湯煙の向こうに萌をみた!
マスター名:桐崎ふみお
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/13 21:07



■オープニング本文


「はぁ…」
 少女の可憐な唇から溜息が零れる。流れる黒髪に物憂げな瞳、時折眼鏡を指先で上げつつ筆を手に文机に向かう姿は絵になった。
「…僕には君しかいないのです……」
 さらさらと筆を走らせる。紙に並ぶは「離れたくない」「気付いたら何時も視線が追っていた」など情熱的な言葉。だが恋文にしてはおかしい。一人称が全て「僕」なのだ。少女は僕っ娘? いや違う眼鏡っ子だが僕っ娘ではない。
 少女の名前は紅子、一見物静かな文学少女だ。だがしかしその見目に騙されてはならない。紅子とは世を忍ぶ仮の姿、果たしてその正体は男同士のちょっと行き過ぎた友情や思わせぶりな関係を描き一部乙女達から熱狂的支持を受けている地本作家綺羅星あかり、その人なのである。
 ただいま鋭意新作の執筆中、ちなみに新作は開拓者とアヤカシに取憑かれた親友の悲恋…いや悲しい友情の物語だ。
「ん〜…浮かばない……」
 紅子は両手を目一杯高く上げ伸びの姿勢のままごろんと沢山の紙が重なっている畳に寝転がった。そして右にごろごろ左にごろごろと転げまわる。眼鏡がずれるのも気にしない。
「ねぇ、椙乃ちゃん、何か良い案はないかしら?」
 壁まで行き着くとそこで腹ばいになって体を起し、部屋にいるもう一人の少女に話しかける。椙乃と呼ばれた少女は紅子とは対照的にふわふわの髪を結い上げそこに簪をいくつも挿し、赤と黒の格子柄といった少々奇抜な着物の派手目な格好である。
 椙乃にも二つ顔がある。一つは『朱藩百景』という瓦版の記者、そしてもう一つは地本問屋『百花屋』の奉公人だ。正確に言えば、朱藩百景だけでは瓦版屋の経営が成り立たず、地本問屋を兼ねているのだ。悲しいかな、好きなことだけでは生きていけない。世の中そんなものである。
「ギルドに行って直接開拓者さんのお話を伺ってみるとかどうですか?」
 物語は山場である。しかし紅子はここ数日少し書いてはそれを破棄し周囲に紙の地層を黙々と作り上げる作業を繰り返していた。所謂不調というやつである。
「もっとこうさ、血肉の通ったというか生の臨場感? みたいな…? 何かが欲しいのよ〜」
 紙を巻き上げ再び畳の上を転がり始める。
「もう私なんぞ搾り滓ですよ。綺羅星あかりの残滓ですよ。萌えがたりません。潤いがたりません」
 文机の前まで戻ってくるとそこで大の字。虚ろな瞳は生ける屍と化していた。MK5、マジで腐る5秒前と言ったところである。……ある意味腐っているというツッコミは各自心の中で。
「綺羅星先生、これが終わったら温泉行きましょう。温泉! 行きたいって言っていたとこあるじゃないですか。紅葉の綺麗な」
「………露天風呂のある?」
「そう露天風呂のある。美肌になると有名な…」
「露天風呂!!!」
 いきなりコメツキバッタのように飛び起きた。
「椙乃ちゃん、それよ、それ! 露天風呂よ!!」
 正座するとそのまま膝歩きで一気に椙乃までの距離を詰めてくる。
「今すぐ行きましょう。開拓者さん達に護衛を頼んで」
 眼鏡の奥の黒目がちの双眸がキッラキラと輝いている。先ほどまでの生ける屍状態がまるで嘘のようだ。
「道中、皆さんにお話を伺ったりすれば取材もできて一石二鳥…!」
 あまりの変わり様に椙乃の目がジト目になっている。
「その心は?」
「もちろんお仕事の……いいえ温泉で寛ぐ開拓者男子の割れた腹筋、厚い胸板、引き締まった大臀筋を生で見て萌え成分を補給しとうございます」
 ジト目に負けて深々と土下座しながらの堂々たる「覗き」宣言。
 萌え成分とはやる気や情熱のもととなる創作活動には非常に大切な成分なのだ。綺羅星あかりの主食は萌えです、というくらい大切なものなのだ。
「ひょっとしたら思わぬ美味しい展開に遭遇することだって…。そう宿で仲良く過ごす開拓者男子のアレやコレや…(自主規制)」
 一度走り出した妄想暴走特急は止まらない。半刻ほど宿での開拓者男子達のアレコレを語りそして再び力尽きて倒れこんだ。しかし今度は生ける屍ではなくイイ笑顔だ。
 既に萌えの自給自足ができたのではないかと思うが、椙乃も面白い事は嫌いじゃない。何よりイケメンと筋肉は好物である。だが腐ってはいない。
「温泉行きましょう!」
「えぇ、湯煙の向こうに見える紅葉と筋肉…素晴らしい………」
 かくして女子二人はがっちりと熱い握手を交わしたのであった。


 …というわけで紅子一行は宿に到着である。本来ならばこの道中の記録を載せるべきなのだが何事も無くのほほんと過ぎた。
 だって仕方がない。この温泉宿、朱藩首都安州から徒歩で半日ほどの里山にありアヤカシ目撃情報なども滅多にない平和な場所なのだから。本来ならば開拓者の護衛無くとも問題ないのだ。
 宿は老夫婦だけでやっている小さなものだが、山の幸を使った素朴だが美味しい料理と自然が楽しめる露天風呂で人気である。

「皆さん露天風呂に向かった模様です。さぁ、行きましょう!!」
 一息ついた頃、女性開拓者の前に「シノビか?!」と思わずツッコミを入れたくなるような黒装束姿の紅子が颯爽と現れた。
「私達の戦いはこれからです」
 紅子が高らかに宣言する。


■参加者一覧
皇・月瑠(ia0567
46歳・男・志
相川・勝一(ia0675
12歳・男・サ
荒屋敷(ia3801
17歳・男・サ
エルディン・バウアー(ib0066
28歳・男・魔
日依朶 美織(ib8043
13歳・男・シ
宮坂 陽次郎(ic0197
45歳・男・志
ジャミール・ライル(ic0451
24歳・男・ジ
蔵 秀春(ic0690
37歳・男・志


■リプレイ本文


 出発前、日依朶 美織(ib8043)は依頼人に呼び出された。
「…新婚さん?」
 椙乃に問われ日依朶は頬を染め頷く。
「これを新婚さんに頼んでいいのかしら?」
 言いよどむ椙乃に困った人を助けるのが開拓者です、と訴える日依朶は小動物を思わせ愛らしい。結局その目に逆らえず裏依頼を説明する。
 そして日依朶から飛び出る驚きの発言。
「あの…実は私、男なのです」
「男の娘!」
 驚く椙乃に対し鼻息の荒い紅子。
「でも面白そうですし、それにスランプ克服のお役に立てるなら協力します」
 小さな手をぎゅっと握る姿は健気で、男ならば思わず守ってあげたくなるはず。だが…。


 広がる青空、暖かな日差し、絶好の行楽日和。
「まぁ」
 紅子は感嘆の声をあげる。
 目の前でエルディン・バウアー(ib0066)が泥水を真水に変えたところだ。
 紅子を見つめるエルディンの視線は優しい。
 必要の無い警護…エルディンは紅子が開拓者と仲良くなりたいのだろうと思っていた。その読みは少々外れてる。紅子は開拓者と仲良くなりたいというよりは開拓者が仲良くしているところを堪能したいのだ。
 はしゃぐ紅子の目が時折怪しく光る。
 煌く金髪、青い双眸、エルディンはまさしく天儀乙女が夢見る異国の美形。しかもさあ妄想なさい、と言わんばかりの襟までぴたりと詰められたカソックの禁欲的な色気。
(「乱れた襟元から覗く白い肌は仄かに上気し…」)
 既に脳内でエルディンは大変な事になっていた。お見せできないのが残念だ。
 一方惜しげもなく小麦色の肌を晒すジャミール・ライル(ic0451)も素晴らしい。猫科の猛獣を思わせるしなやかな筋肉。踊り子ならば身体も柔らかいはず、きっと色々と無理な体位…否、体勢もとれるだろう。
「なんて美味しい…」
 口元が弛んだついでに心の声が漏れる。

 紅葉の向こうに見える宿。
「この宿はいいねぇ。紅葉も見事じゃないか」
 蔵 秀春(ic0690)は満足そうだ。
「そういえば、今日の簪は紅葉なのかい」
 蔵が椙乃の簪を指差す。二人は瓦版の取材を通しての顔見知りであった。
 その指に注がれる紅子の熱視線。
「ん、よかったら、お前さんも一つどうだい? ここにある素材でだが、簪を作るぜ?」
(「…職人の指…」)
 筋張った指、その指先が簪に触れる時のように繊細に誰かの肌に触れる。
 白皙の、褐色の、少年の、壮年の…紅子は鼻を押さえてよろめいた。
 ふらつく紅子を荒屋敷(ia3801)が部屋まで送り届ける。
(「混浴かと思ったら、野郎ばかり…」)
 しかし挫ける荒屋敷ではない。
「折角の温泉、二人きりってのも寂しいだろ? 後で貸切にしてさあ、俺と一緒に入ろうぜ」
 明るくさらりと言い切った。
「宿のご主人にはちゃーんと俺から言っとくからさ。ああ、もちろん湯文字ありで構わないからさ!」
 親指を立て片目を瞑る。
「何なら俺の肉体をみせてやるよ」
 着物の袖を捲り上げぐぐっと作る力瘤。女の子は筋肉が好き、以前とある依頼で学んだ事だ。
 狙い通り身を乗り出した椙乃を紅子が制す。
 イケメンパラダイス、そこでは女は不純物でしかない。


「さて、そろそろ皆で一風呂浴びるとするかい?」
 蔵が皆に声を掛ける。
「警護も特に問題なく終わってよかったですね。ここではゆっくりしますよー」
 温泉久しぶりです、と少女のような顔に無邪気な笑みを浮かべる相川・勝一(ia0675)。
「宿の人にオススメのお酒出してもらってきたんだよねー」
 ジャミールの手には自前の葡萄酒の瓶と宿おすすめの濁り酒の徳利。
「おっさまは、温泉でほっこり嫌いー?」
 への字口で黙り込んだままの皇・月瑠(ia0567)を覗き込む。
 しかしその手にはしっかりと天儀酒が。心なしか足取りも軽い。単に顔に出ないだけであった。
 一番後ろの宮坂 陽次郎(ic0197)が首を回す。ゴリゴリと音が鳴った。初めての本格的な依頼で緊張していたらしい。

 脱衣場では日依朶が皆の分の駕籠を用意して待っていた。人妻の気遣い。誰もが裏依頼のため偵察していたと思わないだろう。
 皇が躊躇う様子も無く着物を脱ぎ、几帳面に折りたたみ駕籠に入れる。見事な逆三角を描く広背筋、そして舞う天女。

 物陰では紅子がガッツポーズを取っている。

 皆を浴場に送り出した日依朶は真っ赤な顔をして俯く。
(「旦那様以外の裸をみてしまいました」)
 湯煙が多少気を利かせたところで、温泉の前では皆等しく全裸。
「少し考えれば解る事でした…」
 内股気味に恥らう姿の圧倒的な乙女力。覗きをしている紅子達など敵ではない。
 だがこれは仕事。帯に手を掛ける。
(「旦那様、ごめんなさい」)
 だがついていたとは椙乃談。

 皇は温泉道の作法に則り体を丹念に洗いつつ、周囲を観察する。
「うむ…」
 己の腹筋に力を込める。自分の肉体もまだまだ若い者に負けていない…わずかに口角を上げた。
 それをジャミールがじっと見つめている。筋肉に見惚れたわけではない。
「俺こっちの公衆浴場には慣れてねぇのよ」
 なので先ほどから皇の所作を真似しているところだ。先日説教されかけた相手を見本にすれば間違いはないだろう。
「お前らいっつもこんな面倒なことしてんの…?」
 隣の蔵にこそりと耳打ちすれば「気楽に楽しめばいいさね」と返された。
「わぁ、なかなかいい景色ですね。紅葉もしっかり見えて!」
 相川がぱたぱたと走っていく。

「はぁ…」
 宮坂は緊張で固くなった手足を湯の中で伸ばした。
 皇と互いに杯を交わす。冷えた天儀酒は身体に染み渡る。
「…こういうのも悪くはない」
 若かりし頃は頭から打たせ湯に打たれるのも漢らしいと思っていた。しかし、と吹く風に皇は目を閉じる。風に季節を感じるのも格別だ。
「ふぃー、極楽ー。まじ癒されー」
 ジャミールがすぃーっと泳いでくる。
「あ、僕はお酒弱いので少しだけ貰いますー」
 酒を注いでもいいものかと悩む宮坂に相川は笑顔で杯を差し出した。
「混浴だったらなー言う事ないんだけどなー」
 荒屋敷にジャミールがひらひらと手を振る。
「たまにはいーんじゃねぇの。女の子と一緒の風呂だとここまでゆったりはできねぇしねー」
 何故ゆっくりできないのかは秘密だ。

 その頃、日依朶はせっせと洗い場に石鹸水を伸ばしていた。

 陽気な笑い声が青空の下響く。
「エルディンさんが楽しそうだねえ」
 苦笑した蔵に同意するのは涼み中の相川。
「それにしても滑るねえ」
 湯の性質だろうか。
「お二人とも酔い覚ましですか?」
 エルディンの足取りは覚束ない。
「ちょっと足元気をつけな…」
「大丈夫です、問題は…ぁあっ」
 つるん。語尾が叫びに取って代わる。
「エルディンさん大丈夫…わきゅ!?」
 見事相川を巻き添えにして倒れこんだ。シャツを着てればド根性相川が誕生しそうな勢いであった。
「…っつぅ」
 エルディンの手に柔らかくすべっとしたものに触れる。事態を把握できていないエルディンはそれをまさぐった。
「ひゃぅ」
 か細い声にガバっと起き上がる。身体の下には少年。
「不可抗力とはいえいたいけな少年を押し倒すとは、聖職者としていけません!」
 少年の体をまさぐった手を掴みわなわなと震える。
「おいおい、大丈夫か?」
 蔵に引き上げられ立ち上がる。
「ありがとうございます」
 蔵を捉える潤んだ目。酔いで朱に染まった目元。不意に互いの顔が近づく。鼻先が触れ合う至近距離、そのまま蔵の肩に顔を埋める。
「あぁ、申し訳ございません。少々酔ってしまった…」
 離れようと肩を押す。その力がちょっとだけ強かった。
 蔵が足を滑らせ尻餅をつき、反動でくるりと回ったエルディンが荒屋敷を壁際に追い詰める。
「え…」
 覆い被さられた荒屋敷が口元を引き攣らせた。蔵へと助けを求め…
「M字……」
 そっと目を逸らした。
 荒屋敷に凭れかかってくるエルディン。何かが触れる。柔らかいでもそれは断じておっぱいではない。
 絹を裂く荒屋敷の絶叫。

「あれ?」
 腰を擦りつつ立ち上がった蔵が茂みへと目をやる。紅子がいたような気がしたのだ。
 体を洗っていた宮坂も同じ場所を見て首を傾げている。互いに顔を見合わせた。
「…まさかね」
 猿か何かと見間違えたのだろう。蔵は箒を手にした。第二のエルディンが出る前に床のぬるぬるを落とさなくてはいけない。
「やけに手強いねえ」
 床の滑りと格闘していると、柔軟体操中のジャミールから声がかかる。
「なー蔵ち、手伝ってくれない?」
 さすが踊り子というべきか。足を180度惜しげもなく開くと上体を倒す。
「背中から体重掛けるようにゆっくりおしてー」
 蔵が背後から言われた通りゆっくりと身体全体で体重をかけていく。

 露天風呂の隅では…。
「……っ く  ん…」
 上がる声を耐える息遣い。酔いを覚ましましょうと連れて来られたエルディンが床几の上で顔を歪めている。
「おねが、ぃです やさしっ ぐっ…」
 反射的に跳ね上がる足を人の悪い笑みを浮かべた荒屋敷がぐっと押さえつけた。
「ん?コッチがちょっと腫れてるかな?」
 打撲の治療と称し足関節を決める。先程のお礼だ。
「医術の心得あるから、まーかせろ」
 さらに足裏を容赦なく押す。
「アーーッ…」
 エルディンのあられもない声が上がった。

「向こうが女湯ですか」
 荒屋敷の復讐から解放されたエルディンが敷居の前にぶらんと仁王立ち。カソックの上からではわからなかった引き締まり割れた腹筋が露わになっている。
 日依朶にのみ敷居の向こうから「鼻血が…」そんな声が聞こえた。
「ははは、なにやら視線を感じるような感じないような」
 爽やかに笑うエルディンに日依朶は「気のせいですよ」と首を振る。
「なに、覗き行くのか? よっしゃ、俺も行くぜ」
 勘違いをしはしゃぐ荒屋敷をエルディンが嗜める。
「男は皆、狼だって。あんただってそうだろう?」
 紅子さん結構デカイよな、と手を胸の前に。
 そんな二人の大事な部分を湯煙は死守中だ。
 煙どかして、日依朶にそんな指令が入った。
 洗面器を大きく振りかぶって仰ぐ。強風に千切れる湯煙。

 「下、金ぱ…」敷居の向こうはきっと血の池地獄だろう。

 いざ女湯へ、茂みに手をかけた荒屋敷が背筋を震わせた。
 ゾクリ、肌が粟立つ。
「いいや…ちょっと温泉入って飲みなおしだ…」
 狼もすらもたじろぐオーラ。寧ろ瘴気と言っても過言ではない。

 外野の騒がしさもなんのその皇は悠然と酒を飲む。杯を重ねるにつれ口も次第に滑らかになってきた。
「妻も気立ての良い女であったが…実に良い娘に育ってくれた…」
 始まる娘自慢。
「親の俺が言うのもなんだがたいそう可愛らしく」
 頷くのは宮坂だ。
「わかります。私にも弟子が一人いるのですが…」
 此方も大分酒が進んでいる。
「目に入れても痛くないとはまさにこのことだと…」
「弟子の事は実子のように大切に思ってますが」
「笑顔が…とても…」
「いつも愚痴を言ってしまうんですよね」
 二人とも会話が噛み合っていない。

「あれ…のぼせたかな…」
 ジャミールが湯の中でふらふら揺れそのまま蔵の肩に寄りかかった。
 ふへぇと緩い笑みを浮かべる。
「いい加減飲みすぎさね」
「何時もはもっとお酒強いんよ? ほんとだもん」
 見かねた蔵が杯を取り上げた。
「つーかまだ飲めるし、ね? 駄目?」
「ちょいと休憩しなよ」
「えー、蔵ちのけちー」
 まるで子供のように首に抱きついて駄々を捏ねる。
「あ…いい事思いついた」
 抱きついたまま湯の中で腰を浮かす。
「ちゅーしてやるから、な? だめ?」
 返事を待たず頬に。ちゅーは挨拶だ。
「…酔っ払ってんねぇ」
 呆れ顔の蔵が杯を返してくれた。

 そんな二人の横で宮坂が泣き出す。
「どうして私は不器用なんでしょう」
 弟子にこの気持ちを伝える事ができません、と。
「お弟子さんにもお気持ちは伝わっていると思います」
 押し倒し事件から復帰した相川が宮坂を慰める。
「お優しいのですね。ありがとうございます」
 泣きはらした目のまま宮坂は柔らかく微笑んだ。

「師匠総受け」
 どこからか聞こえる声。

 皇は猿と会話中だ
 眉間に皺を寄せ厳しい顔で猿に娘自慢。第一章娘の誕生が終わり、これから第二章娘、立つだ。顔には出てないが相当酔っている。
「本当に…むっ?!」
 茂みが揺れた。立ち上がり覗き込む。
 視線が合う紅子と皇。
 一瞬の沈黙。
「なんだ、猿か。どうした?」
 開拓者の様子をみにきたのか、ならば存分に見るが良い!言うが否や背を向けると全身に力を込めた。浮かぶ尻笑窪。
「このような枯れた身体でよければ好きなだけみるがいい」
 紅子は背中の天女と美尻をありがたく堪能した。

「依頼は果たせたでしょうか?」
 額の汗を拭う日依朶の耳に新しい指令が届いた。「相川くんとの百合希望」と。多分相川と一緒になにかすればいいのであろう。
「はー…紅葉本当に綺麗ですねー。紅葉に負けないくらい身体を綺麗に…」
 相川が背後に感じた気配に気付き振り向いた。
「っ…は流石におかしいですね…」
 聞こえました?と照れ笑い。
「相川さんは大変可愛らしいですから」
 日依朶は背中流しましょうと桶を手に取る。
「日依朶君こそ染み一つない肌でとっても綺麗です」
「そんなっ」
 日依朶が頬を染めた。互いに頬を染め背中を流し合う二人。
 男湯だとは俄かに信じがたい乙女空間。その背後を荒屋敷が通り抜けていく。

「あ、あれ?僕の着物がないですよー!?」
 相川が駕籠を覗く。温泉から上がると皆の着物や下着がなくなっていた。
 問題ない、とばかりに全裸のまま堂々と出て行こうとする皇を蔵が止める。
「えー服がない…? 誰か取ってきてよ、俺その間酒のんで待ってるからさ」
 ジャミールは再び温泉へ。
 床几の上では逆上せた日依朶が寝ていた。
「とりあえず着替えを取りに戻りましょう」
 腰に手拭を巻いた温泉装備で廊下へ。
「あ、どうもー。浴衣、部屋に忘れちゃいました」
 エルディンの説明臭い台詞。周囲には誰もいないが、人は言い訳をつい口に出してしまうものだ。
「あ…」
 相川が指差した先に着替えはあった。女湯の入り口、中からは紅子たちの声。こんな格好で鉢合わせをしたら開拓者から犯罪者にジョブチェンジしてしまう。
「私が代表して取ってきましょう」
 やましい心はありません、と聖職者エルディンが名乗りを上げた。
 女湯前までやってきたところで…。
「覗きだー!」
 隠れていた荒屋敷が叫ぶ。そして出てきた紅子達の前で背後からエルディンの最終防衛線を奪取した。コンニチワ、エルディンJr.
 きっと男の裸がみたいんだよな、そう思った荒屋敷の酔いに任せたサプライズプレゼント。
 一呼吸置いて。
「「「きゃああ…!」」」
 重なる三人の悲鳴。娘二人の悲鳴は歓喜であることは言うまでも無い。

 後日刊行された紅子の本を手に取れば「あれ、見覚えがある」そんな登場人物に出会えることだろう。