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■オープニング本文 ※このシナリオはIF世界を舞台としたマジカルハロウィンナイトシナリオです。 WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。 ● 「とってもいい天気、空が真っ青」 少女は空を見上げて秋の少し冷たい空気を思いっきり吸い込んだ。まるで絵に描いたような雲ひとつない青空である。降り注ぐ陽光に少女の金色の髪が煌く。 「こんな日にベッドで寝てるなんてもったいないわ。こっそりと抜け出してきて良かった」 道を振り返れば、大きな屋敷がある。少女―ソーヤの家だ。 今頃、自分がいなくなった事に気付いた皆は驚いているかもしれない。 「ばあやには後で謝らないといけないわね…」 ひょっとしたら自分がいなくなったことで、ばあやが父や母に怒られているかもしれないと思うと胸が痛んだがしようがない。 だって町に遊びに行ってみたかったのだから。 ソーヤは普通の子供達のように外で遊んだ事がない。町に行く時もいつも車ばかりで町の中を自分の足で歩いた事がなかった。ソーヤにとって外とは窓から眺めるものであった。 体の弱いソーヤは心配性の両親に外に出ることを止められていたのだ。 でも今日は違った。なんだかとても気持ちが良い。ベッドから起き上がるのも大変なくらいに体が重たいのが嘘のように軽い。 だから思い切ってベッドを抜け出して外に出てきてしまった。 「7歳になったからかしら?」 嬉しくなってスキップをする。 ソーヤは昨日誕生日を迎えた。少し大人になったから身体も丈夫になったのかもしれない。 「じゃあ、たくさん遊べるわ、きっと」 車からみかけたキャンディショップの色とりどりの飴、たくさんの可愛い服。友達とお人形遊びもしたい、ダンスだってしたい。歩きながらジェラートも食べてみたい。お祭になると町に作られるという回転木馬にだって乗ってみたい。サーカスも見に行きたい。それに……。 「素敵な王子様と恋をするの!!」 王子様の隣にはお姫様の格好をしたソーヤ。いいや人魚姫のソーヤもいいかもしれない。 「でもそれは…ちょっと寂しいかな?」 やはり最後は王子様と幸せに結ばれる方が素敵だ。ステンドグラスの煌く教会で愛を誓う二人…そんな想像をして一人で照れてはしゃぐ。 とにかく元気になればやりたかったことがなんでもできるのだ。 名を呼ばれた気がしてソーヤはもう一度家を振り返った。 「ではお父様、お母様、ばあや、行ってきます。すぐに戻るから心配しないで」 それから少女は町に向けて走り出す。本当に体が軽かった。羽が生えてしまったのかもしれない。 目に映る全てのものがソーヤにとって輝いて見えた。 町は見たこともない雰囲気であった。いたるところにカボチャのランタンが並び、街灯と街灯の間にはロープが渡され色とりどりの飾りがひらひらと踊っている。そして通りの脇に並ぶお化けやコウモリの形をしたクッキーや飴、魔女の帽子や仮面を売るワゴン。 道を行く人たちは、皆なにやらおかしな格好をして楽しそうに笑っている。 今日は「ハロウィンだよ」と気の良さそうな男がソーヤに魔女の帽子を被せて教えてくれた。 「ハロウィン?! 知っているわ、お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ!! でしょう?」 得意気に胸を張って答える。絵本で読んだ事があった。そんなお祭があると。 「ねぇ、お祭なら回転木馬はあるかしら?」 「広場の方に行って御覧、ピエロもいるよ。広場は貸衣装屋の右を曲がればすぐだよ」 男の言葉にソーヤは手を叩いて喜ぶ。 「ありがとう、親切なおじ様」 ソーヤは魔女の帽子を手で押さえ石畳を走り出した。 途中教会の前を通りかかった。丁度、花婿と花嫁が出てくるところであった。 「きれい…お姫様みたい……」 ソーヤは足を止めてうっとりと花嫁を見つめる。白いドレスにヴェールを被った女性はきらきらと輝いて本当のお姫様のようだ。 いずれ自分にも王子様が現れてあの女性のように綺麗なドレスを着て皆に祝福される日が来るのだろうか。 思わず他の参列者に混ざって「おめでとう」と声をかける。 「小さな魔女さん、祝福をありがとう」 花嫁が投げたブーケがソーヤの手の中に納まった。 ソーヤは手の中のブーケを見て擽ったそうに笑う。ブーケを受け取った女性が次に結婚する人だと聞いたことがある。 ひょっとしたら今日、素敵な王子様に出会えるかもしれない。 「お祭で出会うなんてステキ!!」 それからまた走り出す、広場を目指して。でも… 「あれ?」 貸衣装屋が見えてこない。まっすぐな通りだったはずなのに。 振り返れば教会も親切にしてくれたワゴンの男の姿も見えなかった。 どうやら迷子になってしまったらしい。 途端に心細くなってきた。 |
■参加者一覧
久我・御言(ia8629)
24歳・男・砂
シルフィリア・オーク(ib0350)
32歳・女・騎
アルフレート(ib4138)
18歳・男・吟
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
サフィリーン(ib6756)
15歳・女・ジ
イーラ(ib7620)
28歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ● 暗闇に浮かぶ舞台。 開演のベルと共に幕が上がる。 そこはとある街。石畳に煉瓦の建物。風船が浮かび、モールが光を浴びて煌く。 通りに並ぶワゴンでは色とりどりの菓子が売られ、「トリック オア トリート」とお化けに仮装した子供達が練り歩く。 そうハロウインパーティーの真っ只中だ。 舞台に瞳をきらきらと輝かせた少女が現れた。 暗闇をスポットライトが照らす。光の中浮かびあがったのは欠伸を噛み殺した一人の青年。 「…何処だよ。確かに部屋で寝た筈だぞ…」 髪を掻き混ぜようとして違和感に気付く。頭に生える三角形の銀色の耳。背を見ればふっさりとした銀色の尻尾まである。 そして身に着けた黒いタキシード。 暗闇に浮かぶ舞台に気付き、あぁ、これは夢かと納得する。 「さて、俺はいったい誰の夢に誘われたんだか…」 舞台では魔女の帽子を被った少女が走り出した。 「どうやら同じ様に迷いこんだ子がいるらしい」 ライトが消える。 ライトが幾重にもレースを重ねた白いドレス姿の少女を照らす。少女は何が起きたのかと目を丸くしている。 自分の姿を確認し、浮かぶ舞台を確認し、そして大きく頷いた。 「わかりました」 胸の前で両手を組んで目を閉じる。 「ここは…」 舞台の少女を楽しませるための世界なのだ、と。不意に暗がりに向けて少女は微笑んだ。 「どうして分かったのか、ですって? それは…乙女の勘です」 「ふむ、つまり夢の中という訳かね」 少女の目の前にライトが当たった。黒髪の涼しげな目元の青年が顎に指を当てて立っている。伏せた目が思慮深そうだ。 続いてもう一つ。 「えーと、此処は夢の国…なんでしょ?」 光に透ける羽を持つ小麦色の肌の少女が蒼いドレスの裾を揺らし小さく首を傾げた。 「あぁ」 新しい声が響く。少し離れたところに当たるライト。 執事服に兎の耳。まるで童話にある少女を魔法の国に誘う兎のような姿をした女が現れた。 王子様に夢見て微笑む少女に目をそっと細める。まるで幼い頃の自分のようだ、と口元を綻ばせた。 舞台の上を跳ねるように歩く少女に向けられた視線は限りなく優しい。 「この子の夢を叶えてあげる為に、あたいはここに居るんだ」 ならば行こう。女は胸に手を当てて優雅に一礼すると姿を消す。 「王子か…」 呟いたのは黒髪の青年だ。 「相わかった。私が彼女の王子となろう」 胸に手を宛て高らかに宣言する。そして「では私も用意してくるとしよう」と暗闇に消えた。 「あれ、迷子さんがいる?」 蒼いドレスの少女が額に手で庇を作り爪先立ちで舞台を覗き込む。 舞台の上では少女が不安そうに辺りを伺っている。 「迎えに行かなくっちゃ…」 少女が足元を蹴ってふわりと飛び上がった。薄絹を重ねたスカートが柔らかく揺れる。 一人残った白いドレスの少女がスカートを摘んでちょこんと頭を下げた。 「それでは皆様、よろしくお願いいたしますね」 舞台の端に現れる一人の男。 砂漠の民を思わせる衣装、身につけた宝石がライトを浴びて輝く。 「少女の夢に訪れた異邦人…。さて結末はどうなることやら」 取り出した仮面を被る。羽飾りにスパンコールのついた派手なものだ。 「では行ってみようか?」 カフィーヤを靡かせて幕の裏へと。 ● (どうしたの、迷子?) 突然聞こえた声にソーヤは空を仰ぐ。そうするともう一度声が聞こえた。しかし周囲には誰もいない。 代わりに音もなくサフィリーン(ib6756)が舞い降りた。 「天使様?」と驚くソーヤにサフィリーンは悪戯な笑みを浮かべ首を左右に振る。 「こんにちは。私はサフィリーン。ジプシーだけど今日は…」 くるりと一回転するとドレスが花のように広がる。 「天井裏の妖精なの」 ソーヤを前にしたサフィリーンは今日は少しだけ大人のつもりだ。 「此処は魔法の世界。ソーヤちゃんが願えば、何でも皆で叶えちゃう」 「魔法の?」 「そう。だから困った顔をしないで。ほら耳をすませてごらん」 サフィリーンが耳に手を当てて目を閉じ、ソーヤがそれを真似た。 聞こえてくるのは楽しそうな小鳥の囀りと優しい唄声。 道の向こうからやってくるタキシード姿のアルフレート(ib4138)と可愛らしい小鳥達。 「やあ、俺は楽師のアルフレート」 アルフレートが奏でるバイオリンの音に猫が踊り出した。 拍手をするソーヤにお辞儀を返す。 「ソーヤというのか。では、出会いの記念に…」 ハンカチを載せた片手を少女の目の前に差し出す。 「ソーヤちゃん、ハンカチを取ってみて?」 サフィリーンがそっと囁く。 ハンカチの下から現れたのは可愛らしい赤い靴。 「これはね、ソーヤが望む所に連れていってくれる魔法の靴だよ。それと、逢いたい人の元にも…ね?」 「王子様にも?」 目を輝かせるソーヤにアルフレートは「履いて御覧」と靴を渡す。 履き替えるソーヤに手を貸してやりながら、「きっと逢えるよ」と請負った。 兎のぬいぐるみがアルフレートの背から顔を覗かせた。 「ミハイル!」 ソーヤが声を上げる。それはソーヤの友達のぬいぐるみであった。 執事服を着た兎はソーヤの腕の中に飛び込み、道に向かって手を招く。すると猫に熊にペンギンに…次から次へとぬいぐるみたちがぴょこぴょことやってくる。 「アレク、イヴァン、マルタ…!」 執事服を着たぬいぐるみ達が驚くソーヤの前に並ぶ。 「どうやら案内人がやってきたようだね」 アルフレートが振り返った先に、シルフィリア・オーク(ib0350)がぬいぐるみ達と一緒に少々不恰好なステップを踏みながら現れた。 執事の服装はシルフィリアの女性らしい魅力を失う事なく、寧ろその豊満な肢体を際立たせる。そんな彼女がおどけた仕草でぬいぐるみと踊るものだからソーヤが思わず声を上げて笑った。 「ソーヤちゃんって言うんだろう?」 シルフィリアの肩に乗っているリスのぬいぐるみがそっと耳打ちをする。 「なるほど、なるほど。素敵な出会いを夢見ているんだね」 腕を組んで大袈裟なくらいに何度も頷く。それから艶やかな唇に笑みを浮かべた。 「実はあたいも素敵な恋を探しているんだよ、一緒に探しに行かないかい?」 ダンスに誘うようにソーヤの手を取る。 「さあ、いっておいで? きっと素敵な出逢いがあるよ」 アルフレートが促した。 「行こうよ、ソーヤ!」 シルフィリアがぬいぐるみを顔の前に抱き上げて、声を作ってみせた。 「まずはおめかししよっ。綺麗に変身して楽しまなくっちゃ!」 サフィリーンが両手を広げた。 ● 人魚姫のような水色のドレス、七色に輝くチュチュ、真珠の首飾り。貸衣装屋の部屋はドレスやアクセサリーで溢れかえっている。 「これはどうかしら?」 「それともこれかな?」 サフィリーンとシルフィリアが代わる代わるソーヤにドレスを宛がう。 「王子様はどんなドレスがお好みかね?」 「ソーヤちゃんは、どんなのが好き?」 ピンクが好きだと言うソーヤにサフィリーンは淡いピンクのドレスを探し出した。 「ソーヤちゃんはお人形みたいに可愛いからお菓子みたいな淡いピンクのドレスが似合うと思うの」 そのドレスに着替えたソーヤの腰に繻子のリボンをまわす。 「大きなリボンできゅっと腰を絞ったら、ふんわり裾が膨らんでとても素敵」 ドレスの山で遊んでいたぬいぐるみたちが拍手を送る。 「そしてこれは私からの贈り物」 サフィリーンがティアラと星飾りのピンを取り出した。ソーヤの髪を高い位置に結い上げ、ピンで留め、ティアラを被せる。 「本物は大人になったら、ね」 と片目を瞑る。 「何処から見ても立派なレディーだよ」 「うん、可愛いお姫様」 ソーヤは鏡の前で回ってみたり、そっと髪に触れてみたり嬉しそうだ。 「どうした? 皆浮かれた格好をして…って祭だから当然かね」 貸衣装屋を出た三人に声がかかる。派手なマスクを被ったイーラ(ib7620)が、縁に細やかな刺繍を施したマントを靡かせ現れた。 「…それにしたってこの一団は賑々しくて面白い」 初めて見る砂漠の民の衣装にソーヤは釘付けだ。そんな視線に初め気付いたという風にイーラが顔を向けた。 「…へぇ、可愛いな。そこの嬢ちゃん」 照れるソーヤに「どこに行くんだい?」と尋ねる。 「王子様に会いに行くのかい?」 頷くソーヤの前に膝をつく。そして手を取った。 「それじゃ、俺からもひとつプレゼント、だ」 指先にそっと口づける。頬を染めるソーヤにその爪を見せた。爪は磨いた桜貝のように艶やかで爪先には銀砂が舞っている。 立ち上がると手に魅入っているソーヤの額に唇を寄せた。 頬に淡い朱が広がり、唇が艶やかな桜色に変わる。そして真珠の粉を振りかけたように少女の肌がきらきらと輝いた。 「綺麗だろ?」 鏡をソーヤに向ける。 「きっと、どんな男も夢中になる」 頬を上気させたソーヤの手に閉じた鏡を握らせた。 「さぁ、行きな。お前さんの、王子様のところに」 そっと背を押す。 「あの…ありがとう」 ソーヤが振り返った時には既にイーラはいない。 建物の影に隠れたのだ。 気付いたサフィリーンに向かって「妖精のサフィ嬢ちゃんも可愛いぞ」と親指を立る。 「王子様は御言の兄さんかい?」 その手腕、きっちり見せて貰おうかね、と喉の奥で笑う。今からは浮かれた格好をした仲間を楽しく見守るお仕事の開始だ。 ● 「お次はどこに行こうか?」 シルフィリアとぬいぐるみが道を行ったり来たり。 「いいところがあるの」 サフィリーンが「ミラ」と空に向かって呼びかける。 赤瑪瑙色の鱗を輝かせ花に飾られた駿龍が降りてくる。駿龍ミラは花冠を乗せた頭をくいっと下げた。 サフィリーンがミラの背に乗ると、ソーヤを引き上げる。 二人を乗せたミラが翼をはためかせ空へと浮かぶ。それを追いかけシルフィリアとぬいぐるみ達も空へと舞い上がった。 「王子様がやってくる花畑にいこう」 三人が降り立った花畑…しかし花は咲いていない。 「どうしたのかな?」 サフィリーンの問い掛けに答えるように物哀しいハープの音が流れてきた。 「私は春を呼ぶ雪の妖精……」 白いドレスのレティシア(ib4475)が現れる。その表情は暗く浮かない。背中の羽も元気が無い。 「妖精さん、どうしたの?」 ソーヤの問い掛けにレティシアはハープをかき鳴らす。 「だけど…長い間一人でいたら笑顔を忘れてしまった。だから此処には春がやってこない」 空も灰色の雲で覆われ、季節はずれの雪が舞う。 「花は咲く事を忘れ…、兎達は丸まったまま…」 あぁ、悲しい、あぁ、寂しいとレティシアは唄う。 「どうか私を助けて下さいませんか?」 「どうすればいいのかしら?」 ソーヤが首を傾げた。 「小鳥は囀りを忘れ…、風は金切り声で叫ぶ…」 レティシアの歌は続く。それは悲しい歌声で聞いているとソーヤも泣きたくなってきた。 「そうだわ! 皆で楽しい歌をうたいましょう」 ソーヤが歌い始める。 何処からともなく楽しげな音楽が聞こえてきた。 「小鳥さん達も歌おうよ」 サフィリーンの声に応えるように小鳥達が囀る。 「ではあたい達は踊ろうか?」 シルフィリアが踵を鳴らした。 足元にぽっと小さな光が灯る。一つ二つ…瞬く間に光は広がった。 「あぁ…春が来ました。お花が一杯の春が!」 レティシアがソーヤの手を握りくるくると回る。耳飾の鈴が涼やかな音を立て、青空が広がっていく。 「ソーヤ、あなたに素敵な春が巡りますように」 シロツメクサの花冠と指輪をソーヤに渡す。 「私とあなたはずっと友達です」 一陣の強い風。華やかな音楽が流れ出す。 舞う花弁の向こうに真っ白の天馬が現れた。天馬には同じく純白のスーツを纏い、仮面を被った久我・御言(ia8629)が跨っている。 「初めまして、レディ。私はゴスペル仮面」 華麗に馬から下りると、片手を胸に、もう一方の手を開き芝居がかった仕草で優雅に礼をする。 「助けてくれてありがとう」 花が咲かずに此処に来る事ができなかったのだ、と真っ赤な薔薇の花束を差し出した。 天馬に乗った王子の登場にソーヤが差し出された花束をぎゅうっと握った。 「レディ、今日は私が貴女の王子となろう」 ソーヤの前に片膝をつく。 「どこへ行きたいかね? ああ、君が望むならば何処へでも…」 私と皆で連れて行こうと、見守る仲間達を振り返る。 「あの…私とダンスを踊って欲しいの」 ソーヤの願いに花畑の真ん中に大きなホールが現れた。 ホールでは妖精やぬいぐるみ達が踊り、色とりどりの花が咲き乱れ、天井には星々が瞬く。 兎の給仕はお茶を淹れ、お菓子を準備する。 シルフィリアが胸元から一輪の薔薇を取り出すとソーヤの襟元に挿す。 「さぁ、王子様の元へ行っておいで」 そしてソーヤの頭にふわりとヴェールを被せた。 「踊りの基本は綺麗な姿勢から。柔らかくぴっと背筋を伸ばして、こう」 サフィリーンが両肩に手を乗せ背筋を伸ばしてやる。 流れるのはワルツ。 久我はソーヤの手を取ると、中央へと滑り出す。 外では煌く雪がレティシアの歌に合わせて花弁へと変わっていく。 時計の針が零時五分前を指した。 「名残惜しいが、そろそろお別れの時間だ」 皆が現れる。 「楽しかったかね? レディ。だが間もなく魔法は切れる。君は戻らないといけない」 表情を曇らせるソーヤに久我は小さく首を振った。 「これで楽しかった時間は終わり? とんでもない、君が大人になる時間はこれから始まるのだよ」 「寂しいかい?」 イーラが頷くソーヤの頭にぽんと手を置いた。 「大丈夫、夢の出来事も、嬢ちゃん次第で少し形を変えて現実になる」 「そう君にはもっともっとどきどきできる未来が、大人の恋が待っているのだよ」 「ではせめて…」 アルフレートがソーヤの掌に不思議な模様を指で描く。 「目覚めた後もこの夢を忘れないおまじないだよ。また逢おうね?」 レティシアとサフィリーンがソーヤを左右から囲む。 「またね」 「また会おうね」 少女を飾るシロツメクサの花言葉は約束だ。 ソーヤの瞳に大粒の涙が浮かぶ。イーラの掌が髪をくしゃりと乱した。 「次は、あっちで会おうぜ」 飴玉を握らせ、仮面を取り満面の笑みを向ける。 「何時か、現実で会おう。素敵な女性になりたまえ」 久我が微笑み、ソーヤの額にキスを送る。 「さあ、途中まであたい達が送っていこう」 左右にぬいぐるみを従えたシルフィリアが「お手をどうぞ、レディ?」と手を差し伸べる。 気付けばソーヤの家へと続く道に立っていた。 「またね!」 ソーヤは一度だけ振り返り、泣くのを堪えて手を振る。そして道を駆け出した。 ● 幕が降りていく。 辺りは再び闇に沈んだ。 暗闇に光が差し込む。 夢から覚めたばかりの少女は呟く。 「夢を見ていたわ…。とても楽しい夢」 心配そうに覗き込む父と母とばあやの顔が視界に映る。 「お父様、お母様、ばあや…ただいま」 少女が微笑んだ。 |