない言葉に、まずレイアが反応した。 「おい、ちょっとその話を聞かせてくれ」 続けてサライも。 「あ、僕も知りたいです。どんなお方だったのですか? お名前はいかに」 「えーと、確かババロアちゅう名前でな、お供を一人連れてここに来ただよ」 「よく暇な年寄りと子供をかき集めて、気に入りの歌手のだとかいう景気の悪そうな歌を、教えてなすってたなあ」 「いずれここでもそん人のコンサートをやるとかなんとかいうてたな。わっちら無理だべと思っただが」 「あれ、そういやなんで帰っていきなすっただかな?」 「なんか、置いてきた私物取りに行くとかいうてなすったな。じゃから対岸まで一応お送りしたで…あ、これ王様が聞いたらわしらお叱り受けるらしいで、ここだけの話、黙っとってくだせえよ」 行く手に岩礁が見えてきた。 ● 「ジェーン様、お疲れでしょう。ここは私たちに任せて…いえ、無理をせずに…」 遠回しに座ってろという意志を伝えるも、ジェーンは一切悟ってくれなかった。 吐いた揚げ句私はまだ撃てると豪語し、銃を構える。 こんなこと言ってはいけないのだろうが、つい言ってしまう。 「あああ…がんばらなくていいというのに…」 しかし弾はセイウチアヤカシの頭部に命中した。 「な、なんと!? 当たった!?」 多由羅は喜べなかった。 あまりの異常事態に、この後何かあるのではと勘ぐってしまう。 引き続いて2発目。 「また当たった!? ……ふ、不吉な……」 もう嫌な予感しかしない。 もしや世界の終わりが来るのでは。天が裂け儀が落ちるのでは。 「ここから当てるなんて、ジェーンさん凄いねー。噂に聞いてたのと全然違うじゃん」 先入観のない桧衛は、素直に感心するだけ。 ジェーンはテンガロンハットを押し上げ格好よく決めようとしたが、怒り狂ったセイウチが身をくねらせ接近してくる振動により酔いがぶり返し、また吐いた。 顔をのぞき込むリィムナ。 「…ジェーンさん大丈夫?」 「…問題ないわ! もう胃液しか出ないし後はない!」 そこはかとなく不安になる台詞だが、リィムナはよしとした。 「敵を絶対近付けさせないから、後方から支援よろしく♪ すぐ済ませようね、みんな!」 鋲つき板をくくりつけたブーツを履く彼女は、氷の表面をガシガシ削りながらセイウチに向かう。 同種の装備を施しているサライは、後衛の任に当たる。 ジェーンの背を叩いて励ます。 「僕が唯一の男ですから、女性の皆さんをお守りするつもりでいきます! …実際に出来るかはともかく」 多由羅はまだ逡巡している。 (頼りになる後方射撃…しかし信頼は出来ません) でも後ろを気にしつつ短期決戦は出来ない。 ここはふっ切り、目の前のセイウチアヤカシに全力を注ごう。 「何かが起こる前に我々でこのアヤカシを屠らねば! 皆、いつも以上に気を引き締めて!」 レイアの『カーディナルソード』が深紅に燃えあがる。 「久々の大物だ。せいぜい楽しませてくれよ?」 ● 巨大なセイウチは氷原にある亀裂凹凸の一切を無視しのたくる。 だが人間はそうもいかない。割れ目に落ちたり滑って転んだりすれば、開拓者でも命にかかわる。 バオオッ、ブウッ セイウチは上半身を宙に持ち上げ、落とす。 とてつもない重みに氷が砕け飛び散った。割れるまではしてないが、そこだけ抉られ凹む。 下敷きになったらただではすまない重量。近づかれることを避けるべし。 リィムナは巧みに氷上を動き回りながら、『キャッツアイ』を相手の顔目がけ投げ付ける。掠めただけでも恐怖心を引き起こすよう、術をかけて。 「それそれ、当たるよ当たるよ、当たっちゃうよ?」 セイウチは太い首を引っ込めた 地面に牙をこすりつけ振り回し、雪煙と氷砕を撒き散らす。接近を阻もうとしているらしい。 「やめてちょっと揺らすのやめておっぷ」 ソリから降りたのに酔いを覚ませないジェーンは、顔をますます土気色にした。 反比例して正確な援護射撃。 「いいですよジェーンさん、その調子!」 励ますサライもまた『天狗飛礫』で援護を行った。 巨体の前方斜線を確保し、目を狙う。相手側の動きに留意し、一秒も立ち止まらない。 「…体が大きいのに目は小さいですね。セイウチだからかな」 投げられる天狗礫がぱちぱち目の周辺に当たり、幾つかは飛び込んでくる。 払いのけようと前足を上げても、構造上顔にまで届かない。 刺激を避けようとすれば瞼を閉じるしかないのだが、そうすると前衛による攻撃を避けられなくなる。 桧衛の『フロストダガー』によって、鱗が飛び散った。 切りつけた感触はまるで鋼。 「うあ、かったい鱗!」 レイアの『カーディナルソード』も、鱗をそぎ落として行く。 「なかなかの獲物だ、腕が鳴る!」 多由羅の『鬼神大王』は喉の下を狙い裂こうとする。 だがなかなか奥まで達しない。 「なんとも厚い脂肪ですね」 彼女のぼやきを受ける形で、桧衛が言う。 「本当、刃がもうねとねと…」 レイアは敵の腰を切りつけた。刃でなく気によって。これなら肉が厚かろうが厚くなかろうが関係ない。 焼けるような苦痛を覚えたセイウチは苦し紛れに転がり始める。 度重なる振動に限界が近いジェーン。 「だめこれだめなやつ死ぬ酔いで死ねる」 危険だと見たサライはジェーンの手を引いて、クレバスの中へ飛び込んだ。『牙影』を氷壁に突き刺し支えにして。 轟音をたてその付近を通り過ぎたセイウチは、岩礁の出っ張りに当たって止まる。 そこをリィムナが再度襲った。 傷を負っている上視界もうまく確保出来ないとあって、セイウチは、先程より弱気になってきたらしい。体型に似合わぬ柔軟さで方向転換する。 もちろん逃げられてはもともこもないので、阻止にかかる。 「にゃー! あたしはここだにゃ! 食べちゃうにゃん♪」 前方に回り込み、顔への攻撃を続けながら脅しかかる。 またしても方向転換したセイウチの前に桧衛が立ちはだかり、鼻先を思い切り刺した。 ブウウッ 吼え、ぶんぶん頭を振り回すアヤカシ。 足で鼻を蹴り離れる桧衛。 ジェーンを背負いクレバスから上がってきたサライは彼女を降ろし、セイウチの背面に駆け登った。 太い首の背面に『牙影』を突き立てた。 1回では白い層までしか入らなかったので、続けて同じ場所に入れる。 切り口から熱い体液がわいてきた。 レイアが目を突き刺す。 猛り声を上げたセイウチが、倒れかかる。 「覚悟ぉ!」 多由羅はその機を逃さず、額の上段から刃を入れ顎まで切り下げた。 ブ 数秒の間を置いて、セイウチが瘴気に還る。 冷気の爆風を撒き散らして。 ● 「癒してあげる♪ にゃんにゃん 愛のぺろぺろで〜♪ みこみこにゃーん♪」 本土に向かうソリの上、リィムナはフリをつけ、怪しい歌を歌っていた。 意味もなくやっているのではない。仲間の負傷を回復させるためである。 それがすんでから彼女は、荷物に同化しているジェーンに尋ねた。 「大丈夫? 吐く?」 返事はなかった。 だから、再度尋ねる。 「生きてる?」 片手が上がったので生きてはいるらしい。 「こういうときは、何か楽しいことを考えるといいんだよ。あ、ほら、いつかのうんゴリラのこと思い出そうよ♪ あれすっごく面白かったじゃない♪」 アドバイスに反応したのは、本人でなく多由羅だった。 「その話はやめてください…思い出したくもない…」 「えー、どしてー、愉快な子たちだったのにぃ」 「全然愉快じゃありませんよ! 最低ですよあんなの!」 うんゴリラってなんだろう。 目下抱えている懸案とは別に、気掛かりとなってくるサライ。 聞いてみようかなと思ったところで、勢いよくソリが揺れた。 姿勢を崩した彼はジェーンに倒れ込み、急いで起きようとしたところ胸を掴んでしまう。 「わあっ! ジェーンさんごめんなさいっ」 「サライ君だいたーん♪」 リィムナに冷やかされたところまたソリが揺れ、今度は多由羅に倒れ込む。 「…あっまた。す、すいません」 と言いながら立ち上がろうとして彼女の服の襟元に手をかけてしまい、胸元までがばっと開けてしまう。 「ひいいいすいません多由羅さんっ!」 「…狙ってやってませんか?」 剣呑さ満ちあふれる声に、必死で首を振る。 「いいえいいいえとんでもないそんな滅相もないっ!」 これ以上おかしいことにならないうちに席へ戻ろうとしたらまたソリが揺れ、前方にいた桧衛の帯とレイアのベルトを掴んでしまう。 そして、ずるっと下へ。 「あああああ!?」 真っ赤になって手で隠そうとしたところ、レイアの燃えるような眼差しが注がれてきた。 「おい…これはさすがにわざとだな?」 桧衛も冷ややかに同意した。 「…だよね?」 この後サライは終点まで、ジェーンとリィムナを除く女性陣に、たっぷりとっちめられたそうだ。 |