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■オープニング本文 ● 今から十年前、朱藩北部の山間部に存在するとある村での話だ。 そこは山間の狭い土地に人々が身を寄せ合って暮らす小さく貧しい村であった。余所者など滅多に見かけない。冬は雪に閉ざされ、それ以外の季節は霧に覆われている。そんな閉ざされた場所であった。 ある時、その村と里とを繋ぐ橋が大雨によって流された。 村から里に出るためにはその橋を通る道か、もしくは山を一つ越えるしか無い。しかし山は道が険しく、人を襲う獣も出るため越えるのが難しく、日常的に使用されるのは橋がある道であった。 よって橋は村にとっては命綱である。 しかし架けなおそうにも、大工が作業中に亡くなったり、再び大雨に見舞われたり不幸が立て続けに起こり工事が進まない。 そこで村の長老達は古い慣習であった人柱を立てることにし、一人の少女を選んだ。 その少女は新月の晩、村人の手により橋のたもとに埋められた。 ● 十年後の現在、その村は再び同じ危機に直面していた。夏に大雨のせいで橋が流れてしまったのだ。 村人も橋を架け直すために尽力した。だが地盤自体が弛んでしまったのであろうか、何度やっても途中で崩れてしまう。そして橋が架からないまま夏が終わり秋も深まろうという季節を迎えた。 そのうち村では「呪いだ」とか「出来損ないの人柱に川の神様が怒ったのだ」などという噂が囁かれ始めた。出来損ないというのは前回の人柱となった少女は母親だけが村の出身者であり、父親はたまたま迷い込んだ旅人だったことを指している。 そして人々は人智を越えた何かに縋るため再び人柱を立てることにした。 選ばれたのは千尋という五歳の少女、今度は両親共に村の出身者である。 しかし千尋の父耕太は我が子を人柱とすることを良しとせず、命の危険を犯し山を越えギルドに助けを求めた。人柱に選ばれた子を救うために、妻と子を連れ村から逃げたい。しかし山を越えるのに自分一人では二人を守りきることができない、なので開拓者の力を貸して欲しい、と。 無事協力してくれる開拓者を見つけた耕太は、彼らを連れ密かに村へと戻る。娘と妻には旅支度を済ませておくように予め伝えており、翌日夜明け前に村を経つ予定であった。しかしその夜、事件が起る。 夜中開拓者達の部屋に血相を変えた耕太の妻寿々が飛び込んでくる。なんでも娘がいなくなってしまったらしい。 明朝出発する予定で早めに自分と寝ていたはずなのだが、厠に立った隙に消えてしまった、と。 怖がりな娘なので一人で外に行く事は多分無い、ひょっとしたらどこかに隠れでもしているのかと家中を探したがみつからない、と酷く慌てた様子であった。 「大変だっ!千尋が菊乃に連れて行かれた」 念のため外へ探しに行った耕太が転げるように家へと戻ってきた。なんでも菊乃という女が千尋を連れ出し大騒ぎをしているというのだ。 耕太は寿々を連れその騒ぎへと向かった。 ● 村の入り口では菊乃が泣いている千尋の腕を掴み、周囲に集まった村人を睨み付けている。乱れた髪に、血走った目…菊乃は怒りのあまり狂気に憑かれたようにも見えた。 「菊乃さんっ! 千尋を返してくださいっ」 集まった村人をかき分け寿々が菊乃へと走り寄る。母の姿に気付いて手を伸ばそうとした千尋を菊乃が無理矢理引き寄せ、手にした包丁を振り上げた。 「これ以上近寄ったら、人柱にする前にこの子を刺すわよ」 甲高い子供の鳴き声と妙に低い女の声が夜空に響き渡る。 「菊乃、馬鹿なことは止めなさいっ。罰があたるぞ」 「千尋は村の礎となる尊い子じゃ。手を離しなさい」 長老達も口々に菊乃を止めようとするが彼女は聞く耳を持たない。 「馬鹿なことを言っているのはどっち。なにが人柱よ。な にが、尊い生贄よっ…。どう言い繕ったって人殺しでしょう」 菊乃は十年前の人柱穂波の母であった。 長老達を睨む菊乃は今にも鬼へと変化しそうなほどに怒りで歪んでいる。 「あんたが穂波を人柱に選んだ」 「あんたは逃げだした私と穂波を見つけて追い詰めた」 「あんたは煩いと泣く穂波の頬を張った」 「あんたは率先して穂波に土を被せた」 そうやって菊乃は一人ずつ糾弾していく。低かった女の声が興奮のためか次第に裏返り始めた。 「そして耕太……あんたが穂波になにをしたか、忘れたとは言わせやしない。村のためだ、と泣き叫ぶ穂波に縄をかけ、葛籠に押し込めた」 肩で息をしつつ菊乃は血走った目を耕太に向ける。 「なのに自分の子供だけ逃がそうなんて都合がいいじゃあない」 村人の視線が耕太に集中した。「村から逃げる?」「村を見捨てる気か」「自分勝手なやつめ」そんな囁きがあちこちから漏れる。 「………っ。あの時の、あの時のことは謝る。だから千尋を返してくれ。頼む…この通りっ」 村人への弁解よりも先に耕太が菊乃に向かって土下座した。 「まだあの時の穂波の泣き声が耳から離れないの…」 耕太の土下座が見えてないのか菊乃はふと遠くを見る。 「私が代わりになるから子供だけは助けて欲しいと懇願したけど…誰もそんな話聞いてはくれなかった」 「あの時は俺はまだ若くて、子供がどれだけ可愛いかわかってなかったんだ。今なら分かる。だから千尋を返してくれ」 頼むと耕太と寿々は地面に額を擦り付ける。 「穂波、怖かっただろうに。苦しかっただろうに………」 沈痛な面持ちで視線を下げた。 「せめても亡骸だけでも抱いてやりたかったのに…橋と一緒に流されて……」 菊乃は橋が流された際に、我が子の亡骸だけでも弔ってやりたいと探したのだが見つけることができなかった。どうやら橋と一緒に流されてしまったらしい。 「亡骸がないだけじゃない。橋が流されて役に立たない人柱め、と皆が噂していたのも知っている」 それでも…と菊乃は声を抑えた。 「最初は見逃してあげようと思ったのよ…」 どうやら菊乃は耕太たちの計画に気付いていたようである。 「でもね耕太、寿々、あんた達が言っていたのを聞いてしまったの。あれがしっかり役割果たしていれば娘に迷惑がかからなかったのに…って」 ぎりぎりと手首を強く握られ、千尋が呻き声を上げた。 「あれってなに? 穂波は私の可愛い娘よ。どうして穂波は死んでからも責められなくてはいけないの。穂波が何か悪い事をしたというのっ。何も悪い事はしていないじゃない。なのにどうして殺されなくてはいけなかったの。どうして穂波を殺したあんたの子だけが助かるの」 菊乃の悲痛な叫びが千尋の鳴き声をかき消す。いつの間にか彼女は涙を流している。 「新月の夜なんて待たないで今すぐにでも人柱を立てましょうよ。ねぇ…」 そう言うと菊乃は千尋を引き摺り川へ向かいふらふらと歩き出した。 |
■参加者一覧
日御碕・かがり(ia9519)
18歳・女・志
羽流矢(ib0428)
19歳・男・シ
御凪 縁(ib7863)
27歳・男・巫
啼沢 籠女(ib9684)
16歳・女・魔
ウルスラ・ラウ(ic0909)
19歳・女・魔
朔楽 桜雅(ic1161)
18歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ● 千尋を連れた菊乃を追い羽流矢(ib0428)が闇に消えた。菊乃の慟哭に呆気に取られていた朔楽 桜雅(ic1161)がその気配で我に返り、村人を掻き分け進む。 「おまっ、トチ狂った事しようとしてんじゃねぇよっ!!」 ウルスラ・ラウ(ic0909)、日御碕・かがり(ia9519)、啼沢 籠女(ib9684)も朔楽に続く。 突然現れた余所者にざわめく村人を気にする風もなく御凪 縁(ib7863)は泣き崩れている耕太の横に立つ。 「子供助けんだろ?」 菊乃を刺激しないよう姿を隠し追跡する羽流矢は隙を伺う。興奮状態の菊乃の手には刃物と千尋。そうそう強引に行くわけにはいかない。 (「人柱なんてタダでさえ後味が悪いのにもう一人…」) それに菊乃に対し乱暴な手段を取る事が躊躇われた。 菊乃が道から外れ藪へ入って行く。川への近道なのだろう。 羽流矢は追いついた仲間に菊乃の行った道を伝えると、自身はそのまま橋があったという場所に向かう。 川岸で菊乃が待っていた。 「何があったかよく分かんねぇけどさっ!子供泣かせてどうにかなる問題でもねぇだろそれっ!!」 叫ぶ朔楽に菊乃は何か言いかけたが、遅れて現れた村人に視線を移してしまう。 千尋を返してくれ、と懇願する耕太に返す菊乃の声は興奮で上ずっている。 「この子と、一緒に行ってあげるから大丈夫っ」 千尋を片腕に抱え菊乃は一歩下がった。土が崩れ川へと落ちる。 (「菊乃と冷静な話し合いは不可能」) そう判断したウルスラは藪の中を菊乃の左へと回る。 啼沢は菊乃達が川へ落ちた場合に備えいつでも動けるように構えつつ、その静かな双眸に菊乃を捉えた。 「子供を殺されたからって、他人の子供を殺すの?」 淡々とした問い掛けに、血走った菊乃の瞳が揺らぐ。 啼沢は自然を精霊を愛する。彼女にとって人柱は水を汚す行為だ。だから水神の怒りに触れたとしても自業自得だ、と思っている。 ただ何も考えず人柱を実行しようとするお目出度さには怒りを覚えた。 啼沢の言葉で生まれた迷いを振り払うように菊乃は千尋を抱えなおす。 「貴女は、優しい人なのですね」 穏やかに日御碕が語り掛けた。ゆっくりと菊乃の周囲を歩き注意を自分に惹き付ける。 「村の事を考えぬ…」 横槍を入れる里長を御凪が止めた。 「どれだけ辛かった事でしょう…、悲しかった事でしょう…。あたしには想像もできない痛みです。それだけの痛みを負ってなお…」 日御碕は胸に手を置き目を伏せる。 「彼らが逃げるのを見逃そうと…」 菊乃は恨みある耕太達を見逃そうとしていた。 そんな風に考える事ができる人だからこそ、彼女の心を少しでも理解し癒したいと、日御碕は思う。 そのまっすぐな視線に菊乃が戸惑う。 開拓者が動いた。 朔楽が一気に距離を詰め包丁を奪う。そしてもう一方の手で棍を器用に操り足元を掬った。体勢を崩した菊乃から啼沢が千尋を奪取する。 しかし菊乃も執念をみせ、朔楽の腕を振り払い千尋に向かって手を伸ばす。 と、いきなり菊乃が崩れ落ちた。朔楽は彼女を受け止め抱き上げる。 ウルスラの術が菊乃を眠りに落としたのであった。 ● 羽流矢は橋跡から川を覗く。真っ暗な川面は遠近感を狂わせる。 「千尋ちゃんは助けられた、かな?」 ごっそりと削り取られたかのように崩れた土。此処に穂波が居たのだ。 水に潜るために邪魔になる装備を外し腰に巻いた荒縄を近くの木に結びつける。 橋が崩れて少々時間が経っている、既に穂波の遺骨は流されてしまっているかもしれない。それでも…と、川の中ほどの岩に飛び乗った。 (「欠片でもいい…」) 菊乃に娘の遺骨を返してやりたい。そう願い羽流矢は夜の川へと飛び込んだ。水は冷たく体温を容赦なく奪っていく。 しかしたった一人で土の中で眠っていた少女に比べれば些細な事だ。 流れる水の中、羽流矢は目を凝らした。 ● 村へ戻ると、新たに人も集まり始めている。最終的に子供達を除きほぼ全員が集合したようだ。 開拓者達は村人が騒ぎ出す前に菊乃と耕太達家族を耕太の家へと連れて行く。 不意に千尋を確保しろ、と声が上がった。 「人柱という行為が間違っているんです」 日御碕の声は静かだがよく通る。 「あたしは雇われただけの余所者。そんなあたしが何か言うのは傲慢な事だと思っています」 反論が起きる前に日御碕は「申し訳ございません」と頭を下げた。しかし此処で引くつもりはないという意志の宿った目で皆を見渡す。 「災害が再発したのは穂波さんのせいですか?」 「もしも自分の番…いいえ自分の子供の番になったらどうですか?」 日御碕の問い掛けに村人は顔を見合わせる。 「人柱は神聖な…」 「里長達と話したいことがあるんだ」 漂う空気を察し牽制しようとした里長達を啼沢が連れ出した。 「カミサマって、なんだろうな」 菊乃をウルスラ達に任せやって来た朔楽が独白する。 「お前等にとってのカミサマって、子供を殺して満足するようなもんなのか?」 屈み込んで村人の一人と目を合わせる。 「それって、本当に救われた事になるのか?」 朔楽が首を傾げる。 「…俺は家族とか故郷の記憶ないからよく分かんないけどさ、なんかそういうのって違うんじゃねぇの?」 多くの者が思っていたが、周囲の目を気にし口に出せなかったことだ。 「…誰も子供を犠牲にしたいわけじゃ…」 漸く一人が口を開いた。 「穂波さんは帰って来ない…」 同じ事を繰り返して彼女の犠牲を無駄にするのですか、と日御碕が三度目の問いを投げた。 「命は一つしかないんです。代わりなんてどこにもない…」 耕太の家からは未だ千尋の泣き声が聞こえてくる。人柱となれば二度と泣く事ができないのだ。 ウルスラ、御凪が居る部屋の隣室で耕太と寿々が千尋をあやしていた。 ウルスラは障子の隙間から集まっている村人を眺めている。 開拓者達は心身ともに強いものが多い。一般人と異なり問題を解決する力を持っているからだといわれてしまえばその通りかもしれない。 だが多くの人々は弱く、我が身可愛さに、どんな残酷な事もできる。 (「それは仕方の無いこと…」) 彼らの無知も弱さも責めることは出来ない。小さな共同体で生きていくためにはそうであることが必要な場合もある。 今の体制を壊すだけなら簡単なことだ。でもそれはこの村を追い詰めるだけ。 「逃げ場を用意しておかない、と」 独り言に御凪が視線を寄越す。 「彼らにも事情はあるから、否定するだけじゃ無責任。まずは外に世界があることに気付くのが重要」 例えば橋を架ける協力をギルドに依頼するようにもって行くとかね、と隣室を気にし声を潜めた。 「変えていくなら、徐々にね…」 耕太が部屋から出てくる。 「この後どうする?」 ウルスラが単刀直入に尋ねた。 「娘を連れて逃げるなら手伝うよ」 耕太は悩んでいる様子だ。 「娘が第一ならばそれでも構わない」 ウルスラはそっけない。 「でもさ、千尋が菊乃の言動をどう感じているのか考えた事ある?」 耕太が背後を振り返る。 「娘に騒動の理由をどう説明するの? 娘が成長した後、どう思うのか考えたことある?」 逃げ場をと言っていた割りに容赦のない問いに御凪は苦笑を零す。 自分も郷里を捨てた身だからデカイ事は言えないが、と前置きしてから。 「もしも別の人柱が選ばれたら?」 と仮定の話をする。 「前の人柱の親に恨まれ、次の人柱の親にも恨まれることになる」 耕太を正面から見据えた。自分達が耕太達を無事逃がした結果、新たな人柱が選ばれるのは気分がいいものではない。 「自分達だけ助かって『あぁ、良かった』で済ませられるのか?」 菊乃を思い出したのか耕太の顔が青ざめる。 「全部あんたの選択次第…」 「脅すつもりはねぇけどさ、勇気絞って行動起こしたんだ」 耕太の肩に御凪の手が乗せられた。 「もちっとすっきり事をすまさねぇか? もちろんこうして依頼を受けた縁だ、手伝うからよ」 「人柱なんて馬鹿な事を終わらせたい…」 耕太は頭を下げる。 啼沢は長老達と社に居た。此処ならば村人達から見えない。 「村が動揺しておる、このような時こそ儂らがおらんと」 「知ってる? 雨乞いの儀式でも同じ事をするって」 騒ぐ長老達に一瞥だけくれてやる。 「水を汚して、水神を怒らせればそれは荒れ狂うよ」 長老達は水を汚すものが人柱を指していると理解するのに少々時間を要した。尊い犠牲を、と唾を飛ばす長老達に啼沢は首をかしげてみせた。 「じゃあ自分たちを人柱にすればいいじゃない」 「神へ供物は穢れない魂と…」 「人柱は村のためなんだよね?」 言い訳を遮る。頷く長老達に「おかしな話だね」と肩を竦めた。 「村のためと言いながら、未来を担う子供達を犠牲にする。いずれ村から全ての子供が消えたらどうなるんだろう?」 子供が消えた村など滅びるだけだ。 「何より人を殺したとこで何が変わんだ?」 御凪が姿を現す。 「自然や精霊に対する人の影響力なんてもんはたかが知れてる」 頼む、と啼沢に。すると地からするりと伸びた蔦が長老の腕に絡みつき、間もなく消えた。 「な…。俺達開拓者にしたってこんなもんさ」 だから橋が架からないのは地盤の弛みなど明確な理由があるはずだ、と指摘する。 「橋が流されちまうなら、流れ橋って知ってるか? 橋桁だけを取替えりゃいいから金がかからねぇ。そして橋脚を守るために上流部分に杭を立てて大きな漂流物を防ぐことだってできる」 人柱に意味がない事を理解させる為に誰でも結果を理解できるような具体的な案を挙げる。 「村のために考えるべきは人柱を誰にするかじゃねぇよ」 はっきりと告げた。 人柱に選ばれた千尋の泣き声は何時の間か収まっている。 耕太達は再び娘を抱く事ができた。 『せめて亡骸だけでも…』 菊乃の叫びを思い出す。 (「形見だけの弔いじゃぁやり切れねぇよな」) 「取り返しがつかなくなる前に、一晩考えておくんだな」 長老達をその場に残し、川へと向かう途中朔楽と村人が顔を突き合わせて唸っているところに出くわした。 人柱への疑問は若者から次第に千尋くらいの孫を持つ者達へ広まっていく。 「な、駄目だと思うならさ、自分達で動かなきゃじゃん」 そう言った朔楽は村の状況などを聞きだす。現状に対する不満は上がるのだが、ならどうすべきかとなると止まってしまう。 「俺も手伝いくらいはすっけど、ずっとは居られねぇし」 思いつくこと何でも良いから言ってみようぜ、と村人を励ます。 「まずは自分達ができそうな事から考えてみたらどうだ?」 その様子を見かねた御凪が声を掛けた。 「何度橋を架けても壊れるってぇのは、疑うべきは地盤の弛みとかだろう?」 神の怒りや呪いなどではない、長老達に向けた話と同じ話を繰り返した。 「方法なら幾らだってある。だから皆で話し合ってみてはくれねぇか?」 頷く村人達の背後をずぶ濡れの羽流矢が駆けていく。丸く白いものを抱えていた。 ● 穂波の遺骨の捜索は難航していた。夜目が利くのは羽流矢のみだ。後から合流した啼沢と日御碕はカンテラの灯を頼りに浅瀬を探る。 「待っている人が、いるんだ…」 啼沢は白っぽい石を一つ一つ取り上げては確認する。 「水を堰き止めて一斉に捜索するのも手かもしれませんが…」 日御碕は近くの岩を見やる。しかしそれで土砂が崩れたら大変だ。 村人によると穂波は赤い晴れ着を着ていたらしい。せめても晴れ着の一部でも見つからないかと、澱みに手を入れた。 少し離れた所で羽流矢が水面から顔を出す。彼は村人では不可能な場所を重点的に探していた。 「後は…」 岩と岩の間を勢い良く水が落ち、複雑な流れを作っている場所がある。この辺りでは一番深そうだ。 羽流矢は一度深呼吸をすると流れの下へと潜る。たいした落差ではないが上からの水圧で動きが取り難い。巻き上がる砂利の奥に丸みを帯びた白いものを発見した。それを手に取り浮かびあがる。 手の中のものを確認する。所々崩れてはいるが紛れもない人の頭蓋骨であった。 「これ…穂波ちゃんの…」 菊乃が目を覚ましたのと、羽流矢が耕太の家に現れたのはほぼ同時であった。 「菊乃さんは?」 「今目覚めたところ」 ウルスラが襖を開く。羽流矢は濡れた姿のまま家に上がると菊乃へ頭蓋骨を差し出した。 「穂波、おかえりなさい」 菊乃は小さな頭蓋骨を抱きしめ涙を零す。 水を滴らせた羽流矢に驚いている耕太を振り返る。 「娘さんを助けたいってのもわかるよ。でもまずは穂波ちゃんに謝れよ。村人みんなで…。全部そこからだ」 過去に目を背けたままで先へ進めるはずもない。 ● 翌朝、広場には御凪とウルスラ、啼沢、そして村人達が集まっていた。 「考えたか?」 御凪の言葉に、里長達の目を気にして答える者がいない。しかしそのうち一人が、これから生まれてくる子のためにも村を変えよう、と前に出た。 「人柱じゃなく俺達で橋を作るんだ」 徐々に同意の声が広まっていく。 「専門家が必要ならギルドを頼るのも手だと俺達は思う」 御凪が言う。 「そんな金なぞっ」 「開拓者には無償でも依頼を受ける奇特な人間もいるの」 ウルスラが長老を黙らせてから、耕太に視線を送った。 「俺からも提案が」 耕太が逃げ出そうとしたことを謝罪してから「穂波に謝ろう」と村人を見渡した。反対する者はいない。 日御碕がやって来る。 氾濫による被害を少しでも抑えるため治水工事をしているので手を貸して欲しい、と。丁度発破の音が聞こえてきた。 川を狭める岩を開拓者達が破砕し、砂利を村人が片付ける。 崩れかかっている箇所はウルスラが石壁を生み出し補強した。 「ねぇ、家族を助けるためにギルドにこれるなら、ギルドに橋のことを依頼しようと思わなかったの?」 新しく橋を作ることができそうな場所を探すため、周辺を案内していた耕太に啼沢が尋ねた。 「その方がよほど賢いかと思われるけど?」 耕太が「その通りだ」と頷く。 「で、里を出たいの、出たくないの?」 「皆と頑張ってみようかと思います」 時間はかかるでしょうが…と苦笑した。 羽流矢は菊乃に請われ穂波の頭蓋骨を見つけた場所を教える。夜が明けてからもう一度皆で遺骨を捜したが結局他は見つからなかった。 「菊乃さん、これからどうするんだ?」 菊乃は沈黙する。 「穂波ちゃんの骨は…海まで行っていると思う」 羽流矢は下流を指差す。 「…それを見届けたりとかさ、旦那さんの故郷に行ったりとかしてみたらどうだろう?」 それからゆっくり考えればいい、と。 菊乃は川の流れる先を見つめた。 数日後治水工事が終わった川縁を朔楽と御凪は歩いていた。 「此れで少しはマシになっかな」 何が、とは言わず朔楽が飴を口へと放り投げる。 「変わるのは川の流れのみならずってな…」 御凪が村を振り返った。 翌日、開拓者達は出立する。ギルドへの手紙を手に。 |