|
■オープニング本文 ● 朱藩のとある港街で『神隠し』が起きていた。消えたのはいずれも癖のない長い黒髪に白い肌、まるで人形のように可愛らしいと評判の若い娘達ばかり。 今朝も奉行所に、一昨日の夜から娘が帰ってこないという両親がやって来ていた。今まで決して夜遊びなどしなかった真面目な娘で、最近話題の神隠しのこともあり心配だと涙ながらに訴える。 これで今月に入って六件目、先月と合わせてとうとう十件に達した。 「畜生! 何が神隠しだ」 同心の菅原は娘の両親を見送った後、思いっきり柱を蹴飛ばす。一連の行方不明事件は神隠しなどでは決してない。れっきとした誘拐事件である。 しかし上からの命で動く事ができない。わかっているのに何も出来ない己にとてつもなく腹が立った。 誘拐事件に対し奉行所も手をこまねいていたわけではなく、実は犯人も掴んでいる。それは異国との貿易で財を成した鶴来屋の主人、来生という男だ。来生は、かなり強引な手段も使用するらしく、色々と黒い噂が絶えない。 今月の始め、来生の別宅の勝手口にて行方不明になった娘の簪が発見された。そこで来生周辺を調べたところ、店の奉公人の中にまともな商人であれば、まず関わり合う事がないようなならず者達が紛れ込んでいる事が判明した。度々その者達が長持を別宅に持ち込んでいるのを見たという情報もある。 さらにその奉公人の一人に良く似た男が娘を襲い連れ去るところが目撃された。数日後、誘拐現場で目撃された男と目撃者両名が遺体となり発見される。しかし事情を尋ねてみても来生はそんな男達知らぬ存ぜぬと顔色一つ変えやしない。 このままでは埒が明かぬと奉行所は家宅捜査に踏み切った。 室内は押入れは勿論の事、畳を上げ床下までもくまなく探す。庭にある土蔵は荷物を全て取り出し、池は水を抜き泥をさらう。可能な限り徹底的に調べた。 今までの情報から勝算もあり、万全を期して臨んだのだ…というのに、だ。 娘はおろか、女物の着物の切れ端すら見つからない。 来生曰く、別宅は趣味の茶を楽しむための家で、普段は数名の管理人しかいないということであった。おおよそ素人には見えない奉公人は、立場上狙われる事もあり身を守るために用心棒であると説明する。 この件で、来生が領主に苦情を訴えたことにより、奉行所は厳重注意を受けることになる。 しかしその後も、捜査を禁止されたわけではないと、継続して来生周辺を探っていたのだが事件が起こる。 ある日、別宅に長持が運び込まれるという場面に遭遇した同心が慌てて奉公人を呼びとめ、中を確認した。しかし入っていたのは茶器などの茶道具ばかり。 この話もすぐに上に伝わり、今後来生に一切近づくなと命が下り、奉行に謹慎処分が言い渡された。 その上この事件は奉行所の手を離れ、新たに領主直属の部隊が担当する事となった。 だが直属部隊は事件解決に向け動く様子はなく、被害者は更に増えていく。 ならばと菅原達は密かに捜査を再開した。 近々鶴来屋はアル=カマルの商人と大きな取引を行うらしい。表向きはそれぞれの国の特産品の売買だが、なんでも一部の好事家達の間では天儀の娘が人気があり、来生は裏で人身売買をしている可能性も浮かびあがってきたのだ。 それが本当ならば事は一刻も争う。早く娘達を助け出さなくてはならない。そもそも一番最初の被害から二ヶ月経とうとしている。既に心身ともに限界だろう。 昨日既に長持が来生の別宅に持ち込まれた事を確認していた。おそらく先程の娘はその中にいたのだろう。 「民を守れず何が同心だ」 菅原はもう一度柱を蹴飛ばす。苛立つと額の傷がズキズキと痛んだ。件の家宅捜査の際に鴨居に打ちつけ作った傷だ。 「あ……」 菅原が声を上げる。 「そうだ、鴨居だ」 菅原の身長は高くはない。鴨居にぶつかる経験なんぞ滅多にない、だがあの時は何度か鴨居に額をぶつけたのだ。 「天井裏だ! 天井裏に娘達が…」 情けない事だが自分達の捜査情報は事前に来生に流れていたのだろう。来生が犯人として浮かびあがってきてからというもの、別宅も本宅も常に監視をしていたために、娘達を外に連れ出すことはできなかったはずだ。家宅捜査中、娘達を一時的に一階の天井裏に隠し自分達の目を欺いたのだ。 「天井裏は調べただろう?」 同僚の羽白だ。 「それは二階のだろう。一階のはどうだ?」 別宅は二階建てだ。一階部分の天井が外からの印象より低い。 「確かに、一階の畳は全部上げたが、二階はやってないな」 それはすぐ一階の天井があると思ったからだ。 「上に話して来る……」 菅原は「自分も」と着いてこようとする羽白を制止し、一人奉行代理を務める上役のもとへと向かう。自分に何かあった場合、奉行所内で動ける仲間が欲しいのだ。 一階の天井裏の事を話し、掛け合ったが再度の家宅捜査は却下された。 「どうしてですか?! 自分達は住民を守るための存在です。二度の失敗がなんだというのです」 領主からの命で今後奉行所がこの事件に関わった場合、連帯責任を取らせるという話になっていた。菅原のような跳ね返りが余計な事をしないようにである。 「ならば俺が同心を辞めて…」 「お前が同心だった事実は変わらない。もしもそこで失敗すればお前だけの問題では済まなくなるんだ」 「しかし娘達を助けられないのであれば、我々は存在する意味を失います」 食い下がるが上役も譲らない。 「上はどうして来生を放置してるのです。来生と民、守るべきはどちらですか? 賄賂の噂は…」 「菅原っ」 厳しい声が飛ぶ。 「私とて事件は解決したい。動かぬ証拠があれば、上を黙らせることもできよう。だが推測だけで動くわけにはいかないのだ」 奉行所内には家族がいる者も多い、彼らに家族を捨てる覚悟をしろとは言えない、というのだ。 結局話し合いは平行線のまま、最終的に菅原に謹慎処分が言い渡さた。 「証拠があれば…」 上役の部屋を辞した菅原が呟く。 「羽白、頼みがある……」 心配して様子を見に来た羽白に一つ頼み事をする。 そして菅原は奉行所を出ると自宅には戻らずに開拓者ギルドへと向かった。 菅原はギルドで秘密裏に一つの依頼を出す。『誘拐された娘達を助け出して欲しい』と。 「我々の力不足は百も承知している。情けない奴らよと罵倒してもらって構わない。しかし事は一刻を争う。頼む、俺達に力を貸してくれ」 引き合わされた開拓者達に菅原は土下座をして助力を乞う。 そして「これは奉行所からの正式な依頼ではない」と前置きをした上で、事件の事を全て説明し再度「民を守るために、力を貸してくれ」と頭を下げた。 |
■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
薔薇冠(ib0828)
24歳・女・弓
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
佐藤 仁八(ic0168)
34歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● レティシア(ib4475)は頭を下げた菅原の傍らに膝を突きその肩に手を乗せた。 「貴方に世の理不尽への怒りがある限り、わたし達は貴方の味方です」 だからわたし達に任せて下さいと力強く頷く。 「情けないなどと……」 思うはずもないと顔を上げた菅原に向けて菊池 志郎(ia5584)は頭を振る。攫われた娘達のために土下座する姿に感銘こそ受け、それを嗤うことなぞできるはずもない。 「人を物みたいに扱うなんて言語道断です」 レティシアの故郷は貧しい村であり、時折そのような人身売買の話があった。それゆえ今回の事件に対する怒りは人一倍強い。 「ともかく…」 気持ちを落ち着かせるために咳払いを一つ。 「場所を移しましょう。相手に気付かれるわけにはいきません」 いつまでも人の目が多い開拓者ギルドで話し合いをするわけにはいかない、とレティシアは提案した。 レティシアが酒場に個室を一つ借りてきた。開拓者との付き合いが長い酒場の主人は詳しい理由は求めない、代わりに賃料としてその個室を借りていただけの期間と同じ日数、レティシアが酒場で歌うことで引き受けてくれた。 「少し、お願いがあるのだけどね」 竜哉(ia8037)が別宅の周辺地図、用心棒の人相など掴んでいる情報を提供して欲しいと菅原に頼む。 「手口から思うに、隠密に長けた者や眠りを操る者などいる可能性が高いのだ」 玄間 北斗(ib0342)も用心棒の犯罪歴や使う技など情報を奉行所が持っているのか尋ねた。 押さえてる情報は全て提供する旨を菅原が請負う。 「別宅の見取り図も欲しいところですね」 レティシアが紙を広げる。菅原の情報から描き起こそうというのだ。 「それならおいらが大工を尋ねてみるのだ〜」 建物について詳しい情報はあった方が良い。 それぞれが行動を開始する。 ● 「鶴来屋さんねぇ…」 小間物屋の女将は周囲を見渡し声を潜めた。竜哉は別宅周辺で聞き込みを行っている。来生と繋がりがある商人でも探す事ができればと考えていた。 「商品は悪くないんだけど、売り方が強引だったり…ね」 鶴来屋の評判を聞けば、返ってくるのは似たり寄ったりの内容ばかり。 だが何件か聞き込みをしていくうちに、とある店の主人が「最近別宅に愛人を囲っている」と言い出した。 「愛人を? それはまた景気の良い話だね」 竜哉がのってやれば、店主は気を良くし、酒屋の御用聞きが最近頻繁に別宅に呼ばれるようになったと零していたという話をする。その御用聞きは酒だけでなく来生に色々と頼まれごとをしているらしい。 そこまで語ってから店主は、どうしてそんなに鶴来屋さんのことを知りたがるんだ、と尋ねる。 「用心棒の募集があるのを聞いて、皆の評判聞いておきたくってね」 嘘をついてはいない。 「兄さんのような男前は無理だよ。うっかり愛人が惚れちまったら困るじゃないか」 店主が笑った。 竜哉は店主から聞いた酒屋へと向かう。店を張っていると、件の御用聞きが大きな風呂敷包を両手に下げ出てきた。重たそうに左右によろけ、危なっかしい。 「大切な荷を落としたら大変だ」 そう言って青年に手伝いを申し出た。 道すがら話をしていると、途中から御用聞きの仕事の愚痴となる。その中で来生が話題に上がった。 そこで来生の仕事がある時に一緒に連れて行ってくれないか、と持ち掛けた。 「用心棒の募集に興味があって、先輩方がどういう感じか見ておきたいからさ」 職場の環境は大事だろう、と肩を竦めて笑う。 「それに手はあった方が良いだろう?」 御用聞きは竜哉の言葉を疑いもせず、手伝ってもらった礼もあるし、何より荷の多さに困っていたのだと快諾をした。 菊池は別宅の前を通り過ぎる。通行人を装い別宅の様子を探っていた。 目立たない服装の上、意識して気配も殺しているせいか、見張りの巡回経路や交代時間を調べるために数度別宅の前を通っているというのに気付かれた様子もない。 「そろそろ交代の時間でしょうかね?」 懐から懐中時計を取り出し時間を確認する。予想通り新たな用心棒が屋敷から出てきて見張りを交代した。見張りの交代はほぼ時間通り行われるらしい。 見張りは表と裏に一人ずつ、互いの姿は確認できない。時折周辺をぐるりと巡る。そして何故か誰しも門と裏口の周辺だけは不自然に遠ざけて動く。 「これは玄間さんの仰る通りかもしれません」 玄間が魔法による探知網を危惧していたことを思い出す。 裏に回ると奉公人風の格好をした用心棒と佐藤 仁八(ic0168)、薔薇冠(ib0828)とすれ違う。 (「我々に頼んで良かったと思って頂けるよう、俺達も全力で応じないといけないですね」) 用心棒として別宅に入っていく二人の背を見送った。 ● かつて佐藤は朱藩で瓦版に愛用の羽織りが取り上げられた事がある。よもや用心棒がそれを読んではおるまいが念のため羽織を替えている。 佐藤は着くと早々に「名工はおいそれと仕事をしねえてえ言葉を知らねえかい」と高らかに笑い、縁側に陣取った。 「新入りの挨拶の杯も受けられねえとぁ言うめえな」 持参した酒を杯に注ぐと近くの用心棒に半ば強引に渡す。 付き合いきれぬ、と薔薇冠は眉を顰めた。互いの関係を悟らせぬため不仲を演じる手筈だ。 立ち上がった薔薇冠に古参が用を頼んだ。間もなく馴染みの商人が来るので品物を受け取り、代金は三日後来生が来る時に渡すと伝え欲しい、と。 商人は勿論、御用聞きと竜哉だ。見張りが「今日は見かけない顔も一緒だな」と二人を呼び止める。 竜哉の姿を見つけた薔薇冠が出て行く。 「先程わしが商人の対応を頼まれたから問題はないぞぇ」 見張りに説明し、二人を招いた。 「重たいので気をつけて」 竜哉が差し出した野菜の入った籠。その籠を受け取る裏で文を交換した。薔薇冠からの文には用心棒の内情や来生の訪問日などが、竜哉からの文には来生の評判などが記されていた。 薔薇冠は二人が帰った後、文を確認する。 「商品の質に煩い。これは……」 使えるかもしれぬ、と。座敷に戻る途中、厠へ行くと酒盛りを抜けてきた佐藤と顔を合わせた。他に誰もいない、そっと耳打ちをした。 「そんな細っこい腕で用心棒が務まるてえのかい」 「そなたのような派手ななりの者に、果たしてまともに仕事が勤まるものかぇ?」 言い争う二人の声。 「どうした?」 「こやつに、わしが雇われた理由を教えてやってくれぬかのぅ」 薔薇冠は顔を出した用心棒に思わせぶりな視線を投げた。 「質の悪い商品を出荷するわけにはいかぬじゃろう?」 実は佐藤と薔薇冠は「大切な商品を守って欲しい」としか伝えられていない。だが薔薇冠は来生から商品の面倒を頼まれたとはったりをきかせた。 用心棒が店に顔を出す事は禁じられている、ならば少なくとも来生が来る三日後までは確認は取れないはずだ。 来生が商品の質に煩い事を知る古参の用心棒は薔薇冠の言わんとしてる事に気付き、娘達がいる二階の二間続きの部屋に彼女を案内した。娘達は皆憔悴しきった様子である。 「こんな状態で売れると思っているのかぇ。相手は誰ぞ。アル=カマルの富豪共であろう?」 沸かした湯と手拭、それに着替えを持って来いと用心棒を睨み、部屋から追い出す。 用心棒が去った後、薔薇冠は怯える娘達に笑顔を向ける。そして人差し指を口の前に立て、予め用意をしていた手紙を差し出した。手紙には「近いうちに助け出す」とある。 娘達を安心させるために、手紙を懐にしまうともう一度微笑んだ。 (「この身にかえても、娘達を守り抜いてみせようぞ」) 心の奥で誓う。 「風にでも当たってくらあ」 立ち上がった佐藤は丁度二階から戻ってきた薔薇冠とすれ違う。すれ違い様、薔薇冠が視線で二階に娘達がいた事を告げてきた。 庭へと降り、ふらふらと歩き回るふりをして土蔵や周辺の気配を探る。気配はない。娘達は全員、二階にいるようだ。 「風が心地良いねえ」 脇道に面した壁に寄りかかる。屋敷からは土蔵の影になり見ることができない場所だ。壁の向こうに気配が一つ。 丸められた紙が投げ込まれた。それを掌で受け止める。 ● 玄間が訪ねた大工は昔ながらの職人気質といった人物であった。 「集めたものを安全に保管できる場所が欲しいのだ〜」 身形を整え好事家を装い、一階と二階の間に収納のある家のことを尋ねる。自分は身長が高いが立てるかなど色々と聞いていくうちに、話は盛り上がり、見取り図を見せてもらうことに成功した。玄間はそれを頭に叩き込み、一度酒場に戻ると菅原からの情報も合わせ別宅の見取り図を完成させた。 そして薔薇冠と竜哉の接触以降の情報を交換するために別宅に向かう。脇道に入り佐藤を待った。 自分が背にした壁の内で囚われた娘達が嘆いているのだろう。皆無事でいるだろうか…。 いや自分達が彼女達を無事に家に帰すのだと、壁を見上げた。 (「みんながお日様笑顔でほころんでいられるのが一番なのだぁ〜」) 皆の笑顔、それはどんな時にも変わらない玄間の願いである。 「風が心地良いねえ」 耳が佐藤の声を拾う。情報を書いた文を小さく丸め壁の内側に放り込むと返事代わりに独り言が始まった。娘達の居場所が判明する。 情報をやり取りした玄間は、脇道を抜け見張りの前を何食わぬ顔をして過ぎ、わざと菊池の情報にあった門の前を通っていく。邸内で動きがあった。 門前に仕掛けがあるのは間違いない。 ● 救出作戦決行は明朝と決まった。 空が白んできた頃、密かに別宅を取り囲む。 「まずは見張りを片付けましょう」 菊池とレティシアが曲がり角に身を隠し見張りがやってくるのを待つ。 やって来た見張りを菊池が素早く角に引き込み、反撃の隙も与えず眠りへと誘う。見張りが崩れ落ちる瞬間を見計らいレティシアが周囲の音を打ち消した。無音の中、見張りを縛り上げ菅原達に託す。 表裏の見張りを片付けた後、開拓者達は二手に別れ敷地内に潜入する。玄間と竜哉は土蔵の影から塀を乗り越え、菊池とレティシアは裏手に。 全てレティシアの音にならない叫びの力により秘密裏に進んでいった。 邸内では酒盛りが作戦に合わせずっと続けられている。縁側に座した佐藤が、向いの用心棒の空いた杯に酒を注ごうとし勘弁してくれと嘆かれていた。 菊池が一人、屋内へと進む。周囲の景色に自分を溶け込ませ、用心棒達がいる座敷の横を通り抜け、二階に続く階段へと向かった。屋敷の見取り図は全て頭の中に入っている。 息を殺し階段を昇り、数段を残し止まる。 辺りを窺えば情報通り襖の前に一人、用心棒がいた。 外に二人、座敷に三人…ということは二階にはこの男しかいないだろう。気配を消して接近し、術を用い眠らせるのと同時に背後から一気に頚動脈を絞め上げた。意識を失った男に猿轡を噛ませ、縛り上げ隅に転がす。 襖越しに声をかけた。 「静かに。今から助けます」 部屋にいる娘の数は十。薔薇冠から予め話されていた娘達は、そこまで混乱している様子はない。 菊池は庭に面した窓を開き、「全員の無事を確認した」と手拭を振るった。 それを確認した玄間が佐藤に合図を送る。 「この酔っぱらいめ、あたしの酒が呑めねえってんだな」 突然佐藤が大鎚を手に立ち上がる。 「酔っ払いはどっちだ」 男も酔っ払っているから言い返す。 その男の顔に酒をぶちまけると、振るった大鎚で障子を破壊する。 そのまま遠心力に任せ柱を打った。佐藤を止めようと用心棒達が駆け寄る。 「何事じゃ」 座敷の騒ぎに現れた薔薇冠は既に弓を手にしている。 「おぬしの事は最初から気に入らなかったのじゃ。食らうがいい!」 佐藤を見据え、矢をつがえた。 いきなり男の傍で爆発が起きる。破片が飛び散り、黒煙が立ち込める 「焙烙玉を投げ込んだ奴が居るぞ!」 そんな声が響いた。 焙烙玉を投げ込んだのは玄間だ。既に庇を伝い二階へと上がってしまっている。 叫んだ竜哉は離れた場所の障子を鋼糸で壊し、玄関に爆竹を仕掛けた。 見えない襲撃の演出のためだ。 薔薇冠の放った矢は佐藤ではなく、傍にいた用心棒の腕を穿つ。 「侵入者がいるぞ」 案の定、煙で視界が不自由なこともあり、用心棒が勘違いをした。 合わせたように仕掛けた爆竹がけたたましい音を立てる。複数から襲撃があったのかと用心棒達が浮き足立つ。 その間も竜矢は鋼糸を使い格子や襖を壊し混乱を煽る。 そのうち二階から狼煙が上がる。娘達を逃がす準備が整った合図だ。 竜哉は急ぎ同心を招き入れるために門を開いた。 「中は混乱しているので志体持ち二名だけ俺と一緒に来て欲しい。残りは表と裏に待機し逃げ出す者がいたら捕らえてくれ」 同心たちに指示をすると、菅原ともう一人を連れ庭から座敷へ向かう。 混乱の中、門に仕掛けた網に何も反応がないことを不審に思った古参の用心棒が二階へと上がり、菊池と出くわしていた。菊池が娘達を背に立ち塞がる。 二人が睨みあってる隙を突き、窓から飛び込んだ玄間が一気に距離を詰め、当て身を食らわせ気絶させた。 「美人さん達から笑顔を奪うなんて太ぇ奴らなのだ」 「今なら勝手口から逃げれます」 一階の様子を見張っていたレティシアがやってくると、娘達を逃がす事を伝えるために外に向けて狼煙銃を撃つ。 菊池、玄間、レティシアが周囲を警戒しつつ、娘達を連れ出す。 座敷は混乱が続いている。一人の用心棒が逃げ出す娘達の姿を見つけた。 「娘達がどうして…」 「それはあなたが気にすることではないよ」 座敷に雪崩れ込んで来た竜哉が、流れるような動作で用心棒に重たい一撃を喰らわせる。 娘達の救出は見事成功した。外に出られた安堵のためか崩れ落ちそうになる娘をレティシアが支える。 「さぁ、皆さん帰りましょう」 早朝とはいえかなりの騒ぎに野次馬が集まり始めている。レティシアは娘達が野次馬に見つかる前に同心達に奉行所に引き上げさせた。 「巷で話題の連続誘拐、裏で糸引いてたのぁこの通り鶴来屋の主人、来生よ」 縛り上げた用心棒達を引き連れた佐藤が別宅から出てくる。 「その悪行を暴いたのぁ、同心の菅原だ。おう、忘れんなよ、同心の菅原だぜ」 野次馬一同を見渡す仕草はどこか芝居がかっている。 「困った事がありゃ菅原の旦那に頼みねえ」 そして用心棒を同心へと引き渡す。 鶴来屋の方角から、来生の捕縛成功を伝える狼煙が上がった。 連続誘拐事件は解決した。勝手に動いた同心達は咎められるかもしれない。しかし菅原達は誓う、何があっても自分達の本分を見失わないことを。 |