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■オープニング本文 ● その村には一対の鏡がご神体として祀られていた。 鏡はそれぞれ『金烏の鏡』『玉兎の鏡』と呼ばれている。村に古くから伝わる話では、金烏の鏡は溢れ出る生命の力を司る精霊を宿し、玉兎の鏡は安らぎを司る精霊を宿す、ということらしい。 いつ頃から村にあるのかは不明だが、村人は社を建て、巫女とともにその鏡を敬ってきた。 二枚の鏡は常に合せ鏡の状態で祀られている。呪いのような不思議な置き方であったが、これにも一応理由があるらしい。 村の長老曰く、金烏の鏡が発する強い力はそのままでは人間に毒となるので玉兎の鏡の力で鎮めているとのことだ。しかし実際のところは誰も本当の事は分からない。昔からそうしている、という理由でずっと合せ鏡のままなのだ。 そして満月の晩に、玉兎の鏡を清めるというのも昔からの慣わしであった。 冴え冴えとした満月が空に浮かんでいる。夜道も灯がいらないほどに月が明るい。 社へと続く道を一人の女が歩いている。白い小袖に緋袴、胸には手鏡ほどの大きさの鏡を下げている。この社の巫女で、出羽という名の少女だ。 胸で揺れる鏡は『五角の鏡』といい、巫女の証であり、ご神体である二枚の鏡から力を借り受けるための祭具でもあった。 出羽は社に入ると、まず二枚の鏡に祝詞を捧げ、次に金烏の鏡をそっと伏せる。お清めの間、玉兎の鏡がいなくなることを気付かせないためだと先代の巫女より説明があった。それから持ってきた白い布で玉兎の鏡を包み、社から持ち出す。 そしてお清めを行うために社の裏手にある丘へと向かう。丘には石で作られた台があり、その上に水を湛えた盆が一つ置かれている。盆の水は鏡面のように漣一つ無く、静かに満月を映していた。 水は神域とされている山の泉から汲み上げ、さらに水晶の欠片で濾過したものだ。そこに玉兎の鏡を一晩浸す。それが清めの儀式であった。 出羽は白い布より取り出した鏡をそっと水の中へと沈める。なるべく波が立たないようにゆっくりと静かに。 水面が再び鏡のように静まるまで見届けた後に社へ戻る。玉兎の鏡の清めの間、金烏の鏡の傍にいるのが決まりであった。片割れである玉兎の鏡の不在を金烏の鏡が悲しまないようにとのことである。 「あら?」 社から複数の人の話し声が聞こえる。このような夜更けに村人が社を訪ねてくることなど滅多にない。社の前に村人ではない、見かけたことのない男達が数人居た。いや、一人だけ見覚えがある。 今日、社の雨漏り修理のためにやって来た大工の一人だ。村には大工がいないので何かあると近くの町に住んでいる馴染みの大工にお願いしている。その大工の棟梁が新しい見習いだと紹介した男であった。 「どうかされましたか?」 出羽の声に男達が驚いて振り向く。 「あぁ、巫女さんでしたか。いや、なに鉋をね此処に忘れて来ちまいましてね…。それを頭領に話したら『鉋は大工の命だろうが、馬鹿野郎め』って怒られちまいまして。それで取りに来たんですわ」 見習いが人の良さそうな笑みを浮かべて頭を掻いた。 「それでしたら今社を開けますから、少々お待ちくださいね」 男達の前を横切ろうとした出羽は、いきなり背後から羽交い絞めにされた。 「なにを…っ」 言葉は最後まで続かない。出羽の腹に鈍い音と共に男の拳が入り、意識は闇に沈んでしまう。 翌朝、出羽の姿と金烏の鏡がみあたらない、と村で騒ぎが起きる 丘に清めの儀式の盆が残っていることに気付いた村人が、出羽にそれを伝えに社まで行ったところ、社の扉は開け放たれたまま、中にあるはずの金烏の鏡も共にいるはずの出羽の姿もなかったというのだ。 村人総出で村中どころか神域の山まで探したが両者とも見つからない。 「そういえば…」と村人の一人。昨夜、大工の棟梁のところの見習いに会った、と。 社に忘れた鉋を取りに来たと言い、見かけない顔を四、五人ばかり連れていた。なんでも最近町の近くで盗賊が出るらしく、飲み仲間に村までの道中の用心棒を頼んだということだ。 大工の棟梁と村は古い付き合いで信用のおける人物であったために、その時は見習いのことを疑いもしなかったらしい。それどころか職人気質の棟梁ならば、大工道具を忘れたとしたら雷の一つや二つですまないだろうな、とくらいにしか思わなかった。 「それは本当かい?」 「えぇ、確かに棟梁のところの見習でした。この辺りでは珍しい赤毛なんでよぉく顔も覚えておりますよ」 村長の問い掛けに村人が頷く。 「一体どんな連中を連れていた?」 「全員は覚えておらんのですが」 やたらに体が大きく、右目から顎にかけて縦一文字の刀傷がある男が一人、それとは逆に女のような生っ白い顔に長い黒髪の優男風なのが一人と覚えている者達の特徴を挙げていく。 「今にして思えばそいつらが怪しかった」 見習いと出会った村人はしきりに悔しがる。 「棟梁のとこの者ならば信用してしまうのも仕方ない。ともかくまずは出羽と鏡の行方を捜さなくては…」 村長は開拓者ギルドへ使いを走らせることとした。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
日御碕・かがり(ia9519)
18歳・女・志
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
蔵 秀春(ic0690)
37歳・男・志 |
■リプレイ本文 ● 大工の棟梁政吉の家である。茶の間には菊池 志郎(ia5584)、柚乃(ia0638)と政吉、その妻奥羽がいた。 「金烏の鏡だけ消えてしまったと…」 金烏の鏡と巫女が社から消えた事を伝えた後、先々代の巫女である奥羽が震える声で尋ねた。顔色が悪い。 「鏡と巫女の出羽さん共々、何者かに攫われたのではないかと思っております」 出羽の安否ではなく鏡を気にかける様子に菊池は引っかかる。 「何かご存知であれば教えてくださいませんか?」 菊池に促された奥羽が口を開く。 金烏の鏡は生命力を司る。そのため昔から病の平癒や豊作祈願など人の強い願いを身に受け、結果として瘴気を集めてしまう。それを浄化するのが玉兎の鏡。だから金烏だけでは瘴気が浄化できずに大変なことが起きてしまう、と。 これで先程、羽喰 琥珀(ib3263)が村人の安全のために玉兎の鏡を預からせて貰えるよう口添え頼めないか、と申し出た時に二つ返事で了承した理由が分かった。二枚の鏡をなるべく近くに存在させるためだ。 ちなみに羽喰は、奥羽が書いた村長宛の手紙を手に既に村へと向かっている。 「大変なこと……」 それが何かは奥羽も知らないらしい。伝承だからだ。だからといって楽観できるわけではない。出羽は犯人の顔もみているのだ。早く彼女を助け出さないと…柚乃は膝の上で拳を握る。 「社で源三を見たと…」 「はい、忘れてきた鉋を取りに来たということでした」 菊池の言葉に政吉が唸る。政吉は源三が鉋を社に忘れてきたという話を知らなかった。 源三は半年ほど前、この町にやって来た。多少乱暴者ではあったが、仕事ぶりは真面目で筋も悪くない。 政吉は「何かの間違いであって欲しい」と言いつつも源三の馴染みの居酒屋や飲み仲間について教えてくれた。刀傷の男と優男以外に中年の男とその息子もいたということだ。 「源三さんが犯人と決まったわけではありません。でもあの夜、社にいたとすれば手掛りを持っているかもしれないのです」 菊池は気落ちしている様子の政吉を気遣う。 ● 社の屋根裏から音もなく羽流矢(ib0428)が降りたった。 「屋根裏には何もなしか」 社の窓は全て雨戸が閉められており、扉周辺だけ光が差し込んでいる。 祭壇には玉兎の鏡のみ。羽流矢から見れば村長の言う通り普通の古い鏡だ。 しかし長い間祀られていた事もあり、大層なものと勘違いされているのかもしれない。 薄闇の中、深呼吸を一度。小さな違和感すら見落とすまいと感覚を研ぎ澄ます。 視界の端で煌く光。一番奥の雨戸、板と板の矧ぎ目に僅かに隙間があった。鍵代りとなるサルの頭あたりだ。 調べると、サルと溝の木目が新しい。 (「最近削られた?」) 外に回った羽流矢は村人に雨戸の事を尋ねた。 「あぁ、建て付けが悪いと見習いに直してもらっていたよ」 隙間に棒を差し込み、動かすとサルに引っかかる。そのまま棒を押せばサルが持ち上がった。 外から開ける事ができる。窓はさして大きくないが、小柄な仲間がいれば問題ないだろう。 修理を手掛けた雨戸に細工を施す理由は一つ、だ。 (「やはり出羽さんは、鏡と一緒に攫われたということだろう…な」) 血痕や争った跡は残っていない、少なくとも捕らえられた時点では生きている。生け捕った者をあっさり殺すこともしないだろう。それを不幸中の幸いと考えるべきか…。 「いや…」 命があれば良いというものではない。出羽はまだ若い娘だ。 日御碕・かがり(ia9519)は長老から鏡についての話を聞く。此処でもやはり二つの鏡が離れてしまうと良くない事が起きる、と語られた。 「村の皆さんにもう一度、その夜のことを伺いたいのですが」 日御碕は村長に頼み、できるだけ村人を集めてもらう。 「日御碕・かがりと申します。よろしくお願い致します」 村人を前に頭を下げ協力を願う。その姿に「仕事が…」などと不平を漏らしていた村人も大人しくなった。 日御碕は源三の事、また社の修理中の事などで気付いた事はないか一人一人に尋ねて回る。 「あの見習、故郷にも古い社があるとかで社のことを良く聞いてきたな」 「夜は巫女さん一人で危なくないのか、とか」 源三は社の情報を集めていたらしい。一通り話を聞くと、源三達を目撃した村人に似顔絵を作るための協力を頼んだ。 「覚えている限りで構いませんから…」 しかし言葉で説明するのは難しいようで、似顔絵作りは難航する。 「そーいうのはさ、顔で思い出すんじゃなくって、目や口の特徴を一つずつ思い出してみるんだよ」 ひょいと日御碕の背後から顔を覗かせたのは村に着いた羽喰だった。 「特徴をですか?」 「口は横に長い、とかさ」 特徴が掴めれば写実的でなくとも良いのだと言う。 似顔絵は日御碕に任せ、羽喰は玉兎の鏡を預かるため村長の元へ向かった。 「俺達に玉兎の鏡を預けて欲しい。鏡は二枚で一対なんだろ? だとしたら盗人がまた村にやって来て村人に危害が及ぶかもしれねーし」 奥羽からの手紙も差し出す。一対の鏡が離れてしまった事を心配する手紙より村長は羽喰の言う新たな被害を防ぐために鏡を開拓者達に預ける事を決めた。 羽喰が厳重に布で巻いた玉兎の鏡を懐に納め、社周辺を調べていると羽流矢に呼ばれる。 「これを見てくれないか?」 鳥居から社までは砂利を敷き詰めた小路が続く。その小路の周囲に足跡が複数残っていた。 「さっきから見てると村人は砂利道以外歩かないんだよ」 足跡を覗き込んだ羽喰は「ひーふー…」と指折り数えて。 「少なくとも五人は此処にいたってことかー」 足跡は五種類。中には子供のように小さなものもある。 「大きさにバラつきがあるから、集団でいたら目立つんじゃないか?」 「このデカイ二枚歯の下駄とか、歩いてるだけでも煩そうだもんな」 羽喰は肩を竦めた。 ● 町の中心街、通りと通りを結ぶ橋の袂に蔵 秀春(ic0690)は露店を出していた。台の上に並ぶのは娘達が喜びそうな簪、全て蔵の作品だ。 (「行方不明の巫女さんと、鏡か。穏やかじゃないねぇ」) 人身売買、うら若い娘が行方不明となれば、どうしてもそちらの心配をしてしまう。しかし蔵の思いをよそに町の様子は穏やかだ。 「流石にそれはないと思いたいね」 若い男が前を通りかかった。 「よう、そこの若いにーちゃん。彼女に一本どうだい?」 「あるのは新しいものばかりかい?」 「昔ながらのものをお探しかい? 今は持ってきてないねぇ。さっきも同じような事を聞かれたんだがね、最近そういうのが流行なのかい?」 「最初は魔除けとかが流行していたのだが、最近は骨董品もね」 古美術商『雲外屋』の使用人だと名乗った男は、それどころか…と声を潜める。 「いわくつきの品物までもかい」 男は橋の向こうに誰かを見つけたらしく、高値で買い取るから見かけたらぜひとも持ってきてくれと言い残し、慌しく橋を渡って行った。 男の向かった先には菊池がいた。 菊池は古美術商を回っていた。 「主が御神鏡などに大変興味を持っておりまして」 主に言われ魔除けの品などを求めに来た使用人を装っている。 「鏡は光を反射し輝くので太陽の象徴とする地域も多いようですね」 古美術商と鏡の話で盛り上がった頃合を見計らい話を切り出す。 「太陽といえば金烏の鏡と玉兎の鏡というものをご存知ですか? なんでも二枚で一つのご神体なのだとか…」 金烏とは太陽を示す言葉だ。主がどうしても手に入れたいと言うのだが、どうにかならないものか、などと困ったように笑ってみせるのであった。 菊池は名を呼ばれ振り返る。呼び止めたのは確か雲外屋という古美術商の使用人だ。 男は当たり障りの無い挨拶をしてから一歩菊池に近づく。 「金烏の鏡のことで主がお話があると…」 夜、またいらして下さいと告げると男は頭を下げ去って行った。 柚乃は開拓者ギルドにて最近の盗難事件や、身元不明の死体などを調べていた。周辺の町村でも似たような盗難事件が起きている。盗品は戻ってきた例は少ない。売られてしまうと取り戻すのは難しいらしい。 「ところで、最近立ち入り禁止地区で襲われた方の情報はありますか?」 その者達は夕方近くに湯屋で見かけるという情報があった。夕刻まで、柚乃は棟梁に教えてもらった居酒屋を中心に源三達について情報を集めることにする。 柚乃が目を見て微笑むだけで、男女問わず大抵の相手は警戒心を解く。 「そういえばここ数日見かけないなあ」 ほろ酔い加減の男が上機嫌に答える。聞けば事件のあった日から姿を見ないらしい。 「あぁ、でもほらあの色男…なんだっけ……」 海棠、と別の卓から助け舟。その海棠が古美術商の雲外屋と一緒にいるところを見かけたという。何かの儲け話だとしたら、あやかりたいものだと男は零す。 夕刻、柚乃は湯屋へ向かう。目的の相手は縁台で夕涼みしていた。まだ傷が残っている。 立ち入り禁止地区に肝試しと称して入ってしまうようなお調子者だ。柚乃が「そのお怪我どうしたのですか?」と首を傾げれば得意そうに話し始めた。 「北の伎楼跡で?」 顔に傷のある身の丈七尺以上はある大男との大立ち回りを身振り付きで語ってくれる。 「大男はこんなお顔でした?」 日御碕の描いた似顔絵を差し出す。村での聞き込みを終えた日御碕は集めた情報を持ち一足先に町に戻って来ていた。 「そいつだ!」男は似顔絵を指差し声を上げる。 日御碕も似顔絵を手に、町での聞き込みを開始していた。柚乃が源三達行き着けの居酒屋を回っていると聞き、自分は北を中心に回る。居酒屋によく顔を出していたというから、潜伏先でも飲みに出歩いているのではないかと考えたのだ。 それと食料品を扱う店もだ。 「ツケはこれきりだぞ」 「今度大金が手に入るから、そしたらまとめて払うよ」 酒屋の店先で子供が店主から徳利を受け取っている。 仲間に子供のように小さな奴がいるかもしれない、羽流矢の言葉を思い出した日御碕は子供を追いかけた。しかし廃墟付近で見失ってしまう。 ● 日暮れ後、一同はギルドにて情報を交換する。 「町の好事家の間で最近いわくつきの品物が流行していて、古美術商が熱心に探してるらしいがね、その古美術商から何かあったかい?」 蔵に話を向けられ、菊池が「雲外屋さんのことですね」と鏡の話をする。 「その鏡のことなのだけど、奥羽さんのお話、本当かも…」 柚乃は手にした黒い懐中時計を玉兎の鏡に翳す。精霊の力と瘴気の流れを測ることができる時計だ。それが玉兎の鏡にかなりの精霊力が宿っている事を告げていた。 対である金烏の鏡も同じであろう。それが精霊の力ならばいいのだが。 情報交換を終えると羽流矢は伎楼跡周辺へと向かい、菊池は蔵と羽喰を伴い雲外屋を尋ねた。 柚乃と日御碕は連絡係としてそれぞれに着く。 雲外屋が菊池を迎える。 「金烏の鏡をお探しとか」 「正確には金烏と玉兎両方ですが。二枚で一対というお話ですし。主も対の御神鏡というものが珍しいと…」 対ならば高く買い取る用意があると伝える。 「更にもう一枚、巫女の鏡が存在するのをご存知ですかな?」 巫女という言葉に菊池の目が細まったのに気付いていない。 「まずは金烏と巫女の鏡を、そして後に玉兎でいかがでしょう?」 菊池が返事をする前に「ご主人様」と使用人がやって来る。 「おう、邪魔するよ。例の簪を見せに来たんだが、主はいるかい」 蔵の声が響く。 「ここのご主人好みの簪を持ってきたんだ、見てはもらえないかね?」 主が蔵の対応に向かうと、菊池は立ち上がった。蔵が雲外屋をひきつけている隙に、屋敷の中を調べるつもりだ。 (「やはり出羽さんまで…。手荒なことをされる前に、何とか救出したいものです」) 奥の部屋に別の客人がいる。役者のような優男、海棠だ。 裏で此方とも取引をしていたらしい。海棠も菊池に気付く。 「厠を探していたら迷ってしまいまして」 菊池の人の良さを感じさせる雰囲気にその言葉を信用したのだろう。「どなたか?」と声をかけてくる。 「商談に…」 「鏡のか」 「はい。しかし鏡はどこか恐ろしくもあります。人の怒りや恨みを映すというではないですか」 菊池は気さくな様子で話しを続ける。 「それに大切にされていた鏡は持ち主との絆が強いとも言いますし」 持ち主から奪い祟られでもしたら溜まったものではありません、と肩を震わせた。嘘も方便、鏡の恐ろしさを伝える事で少しでも出羽の身の安全を図れればと願う。 商談を終えた菊池は待機していた羽喰に海棠と会った事を伝え、日御碕には柚乃と羽流矢にギルドに集合するように伝えてくれと頼んだ。 屋敷から出てきた海棠の後を羽喰がつけていく。海棠は北の焼け跡に残る寺院へと消えて行った。 「あまり近づくのは危険だよな」 気付かれたら元も子もない。羽喰は気配を察することができるぎりぎりまで近き、中の様子を探った。気配は六つ、源三達と出羽であろうか。 羽喰からの情報を受け、潜入に長けた羽流矢が寺院に忍び込む。 先行した羽流矢を追い四人が寺院に向かう途中、柚乃と菊池がいきなり空を仰いだ。 南へと飛んでいく黒い何か。 「烏?」 柚乃が呟く。 寺院の屋根裏で羽流矢は違和を感じていた。 気配がない。罠とも違う。既に場所を移したのかと、屋根板を外し内部を伺う。 揺れる灯に浮かぶのは倒れている男の姿。全部で五人。どれも干物のように干からびていた。 急いで降り、出羽の姿を探す。出羽は奥の柱の横に倒れていた。外傷はなさそうだ。 笛を吹き、異常事態を知らせると出羽を抱き起こす。 水筒から水を含ませる。瞼が僅かに痙攣した。 「鏡が! 鏡が!!」 目覚めた出羽は羽流矢にしがみ付く。 「落ち着いてください。もう大丈夫ですよ」 やって来た日御碕が出羽の肩を優しく抱く。 「鏡が見当たらないねぇ」 蔵が死体の懐を探る。あらかた調べたが鏡らしきものは見当たらない。 「何が起きたんだろーな」 羽喰の視線の先には取り乱す出羽の姿。 「お話は後で伺うとして…此処であった事を少々見てみましょうか」 銀の鈴を柚乃が手に取った。彼女の声に合わせ鈴が一定の間隔で強弱をつけて鳴る。 ゆらり、周囲から陽炎が立ち上がった。 黒い霧に包まれた鏡、既に三人がその霧に囚われている。残りの二人も疲労が濃い。 年嵩の男が放った雷は直撃した瞬間、鏡が強く光りそのまま術者に跳ね返った。 刀傷の男の渾身の突きは、霧に阻まれ届かない。逆に刀ごと霧に絡め取られる。 霧に包まれ次第に干からびていく男達。鏡は次に出羽に狙いを定めた。 しかし鏡は出羽と向き合った途端、弾かれたように窓から外へと…そこで陽炎は消えた。 「あれが金烏の鏡でしょうか?」 日御碕の問いかけが堂内に響いた。 救出した出羽をギルドに連れ帰り、暫くの後黒い霧のアヤカシの第一報が届く。 夜はまだ終わらない……。 |